説明

操舵装置

【課題】潤滑性の向上を図ることができるラックアンドピニオン式の操舵装置を提供すること。
【解決手段】ラックアンドピニオン式の操舵装置1は、表面にラック8Aが形成されたラック軸8と、ラック8Aに噛み合うピニオン軸7とを備えている。ラック軸8は、グリースGを収容するために中空にされた円筒軸(本体部20)と、本体部20の外周面20Cに形成されたラック8Aと、ラック8Aの歯底部分T(歯溝24の溝底24A)を貫通して本体部20の中空部20Bに連通する貫通孔25と、中空部20Bに設けられ、中空部20B内のグリースGを貫通孔25から中空部20Bの外に押し出す押出手段(ホルダ33,ピストン34,弾性部材35)とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ラックアンドピニオン式の操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ラックアンドピニオン式の操舵装置として、特許文献1および2の各舵取装置では、一部にラックが形成された鋼管によって構成されたラック軸と、ピニオンを有するピニオン軸とが、ラックおよびピニオンにおいて噛合している。ピニオン軸が回転すると、ラック軸が軸方向にスライドし、これによって、ラック軸に連結された車輪の転舵が達成される。
【0003】
特許文献1の舵取装置では、ラック軸(鋼管)において、ラック歯の歯底面の位置を鋼管内孔(鋼管の中空部)に交わる位置に設定し、これによって、ラック歯の歯底部には、鋼管内孔と連通する小孔が形成されている。
特許文献2の舵取装置では、ラック軸(鋼管)の内側に、軸方向に延びる凹溝が設けられていて、この凹溝によって、ラック軸には、鋼管内孔(鋼管の中空部)とラックの歯底部とを連通する小孔が形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実公平1−37336号公報
【特許文献2】実開昭61−46278号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ラックアンドピニオン式の操舵装置では、ラックとピニオンとの間での潤滑性が重要である。しかし、特許文献1および2の舵取装置では、ラック軸の中空部に潤滑剤を充填して、小孔からラックとピニオンとの間へ潤滑剤を供給しようとしても、中空部に潤滑剤を充填させただけでは、中空部内の潤滑剤を自発的に小孔から流出させることは難しい。それどころか、ラックとピニオンとの間の潤滑剤が、ピニオン軸の回転に伴って、ピニオンによってラックの歯底部の小孔からラック軸の中空部へ押し戻されてしまう。中空部へ押し戻された潤滑剤は、中空部へ押し戻されたきり、中空部からラックとピニオンとの間へ積極的に戻ることが困難である。そのため、最終的には、ラックとピニオンとの間から潤滑剤がなくなってしまう。これでは、ラックとピニオンとの間での潤滑性を維持することが困難である。
【0006】
この発明は、かかる背景のもとでなされたもので、潤滑性の向上を図ることができるラックアンドピニオン式の操舵装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1記載の発明は、表面にラック(8A)が形成されたラック軸(8)と、前記ラックに噛み合うピニオン軸(7)とを備えるラックアンドピニオン式の操舵装置(1)であって、前記ラック軸は、潤滑剤(G)を収容するために中空にされた円筒軸(20)と、前記円筒軸の表面(20C)に形成されたラックと、前記ラックの歯底部分(T,24A)を貫通して前記円筒軸の中空部(20B)に連通する貫通孔(25)と、前記中空部に設けられ、前記中空部内の潤滑剤を前記貫通孔から前記中空部の外に押し出す押出手段(33,34,35)と、を含むことを特徴とする、操舵装置である。
【0008】
請求項2記載の発明は、前記ラック軸の軸中心(S)から前記中空部における前記ラック軸の内周面(20A)までの径方向寸法(V)は、前記軸中心から前記ラックの歯底部分までの最短直線距離(W)よりも大きく、かつ、前記ラック軸およびピニオン軸の軸間距離(X)から前記ピニオン軸の歯先円半径(Y)を差し引いた値(Z)よりも小さいことを特徴とする、請求項1記載の操舵装置である。
【0009】
請求項3記載の発明は、前記押出手段は、前記中空部内の潤滑剤を前記貫通孔へ向けて付勢する弾性部材(35)を含むことを特徴とする、請求項1または2記載の操舵装置である。
