説明

撹拌翼の製造方法及び撹拌装置

【課題】ワイドパドル翼にガラス層を良好に形成することと、撹拌装置の撹拌効率を維持することとを両立する。
【解決手段】撹拌装置1が、撹拌槽2と、グラスライニング加工が施された撹拌翼3とを備え、撹拌翼3が、撹拌槽2内で上下方向に延在する回転軸4と、回転軸4の軸線方向に並べられた複数段のワイドパドル翼5A,5Bとを備え、各ワイドパドル翼5A,5Bが、回転軸4から径方向に延びる複数枚の羽根板21,41を有する。各羽根板21,41は、回転軸4の外周面に溶接された根元部22,42と、回転軸4から径方向に離れて配置されて根元部22,42から径方向外側へ延びる略矩形平板状のパドル部23,43とを有する。各根元部22,42の高さが、対応するパドル部23,43の内端側高さよりも小さく該パドル部23,43の内端側高さの30%以上70%以下であり、各根元部22,42の回転半径が、対応するパドル翼5A,5Bの径の25%未満である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラスライニング加工が施された複数段のパドル翼を備える撹拌翼を製造するための方法、及び、このような撹拌翼を備える撹拌装置に関する。
【背景技術】
【0002】
撹拌装置は、化学工場や飲料食品工場において、液又はスラリーの混合、溶解、晶析、反応、スラリー懸濁及び気液接触等の撹拌処理に広く利用されている。撹拌装置は、被撹拌物質を貯留する撹拌槽と、撹拌槽内に回転可能に設けられる撹拌翼とを備えている。撹拌翼には、目的及び用途に応じて適宜の構造及び材料が適用される。
【0003】
撹拌翼の構造面に関し、低粘域から高粘域まで広範な粘度に対応したい場合には、回転軸の軸線方向に沿って並べられた複数段のパドル翼を備える撹拌翼を好適に適用することができる(例えば、特許文献1参照)。粘度が低い場合には、回転軸の下端部に2枚板翼を設けてなる撹拌翼を好適に適用することができる(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
特許文献1に開示されるように、従来のパドル翼は、回転軸から径方向に延びる複数枚の羽根板を有して成り、各羽根板は、形状のシンプル化のため略矩形平板状に形成されている。このような羽根板の内端部を回転軸の外周面に溶接することにより、パドル翼を備える撹拌翼が製造される。特許文献1に開示されるパドル翼は、羽根板の高さが翼径の1/2以上である所謂ワイドパドル翼であり、それにより中粘域及び高粘域での撹拌効率の向上が図られている。
【0005】
撹拌翼の材料面に関し、撹拌翼は、一般にステンレス鋼等の金属から製作される。特許文献2に開示されるように、撹拌翼に高耐食性が求められる場合には、撹拌翼にグラスライニング加工が施される。グラスライニング加工は、母材としての金属表面にガラスを塗布して焼成することにより、金属表面にガラス層を形成するものである。母材が角部を有していれば、その角部からガラス層が剥離して金属表面が露出し、耐食性を損なう可能性がある。このため、グラスライニング加工が施された撹拌翼を製造するにあたっては、ガラスを母材に塗布する前に、母材の全ての角部を丸める処理が施される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2507839号公報
【特許文献2】特開2003−33635号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
複数段のワイドパドル翼を備える撹拌翼にグラスライニング加工が施されていれば、低粘域から高粘域まで広範に亘って高い撹拌効率を達成することができるし、撹拌翼の腐食を効果的に防止することができる。
【0008】
しかし、溶接部位が回転軸の軸方向に長くなりがちであるワイドパドル翼にグラスライニング加工を施すには、焼成上の問題を解決する必要がある。焼成の放熱段階では、撹拌翼の各部分が一様に放射冷却し熱収縮して、固化するガラス層に均等な圧縮応力が掛かることが望ましい。一部分の冷却が遅れガラス層の固化が遅れると、その周辺に圧縮応力の低いガラス層が生じ易い。ガラスは圧縮応力に対して金属を凌ぐ強度を持つが、引張り応力に対しては脆い。圧縮応力の低いガラス層部分では、比較的小さな引張り応力が作用するだけでガラス層を損傷するおそれが生じる。中心軸に沿って円筒の外面に平板を溶接すると溶接部近辺の放射冷却が遅れる。その溶接線が長くなりガラスの固化の遅れが連続する線の上を移動する現象が生じると、圧縮応力が限界値を割り込むガラス層が形成されるようになり、良好なグラスライニングを施すことが難しくなる。これがワイドパドルの焼成上の問題である。時間をかけて冷却を行う特殊焼成を採用すれば、不均一冷却に由来する問題を抑制できる。しかし、必要以上に高温状態を保持する時間が長引けば、エネルギーコストが嵩むだけでなく、ガラスの流れ、ガラス層中の泡の合一など品質低下の恐れもある。
