改変融合タンパク質
【課題】スギ花粉症の治療及び予防に用いられ得る物質、特に、生体内でアナフィラキシー反応を誘発し得ず、アレルギー性疾患患者におけるエピトープをカバーし得、及び/又は高純度での大量生産が容易であり得る、スギ花粉症の治療及び予防に用いられ得る物質の提供。
【解決手段】Cry j1とCry j2の融合タンパク質のシステイン残基が1個を除いて全てPEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換され、かつ、1個のシステイン残基が、分子量12kDa〜100kDaのポリエチレングリコール(PEG)でPEG化修飾されていることを特徴とする、PEG化改変融合タンパク質。
【解決手段】Cry j1とCry j2の融合タンパク質のシステイン残基が1個を除いて全てPEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換され、かつ、1個のシステイン残基が、分子量12kDa〜100kDaのポリエチレングリコール(PEG)でPEG化修飾されていることを特徴とする、PEG化改変融合タンパク質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cry j1とCry j2の融合タンパク質を改変し、PEG化した改変融合タンパク質及び当該PEG化改変融合タンパク質を有効成分として含む医薬組成物、特にスギ花粉症の予防及び/又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アレルギー性疾患としては、花粉症、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アトピー性皮膚炎、アトピー性喘息や食物アレルギーなどが特に有名だが、それらに対する治療法や医薬品の多くが、アレルギー応答の後期を標的にした対症療法であるため、根本的な治療にいたらないのが現状である。また、近年ではアレルギー性疾患の治療方法として減感作療法が知られており(特許文献1〜3など)、例えば花粉症の場合、当該療法においては、アレルゲンとして、現在のところ、天然花粉のエキスが用いられている。しかしながら、花粉エキスはアナフィラキシーの危険性が高い、大量生産が困難である等の問題を有する。
【0003】
特許文献4には、Cry j1とCry j2の融合タンパク質が開示されているが、そのPEG修飾については記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−97898号公報
【特許文献2】特開平9−176044号公報
【特許文献3】特開2005−52049号公報
【特許文献4】特開2008−073031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、スギ花粉症の治療及び予防に用いられ得る物質を提供することを目的とする。特に、本発明は、生体内でアナフィラキシー反応を誘発せず、高純度での大量生産が容易である、前記疾患の治療及び予防に用いることができる物質を提供することを目的とする。また、本発明は、前記物質を含む医薬組成物およびスギ花粉症の予防または治療剤、特に減感作療法剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、本発明のPEG化されたCry j1とCry j2の融合タンパク質の改変体が、天然型抗原性タンパク質であるCry j1もしくはCry j2以上に、天然型抗原性タンパク質特異的T細胞の誘導能を保持するものの、天然型抗原性タンパク質(Cry j1、Cry j2)と異なり、それ自体が、所望されないCry j1もしくはCry j2に特異的なIgE抗体の産生を誘導しないこと、さらには驚くべきことに、Cry j1もしくはCry j2によるCry j1もしくはCry j2に特異的なIgE抗体の産生をも抑制し得ることを見出した。従って、本発明のPEG化されたCry j1とCry j2融合タンパク質の改変体は、それ自体がアナフィラキシー反応を生じ得ないのみならず、天然型抗原性タンパク質に起因するアレルギー反応の程度もまた抑制し得ることから、スギ花粉症の減感作療法において、並びに/あるいはスギ花粉症治療用ワクチン等の医薬として利用価値が高いものである。
【0007】
Cry j1とCry j2の融合タンパク質は既知であったが、この融合タンパク質をPEG化すると23個のシステイン残基に多数のPEG基が導入されることになる。この多PEG化融合タンパク質はPEG基の分子量が2kDa以下の場合にはB細胞エピトープ作用(抗原性)を維持し、スギ花粉症の治療の際にアレルギー応答を引き起こす可能性がある。PEG基の分子量が12kDa以上になると、多PEG化融合タンパク質の分子量の増加が著しくなり、抗原提示細胞(例えば樹状細胞)内への融合タンパク質の取り込みに支障をきたし、T細胞エピトープが細胞表面に提示されなくなり、IgE抗体の産生が抑制されず、減感作療法によるスギ花粉症の予防ないし治療効果が損なわれる結果となる。
【0008】
一方、Cry j1とCry j2の融合タンパク質においてシステイン残基を1個のみ残し、他のシステイン残基をマレイミドなどのPEG化剤によりPEG化されないアミノ酸に置換することで、PEG基は1個のみ融合タンパク質に結合するようになる。本発明のPEG化改変融合タンパク質は、T細胞エピトープが機能してスギ花粉症の予防ないし治療効果を保持しつつ、B細胞エピトープの機能を抑制して副作用を軽減できる。
【0009】
即ち、本発明は、以下のPEG化改変融合タンパク質、医薬組成物、減感作療法剤を含むスギ花粉症の予防及び/又は治療剤、スギ花粉症の予防または治療のための使用、を提供するものである。
項1. Cry j1とCry j2の融合タンパク質のシステイン残基が1個を除いて全てPEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換され、かつ、1個のシステイン残基が、分子量12kDa〜100kDaのポリエチレングリコール(PEG)でPEG化修飾されていることを特徴とする、PEG化改変融合タンパク質。
項2. PEG化修飾に用いるPEGの分子量が20kDa〜40kDaである項1に記載のPEG化改変融合タンパク質。
項3. PEG化修飾を受けないアミノ酸残基が、セリンである、項1または2に記載のPEG化改変融合タンパク質。
項4. 配列番号3のアミノ酸配列を含み、該アミノ酸配列の354番目のシステイン残基のSH基がPEG化されている、項1〜3のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質。
項5. 項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、医薬組成物。
項6. 項1〜4のいずれか1項に記載の改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、スギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
項7. 減感作療法に使用する項6に記載のスギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
項8. 項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の予防または治療のための使用。
項9. 項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の減感作療法のための使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、可溶性タンパク質であるため取り扱いが容易である、高純度での大量生産が容易である、実際に生体内に投与する際に安全である等の多くの利点を有する。本発明のPEG化改変融合タンパク質はまた、アナフィラキシー反応を生じない安全なアレルゲンである、種々のアレルゲンに起因するアレルギー反応の程度を抑制する、全てのスギ花粉症患者におけるT細胞エピトープをカバーし得るという優れた効果を奏することから、スギ花粉症の新規減感作療法において、並びに/あるいは治療用ワクチン、予防又は治療剤等の医薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】recCry j1/2融合タンパク質(野生型)をPEG修飾した後、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動法で解析した結果を示す図である。
【図2】recCry j1/2改変融合タンパク質をPEG修飾した後、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動法で解析した結果を示す図である。
【図3】抗ヒトIgE抗体でスギ花粉症患者血清中IgE抗体だけを捕捉して、天然スギ花粉抗原またはPEG化recCry j1/2融合タンパク質との結合能を解析したキャプチャー法ELISAの結果を示す図である。
【図4】プレートに固相化した天然スギ花粉抗原またはPEG化recCry j1/2融合タンパク質とスギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を解析した直接法ELISAの結果を示す図である。
【図5】スギ花粉症患者血清中IgEとPEG化recCry j1/2改変体タンパク質との結合能をELISAで調べた結果を示す図である。(A)4アームPEG。(B)直鎖PEG。(C)PEGなし(天然型Cryj1)。
【図6】PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は抑制されるが、逆にIgG1抗体産生は上昇することを示す。(A) 抗 Cry j1-IgE抗体価。(B)抗Cry j1-IgG1抗体価。
【図7】PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、Cry j1特異的IgE抗体産生は抑制されるが、OVA特異的IgE抗体産生は抑制されないことを示す。(A) Anti-Cry j1-IgE。(B)Anti-OVA-IgE。
【図8】PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は投与量依存的に抑制されたが、逆にIgG1抗体産生は上昇することを示す。(A) 抗Cry j1 IgE(21日目)。(B)抗Cry j1 IgG1(21日目)。
【図9】pET47b-Cry j1/2またはpET47b-Cry j2/1プラスミドDNAで形質転換した大腸菌BL21株の増殖曲線を示す図である。
【図10】recCry j1/2とrecCry j2/1の大腸菌破砕遠心後のインクルージョンボディ中の発現量をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析した結果を示す図である。
【図11】PEG化recCry j1/2野生型タンパクまたは改変型タンパクによるスギ花粉抗原感作マウス由来CD4陽性T細胞のin vitro増殖能を示す図である。
【図12】pET47b(Novagen)ベクターを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、スギ花粉の主要な抗原タンパク質であるCry j1とCry j2の融合タンパク質の改変体であってPEG化されたタンパク質である。Cry j1とCry j2の融合タンパク質は23個のシステイン残基を有するが、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、1個のシステイン残基のみを残し、残りの22個のシステイン残基は全て他のアミノ酸で置換され、唯一のシステイン残基のSH基はその後PEG化される。PEG化改変融合タンパク質をCry j1とCry j2の融合タンパク質とすることで、Cry j1及び/またはCry j2に起因するアレルギー性疾患の予防及び/又は治療作用を同時に獲得することができる。また、Cry j1とCry j2の融合タンパク質は、スギ花粉に基づくアレルギーを効率よく抑制することができる。
【0013】
具体的には、スギ花粉抗原性タンパク質としては、例えば、配列番号2のアミノ酸配列1〜354で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(Cryj1の成熟タンパク質)、及び天然に存在するそのアイソタイプ(例えば、GenBankアクセッション番号D34639、D26544、D26545、AB081309、AB081310参照)が挙げられ、さらに配列番号2のアミノ酸配列355〜742で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(Cryj2の成熟タンパク質)、及び天然に存在するそのアイソタイプ(例えば、GenBankアクセッション番号D37765、D29772、E10716、AB081403、AB081404、AB081405参照)が挙げられる。これらはシステイン残基をそれぞれ9個及び14個有している。本発明のPEG化改変融合タンパク質は、Cry j1のいずれかのアイソタイプとCry j2のいずれかのアイソタイプの融合タンパク質の1個のシステイン残基のみを残し、残りのシステイン残基を全て他のアミノ酸で置換したタンパク質(改変融合タンパク質)を調製し、改変融合タンパク質の唯一のシステイン残基のSH基をPEG化したものであればよい。好ましくはCry j1とCry j2の融合タンパク質(配列番号2)において、22個のシステイン残基を他のアミノ酸残基、特にSerに置換した改変融合タンパク質(改変Cry j1/2)をPEG化することにより、本発明のPEG化改変融合タンパク質が得られる。
【0014】
本発明のPEG化改変融合タンパク質において、Cry j1とCry j2の融合タンパク質は、N末端からCry j1、Cry j2の順に連結したものであっても、あるいは、Cry j2、Cry j1の順に連結したものであってもよい。本発明のPEG化改変融合タンパク質はさらに、Cry j1とCry j2との間にペプチドリンカーを含んでいなくともよく、又は含んでいてもよい。当業者は、当該技術分野における技術常識より、かかるペプチドリンカーを適宜設計できる。例えば、ペプチドリンカーは、約30以下、好ましくは約25以下、より好ましくは約20以下、さらにより好ましくは約15以下、最も好ましくは約10又は5以下のアミノ酸残基の長さであり得る。