請求項4記載の発明は、前記ラック軸は、前記ラック、中空部および押出手段が設けられた鉄製の本体部(20)と、軸線方向における前記本体部の端部に連結されたアルミニウム製の延設部(21,22)と、を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の操舵装置である。
【0010】
なお、上記において、括弧内の数字等は、後述する実施形態における対応構成要素の参照符号を表すものであるが、これらの参照符号により特許請求の範囲を限定する趣旨ではない。
【発明の効果】
【0011】
請求項1記載の発明によれば、中空部内の潤滑剤は、押出手段によって、貫通孔からラックの歯溝へ滲み出るようになっている。そのため、ピニオン軸の回転に伴ってピニオン軸のピニオンがラックに噛み合うことでラックの歯溝の潤滑剤が貫通孔から中空部内に押し出されると、これに応じて、中空部内の潤滑剤は、別の貫通孔から別の歯溝に滲み出るようになっている。また、ラックとピニオンとの噛み合い位置がピニオン軸の回転に伴って変化すると、今までの噛み合い位置における歯溝からピニオンが外れているので、当該歯溝には、中空部内の潤滑剤が貫通孔から再び供給される。
【0012】
つまり、ピニオン軸が回転しているときには、ピニオンが歯溝の潤滑剤を中空部内へ一時的に押し出すが、すぐに、中空部内から潤滑剤が新たに歯溝に供給されるので、結果として、どの歯溝においても十分な量の潤滑剤が常に供給されている。
よって、ラックアンドピニオン式の操舵装置における潤滑性の向上を図ることができる。また、ラック軸に中空部を形成することによって、ラック軸の軽量化を図ることもできる。
【0013】
請求項2記載の発明によれば、ラック軸の軸中心から中空部におけるラック軸の内周面までの径方向寸法を、前記軸中心からラックの歯底部分までの最短直線距離よりも大きくすることにより、ラック軸の表面にラックを形成すれば、貫通孔も同時に形成することができるので、製造工程の簡略化を図ることができる。
また、ラック軸の軸中心から中空部におけるラック軸の内周面までの径方向寸法を、ラック軸およびピニオン軸の軸間距離からピニオン軸の歯先円半径を差し引いた値よりも小さくすることにより、ラック軸とピニオン軸との噛み合い位置におけるピニオン軸(ピニオン)の歯先とラックの歯底部分(ラック軸の内周面に一致する部分)との間に隙間を確保できる。この隙間には、潤滑剤を常時溜めておくことができるので、潤滑切れを最低限防止できる。
【0014】
請求項3記載の発明によれば、弾性部材を含む押出手段によって、中空部内の潤滑剤を、貫通孔からラックの歯溝へ常に滲み出るようにすることが可能になる。
請求項4記載の発明によれば、ラックや中空部が設けられる本体部を加工が容易な鉄製とし、その他の延設部を安価なアルミニウム製とすることで、ラック軸全体の製造コストの低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本発明の一実施形態における操舵装置1の概略構成を示す模式図である。
【図2】図2は、操舵装置1からラック軸8を抜き出して示した模式図である。
【図3】図3は、図2のA−A線における断面図である。
【図4】図4は、図2のB−B線における断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の好ましい実施の形態について、添付図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の一実施形態における操舵装置1の概略構成を示す模式図である。
図1を参照して、操舵装置1は、ステアリングホイール等の操舵部材2と、ステアリングシャフト3と、第1自在継手4と、中間軸5と、第2自在継手6と、ピニオン軸7と、ラック軸8と、ハウジング9とを主に含んでいる。ステアリングシャフト3は、操舵部材2に連結されている。ステアリングシャフト3と中間軸5とは、第1自在継手4を介して連結されている。中間軸5とピニオン軸7とは、第2自在継手6を介して連結されている。
【0017】
ピニオン軸7の端部近傍には、ピニオン7Aが設けられている。
