説明

撥液表面を有する構造体、インクジェットヘッドのノズルプレート、ならびに、該構造体および該ノズルプレートのクリーニング方法

【課題】高い撥液性と液滴の滑落性を有し、洗浄性に優れる撥液表面を有する構造体を提供することを目的とする。
【解決手段】基板の表面に凹凸構造を有し、前記凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度が、90°未満であり、かつ、前記角度は、別途測定した、付与される液体の前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角よりも小さいことを特徴とする撥液表面を有する構造体、ノズルプレート、および、これらのクリーニング方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥液表面を有する構造体、インクジェットヘッドのノズルプレート、ならびに、該構造体および該ノズルプレートのクリーニング方法に係り、特に、微細な凹凸構造を有し、液滴の滑落性に優れた超撥液表面に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、固体表面をフッ素樹脂やシリコン樹脂などによってコーティングするなどの化学的処理により撥液性を付与する技術が知られている。一方で、固体表面を凹凸化するという構造的処理によって表面の撥液性が変化することも知られており、化学的処理だけでは達成できない高い接触角が得られることが知られている。特に150°以上の接触角を持つ表面を超撥水性表面、超撥液性表面と呼ぶ。
【0003】
例えば、下記の特許文献1には、表面張力の低い材料として、アルキルケテンダイマー、ジアルキルケトンを使用し、表面積増倍因子が5以上であるフラクタル構造からなる撥液表面を有する構造体が記載されている。また、特許文献2には、凸凹構造の凹部の内壁を基板の厚み方向に略平行(α<126°)にすることにより、凹部に気泡を内包することができ、平滑面での接触角が90°以下の液体であっても接触角を大きくすることができる撥液増大構造体が記載されている。非特許文献1には、リエントラント(再陥没)構造とすることにより、接触角が90°以下の液体(オクタン)においても高い撥液性を付与することができることが記載されている。
【0004】
近年では建築や輸送機械など各種の工学分野では、静的な撥液性だけでなく、付着した液滴を容易に除去できることが求められており、液滴の滑落性といった動的な撥液性が求められている。また、インクジェットの場合においても、ノズル面に付着したインクを除去する必要があり動的な撥液性が重要なパラメータになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3487888号公報
【特許文献2】特開2006−182014号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Anish Tuteja, et al. 「Designing Superoleophobic Surfaces」, Science, p.1618-1622 Vol. 318, (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載されている構造体は、接触角が90°以上である液体を対象としており、接触角が90°未満である液体に対しては撥液性とすることができていなかった。また、滑落性についての検討もされていなかった。また、特許文献2についても、液滴の滑落性については検討がされていなかった。
【0008】
非特許文献1に記載されている表面構造体についても滑落性については直接記載されていないが、滑落性の指標となる前後ヒステリシスが非常に小さく、滑落性は優れていると思われる。しかしながら、液滴のサイズが、凸部と凸部の間の隙間と同程度以下である場合や、液滴に何らかの外力が負荷される場合液滴が凹部内に浸透することがある。凹部が液体で浸透してしまうと超撥液性が失われるとともに、リエントラント構造の場合、凹部内の液滴を除去することが困難であった。特に、インクジェットヘッドのノズルプレートに使用した場合、インクミストが凹部内に入りやすいため、撥液性、液滴の滑落性が悪化しやすく、かつ、その回復も困難であった。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、高い撥液性と液滴の滑落性を有し、高い撥液性、滑落性が失われてしまった場合にも洗浄により回復させることができる撥液表面を有する構造体、インクジェットヘッドのノズルプレート、ならびに、該構造体および該ノズルプレートのクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は前記目的を達成するために、基板の表面に凹凸構造を有し、前記凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度が、90°未満であり、かつ、前記角度は、別途測定した、付与される液体の前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角よりも小さいことを特徴とする撥液表面を有する構造体を提供する。
【0011】
本発明によれば、凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度を90°未満、すなわち、凸部を逆テーパー形状としている。そして、凹凸構造の表面と同じ化学的表面状態で、凹凸構造のない平滑面における、付与された液滴の静的接触角よりもこの逆テーパー形状の角度を小さくしている。したがって、該構造体上に付与された凹部内での液滴の形状は、凹部内に向かって凸形状とすることができる。したがって、ラプラス圧により液滴を凹部の外に追い出すことができるので、撥液性を得ることができる。また、液体と基板との接触面積を減らすことができるので、付着エネルギーを小さくすることができ、小さい滑落角で液滴を除去することができる。
【0012】
なお、「平滑面における静的接触角」とは、Raが5nm以下の条件の平滑面で測定した静的接触角のことをいう。
【0013】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体は、前記凹凸構造の凸部の上面は、前記基板と平行に形成されており、かつ、高さが均一であることが好ましい。
【0014】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体によれば、凸部の上面が基板と平行に形成されており、高さを均一とすることで、基板表面に均一に撥液性を付与することができる。なお、「凸部の上面」とは、凸部の基板とは反対側の面のことをいう。
【0015】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体は、前記凹凸構造の前記基板全面に対する前記凸部の面積比が0.4以下であることが好ましい。
【0016】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体によれば、凸部の面積比を凹凸構造全体の0.4以下としているため、液体と基板との接触面積を小さくすることができる。したがって、付着エネルギーを小さくすることができるので、液滴の滑落性を向上させることができ小さな液滴でも滑落させることができる。
【0017】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体は、前記凹凸構造の表面に撥液膜が形成されていることが好ましい。
【0018】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体によれば、凹凸構造の表面に撥液膜が形成されているので、平面における液滴の接触角を大きくすることができる。したがって、表面張力の小さい液滴においても、接触角を大きくすることができるので、使用できる液体の種類を増やすことができる。
【0019】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体は、前記撥液膜の滑落性が、10μlの水の液滴に対して滑落角が40°以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体によれば、滑落性を上記条件の範囲とすることにより、構造体に付着した液体の除去を容易に行なうことができる。
【0021】
本発明の他の態様に係る撥液表面を有する構造体は、前記撥液膜は、酸素を含むパーフルオロアルキルシランを材料として形成されていることが好ましい。
【0022】
撥液膜の材料として酸素を含むパーフルオロアルキルシランを材料として用いることにより、滑落性の良好な撥液膜を形成することができる。
【0023】
本発明は前記目的を達成するために、上記記載の撥液表面を有する構造体に、前記凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が小さい洗浄液で前記構造体を洗浄する洗浄工程と、前記角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が大きい液で、前記洗浄液を置換する置換工程と、を有することを特徴とする撥液表面を有する構造体のクリーニング方法を提供する。
【0024】
本発明によれば、まず、凹凸構造の表面と同じ化学的表面状態で、凹凸構造のない平滑面での静的接触角が凸部のテーパー角より小さい洗浄液で構造体を洗浄する。静的接触角をテーパー角より小さくすることで、洗浄液が凹凸構造の凹部内に入りやすくすることができるので、洗浄を容易に行なうことができる。その後、凹凸構造の表面と同じ化学的表面状態で、凹凸構造のない平滑面での静的接触角が凸部のテーパー角より大きい液体で、凹部内の洗浄液の置換を行なう。静的接触角が、テーパー角より大きい液体とすることにより、ラプラス圧により、凹部内の液体を外に出そうとする力が働くため、凹部内の液体を外に出すことができる。したがって、置換工程終了後、凹部内に液体が残存することを防止することができるので、表面を撥液性とすることができる。
【0025】
本発明は前記目的を達成するために、上記記載の撥液表面を有する構造体を備えるインクジェットヘッドのノズルプレートを提供する。
【0026】
上記撥液表面を有する構造体は、インクジェットヘッドのノズルプレートとして好適に用いることができる。
【0027】
本発明の他の態様に係るインクジェットヘッドのノズルプレートは、前記凹凸構造は、ノズルから10μm以上離れた領域に形成されていることが好ましい。
【0028】
本発明の他の態様に係るインクジェットヘッドのノズルプレートによれば、凹凸構造は、ノズルから10μm以上離れた領域に形成されており、ノズル周辺には、形成されていない。したがって、ノズルの形成時にアライメントの誤差により、ノズルの形状が非対称な場合に生じる吐出曲がりを防止することができる。
【0029】
本発明は前記目的を達成するために、上記記載のインクジェットヘッドのノズルプレートに、前記凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が小さい洗浄液で前記構造体を洗浄する洗浄工程と、前記角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が大きい液で、前記洗浄液を置換する置換工程と、を有することを特徴とするインクジェットヘッドのノズルプレートのクリーニング方法を提供する。
【0030】
本発明によれば、上記の構造体のクリーニング方法と同様に、ラプラス圧を利用して、洗浄液および液体を凹部内に出入りさせやすくすることができるので、凹部内の洗浄を容易に行なうことができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明の撥液表面を有する構造体、該構造体のクリーニング方法およびインクジェットヘッドのノズルプレートによれば、液滴の滑落性に優れた撥液表面とすることができ、また、洗浄性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】Wentzel(ウェンゼル)モデルを示す模式図である。
【図2】Cassie−Baxter(キャシー−ベクスター)モデルを示す摸式図である。
【図3】毛管現象を説明する図である。
【図4】接触角とテーパー角の関係を説明する図である。
【図5】構造体の凹凸構造を形成する方法を説明する図である。
【図6】撥液表面を有する構造体の表面の一例示す平面図である。
【図7】撥液表面を有する構造体の断面を示す断面図である。
【図8】インクジェット記録装置の概略を示す全体構成図である。
【図9】インクジェットヘッドの構造例を示す平面透視図である。
【図10】図9中IV−IV線に沿う断面図である。
【図11】ノズルプレート表面の一例を示す断面図である。
【図12】第1の撥液領域を有さない場合の課題を説明する図である。
【図13】比較例の洗浄前後の構造体の写真である。
【図14】実施例の洗浄前後の構造体の写真である。
【図15】凸部の比率と滑落角の関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、添付図面に従って本発明の好ましい実施の形態について説明する。
【0034】
まず、撥液性を向上させるために、表面に凹凸構造を形成することが知られている。この表面構造のモデルとしては、大きく2つのモデルがある。1つは、図1に示すように、固体50の表面にミクロな凹凸構造60を形成して表面積を増大させることで、接触角が増大するWentzel(ウェンゼル)モデルである。ここで、θは表面が平滑な場合のヤングの式から求められる接触角であり、θは、凹凸表面での見かけの接触角であり、図示は省略する。
【0035】
接触角θと見かけの接触角θとの関係は、下記数式(1)により表わされる。なお、下記数式(1)におけるrは表面積倍増係数である。このrは、平滑面での表面積と凹凸構造の表面積の比で表わされるものである。
【0036】
【数1】