【0015】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、Cry j1とCry j2の融合タンパク質が有するシステイン残基が、1個を残して全てポリエチレングリコール(PEG)化修飾を受けないアミノ酸残基に置換されていることを特徴とする。
【0016】
Cry j1とCry j2の融合タンパク質において、システイン残基を、PEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換する方法としては、通常行われる遺伝子を改変する方法が用いられる。
【0017】
ここで、PEG化修飾を受けないアミノ酸残基としては、特に限定はされないが、例えば、セリン、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン等が挙げられ、好ましくは、セリン及びアラニン、特にセリンである。1個のCysを除いて全てのシステイン残基を置換するこのPEG化修飾を受けないアミノ酸残基は、同一のアミノ酸残基、もしくは、異なるアミノ酸残基の組み合わせであってもよく、適宜選択することができる。
【0018】
本発明のPEG化改変融合タンパク質に残す1個のシステイン残基の位置は特に限定されず、PEG化改変融合タンパク質のN末端側、中央、又はC末端側のいずれの位置であってもよい。
【0019】
DNA中の塩基を変換する具体的な方法としては、市販のキット(PrimeSTAR(R)Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ)TransformerTM(Clonetech製))、或いは公知のPCR法の利用が挙げられる。
【0020】
具体的には、Cry j1とCry j2の融合タンパク質において、システインのコドンを、PEG化修飾を受けない他のアミノ酸のコドンに置換したオリゴヌクレオチドおよびTransformerTM (Clonetech製) を用い、TransformerTMのプロトコールに従い、システイン残基が他のアミノ酸に置換された改変融合タンパク質をコードするDNAを作成する。
【0021】
このような組換えタンパク質遺伝子の合成DNAは、例えば、シグマ・アルドリッチ(株)又はタカラバイオ(株)などにおいて委託合成することもできる。
【0022】
作成された改変融合タンパク質をコードするDNAは、プラスミドに組み込まれて宿主微生物中に導入され、改変融合タンパク質を生産する形質転換体を得る。
【0023】
この際、プラスミドとしては、例えば大腸菌を宿主微生物とする場合には、pUC系ベクターなど公知のものが使用できる。
【0024】
宿主微生物としては、例えばエシェリヒア・コリーBL21株などが利用できる。宿主微生物に組換えベクターを移入する方法としては、例えば宿主微生物がエシェリヒア属に属する微生物の場合には、カルシウムイオンの存在下で組換えDNAの移入を行なう方法などを採用することができ、更にエレクトロポレーション法を用いても良い。こうして得られた形質転換体である微生物は、栄養培地で培養されることにより、多量の改変融合タンパク質を安定して生産し得る。
【0025】
形質転換体である宿主微生物の培養形態は宿主の栄養生理的性質を考慮して培養条件を選択すればよく、通常多くの場合は液体培養で行うが、工業的には通気撹拌培養を行うのが有利である。培地は、形質転換体の生育に必要な炭素源、無機窒素源もしくは有機窒素源を含んでいることが好ましい。炭素源としては、例えばグルコース、デキストラン、可溶性デンプン、ショ糖などが、無機窒素源もしくは有機窒素源としては、例えばアンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、コーンスチープ・リカー、ペプトン、カゼイン、肉エキス、大豆粕、バレイショ抽出液などが例示される。また所望により他の栄養素(例えば、無機塩(例えば塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化マグネシウム)、ビタミン類、抗生物質(例えばテトラサイクリン、ネオマイシン、アンピシリン、カナマイシン等)など)を含んでいてもよい。
【0026】
培養温度は菌が発育し、改変融合タンパク質を生産する範囲で適宜変更し得るが、エシェリヒア・コリーの場合、好ましくは20〜42℃程度である。培養時間は条件によって多少異なるが、改変融合タンパク質が最高収量に達する時期に培養を終了すればよく、通常は6〜48時間程度である。培地pHは菌が発育し改変融合タンパク質を生産する範囲で適宜変更し得るが、特に好ましくはpH6.0〜9.0程度である。
【0027】
培養物中の改変融合タンパク質を生産する菌体を含む培養液をそのまま採取し利用することもできるが、一般には常法に従って改変融合タンパク質が培養液中に存在する場合は濾過,遠心分離などにより、改変融合タンパク質含有溶液と微生物菌体とを分離した後に利用される。改変融合タンパク質が菌体内に存在する場合には、得られた培養物を濾過または遠心分離などの手段により菌体を採取し、次いでこの菌体を機械的方法またはリゾチームなどの酵素的方法で破壊し、また必要に応じてEDTA等のキレート剤、界面活性剤、尿素などを添加して改変融合タンパク質を可溶化し、水溶液として分離採取する。
【0028】
この様にして得られた改変融合タンパク質含有溶液を例えば減圧濃縮,透析,更に硫酸アンモニウム,硫酸ナトリウムなどの塩析処理、或いは水性有機溶媒、例えばメタノール,エタノール,アセトンなどによる分別沈澱法により沈澱せしめればよい。また、加熱処理や等電点処理も有効な精製手段である。吸着剤或いはゲル濾過剤などによるゲル濾過,吸着クロマトグラフィー,イオン交換クロマトグラフィー,アフィニティークロマトグラフィーにより、精製された改変融合タンパク質を得ることができる。
【0029】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、残った1個のシステイン残基が、B細胞エピトープの抗原性を抑制するのに十分な長さを有するPEGでPEG化修飾されている可溶性タンパク質である。
【0030】
B細胞エピトープの抗原性を抑制するのに十分であるためには、本発明で用いるPEGは分子量の大きいものである必要がある。例えば、分子量12kDa以上、好ましくは20kDa以上のPEGを用いることにより、十分に本発明の効果を得ることができる。また、分子量が100kDaを超えると、PEG基の導入による抗原性の低下作用が弱まるので、好ましい分子量は12kDa〜100kDa、より好ましくは20kDa〜40kDaのPEGを用いる。
【0031】
PEG化処理としては、具体的には、PEGの末端にマレイミド基などの反応性官能基を有するPEG化剤と改変融合タンパク質を溶液中で反応させることにより本発明のPEG化改変融合タンパク質を得ることができる。使用できるPEG化剤としては、例えば、システイン残基のSH基とチオエーテル結合を形成する直鎖型メチルPEGn(nはPEGのリピート数)マレイミドや分岐型(メチル−PEGn)n−PEGnマレイミド、が挙げられる。好ましくは直鎖型または4アーム型のPEG化剤、特に直鎖型メチルPEGn(nはPEGのリピート数)マレイミドや4アーム型を含む分岐型(メチル−PEGn)n−PEGnマレイミドを用いる。
【0032】
本発明のPEG化改変融合タンパク質を、例えば、大腸菌で本発明の改変融合タンパク質を発現させてインクルージョンボディになった場合には、尿素などの適当な可溶化剤で可溶化した後、PEG化剤と反応させることにより、可溶性タンパク質として精製することができる。
【0033】
本発明のPEG化改変融合タンパク質はまた、N末端又はC末端のいずれか、あるいは双方にさらなるペプチド部分が付加されたものであってもよい。このようなペプチド部分は、本発明のPEG化改変融合タンパク質に付加された場合に、本発明のPEG化改変融合タンパク質の特性を保持し得るものである限り特に限定されない。例えば、このようなペプチド部分としては、精製用タグ(例えば、ヒスチジン(His)タグ、FLAGタグ、Mycタグ)が挙げられる。ペプチド部分は、ベクターに由来する部分であってもよく、例えばPEG化改変融合タンパク質のN末端またはC末端に1〜30個程度、好ましくは1〜25個程度、より好ましくは1〜20個程度、さらに好ましくは1〜10個程度、特に好ましくは1〜5個程度のアミノ酸が付加されていてもよい。実施例では、抗体産生能の試験は、Hisタグを含むMetAlaHisHisHisHisHisHisSerAlaAlaLeuGluValLeuPheGlnGlyProGlyの20個のアミノ酸が付加されたPEG化改変融合タンパク質(recCry j1/2)で試験されている。このPEG化改変融合タンパク質は、N末端の付加配列に酵素(HRV 3C)切断部位があるので、最終的に酵素消化して得られるPEG化recCry j1/2改変タンパクのN末端には、ベクター由来の3アミノ酸(Gly-Pro-Gly)が付加されることになる。本発明のPEG化改変融合タンパク質には、このような付加アミノ酸があってもよい。
【0034】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、実際、PEG化改変融合タンパク質に特異的なIgE抗体の産生を誘導し得ないばかりか、天然型抗原性タンパク質による特異的IgE抗体の産生をも抑制し得る。一方で、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、全てのT細胞エピトープを保持する。従って、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、天然型抗原性タンパク質特異的IgE抗体に結合し得ないことから、(i)アナフィラキシー反応を生じ得ない安全なアレルゲンである、(ii) 天然型抗原性タンパク質に起因するアレルギー反応の程度を抑制する、(iii) 天然型抗原性タンパク質に特異的な免疫(例、細胞性免疫、IgG等の液性免疫)を十分に誘導する、(iv) 天然型抗原性タンパク質によって引き起こされるアレルギー性疾患の全ての患者におけるT細胞エピトープをカバーする等の利点を有する。
【0035】
従って、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、スギ花粉症の予防ないし治療剤、減感作剤等の医薬として用いられ得る。
【0036】
本発明のPEG化改変融合タンパク質が適用され得る哺乳動物としては、例えば、霊長類(例、ヒト、サル、チンパンジー)、げっ歯類(例、マウス、ラット、モルモット)、ペット(例、イヌ、ネコ、ウサギ)、使役動物又は家畜(例、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ)が挙げられるが、臨床応用という観点からはヒト、サル及び/又はイヌが好ましい。
【0037】
本発明の医薬の投与形態、剤型は、経口投与、非経口投与のいずれでもよく、経口投与剤としては、グミ剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤などの固形剤;溶液剤、シロップ剤などの液剤あるいは腸溶性製剤が、また、非経口投与剤としては、注射剤、スプレー剤などが挙げられる。
【0038】
本発明の医薬を舌下投与(例えば舌下減感作)に用いる場合の好ましい担体としては、グミ剤、ナノ粒子(リポソーム等)、澱粉、アミロース、デキストラン、ポリシュクロース、プルラン、エルシナン、カードラン、アラビアガム、トラガカントガム、グアーガム、キサンタンガム、カラギーナン、ペクチン、セルロース、グルコマンナン、キトサン、リポポリサッカライドなどの多糖類、ゼラチン、グルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、ソルビトール、マルチトール、ラクチトール、マンニトールなどが挙げられ、プルラン、エルシナンまたはこれらの部分加水分解物などのマルトトリオース残基を繰り返し単位とする水溶性中性多糖類が好ましい。
【0039】
本発明の医薬は、薬学的に許容される担体をさらに含み得る。薬学的に許容される担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム−グリコール−スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑沢剤、クエン酸、メントール、グリシルリシン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックス、リポソームなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0040】
経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水、シロップ、オレンジジュースのような希釈液に有効量の有効成分を溶解させた液剤、懸濁剤(suspension)、乳剤(emulsion)、並びに有効量の改変融合タンパク質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、散剤、顆粒剤、錠剤等である。
【0041】
非経口投与(例えば、注射(静脈内、皮下、皮内、筋肉内、腹腔内)、局所注入、経皮投与、経鼻投与)に好適な製剤としては、水性及び非水性の等張な無菌の注射剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、抗菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性及び非水性の無菌の懸濁剤及び/又はリポソーム製剤が挙げられ、これには懸濁化剤(suspending agent)、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分及び薬学的に許容される担体(pharmaceutically acceptable carrier)を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解又は懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0042】
本発明の製剤の投与量は、有効成分の種類及び活性、病気の重篤度、投与対象となる動物、体重、年齢等によって異なるが、通常、成人1日あたり有効成分量として約0.001−10μg/kgであり得る。
【0043】
本発明のPEG化改変融合タンパク質はワクチンとして用いることも可能である。本発明において、ワクチンとは減感作療法に用いるものであり、具体的には、抗原特異的に免疫応答を抑制する免疫寛容の誘導を目的とした薬剤のことである。