ラック軸8は、車幅方向(図1における左右方向であり、「軸方向J」ともいうことがある)に延びる中空円筒状である。ラック軸8の外周面(表面)の周上1箇所において、軸方向Jにおける途中の領域には、ラック8Aが形成されている。ピニオン軸7は、軸方向Jに延びるラック軸8と交差方向(図1では上下方向)に配置されていて、ピニオン軸7のピニオン7Aとラック軸8のラック8Aとが噛み合っている。このようなピニオン軸7およびラック軸8によってラックアンドピニオン機構10が構成されている。そのため、この操舵装置1は、ラックアンドピニオン式の操舵装置である。
【0018】
ハウジング9は、たとえばアルミニウム等の金属で形成されてラック軸8(軸方向J)に沿って長手の中空円筒状であり、車体(図示せず)に固定されている。ハウジング9の軸方向Jにおける一方の端面(図1における左端面)には、開口11が形成されていて、他方の端面(図1における右端面)には、開口12が形成されている。ハウジング9の内部が開口11及び12を介して露出されている。
【0019】
ラック軸8は、ハウジング9内に収容されており、この状態で、軸方向Jに沿って直線往復移動可能である。ピニオン軸7(ピニオン7A)は、ハウジング9において、軸方向Jにおける両端部の間の領域に収容されている。この実施形態では、ハウジング9の当該両端部のうち、第1端部13(図1における左端部)および第2端部14(図1における右端部)のそれぞれからピニオン軸7までの距離は、ほぼ同じである。ただし、ピニオン軸7は、軸方向Jにおいて第1端部13および第2端部14のいずれかに偏った位置に配置されていても構わない。
【0020】
第1端部13には、第1ブッシュ15が配置されており、第2端部14には、第2ブッシュ16が配置されている。第1ブッシュ15および第2ブッシュ16は、筒状をなしていて、ハウジング9内において、軸方向Jからピニオン軸7を挟むように配置されている。ラック軸8は、第1ブッシュ15および第2ブッシュ16のそれぞれに対して挿通されていて、この状態で各ブッシュによって支持されており、これらのブッシュに対して軸方向Jへ摺動可能である。
【0021】
ハウジング9に収容されたラック軸8の(軸方向Jにおける)両端部は、ハウジング9におけるいずれかの開口11,12を介して両外側へ突出し、各端部には、継手17を介してタイロッド18が結合されている。各タイロッド18は、対応するナックルアーム(図示せず)を介して車輪19に連結されている。
操舵部材2が操作されてステアリングシャフト3が回転されると、この回転がピニオン7Aおよびラック8Aによって、軸方向Jに沿ってのラック軸8の直線運動(スライド)に変換される。これにより、各車輪19の転舵が達成される。
【0022】
次に、主にラック軸8について詳しく説明する。
図2は、操舵装置1からラック軸8を抜き出して示した模式図である。図3は、図2のA−A線における断面図である。なお、図3では、ピニオン軸7およびハウジング9も図示している。図4は、図2のB−B線における断面図である。
図2を参照して、ラック軸8は、前述したように軸方向Jに沿って延びる中空円筒状(換言すれば、円管状)の軸(円筒軸)である。このように中空になったラック軸8では、中身が詰まった(中実の)円柱状の構成に比べて軽量化を図ることができる。図2では、ラック軸8の軸中心S(ラック軸8の円中心を通って軸方向Jに延びる仮想線)を1点鎖線で示している。
【0023】
ラック軸8は、本体部20と第1延設部21と第2延設部22とを含んでいる。本体部20、第1延設部21および第2延設部22は、軸方向Jに沿って並んでおり、別々に分割することができる。軸方向Jにおいて、第1延設部21と第2延設部22との間に本体部20が位置している。
本体部20、第1延設部21および第2延設部22は、いずれも軸方向Jに延びる中空円筒状の軸(円筒軸)であり、それぞれの外径および内径は大体同じである。なお、図2では、点線によって本体部20の内周面20A、第1延設部21の内周面21Aおよび第2延設部22の内周面22Aを示している。また、本体部20において内周面20Aによって区画された円筒状空間が中空部20Bであり、第1延設部21において内周面21Aによって区画された円筒状空間が中空部21Bであり、第2延設部22において内周面22Aによって区画された円筒状空間が中空部22Bである。内周面20A、21Aおよび22Aは、ラック軸8全体の内周面でもあり、中空部20B、21Bおよび22Bは、ラック軸8全体の中空部でもある。換言すれば、内周面20A、21Aおよび22Aは、中空部20B、21Bおよび22Bにおけるラック軸8の内周面である。また、軸方向Jにおける寸法(長さ)に関し、第1延設部21および第2延設部22のそれぞれは、本体部20よりも長い。
