説明

摺動部材

【課題】摺動部材として望まれる低い摩擦係数及び耐衝撃性等の優れた機械的強度を有するとともに、より向上した耐摩耗性を有する摺動部材を提供する。
【解決手段】架橋されたフッ素樹脂、好ましくはポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、又はテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体からなる表層及びフッ素樹脂より高い熱伝導率を有する材質からなり前記表層と密着する放熱体を有し、前記表層の厚みが0.1〜100μmであることを特徴とする摺動部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、その摺動部にフッ素樹脂を使用し、耐摩耗性に優れ無潤滑軸受等に好適に用いられる摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素樹脂は化学的に極めて安定であるとともに低粘着性や低摩擦性(摩擦係数が低いとの性質)に優れており、その特性によりシールやパッキング等の産業用品、又調理器具等の民生用品の各種用途に広く使用されている。無潤滑軸受等の摺動部材には、低い摩擦係数が望まれ、又、耐熱性や化学的安定性が望まれる場合も多いので、フッ素樹脂からなる摺動部材も期待される。しかし、摺動部材には、優れた耐摩耗性が求められ、一方、フッ素樹脂は摩耗しやすいとの問題があるので、耐摩耗性を向上させない限り摺動部材としての使用は困難であった。
【0003】
フッ素樹脂の耐摩耗性を向上させる方法として、フッ素樹脂に充填剤を加える方法が知られている。しかし、この方法では、充填剤により、フッ素樹脂固有の優れた性質、例えば低摩擦性が損なわれやすいとの問題がある。そこで、特許文献1では、フッ素樹脂に電離性放射線を照射することにより耐摩耗性を向上させる方法が提案されており、電離性放射線を照射したフッ素樹脂からなる摺動部材が開示されている。
【0004】
フッ素樹脂は、かつては放射線照射により機械特性が低下すると考えられていた。しかし、特定の条件の下で照射することによりかえって機械特性を向上できる。例えば、特許文献2では、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)について、酸素不存在下、結晶融点以上の温度、好ましくは340℃前後の温度で、電子線等の電離性放射線を1kGyから10MGy程度の線量で照射すれば、照射による破断伸びや破断強度の劣化が抑制されること、かえって低結晶性でゴム弾性が発現し、降伏点強度が向上することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3566805号公報
【特許文献2】特許第3317452号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、PTFE、FEP又はPFAを成形して得られる摺動部材であって、酸素不在のもと照射線量10kGy〜1500kGyの範囲内で、結晶融点以上に加熱した状態で電離性放射線を照射したものは、低い摩擦係数とともに優れた耐摩耗性を有すると述べられている。しかし、近年、摺動部材にはより優れた耐摩耗性が望まれている。そこで、特許文献1に記載の摺動部材ではこの要請を十分に満たすことができなくなってきており、より向上した耐摩耗性を有する摺動部材が望まれていた。
【0007】
本発明は、摺動部材として望まれる低い摩擦係数及び耐衝撃性等の優れた機械的強度を有するとともに、より向上した耐摩耗性を有する摺動部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は検討の結果、フッ素樹脂からなる摺動部材は、摺動時の発熱により部材表面の温度が上昇すると、より摩耗しやすくなること、部材表面の温度が上昇しにくい構造とすることにより摩耗を抑制できることを見出した。そして、摺動部の摺動面(被摺動物と接する面)とは反対側に放熱体を設けるとともに、前記摺動部の厚みを特定の範囲内とすることにより、摺動部材として望まれる耐衝撃性や低摩擦性とともに、部材表面の温度上昇を抑制して、従来のフッ素樹脂系摺動部材よりさらに向上した耐摩耗性が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本発明は、架橋されたフッ素樹脂からなる表層及び前記表層と密着する放熱体を有し、前記放熱体はフッ素樹脂より高い熱伝導率を有する材質からなり、前記表層の厚みが0.1〜100μmであることを特徴とする摺動部材(請求項1)である。