【0009】
ガラス層が良好に形成されるようにするために、ワイドパドル翼の採用をやめることも考えられる。しかし、ガラス層を良好に形成することにのみ着眼してパドル翼の形状が変更されると、撹拌効率が低下するおそれがある。
【0010】
そこで本発明は、グラスライニング加工が施された複数段のワイドパドル翼を備える撹拌翼を製造し、かかる撹拌翼を備える撹拌装置を提供するにあたり、撹拌翼にガラス層を良好に形成することと、撹拌装置の撹拌効率を維持することとを両立することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る撹拌装置は、撹拌槽と、前記撹拌槽内で上下方向に延在する回転軸と、前記回転軸から径方向に延びる複数枚の羽根板を有して成り、前記回転軸の軸線方向に並べられた複数段のワイドパドル翼と、を備え、前記羽根板の全てが、前記回転軸の外周面に溶接された根元部と、前記回転軸からは径方向に離れて配置され、該根元部から径方向外側へ延びる略矩形平板状のパドル部とを有し、前記パドル翼の全てにグラスライニング加工が施されており、前記各根元部の高さが、対応する前記パドル部の内端側高さの30%以上70%以下であり、前記各根元部の回転半径が、回転軸の直径以上、かつ、対応する前記ワイドパドル翼の径の25%未満である。
【0012】
前記構成によれば、パドル部よりも小さい高さを有する根元部が回転軸と溶接されるので、従来のように、略矩形平板状のパドル部のみを有するパドル翼を回転軸に溶接している場合と対比して、回転軸と根元部との溶接に起因する焼成上の問題を軽減することができる。よって、ワイドパドル翼にガラス層を良好に形成することができる。しかも、根元部の高さ及び回転半径が上記数値範囲内にそれぞれ収まっていれば、撹拌効率を維持することができるし、溶接部の上端および下端を緩やかな丸みの曲面に仕上げるグラスライニングの前処理にも何ら支障を来さない。このように本発明によれば、グラスライニング製ワイドパドル翼の焼成上の問題を回避することと、撹拌装置の撹拌効率を維持することとを両立することができる。
【0013】
前記各根元部の径方向寸法が、70mm以上150mm以下であれば、溶接部の曲面仕上げを行いやすい点で有利である。
【0014】
前記複数段のワイドパドル翼が、上下方向に互いに隣接する上段翼及び下段翼を含み、前記上段翼の前記パドル部の下縁が、前記下段翼の前記パドル部の上縁よりも上方に位置し、前記上段翼の前記パドル部が、前記下縁の外端部から前記下段翼の前記パドル部の上縁よりも下方まで延びるフィンを有していてもよい。前記構成によれば、上段翼及び下段翼が外端部のみにおいて上下方向にオーバーラップし、広い粘度範囲で撹拌効率が維持できる。
【0015】
前記上段翼の前記パドル部の下縁と、前記下段翼の前記パドル部の上縁との間の距離が、前記撹拌槽の内径の20%以下であってもよい。上段翼及び下段翼の上下方向の距離がこの数値範囲内に収まっていれば、撹拌効率を維持することができる。
【0016】
前記上段翼の前記根元部の下縁が前記上段翼の前記パドル部の下縁よりも上方に位置し、前記下段翼の前記根元部の上縁が前記上段翼の前記パドル部の上縁よりも下方に位置し、前記下段翼に正対して見たときに、前記回転軸、前記上段翼及び前記下段翼により囲まれた空間である閉領域が形成され、該閉領域は、径方向内側の部分の高さが径方向外側の部分の高さよりも大きくなるようにして形成されていてもよい。
【0017】
前記上段翼の前記根元部の上縁が、前記上段翼の前記パドル部の上縁よりも下方に位置し、前記下段翼の前記根元部の下縁が前記下段翼の前記パドル部の下縁よりも上方に位置していてもよい。
【0018】