【0024】
本体部20の軸方向Jにおける一端部(図2では左端部)に、第1延設部21の一端部(図2では右端部)が連結され、本体部20の軸方向Jにおける他端部(図2では右端部)に、第2延設部22の一端部(図2では左端部)が連結されている。
本体部20が鉄製であり、第1延設部21および第2延設部22のそれぞれは、アルミニウム製である。本体部20だけにラック8Aが形成されている。本体部20は、鉄の円柱に中空加工を施して中空部20Bを形成してから、その外周面20C(ラック軸8の外周面でもある)にラック8Aを形成することによって、形成される。第1延設部21および第2延設部22には、アルミパイプを用いることができる。このように、ラック8Aや中空部20Bが設けられる本体部20を加工が容易な鉄製とし、その他の第1延設部21および第2延設部22を安価なアルミニウム製(アルミパイプ)とすることで、ラック軸8全体の製造コストの低減を図ることができる。
【0025】
ラック8Aは、本体部20の外周面20C(表面)の周上1箇所において、軸方向Jにおける中央寄りの領域に設けられている。ラック8Aは、軸方向Jに並ぶ複数のギヤ歯23によって構成されている。ギヤ歯23に関連して、本体部20の外周面20Cには、複数の歯溝24が形成されている。
複数(ここでは、説明の便宜上、15本)の歯溝24は、軸方向Jにおいて等間隔を隔てて並んで形成されている。本体部20の周方向外側から見て、各歯溝24は、軸中心S(軸方向J)に対する交差方向(図2では、軸中心Sに対する直交方向に対して少し傾斜した方向)に沿って直線状に延びていて、全ての歯溝24は、平行になっている。この交差方向が、歯溝24の長さ方向となっている。各歯溝24を本体部20の周方向から見ると、各歯溝24は、軸中心S側(本体部20の径方向内側)へ向けてV字状に窪んでいる。各歯溝24の溝底24A(歯溝24の最深部)は、本体部20の周方向に対する接線方向と、前述した交差方向との両方に沿って延びる直線になっている。
【0026】
このような歯溝24では、溝底24Aが、歯溝24の長さ方向中央側において、軸中心Sに近くなっている(図4参照)。そして、各歯溝24の長さ方向中央部分(図2で黒く塗り潰された部分)は、当該長さ方向に細長い貫通孔25として、溝底24A(厳密には、溝底24Aにおける本体部20の周壁)を、その径方向において貫通して本体部20の中空部20Bに連通している(図4も参照)。本体部20の外周面20Cに歯溝24を形成する際に、歯溝24を深くしていけば、自然に貫通孔25が形成されるようになっている。そのため、歯溝24を形成してから、別途貫通孔25を形成するための加工を省略できるので、製造工程の簡略化を図ることができる。
【0027】
そして、本体部20の外周部分において、軸方向Jで隣り合う歯溝24に挟まれた部分が、1つのギヤ歯23となっている。ギヤ歯23は、歯溝24を平行に延びつつ、前記交差方向に長手の凸状であり(図3も参照)、複数(ここでは、説明の便宜上、14本)のギヤ歯23は、軸方向Jにおいて等間隔を隔てて平行に並んでいる。歯溝24を本体部20に形成することによって、ギヤ歯23が形成されるようになっている。ここで、歯溝24を深くして貫通孔25を形成する際には、各ギヤ歯23における歯元応力が許容範囲内となるように、歯溝24の深さが設定されている。
【0028】
なお、図2では、各ギヤ歯23(歯溝24)が、軸中心Sに対する直交方向に対して少し傾斜した方向に沿って延びているが、軸中心Sに対する直交方向に沿って延びていてもよい。
次に、図3を参照して、本体部20の詳細等について説明する。なお、図3では、説明の便宜上、本体部20、本体部20に設けられる部材(後述するプラグ32、ホルダ33およびピストン34等)、および、ピニオン軸7のそれぞれの断面にはハッチングを付していない。
【0029】
軸方向Jにおける本体部20の両端部の外周面には、ねじ部26が形成されている。ねじ部26に対応して、前述した第1延設部21および第2延設部22のそれぞれにおいて本体部20側の端部の内周面には、ねじ部27が形成されている。