【0010】
このように本発明の摺動部材は、フッ素樹脂からなる表層及び該表層に密着する放熱体を有すること、並びにフッ素樹脂層の厚みが0.1μm以上、100μm以下であることを特徴とする。この特徴により、特許文献1のように摺動部材をフッ素樹脂成形品により構成する場合と比べて、摺動時に表面の摺動面に発生した熱を、表層から放熱体に効果的に伝導させて放熱させることができるので、部材表面の温度上昇を抑制し、その結果、耐摩耗性を向上することができる。
【0011】
近年、摺動部材の耐摩耗性の確認のためには、圧力を加えながら円筒をサンプル上に置いて回転させ摩耗の程度を測定するスラスト摩耗試験(リングオンディスク式摩耗評価)が行われることも多い。特に、この試験方法において急激な摩耗が生じる圧力(P)と回転速度(V)の乗数(限界PV値)により耐摩耗性の評価が行われる場合が多くなっている。本発明の摺動部材は、この限界PV値が非常に高いものであり、優れた耐摩耗性を有するものである。
【0012】
フッ素樹脂層の厚みが薄すぎる場合、特に0.1μm未満の場合は、摺動時にフッ素樹脂の層が破壊されやすいので好ましくない。一方、厚みが100μmを超える場合は、摺動時に部材表面に発生した熱が放熱体に伝導しにくくなり、部材表面の温度上昇を防ぐことが困難になり、耐摩耗性が不十分となりやすい。好ましくは、厚みは、3〜50μmの範囲である。
【0013】
放熱体は、フッ素樹脂よりも熱伝導率のよい材料から構成されるものであり、又、フッ素樹脂からなる表層よりも体積の大きいものである。又、摺動時の発熱等による加熱に耐えるために、耐熱性に優れたものが用いられる。放熱体を構成する材料の熱伝導率が低い場合は、摺動時に部材表面に発生した熱が放熱しにくく、部材表面の温度上昇を防ぐことが困難になる。又、放熱体の体積が小さい場合は、放熱体の熱容量が小さくなるので、同様に発生した熱が放熱しにくく、部材表面の温度上昇を防ぐことが困難になる。
【0014】
フッ素樹脂からなる表層は、放熱体と密着して設けられる。表層と放熱体との間の密着性が不十分な場合、例えば、表層と放熱体との間に空洞や接触不十分な個所があると、発生した熱の放熱が妨げられ、部材表面の温度上昇を防ぐことが困難になる。
【0015】
表層を構成するフッ素樹脂は、電離性放射線の照射により架橋されているものである。架橋がされない場合又は架橋が不十分である場合は、耐摩耗性が低く、又、フッ素樹脂の機械的強度が低下し、摺動部材として使用できない。照射は、通常、1kGyから1500kGy程度の線量で行われる。
【0016】
請求項2に記載の発明は、前記フッ素樹脂が、PTFE、PFA又はFEPであることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材である。表層を形成するフッ素樹脂としては、機械的強度や耐薬品性に優れたPTFE、PFA又はFEPが好ましく、中でも機械的強度や耐薬品性、耐熱性が特に優れたPTFEが好ましい。又、本発明の趣旨を損ねない範囲で、他の成分を重合体に含んでもよい。例えば、PTFEの中には、パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)、ヘキサフルオロプロピレン、(パーフルオロアルキル)エチレン、あるいはクロロトリフルオロエチレン等の共重合性モノマーに基づく重合単位を微量含有させてもよい。又、2種以上のフッ素樹脂の混合物であってもよい。
【0017】
請求項3に記載の発明は、前記フッ素樹脂からなる表層が、熱伝導性のフィラーを含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動部材である。摺動時に摺動部の表面で発生した熱の放熱をより円滑にするためには、フッ素樹脂からなる表層の熱伝導率が高いことが好ましい。そこで、表層を構成するフッ素樹脂に熱伝導性のフィラーを添加して表層の熱伝導率を向上させる方法が好ましく採用される。
【0018】