【0037】
すなわち、接触角が90°を境に撥液性のものはより撥液性になり、親液性のものはより親液性になる。そのため接触角が90°以上の場合においてはフラクタル構造など、表面積倍増係数を大きくすることで、超撥液表面とすることが可能であるが、接触角が90°以下の場合は、より親液性になってしまうため、表面張力の低い液体では、撥水性を付与することができない。
【0038】
もう一つの表面構造モデルとして、Cassie−Baxter(キャシー−ベクスター)モデルがある。キャシー−ベクスターモデルは、凹部62内には、凸部61とは、異なる物質が充填されており、異なる表面張力を持つ2種の材料で表面が構成されている場合において、見かけの接触角θは表面61aに露出した2種の材料と液体70とヤングの式で求められる接触角θ、θ(図示せず)との関係で定まるものであり、下記数式(2)により表わされる。なお、下記式(2)におけるA、Aはそれぞれ係数であり、複合表面における各物質の面積割合を示すものである。これらの係数A、Aは下記式(3)に示すような関係にある。
【0039】
【数2】

【0040】
【数3】

【0041】
このキャシー−ベクスターモデルにおいて、図2に示すように、2種の材料のうち、1種が空気である場合、すなわち、固体50の表面に微細な凹凸構造60が形成されており、凸部61の上面のみが液体70と接している場合を考える。
【0042】
ここで、空気における接触角θは180°になることから、上記数式(2)で表わされる見掛けの接触角θは、下記数式(4)のように表わすことができる。
【0043】
【数4】