本体部20の一端部(図3における左端部)に対して第1延設部21の端部(図3における右端部)を外嵌して、ねじ部26とねじ部27とを噛み合わせることによって、本体部20と第1延設部21とが連結されている。同様に、本体部20の他端部(図3における右端部)に対して第2延設部22の端部(図3における左端部)を外嵌して、ねじ部26とねじ部27とを噛み合わせることによって、本体部20と第2延設部22とが連結されている。これにより、第1延設部21および第2延設部22のそれぞれと本体部20とが同軸状になっていて、ラック軸8が完成している。なお、第1延設部21および第2延設部22のそれぞれと本体部20とは、以上のようにねじ嵌合によって連結されていてもよいし、圧入等によって連結されていてもよい。
【0030】
本体部20は、前述したように中空円筒状(円管状)であり、本体部20の軸方向Jにおける両端には、本体部20の中空部20Bを露出させる丸い開口28が形成されている。ここでは、第1延設部21側(図3における左側)の開口28を、第1開口28Aといい、および第2延設部22側(図3における右側)の開口28を、第2開口28Bということにする。本体部20の内径(ここでは、軸中心Sから内周面20Aまでの半径)は、第1開口28Aに連続する部分では、第1開口28Aの内径(半径)と同じであるが、第1開口28Aに対して直近の歯溝24(図3では左端に位置する歯溝24)に到るまでの途中において階段状に小さくなり、その後は、第2開口28Bまでの間においてほぼ一定になっている。つまり、内周面20Aには、軸中心Sを円中心とする環状の段付き29が形成されていて、段付き29を境界とする第1開口28A側と第2開口28B側とで内周面20Aの半径が異なっている。段付き29よりも第2開口28B側における内周面20Aの半径は、図3において符号Vを付して示されている。この半径Vは、本体部20の中空部20Bを形成するために、前述したように鉄の円柱に中空加工を施す際における中空加工寸法である。
【0031】
内周面20Aにおいて、第1開口28Aに対して直近の歯溝24と段付き29との間の領域には、ねじ部30が形成されていて、第2開口28B周辺の領域には、ねじ部31が形成されている。
そして、本体部20の中空部20Bには、プラグ32と、ホルダ33と、ピストン34と、弾性部材35とが設けられている。
【0032】
プラグ32は、円柱または円筒状であって、外周面にねじ部36が形成されている。また、プラグ32において軸線方向における一端(図3における左端)には、径方向外側へ張り出した環状のフランジ部37が一体的に設けられている。プラグ32では、フランジ部37の外径(半径)が、段付き29よりも第2開口28B側における内周面20Aの半径Vよりも大きく、段付き29よりも第1開口28A側における内周面20Aの半径(つまり、第1開口28Aの半径)よりも小さい。プラグ32では、フランジ部37以外の部分(ねじ部36が形成された部分)の外径(半径)が、前述した半径Vとほぼ同じである。
【0033】
このようなプラグ32を、第1開口28Aから本体部20内(中空部20B)に挿入する。このとき、ねじ部36がフランジ部37よりも先に第1開口28Aを通過するようにする。そして、プラグ32を回転させながら本体部20内に挿入することによって、ねじ部36と内周面20Aのねじ部30とを噛み合わせる。フランジ部37が第1開口28A側から段付き29に当接するまでプラグ32を挿入すると、本体部20に対するプラグ32の組み付けが完了する。この状態では、中空部20Bにおける第1開口28A側の端部は、プラグ32によって完全に塞がれている。
【0034】
ホルダ33は、円柱または円筒状であって、外周面にねじ部38が形成されている。ホルダ33の外径(半径)は、前述した半径Vとほぼ同じである。
このようなホルダ33を、第2開口28Bから本体部20内に挿入する。このとき、ホルダ33を回転させながら本体部20内に挿入することによって、ねじ部38と内周面20Aのねじ部31とを噛み合わせる。ねじ部31において第1開口28A側の端部とねじ部38とが噛み合うまでホルダ33を挿入すると、ホルダ33をそれ以上挿入できなくなる。軸方向Jにおいて、ねじ部31がねじ部38よりも長く設定されているので、ねじ部38とねじ部31とが噛み合った状態で、軸方向Jにおけるホルダ33の位置を調整することができる。いずれにせよ、ねじ部38とねじ部31とが噛み合った状態でホルダ33の挿入を停止すれば、本体部20に対するホルダ33の組み付けが完了する。この状態では、中空部20Bにおける第2開口28B側の端部は、ホルダ33によって完全に塞がれている。
