説明

改変微生物

【課題】タンパク質又はポリペプチドの分泌生産量が増大された微生物、更に当該微生物を用いたタンパク質又はポリペプチドの製造法の提供。
【解決手段】SecAのカルボキシル末端側の60〜80個のアミノ酸が欠失するように遺伝子改変された改変微生物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用なタンパク質又はポリペプチドの生産に用いる微生物、及びタンパク質又はポリペプチドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による有用物質の工業的生産は、アルコール飲料や味噌、醤油等の食品類をはじめとし、アミノ酸、有機酸、核酸関連物質、抗生物質、糖質、脂質、タンパク質等、その種類は多岐に渡っており、またその用途についても食品、医薬や、洗剤、化粧品等の日用品、或いは各種化成品原料に至るまで幅広い分野に広がっている。
【0003】
中でも、枯草菌(Bacillus subtilis)、バチルス リケニフォルミス(Bacillus licheniformis、バチルス メガテリウム(Bacillus megaterium)のようなグラム陽性細菌は、アミラーゼ、プロテアーゼ及びリパーゼのような多くの細胞外酵素を分泌する能力が非常に高く、実際、多くのバチルス属の細胞外酵素が産業的に利用されている。細菌中の所定のタンパク質を分泌された形態で生産することは、分泌されたタンパク質が、通常そのネイティブの構造を維持していること、また分泌によりタンパク質の精製が容易になる等の点で、有用である。従って、斯かる細菌菌株を改良して、分泌される所定のタンパク質の分泌産生量を増やすことは、非常に有意義なことである。
【0004】
原核生物において、外膜やペリプラズム空間に局在するタンパク質の多くは、Sec膜透過装置を介して細胞質膜を透過する。SecY/SecE/SecGからなるヘテロ膜タンパク質複合体と膜表在性のSecA2量体で構成され、SecD/SecF/YajDヘテロ膜タンパク質複合体が弱く結合することで、膜透過チャンネルを形成し、SecAによるATP加水分解のエネルギーを用いて、タンパク質を膜透過させている。この際、大腸菌では、分泌タンパク質前駆体は分子シャペロンSecBに認識され、細胞膜表在のSecAへと受け渡されることが知られている。一方、枯草菌においては、分子シャペロンであるSecBの相同因子は同定されていないが、真核生物小胞体膜透過に特徴的なSRP(シグナル認識粒子)が存在し、分泌タンパク質はSRPからSecAへ引き渡されていると考えられている。また、枯草菌SecAは、2つのドメインであるNドメインとCドメインから構成され、Nドメインには、ATP結合領域I(ABS I)とシグナルペプチド結合領域
が含まれ、Cドメインには、SecA2量体形成及びSecY相互作用領域と、大腸菌SecB結合領域相同領域が含まれており、両ドメインをまたぐようにATP結合領域II(ABS II)が存在していることが明らかにされている。
【0005】
従来、タンパク質の分泌産生量を向上させる手段として、プロテアーゼの欠失(非特許文献1)やPrsAの強化(非特許文献2)、SecD/SecE/SecDFの過剰発現(特許文献1)、SecGの過剰発現(特許文献2)等の遺伝子改変を行うことが報告されている。
しかしながら、SecAの一部のアミノ酸残基を欠失させることについては何ら報告されていない。
【非特許文献1】Olmos-Soto J, Contreras-Flores R. Genetic system constructedto overproduce and secrete proinsulin in Bacillus subtilis. Appl Microbiol Biotechnol. 2003 Sep;62(4):369-73.
【非特許文献2】Vitikainen M, Hyyrylainen HL, Kivimaki A, Kontinen VP, Sarvas M. Secretion of heterologous proteins in Bacillus subtilis can be improved by engineering cell components affecting post-translocational protein folding and degradation. J Appl Microbiol. 2005;99(2):363-75.