【0044】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、免疫制御細胞の増殖誘導剤として用いることも可能である。本発明の誘導剤によれば、免疫制御細胞、すなわち調節性(Regulatory)T細胞の増殖が促進される。
【実施例】
【0045】
以下にスギ花粉由来のPEG化改変融合タンパク質を例にとり、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【0046】
なお、以下の実施例においては、必要に応じて以下の略号を用いる。
Cry j1、Cry j2の順に連結した融合蛋白質: Cry j1/2(又はrecCry j1/2),
Cry j2、Cry j1の順に連結した融合蛋白質:Cry j2/1 (又はrecCry j2/1)、
Cry j1を2つ連結した融合蛋白質:Cry j1/1(又はrecCry j1/1)、
Cry j2を2つ連結した融合蛋白質:Cry j2/2(又はrecCry j2/2)
配列番号1:野生型Cry j1/2をコードする遺伝子(なお、ベクターに組み込む場合には、5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)を連結したDNAを使用した。
配列番号2:野生型Cry j1/2融合タンパク質(なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)。
配列番号3(M#2):改変型Cry j1/2融合タンパク質(354位のCysを除いて、22個のシステイン残基がSer残基に置換されたもの。なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)
配列番号4:改変型Cry j1/2融合タンパク質(M#1)をコードする遺伝子(8位のCysを除いて、22個のCys残基がSer残基に置換されたタンパク質(M#1)をコードする遺伝子。なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)
配列番号5:改変型Cry j1/2融合タンパク質(M#3)をコードする遺伝子(736位のCysを除いて、22個のCys残基がSer残基に置換されたタンパク質(M#3)をコードする遺伝子。なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)
配列番号6:配列番号3の改変型Cry j1/2(M#2)をコードする遺伝子(5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)が連結されている。また、EcoRI認識配列の5’側に終止コドン(taa)が2個連結されている。)
配列番号7:pET47b(Novagen)ベクターに由来する、Hisタグを含む20アミノ酸配列。
【0047】
なお、実施例では、野生型Cry j1/2融合タンパク質、改変型Cry j1/2融合タンパク質ともに、配列番号7に記載のアミノ酸配列がN末端に連結されたタンパク質として発現され、各種の試験に供された。
【0048】
実施例1:Cry j1/2融合遺伝子(野生型と改変型)の発現
Cry j1/2融合遺伝子野生型(配列番号1に対し、さらに5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)を連結したDNAを用いた)または、配列番号1にコードされるアミノ酸配列のN末端から354番目のCysを残し、それ以外の22個のシステイン残基をSer残基へ置換させた遺伝子改変型(配列番号6、5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)を連結したもの)をそれぞれpET47b(Novagen)ベクターの制限酵素SmaIとEcoR I切断部位にライゲーションを行い、大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100 mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100 mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。菌体を集めて超音波破砕した後、高速遠心機で不溶性画分(インクルージョンボディ)を分離した。
【0049】
実施例2:recCry j1/2融合タンパクのポリエチレングリコール(PEG)修飾
上記の方法で得られたrecCry j1/2融合タンパクを含有する不溶性画分(インクルージョンボディ)を0.5 mlの8 M尿素/リン酸緩衝液 (pH7.5)に懸濁後、磁気スターラーにて攪拌し、不溶化タンパク質を溶解した後、125 mM 直鎖タイプPEGのメチル-PEG12-マレイミド(分子量710.81Da、PIERCE社)または、CH3O-(CH2CH2O)n-CH2CH2CH2NHCO(CH2)2マレイミド(分子量2,000、12,000、20,000、30,000、40,000Da、日油(株))を20 μl添加し、4℃で18時間反応させた。次に、超純水1Lに対して透析を4℃で18時間行った。さらに、高速遠心機で20000 G、10分間遠心した後、その上清(可溶性画分)と沈殿(不溶性画分)を回収し、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動法で解析した。その結果、recCry j1/2野生型は、全てのPEG修飾により可溶性画分に不均一なバンドとして認められ、さらにPEG試薬を添加しない同様の操作でもほぼ全てが可溶性画分にのみ認められた(図1)。一方、recCry j1/2改変型は、全てのPEG修飾により可溶性画分にほぼ均一なバンドとして認められたが、PEG試薬を添加しない同様の操作では、大部分が不溶性画分に認められ、一部のみが可溶性画分に認められる結果となった(図2)。
【0050】
recCry j1/2野生型は、23個のシステイン残基を有し、多数のPEG基が導入されるので、バンドが多数見られ、特に12kDa以上のPEG基を導入する場合には、図1に示されるようにPEG基の合計の分子量が相当大きく、30kDa(レーン8)、40kDa(レーン9)では、分子量が大きすぎて電気泳動により移動できない。このような巨大なPEG化融合タンパク質は、免疫細胞に取り込まれないためT細胞エピトープとして機能せず、スギ花粉症の予防ないし治療効果が損なわれるものである。
【0051】
実施例3:スギ花粉症患者血清中IgE抗体とPEG修飾recCry j1/2タンパク質の結合能(その1)
実施例2で調製したCry j1/2野性型と改変型のPEG修飾体を含む水溶性画分を、以下のキャプチャー法ELISAによって、スギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を調べた。
【0052】
抗ヒトIgEモノクローナル抗体(uniCap IgE:ファルマ社製)を0.1 % BSA/PBS-50 mM炭酸緩衝液(pH 9.6)で2 μg/mlに希釈し、96ウェルプレート(Corning, 平底プレート・高結合型)に50μl/ウェルで分注し、37℃で3時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で任意に希釈したスギ花粉症患者血清10検体をそれぞれ、50μl/ウェルで添加し、4℃で一晩インキュベートした。翌日、洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で0.5μg/mlに希釈したビオチン化天然スギ花粉抗原Cry j1(生化学工業)又はPEG化recCry j1/2タンパクを50μl/ウェルで添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1で1g/mlに希釈したビオチン化抗ヒスチジンタグモノクローナル抗体(Rockland社製)をPEG化recCry j1/2タンパク添加群にのみさらに添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー2(1% BSA-0.005% Tween20/PBS)で0.1ユニット/mlに希釈したStreptavidin-β-Gal conjugate(Roche)を添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で6回洗浄した後、0.2 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactoside(SIGMA, 希釈用バッファー3で調製, 凍結保存)を更に希釈用バッファー3(1 mM MgCl2, 100 mM NaCl, 0.1% BSA/10 mM Phosphate buffer, pH 6.9)で2倍希釈した。0.1 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactosideを50μl/ウェルで添加し、37℃で2時間インキュベートした。反応停止溶液(0.1 M Glycine-NaOH, pH 10.2)を50μl/ウェルで添加し、Ex: 355 nm、Em: 460 nmの蛍光強度を測定した。
【0053】
その結果、天然スギ花粉抗原Cry j1は、10名の患者血清全てと強く反応した(図3中の黒バー)。それに対して、すべてのPEG修飾野生型と改変型およびPEG未修飾の野生型と改変型は全く反応しなかった(図3)。このキャプチャー法ELISAの原理は、タンパク質の立体構造を認識するIgE抗体とスギ花粉抗原との反応性を検出することであることから、recCry j1/2タンパク質は野生型でも改変型であってもPEG未修飾でもIgE抗体が認識するエピトープの立体構造が消失していることが示唆された。
【0054】
実施例4:スギ花粉症患者血清中IgE抗体とPEG修飾recCry j1/2タンパク質の結合能(その2)
実施例2で調製したCry j1/2野性型と改変型のPEG修飾体を含む水溶性画分、またコントロールとして天然型スギ花粉抗原Cry j1を、以下の直接法ELISAによって、スギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を調べた。
【0055】
recCry j1/2融合タンパク野生型と改変型の単独での可溶性画分、PEG(0.7, 2, 12, 20, 30, または40 kDa)修飾による可溶性画分と天然スギ花粉由来Cry j1(生化学工業)を50 mM炭酸緩衝液(pH 9.0)で1μg/mlに希釈し、高結合型96穴平底プレート(コーニング)に50μl/ウェルで分注し、4℃で18時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、スーパーブロック(PIERCE)を200μl/ウエルで添加し、37℃で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー1(50% FCS-0.05% Tween20/TBS)で20倍希釈したスギ花粉症患者血清10検体を50μl/ウェルで添加し、37℃で3時間インキュベートした。洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー2(1% BSA-0.05% Tween20/TBS)で500倍希釈したマウス抗ヒトIgE抗体(生化学工業)を50μl/ウェルで添加し、37℃で1時間インキュベートした。次に、洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー2で500倍希釈したHRP(horse radish peroxidase)標識抗マウスIgG1抗体(Zymed)を50μl/ウェルで添加し、37℃で1時間インキュベートした。洗浄バッファーで5回洗浄した後、TMBプラス(DAKO)を50μl/ウェルで添加し、発色させた。最後に、反応停止溶液(1N硫酸) を50μl/ウェルで添加し、プレートリーダー(吸収波長450nm−バックグランド波長570nm)で発色強度を測定した。
【0056】
その結果、PEG未修飾のrecCry j1/2タンパク質の野生型と改変型は、天然スギ抗原Cry j1とほぼ同程度の強さで、IgE抗体と反応した(図4)。しかしながらPEG修飾体は、PEGの分子量が大きくなるに伴い、IgE抗体との反応性は低下する傾向が見られ、特に野生型ではPEGの分子量が2kDaから12 kDaの間で、反応性が著しく低下することが認められた(図4)。一方、改変型のPEG修飾体ではPEGの分子量が30kDaが最も反応性が低かったが、PEGの分子量が40kDaでは逆に反応性がやや回復する結果を認めた(図4)。この直接法ELISAでは、抗原タンパクを直接プレートに固相化するため、タンパク質の立体構造が緩み、タンパク質の1次配列を認識するIgE抗体やIgG抗体が結合することから、recCry j1/2タンパク質のPEG修飾は、1次配列を認識する抗体との反応性を低下させることに寄与していることが示唆された。また本願のrecCry j1/2タンパク質の改変型のようにPEG修飾の標的を分子内の1つのシステイン残基に限定した場合は、野生型とは異なり、IgE抗体の結合を完全に阻害できる最適PEGの分子量は、20 kDaから40 kDaの間に存在することも示唆された。(図4)。
【0057】
図4において、野生型で12kDa以上のPEG基が結合したCry j1/2融合タンパク質は、抗原性が非常に低いことが示されるが、これはIgE抗体などのタンパク質がアクセスできないほどPEG基で覆われていることを示し、免疫細胞内に取り込まれないか、取り込まれたとしてもプロテアーゼによる作用を受けないため、T細胞エピトープが表面提示されず、スギ花粉症の予防ないし治療効果が不十分であると予測される。
【0058】
実施例5:recCry j1/2タンパク質の発現確認
pET47b(+)-Cry j1/2M#1−3プラスミドDNAをそれぞれ、大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100 mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100 mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。菌体を回収し、超音波破砕した後、高速遠心機で沈殿を分離した。
【0059】