【0035】
本体部20に組み付けられたホルダ33において、第1開口28A側を臨む端面33Aは、開口が形成されていない円形状の端面になっている。
ピストン34は、円柱状である。ピストン34の外径(半径)は、前述した半径Vよりも僅かに小さい。ピストン34は、本体部20の中空部20Bに収容されており、この状態で、本体部20と同軸状になっている。また、この状態のピストン34は、軸方向Jにおいて、本体部20に組み付けられたホルダ33と、第2開口28Bに対して直近(図3における右端)の歯溝24との間の範囲に常に位置している。
【0036】
弾性部材35として、ゴムのブロックや圧縮ばねを用いることができる。ここでは、弾性部材35として圧縮ばねを用いており、弾性部材35は、ホルダ33の端面33Aの円中心部分と、ピストン34において前記端面33Aに対向する端面34Aの円中心部分との間に架設されている。この状態の弾性部材35は、軸方向Jにおいて圧縮されており、ピストン34をホルダ33(換言すれば第2開口28B)から離れる方向(軸方向Jにおいて中空部20B内に進出する方向であって、図3における左側)へ常に付勢している。
【0037】
そして、この本体部20の中空部20Bには、潤滑剤(ここでは、一例としてグリースG)が充填(収容)されている。厳密には、中空部20Bにおいてプラグ32とピストン34とに挟まれた領域に、グリースG(薄いドットで塗り潰した部分)が充填されている。前述したようにピストン34が弾性部材35によって中空部20B内に進出する方向へ常に付勢されているので、中空部20B内のグリースGには、常に圧力がかかっている。そのため、中空部20B内のグリースGは、ピストン34(厳密には弾性部材35の付勢力)によって各貫通孔25へ向けて付勢されているので、常に、いずれかの貫通孔25から歯溝24(つまり、中空部20Bの外)へ勝手に滲み出るようになっている(図3における太い実線矢印参照)。
【0038】
このように、ピストン34および弾性部材35(ホルダ33も含む)は、中空部20B内のグリースGを貫通孔25から中空部20Bの外に押し出す押出手段を構成している。
なお、前述したように、中空部20Bにおける第1開口28A側の端部は、プラグ32によって完全に塞がれていて、中空部20Bにおける第2開口28B側の端部は、ホルダ33によって完全に塞がれているので、中空部20B内のグリースGが第1開口28Aや第2開口28Bから漏れ出ることはない。また、前述したように、ピストン34の外径(半径)と、内周面20Aの半径Vとの差が僅かになっている。これにより、中空部20Bにおいてプラグ32とピストン34とに挟まれた領域におけるグリースGが、ピストン34と内周面20Aとの隙間を通ってピストン34とホルダ33との間の空間に侵入することが極力防止されている。
【0039】
ここで、弾性部材35の付勢力(図3における左向きの白抜きの矢印参照)を変更することによって、中空部20B内のグリースGにかかる圧力を調整することができる。詳しくは、ホルダ33を第1開口28A側へ移動させることによって、第2開口28Bから本体部20内へのホルダ33の挿入量を増やすと、弾性部材35の圧縮量が増えて付勢力が大きくなるので、前述した圧力を高めることができる。逆に、ホルダ33を第2開口28B側へ移動させることによって、第2開口28Bから本体部20内へのホルダ33の挿入量を減らすと、弾性部材35の圧縮量が減って付勢力が小さくなるので、前述した圧力を弱めることができる。この圧力を高めれば、貫通孔25から歯溝24から滲み出るグリースGの量を多くすることができ、この圧力を弱めれば、貫通孔25から歯溝24から滲み出るグリースGの量を少なくすることができる。
【0040】
グリースGを中空部20B内に充填する手順について説明する。なお、ここでの「充填」には、中空部20BにグリースGが全くない状態で、中空部20Bにおいてプラグ32とピストン34とに挟まれた領域にグリースGを目一杯詰め込むことと、当該領域に既にグリースGが入っている状態で、不足分のグリースGを当該領域に補充することとの少なくともいずれかを指している。
【0041】