【0044】
この式から、凸部の面積比Aを小さくしていくことによって、θの値にかかわらず、静的接触角を大きくすることができる。これはすなわち、凹部に空気が内包されるような状態にすることによって、接触角が90°以下である低表面張力の液体に対しても高い撥液性を発現させることができることを示している。
【0045】
次に、接触角が90°以下である低表面張力の液体において、キャシー−ベクスターモデルのように凹部内に液体が浸入しない凹凸構造および液体の物性の条件について説明する。
【0046】
凹部内に液体を浸入させないために、液体のラプラス圧を利用して液体の浸入を防止すればよい。毛管現象を例にとり説明する。流路が平行の場合、図3に示すように、毛管中の液体の表面は、固体の表面張力γで毛管内部に引っ張られ、固/液の界面張力γSLで毛管の外側に引っ張られる。つまり、その張力の差に円周を掛けた力が液体表面にかかることになる。この力を毛管の断面積で割れば、毛管中の液体表面にかかる圧力を得ることができ、毛管の半径をrとすると下記数式(5)で表わすことができる。
【0047】
また、水滴の形はYoung(ヤング)の式により決定され、水の表面張力γ、固体の表面張力γ、水と固体の間の界面張力γSLの横方向の釣り合いにより決定することができる。数式(5)の圧力(毛管圧力)ΔPは、空気側から液体側の圧力を引いたものであり、ヤングの式を用いて、下記数式(6)で表わすことができる。
【0048】
【数5】

【0049】
【数6】

【0050】
数式(6)のθは、管の表面での接触角を表しており、この式より、接触角が90°以下なら液は管の中に濡れ広がる力が働き、90°以上であれば、液を管から追い出す方向に力が働く。
【0051】
また、数式(6)は、下記数式(7)で表わされるラプラスの式を用いて、下記数式(8)で表わすことができる。
【0052】
【数7】

【0053】
【数8】

【0054】
これは、曲率の凹側に圧力がかかる、すなわち、液滴が表面積を小さくしようと丸くなろうとする力を現しており、このΔPをラプラス圧と呼ぶ。
【0055】
次に角度αのテーパーがあり、液滴が断面積の大きい側にある場合を考えると、数式(6)は、下記数式(9)、数式(10)で表わすことができる。
【0056】
【数9】

【0057】
【数10】

【0058】
すなわち、θ<αのときには、液滴側が凹形状になりラプラス圧により液は菅の中に濡れ広がる力が働き、θ>αならば液滴側に凸形状になりラプラス圧により液を管から追い出す方向に力が働くことになる。
【0059】
次に、凹凸構造表面上における液滴の挙動を説明する。
【0060】
図4に、接触角、テーパー形状の条件により、液滴の凹部内部への侵入の状態を示す。まず凸部のテーパー形状が90°の場合を考える。図4に示すように、接触角が90°より大きい場合は、液滴は凹部内で凸形状となる。上述したように、ラプラス圧により液滴の凹側に引っ張られる力が働くため、液は凹部内に浸透しなくなる。接触角が90°より大きい場合は、液を凹部より外に出すことができる。
【0061】
接触角が90°より小さい場合は、テーパーの角度が90°の場合に、液滴が凹部内で凹形状となる。この場合、ラプラス圧により液滴の凹側に引っ張られる力が働くため、液滴は凹部内部に浸入し、ウェンゼルモデルの状態になる。ウェンゼルモデルの式(1)より、接触角が90°以下の場合には表面はより親液性となる。これに対し、表面の凹凸構造の凸部のテーパーを逆テーパー形状とし、テーパー角度を液滴の接触角より小さくする(θ>α)ことにより、液滴を凹部内で凸形状とすることができるので、ラプラス圧により液体を凹部から外に出す方向に力を働かせることができる。逆にテーパー角度が液滴の接触角より大きい(θ<α)場合は、液滴が凹部内で凹形状となるため、液体は凹部内に浸透する方向に力が働き、ウェンゼルモデルとなり親液性となってしまう。また、数式(9)、数式(10)からわかるように、テーパー角度は小さければ小さいほど、液体を外に追い出そうとするラプラス圧が大きくなるため、より液滴が凹部に入りにくくすることができる。なお、θ=αの場合は、ラプラス圧が0になり平衡状態となるため、その場所を維持することになり、撥液性を維持すると考えられる。しかしながら、液滴の自重による力、外力等によるエネルギーのゆらぎにより、凹部内部に液が入り込もうとする力が働くため、外向きにラプラス圧がかかるようにしておくことが好ましい。
【0062】
したがって、表面に形成された凹凸構造の凸部が90°に形成されており、平滑面における接触角が90°より大きい撥液性を有する表面の場合は、凹部内への液体の侵入を防止することができるが、平滑面における接触角が90°以下の液体の場合は、凹部内へ液体が侵入するため、上述したウェンゼルモデルとなるため、表面は親液性である。そこで、凹凸構造の凸部を逆テーパー形状として、凸部の上面と側面とのなす角を、液体との接触角よりも小さくすることにより、凹部内への液体の侵入を防止することができ、撥液性を向上させることができる。また、キャシーベクスターモデルより、凸部の面積を小さくすることで、撥液性を増加させることができ超撥液性表面を作成することができる。なお、本発明において「超撥液性」とは、静的接触角が150°以上となる撥液性を有する性質のことをいう。
【0063】
[滑落性について]
質量mの液体を水平な固体表面上に着滴させ、この固体試料を徐々に傾けていくと、液滴は徐々に変形するが、傾斜角がある角度に達するまでは、液滴の位置は変化しない。傾斜角がθαになると、下方へ液滴を引く力が液滴をとどめる力を上回るため、とどまっていた液体は下方に滑り出し始める。この傾斜角(θα)を「滑落角」といい、滑落角θαと付着エネルギーとは、付着エネルギーをE、着滴半径をr、重力加速度をgで示すとき、下記数式(11)により表わされる。
【0064】
【数11】