【特許文献1】国際公開第99/04007号パンフレット
【特許文献2】国際公開第99/04006号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、タンパク質又はポリペプチドの分泌生産量が増大された微生物、更に当該微生物を用いたタンパク質又はポリペプチドの製造法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、バチルス属細菌の分泌タンパク質輸送装置の構成因子について検討したところ、secAのカルボキシル末端側の20〜30個又は60〜80個のアミノ酸、特に60〜80個のアミノ酸が欠失するように遺伝子改変した場合に、分泌生産能が向上し、当該改変微生物がタンパク質又はポリペプチドの生産に有用であることを見出した。
SecAは、分泌タンパク質の菌体外への分泌に関与する因子であり、SecAを欠失した場合はタンパク質の生産が減少することは勿論、細胞自体が死んでしまうことから、当該分泌機構に必要不可欠な因子であると考えられていた。従って、SecAのアミノ酸残基の一部を欠失させた場合に、タンパク質の分泌生産能が向上したことは、全く予想外のことである。
【0008】
本発明は、以下の1)〜3)に係るものである。
1)secAのカルボキシル末端側の60〜80個のアミノ酸が欠失するように遺伝子改変された改変微生物。
2)上記改変微生物株に、異種のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入した組換え微生物。
3)上記組換え微生物を用いるタンパク質又はポリペプチドの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の改変微生物を用いれば、目的タンパク質又はポリペプチドを効率よく生産することができ、また培養液から当該タンパク質又はポリペプチドを容易に回収することができる。従って、本発明は、目的タンパク質又はポリペプチドの工業的生産に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、タンパク質又はポリペプチドの分泌生産量が増大された微生物、更に当該微生物を用いたタンパク質又はポリペプチドの製造法を提供することに関する。
【0011】
本発明者らは、バチルス属細菌の分泌タンパク質輸送装置の構成因子について検討したところ、secAのカルボキシル末端側の20〜30個又は60〜80個のアミノ酸、特に60〜80個のアミノ酸が欠失するように遺伝子改変した場合に、分泌生産能が向上し、当該改変微生物がタンパク質又はポリペプチドの生産に有用であることを見出した。
SecAは、分泌タンパク質の菌体外への分泌に関与する因子であり、SecAを欠失した場合はタンパク質の生産が減少することは勿論、細胞自体が死んでしまうことから、当該分泌機構に必要不可欠な因子であると考えられていた。従って、SecAのアミノ酸残基の一部を欠失させた場合に、タンパク質の分泌生産能が向上したことは、全く予想外のことである。
【0012】
本発明の改変微生物を用いれば、目的タンパク質又はポリペプチドを効率よく生産することができ、また培養液から当該タンパク質又はポリペプチドを容易に回収することができる。従って、本発明は、目的タンパク質又はポリペプチドの工業的生産に有用である。
【0013】
本発明において、アミノ酸配列及び塩基配列の同一性はLipman-Pearson法 (Science, 227, 1435, (1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、パラメータであるUnit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0014】
本発明の微生物(宿主微生物)は、SecAをコードする遺伝子を有するものであればよく、グラム陽性菌、グラム陰性菌のいずれでもよいが、タンパク質を菌体外に分泌生産させる能力を有する点からグラム陽性菌が好ましく、中でもバチルス(Bacillus)属細菌が好ましく、特に全ゲノム情報が明らかにされ、遺伝子工学、ゲノム工学技術が確立されている点で枯草菌が好ましい。
【0015】
本発明の改変微生物において、改変の対象となる遺伝子はSecAをコードする遺伝子である。
SecAは、細菌においてタンパク質輸送経路に関する因子(タンパク質)の一つであり、膜透過チャネル(SecY/SecE/SecG)と共同で分泌タンパク質を菌体外に分泌するための機能を持つ。枯草菌SecA(841アミノ酸、分子量95.3KDa)は、2つのドメインであるNドメインとCドメインから構成され、Nドメインには、ATP結合領域I(ABS I)とシグナルペプチド結合領域が含まれる。一方、Cドメインには、SecA2量体形成及びSecY相互作用領域と、大腸菌SecB結合領域相同領域が含まれており、両ドメインをまたぐようにATP結合領域II(ABS II)が存在していることが知られている。