まず、第1延設部21を本体部20から取り外してから、プラグ32を本体部20から取り外す。そして、第1開口28Aから中空部20B内に必要量のグリースGを充填し、その後、プラグ32を本体部20に組み付ける。これにより、グリースGの充填が完了する。次いで、必要に応じて、前述したように本体部20内へのホルダ33の挿入量を変更して、中空部20B内のグリースGにかかる圧力を調整する。また、最初に取り外した第1延設部21を、本体部20に取り付ける。なお、第1延設部21を本体部20から取り外さなくてもプラグ32を本体部20から取り外すことができれば、本体部20に対する第1延設部21の着脱を省略してグリースGを充填できる。
【0042】
次に、ハウジング9およびピニオン軸7について補足説明する。
ハウジング9は、前述したようにラック軸8を収容可能な大きさを有する中空円筒状である。ハウジング9の内周面39において、軸方向Jにおける1箇所には、ハウジング9の径方向外側(図3では上側)へ向けて窪む窪み40が形成されている。ハウジング9の周壁において窪み40と一致する部分は、窪み40に応じて径方向外側へ膨出している。
【0043】
ピニオン軸7のピニオン7Aは、円筒状または円柱状であり、ピニオン軸7に対して同軸状となるように連結されて一体化されている。ピニオン7Aは、前述した窪み40に収容されている。ピニオン7Aの外周面には、複数のギヤ歯41が周方向に並んで形成されている。
そして、ピニオン7Aのギヤ歯41と、ラック8Aのギヤ歯23とが噛み合っている。ギヤ歯41とギヤ歯23とが噛み合っているということは、ピニオン7Aとラック8Aとが最も接近した領域(噛み合い位置)において、ギヤ歯41がラック8A側の歯溝24に入り込んでいて、ギヤ歯23が、ピニオン7Aにおける当該ギヤ歯41の周囲の歯溝42に入り込んでいることを意味している。
【0044】
図3では、車輪15(図1参照)が転舵していない中立状態におけるラック軸8を示しており、このとき、ピニオン7Aは、ラック8Aの軸方向Jにおける中央部分と噛み合っている。
このようにピニオン7A(ギヤ歯41)とラック8A(ギヤ歯23)とが噛み合っていることによって、前述したラックアンドピニオン機構10が完成している。
【0045】
ここで、ラックアンドピニオン機構10が完成している状態において、ラック軸8において、前述したプラグ32(必要に応じて第1延設部21も)を本体部20から取り外せば、本体部20の中空部20B内にグリースGを充填できる。そのため、ピニオン軸7とラック軸8とを分離することでラックアンドピニオン機構10を分解しなくても、外部からグリースGを充填することができる。
【0046】
そして、このラックアンドピニオン機構10における要部の寸法の大小関係は、以下の通りである。
条件(1):ラック軸8の軸中心Sから内周面20Aまでの径方向寸法V(中空加工寸法であり、内周面20Aの半径) > 軸中心Sからラック8Aの歯底部分(前述した溝底24Aであり、図3では符号Tを付した部分)までの最短直線距離W
条件(2):径方向寸法V < ラック軸8およびピニオン軸7の軸間距離Xからピニオン軸7(ピニオン7A)の歯先円半径Yを差し引いた値Z
なお、図3における歯底部分Tは、貫通孔25が形成されていない領域における溝底24A(図4参照)を指している。また、符号V、W、Zは、図4にも図示されている。
【0047】
前述したように、中空部20B内のグリースGは、いずれかの貫通孔25から歯溝24へ滲み出しており、噛み合っているピニオン7A(ギヤ歯41)とラック8A(ギヤ歯23)との間に油膜を形成している。これにより、ピニオン7Aとラック8Aとの間における潤滑性が確保されている。
そして、操舵部材2(図1参照)の操作によってピニオン軸7が回転すると(回転方向は、2点鎖線矢印参照)、今までギヤ歯23に噛み合っていたギヤ歯41に対して回転方向上流側で隣接するギヤ歯41が、最寄りの歯溝24に入り込み、この際、当該歯溝24内のグリースGを、当該歯溝24の溝底24A(図2参照)における貫通孔25から中空部20B内へ押し出す(図3における太い破線矢印参照)。換言すれば、当該歯溝24内のグリースGは、貫通孔25から中空部20B内に逃げる。
【0048】
ここで、歯溝24のグリースGが貫通孔25から中空部20B内へ押し出されたのに応じて、常に圧力がかかっている中空部20B内のグリースGが、別の貫通孔25から別の歯溝24に滲み出てくる(図3における太い実線矢印参照)。また、ラック8Aとピニオン7Aとの噛み合い位置がピニオン軸7の回転に伴って変化すると、今までの噛み合い位置における歯溝24からギヤ歯41が外れる。これにより、この歯溝24の溝底24Aにおける貫通孔25から、中空部20B内のグリースGが滲み出てきて、当該歯溝24に再び供給される(図3における太い実線矢印参照)。