【0065】
すなわち、滑落角は付着エネルギーと比例していることが確認できる。一方、付着エネルギーとは、固体に付着している液体を空気に置き換えるときに必要なエネルギーであるため、付着エネルギーは固体表面と液体が接している面積に比例する。したがって、凹凸構造を有する固体に液滴が付着している場合、ウェンゼルモデルのように液滴が凹部内に入ってしまうと、固体表面と液体が接触している接触面積が増大するため、付着エネルギーが増え、滑落性が悪化する。一方キャシーベクスターモデルのように凹部内を空気で満たすことにより、液滴と固体表面が接する面積を小さくすることができ、さらに凹凸の凸の比率を小さくすることにより、液滴と接触する面積をさらに小さくすることができる。したがって、滑落角を小さくすることができ、液滴の除去性を向上させることができる。
【0066】
<凹凸構造の製造方法>
図5は本発明の撥液表面を有する構造体の製造方法を説明する図である。
【0067】
まず、図5(a)に示すように、基板10上の凹凸構造の凸部となる部分に、フォトリソグラフィーによりマスク材20を形成する。マスク材としてはAl等のメタルマスク、レジストなどを用いることができる。
【0068】
次に図5(b)に示すように、基板10にエッチングにより凹凸構造30を形成する。凹凸構造30の形成は、例えば、ドライエッチング装置を用いて、シリコン基板をエッチングするガスである六フッ化硫黄(SF)と側壁を保護するトリフルオロメタン(CHF)の流量比を調節することで、所望の形状の凹凸構造を得ることができる。なお、エッチング条件については、形成する凹凸構造の大きさなどにより適宜設定することができる。また、基板の種類、エッチング方法については、この方法に限定されず、他の方法を用いて行なうこともできる。
【0069】
その後、図5(c)に示すように、ウェットエッチングまたはドライエッチングによりマスク材20を除去することで、凹凸構造30を有する基板10が形成される。
【0070】
次に、図5(d)に示すように、基板10の凹凸構造30上に撥液膜40を形成する。撥液膜40は、凹凸構造30の凸部31、凹部32の上面、側面の両方に形成される。撥液膜40の材料は、基板10と結合しやすい材料を選択することが好ましく、例えば、基材にシリコンを用いた場合は、シリコン表面の自然酸化膜と結合可能なフルオロアルキルシランを用いることが好ましい。
【0071】
撥液膜を形成する方法としては、フルオロアルキルシランを真空蒸着法で蒸着させる方法、低分子のシロキサンをプラズマ重合させてフッ素含有プラズマ重合膜、シリコン系プラズマ重合撥液膜などを形成する方法、フッ化炭素鎖を有するシランカップリング剤を付与する方法を用いることができる。
【0072】
シランカップリング剤は、YSiX4−n(n=1、2、3)で表されるケイ素化合物である。Yはアルキル基などの比較的不活性な基、または、ビニル基、アミノ基、あるいはエポキシ基などの反応性基を含むものである。Xは、ハロゲン、メトキシ基、エトキシ基、またはアセトキシ基などの基質表面の水酸基あるいは吸着水との縮合により結合可能な基からなる。シランカップリング剤は、ガラス繊維強化プラスチックなどの有機質と無機質からなる複合材料を製造する際に、これらの結合を仲介するものとして幅広く用いられており、Yがアルキル基などの不活性な基の場合は、改質表面上に、付着や摩擦の防止、つや保持、撥水、潤滑などの性質を付与する。また、反応性基を含む場合は、主として接着性の向上に用いられる。さらに、Yに直鎖状のフッ化炭素鎖を導入したフッ素系シランカップリング剤を用いて改質した表面は、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)表面のように低表面自由エネルギーを持ち、撥水、潤滑、離型などの性質が向上し、さらに撥油性も発現する。
【0073】
また、撥液膜を形成する材料として、滑落性に優れている材料を用いることが好ましく、滑落性の指標として、平坦な面において、10μlの水の液滴に対して滑落角が40°以下となる撥液膜を用いることが好ましい。例えば、酸素を含むパーフルオロアルキルシラン、オクタデシルシランなどを用いることができる。
【0074】
フッ素系シランカップリング剤(塩素型、メトキシ型、エトキシ型、イソシアナト型など)を用いて撥液性を有する膜を形成する方法として、例えば、物理的気相成長法(蒸着法、スパッタリング法など)や化学気相成長法(CVD法、ALD法など)などのドライプロセス法や、ゾルゲル法、塗布法、スピンコート法などのウェットプロセス法などによって形成することができる。
【0075】
このようにして形成された凹凸構造を有する構造体の一例を示す平面図を図6に示す。
【0076】
図6に示す構造体は、四角形状の凸部31が千鳥状に形成されている図である。凸部31を千鳥状に形成することにより、それぞれの凸部31同士の距離を均一にすることができるので、同条件の液滴をラプラス圧により、凹部の外に出すことができる。なお、図6においては、四角形状の凸部が形成されている図を示したが、本発明はこれに限定されず、円形、三角形、八角形などの形状を取ることができる。また、凸部の配置も図6に示すように整列して配置される必要はなく、特に限定されない。
【0077】
凸部のサイズは、一辺が0.04μm以上50μm以下の四角形、あるいは、直径が0.04μm以上50μm以下の円形であることが好ましく、より好ましくは0.04μm以上30μm以下である。下限はフォトリソグラフィーによるパターニングの限界でありそれ以下にするには製造コストが非常に高くなる。上限は小さな液滴の場合には凹部に液滴が入り込んでしまうためである。凸部の面積の割合は、全面積を1としたときに、0.6以下であることが好ましく、より好ましくは、0.03以上0.4以下である。さらに好ましくは0.03以上、0.2以下である。凸部のサイズ、および、凸部の面積の割合を上記範囲にすることにより、凹凸構造の全面積に対する凸部の面積を小さくすることができるので、数式(11)に示すように、滑落角を小さくすることができ、液滴の除去性を高めることができる。
【0078】
図7は、凹凸構造の断面図である。凹凸構造の断面形状についても特に限定されないが、図7(a)に示すように、凸部31の上面が基板10と平行であり、複数の凸部31の高さが均一であることが好ましい。図7(a)のような構造とすることで、撥液表面内で、撥液性を均一にすることができる。また、液滴と構造体との接触面積を少なくすることができるので、滑落性を良好にすることができる。
【0079】
図7(b)は、凸部31の上面が基板に対して傾斜している図であり、図7(c)は、上面が曲面を有している図である。図7(b)、図7(c)に示すように、凸部の上面が基板10に対して平行でない場合は、凸部の側面の表面側(上面側)を通り、基板に平行な線と凸部の側面とのなす角が、所定の範囲内となるようにテーパー角を決定する。
【0080】
また、凸部の上面と側面とのなす角が、静的接触角より小さくする範囲は、凸部の高さの上部20%以内とすることで、凹部内に侵入しようとする液滴をラプラス圧力により外に追い出すことができる。しかしながら、後述する洗浄性も考慮すると、凹凸部の側面全面において、凸部の上面と側面とのなす角が、所望の範囲内とすることにより、洗浄液、および洗浄液を置換する液体の凹部内への浸入、外への追い出しをすることができる。
【0081】
[洗浄性について]
凹凸構造の凹部の幅よりも小さな液滴や、凹部の幅よりも大きな液体であっても自重や外部からの外力がラプラス圧力よりも大きくなってしまう場合には、基板との接触角に関わらず、凹部内に入りこんでしまうため、長期間、超撥液性を維持することは困難である。したがって、凹部に入り込んだ液滴を外に追い出し元の状態に復帰する洗浄性が求められる。特に、この凹凸構造を有する撥液性表面をインクジェットヘッドのノズルプレートに使用する場合は、インクミストが凹部内に入りやすいため、ノズルプレートの撥液性の低下が見られる。
【0082】
洗浄性に関しては、上記テーパー形状におけるラプラス圧により、液体を凹部の外に追い出すことにより行なう。上記数式(10)より、θとαが近くなると液体を外に追い出そうとする力が小さくなってしまい、液体が凹凸構造の凹部内にとどまりやすくなってしまう。
【0083】
そこで、まず、洗浄液で凹凸構造の凹部内の汚れの除去を行なう。洗浄液としては、平滑面での静的接触角が、凸部のテーパー角度より小さい洗浄液を用いて、凹凸構造の構造体の洗浄を行なう。このような洗浄液を用いることにより、洗浄液が凹部内部に浸入するラプラス圧が働くため、洗浄液で凹部内部を容易に洗浄することができる。
【0084】
その後、表面張力の大きな液体を付与し、凹部内の洗浄液を表面張力の大きな液体で置換する。表面張力の大きな液体は接触角も大きいので、凹部内の液体を外に追い出す毛管圧力を働かせることができる。したがって、凹部内の置換した表面張力の大きな液体も凹部の外に追い出すことができるので、液滴の除去を容易に行なうことができる。
【0085】
<インクジェットヘッドのノズルプレート>
次に本発明の撥液表面を有する構造体が適用されたインクジェットヘッドのノズルプレートについて説明する。まず、インクジェット記録装置について説明する。
【0086】
[インクジェット記録装置の全体構成]