【0016】
本発明において改変すべき好適なSecAとしては、枯草菌のSecA又はこれと機能的に等価なタンパク質が挙げられ、SecAをコードする遺伝子としては、枯草菌のsecA又はこれと機能的に等価なタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
枯草菌のSecA又はこれと機能的に等価なタンパク質とは、具体的には以下の(A)〜(C)に示すタンパク質を意味する。
(A)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(B)配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つSecAと同様の機能を有するタンパク質
(C)配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つSecAと同様の機能を有するタンパク質
【0017】
ここで、配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1若しくは2以上のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列には、1若しくは数個、好ましくは1〜10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列が含まれ、付加には、両末端への1〜数個のアミノ酸の付加が含まれる。
【0018】
配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上同一性を有するアミノ酸配列としては、90%以上の同一性を有するものが好ましく、更に95%以上の同一性を有するものが好ましく、99%以上の同一性を有するものが特に好ましい。
【0019】
また、SecAと同様の機能を有するとは、SecAが有するATPase活性を持ち、SecY/SecE複合体と結合することができる等のSecAと実質的に同一の機能を保有することをいう。
【0020】
枯草菌のSecA又はこれと機能的に等価なタンパク質をコードする遺伝子としては、上記の(A)〜(C)に示すタンパク質をコードする遺伝子を云うが、好ましくは、以下の(a)〜(c)のいずれかの遺伝子が挙げられる。
(a)配列番号1に示される塩基配列からなるDNA
(b)配列番号1で示される塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つSecAと同様の機能を有するタンパク質をコードするDNA
(c)配列番号1で示される塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つSecAと同様の機能を有するタンパク質をコードするDNA
【0021】
ここで、「ストリンジェントな条件」としては、例えばMolecular Cloning −A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION[Joseph Sambrook, David W. Russell., Cold Spring Harbor LaboratoryPress]記載の方法が挙げられ、例えば、6×SSC(1×SSCの組成:0.15M 塩化ナトリウム、0.015M クエン酸ナトリウム、pH7.0)、0.5% SDS、5xデンハート及び100mg/mLニシン精子DNAを含む溶液にプローブとともに65℃で8〜16時間恒温し、ハイブリダイズさせる条件が挙げられる。
【0022】
また、配列番号1に示される塩基配列と80%以上の同一性を有する塩基配列としては、90%以上の同一性を有するものが好ましく、更に95%以上の同一性を有するものが好ましく、99%以上の同一性を有するものが特に好ましい。
当該DNAは、自然界から得ることも可能ではあるが、さらに部位特異的突然変異誘発法等の公知の手法を利用して調製することもできる。例えば、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット[Mutan-super Express Km キット(タカラ)]等を用いて変異を導入し調製することができる。
【0023】