本発明に係る撹拌翼の製造方法は、撹拌槽に設けられる回転軸と、前記回転軸から径方向に延びる複数枚の羽根板を有して成り、前記回転軸の軸線方向に並ぶように設けられた複数段のワイドパドル翼と、を備える撹拌翼の製造方法であって、前記羽根板の全てが略矩形平板状のパドル部と、該パドル部から内端側に突出する根元部とを有し、前記各根元部の高さが対応する前記パドル部の内端側の高さの30%以上70%以下となり、且つ、前記各根元部の回転半径が回転軸の直径以上で、対応する前記パドル翼の径の25%未満となるようにして、金属材から前記各パドル翼を製作する翼製作工程と、前記根元部を前記回転軸の外周面に溶接することにより、前記パドル部が前記回転軸から径方向に離れて配置されるようにして前記複数段のパドル翼を前記回転軸に接合し、接合部を緩やかな丸みの曲面に仕上げる接合工程と、前記各パドル翼にグラスライニング加工を施すグラスライニング工程と、を備える。
【0019】
上記の方法によれば、前述した撹拌装置と同様、グラスライニング加工が施された複数段のワイドパドル翼を備える撹拌翼を製造するにあたり、ワイドパドル翼にガラス層を良好に形成することと、撹拌装置の撹拌効率を維持することとを両立することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、グラスライニング加工が施された複数段のワイドパドル翼を備える撹拌翼を製造し、かかる撹拌翼を備える撹拌装置を提供するにあたり、撹拌翼にガラス層を良好に形成することと、撹拌装置の撹拌効率を維持することとを両立することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の実施形態に係る撹拌装置の断面図である。
【図2】図1に示す撹拌翼の正面図である。
【図3】図2のIII−III線に沿って切断して示す撹拌翼の断面図である。
【図4】図1に示す撹拌翼の製造方法を示すフローチャートである。
【図5】図4に示す翼製作工程の説明図である。図5(a)は、下段翼の羽根板の元となる長方形平板の正面図、図5(b)は、切除加工が施されて基本的形状が成形され端面、稜線が緩やかに丸みの曲面に加工された状態の羽根板の正面図、図5(c)は、曲げ加工が施されて後退翼が成形され接合部が開先加工された状態の下段翼の羽根板の正面図である。図5(d)は、上段翼の羽根板の元となる長方形平板の平面図、図5(e)は、切除加工が施されて基本的形状が成形され端面、稜線が緩やかに丸み加工され、接合部が開先加工された状態の上段翼の羽根板の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、同一又は相当する要素には同一の符号を付して重複する詳細な説明を省略する。
【0023】
図1は本発明の実施形態に係る撹拌装置1の断面図である。図1に示す撹拌装置1は、化学工場や飲料食品工場において、液又はスラリーの混合、溶解、晶析、反応、濃縮、スラリー懸濁、気液接触等の撹拌処理に利用されるものであり、バッチ処理にも連続処理にも対応可能である。
【0024】
撹拌装置1は、撹拌槽2と、撹拌槽2に取り付けられた撹拌翼3とを備えている。撹拌槽2は、被撹拌物質を貯留する槽本体11を備えている。槽本体11は、上壁12及び底壁13を有した円筒形状に形成され、中心軸線が上下方向に向くようにして設置される。槽本体11は、金属材にグラスライニング加工を施すことによって製造され、それにより高耐食性を有している。槽本体11の上壁12には、原料としての被撹拌物質を槽本体11の内部へ投入するための投入口14、及び、撹拌翼3を挿通するための軸挿通口15が形成されている。槽本体11の底壁13には、生成物としての被撹拌物質を槽本体11の内部から排出するための排出口16が形成されている。撹拌翼3は、回転軸4と、複数段のワイドパドル翼5A,5Bとを備えている。回転軸4は、軸挿通口15を通って槽本体11の内部で上下方向に延在する。複数段のワイドパドル翼5A,5Bは、上下方向に並ぶように回転軸4に装着され、槽本体11の内部に収容されている。
【0025】
軸挿通口15は、上壁12の中心部に設けられており、回転軸4及びワイドパドル翼5A,5Bは、これらの中心又は軸線が槽本体11の中心軸線上に位置するように配置されている。回転軸4は、例えば槽本体11の上壁13に取り付けられた軸受(不図示)によって回転可能に支持されている。
【0026】
軸挿通口15及び回転軸4の間には、軸シール6が設けられている。これにより、軸挿通口15において、回転軸4の回転を許容しながら槽本体11の内部が外部からシールされる。軸シール6には、ドライシール、メカニカルシール及びノンコンタクトシール等を適用することができる。