請求項4に記載の発明は、前記表層と前記放熱体の間が、碁盤目試験により、10回以上の繰り返しでも99/100以上となる密着力を有することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の摺動部材である。ここで、碁盤目試験とは、JIS−K−5400(1998年度版)に記載された試験法であり、具体的には、表層に100個の碁盤目状の傷をつけ、その上にテープを貼り付けた後引き剥がす、との試験を繰り返し行い、引き剥がされずに残った碁盤目数をカウントする試験法であり、99/100以上とは、100個の碁盤目中の99以上が引き剥がされずに残っていることを意味する。
【0019】
前記表層と前記放熱体の間の密着力が低いと、表層と放熱体の間の接触(密着性)が不十分になりやすく特に摺動時に空隙等が発生する等の問題が生じやすくなる。接触が不十分になり特に空隙等が発生すると、表層で発生した熱が放熱体に伝導しにくくなり、部材表面の温度上昇を防ぐことが困難になる。その結果、耐摩耗性が不十分となりやすいので、前記表層と前記放熱体の間は、碁盤目試験により、10回以上の繰り返しで99/100以上となる密着力を有することが好ましく、より好ましくは100回以上の繰り返しで99/100以上となる密着力を有する場合である。
【0020】
優れた密着力は、放熱体上にフッ素樹脂層を形成する方法の選定、フッ素樹脂層へのフィラーの添加、フッ素樹脂層と放熱体の材料の選定等により向上することができる。又、フッ素樹脂層に電離放射線を照射することによっても、フッ素樹脂層と放熱体間の密着力が向上する場合がある。
【0021】
本発明の摺動部材では、放熱体が0.001Cal/℃・cm・秒以上の熱伝導率を有する材料から構成されるのが好ましい。
【0022】
前記のように放熱体は、フッ素樹脂よりも熱伝導率のよい材料から構成されるものであるが、フィラーを添加しないフッ素樹脂の熱伝導率は、0.0005Cal/℃・cm・秒程度(PTFEは、0.0005Cal/℃・cm・秒)であるので、放熱体を構成する材料としては0.001Cal/℃・cm・秒以上の熱伝導率を有する材料が好ましい。より好ましくは、0.01Cal/℃・cm・秒以上、さらに好ましくは、0.1Cal/℃・cm・秒以上の熱伝導率を有する材料である。
【0023】
なお、前記のように放熱体は、フッ素樹脂からなる表層よりも体積の大きいものであり、体積が大きい程放熱のためには好ましい。具体的には、Cal/℃・cm・秒で表わしたときの放熱体の熱伝導率の値をX、(放熱体の体積)/(フッ素樹脂からなる表層の体積)の値をYとしたとき、X・Yが、0.005以上であることが好ましく、より好ましくは0.05以上であり、さらに好ましくは0.5以上である。
【0024】
本発明の摺動部材は、所定の形状を有する放熱体を準備した後、該放熱体表面をフッ素樹脂で被覆してフッ素樹脂層を形成し、その後フッ素樹脂層の表面に電離性放射線を照射してフッ素樹脂を架橋させる方法により製造することができる。本発明の摺動部材の形状としては、平板状、凸状、窪み状、円筒状又は円管状であって円筒の外表面に摺動部を有するもの、円管状であってその内部の表面に摺動部を有するもの等種々の形状を挙げることができ、従って、放熱体の形状としても前記の種々の形状を挙げることができる。
【0025】
本発明の摺動部材は、フッ素樹脂からなる従来の摺動部材と同様の低い摩擦係数を有するとともに、従来の摺動部材よりもさらに優れた耐摩耗性を有するので、産業用機械や民生用の製品等に使用される無潤滑軸受等、高い耐摩耗性が求められる用途に好適に用いられる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の摺動部材は、低い摩擦係数を有し、耐衝撃性等に優れるとともに、耐摩耗性に優れ、高い限界PV値を有する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明のフッ素樹脂被覆材の一例の断面図である。
【図2】本発明のフッ素樹脂被覆材の他の一例の側面図である。
【図3】実施例、比較例で行ったスラスト摩耗試験(リングオンディスク式摩耗評価)を概念的に示す斜視図である。
【図4】実施例5で行ったスラスト摩耗試験における荷重と温度上昇との関係を表わすグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