尚、枯草菌のSecAをコードする遺伝子(配列番号1)は、JAFAN(Japan Functional Analysis Network for Bacillus subtilis (BSORF DB),http://bacillus.genome.ad.jp/、2008年6月18日更新)において掲載され、また、枯草菌以外のSecAをコードする遺伝子については、大腸菌においてColibri(http://genolist.pasteur.fr/Colibri/)データベースに掲載されている。また、TIGER(http://cmr.tigr.org/tigr-scripts/CMR/CmrHomePage.cgi)には、グラム陽性菌、グラム陰性菌のゲノムが数多く掲載される。
【0024】
本発明において欠失すべき、SecAのカルボキシル末端側のアミノ酸としては、20〜30個又は60〜80個のアミノ酸が挙げられるが、好ましくは60〜80個のアミノ酸である。
枯草菌の場合、SecAは841個のアミノ酸(配列番号2)から構成されるが、配列番号2においてアミノ酸番号820〜841番のアミノ酸を欠失すること(「N819」ともいう)、又は781〜841番のアミノ酸を欠失すること(「N780」ともいう)が好ましく、特にアミノ酸番号781〜841番のアミノ酸を欠失すること(N780)が好ましい。
枯草菌のSecAは、そのカルボキシル末端側に、CTD領域(C-Terminal region Domain;J.B.C.(2004)279(21)p22490-22497参照)をもつ。CTD領域のC末端の22個のアミノ酸は大腸菌SecB結合領域相同領域であり、当該領域のN末端側には、アミノ酸61個のCTL領域(C-Terminal Terminal Linker;Science(2002)297(5589)p2018-2026参照)と呼ばれている領域が存在する。この領域は、枯草菌において、シグナル認識粒子(SRP)の構成成分であるFfh(Fifty Four Homologue, SRP54相同因子)と結合する領域である。Ffh結合領域にあたるCTL領域は、アミノ酸番号781−819番の領域である。
従って、本発明の遺伝子改変には、これらの各領域又はこれらと相同な領域を単独或いは複数組み合わせて欠失するようにすることが包含され、このうち、Ffh結合領域又はその相同領域を欠失するような遺伝子改変が好ましい。
【0025】
本発明のSecAをコードする遺伝子の改変手段としては、例えば、相同組換えによる方法を用いればよい。すなわち、標的遺伝子の一部を含むDNA断片を適当なプラスミドベクターにクローニングして得られる環状の組換えプラスミドを親微生物細胞内に取り込ませ、標的遺伝子の一部領域に於ける相同組換えによって親微生物ゲノム上のSecA遺伝子の目的の領域を分断して欠失させればよい。
【0026】
特に、本発明微生物を構築するための親微生物として枯草菌を用いる場合、相同組換えにより標的遺伝子を削除する方法については、既にいくつかの報告例があり(Mol.Gen.Genet.,223,268,1990等)、こうした方法を用いることによって、本発明の宿主微生物を得ることができる。
【0027】
以下、より具体的に、DNA組換え技術を用いた方法によって調製されるSecA部分欠失用DNA断片を用いた削除方法について説明する。
SecA部分欠失用DNA断片は、secA遺伝子の3'末端側の遺伝子領域を一部改変した遺伝子配列である。両末端に少なくとも1個の制限酵素部位を含んでいる。制限酵素部位を利用して、このDNA断片を常法により例えば枯草菌ゲノムDNAを鋳型にして制限酵素部位を含んだプライマーを用いたPCR反応で増幅して調製することができる。また、DNA断片の3'末端側のプライマーには、欠失したいSecAタンパク質のC末端領域をコードする遺伝子のすぐ上流に終始コドンをコードする遺伝子配列を挿入している。
この断片を枯草菌等の形質転換可能なグラム陽性菌へ形質転換することで相同組換えを可能とするpDH88等のインテグレーションベクターのマルチクローニング部位に挿入してプラスミドを構築する。
このプラスミドを枯草菌等に導入して相同組換えを行うことで該プラスミドが染色体に組み込まれた株(SecA部分欠失株)を得ることができる。取得した株の染色体上の遺伝子構成は、図1aに示すとおりである。挿入株は、欠失したい領域の前に存在する終止コドンにより、染色体上から発現するSecAタンパク質の翻訳は、途中で停止するため、希望のSecAC末欠失タンパク質のみを発現することができる。
【0028】
斯くして得られた改変微生物株に、目的とする異種タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入することによって、本発明の組換え微生物を得ることができる。