【0027】
回転軸4の上端部は、撹拌槽2の外上方に配置された駆動装置7と接続されている。駆動装置7は、例えば減速機付き電動モータである。駆動装置7が動作すると、回転軸4が回転駆動されてワイドパドル翼5A,5Bが回転する。これにより、槽本体11の内部に貯留されている被撹拌物質が回されて撹拌される。
【0028】
槽本体11の内部には、バッフル8が収容されている。バッフル8は、長尺の棒部材であり、槽本体11の内周面と撹拌翼3の外端との間のスペース内で上下方向に延在している。これにより、広い粘度域で撹拌槽2内の全体に亘る強い循環流を形成することができ、撹拌槽2内で被撹拌物質を満遍なく撹拌することができる。槽本体11の下部は外套体17により外囲されており、外套体17の内面と槽本体11の外面との間には、熱媒体を流通させる熱媒体流路18が形成されている。これにより、撹拌槽2の温度を制御しながら撹拌処理を行うことができる。また、槽本体11の内底面は下に凸の略球面状であり、排出口16は内底面の中心部に開口している。このため、生成物の回収効率が高くなる。
【0029】
図2は図1に示す撹拌翼3の正面図、図3は図2のIII−III線に沿って切断して示す撹拌翼3の断面図である。図2に示すように、本実施形態に係る撹拌翼3は、上下方向に隣接する2段のワイドパドル翼5A,5Bを備えている。以下の説明では、2段のワイドパドル翼のうち下側を下段翼5A、上側を上段翼5Bと称す。下段翼5Aは、2枚の羽根板21を有して成り、これら2枚の羽根板21は、回転軸4の軸線周りに等間隔をおいて(即ち180度離れて)配置され、回転軸4から互いに反対側に向かって延在している。上段翼5Bも、下段翼5Aと同様にして、回転軸4の軸線周りに等間隔をおいて配置された2枚の羽根板41を有して成る。下段翼5Aを成す2枚の羽根板21は、互いに同一の構造及び形状を有し、上段翼5Bを成す2枚の羽根板41は、互いに同一の構造及び形状を有している。下段翼5Aを成す羽根板21は、上段翼5Bを成す羽根板41とは部分的に異なる構造及び形状を有している。
【0030】
下段翼5Aの羽根板21は、回転軸4に溶接されて回転軸4から径方向に突出する根元部22と、根元部22から径方向外側に延びるパドル部23とを有している。パドル部23は、略矩形平板状に形成され、回転軸4から根元部22の径方向寸法W22分だけ離れて配置されている。根元部22の高さH22は、対応するパドル部23の高さH5A(径方向内端部の高さ)よりも小さい。本実施形態においては、根元部22の上縁がパドル部23の上縁よりも下方に位置し、根元部22の下縁がパドル部23の下縁よりも上方に位置している。このため、羽根板21は、パドル部23の上縁と根元部22の上縁との間に上側段差縁を有し、パドル部23の下縁と根元部22の下縁との間に下側段差縁を有している。上下の段差縁は、上下方向に延びる仮想直線上に並ぶように配置されており、上側段差縁から回転軸4までの距離が、下側段差縁から回転軸4までの距離と等しい。根元部22は略矩形状に形成されている。上段翼5Bの羽根板41も、上記同様の根元部42及びパドル部43を有しており、根元部42の高さH42は、パドル部43の高さH43よりも小さい。
【0031】
下段翼5Aは、各羽根板21の外端部から連続する一対の後退翼25を有している。各後退翼25は、対応する羽根板21の外端部から回転方向とは逆向きに反り返るようにして延びている。下段翼5Aのパドル部23の上縁、根元部22の上縁及び根元部22の下縁は、互いに平行であって水平に延びている一方、パドル部23の下縁は、槽本体11の内底面の形状に沿うように、径方向内側から外側に向かうに連れて上方へ向かうようにして湾曲している。このため、羽根板21の高さH5Aは、回転軸4から径方向に遠ざかるに連れて小さくなる。羽根板21がこのようにして形成されているので、下段翼5Aが槽本体11の内底面に近接して配置され、槽本体11の内底面から下段翼5Aの下縁までの上下方向の距離L5Aが径方向の位置に関わらず一定に保たれる。距離L5Aが、撹拌槽2の内径D2の2%以上、5%以下であれば、固液撹拌時の粒子浮遊性能が向上して有益である。一方、槽内で固体の堆積、凝集塊の発生、固形物の剥離落下がある場合、距離L5AをD2の5%以下にすると、羽根板の損傷や回転軸の曲りを生じるおそれが増す。そのため、距離L5Aは上記不具合と性能向上の双方に配慮して決定される。
【0032】
