説明

撹拌機および細胞分離装置

【課題】処理液内において気泡が生じるのを防ぎ、生体試料へ与える損傷を低減しながら撹拌する。
【解決手段】生体試料Aおよび該生体試料Aを処理する処理液Cを収容する容器2が載置される基台3と、該基台3をその姿勢を保ちつつ水平面内の所定の円周軌道に沿って偏心軸回りに回転させるモータ5と、基台3の回転中に、基台3に載置された容器2の水平方向の重心位置を経時的に測定する重量測定部6a,6b,6cと、該重量測定部6a,6b,6cで測定された重心位置の時間変化に基づいて、モータ5による基台3の回転の速度および位相を制御する制御部7とを備える撹拌機1を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、撹拌機および細胞分離装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、生体組織を酵素で分解して生体組織に結合していた細胞を分離する装置が知られている(例えば、特許文献1および特許文献2参照)。これらの装置では、生体組織と分解酵素の溶液とを収容した容器を低速で回転あるいは振動させることにより、酵素による生体組織の分解を促進している。
【0003】
また、培養細胞の継代および培地交換を行う細胞培養装置が知られている(例えば、特許文献3参照。)。培養容器の底面に密着した細胞を酵素で剥離する際、培養容器が揺動させられて酵素液が容器の底面に満遍なく行き渡るようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2004/027014号パンフレット
【特許文献2】特開2005−218376号公報
【特許文献3】特開2005−218413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、容器の回転や振動または揺動を加速させたり、撹拌を停止させるために減速させたりすると、容器内において処理液の波が砕けて処理液内に気泡が生じる。その結果、処理液内に含まれる細胞や生体組織が空気と接触させられてダメージを受けてしまうという問題がある。
【0006】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、処理液内において気泡が生じるのを防ぎ、生体試料へ与える損傷を低減しながら撹拌することができる撹拌機および細胞分離装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は以下の手段を提供する。
本発明は、生体試料および該生体試料を処理する処理液を収容する容器が載置される基台と、該基台をその姿勢を保ちつつ水平面内の所定の円周軌道に沿って偏心軸回りに回転させるモータと、前記基台の回転中に、前記基台に載置された前記容器の水平方向の重心位置を経時的に測定する重量測定部と、該重量測定部で測定された重心位置の時間変化に基づいて、前記モータによる前記基台の回転の速度および位相を制御する制御部とを備える撹拌機を提供する。
【0008】
本発明によれば、容器を基台に載置してモータを作動させ、基台と同時に容器が水平面内で偏心軸回りに回転させられると、容器の回転が駆動力となって処理液が容器内において回転させられ、生体試料を処理液内において撹拌させることができる。
【0009】
この場合に、処理液は、容器が回転させられる円周軌道の中心を中心とする遠心力により半径方向外方へ引っ張られ、容器の半径方向外方側の内壁に押しつけられて密着した状態で容器内を回転させられる。そのため、処理液の液面の高さ、つまり、処理液の重量に回転の径方向の勾配が生じ、偏心軸回りを回転している容器においては、各位置の重量が処理液の回転の速度および位相にしたがって周期的に変化する。これにより、容器の重心位置が水平面内において周方向に周期的に移動し、この時間変化が重量測定部によって測定される。
【0010】
制御部は、容器の重心位置の周期的な時間変化に対して、位相のずれが常に所定の回転角度の範囲内におさまるように基台の回転の位相および速度を制御する。すなわち、容器の回転が処理液に与える駆動力が、容器内で回転している処理液の慣性力に逆らうことなく、容器の回転が調節される。これにより、処理液の回転が乱されてそれまで密着していた内壁から剥離したり、処理液が波立ったりすることにより処理液内に気泡が生じることが防止され、生体試料へ与えるダメージを低減しながら処理液内において生体試料を撹拌することができる。
【0011】
上記発明においては、前記制御部は、前記基台の回転の位相が、前記重心位置の時間変化の位相よりも所定の角度だけ進むようにすることとしてもよい。
このようにすることで、容器内における処理液の回転に対して、容器が所定の回転角度だけ前進しながら回転させられ、処理液内に気泡を生じさせることなく処理液の回転を加速させることができる。