【0049】
つまり、ピニオン軸7が回転しているときには、ピニオン7A(ギヤ歯41)が歯溝24のグリースGを中空部20B内へ一時的に押し出すが、すぐに、中空部20B内からグリースGが新たに歯溝24に供給されるので、結果として、どの歯溝24においても十分な量のグリースGが常に供給されている。
さらに、上記条件(2)により、ピニオン7Aのギヤ歯41の歯先が貫通孔25まで届かないので、ラック軸8とピニオン軸7との噛み合い位置におけるピニオン軸7(ピニオン7Aのギヤ歯41)の歯先とラック8Aの歯底部分(本体部20の内周面20Aに一致する部分)との間に隙間Q(図4参照)を確保できる。この隙間Qには、グリースGを常時溜めておくことができる。そのため、ピニオン軸7の回転に伴ってギヤ歯41が歯溝24に入り込んで歯溝24内のグリースGを貫通孔25から中空部20B内に押し出しても、隙間Qに一定量のグリースGが残っているので、当該歯溝24においてピニオン7A(ギヤ歯41)とラック8A(ギヤ歯23)との間における潤滑切れを最低限防止できる。
【0050】
以上の結果、ラックアンドピニオン式の操舵装置1において、ピニオン7A(ギヤ歯41)とラック8A(ギヤ歯23)との噛み合い部分が潤滑された状態(潤滑切れのない状態)を維持できるので、潤滑性の向上を図ることができる。そして、潤滑性の向上により、ピニオン7Aおよびラック8Aの耐久性の向上を図ることもできる。
また、上記条件(1)により、ラック軸8の表面にラック8Aを形成すれば、貫通孔25も同時に形成することができるので、前述したように製造工程の簡略化を図ることができる。
【0051】
この発明は、以上に説明した実施形態に限定されるものではなく、請求項記載の範囲内において種々の変更が可能である。
例えば、この発明のラック軸は、操舵装置のラックアンドピニオン機構に用いられているが、操舵装置を問わず、いかなる装置のラックアンドピニオン機構にも適用可能である。
【符号の説明】
【0052】
1…操舵装置、7…ピニオン軸、8…ラック軸、8A…ラック、20…本体部、20A…内周面、20B…中空部、20C…外周面、21…第1延設部、22…第2延設部、24A…溝底、25…貫通孔、33…ホルダ、34…ピストン、35…弾性部材、G…グリース、S…ラック軸8の軸中心、T…ラック8Aの歯底部分、V…軸中心Sからラック軸8の内周面20Aまでの径方向寸法、W…軸中心Sからラック8Aの歯底部分Tまでの最短直線距離、X…ラック軸8およびピニオン軸7の軸間距離、Y…ピニオン軸7の歯先円半径、Z…XからYを差し引いた値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にラックが形成されたラック軸と、前記ラックに噛み合うピニオン軸とを備えるラックアンドピニオン式の操舵装置であって、
前記ラック軸は、
潤滑剤を収容するために中空にされた円筒軸と、
前記円筒軸の表面に形成されたラックと、
前記ラックの歯底部分を貫通して前記円筒軸の中空部に連通する貫通孔と、
前記中空部に設けられ、前記中空部内の潤滑剤を前記貫通孔から前記中空部の外に押し出す押出手段と、
を含むことを特徴とする、操舵装置。
【請求項2】
前記ラック軸の軸中心から前記中空部における前記ラック軸の内周面までの径方向寸法は、前記軸中心から前記ラックの歯底部分までの最短直線距離よりも大きく、かつ、前記ラック軸およびピニオン軸の軸間距離から前記ピニオン軸の歯先円半径を差し引いた値よりも小さいことを特徴とする、請求項1記載の操舵装置。
【請求項3】
前記押出手段は、前記中空部内の潤滑剤を前記貫通孔へ向けて付勢する弾性部材を含むことを特徴とする、請求項1または2記載の操舵装置。
【請求項4】
前記ラック軸は、
前記ラック、中空部および押出手段が設けられた鉄製の本体部と、
軸線方向における前記本体部の端部に連結されたアルミニウム製の延設部と、
を含むことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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