下段翼5Aの翼径D5Aは、撹拌槽2の内径D2の1/2以上である。下段翼5Bの高さH5Aは、下段翼5Aの翼径D5Aの1/2以上である。このように本実施形態に係る下段翼5Aは、翼径D5Aの1/2以上の高さH5Aを有した所謂ワイドパドル型である。なお、「下段翼5Aの翼径D5A」は、回転軸4の中心から下段翼全体としての外端までを半径として描かれる円の直径である。本実施形態では、後退翼25の外端が、下段翼全体としての外端である。「下段翼5Aの高さH5A」は、下段翼5Aの最大高さである。本実施形態では、パドル部23の径方向内端部における高さが、この最大高さとなる。
【0033】
下段翼5A及び上段翼5Bは、撹拌翼3を回転軸4の軸線方向に見たときに回転軸4の中心付近で互いに交差するように配置され、上段翼5Bが、下段翼5Aよりも交差角度αだけ回転方向に先行している(図3参照)。交差角度αは、例えば30度以上90度未満、好ましくは45度以上75度以下である。なお、図2は、下段翼5Aに正対して示す撹拌翼3の正面図である。
【0034】
上段翼5Bの羽根板41では、パドル部43の上縁及び下縁が、互いに平行であって水平に延びている。また、根元部42の上縁及び下縁も、互いに平行であって水平に延びている。
【0035】
下段翼5A及び上段翼5Bは、上下方向に離隔するようにして配置されている。上段翼5Bのパドル部43の下縁と、下段翼5Aのパドル部23の上縁との間の垂直方向距離(以下、「翼間距離」と称す)L5Bは、例えば、撹拌槽2の内径D2の20%以下である。その一方で、上段翼5Bの羽根板41は、下縁の外端部から下方に突出するフィン44を有し、フィン44は、下段翼5Aのパドル部23の上縁よりも下方まで延びている。これにより、下段翼5A及び上段翼5Bは、その外端部において互いに回転空間が上下方向にオーバーラップする。
【0036】
上段翼5Bの翼径D5Bは、下段翼5Aの翼径D5A以下であり、本実施形態においては翼径D5A未満である。上段翼5Bの高さH5Bは、上段翼5Aの翼径D5Bの1/2以上である。このように本実施形態に係る上段翼5Bも、翼径D5Bの1/2以上の高さH5Bを有した所謂ワイドパドル型である。なお、「上段翼5Bの翼径D5B」は、回転軸4の中心から上段翼全体としての外端までを半径として描かれる円の直径である。本実施形態に係る上段翼5Bは、下段翼5Aのように後退翼を有さず、パドル部43の外端が、上段翼全体としての外端となっている。「上段翼5Bの高さH5B」は、上段翼5Bの最大高さである。本実施形態では、パドル部43の径方向外端部における高さ、即ち、パドル部43の上縁からフィン44の下縁までの高さが、この最大高さとなる。なお、フィン44の幅W44は、上段翼5Bの翼径D5Bの10%以上20%以下に設定される。
【0037】
各根元部22,42の高さH22,H42は、対応するパドル部23,43の高さH5A,H43の30%以上70%以下に設定される。各根元部22,42の径方向寸法W22,W42は、根元部22,42の回転半径が対応するパドル翼5A,5Bの翼径D5A,D5Bの25%未満となるように設定され、70mm以上150mm以下とすることが望ましい。
【0038】
前述のように、上段翼5Bの翼径D5Bは下段翼5Aの翼径D5A以下であり、フィン44の幅W44は上段翼5Bの翼径D5Bの10%以上20%以下であり、上段翼5Bは下段翼5Aに対して90度未満の交差角度αで回転方向に先行するように配置されている。したがって、下段翼5Aに正対して撹拌翼3を見たときには、フィン44の径方向内端部が下段翼5Aの外端よりも径方向内側に位置し、且つ、回転軸4、下段翼5B及び上段翼5Aにより囲まれた空間である閉領域30が形成される。閉領域30は、径方向外側の部分の高さが径方向内側の部分の高さよりも小さくなるようにして形成されている。
【0039】
本実施形態では、根元部22,42の高さH22,H42が対応するパドル部23,43の高さH5A,H43よりも小さく、下段翼5Aの根元部22の上縁が対応するパドル部23の上縁よりも下方に位置し、上段翼5Bの根元部42の下縁が対応するパドル部43の下縁よりも上方に位置している。このため、本実施形態に係る閉領域30は、回転軸4の外周面、下段翼5Aの根元部22の上縁、下段翼5Aの上側段差縁、下段翼5Aのパドル部23の上縁、上段翼5Bのフィン44の径方向内端部、上段翼5Bのパドル部43の上縁、上段翼5Bの下側段差縁、及び、上段翼5Bの根元部42の下縁により囲まれるように形成されている。また、本実施形態に係る閉領域30は、90度倒れた略T字形状に形成されており、径方向外側の部分において上下方向に比較的短寸で、径方向内側の部分において上下方向に比較的長寸となっている。