実施例6:recCry j1/2タンパクのポリエチレングリコール(PEG)修飾と精製
上記実施例5の方法で得られた不溶性画分(インクルージョンボディ)を0.5 mlの8 M尿素/50 mM Tris-HCl (pH7.0)に懸濁後、磁気スターラーにて攪拌し、不溶化タンパク質を溶解した後、125 mM の下記式で示す4-アームタイプのPEG化試薬(分子量20,000Da、日油(株))
【0060】
【化1】
【0061】
(式中、Xは(CH2)3-NHCO-CH2CH2-マレイミドを示す)
で又は直鎖タイプCH3O-(CH2CH2O)n-CH2CH2CH2NHCO(CH2)2マレイミド(分子量30,000Da、日油(株))を20 μl添加し、4℃で18時間反応させた。
【0062】
PEG化recCry j1/2改変タンパクは、20 mM リン酸緩衝液(pH7.4)に一晩透析後、0.22μmのシリンジフィルターでろ過した。次に40 mMイミダゾール/20 mM リン酸緩衝液(pH7.4)で平衡化したHisTrap FF(GEヘルスケアバイオサイエンス)カラムにアプライした。40 mMイミダゾール/20mM リン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄後、500 mMイミダゾール/20mM リン酸緩衝液(pH7.4)でPEG化recCry j1/2タンパクを溶出した。
【0063】
実施例7:スギ花粉症患者血清中IgE抗体とPEG修飾recCry j1/2タンパク質の結合能
次いで、以下の方法によって、スギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を調べた。
【0064】
抗ヒトIgEモノクローナル抗体(uniCap IgE:ファルマ社製)を0.1% BSA/PBS-50 mM炭酸緩衝液(pH 9.6)で2μg/mlに希釈し、96ウェルプレート(corning, 平底プレート・高結合型)に50μl/ウェルで分注し、37℃で3時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で任意に希釈したスギ花粉症患者血清100検体をそれぞれduplicate、50μl/ウェルで添加し、4℃で一晩インキュベートした。翌日、洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で0.5μg/mlに希釈したビオチン化Cry j1(生化学工業)又はPEG化recCry j1/2改変タンパクを50μl/ウェルで添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1で1 g/mlに希釈したビオチン化抗ヒスチジンタグモノクローナル抗体(Rockland社製)を添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー2(1% BSA-0.005% Tween20/PBS)で0.1ユニット/mlに希釈したStreptavidin-β-Gal conjugate(Roche)を添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で6回洗浄した後、0.2 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactoside(SIGMA, 希釈用バッファー3で調製、 凍結保存)を更に希釈用バッファー3(1 mM MgCl2, 100 mM NaCl, 0.1% BSA/10 mM Phosphate buffer, pH 6.9)で2倍希釈した。0.1 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactosideを50μl/ウェルで添加し、37℃で2時間インキュベートした。反応停止溶液(0.1 M Glycine-NaOH, pH 10.2)を50μl/ウェルで添加し、Ex: 355 nm、Em: 460 nmの蛍光強度を測定した。
【0065】
その結果、N末端側、中央、またはC末端側に残したシステイン残基をどちらのPEGで修飾した改変融合タンパク質においても、PEG化修飾をしなかった比較サンプル(天然型Cry j1)と異なり、全く反応しないという結果が得られた(図5)。
【0066】
実施例8:PEG化recCry j1/2改変タンパクによるin vivo 抗体産生能(予防効果)
C57BL6 x DBA2 F1(BDF1)マウス1群5匹(雌、8週齢、チャールズリバー)に、水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2 mg)と混合した天然型Cry j1(1μg)を免疫する実験開始時(0日目)よりも7日前と3日前に、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2(10又は 100 μg)を静脈に投与した。14日目に再度、水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2 mg)に混合した天然型Cry j1(1μg)で免疫し、42日目に天然型Cry j1(1μg)で追加免疫した。28、42、49日目に眼窩採血を実施し、血清中の天然型Cry j1特異的IgE抗体価とIgG1抗体価を測定した。その結果、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は抑制されるが、逆にIgG1抗体産生は上昇することが認められた(図6)。
【0067】
次に、抗原特異性を確認する目的から、上記と同様のマウスにPEG化recCry j1/2改変タンパクM#2を7日前と3日前に静脈内投与した後、水酸化アルミニウムゲル・アジュバントに混合した天然型Cry j1または卵白アルブミン(OVA)(シグマ)で免疫した(0日目と14日目)。28日目に眼窩採血を実施し、血清中の天然型Cry j1特異的IgE抗体価とOVA特異的IgE抗体化を測定した。その結果、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、Cry j1特異的IgE抗体産生は抑制されるが、OVA特異的IgE抗体産生は抑制されないことが認められた。(図7)。
【0068】
実施例9:PEG化recCry j1/2改変タンパクのin vivo IgE抗体産生抑制能(治療効果)
BDF1マウス(雌、8週齢、チャールズリバー)に、水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2mg)と混合した天然型Cry j1(1μg)を実験開始時(0日目)に腹腔内免疫した後、2日目と7日目に実施例6で得られたPEG化recCry j1/2改変タンパクM#2(10又は 100μg)を静脈に投与した。14日目に天然型Cry j1タンパクを1μg追加免疫し、21日目に全マウスの天然型Cry j1特異的IgE抗体を測定した。その結果、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は投与量依存的に抑制されたが、逆にIgG1抗体産生は上昇することが認められた(図8)。
【0069】
実施例10:3つの融合改変体遺伝子Cry j2/1、Cry j1/1、Cry j2/2の合成
以下の3種類の遺伝子を全合成した(タカラバイオ)。
Cry j2/1遺伝子 :Cry j1/2融合改変体遺伝子(配列番号3)にコードされる742個のアミノ酸配列のN末端から354番目のCysまでのCry j 1成熟領域を、C末端側のCry j 2成熟領域の下流に連結したアミノ酸配列(配列番号8)をコードする遺伝子(配列番号9)。
Cry j1/1遺伝子 :Cry j 1成熟領域を2つ連結した708個のアミノ酸配列をコードする遺伝子(配列番号10)。
Cry j2/2遺伝子 :Cry j 2成熟領域を2つ連結した776個のアミノ酸配列をコードする遺伝子(配列番号11)。
【0070】
次に、3つの遺伝子をそれぞれpET47b(Novagen)ベクター(図12)の制限酵素SmaIとEcoR I切断部位にライゲーションを行い、大腸菌DH10B株に形質転換した。本実施例で作製された製造物、recCry j2/1, recCry j1/1, recCry j2/2はpET47b(Novagen)ベクターを使用して大腸菌で発現しているため、N末端にHisタグを有しており、Hisタグ以下にベクター(pET47b)由来の酵素(HRV 3C)切断部位があることになる。
【0071】
実施例11:recCry j2/1タンパク質の発現確認
pET47b-Cry j2/1プラスミドDNAを大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100 mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。また同様の方法で、pET47b-Cry j1/2プラスミドDNAで形質転換した大腸菌BL21株を培養した。それぞれの菌体の増殖曲線は、ほぼ同一であることが確認された(図9)。
【0072】
次に、それぞれの菌体を回収し、超音波破砕した後、高速遠心機で沈殿(インクルージョンボディ)を分離した。SDSポリアクリルアミド電気泳動法でrecCry j 1/2とrecCry j 2/1の発現量を比較した。その結果、インクルージョンボディ中の分子量約75 kDaのrecCry j 1/2の発現量がrecCry j 2/1よりも著しく高いことが認められた(図10)。
以上の結果から、Cry j 1とCry j 2のキメラ融合蛋白質の高発現には、Cry j 1がN末端が配置され、Cry j 2がC末端に配置されるrecCry j 1/2が優位であることが示唆された。
【0073】
実施例12:recCry j1/1とrecCry j2/2タンパク質の発現確認
pET47b-Cry j1/1プラスミドDNAとpET47b-Cry j2/2プラスミドDNAをそれぞれ大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。次に、それぞれの菌体を回収し、超音波破砕した後、高速遠心機で上澄と沈殿(インクルージョンボディ)を分離した。SDSポリアクリルアミド電気泳動法でrecCry j 1/1とrecCry j 2/2の発現量をrecCry j 1/2とrecCry j 2/1と比較した。その結果、インクルージョンボディ中のrecCry j 1/1とrecCry j 2/2の発現量は、recCry j 1/2よりも極めて低いことが認められた。
以上の結果から、Cry j 1とCry j 2の組み換えタンパク質を発現させるには、キメラ融合蛋白質、特にCry j 1がN末端に配置され、Cry j 2がC末端に配置されるrecCry j 1/2の設計が優位であることが示唆された。
【0074】
実施例13:PEG化recCry j1/2改変タンパクによるin vitro T細胞増殖能
水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2mg)と混合した天然型Cry j 1とCry j 2を含有するスギ塩基性タンパク(SBP:生化学工業; 10μg)を初日と14日目に免疫し、42日目にSBP(10μg)で追加免疫したC57BL6 x DBA2 F1(BDF1)マウス(雌、8週齢、チャールズリバー)の脾臓からCD4陽性T細胞を磁気ビーズ(Milltenyi社)で単離した。次に正常BDF1マウスから脾臓を摘出し、細胞を調製した後、20 Gyの放射線を照射し抗原提示細胞とした。次に5 x 105個のCD4陽性T細胞と5 x 106個の抗原提示細胞を、100μg/mL濃度の天然抗原(SBP)、recCry j 1/2野生型(wt)のPEG修飾体(wt-20, wt-30, wt-40)またはrecCry j 1/2改変型(cs)のPEG修飾体(cs-20, cs-30, cs-40)を含む培地で懸濁し、5%CO2を含む37℃インキュベータで7日間培養した。次に、細胞を回収し蛍光標識した抗CD4抗体で染色した後、生細胞中のCD4陽性細胞数をフローサイトメータで測定した。その結果、CD4陽性T細胞の増殖能は、recCry j 1/2改変型(cs)のPEG修飾体で刺激した全ての培養系で、recCry j 1/2野生型(wt)のPEG修飾体や天然型SBPで刺激した系を上回っていることが認められた(図11)。以上結果は、recCry j 1/2改変型(cs)のPEG修飾体の方がrecCry j 1/2野生型(wt)のPEG修飾体や天然型SBPよりも、優位にCD4陽性T細胞を活性化するエピトープ配列を抗原提示細胞上に提示できることを示唆している。
【0075】
以上の実施例により、本願発明に係る改変タンパク質は、野生型PEG修飾体と同レベルの低い抗原性(すなわち、患者のIgE抗体に結合しない)と高いIgE産生抑制能を併せ持つことがわかった。したがって、本願発明により、安全で優れた減感作抗原として用いることのできる改変タンパク質を提供できることが示された。
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cry j1とCry j2の融合タンパク質を改変し、PEG化した改変融合タンパク質及び当該PEG化改変融合タンパク質を有効成分として含む医薬組成物、特にスギ花粉症の予防及び/又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アレルギー性疾患としては、花粉症、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎、アトピー性皮膚炎、アトピー性喘息や食物アレルギーなどが特に有名だが、それらに対する治療法や医薬品の多くが、アレルギー応答の後期を標的にした対症療法であるため、根本的な治療にいたらないのが現状である。また、近年ではアレルギー性疾患の治療方法として減感作療法が知られており(特許文献1〜3など)、例えば花粉症の場合、当該療法においては、アレルゲンとして、現在のところ、天然花粉のエキスが用いられている。しかしながら、花粉エキスはアナフィラキシーの危険性が高い、大量生産が困難である等の問題を有する。
【0003】
特許文献4には、Cry j1とCry j2の融合タンパク質が開示されているが、そのPEG修飾については記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5−97898号公報
【特許文献2】特開平9−176044号公報
【特許文献3】特開2005−52049号公報