図8は、インクジェットヘッドを備えるインクジェット記録装置の構成図である。このインクジェット記録装置100は、描画部116の圧胴(描画ドラム170)に保持された記録媒体124(便宜上「用紙」と呼ぶ場合がある。)にインクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yから複数色のインクを打滴して所望のカラー画像を形成する圧胴直描方式のインクジェット記録装置であり、インクの打滴前に記録媒体124上に処理液(ここでは凝集処理液)を付与し、処理液とインク液を反応させて記録媒体124上に画像形成を行なう2液反応(凝集)方式が適用されたオンデマンドタイプの画像形成装置である。
【0087】
図示のように、インクジェット記録装置100は、主として、給紙部112、処理液付与部114、描画部116、乾燥部118、定着部120、および排出部122を備えて構成される。
【0088】
(給紙部)
給紙部112は、記録媒体124を処理液付与部114に供給する機構であり、当該給紙部112には、枚葉紙である記録媒体124が積層されている。給紙部112には、給紙トレイ150が設けられ、この給紙トレイ150から記録媒体124が一枚ずつ処理液付与部114に給紙される。
【0089】
(処理液付与部)
処理液付与部114は、記録媒体124の記録面に処理液を付与する機構である。処理液は、描画部116で付与されるインク中の色材(本例では顔料)を凝集させる色材凝集剤を含んでおり、この処理液とインクとが接触することによって、インクは色材と溶媒との分離が促進される。
【0090】
図8に示すように、処理液付与部114は、給紙胴152、処理液ドラム154、および処理液塗布装置156を備えている。処理液ドラム154は、記録媒体124を保持し、回転搬送させるドラムである。処理液ドラム154は、その外周面に爪形状の保持手段(グリッパー)155を備え、この保持手段155の爪と処理液ドラム154の周面の間に記録媒体124を挟み込むことによって記録媒体124の先端を保持できるようになっている。
【0091】
処理液ドラム154の外側には、その周面に対向して処理液塗布装置156が設けられる。処理液塗布装置156は、処理液が貯留された処理液容器と、この処理液容器の処理液に一部が浸漬されたアニックスローラと、アニックスローラと処理液ドラム154上の記録媒体124に圧接されて計量後の処理液を記録媒体124に転移するゴムローラとで構成される。この処理液塗布装置156によれば、処理液を計量しながら記録媒体124に塗布することができる。
【0092】
処理液付与部114で処理液が付与された記録媒体124は、処理液ドラム154から中間搬送部126を介して描画部116の描画ドラム170へ受け渡される。
【0093】
(描画部)
描画部116は、描画ドラム(第2の搬送体)170、用紙抑えローラ174、およびインクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yを備えている。描画ドラム170は、処理液ドラム154と同様に、その外周面に爪形状の保持手段(グリッパー)171を備える。描画ドラム170に固定された記録媒体124は、記録面が外側を向くようにして搬送され、この記録面にインクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yからインクが付与される。
【0094】
インクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yはそれぞれ、記録媒体124における画像形成領域の最大幅に対応する長さを有するフルライン型のインクジェット方式の記録ヘッド(インクジェットヘッド)とすることが好ましい。インク吐出面には、画像形成領域の全幅にわたってインク吐出用のノズルが複数配列されたノズル列が形成されている。各インクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yは、記録媒体124の搬送方向(描画ドラム170の回転方向)と直交する方向に延在するように設置される。
【0095】
描画ドラム170上に密着保持された記録媒体124の記録面に向かって各インクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yから、対応する色インクの液滴が吐出されることにより、処理液付与部114で予め記録面に付与された処理液にインクが接触し、インク中に分散する色材(顔料)が凝集され、色材凝集体が形成される。これにより、記録媒体124上での色材流れなどが防止され、記録媒体124の記録面に画像が形成される。
【0096】
描画部116で画像が形成された記録媒体124は、描画ドラム170から中間搬送部128を介して乾燥部118の乾燥ドラム176へ受け渡される。
【0097】
(乾燥部)
乾燥部118は、色材凝集作用により分離された溶媒に含まれる水分を乾燥させる機構であり、図8に示すように、乾燥ドラム176、および溶媒乾燥装置178を備えている。
【0098】
乾燥ドラム176は、処理液ドラム154と同様に、その外周面に爪形状の保持手段(グリッパー)177を備え、この保持手段177によって記録媒体124の先端を保持できるようになっている。
【0099】
溶媒乾燥装置178は、乾燥ドラム176の外周面に対向する位置に配置され、複数のハロゲンヒータ180と、各ハロゲンヒータ180の間にそれぞれ配置された温風噴出しノズル182とで構成される。
【0100】
乾燥部118で乾燥処理が行われた記録媒体124は、乾燥ドラム176から中間搬送部130を介して定着部120の定着ドラム184へ受け渡される。
【0101】
(定着部)
定着部120は、定着ドラム184、ハロゲンヒータ186、定着ローラ188、およびインラインセンサ190で構成される。定着ドラム184は、処理液ドラム154と同様に、その外周面に爪形状の保持手段(グリッパー)185を備え、この保持手段185によって記録媒体124の先端を保持できるようになっている。
【0102】
定着ドラム184の回転により、記録媒体124は記録面が外側を向くようにして搬送され、この記録面に対して、ハロゲンヒータ186による予備加熱と、定着ローラ188による定着処理と、インラインセンサ190による検査が行われる。
【0103】
定着部120によれば、乾燥部118で形成された薄層の画像層内の熱可塑性樹脂微粒子が定着ローラ188によって加熱加圧されて溶融されるので、記録媒体124に固定定着させることができる。また、定着ドラム184の表面温度を50℃以上に設定することで、定着ドラム184の外周面に保持された記録媒体124を裏面から加熱することによって乾燥が促進され、定着時における画像破壊を防止することができるとともに、画像温度の昇温効果によって画像強度を高めることができる。
【0104】
また、インク中にUV硬化性モノマーを含有させた場合は、乾燥部で水分を充分に揮発させた後に、UV照射ランプを備えた定着部で、画像にUVを照射することで、UV硬化性モノマーを硬化重合させ、画像強度を向上させることができる。
【0105】
(排出部)
図8に示すように、定着部120に続いて排出部122が設けられている。排出部122は、排出トレイ192を備えており、この排出トレイ192と定着部120の定着ドラム184との間に、これらに対接するように渡し胴194、搬送ベルト196、張架ローラ198が設けられている。記録媒体124は、渡し胴194により搬送ベルト196に送られ、排出トレイ192に排出される。
【0106】
また、図には示されていないが、本例のインクジェット記録装置100には、上記構成の他、各インクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yにインクを供給するインク貯蔵/装填部、処理液付与部114に対して処理液を供給する手段を備えるとともに、各インクジェットヘッド172M,172K,172C,172Yのクリーニング(ノズル面のワイピング、パージ、ノズル吸引等)を行なうヘッドメンテナンス部や、用紙搬送路上における記録媒体124の位置を検出する位置検出センサ、装置各部の温度を検出する温度センサなどを備えている。
【0107】
なお、図8においてはドラム搬送方式のインクジェット記録装置について説明したが、本発明はこれに限定されず、ベルト搬送方式のインクジェット記録装置などにおいても用いることができる。
【0108】
[インクジェットヘッドの構造]
次に、インクジェットヘッド172M、172K、172C、172Yの構造について説明する。なお、各インクジェットヘッド172M、172K、172C、172Yの構造は共通しているので、以下では、これらを代表して符号250によってヘッドを示すものとする。
【0109】
図9(a)は、インクジェットヘッド250の構造例を示す平面透視図であり、図9(b)は、インクジェットヘッド250の他の構造例を示す平面透視図である。図10は、インク室ユニットの立体的構成を示す断面図(図9(a)中、IV−IV線に沿う断面図)である。
【0110】
記録紙面上に形成されるドットピッチを高密度化するためには、インクジェットヘッド250におけるノズルピッチを高密度化する必要がある。本例のインクジェットヘッド250は、図9(a)に示すように、インク滴の吐出孔であるノズル251と、各ノズル251に対応する圧力室252などからなる複数のインク室ユニット253を千鳥でマトリクス状に(2次元的に)配置させた構造を有し、これにより、ヘッド長手方向(紙搬送方向と直交する主走査方向)に沿って並ぶように投影される実質的なノズル間隔(投影ノズルピッチ)の高密度化を達成している。