【0040】
図4は図1に示す撹拌翼3の製造方法を示すフローチャート、図5は図4に示す翼製作工程の説明図である。図4に示すように、本実施形態に係る撹拌翼3の製造方法は、回転軸を製作する軸製作工程(S1)と、羽根板を製作する羽根板製作工程(S2)と、ワイドパドル翼を回転軸に接合して撹拌翼の組立体を製作する接合工程(S3)と、グラスライニング加工を施すグラスライニング工程(S4)と、グラスライニング加工を施された撹拌翼に仕上げ加工を施す仕上げ処理工程(S5)とを備えている。
【0041】
翼製作工程では、まず、炭素鋼製の長方形平板20,40が準備される(図5(a),(d)参照)。次に、この長方形平板20,40が部分的に切除され、羽根板21,41の基本的な形状が成形される(図5(b),(e)参照)。このとき、根元部22,42の高さ、回転半径、径方向寸法、パドル部23,43の高さ、径方向寸法及び面積が前述した数値範囲内にそれぞれ収まるようにして、羽根板21,41の基本的な形状が成形される。なお、上段翼5Bを成す羽根板41においては、フィン44が形成されるようにして長方形平板40が切除される。接合部を除く全ての稜線と端面が、グラスライニング層の強度を保持するため、緩やかな丸みを持つ曲面に加工される。下段翼5Aを構成する羽根板21に関しては、丸み加工が施された後に、後退翼25を形成するため曲げ加工が施される(図5(c)参照)。これらの加工の後、羽根板上に接合部の正確な位置を罫書き、溶接のための開先加工を施す(図5(c),(e)参照)。
【0042】
接合工程は溶接作業とR加工作業からなる。溶接作業では、例えば、下段翼5Aを成す2枚の羽根板21を順に回転軸4に接合する。このとき、羽根板21の根元部22の径方向内端縁が、回転軸4の外周面に溶接される。溶接後のR加工を考慮して所定量の溶接肉盛りが行われる。熱膨張特性と熱伝導特性を同一に保つため、回転軸4は、ワイドパドル翼(羽根板)と同種の金属、例えば炭素鋼から成形される。2枚目の羽根板は、既に溶接された1枚目の羽根板と回転軸の軸線周りに180度離れて配置されるようにして回転軸4に溶接される。このようにして、下段翼5Aが回転軸4に接合される。その後、これと同様にして、上段翼5Bを成す2枚の羽根板が順に回転軸4に接合される。このようにして、回転軸4と2段のワイドパドル翼5A,5Bの組立体が製作される。なお、4枚の羽根板を接合する順序は、仕様等に応じて適宜変更可能である。
【0043】
接合工程のR加工作業では、羽根板と回転軸との溶接部表面が滑らかな曲面に丸められる。このR加工作業は、グラインダ等の工具を用いて行われてもよいし、作業員による手作業で行われても良い。特に、根元部22,42の上縁及び下縁と回転軸との接合部の曲面加工を丁寧に施工するには、回転軸とパドル部の間に曲面加工を施す工具を挿入する空間が必要になる。70mmから150mmの径方向寸法を持つ上記根元部を設けられているので、このような工具を挿入するための空間を確保可能である。
【0044】
グラスライニング工程では、まず、回転軸4及びパドル翼5A,5Bの組立体の表面の酸化皮膜がサンドブラストで完全に除去され、ガラスを含む下薬が塗布され、塗布後の組立体が焼成炉内に保持される。炉内温度はガラス融解温度まで昇温し、当該温度を一定時間保った後に降温する。これにより、組立体の表面にガラス層が形成される。次に、ガラスを含む上薬が順に塗布され、下薬の塗布時と同様に焼成炉にて焼成される。上薬については複数回、塗布と焼成が繰り返される。これにより、組立体の表面にガラス層が形成される。
【0045】
以下、上記方法を用いて製造された撹拌翼3、かかる撹拌翼を備えた撹拌装置1の作用効果について説明する。本実施形態に係る撹拌翼3は、上下2段の所謂ワイドパドル型のパドル翼5A,5Bを備えているので、低粘域から高粘域まで広範に亘って良好に撹拌処理を行うことができる。特に、フィン44の幅W44が上記数値範囲内に収まっているので、レイノズル数が500〜1000の中粘域での撹拌効率を特に高めることができる。
【0046】