【特許文献4】特開2008−073031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、スギ花粉症の治療及び予防に用いられ得る物質を提供することを目的とする。特に、本発明は、生体内でアナフィラキシー反応を誘発せず、高純度での大量生産が容易である、前記疾患の治療及び予防に用いることができる物質を提供することを目的とする。また、本発明は、前記物質を含む医薬組成物およびスギ花粉症の予防または治療剤、特に減感作療法剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、本発明のPEG化されたCry j1とCry j2の融合タンパク質の改変体が、天然型抗原性タンパク質であるCry j1もしくはCry j2以上に、天然型抗原性タンパク質特異的T細胞の誘導能を保持するものの、天然型抗原性タンパク質(Cry j1、Cry j2)と異なり、それ自体が、所望されないCry j1もしくはCry j2に特異的なIgE抗体の産生を誘導しないこと、さらには驚くべきことに、Cry j1もしくはCry j2によるCry j1もしくはCry j2に特異的なIgE抗体の産生をも抑制し得ることを見出した。従って、本発明のPEG化されたCry j1とCry j2融合タンパク質の改変体は、それ自体がアナフィラキシー反応を生じ得ないのみならず、天然型抗原性タンパク質に起因するアレルギー反応の程度もまた抑制し得ることから、スギ花粉症の減感作療法において、並びに/あるいはスギ花粉症治療用ワクチン等の医薬として利用価値が高いものである。
【0007】
Cry j1とCry j2の融合タンパク質は既知であったが、この融合タンパク質をPEG化すると23個のシステイン残基に多数のPEG基が導入されることになる。この多PEG化融合タンパク質はPEG基の分子量が2kDa以下の場合にはB細胞エピトープ作用(抗原性)を維持し、スギ花粉症の治療の際にアレルギー応答を引き起こす可能性がある。PEG基の分子量が12kDa以上になると、多PEG化融合タンパク質の分子量の増加が著しくなり、抗原提示細胞(例えば樹状細胞)内への融合タンパク質の取り込みに支障をきたし、T細胞エピトープが細胞表面に提示されなくなり、IgE抗体の産生が抑制されず、減感作療法によるスギ花粉症の予防ないし治療効果が損なわれる結果となる。
【0008】
一方、Cry j1とCry j2の融合タンパク質においてシステイン残基を1個のみ残し、他のシステイン残基をマレイミドなどのPEG化剤によりPEG化されないアミノ酸に置換することで、PEG基は1個のみ融合タンパク質に結合するようになる。本発明のPEG化改変融合タンパク質は、T細胞エピトープが機能してスギ花粉症の予防ないし治療効果を保持しつつ、B細胞エピトープの機能を抑制して副作用を軽減できる。
【0009】
即ち、本発明は、以下のPEG化改変融合タンパク質、医薬組成物、減感作療法剤を含むスギ花粉症の予防及び/又は治療剤、スギ花粉症の予防または治療のための使用、を提供するものである。
項1. Cry j1とCry j2の融合タンパク質のシステイン残基が1個を除いて全てPEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換され、かつ、1個のシステイン残基が、分子量12kDa〜100kDaのポリエチレングリコール(PEG)でPEG化修飾されていることを特徴とする、PEG化改変融合タンパク質。
項2. PEG化修飾に用いるPEGの分子量が20kDa〜40kDaである項1に記載のPEG化改変融合タンパク質。
項3. PEG化修飾を受けないアミノ酸残基が、セリンである、項1または2に記載のPEG化改変融合タンパク質。
項4. 配列番号3のアミノ酸配列を含み、該アミノ酸配列の354番目のシステイン残基のSH基がPEG化されている、項1〜3のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質。
項5. 項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、医薬組成物。
項6. 項1〜4のいずれか1項に記載の改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、スギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
項7. 減感作療法に使用する項6に記載のスギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
項8. 項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の予防または治療のための使用。
項9. 項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の減感作療法のための使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、可溶性タンパク質であるため取り扱いが容易である、高純度での大量生産が容易である、実際に生体内に投与する際に安全である等の多くの利点を有する。本発明のPEG化改変融合タンパク質はまた、アナフィラキシー反応を生じない安全なアレルゲンである、種々のアレルゲンに起因するアレルギー反応の程度を抑制する、全てのスギ花粉症患者におけるT細胞エピトープをカバーし得るという優れた効果を奏することから、スギ花粉症の新規減感作療法において、並びに/あるいは治療用ワクチン、予防又は治療剤等の医薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】recCry j1/2融合タンパク質(野生型)をPEG修飾した後、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動法で解析した結果を示す図である。
【図2】recCry j1/2改変融合タンパク質をPEG修飾した後、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動法で解析した結果を示す図である。
【図3】抗ヒトIgE抗体でスギ花粉症患者血清中IgE抗体だけを捕捉して、天然スギ花粉抗原またはPEG化recCry j1/2融合タンパク質との結合能を解析したキャプチャー法ELISAの結果を示す図である。
【図4】プレートに固相化した天然スギ花粉抗原またはPEG化recCry j1/2融合タンパク質とスギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を解析した直接法ELISAの結果を示す図である。
【図5】スギ花粉症患者血清中IgEとPEG化recCry j1/2改変体タンパク質との結合能をELISAで調べた結果を示す図である。(A)4アームPEG。(B)直鎖PEG。(C)PEGなし(天然型Cryj1)。
【図6】PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は抑制されるが、逆にIgG1抗体産生は上昇することを示す。(A) 抗 Cry j1-IgE抗体価。(B)抗Cry j1-IgG1抗体価。
【図7】PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、Cry j1特異的IgE抗体産生は抑制されるが、OVA特異的IgE抗体産生は抑制されないことを示す。(A) Anti-Cry j1-IgE。(B)Anti-OVA-IgE。
【図8】PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は投与量依存的に抑制されたが、逆にIgG1抗体産生は上昇することを示す。(A) 抗Cry j1 IgE(21日目)。(B)抗Cry j1 IgG1(21日目)。
【図9】pET47b-Cry j1/2またはpET47b-Cry j2/1プラスミドDNAで形質転換した大腸菌BL21株の増殖曲線を示す図である。
【図10】recCry j1/2とrecCry j2/1の大腸菌破砕遠心後のインクルージョンボディ中の発現量をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析した結果を示す図である。
【図11】PEG化recCry j1/2野生型タンパクまたは改変型タンパクによるスギ花粉抗原感作マウス由来CD4陽性T細胞のin vitro増殖能を示す図である。
【図12】pET47b(Novagen)ベクターを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、スギ花粉の主要な抗原タンパク質であるCry j1とCry j2の融合タンパク質の改変体であってPEG化されたタンパク質である。Cry j1とCry j2の融合タンパク質は23個のシステイン残基を有するが、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、1個のシステイン残基のみを残し、残りの22個のシステイン残基は全て他のアミノ酸で置換され、唯一のシステイン残基のSH基はその後PEG化される。PEG化改変融合タンパク質をCry j1とCry j2の融合タンパク質とすることで、Cry j1及び/またはCry j2に起因するアレルギー性疾患の予防及び/又は治療作用を同時に獲得することができる。また、Cry j1とCry j2の融合タンパク質は、スギ花粉に基づくアレルギーを効率よく抑制することができる。
【0013】
具体的には、スギ花粉抗原性タンパク質としては、例えば、配列番号2のアミノ酸配列1〜354で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(Cryj1の成熟タンパク質)、及び天然に存在するそのアイソタイプ(例えば、GenBankアクセッション番号D34639、D26544、D26545、AB081309、AB081310参照)が挙げられ、さらに配列番号2のアミノ酸配列355〜742で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(Cryj2の成熟タンパク質)、及び天然に存在するそのアイソタイプ(例えば、GenBankアクセッション番号D37765、D29772、E10716、AB081403、AB081404、AB081405参照)が挙げられる。これらはシステイン残基をそれぞれ9個及び14個有している。本発明のPEG化改変融合タンパク質は、Cry j1のいずれかのアイソタイプとCry j2のいずれかのアイソタイプの融合タンパク質の1個のシステイン残基のみを残し、残りのシステイン残基を全て他のアミノ酸で置換したタンパク質(改変融合タンパク質)を調製し、改変融合タンパク質の唯一のシステイン残基のSH基をPEG化したものであればよい。好ましくはCry j1とCry j2の融合タンパク質(配列番号2)において、22個のシステイン残基を他のアミノ酸残基、特にSerに置換した改変融合タンパク質(改変Cry j1/2)をPEG化することにより、本発明のPEG化改変融合タンパク質が得られる。
【0014】
本発明のPEG化改変融合タンパク質において、Cry j1とCry j2の融合タンパク質は、N末端からCry j1、Cry j2の順に連結したものであっても、あるいは、Cry j2、Cry j1の順に連結したものであってもよい。本発明のPEG化改変融合タンパク質はさらに、Cry j1とCry j2との間にペプチドリンカーを含んでいなくともよく、又は含んでいてもよい。当業者は、当該技術分野における技術常識より、かかるペプチドリンカーを適宜設計できる。例えば、ペプチドリンカーは、約30以下、好ましくは約25以下、より好ましくは約20以下、さらにより好ましくは約15以下、最も好ましくは約10又は5以下のアミノ酸残基の長さであり得る。
【0015】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、Cry j1とCry j2の融合タンパク質が有するシステイン残基が、1個を残して全てポリエチレングリコール(PEG)化修飾を受けないアミノ酸残基に置換されていることを特徴とする。
【0016】
Cry j1とCry j2の融合タンパク質において、システイン残基を、PEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換する方法としては、通常行われる遺伝子を改変する方法が用いられる。
【0017】
ここで、PEG化修飾を受けないアミノ酸残基としては、特に限定はされないが、例えば、セリン、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、トレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン等が挙げられ、好ましくは、セリン及びアラニン、特にセリンである。1個のCysを除いて全てのシステイン残基を置換するこのPEG化修飾を受けないアミノ酸残基は、同一のアミノ酸残基、もしくは、異なるアミノ酸残基の組み合わせであってもよく、適宜選択することができる。
【0018】
本発明のPEG化改変融合タンパク質に残す1個のシステイン残基の位置は特に限定されず、PEG化改変融合タンパク質のN末端側、中央、又はC末端側のいずれの位置であってもよい。
【0019】
DNA中の塩基を変換する具体的な方法としては、市販のキット(PrimeSTAR(R)Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ)TransformerTM(Clonetech製))、或いは公知のPCR法の利用が挙げられる。
【0020】
具体的には、Cry j1とCry j2の融合タンパク質において、システインのコドンを、PEG化修飾を受けない他のアミノ酸のコドンに置換したオリゴヌクレオチドおよびTransformerTM (Clonetech製) を用い、TransformerTMのプロトコールに従い、システイン残基が他のアミノ酸に置換された改変融合タンパク質をコードするDNAを作成する。
【0021】
このような組換えタンパク質遺伝子の合成DNAは、例えば、シグマ・アルドリッチ(株)又はタカラバイオ(株)などにおいて委託合成することもできる。
【0022】
作成された改変融合タンパク質をコードするDNAは、プラスミドに組み込まれて宿主微生物中に導入され、改変融合タンパク質を生産する形質転換体を得る。
【0023】