【0111】
紙搬送方向と略直交する方向に記録媒体124の全幅に対応する長さにわたり1列以上のノズル列を構成する形態は本例に限定されない。例えば、図9(a)の構成に代えて、図9(b)に示すように、複数のノズル251が2次元に配列された短尺のヘッドブロック(ヘッドチップ)250’を千鳥状に配列して繋ぎ合わせることで記録媒体124の全幅に対応する長さのノズル列を有するラインヘッドを構成してもよい。また、図示は省略するが、短尺のヘッドを一列に並べてラインヘッドを構成してもよい。
【0112】
図10に示すように、各ノズル251は、インクジェットヘッド250のインク吐出面250aを構成するノズルプレート260に形成されている。ノズルプレート260は、例えば、Si、SiO、SiN、石英ガラスのようなシリコン系材料、Al、Fe、Ni、Cuまたはこれらを含む合金のような金属系材料、アルミナ、酸化鉄のような酸化物材料、カーボンブラック、グラファイトのような炭素系材料、ポリイミドのような樹脂系材料で構成されている。
【0113】
ノズルプレート260の表面(インク吐出側の面)には、インクに対して撥液性を有する撥水膜262が形成されており、インクの付着防止が図られている。
【0114】
各ノズル251に対応して設けられている圧力室252は、その平面形状が概略正方形となっており、対角線上の両隅部にノズル251と供給口254が設けられている。各圧力室252は供給口254を介して共通流路255と連通されている。共通流路255はインク供給源たるインク供給タンク(不図示)と連通しており、該インク供給タンクから供給されるインクは共通流路255を介して各圧力室252に分配供給される。
【0115】
圧力室252の天面を構成し共通電極と兼用される振動板256には個別電極257を備えた圧電素子258が接合されており、個別電極257に駆動電圧を印加することによって圧電素子258が変形してノズル251からインクが吐出される。インクが吐出されると、共通流路255から供給口254を通って新しいインクが圧力室252に供給される。
【0116】
なお、ノズルの配置構造は図示の例に限定されず、副走査方向に1列のノズル列を有する配置構造など、様々なノズル配置構造を適用できる。
【0117】
また、ライン型ヘッドによる印字方式に限定されず、記録媒体124の幅方向(主走査方向)の長さに満たない短尺のヘッドを記録媒体124の幅方向に走査させて当該幅方向の印字を行ない、1回の幅方向の印字が終わると記録媒体124を幅方向と直交する方向(副走査方向)に所定量だけ移動させて、次の印字領域の記録媒体124の幅方向の印字を行ない、この動作を繰り返して記録媒体124の印字領域の全面にわたって印字を行なうシリアル方式を適用してもよい。
【0118】
図11は、インクジェットヘッドのノズルプレート表面の実施形態を示した図である。図11に示すように、ノズル251の周辺は、凹凸構造を有さない平坦な基板に撥水膜を形成した第1の撥水領域350を有し、さらに、第1の撥水領域350の周りに上述した凹凸構造を有する第2の撥水領域340を備えている。
【0119】
ノズルの周りに凹凸構造を有さない平坦な撥水領域を設けることで、設けない場合と比較し、次のような効果がある。
【0120】
図12は、ノズルの周りに平坦な撥水領域を有さない場合の図であり、図12(a)は、ノズル251上下左右対称に凹凸構造は形成されている図であり、図12(b)は、非対称に形成されている図である。
【0121】
ノズル251の周囲に平坦な領域を設けずに凹凸構造を形成すると、図12(a)に示すように、上下左右対称に形成されている場合は、ノズル251から液滴を吐出した場合に、いずれかに吐出方向が曲がることがない。しかし、図12(b)に示すように、ノズル251を形成する位置がずれてしまい、ノズルプレートに形成された凹凸構造がノズル251と重なってしまうと、ノズル251が非対称となってしまい、吐出方向が曲がる原因となってしまう。ノズル251と凹凸構造を製造するアライメント精度は、1〜2μm程度であるため、ノズル251と凹凸構造が精度良く形成されず、ノズルの上下左右方向で、凹凸構造が非対称となる可能性がある。
【0122】
したがって、図11に示すように、ノズルの周囲に平坦な表面である第1の撥水領域350を設け、さらに、その周囲に凹凸構造を有する第2の撥水領域340を形成することが好ましい。ノズルの周囲に平坦な撥水領域を形成することで、ノズルの吐出曲がりを防止することができる。第2の撥水領域340は、ノズルからの距離が10μm以上離れていることが好ましく、50μm以下であることが好ましい。
【0123】
このようなノズルプレート表面の形成方法は、上記ノズルプレートの製造方法において、基材の構造化を行なう際に、第1の撥水領域350となる領域をマスク剤で被覆する。これにより第1の撥水領域350となる領域には、凹凸構造が形成されないので、平坦な撥水膜を有する撥水領域を形成することができる。
【0124】
[実施例]
次に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で示す加工方法は、一例であり、撥液性を有する基板を凸部の断面が逆テーパー形状になるように加工する方法、または、基板を凸部の断面逆テーパー形状になるように加工したのち、撥液膜をコーティングする方法などにより加工することができ、本発明はこれに限定されるものではない。
【0125】
(凹凸構造体の製造)
Si基板上に、レジストを用いてパターニングした金属膜をマスクとして、凸断面形状が逆テーパー形状になるように、下記サンプルA、サンプルBの条件でドライエッチングを行なった。マスクは、パターニングしたレジストを直接マスクとして用いてもよい。
【0126】
<エッチング条件>
装置:NE500−ICPドライエッチング装置(アルバックテクノ製)
○条件:サンプルA(テーパー角100°)
プロセス圧力:1Pa、アンテナ出力:400W、バイアス出力:70W、ガス:CHF 50sccm、SF 5sccm、時間:1200sec
○条件:サンプルB(テーパー角75°)
プロセス圧力:1Pa、アンテナ出力:500W、バイアス出力:100W、ガス:CHF 30sccm、SF 20sccm、時間:480sec
(一般に、テーパー形状は、SiエッチングガスであるSFガスの流量比を制御することで形状の制御を行なうことができる。CHFガスは、側面を保護する効果があるので、CHFガスを増やすことで、テーパー角度の大きい凹凸構造を形成することができ、SFガスを増やすことで、側面のエッチングを進行させることができるので、テーパー角度の小さい凹凸構造を形成することができる。したがって、CHFガスとSFガスの流量比を制御することで、凹凸構造のテーパー形状の制御を行なうことができる。)
その後、ウェットエッチングによりマスクを除去し、撥液膜としてNanos((株)ティーアンドケー)を真空蒸着法により成膜した。なお、撥液膜は、特に限定されないが滑落性に優れている膜であることが好ましい。また、成膜法も、蒸着法に限定されず、スピンコート法などで行なうことも可能である。作製した撥液膜の平滑面における10μlの水滴の滑落角は10°であった。
【0127】
形成された凹凸構造体の凸部の一辺の長さは約5μm、凸部間の距離(凹部の幅)は約5μmであり、凸部の面積は30%とした。
【0128】
このように形成された凹凸表面を有する撥液性基板に、次の液体を接触させ、見かけの静的接触角の測定、滑落角の測定を行なった。なお、液体は、添加するオレフィンの量で液滴の表面張力を調整し、平滑面での静的接触角を制御した。
【0129】
[使用する液体]
(1) 水(表面張力72.75mN/m、接触角116°) 4μl
(2) 水+オルフィン0.1%(表面張力40.0mN/m、接触角96°) 4μl
(3) 水+オルフィン0.5%(表面張力35.2mN/m、接触角86°) 4μl
(4) 水+オルフィン1%(表面張力28.8mN/m、接触角71°) 4μl
結果を表1に示す。テーパー角が75°と凹凸構造の凸部が逆テーパー形状となっているサンプルB(実施例)においては、テーパー角と平滑面での接触角とで、テーパー角<接触角となる(1)〜(3)の液について、見かけの静的接触角が、150°以上であり、かつ、液滴が滑落する表面を得ることができた。特に、液体自体は接触角が90°以下である(3)の液体についても見かけの静的接触角が151°と高い撥液性と、滑落角が32°の高い液滴の滑落性を得ることができた。
【0130】
テーパー角>接触角となる(4)の液体については、静的接触角は135°と高い撥液性を得ることができたが、凹凸構造体を90°に傾斜させても滑落しなかった。これは、凹凸構造の凹部内に液体が侵入し付着エネルギーが大きくなっているからであると考えられる。
【0131】
テーパー角が100°と凹凸構造の凸部がテーパー形状となっているサンプルA(比較例)においても、テーパー角<接触角となる液体(1)では、高い静的接触角と良好な滑落性を得ることができたが、テーパー角>接触角となる液体(2)〜(4)においては、液体が凹部内に侵入すると考えられ、液体(2)、(3)においては高い撥液性が得られたが、液体は滑落しなかった。
【0132】
【表1】