下段翼5Aに後退翼25を適用しているので、撹拌槽2の下部における吐出力を強化することができ、また、例えば重合反応におけるラテックス粒子の剪断凝集を防止することができる。上段翼5Bの翼径D5Bが下段翼5Aの翼径D5A未満であるため、撹拌槽2の下部における吐出力が更に強化される。このように吐出力が調整されることにより、撹拌槽2全体の吐出力バランスを適切なものにすることができる。
【0047】
交差角度α及び翼間距離L5Bが上記数値範囲内にそれぞれ収まるようにして下段翼5A及び上段翼5Bが配置されているので、上段翼5Bの吐出流が下段翼5Aの吐出流と衝突したり下段翼5Aの吐出流に押し返されたりするのを抑制することができ、上段翼5Bの吐出流を下段翼5Aの回転域に進入させて下段翼5Bの吐出流に繋げることができる。これにより、撹拌槽2の上部から下部へと被撹拌物質が盛んに輸送され、撹拌効率を向上させることができる。そして、上段翼5Bの径方向外端部は、撹拌槽2内の循環流を形成するうえで大きく寄与するとの知見から、下段翼5A及び上段翼5Bをその外端部において上下方向にオーバーラップさせている。これにより、上段翼5Bの吐出流を下段翼5Aの回転域に良好に進入させることができ、撹拌処理を更に効率よく行うことができる。
【0048】
撹拌翼3にはグラスライニング加工が施されているので、撹拌翼3の耐食性が非常に高くなる。そして、根元部22,42の高さH22,H42は、対応するパドル部23,43の高さH5A,H43よりも小さく、当該パドル部23,43の高さH5A,H43の70%以下である。このため、グラスライニング工程の放熱冷却において、溶接部分の冷却遅れに由来するガラス層の圧縮応力低下を小さくすることができる。これにより、一様なガラス層の強度を持つグラスライニングが可能になる。特に、本実施形態に係る撹拌翼3は、所謂ワイドパドル型のパドル翼5A,5Bを備えているので、パドル部23,43の高さが比較的大きい。このような撹拌翼3に、パドル部23,43よりも小さい高さを有した根元部22,42が適用されることにより、良好にグラスライニング加工が施された撹拌翼3の歩留まりが好適に向上する。
【0049】
更に、各根元部22,42の径方向寸法W22,W42が70mm以上であるため、溶接部位の上端下端を丸める処理を容易に且つ確実に行うことができる。このため、溶接部位の周辺に形成されたガラス層が剥離するのを良好に防ぐことができる。各根元部22,42の高さH22,H42は、パドル部内端側の高さH5A、H43の30%以上であるので、パドル翼5A,5Bの強度を良好に維持することができる。30%未満では焼成時の撹拌翼の熱変形に配慮する必要があり、必ずしもグラスライニング施工が改善される訳ではない。
【0050】
一方で、パドル翼5A,5Bに根元部22,42を設けるにあたり、各根元部22,42の径方向寸法W22,W42を150mm以下とし、各根本部の回転半径が、回転軸の直径以上、かつ、対応するパドル翼5A,5Bの翼径D5A,D5Bの25%未満に設定している。多段のワイドパドル翼で良好な混合を実現すると、回転軸の周辺には液表面から撹拌槽の底部まで達する比較的緩やかな下降流が形成される。この下降流では、液が撹拌翼と概略同じ速度で回転しつつ下降する。回転軸周辺の羽根板自体には液を下向きに送る機能は与えられてない。下段翼が外向きに液を強く送り出して生じた負圧を埋める一つの要素として、上記の下降流が形成されたと考えられる。この下降部分の羽根板は積極的に液を駆動しているのではなく、仕切り板として存在しており、その存在の影響が明瞭ではない。この部分を適度に切り欠いても、撹拌槽内の流動と混合への影響は少ないと考えられ、低中粘度の混合に影響が無いことが確認された。根元部の回転半径を翼径の25%未満とすれば、切り欠きによる混合への悪影響を抑制できる。一方、根元部の径方向寸法W22,W42を150mm以上としても、グラスライニングの改善効果が増えることはない。撹拌槽内の流動と混合への影響を最小限とするには、150mm以下とすることが望ましい。
【0051】