【0029】
本発明の組換え微生物を用いて生産される目的タンパク質又はポリペプチドは、特に限定されず、例えば生理活性ペプチドや、洗剤、食品、繊維、飼料、化学品、医療、診断など各種産業用酵素などが挙げられる。
生理活性ペプチドとしては、例えば、B型肝炎ウィルス、C型肝炎ウィルス、HIV、インフルエンザ等の病原性ウィルスゲノムにコードされるタンパク質、Gタンパク質共役型受容体、成長因子(血小板増殖因子、血液幹細胞成長因子、肝細胞成長因子、トランスフォーミング成長因子、神経成長・栄養因子、線維芽細胞成長因子、インスリン様成長因子等)、腫瘍壊死因子、インターフェロン、インターロイキン、エリスロポエチン、顆粒球コロニー刺激因子、マクロファージ・コロニー刺激因子、アルブミン、ヒト成長ホルモン等が挙げられる。
また、産業用酵素としては、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素(Hydrolase)、脱離酵素 (Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase/Synthetase)等が挙げられ、好適にはセルラーゼ、α-アミラーゼ、プロテアーゼ等の加水分解酵素が挙げられる。
【0030】
本発明の微生物に導入される目的タンパク質又はポリペプチドの遺伝子は、その上流に当該遺伝子の転写、翻訳、分泌に関わる制御領域、即ち、プロモーター及び転写開始点を含む転写開始制御領域、リボソーム結合部位及び開始コドンを含む翻訳開始領域並びに分泌シグナルペプチド領域から選ばれる1以上の領域が適正な形で結合されていることが望ましい。
ここで、転写開始制御領域は、プロモーター及び転写開始点を含む領域であり、リボソーム結合部位は、開始コドンと共に翻訳開始制御領域を形成するShine-Dalgarno(SD)配列(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 74, 5463 (1974))に相当する部位である。
【0031】
上記の目的の異種タンパク質又はポリペプチド遺伝子を含むDNA断片と適当なプラスミドベクターを結合させた組換えプラスミドを、一般的な形質転換法を用いて宿主微生物細胞に取り込ませることによって、本発明の組換え微生物を得ることができる。また、当該DNA断片に宿主微生物ゲノムとの適当な相同領域を結合したDNA断片を用い、宿主微生物ゲノムに直接組み込むことによっても本発明の組換え微生物を得ることができる。
【0032】
本発明の組換え微生物を用いた目的のタンパク質又はポリペプチドの生産は、当該菌株を同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む培地に接種し、通常の微生物培養法にて培養し、培養終了後、タンパク質又はポリペプチドを採取・精製することにより行えばよい。そして、後記実施例に示すように、目的のタンパク質又はポリペプチドの生産性は、SecA遺伝子改変をしていない微生物を用いた場合と比較して、その生産性の向上が達成されている。
【0033】
以下に、本発明の組換え微生物の構築方法及び当該組換え微生物を用いたタンパク質の製造方法について具体的に説明する。
【実施例】
【0034】
<使用細菌株、プラスミド及び培地>
(1)使用菌株
枯草菌(バチルス・サブチリス)マーバーグ168trpC2株(KunstらNature1997)
枯草菌SAN819株(N819);耐性マーカー(クロラムフェニコール)
枯草菌SAN780株(N780);耐性マーカー(クロラムフェニコール)
大腸菌(エシェリヒア・コリ)C600株(タカラバイオ)
大腸菌(エシェリヒア・コリ)JM109株(タカラバイオ)
【0035】
(2)プラスミド
pDH88;ヘナーら(Proc Natl Acad Sci U S A. 1984 Jan;81(2):439-43.)、耐性マーカー(アンピシリン、クロラムフェニコール)
pHKK1101;耐性マーカー(アンピシリン、クロラムフェニコール)、SecA部分欠失株(SAN819株)作成用組換えベクター
pHKK1002;耐性マーカー(アンピシリン、クロラムフェニコール)、SecA部分欠失株(SAN780株)作成用組換えベクター
pWH1520;MoBiTec社、耐性マーカー(アンピシリン、テトラサイクリン)
pHKK3200;耐性マーカー(アンピシリン、テトラサイクリン)、挿入遺伝子(アミラーゼAmyEシグナルペプチド及びプロ領域
pHKK3201;耐性マーカー(アンピシリン、テトラサイクリン)、挿入遺伝子(アミラーゼAmyEシグナルペプチド及びプロ領域とIFNα成熟体の融合タンパク質