【0133】
[洗浄性評価]
上記サンプルBの凹凸構造体を用いて、洗浄性の評価を行なった。
【0134】
基板表面に直径1〜50μmの微小なインク滴を付着させ、1時間乾燥させた。洗浄液(表面張力28mN/m、接触角70°)を0.9L/minで5s噴きつけ、その後、純水にて洗い流したときの基板表面の残渣を確認し、評価を行なった。結果を図13、14に示す。図13が平滑面(比較例)、図14凹は、上記サンプルBの条件で製造したテーパー角75°の凹凸構造体(実施例)であり、(a)洗浄前、(b)洗浄後である。
【0135】
平滑面においては、洗浄後においても、インク残渣が確認されたが(図13(b))、凹凸構造体では、インク残渣は確認されず(図14(b))、洗浄性が高いことが確認できた。また洗浄後の凹凸構造体では、静的接触角、滑落性ともにインク付着前と同じであった。
【0136】
上記実施例のまとめを表2に示す。なお、評価は、平滑面での接触角が90°以下の液滴に対する評価である。表2に示すように、平滑面では、滑落性は良好な結果が得られるが、静的接触角(撥液性)、洗浄性は良くなかった。テーパー角が90°を超えるサンプルAにおいては、静的接触角は良好な結果が得られたが、液体が凹部内に侵入するため、滑落性は良くなかった。これに対し、テーパー角が90°未満であるサンプルBは、静的接触角、滑落性、洗浄性とも良好な結果が得られた。
【0137】
【表2】