この際、プラスミドとしては、例えば大腸菌を宿主微生物とする場合には、pUC系ベクターなど公知のものが使用できる。
【0024】
宿主微生物としては、例えばエシェリヒア・コリーBL21株などが利用できる。宿主微生物に組換えベクターを移入する方法としては、例えば宿主微生物がエシェリヒア属に属する微生物の場合には、カルシウムイオンの存在下で組換えDNAの移入を行なう方法などを採用することができ、更にエレクトロポレーション法を用いても良い。こうして得られた形質転換体である微生物は、栄養培地で培養されることにより、多量の改変融合タンパク質を安定して生産し得る。
【0025】
形質転換体である宿主微生物の培養形態は宿主の栄養生理的性質を考慮して培養条件を選択すればよく、通常多くの場合は液体培養で行うが、工業的には通気撹拌培養を行うのが有利である。培地は、形質転換体の生育に必要な炭素源、無機窒素源もしくは有機窒素源を含んでいることが好ましい。炭素源としては、例えばグルコース、デキストラン、可溶性デンプン、ショ糖などが、無機窒素源もしくは有機窒素源としては、例えばアンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、コーンスチープ・リカー、ペプトン、カゼイン、肉エキス、大豆粕、バレイショ抽出液などが例示される。また所望により他の栄養素(例えば、無機塩(例えば塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化マグネシウム)、ビタミン類、抗生物質(例えばテトラサイクリン、ネオマイシン、アンピシリン、カナマイシン等)など)を含んでいてもよい。
【0026】
培養温度は菌が発育し、改変融合タンパク質を生産する範囲で適宜変更し得るが、エシェリヒア・コリーの場合、好ましくは20〜42℃程度である。培養時間は条件によって多少異なるが、改変融合タンパク質が最高収量に達する時期に培養を終了すればよく、通常は6〜48時間程度である。培地pHは菌が発育し改変融合タンパク質を生産する範囲で適宜変更し得るが、特に好ましくはpH6.0〜9.0程度である。
【0027】
培養物中の改変融合タンパク質を生産する菌体を含む培養液をそのまま採取し利用することもできるが、一般には常法に従って改変融合タンパク質が培養液中に存在する場合は濾過,遠心分離などにより、改変融合タンパク質含有溶液と微生物菌体とを分離した後に利用される。改変融合タンパク質が菌体内に存在する場合には、得られた培養物を濾過または遠心分離などの手段により菌体を採取し、次いでこの菌体を機械的方法またはリゾチームなどの酵素的方法で破壊し、また必要に応じてEDTA等のキレート剤、界面活性剤、尿素などを添加して改変融合タンパク質を可溶化し、水溶液として分離採取する。
【0028】
この様にして得られた改変融合タンパク質含有溶液を例えば減圧濃縮,透析,更に硫酸アンモニウム,硫酸ナトリウムなどの塩析処理、或いは水性有機溶媒、例えばメタノール,エタノール,アセトンなどによる分別沈澱法により沈澱せしめればよい。また、加熱処理や等電点処理も有効な精製手段である。吸着剤或いはゲル濾過剤などによるゲル濾過,吸着クロマトグラフィー,イオン交換クロマトグラフィー,アフィニティークロマトグラフィーにより、精製された改変融合タンパク質を得ることができる。
【0029】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、残った1個のシステイン残基が、B細胞エピトープの抗原性を抑制するのに十分な長さを有するPEGでPEG化修飾されている可溶性タンパク質である。
【0030】
B細胞エピトープの抗原性を抑制するのに十分であるためには、本発明で用いるPEGは分子量の大きいものである必要がある。例えば、分子量12kDa以上、好ましくは20kDa以上のPEGを用いることにより、十分に本発明の効果を得ることができる。また、分子量が100kDaを超えると、PEG基の導入による抗原性の低下作用が弱まるので、好ましい分子量は12kDa〜100kDa、より好ましくは20kDa〜40kDaのPEGを用いる。
【0031】
PEG化処理としては、具体的には、PEGの末端にマレイミド基などの反応性官能基を有するPEG化剤と改変融合タンパク質を溶液中で反応させることにより本発明のPEG化改変融合タンパク質を得ることができる。使用できるPEG化剤としては、例えば、システイン残基のSH基とチオエーテル結合を形成する直鎖型メチルPEGn(nはPEGのリピート数)マレイミドや分岐型(メチル−PEGn)n−PEGnマレイミド、が挙げられる。好ましくは直鎖型または4アーム型のPEG化剤、特に直鎖型メチルPEGn(nはPEGのリピート数)マレイミドや4アーム型を含む分岐型(メチル−PEGn)n−PEGnマレイミドを用いる。
【0032】
本発明のPEG化改変融合タンパク質を、例えば、大腸菌で本発明の改変融合タンパク質を発現させてインクルージョンボディになった場合には、尿素などの適当な可溶化剤で可溶化した後、PEG化剤と反応させることにより、可溶性タンパク質として精製することができる。
【0033】
本発明のPEG化改変融合タンパク質はまた、N末端又はC末端のいずれか、あるいは双方にさらなるペプチド部分が付加されたものであってもよい。このようなペプチド部分は、本発明のPEG化改変融合タンパク質に付加された場合に、本発明のPEG化改変融合タンパク質の特性を保持し得るものである限り特に限定されない。例えば、このようなペプチド部分としては、精製用タグ(例えば、ヒスチジン(His)タグ、FLAGタグ、Mycタグ)が挙げられる。ペプチド部分は、ベクターに由来する部分であってもよく、例えばPEG化改変融合タンパク質のN末端またはC末端に1〜30個程度、好ましくは1〜25個程度、より好ましくは1〜20個程度、さらに好ましくは1〜10個程度、特に好ましくは1〜5個程度のアミノ酸が付加されていてもよい。実施例では、抗体産生能の試験は、Hisタグを含むMetAlaHisHisHisHisHisHisSerAlaAlaLeuGluValLeuPheGlnGlyProGlyの20個のアミノ酸が付加されたPEG化改変融合タンパク質(recCry j1/2)で試験されている。このPEG化改変融合タンパク質は、N末端の付加配列に酵素(HRV 3C)切断部位があるので、最終的に酵素消化して得られるPEG化recCry j1/2改変タンパクのN末端には、ベクター由来の3アミノ酸(Gly-Pro-Gly)が付加されることになる。本発明のPEG化改変融合タンパク質には、このような付加アミノ酸があってもよい。
【0034】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、実際、PEG化改変融合タンパク質に特異的なIgE抗体の産生を誘導し得ないばかりか、天然型抗原性タンパク質による特異的IgE抗体の産生をも抑制し得る。一方で、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、全てのT細胞エピトープを保持する。従って、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、天然型抗原性タンパク質特異的IgE抗体に結合し得ないことから、(i)アナフィラキシー反応を生じ得ない安全なアレルゲンである、(ii) 天然型抗原性タンパク質に起因するアレルギー反応の程度を抑制する、(iii) 天然型抗原性タンパク質に特異的な免疫(例、細胞性免疫、IgG等の液性免疫)を十分に誘導する、(iv) 天然型抗原性タンパク質によって引き起こされるアレルギー性疾患の全ての患者におけるT細胞エピトープをカバーする等の利点を有する。
【0035】
従って、本発明のPEG化改変融合タンパク質は、スギ花粉症の予防ないし治療剤、減感作剤等の医薬として用いられ得る。
【0036】
本発明のPEG化改変融合タンパク質が適用され得る哺乳動物としては、例えば、霊長類(例、ヒト、サル、チンパンジー)、げっ歯類(例、マウス、ラット、モルモット)、ペット(例、イヌ、ネコ、ウサギ)、使役動物又は家畜(例、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ)が挙げられるが、臨床応用という観点からはヒト、サル及び/又はイヌが好ましい。
【0037】
本発明の医薬の投与形態、剤型は、経口投与、非経口投与のいずれでもよく、経口投与剤としては、グミ剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル剤などの固形剤;溶液剤、シロップ剤などの液剤あるいは腸溶性製剤が、また、非経口投与剤としては、注射剤、スプレー剤などが挙げられる。
【0038】
本発明の医薬を舌下投与(例えば舌下減感作)に用いる場合の好ましい担体としては、グミ剤、ナノ粒子(リポソーム等)、澱粉、アミロース、デキストラン、ポリシュクロース、プルラン、エルシナン、カードラン、アラビアガム、トラガカントガム、グアーガム、キサンタンガム、カラギーナン、ペクチン、セルロース、グルコマンナン、キトサン、リポポリサッカライドなどの多糖類、ゼラチン、グルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、トレハロース、ソルビトール、マルチトール、ラクチトール、マンニトールなどが挙げられ、プルラン、エルシナンまたはこれらの部分加水分解物などのマルトトリオース残基を繰り返し単位とする水溶性中性多糖類が好ましい。
【0039】
本発明の医薬は、薬学的に許容される担体をさらに含み得る。薬学的に許容される担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム−グリコール−スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑沢剤、クエン酸、メントール、グリシルリシン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤、クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水、オレンジジュース等の希釈剤、カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックス、リポソームなどが挙げられるが、それらに限定されるものではない。
【0040】
経口投与に好適な製剤は、水、生理食塩水、シロップ、オレンジジュースのような希釈液に有効量の有効成分を溶解させた液剤、懸濁剤(suspension)、乳剤(emulsion)、並びに有効量の改変融合タンパク質を固体や顆粒として含んでいるカプセル剤、散剤、顆粒剤、錠剤等である。
【0041】
非経口投与(例えば、注射(静脈内、皮下、皮内、筋肉内、腹腔内)、局所注入、経皮投与、経鼻投与)に好適な製剤としては、水性及び非水性の等張な無菌の注射剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、抗菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性及び非水性の無菌の懸濁剤及び/又はリポソーム製剤が挙げられ、これには懸濁化剤(suspending agent)、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量あるいは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分及び薬学的に許容される担体(pharmaceutically acceptable carrier)を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解又は懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0042】
本発明の製剤の投与量は、有効成分の種類及び活性、病気の重篤度、投与対象となる動物、体重、年齢等によって異なるが、通常、成人1日あたり有効成分量として約0.001−10μg/kgであり得る。
【0043】
本発明のPEG化改変融合タンパク質はワクチンとして用いることも可能である。本発明において、ワクチンとは減感作療法に用いるものであり、具体的には、抗原特異的に免疫応答を抑制する免疫寛容の誘導を目的とした薬剤のことである。
【0044】
本発明のPEG化改変融合タンパク質は、免疫制御細胞の増殖誘導剤として用いることも可能である。本発明の誘導剤によれば、免疫制御細胞、すなわち調節性(Regulatory)T細胞の増殖が促進される。
【実施例】
【0045】
以下にスギ花粉由来のPEG化改変融合タンパク質を例にとり、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【0046】
なお、以下の実施例においては、必要に応じて以下の略号を用いる。
Cry j1、Cry j2の順に連結した融合蛋白質: Cry j1/2(又はrecCry j1/2),
Cry j2、Cry j1の順に連結した融合蛋白質:Cry j2/1 (又はrecCry j2/1)、
Cry j1を2つ連結した融合蛋白質:Cry j1/1(又はrecCry j1/1)、
Cry j2を2つ連結した融合蛋白質:Cry j2/2(又はrecCry j2/2)
配列番号1:野生型Cry j1/2をコードする遺伝子(なお、ベクターに組み込む場合には、5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)を連結したDNAを使用した。
配列番号2:野生型Cry j1/2融合タンパク質(なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)。
配列番号3(M#2):改変型Cry j1/2融合タンパク質(354位のCysを除いて、22個のシステイン残基がSer残基に置換されたもの。なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)
配列番号4:改変型Cry j1/2融合タンパク質(M#1)をコードする遺伝子(8位のCysを除いて、22個のCys残基がSer残基に置換されたタンパク質(M#1)をコードする遺伝子。なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)
配列番号5:改変型Cry j1/2融合タンパク質(M#3)をコードする遺伝子(736位のCysを除いて、22個のCys残基がSer残基に置換されたタンパク質(M#3)をコードする遺伝子。なお、実施例では、N末端に配列番号7で示される20個のアミノ酸が連結されたものについて、電気泳動、ELISA等を行った)