【0012】
また、上記発明においては、前記制御部は、前記基台の回転の位相が、前記重心位置の時間変化の位相よりも所定の回転角度だけ遅れるように前記モータを制御することとしてもよい。
このようにすることで、容器内における処理液の回転に対して、容器が所定の回転角度だけ後退しながら回転させられ、処理液内に気泡を生じさせることなく処理液の回転を減速させることができる。
【0013】
また、上記発明においては、前記重量測定部が、周方向に間隔をあけて複数設けられていることとしてもよい。
このようにすることで、回転中の容器の重心位置の時間変化がより精密に測定され、基台の回転をより適切に制御することができる。
【0014】
また、本発明は、上記いずれかの撹拌機を備え、前記容器内に生体由来細胞を含む生体組織と該生体組織を分解する分解酵素液とを収容し、前記生体組織から前記生体由来細胞を分離させて細胞懸濁液を生成する分解処理部と、該分解処理部で生成された細胞懸濁液を遠心分離して前記生体由来細胞を濃縮する細胞濃縮部と、前記分解処理部から前記細胞濃縮部へ前記細胞懸濁液を送液する送液経路を備える細胞分離装置を提供する。
【0015】
本発明によれば、分解処理部において撹拌機で容器を偏心軸回りに回転させると、生体組織が分解酵素液内において撹拌させられて分解酵素により分解される。そして、生体由来細胞が生体組織から分離し、生体由来細胞が浮遊する細胞懸濁液が生成される。細胞懸濁液は送液経路を通って細胞濃縮部へ送液されて遠心分離され、沈降した生体由来細胞を少量の上清とともに回収すると、生体由来細胞の細胞濃縮液が得られる。
【0016】
この場合に、撹拌機により容器の回転が加速または減速させられても、分解酵素液はそれまで密着していた内壁から剥離したり波立ったりすることなく容器内で回転させられる。これにより、分解酵素液内に気泡が生じることがないので、生体組織および生体由来細胞へのダメージを抑えながら分解酵素液内において撹拌して、生体由来細胞を健全な状態で回収することができる。
【0017】
上記発明においては、前記生体組織が、生体内から採取された脂肪組織であり、前記生体由来細胞が、前記脂肪組織に内包されている脂肪由来細胞であることとしてもよい。
このようにすることで、脂肪組織から脂肪由来細胞を健全な状態で回収することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、処理液内において気泡が生じるのを防ぎ、生体試料へ与える損傷を低減しながら撹拌することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係る撹拌機の全体構成を示す(a)平面図および(b)正面図である。
【図2】図1の撹拌機が回転させられたときの(a)処理容器と(b)分解酵素液の動作を説明する図である。
【図3】図1の撹拌機の回転を(a)加速させるとき、(b)一定速度で運転させるときおよび(c)減速させるときの制御を説明する図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る細胞分離装置の全体構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の一実施形態について、図1〜図4を参照して以下に説明する。
なお、本実施形態においては、脂肪組織(生体試料、生体組織)Aから脂肪由来細胞(生体由来細胞)Bを分離する工程を例に挙げて説明する。
本実施形態に係る撹拌機1は、図1に示されるように、円筒状の処理容器(容器)2を載置する基台3と、基台3の底面に設けられた3本のシャフト4をそれぞれ回転させるモータ5と、各シャフト4に設けられたロードセル(重量測定部)6a,6b,6cと、各モータ5および各ロードセル6a,6b,6cと接続された制御部7とを備えている。
【0021】
処理容器2内には、生体から吸引などの方法により採取された脂肪組織Aと、該脂肪組織Aを分解する分解酵素液(処理液)Cとが収容されている。
基台3は、前方側の側面および天井面が開放された円筒状であり、底面が略水平に配置されている。基台3の底面にはシートヒータ3aが設けられ、また、底面および側面は断熱材3bにより覆われて、基台3に載置された処理容器2内は約37℃に保温されるようになっている。
【0022】
シャフト4は、基台3の底面に設けられた貫通孔に一方の端部が垂直に挿入されて固定され、基台3の底面の中心に対して周方向に3等分される位置にそれぞれ配置されている。また、各シャフト4の他方の端部はモータ5に接続され、それぞれモータ5により同一の径の円周軌道上を同期しながら同一の方向へ回転させられる。これにより、モータ5を作動させると、基台3がその姿勢を維持しながら鉛直方向の偏心軸回りに所定の円軌道上を回転させられるようになっている。