pHKK3202;耐性マーカー(アンピシリン、テトラサイクリン)、挿入遺伝子(アミラーゼAmyEシグナルペプチド及びプロ領域とIFNβ成熟体の融合タンパク質
【0036】
(3)培地
L培地;バクトトリプトン(Difco)1%、イーストエクスラクト(Difco)0.5%、NaCl0.5%(和光)
2×L培地;バクトトリプトン(Difco)2%、イーストエクスラクト(Difco)1%、NaCl1%(和光)
抗生物質は以下の濃度で使用した、クロラムフェニコール15μg、アンピシリン50μg。pWH1520のもつキシロースプロモーターの誘導のため、キシロースは終濃度0.6%で使用した。イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)は、終濃度100μMで使用した。
【0037】
実施例1 プラスミド及びSecA部分欠失株の構築
(1)SecA部分欠失株作成用組換えベクター
枯草菌SAN819株及びSAN780株を作成するため、枯草菌168株の染色体を鋳型にプライマーsecAC−01 (gatcAAGCTTcccgggagaagagcgatatcttcgg(配列番号
3)、大文字がHindIII)とSecAC−02 (gatcagaTCTAGAttaaatctcagctttcatcacaaa(配列番号4)、大文字がXbaI、下線が挿入した終止コドン)を用いてPCRにて増幅したsecA遺伝子3'末端側360bpをpDH88のHindIII−XbaIサイトに導入し、pHKK1001を構築した。同様にプライマーsecAC−03(gatcAAGCTTcccgggagaagagcgatatcttcgg(配列番号5)、大文字がHindIII)とsecAC−04(gatcagaTCTAGAttagatatcaaccactttgcgaac(配列番号6)、大文字がXbaI、下線が挿入した終止コドン)を用いて、pHKK1002を構築した。
【0038】
(2)SecA部分欠失株の作成
枯草菌SAN819は、プラスミドpHKK1001を枯草菌168株の染色体にキャンベル型に組み込むことにより取得した(図1a)。また、SAN780株もpHKK1002プラスミドを用いて同様の手法で取得した。SAN819及びSAN780の染色体上に正しく組み込まれたことは、サザンハイブリダイゼーション法により確認した。また、抗SecA抗体を用いてSAN819株及びSAN780株で発現するSecAのサイズを確認した(図1b)。
【0039】
(3)SecA部分欠失株の生育への影響
(2)により作成されたSAN819株及びSAN780株を用いて、生育への影響を観察した。培養液には、L液体培地、Lプレート培地、2×L液体培地を用い(いずれの場合も終濃度100μMIPTGを添加)、培養温度は、30℃、37℃、47℃のそれぞれの温度にて培養を行った。
その結果、いずれの条件においても枯草菌SAN819及びSAN780は、親株である枯草菌168株と変わらない生育を示した。
IPTGを添加しない場合、SecAの下流に存在し、SecAとオペロンを形成するprfB遺伝子の影響で生育に低下が見られた。
このことから、SecAのC末端領域であるCTD(C-Terminal region domain)領域は、枯草菌の生育に必須ではないことがわかった。
【0040】
実施例2 異種タンパク質の発現
(1)異種タンパク質発現用ベクターの構築
異種タンパク質を菌体外に分泌させるためには、シグナル配列が必要になる。そこで、枯草菌アミラーゼ(amyE)タンパク質の持つシグナル配列及びプロ配列をもつ分泌タンパク質発現用基本ベクターpHKK3200を作成した。pHKK3200を作成するため、枯草菌168株の染色体を鋳型にプライマーamyESF−1(ggccACTAGTcttcaaaaaatcaaa(配列番号7)、大文字がSpeI)とamyESR−2(ggccGGTACCctcattcgatttgttcgc(配列番号8)、大文字がKpnI)を用いてPCRにて増幅したamyE遺伝子シグナル配列及びプロ配列のコード領域175bpをpWH1520のSpeI−KpnIサイトに導入し、pHKK3200を構築した。
インターフェロンα発現プラスミドを作成するため、pORF5−hIFN−α(インビボジェン)を鋳型にプライマーifnaF (ggccGGTACCctcctggtgctcagctgc(配列番号9)、大文字がKpnI)とifnaR(ggccGGATCCttttcattccttacttct(配列番号10)、大文字がBamHI)を用いてPCRにて増幅したifnα遺伝子成熟体領域を含む521bpをpHKK3200のKpnI−BamHIサイトに導入し、pHKK3201を構築した(図2a)b))。