これまで本発明の実施形態について説明したが、上記構成は本発明の範囲内で適宜変更可能である。例えば、各パドル翼は、3枚以上の羽根板を有していてもよい。また、各パドル翼を構成する複数枚の羽根板は、上記のような根元部及びパドル部を有しているのであれば、互いに異なる形状を有していてもよい。撹拌翼は、3段以上のパドル翼を備えていていもよい。例えば3段のパドル翼を有する場合、最も下側に配置されるパドル翼と、真ん中に配置されるパドル翼との組が、前述した下段翼及び上段翼の組を成し、真ん中に配置されるパドル翼と最も上側に配置されるパドル翼との組が、前述した下段翼及び上段翼の組を成す。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、グラスライニング加工が施された複数段のパドル翼を備える撹拌翼を製造し、かかる撹拌翼を備える撹拌装置を提供するにあたって、ガラス層を良好に形成することと、撹拌効率を維持することとを両立することができるという作用効果を奏し、グラスライニング加工が施された複数段のパドル翼を備える撹拌翼に適用すると有益である。
【符号の説明】
【0053】
1 撹拌装置
2 撹拌槽
3 撹拌翼
4 回転軸
5A,5B ワイドパドル翼
5A 下段翼
5B 上段翼
6 軸シール
7 駆動装置
11 槽本体
14 投入口
15 軸挿通口
16 排出口
21,41 羽根板
22,42 根元部
23,43 パドル部
25 後退翼
30 閉領域
44 フィン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
撹拌槽と、
前記撹拌槽内で上下方向に延在する回転軸と、
前記回転軸から径方向に延びる複数枚の羽根板を有して成り、前記回転軸の軸線方向に並べられた複数段のワイドパドル翼と、を備え、
前記羽根板の全てが、前記回転軸の外周面に溶接された根元部と、前記回転軸からは径方向に離れて配置され、該根元部から径方向外側へ延びる略矩形平板状のパドル部とを有し、
前記ワイドパドル翼の全てにグラスライニング加工が施され、前記根元部の全てが、対応する前記パドル部よりも小さい高さを有し、
前記各根元部の高さが、対応する前記パドル部の内端側高さの30%以上70%以下であり、前記各根元部の回転半径が、回転軸の直径以上、かつ、対応する前記パドル翼の径の25%未満である、撹拌装置。
【請求項2】
前記各根元部の径方向寸法が、70mm以上150mm以下である、請求項1に記載の撹拌装置。
【請求項3】
前記複数段のパドル翼が、上下方向に互いに隣接する上段翼及び下段翼を含み、
前記上段翼の前記パドル部の下縁が、前記下段翼の前記パドル部の上縁よりも上方に位置し、
前記上段翼の前記パドル部が、前記下縁の外端部から前記下段翼の前記パドル部の上縁よりも下方まで延びるフィンを有している、請求項1又は2に記載の撹拌装置。
【請求項4】
前記上段翼の前記パドル部の下縁と、前記下段翼の前記パドル部の上縁との間の距離が、前記撹拌槽の内径の20%以下である、請求項3に記載の撹拌装置。
【請求項5】
前記上段翼の前記根元部の下縁が前記上段翼の前記パドル部の下縁よりも上方に位置し、前記下段翼の前記根元部の上縁が前記上段翼の前記パドル部の上縁よりも下方に位置し、
前記下段翼に正対して見たときに、前記回転軸、前記上段翼及び前記下段翼により閉領域が形成され、該閉領域は、径方向内側の部分の高さが径方向外側の部分の高さよりも大きくなるようにして形成されている、請求項3又は4に記載の撹拌装置。
【請求項6】
前記上段翼の前記根元部の上縁が、前記上段翼の前記パドル部の上縁よりも下方に位置し、前記下段翼の前記根元部の下縁が前記下段翼の前記パドル部の下縁よりも上方に位置する、請求項5に記載の撹拌装置。
【請求項7】
撹拌槽に設けられる回転軸と、前記回転軸から径方向に延びる複数枚の羽根板を有して成り、前記回転軸の軸線方向に並ぶように設けられた複数段のワイドパドル翼と、を備える撹拌翼の製造方法であって、
前記羽根板の全てが略矩形平板状のパドル部と、該パドル部から内端側に突出する根元部とを有し、前記各根元部の高さが対応する前記パドル部の内端側高さの30%以上70%以下となり、且つ、前記各根元部の回転半径が回転軸の直径以上で対応する前記ワイドパドル翼の径の25%未満となるようにして、金属材から前記各ワイドパドル翼を製作する翼製作工程と、
前記根元部を前記回転軸の外周面に溶接することにより、前記パドル部が前記回転軸から径方向に離れて配置されるようにして前記複数段のワイドパドル翼を前記回転軸に接合し、かつ、その接合部に盛り上げた溶接材を緩やかな曲面に加工する接合工程と、
前記各パドル翼にグラスライニング加工を施すグラスライニング工程と、を備える、撹拌翼の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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