また、モータ5によるシャフト4の回転の速度および位相は制御部7によって制御される。
【0023】
各シャフト4の上方の端面にはロードセル6a,6b,6cが配置され、モータ5の動作中にそれ自身にかかる鉛直方向の荷重を経時的に測定する。これにより、基台3に処理容器2が載置されると、各ロードセル6a,6b,6cの位置における処理容器2の重量の時間変化が測定されるようになっている。各ロードセル6a,6b,6cが測定した荷重の大きさの情報は制御部7へ逐次送られる。
【0024】
制御部7は、各ロードセル6a,6b,6cから入力された荷重の大きさと各ロードセル6a,6b,6cの基台3の底面内の位置とから、基台3の底面にかかっている荷重の重心位置、つまり、処理容器2の水平方向の重心位置を算出してその時間変化を記憶するようになっている。
【0025】
処理容器2を基台3に載置してモータ5を作動させ、基台3が図2(a)に示されるように回転させられると、処理容器2も一体となって偏心軸回りに所定の円周軌道上を回転させられる。そして、処理容器2の回転が駆動力となって分解酵素液Cが処理容器2内において回転させられる。
【0026】
このときに、分解酵素液Cは、遠心力により円周軌道の中心に対して半径方向外方へ引っ張られ、その方向へ向かって液面位置が高くなる。そして、処理容器2の重心位置が、処理容器2の中心から、円周軌道の中心に対して半径方向外方へずれた状態で処理容器2が回転させられる。その結果、図2(b)に示されるように、周方向に周期的に変化する処理容器2の重心位置の時間変化が制御部7に記憶されるようになっている。
【0027】
なお、制御部7は、予め空の処理容器2を回転させたときの水平方向の重心位置の時間変化をバックグラウンドとして記憶しておく。そして、実際に測定された重心位置からバックグラウンドを差し引いた正味の重心位置を記憶するようになっている。
【0028】
また、制御部7は、シャフト4の回転を加速させるときは、図3(a)に示されるように、処理容器2の重心位置の時間変化に対してシャフト4回転の位相が所定の回転角度だけ前進するようにモータ5を制御する。そして、シャフト4の回転が所望の回転速度まで到達したら、図3(b)に示されるように、処理容器2の重心位置の時間変化の位相に対してシャフト4の回転の位相が一致するようにモータ5を制御する。また、シャフト4の回転を減速するときは、図3(c)に示されるように、処理容器2の重心位置の時間変化に対してシャフト4の回転の位相が所定の回転角度だけ遅れるようにモータ5を制御するようになっている。
【0029】
このときに、処理容器2の重心位置の時間変化に対する所定の回転角度は、処理容器2の回転が分解酵素液Cに与える回転の駆動力が、分解酵素Cが有する慣性力に対して十分小さい範囲内で設定される。具体的には、処理容器2の内径や回転速度、分解酵素液Cの体積、粘性などによって最適な値が決定される。
【0030】
このように構成された撹拌機1を備える細胞分離装置100の構成および作用について以下に説明する。
本実施形態に係る細胞分離装置100は、図4に示されるように、撹拌機1を備える分解処理部20と、遠心分離機8を備える細胞濃縮部30と、分解処理部20と細胞濃縮部30とを連絡する送液経路40とを備えている。
【0031】
分解処理部20は、撹拌機1により脂肪組織Aを分解酵素液C内で撹拌させて脂肪組織Aを分解し、脂肪組織Aに内包されていた脂肪由来細胞Bを分離させる。そして、撹拌後に処理容器2を静置させることにより、脂肪組織Aが分解されて生じた脂肪分を上層に、脂肪由来細胞Bを含む分解酵素液C、つまり、細胞懸濁液を下層に、比重の差によって層分離させる。
【0032】
送液経路40は、処理容器2の底面に開口した排出口2aから遠心分離機8に装着された遠心分離容器9へ接続されたチューブ10と、該チューブ10の排出口2a近傍に設けられたバルブ11と、チューブ10の途中位置に設けられた送液ポンプ12とを備えている。処理容器2内で層分離させた後にバルブ11を開放して送液ポンプ12を作動させると、処理容器2の下層の細胞懸濁液が遠心分離容器9へ送液される。
【0033】
細胞濃縮部30は、送られてきた細胞懸濁液を遠心分離して脂肪由来細胞Bのペレットと上清とに層分離させる。そして、ペレットを回収すると、脂肪組織Aから分離された脂肪由来細胞Bを得ることができる。
【0034】
この場合に、本実施形態においては、分解処理部20において脂肪組織Aと分解酵素液Cとが処理容器2内で撹拌させられるときに、処理容器2内において静止あるいは回転を維持しようとする分解酵素液Cの慣性力に対して、処理容器2の偏心軸回りの回転が与える駆動力が常に十分小さい範囲内において変化させられながら、処理容器2の回転が加速および減速させられる。