次に、本発明を実施するための形態を説明する。なお、本発明はこの形態や実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない限り、他の形態へ変更することができる。
【0029】
図1は、本発明の摺動部材の一例であり、平板状の形状を有するものの断面図である。図中、2はフッ素樹脂層であり、1は放熱体である。図2は、本発明の摺動部材の他の一例であり、凸状の形状を有するものの側面図である。図中の2はフッ素樹脂層であり、1は放熱体であり、放熱体1の先端部がフッ素樹脂層2で覆われていることを示している。
【0030】
放熱体は、熱伝導率が高く、かつ高い耐熱性を有する材料により構成されるが、このような材料としては、鉄(熱伝導率:0.18Cal/℃・cm・秒)、SUS、アルミニウム(熱伝導率:0.53Cal/℃・cm・秒)等が好ましい材料として挙げることができる。又熱伝導率:0.07Cal/℃・cm・秒のセラミック(煉瓦)等も使用できる。さらに、フッ素樹脂の焼成(380℃、数十分)に耐え得る耐熱性を有するポリイミド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルサルホン等の耐熱性プラスチックに熱伝導率を向上させるためのフィラーを添加して熱伝導率を高めたものも使用できる。
【0031】
表層の熱伝導性を向上させるためにフッ素樹脂に添加されるフィラーとしては、アルミナ、シリカ、アルミナ、ボロンナイトライド、グラファイト、炭素繊維、カーボンナノチューブ、金属ケイ素、炭化ケイ素等を挙げることができる。カーボンナノチューブは、炭素結晶(グラファイト等)からなり、サブミクロンサイズ以下の短軸径(繊維径)を有するものであって、グラファイトの層を筒状にした形状を持つもの等であって、樹脂等に配合して熱伝導度を向上させるものとして知られたフィラーである。カーボンナノチューブは小さな添加量で熱伝導性を向上させることができ、フィラーの添加による低摩擦性の阻害等の問題が小さいので、好ましく用いられる。これらのフィラーは2種以上を併用して添加してもよい。
【0032】
次に、本発明の摺動部材の製造の工程を述べる。
【0033】
先ず、所定の形状を有する放熱体が形成され、その表面、すなわち摺動部となる部分にフッ素樹脂を被覆してフッ素樹脂層を形成する。フッ素樹脂の被覆を施す方法としては、フッ素樹脂のフィルムを被せる方法、粉体塗装する方法、例えばフッ素樹脂粉末を静電塗装する方法やフッ素樹脂粉末をスプレーする方法、又、フッ素樹脂ディスパージョン(フッ素樹脂の粉体を分散媒中に均一に分散した液体)を塗布して分散媒を乾燥して除去する方法等を挙げることができる。
【0034】
中でも、フッ素樹脂ディスパージョンを塗布する方法は、均一な厚みのフッ素樹脂層を容易に形成できる点で好ましい方法である。溶剤に可溶なフッ素樹脂の場合は、フッ素樹脂溶液を塗布して溶剤を乾燥して除去する方法も採用できるが、PTFE等の溶剤に不溶な樹脂の場合は適用できない。
【0035】
フッ素樹脂ディスパージョンを塗布する方法による場合は、分散媒としては、水と乳化剤、水とアルコール、水とアセトン、または水とアルコールとアセトンの混合溶媒などを用いることができる。フッ素樹脂ディスパージョンを塗布した後は、風乾あるいは熱風乾燥することにより分散媒を乾燥して除去する。分散媒の乾燥、除去によりフッ素樹脂粉末からなる膜が形成される。
【0036】
粉体塗装、静電塗装、フッ素樹脂ディスパージョンの塗布等によりフッ素樹脂の塗布膜が形成された後、フッ素樹脂の融点以上に加熱する焼成が行われ、フッ素樹脂粉末間が融着し、フッ素樹脂層が形成される。焼成は、好ましくは350〜400℃の温度範囲行われる。乾燥工程を特に設けず、焼成の工程で分散媒の除去を行うことも可能である。
【0037】
続いて、このようにして形成されたフッ素樹脂層の表面に、電離性放射線を照射してフッ素樹脂の架橋が行われる。フッ素樹脂と放熱体の材料の組合せとして適当なものを選定すると、この架橋の際に、フッ素樹脂層と放熱体間の密着性も向上する。
【0038】