配列番号6:配列番号3の改変型Cry j1/2(M#2)をコードする遺伝子(5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)が連結されている。また、EcoRI認識配列の5’側に終止コドン(taa)が2個連結されている。)
配列番号7:pET47b(Novagen)ベクターに由来する、Hisタグを含む20アミノ酸配列。
【0047】
なお、実施例では、野生型Cry j1/2融合タンパク質、改変型Cry j1/2融合タンパク質ともに、配列番号7に記載のアミノ酸配列がN末端に連結されたタンパク質として発現され、各種の試験に供された。
【0048】
実施例1:Cry j1/2融合遺伝子(野生型と改変型)の発現
Cry j1/2融合遺伝子野生型(配列番号1に対し、さらに5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)を連結したDNAを用いた)または、配列番号1にコードされるアミノ酸配列のN末端から354番目のCysを残し、それ以外の22個のシステイン残基をSer残基へ置換させた遺伝子改変型(配列番号6、5’末端にSmaI認識配列(cccggg)、3’末端にEcoRI認識配列(gaattc)を連結したもの)をそれぞれpET47b(Novagen)ベクターの制限酵素SmaIとEcoR I切断部位にライゲーションを行い、大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100 mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100 mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。菌体を集めて超音波破砕した後、高速遠心機で不溶性画分(インクルージョンボディ)を分離した。
【0049】
実施例2:recCry j1/2融合タンパクのポリエチレングリコール(PEG)修飾
上記の方法で得られたrecCry j1/2融合タンパクを含有する不溶性画分(インクルージョンボディ)を0.5 mlの8 M尿素/リン酸緩衝液 (pH7.5)に懸濁後、磁気スターラーにて攪拌し、不溶化タンパク質を溶解した後、125 mM 直鎖タイプPEGのメチル-PEG12-マレイミド(分子量710.81Da、PIERCE社)または、CH3O-(CH2CH2O)n-CH2CH2CH2NHCO(CH2)2マレイミド(分子量2,000、12,000、20,000、30,000、40,000Da、日油(株))を20 μl添加し、4℃で18時間反応させた。次に、超純水1Lに対して透析を4℃で18時間行った。さらに、高速遠心機で20000 G、10分間遠心した後、その上清(可溶性画分)と沈殿(不溶性画分)を回収し、SDS−ポリアクリルアミド電気泳動法で解析した。その結果、recCry j1/2野生型は、全てのPEG修飾により可溶性画分に不均一なバンドとして認められ、さらにPEG試薬を添加しない同様の操作でもほぼ全てが可溶性画分にのみ認められた(図1)。一方、recCry j1/2改変型は、全てのPEG修飾により可溶性画分にほぼ均一なバンドとして認められたが、PEG試薬を添加しない同様の操作では、大部分が不溶性画分に認められ、一部のみが可溶性画分に認められる結果となった(図2)。
【0050】
recCry j1/2野生型は、23個のシステイン残基を有し、多数のPEG基が導入されるので、バンドが多数見られ、特に12kDa以上のPEG基を導入する場合には、図1に示されるようにPEG基の合計の分子量が相当大きく、30kDa(レーン8)、40kDa(レーン9)では、分子量が大きすぎて電気泳動により移動できない。このような巨大なPEG化融合タンパク質は、免疫細胞に取り込まれないためT細胞エピトープとして機能せず、スギ花粉症の予防ないし治療効果が損なわれるものである。
【0051】
実施例3:スギ花粉症患者血清中IgE抗体とPEG修飾recCry j1/2タンパク質の結合能(その1)
実施例2で調製したCry j1/2野性型と改変型のPEG修飾体を含む水溶性画分を、以下のキャプチャー法ELISAによって、スギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を調べた。
【0052】
抗ヒトIgEモノクローナル抗体(uniCap IgE:ファルマ社製)を0.1 % BSA/PBS-50 mM炭酸緩衝液(pH 9.6)で2 μg/mlに希釈し、96ウェルプレート(Corning, 平底プレート・高結合型)に50μl/ウェルで分注し、37℃で3時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で任意に希釈したスギ花粉症患者血清10検体をそれぞれ、50μl/ウェルで添加し、4℃で一晩インキュベートした。翌日、洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で0.5μg/mlに希釈したビオチン化天然スギ花粉抗原Cry j1(生化学工業)又はPEG化recCry j1/2タンパクを50μl/ウェルで添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1で1g/mlに希釈したビオチン化抗ヒスチジンタグモノクローナル抗体(Rockland社製)をPEG化recCry j1/2タンパク添加群にのみさらに添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー2(1% BSA-0.005% Tween20/PBS)で0.1ユニット/mlに希釈したStreptavidin-β-Gal conjugate(Roche)を添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で6回洗浄した後、0.2 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactoside(SIGMA, 希釈用バッファー3で調製, 凍結保存)を更に希釈用バッファー3(1 mM MgCl2, 100 mM NaCl, 0.1% BSA/10 mM Phosphate buffer, pH 6.9)で2倍希釈した。0.1 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactosideを50μl/ウェルで添加し、37℃で2時間インキュベートした。反応停止溶液(0.1 M Glycine-NaOH, pH 10.2)を50μl/ウェルで添加し、Ex: 355 nm、Em: 460 nmの蛍光強度を測定した。
【0053】
その結果、天然スギ花粉抗原Cry j1は、10名の患者血清全てと強く反応した(図3中の黒バー)。それに対して、すべてのPEG修飾野生型と改変型およびPEG未修飾の野生型と改変型は全く反応しなかった(図3)。このキャプチャー法ELISAの原理は、タンパク質の立体構造を認識するIgE抗体とスギ花粉抗原との反応性を検出することであることから、recCry j1/2タンパク質は野生型でも改変型であってもPEG未修飾でもIgE抗体が認識するエピトープの立体構造が消失していることが示唆された。
【0054】
実施例4:スギ花粉症患者血清中IgE抗体とPEG修飾recCry j1/2タンパク質の結合能(その2)
実施例2で調製したCry j1/2野性型と改変型のPEG修飾体を含む水溶性画分、またコントロールとして天然型スギ花粉抗原Cry j1を、以下の直接法ELISAによって、スギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を調べた。
【0055】
recCry j1/2融合タンパク野生型と改変型の単独での可溶性画分、PEG(0.7, 2, 12, 20, 30, または40 kDa)修飾による可溶性画分と天然スギ花粉由来Cry j1(生化学工業)を50 mM炭酸緩衝液(pH 9.0)で1μg/mlに希釈し、高結合型96穴平底プレート(コーニング)に50μl/ウェルで分注し、4℃で18時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、スーパーブロック(PIERCE)を200μl/ウエルで添加し、37℃で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー1(50% FCS-0.05% Tween20/TBS)で20倍希釈したスギ花粉症患者血清10検体を50μl/ウェルで添加し、37℃で3時間インキュベートした。洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー2(1% BSA-0.05% Tween20/TBS)で500倍希釈したマウス抗ヒトIgE抗体(生化学工業)を50μl/ウェルで添加し、37℃で1時間インキュベートした。次に、洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー2で500倍希釈したHRP(horse radish peroxidase)標識抗マウスIgG1抗体(Zymed)を50μl/ウェルで添加し、37℃で1時間インキュベートした。洗浄バッファーで5回洗浄した後、TMBプラス(DAKO)を50μl/ウェルで添加し、発色させた。最後に、反応停止溶液(1N硫酸) を50μl/ウェルで添加し、プレートリーダー(吸収波長450nm−バックグランド波長570nm)で発色強度を測定した。
【0056】
その結果、PEG未修飾のrecCry j1/2タンパク質の野生型と改変型は、天然スギ抗原Cry j1とほぼ同程度の強さで、IgE抗体と反応した(図4)。しかしながらPEG修飾体は、PEGの分子量が大きくなるに伴い、IgE抗体との反応性は低下する傾向が見られ、特に野生型ではPEGの分子量が2kDaから12 kDaの間で、反応性が著しく低下することが認められた(図4)。一方、改変型のPEG修飾体ではPEGの分子量が30kDaが最も反応性が低かったが、PEGの分子量が40kDaでは逆に反応性がやや回復する結果を認めた(図4)。この直接法ELISAでは、抗原タンパクを直接プレートに固相化するため、タンパク質の立体構造が緩み、タンパク質の1次配列を認識するIgE抗体やIgG抗体が結合することから、recCry j1/2タンパク質のPEG修飾は、1次配列を認識する抗体との反応性を低下させることに寄与していることが示唆された。また本願のrecCry j1/2タンパク質の改変型のようにPEG修飾の標的を分子内の1つのシステイン残基に限定した場合は、野生型とは異なり、IgE抗体の結合を完全に阻害できる最適PEGの分子量は、20 kDaから40 kDaの間に存在することも示唆された。(図4)。
【0057】
図4において、野生型で12kDa以上のPEG基が結合したCry j1/2融合タンパク質は、抗原性が非常に低いことが示されるが、これはIgE抗体などのタンパク質がアクセスできないほどPEG基で覆われていることを示し、免疫細胞内に取り込まれないか、取り込まれたとしてもプロテアーゼによる作用を受けないため、T細胞エピトープが表面提示されず、スギ花粉症の予防ないし治療効果が不十分であると予測される。
【0058】
実施例5:recCry j1/2タンパク質の発現確認
pET47b(+)-Cry j1/2M#1−3プラスミドDNAをそれぞれ、大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100 mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100 mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。菌体を回収し、超音波破砕した後、高速遠心機で沈殿を分離した。
【0059】
実施例6:recCry j1/2タンパクのポリエチレングリコール(PEG)修飾と精製
上記実施例5の方法で得られた不溶性画分(インクルージョンボディ)を0.5 mlの8 M尿素/50 mM Tris-HCl (pH7.0)に懸濁後、磁気スターラーにて攪拌し、不溶化タンパク質を溶解した後、125 mM の下記式で示す4-アームタイプのPEG化試薬(分子量20,000Da、日油(株))
【0060】
【化1】
【0061】
(式中、Xは(CH2)3-NHCO-CH2CH2-マレイミドを示す)
で又は直鎖タイプCH3O-(CH2CH2O)n-CH2CH2CH2NHCO(CH2)2マレイミド(分子量30,000Da、日油(株))を20 μl添加し、4℃で18時間反応させた。
【0062】
PEG化recCry j1/2改変タンパクは、20 mM リン酸緩衝液(pH7.4)に一晩透析後、0.22μmのシリンジフィルターでろ過した。次に40 mMイミダゾール/20 mM リン酸緩衝液(pH7.4)で平衡化したHisTrap FF(GEヘルスケアバイオサイエンス)カラムにアプライした。40 mMイミダゾール/20mM リン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄後、500 mMイミダゾール/20mM リン酸緩衝液(pH7.4)でPEG化recCry j1/2タンパクを溶出した。
【0063】
実施例7:スギ花粉症患者血清中IgE抗体とPEG修飾recCry j1/2タンパク質の結合能
次いで、以下の方法によって、スギ花粉症患者血清中IgE抗体との結合能を調べた。
【0064】