また、同様の方法で、pORF−hIFNβ(インビボジェン)を鋳型にプライマーifnbF (ggccGGTACCatgagctacaactt(配列番号11)、大文字がKpnI)とifnbR (ggccGGATCCagctcagtttcggaggta(配列番号12)、大文字がBamHI)を用いてインターフェロンβ発現プラスミドpHKK3202を作成した。
【0041】
(2)異種タンパク質発現ベクター導入株の作成
形質転換法により、(1)で作成した、インターフェロンα発現ベクターpHKK3201及びインターフェロンβ発現プラスミドpHKK3202を、それぞれSAN780株及びSAN819株に取り込ませることによって、インターフェロン発現ベクター導入株を得た。
形質転換は、SPI培地及びSPII培地を用いてコンピテント法により行い、15μg/mLクロラムフェニコールを含むLB寒天培地に生育した菌株を形質転換体とした。
【0042】
(3)培養
2×L培地(2%Tripton (Difco), 1% YeastExtract (Difco), 1% NaCl)培地を用いた。必要に応じてテトラサイクリン(和光)を最終濃度15μg/mLとなる様に添加した。培養は、前培養液を2%植菌し、30℃にて細胞増殖期中期(OD660=0.3)まで培養後、キシロースを最終濃度0.6%添加し、培養した。培養開始後24時間後で集菌し、培養液を得た。
インターフェロンを含むサンプルは、ウエスタンブロッティング解析により検出し、検出バンドの濃淡を測定することで比較した。
【0043】
(4)分泌タンパク質(インターフェロン(IFN))の確認
1)ウエスタンブロッティング
ウエスタンブロッティングは、セミドライシステム(バイオラッド)を用いて行った。SDS−PAGEによるタンパク質分離後、タンパク質をイモビロンPVDF膜(ミリポア)に転写した。タンパク質の検出は、ECL検出システム(アマシャム、現GEヘルスケア)を用いた。
抗インターフェロンα抗体及び抗インターフェロンβ抗体は、(PeproTech EC LTD)のものを使用した。HRP標識二次抗体は、アマシャム(現GEヘルスケア)のものを使用した。
【0044】
2)インターフェロン活性測定
培養24時間後、遠心分離により細胞を取り除いた培養液を、インターフェロンを含むサンプルとした。インターフェロンの誘導は、培養開始後、OD660=0.3到達時にキシロースを終濃度0.6%になるように添加することで行った。培養液を、動物細胞を用いてインターフェロン生理活性測定を行った。測定実験は、三菱BCLに委託して行われた。本実験で使用したインターフェロン発現ベクターより分泌されたインターフェロンは、生理活性を所持していた。
【0045】
(5)分泌量評価法
培養液をSDS−PAGE電気泳動により展開後、PVDF膜へブロッティングし、IFNα抗体(PeproTech EC LTD)を用いたウエスタンブロッティング法により検出した。分泌量の測定は、ウエスタンブロッティング法により検出したバンドの濃淡をNIH Image(National Institutes of Health, USA)により数値化し、野生株を宿主として用いた生産量をコントロールとして、変異株を宿主とした際の生産量を生産比で評価した。
【0046】
(6)結果
SAN780株、SAN819株ともに親株168株よりもインターフェロンαの生産量が向上していた(図3)。また、インターフェロンβの生産性評価においても同様に生産量の向上が見られた(図4)。
【0047】
(7)セルラーゼ生産性評価
SAN780株及び対照として枯草菌168株に、Bacillus属細菌KSM−S237株(FERMBP-7875)由来のアルカリセルラーゼ遺伝子(特開2000-210081号公報参照)をコードするD N A断片(3 .1kb)が、シャトルベクターpHY300PLKのBamHI制限酵素切断点に挿入された組換えプラスミドpHY-S237をプロトプラスト形質転換法によって導入した。