架橋を施す際には、無酸素雰囲気下、具体的には酸素濃度100ppm以下、好ましくは5ppm以下の雰囲気に置き、フッ素樹脂の結晶融点〜400℃程度の温度範囲、好ましくは結晶融点より0〜30℃高い温度範囲に保ちながら、フッ素樹脂膜の表面に電離性放射線を照射する。照射線量の範囲は、通常1kGy〜1500kGy、好ましくは100kGy〜1000kGyである。
【0039】
このとき上記の焼成と電離放射線照射を同時に実施してもよい。雰囲気の温度が低すぎるとフッ素樹脂の架橋反応は起こりにくく、雰囲気温度が高すぎる場合、特に400℃を越えるとフッ素樹脂の熱分解が促進されて材料特性が低下するため好ましくない。また、照射線量が1kGy未満であると架橋反応が不十分で特性の向上が期待できず、1500kGyを越えるとフッ素樹脂の分解が生じやすくなり好ましくない。
【0040】
フッ素樹脂の架橋に用いられる電離性放射線としては、電子線、高エネルギーイオン線等の荷電粒子線、ガンマ線、X線等の高エネルギー電磁波、中性子線等が挙げられるが、電子線発生装置は比較的安価で又大出力の電子線が得られるとともに架橋度の制御が容易であるので、電子線が好ましく用いられる。
【実施例】
【0041】
実施例1
厚さ1.7mmのアルミ板(JIS規定の材料種:3003)上に、フッ素樹脂ディスパージョン(ダイキン社製:D10−FE)を塗布し乾燥後、380℃×10分で焼成して、厚さ15μmのフッ素樹脂膜がコートされたアルミ板を得る。その後、窒素雰囲気下(酸素濃度:5PPM)、330℃に加温し、日新電気社製照射装置(サガトロン:加速電圧 1.13MeV)で300kGyの照射を行い、試験用サンプルを作製した。
【0042】
実施例2
厚さ1.7mmのアルミ板の代わりに厚さ2.0mmのSUS板(JIS規定の材料種:SUS430)を用いた以外は、実施例1と同じ条件で試験用サンプルを作製した。
【0043】
実施例3
厚さ1.7mmのアルミ板の代わりに厚さ5.0mmのセラミック板(INAX社製市販タイル)を用いた以外は、実施例1と同じ条件で試験用サンプルを作製した。
【0044】
比較例1
放熱板(アルミ板)を使用せずに、実施例1と同様のフッ素樹脂ディスパージョンを用い、焼成等の条件は同様にしてフッ素板となるサンプルを作製した
【0045】
比較例2
実施例2と同じ条件でサンプルを製作した後、360℃×20分間アニールを行い、接着力を低下させた試験用サンプルを作製した。
【0046】
[耐摩耗性測定]
スラスト摩耗試験(リングオンディスク式摩耗評価)により、フッ素樹脂コーティングの耐摩耗性を評価した。具体的には、図3に示すように、試験サンプル上に金属の円筒(相手軸)を載せ、所定の荷重(面圧:P)を加えた状態で、試験サンプルを所定の速度(回転速度:V)で回転させ、試験サンプルの摩耗状態を測定する。実施例1〜4、比較例1、2では、相手軸として、外径/内径=11.5/7.4のS45C円筒を用い、ドライ(グリースレス)の潤滑条件で摩耗を測定し、面圧(P)及び回転速度(V)を変化させて、限界PV値(急激な摩耗が発生するP・V値)を求めた。そして、限界PV値が、1500MPa・m/分以上の場合を○、1500MPa・m/分未満の場合を×として、表1に示した。
【0047】
[密着性測定]
碁盤目試験により、フッ素樹脂コーティングの耐剥離性を測定した。具体的には、サンプルのフッ素樹脂コーティングに100個の碁盤目状の傷をつけ、その上にテープを貼り付けた後引き剥がす試験を繰り返し行い、引き剥がされずに残った碁盤目数をカウントした。10回の繰り返し試験で、100個中の2個以上の碁盤目が引き剥がされた場合を×、引き剥がされた碁盤目が100個中の1個以下の場合を○として、表1に示した。
【0048】
【表1】

【0049】
表1の結果より、放熱体を設けずフッ素樹脂のみで摺動部材を形成した比較例1及びフッ素樹脂層と放熱体が密着していない比較例2では、耐摩耗性に劣り、限界PV値が低いこと、一方本発明例である実施例1〜3では、高い限界PV値が得られ耐摩耗性に優れることが示されている。
【0050】
実施例5