【0138】
[凸部の面積比率]
テーパーの形状をサンプルBの形状(テーパー角:75°)とし、凸部の面積比率を変更して、滑落角により評価を行なった。凸部のサイズは、一辺が5μmの四角形状とした。この凹凸構造表面に、上記(3)の液(水+オルフィン0.5%(表面張力35.2mN/m、接触角86°))を2μl、4μlの液滴で付与し、評価を行なった。結果を図15に示す。
【0139】
90°のラインにプロットされているものは90°まで傾けても滑落しなかったことを示している。図15より、凸部の面積の比率を小さくすることにより液滴の滑落角を小さくすることができる。また、凸部の比率を0.4以下とすることにより、2μlの微小な液体においても滑落することが確認できる。なお、静的接触角は、凸の比率、液滴サイズによらず、140°以上であり、良好な撥液性が得られていた。
【符号の説明】
【0140】
10…基板、30、60…凹凸構造、31、61…凸部、32、62…凹部、40撥液膜、50…固体、70…液体、100…インクジェット記録装置、112…給紙部、114…処理液付与部、116…描画部、118…乾燥部、120…定着部、122…排出部、124…記録媒体、154…処理液ドラム、156…処理液塗布装置、170…描画ドラム、172M、172K、172C、172Y…インクジェットヘッド、176…乾燥ドラム、180…温風噴出しノズル、182…IRヒータ、184…定着ドラム、186…ハロゲンヒータ、188…定着ローラ、192…排出トレイ、196…搬送ベルト、251…ノズル、260…ノズルプレート、340…第2の撥水領域、350…第1の撥水領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板の表面に凹凸構造を有し、
前記凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度が、90°未満であり、かつ、前記角度は、別途測定した、付与される液体の前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角よりも小さいことを特徴とする撥液表面を有する構造体。
【請求項2】
前記凹凸構造の凸部の上面は、前記基板と平行に形成されており、かつ、高さが均一であることを特徴とする請求項1に記載の撥液表面を有する構造体。
【請求項3】
前記凹凸構造の前記基板全面に対する前記凸部の面積比が0.4以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の撥液表面を有する構造体。
【請求項4】
前記凹凸構造の表面に撥液膜が形成されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の撥液表面を有する構造体。
【請求項5】
前記撥液膜の滑落性が、10μlの水の液滴に対して滑落角が40°以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の撥液表面を有する構造体。
【請求項6】
前記撥液膜は、酸素を含むパーフルオロアルキルシランを材料として形成されていることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の撥液表面を有する構造体。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の撥液表面を有する構造体に、前記凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が小さい洗浄液で前記構造体を洗浄する洗浄工程と、
前記角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が大きい液で、前記洗浄液を置換する置換工程と、を有することを特徴とする撥液表面を有する構造体のクリーニング方法。
【請求項8】
請求項1から6のいずれか1項に記載の撥液表面を有する構造体を備えるインクジェットヘッドのノズルプレート。
【請求項9】
前記凹凸構造は、ノズルから10μm以上離れた領域に形成されていることを特徴とする請求項8に記載のインクジェットヘッドのノズルプレート。
【請求項10】
請求項8又は9に記載のインクジェットヘッドのノズルプレートに、前記凹凸構造の凸部の側面の表面側を通り前記基板に平行な線と、前記凸部の側面とのなす角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が小さい洗浄液で前記構造体を洗浄する洗浄工程と、
前記角度より、前記凹凸構造と同じ化学的表面状態で凹凸のない平滑面における静的接触角が大きい液で、前記洗浄液を置換する置換工程と、を有することを特徴とするインクジェットヘッドのノズルプレートのクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図15】
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【図13】
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【図14】
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