これによって得られた形質転換株を5 mLのLB培地で30℃にて15時間振盪培養を行い、更にこの培養液0.6 mLを30 mLの2xL−マルトース培地(2%トリプトン、1 %酵母エキス、1 %塩化ナトリウム、7.5 %マルトース、7.5 ppm硫酸マンガン4 - 5水和物、15 ppmテトラサイクリン)に接種し、3 0℃で3日間、振盪培養を行った。培養後、遠心分離によって菌体を除いた培養液上清のアルカリセルラーゼ活性を、上記特許文献に記載の方法、またはp-nitropheny l-β-cellotrioside(生化学工業)を基質として、pH7.0、温度30℃における吸光度(420nm)の変化を測定する方法により、菌体外に分泌生産されたアルカリセルラーゼの量を求めた。結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1に示した様に、SAN780株を宿主として用いた場合、対照の168株(野生型)の場合と比較して高いアルカリセルラーゼの分泌生産が認められた。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1a】SAN819株及びSAN780株のsecA遺伝子座近辺の遺伝子構成図。
【図1b】SAN819株及びSAN780株で発現するSecAのサイズを確認した電気泳動図。
【図2a】インターフェロン発現ベクターの作成方法を示した図。
【図2b】インターフェロン発現ベクターpHKK3201に導入した枯草菌アミラーゼAmyEシグナルペプチド及びプロ配列とインターフェロンα成熟体領域の融合タンパク質の構成を示した図。
【図3a】SAN780株及びSAN819株を宿主として、pHKK3201を導入し、インターフェロンαを生産した場合のウエスタンブロッティングの検出結果を示した図。レーン1:親株168株を宿主とした場合、レーン2:ASN780株を宿主とした場合、レーン3:ASN819株を宿主とした場合。
【図3b】図3aの実験をグラフ化したもの。ウェスターンブロット上のバンド強度に基づき、インターフェロンαの相対量を示した。エラーバーは、標準偏差を示す。
【図4】SAN780株及びSAN819株を宿主として、pHKK3202を導入し、インターフェロンβを生産した場合のウエスタンブロッティングの検出結果を示した図。レーン1:親株168株を宿主とした場合、レーン2:ASN780株を宿主とした場合、レーン3:ASN819株を宿主とした場合。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SecAのカルボキシル末端側の60〜80個のアミノ酸が欠失するように遺伝子改変された改変微生物。
【請求項2】
カルボキシル末端側のアミノ酸の欠失が、Ffh結合領域又はその相同領域の欠失である請求項1記載の改変微生物。
【請求項3】
SecAが、以下の(A)〜(C)に示すタンパク質である請求項1又は2記載の改変微生物。
(A)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(B)配列番号2で示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つSecAと同様の機能を有するタンパク質
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列と80%以上同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つSecAと同様の機能を有するタンパク質。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の改変微生物株に、異種のタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子を導入した組換え微生物。
【請求項5】
微生物がバチルス属細菌である請求項1〜3のいずれか1項記載の改変微生物又は請求項4記載の組換え微生物。
【請求項6】
請求項4又は5記載の組換え微生物を用いるタンパク質又はポリペプチドの製造方法。

【図1a】
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【図1b】
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【図2a】
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【図2b】
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【図3a】
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【図3b】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−271956(P2008−271956A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−85292(P2008−85292)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】