厚さ5mmのポリエーテルエーテルケトン板(以下「PEEK板」と表わす。)と厚さ1.7mmのアルミ板(3003、以下「AL板」と表わす。)上に、PTFEディスパージョン(ダイキン社製:EK−3700)を塗布した後、350℃×10分で焼成し、厚さ15μmのPTFE膜を形成した。そのサンプルを、窒素雰囲気下(酸素濃度 5PPM)で温度330℃に加熱、日新電機社製照射装置(サガトロン:加速電圧1.13MeV)で300kGyの電子線照射を行い、厚さ15μmの架橋PTFE膜を形成し、放熱板(PEEK板又はAL板)及びそれに密着する表層(架橋PTFE膜)を有する試験用サンプルを作製した。試験用サンプルは、PEEK板について3枚、AL板について3枚作製し、それぞれ、PEEK1、PEEK2、PEEK3、AL1、AL2、AL3とする。
【0051】
さらに厚さ1mmの市販のPTFEシートを、窒素雰囲気下(酸素濃度 5PPM)で温度330℃に加熱、日新電機社製照射装置(サガトロン:加速電圧1.13MeV)で300kGyの電子線照射を行い、試験用サンプルを得た。この試験用サンプルを、以下「PTFEシート」と表わす。
【0052】
[スラスト摩耗試験による温度上昇の測定]
図3に示すように、試験用サンプル(PEEK1、PEEK2、PEEK3、AL1、AL2、AL3又はPTFEシート)上に、内径/外径=11.6/7.6の炭素鋼(S45C)製円筒(相手軸)を載せ、装置上部より、規定の荷重(5kgf)をかけながら、サンプルを1800rpmで10分間回転させ、円筒に取り付けられた熱電対(サンプルとの接触面から3mm上部に設置)により温度上昇を測定した。架橋フッ素膜に破壊等の問題が生じなかった場合は、サンプルを十分冷却した後、同一サンプルにて、荷重を(表2に示すように)上げて同じ試験を繰り返し、架橋PTFE膜又はPTFEシートが破壊されるか、荷重が評価装置限界(95kgf)となるまで実施した。その結果を表2に示す。(架橋PTFE膜が破壊された場合は、その時の温度を記録)
【0053】
【表2】

【0054】
図4は、表2に示された結果、すなわち実施例5で行ったスラスト摩耗試験における荷重と温度上昇との関係を表わすグラフである。縦軸が温度上昇(終了時温度−開始温度)、横軸が荷重を示す。
【0055】
表2、図4より明らかなように、放熱板が熱伝導率の低いPEEK(熱伝導率:0.0006Cal/℃・cm・秒)からなるサンプル(PEEK1〜3)、及び架橋されたフッ素樹脂(熱伝導率:0.0005Cal/℃・cm・秒)のシート(PTFEシート)の場合は、荷重の増加により温度上昇も急激に増大する。そして、20〜60kgfの荷重で、10分間の温度上昇が140℃を超え、PTFE膜又はPTFEシートが破壊した。
【0056】
一方、放熱板が熱伝導率の良いAL(熱伝導率が0.53Cal/℃・cm・秒)からなるサンプル(AL1〜3)の場合は、荷重の増加による温度上昇の増大も小さく、荷重が装置限界(95kgf)に達しても、温度上昇は100℃程度に抑えられ、PTFE膜の破壊も生じなかった。
【符号の説明】
【0057】
1.放熱体
2.フッ素樹脂層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋されたフッ素樹脂からなる表層及び前記表層と密着する放熱体を有し、前記放熱体はフッ素樹脂より高い熱伝導率を有する材質からなり、前記表層の厚みが0.1〜100μmであることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記フッ素樹脂が、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、又はテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記フッ素樹脂からなる表層が、熱伝導性のフィラーを含むことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記表層と前記放熱体の間が、碁盤目試験により、10回以上の繰り返しでも99/100以上となる密着力を有することを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−208802(P2011−208802A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−49263(P2011−49263)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(599109906)住友電工ファインポリマー株式会社 (203)
【Fターム(参考)】