抗ヒトIgEモノクローナル抗体(uniCap IgE:ファルマ社製)を0.1% BSA/PBS-50 mM炭酸緩衝液(pH 9.6)で2μg/mlに希釈し、96ウェルプレート(corning, 平底プレート・高結合型)に50μl/ウェルで分注し、37℃で3時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で任意に希釈したスギ花粉症患者血清100検体をそれぞれduplicate、50μl/ウェルで添加し、4℃で一晩インキュベートした。翌日、洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1(10% FCS-0.005% Tween20/PBS)で0.5μg/mlに希釈したビオチン化Cry j1(生化学工業)又はPEG化recCry j1/2改変タンパクを50μl/ウェルで添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファーで3回洗浄した後、希釈用バッファー1で1 g/mlに希釈したビオチン化抗ヒスチジンタグモノクローナル抗体(Rockland社製)を添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で3回洗浄した後、希釈用バッファー2(1% BSA-0.005% Tween20/PBS)で0.1ユニット/mlに希釈したStreptavidin-β-Gal conjugate(Roche)を添加し、室温で1時間インキュベートした。洗浄バッファー(0.05% Tween20/TBS)で6回洗浄した後、0.2 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactoside(SIGMA, 希釈用バッファー3で調製、 凍結保存)を更に希釈用バッファー3(1 mM MgCl2, 100 mM NaCl, 0.1% BSA/10 mM Phosphate buffer, pH 6.9)で2倍希釈した。0.1 mM 4-Methyl Umberlliferyl β-D-Galactosideを50μl/ウェルで添加し、37℃で2時間インキュベートした。反応停止溶液(0.1 M Glycine-NaOH, pH 10.2)を50μl/ウェルで添加し、Ex: 355 nm、Em: 460 nmの蛍光強度を測定した。
【0065】
その結果、N末端側、中央、またはC末端側に残したシステイン残基をどちらのPEGで修飾した改変融合タンパク質においても、PEG化修飾をしなかった比較サンプル(天然型Cry j1)と異なり、全く反応しないという結果が得られた(図5)。
【0066】
実施例8:PEG化recCry j1/2改変タンパクによるin vivo 抗体産生能(予防効果)
C57BL6 x DBA2 F1(BDF1)マウス1群5匹(雌、8週齢、チャールズリバー)に、水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2 mg)と混合した天然型Cry j1(1μg)を免疫する実験開始時(0日目)よりも7日前と3日前に、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2(10又は 100 μg)を静脈に投与した。14日目に再度、水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2 mg)に混合した天然型Cry j1(1μg)で免疫し、42日目に天然型Cry j1(1μg)で追加免疫した。28、42、49日目に眼窩採血を実施し、血清中の天然型Cry j1特異的IgE抗体価とIgG1抗体価を測定した。その結果、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は抑制されるが、逆にIgG1抗体産生は上昇することが認められた(図6)。
【0067】
次に、抗原特異性を確認する目的から、上記と同様のマウスにPEG化recCry j1/2改変タンパクM#2を7日前と3日前に静脈内投与した後、水酸化アルミニウムゲル・アジュバントに混合した天然型Cry j1または卵白アルブミン(OVA)(シグマ)で免疫した(0日目と14日目)。28日目に眼窩採血を実施し、血清中の天然型Cry j1特異的IgE抗体価とOVA特異的IgE抗体化を測定した。その結果、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、Cry j1特異的IgE抗体産生は抑制されるが、OVA特異的IgE抗体産生は抑制されないことが認められた。(図7)。
【0068】
実施例9:PEG化recCry j1/2改変タンパクのin vivo IgE抗体産生抑制能(治療効果)
BDF1マウス(雌、8週齢、チャールズリバー)に、水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2mg)と混合した天然型Cry j1(1μg)を実験開始時(0日目)に腹腔内免疫した後、2日目と7日目に実施例6で得られたPEG化recCry j1/2改変タンパクM#2(10又は 100μg)を静脈に投与した。14日目に天然型Cry j1タンパクを1μg追加免疫し、21日目に全マウスの天然型Cry j1特異的IgE抗体を測定した。その結果、PEG化recCry j1/2改変タンパクM#2投与により、IgE抗体産生は投与量依存的に抑制されたが、逆にIgG1抗体産生は上昇することが認められた(図8)。
【0069】
実施例10:3つの融合改変体遺伝子Cry j2/1、Cry j1/1、Cry j2/2の合成
以下の3種類の遺伝子を全合成した(タカラバイオ)。
Cry j2/1遺伝子 :Cry j1/2融合改変体遺伝子(配列番号3)にコードされる742個のアミノ酸配列のN末端から354番目のCysまでのCry j 1成熟領域を、C末端側のCry j 2成熟領域の下流に連結したアミノ酸配列(配列番号8)をコードする遺伝子(配列番号9)。
Cry j1/1遺伝子 :Cry j 1成熟領域を2つ連結した708個のアミノ酸配列をコードする遺伝子(配列番号10)。
Cry j2/2遺伝子 :Cry j 2成熟領域を2つ連結した776個のアミノ酸配列をコードする遺伝子(配列番号11)。
【0070】
次に、3つの遺伝子をそれぞれpET47b(Novagen)ベクター(図12)の制限酵素SmaIとEcoR I切断部位にライゲーションを行い、大腸菌DH10B株に形質転換した。本実施例で作製された製造物、recCry j2/1, recCry j1/1, recCry j2/2はpET47b(Novagen)ベクターを使用して大腸菌で発現しているため、N末端にHisタグを有しており、Hisタグ以下にベクター(pET47b)由来の酵素(HRV 3C)切断部位があることになる。
【0071】
実施例11:recCry j2/1タンパク質の発現確認
pET47b-Cry j2/1プラスミドDNAを大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100 mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。また同様の方法で、pET47b-Cry j1/2プラスミドDNAで形質転換した大腸菌BL21株を培養した。それぞれの菌体の増殖曲線は、ほぼ同一であることが確認された(図9)。
【0072】
次に、それぞれの菌体を回収し、超音波破砕した後、高速遠心機で沈殿(インクルージョンボディ)を分離した。SDSポリアクリルアミド電気泳動法でrecCry j 1/2とrecCry j 2/1の発現量を比較した。その結果、インクルージョンボディ中の分子量約75 kDaのrecCry j 1/2の発現量がrecCry j 2/1よりも著しく高いことが認められた(図10)。
以上の結果から、Cry j 1とCry j 2のキメラ融合蛋白質の高発現には、Cry j 1がN末端が配置され、Cry j 2がC末端に配置されるrecCry j 1/2が優位であることが示唆された。
【0073】
実施例12:recCry j1/1とrecCry j2/2タンパク質の発現確認
pET47b-Cry j1/1プラスミドDNAとpET47b-Cry j2/2プラスミドDNAをそれぞれ大腸菌BL21株(インビトロジェン)に形質転換した。カナマイシン(最終濃度20μg/ml)を添加したLB培地100mlに形質転換株を植菌した。37℃で一昼夜培養した後、100mlの菌体培養液全てを1 Lのカナマイシン含有LB培地に移し、さらに37℃で2時間培養した。次に、IPTGを最終濃度0.1 mMになるように添加した後、30℃で3時間培養した。次に、それぞれの菌体を回収し、超音波破砕した後、高速遠心機で上澄と沈殿(インクルージョンボディ)を分離した。SDSポリアクリルアミド電気泳動法でrecCry j 1/1とrecCry j 2/2の発現量をrecCry j 1/2とrecCry j 2/1と比較した。その結果、インクルージョンボディ中のrecCry j 1/1とrecCry j 2/2の発現量は、recCry j 1/2よりも極めて低いことが認められた。
以上の結果から、Cry j 1とCry j 2の組み換えタンパク質を発現させるには、キメラ融合蛋白質、特にCry j 1がN末端に配置され、Cry j 2がC末端に配置されるrecCry j 1/2の設計が優位であることが示唆された。
【0074】
実施例13:PEG化recCry j1/2改変タンパクによるin vitro T細胞増殖能
水酸化アルミニウムゲル・アジュバント(2mg)と混合した天然型Cry j 1とCry j 2を含有するスギ塩基性タンパク(SBP:生化学工業; 10μg)を初日と14日目に免疫し、42日目にSBP(10μg)で追加免疫したC57BL6 x DBA2 F1(BDF1)マウス(雌、8週齢、チャールズリバー)の脾臓からCD4陽性T細胞を磁気ビーズ(Milltenyi社)で単離した。次に正常BDF1マウスから脾臓を摘出し、細胞を調製した後、20 Gyの放射線を照射し抗原提示細胞とした。次に5 x 105個のCD4陽性T細胞と5 x 106個の抗原提示細胞を、100μg/mL濃度の天然抗原(SBP)、recCry j 1/2野生型(wt)のPEG修飾体(wt-20, wt-30, wt-40)またはrecCry j 1/2改変型(cs)のPEG修飾体(cs-20, cs-30, cs-40)を含む培地で懸濁し、5%CO2を含む37℃インキュベータで7日間培養した。次に、細胞を回収し蛍光標識した抗CD4抗体で染色した後、生細胞中のCD4陽性細胞数をフローサイトメータで測定した。その結果、CD4陽性T細胞の増殖能は、recCry j 1/2改変型(cs)のPEG修飾体で刺激した全ての培養系で、recCry j 1/2野生型(wt)のPEG修飾体や天然型SBPで刺激した系を上回っていることが認められた(図11)。以上結果は、recCry j 1/2改変型(cs)のPEG修飾体の方がrecCry j 1/2野生型(wt)のPEG修飾体や天然型SBPよりも、優位にCD4陽性T細胞を活性化するエピトープ配列を抗原提示細胞上に提示できることを示唆している。
【0075】
以上の実施例により、本願発明に係る改変タンパク質は、野生型PEG修飾体と同レベルの低い抗原性(すなわち、患者のIgE抗体に結合しない)と高いIgE産生抑制能を併せ持つことがわかった。したがって、本願発明により、安全で優れた減感作抗原として用いることのできる改変タンパク質を提供できることが示された。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cry j1とCry j2の融合タンパク質のシステイン残基が1個を除いて全てPEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換され、かつ、1個のシステイン残基が、分子量12kDa〜100kDaのポリエチレングリコール(PEG)でPEG化修飾されていることを特徴とする、PEG化改変融合タンパク質。
【請求項2】
PEG化修飾に用いるPEGの分子量が20kDa〜40kDaである請求項1に記載のPEG化改変融合タンパク質。
【請求項3】
PEG化修飾を受けないアミノ酸残基が、セリンである、請求項1または2に記載のPEG化改変融合タンパク質。
【請求項4】
配列番号3のアミノ酸配列を含み、該アミノ酸配列の354番目のシステイン残基のSH基がPEG化されている、請求項1〜3のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、医薬組成物。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、スギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
【請求項7】
減感作療法に使用する請求項6に記載のスギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の予防または治療のための使用。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の減感作療法のための使用。
【請求項1】
Cry j1とCry j2の融合タンパク質のシステイン残基が1個を除いて全てPEG化修飾を受けないアミノ酸残基に置換され、かつ、1個のシステイン残基が、分子量12kDa〜100kDaのポリエチレングリコール(PEG)でPEG化修飾されていることを特徴とする、PEG化改変融合タンパク質。
【請求項2】
PEG化修飾に用いるPEGの分子量が20kDa〜40kDaである請求項1に記載のPEG化改変融合タンパク質。
【請求項3】
PEG化修飾を受けないアミノ酸残基が、セリンである、請求項1または2に記載のPEG化改変融合タンパク質。
【請求項4】
配列番号3のアミノ酸配列を含み、該アミノ酸配列の354番目のシステイン残基のSH基がPEG化されている、請求項1〜3のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、医薬組成物。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の改変融合タンパク質又はその塩を有効成分として含む、スギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
【請求項7】
減感作療法に使用する請求項6に記載のスギ花粉症の予防及び/又は治療剤。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の予防または治療のための使用。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のPEG化改変融合タンパク質又はその塩のスギ花粉症の減感作療法のための使用。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−84559(P2011−84559A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−208155(P2010−208155)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】
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