【0035】
すなわち、分解酵素液Cの回転が乱されて、密着させられていた処理容器2の内壁から剥離させられたり、液面が波立って砕波したりすることなく、脂肪組織Aおよび分解酵素液Cは終始穏やかに撹拌される。これにより、分解酵素液C内に気泡が混入することがないので、脂肪由来細胞Bが空気にさらされることによるダメージを受けることなく、健全な状態の脂肪由来細胞Bを得ることができるという利点がある。
【0036】
また、複数のロードセル6a,6b,6cを基台3の底面に周方向に沿って間隔をあけて配置することにより、処理容器2の重心位置の時間変化がより正確に測定される。これにより、分解酵素液Cの回転に対して基台3の回転をより適切に制御することができるという利点がある。
また、処理容器2内を約37℃に保温することにより、分解酵素Cの活性を高めて脂肪組織Aを効率良く分解することができる。
【0037】
上記実施形態においては、撹拌機1により脂肪組織Aと分解酵素液Cとを撹拌する場合を例に挙げて説明したが、他の生体試料を含む溶液、例えば、細胞を含む培地や血液、タンパク質の溶液などを撹拌することとしてもよい。
このような場合でも、溶液が終始穏やかに撹拌されて溶液内に気泡が混入することがないので、細胞や血球、タンパク質などが空気に接触することがない。これにより、これらの生体試料の変性や変形などのダメージを防ぎながら撹拌することができる。
【0038】
なお、脂肪由来細胞Bには、血管内皮細胞、線維芽細胞、造血幹細胞、血球系の細胞、脂肪由来幹細胞などが含まれる。ここで、幹細胞は、細胞治療などの目的で脂肪組織から採取される細胞であり、多分化能、自己再生能を有する細胞を指す。
また、用いられる脂肪組織Aとしては、ヒト由来の皮下脂肪組織、内臓脂肪組織、白色脂肪組織、褐色脂肪組織等でよく、ヒト等の脂肪部位をハサミ等の鋭利な器具で採取されたものであってもよい。
【符号の説明】
【0039】
1 撹拌機
2 処理容器(容器)
3 基台
3a シートヒータ
3b 断熱材
4 シャフト
5 モータ
6a,6b,6c ロードセル(重量測定部)
7 制御部
8 遠心分離機
9 遠心分離容器
10 チューブ
11 バルブ
12 送液ポンプ
20 分解処理部
30 細胞濃縮部
40 送液経路
100 細胞分離装置
A 脂肪組織(生体試料、生体組織)
B 脂肪由来細胞(生体由来細胞)
C 分解酵素液(処理液)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料および該生体試料を処理する処理液を収容する容器が載置される基台と、
該基台をその姿勢を保ちつつ水平面内の所定の円周軌道に沿って偏心軸回りに回転させるモータと、
前記基台の回転中に、前記基台に載置された前記容器の水平方向の重心位置を経時的に測定する重量測定部と、
該重量測定部で測定された重心位置の時間変化に基づいて、前記モータによる前記基台の回転の速度および位相を制御する制御部とを備える撹拌機。
【請求項2】
前記制御部は、前記基台の回転の位相が、前記重心位置の時間変化の位相よりも所定の回転角度だけ進むように前記モータを制御する請求項1に記載の撹拌機。
【請求項3】
前記制御部は、前記基台の回転の位相が、前記重心位置の時間変化の位相よりも所定の回転角度だけ遅れるように前記モータを制御する請求項1または請求項2に記載の撹拌機。
【請求項4】
前記重量測定部が、周方向に間隔をあけて複数設けられている請求項1から請求項3のいずれかに記載の撹拌機。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の撹拌機を備え、前記容器内に生体由来細胞を含む生体組織と該生体組織を分解する分解酵素液とを収容し、前記生体組織から前記生体由来細胞を分離させて細胞懸濁液を生成する分解処理部と、
該分解処理部で生成された細胞懸濁液を遠心分離して前記生体由来細胞を濃縮する細胞濃縮部と、
前記分解処理部から前記細胞濃縮部へ前記細胞懸濁液を送液する送液経路とを備える細胞分離装置。
【請求項6】
前記生体組織が、生体内から採取された脂肪組織であり、
前記生体由来細胞が、前記脂肪組織に内包されている脂肪由来細胞である請求項5に記載の細胞分離装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−158203(P2010−158203A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−2666(P2009−2666)
【出願日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】