説明

改良されたプロモーターアッセイ方法

【課題】被検試料中に化学物質が存在するか否かを検定するための微生物の提供。
【解決手段】1種以上の組換え微生物を用いるプロモーターアッセイ方法であって、1種以上の組換え微生物のうち少なくとも1つが、化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現する形質転換した微生物。この微生物は酵母由来の特定のプロモーターを含むベクターで形質転換することにより得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は改良されたプロモーターアッセイ方法、詳細には環境中の試料に存在する化学物質を検定するための、改良されたプロモーターアッセイ方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人類がこれまでに作りだした化学物質は膨大な数にのぼり、さらに年々新しい化学物質が開発されている。これら化学物質は現代生活のあらゆる面で利用され、人類の生活向上に役立っている。その反面、化学物質の中には、その製造、流通、使用、廃棄等の様々な段階で環境中に放出され、環境での残留、食物連鎖による生物学的濃縮などを通じ、人の健康や生態系に有害な影響を及ぼすものがあり、環境汚染は社会問題化している。よって、化学物質について人体や生態系に与える影響を評価する要請がある。
【0003】
その評価方法として、レポーター・ジーン・アッセイ方法が知られている。レポーター・ジーン・アッセイ方法とは、転写活性を中心とした遺伝子の機能を調べるための、目印となる特定の遺伝子活性を測定する手法であり、プロモーターアッセイ方法などが包含される。プロモーターアッセイ法は、ある遺伝子のプロモーターのポリヌクレオチド配列にマーカータンパク質をコードするポリヌクレオチドを作動可能に連結し、遺伝子の発現を間接的に計測する方法である(非特許文献1)。
通常のバイオアッセイ法では、化学物質の存在は、微生物の化学物質に対する細胞応答、例えば細胞の生死、増殖能、呼吸量、特定の遺伝子の発現の変化を指標として評価される。プロモーターアッセイ方法では細胞応答としてプロモーター活性の変化、すなわちプロモーターに連結されたマーカータンパク質を指標として評価される。
【0004】
【非特許文献1】Barelle CJ, Manson CL, MacCallum DM, Odds FC, Gow Na, Brown AJ.: GFP as a quantitative reporter of gene regulation in Candida albicans. Yeast 2004 Mar; 21(4):333-40
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
環境中の試料に存在する化学物質は通常低濃度であるが、場合によっては高濃度で存在することがある。微生物の生死、増殖能または呼吸量を指標とするバイオアッセイ法では、微生物を(a)その生育が重度に阻害される状態、あるいは(b)微生物が死滅する状態、に至らしめるレベルの化学物質が試料中に存在する場合、指標となる細胞応答は消失するため、それによりその試料には化学物質が存在するものとして評価することができる。他方、プロモーターアッセイ法では通常、化学物質の存在に応答してマーカータンパク質の濃度が上昇する性質を利用するため、上記(a)または(b)の状態に至らしめるレベルの化合物が試料中に存在する場合、指標となるプロモーター活性は上昇せずに見かけ上変化せず、その応答は試料中に化学物質が存在していない場合と同じ応答とみなされる。すなわち、プロモーターアッセイ方法では、試料中の化学物質について検出上限の限界濃度が存在し、それを超える濃度の化学物質が存在する試料では、その判定を誤らせる結果を招く。通常、検体となる環境中の試料は化学物質が存在するか否かのみならず、存在が予想し得たとしてもその濃度は未知であるため、プロモーターアッセイ方法での検定を行う場合、検定対象である試料に、少なくとも検出上限の限界濃度を超える化学物質が存在するか否かを知る必要がある。
【0006】
検出上限の限界濃度を超える化学物質が存在するか否かを知る手法として、プロモーターアッセイ方法と同時に、同じ被検試料を他のバイオアッセイ法にかけることが考えられる。すなわち、
(1)生細胞のみが染色される染色法を行う、
(2)細胞の呼吸量をモニタリングする、あるいは
(3)細胞の増殖能をモニタリングすることにより、
微生物の生育が重度に阻害される状態であるか、あるいは微生物が死滅する状態であるかを、同じ検体試料に対してプロモーターアッセイ法と同時に行うことで判定する。
しかし、このような2種類以上のアッセイ方法を同時に行うよりも、1種類のアッセイ方法によって限界濃度の存否のみならず、化学物質の存在を検定できるアッセイ方法が簡便性、経済性の点から望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、環境中に化学物質が存在するか否かを検定するための、改良されたプロモーターアッセイ方法に関する。
【0008】
即ち、本発明は、
[1] 被検試料中に化学物質が存在するか否かを検定するための、1種以上の組換え微生物を用いるプロモーターアッセイ方法であって、1種以上の組換え微生物のうち少なくとも1つが、化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現する微生物である方法;
[2] 化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物のプロモーター活性が低下または消失した場合、被検試料中に化学物質があると判断し、被検試料の希釈系列を作成し、該プロモーター活性が消失しない希釈度の試料を新たな被検試料としてレポーター・ジーン・アッセイ方法を行う、上記[1]記載の方法;
[3] 新たな被検試料に対して行うレポーター・ジーン・アッセイ方法がプロモーターアッセイ方法である、上記[2]記載の方法;
[4] 化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物のプロモーター活性が一定濃度の化学物質の存在下に上昇する微生物を用いる、上記[1]から[3]までのいずれか記載の方法;
[5] 組換え微生物が酵母由来である、上記[1]から[4]までのいずれか記載の方法;
[6] 化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物のプロモーターが、YNL015W、YDR135C、YLR303W、YER091C、YPL061W、YEL065W、YFL031W、YIL062C、YDL248W、YER112W、YMR260C、YDR487C、YDR315C、YLR058C、YBR147W、YJR073C、YBL078C、YDR158W、YOL151W、YOR153W、YDL020C、YMR140W、YLL055W、YFL014W、YBR056W、YBR072W、YPL171C、YKR076W、YLR327C、YNL160W、YOR383C、YOR248W、YKL142W、YAL044C、YMR096W、YPR028W、YDR019C、YER067W、YLR160C、YMR173W、YBL038W、YOR247W、YPL272C、YLR359W、YLR390W、YBR054W、YPR124W、YHR055C、YHR124W、YOR382W、YOR285W、YAL005C、YJL153C、YFL056C、YDL204W、YHL047C、YCR021C、YNR034W、YDL173W、YNL333W、YOL165C、YBR093C、およびYLR214Wからなる群から選択される酵母遺伝子のプロモーターである、上記[5]記載の方法;
[7] 組換え微生物が、化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現するよう遺伝子操作されている、上記[1]から[4]までのいずれか記載の方法;
[8] (1)エタノール、ホルムアルデヒド、ビスフェノールA、フタル酸ジ(2-エチルヘキシル)、2,5-ジクロロフェノール、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、4-ノニルフェノール、メタ亜ひ酸ナトリウム、チウラム、塩化トリブチルすず(IV)、2,4,5-トリクロロフェノール、トリップ-P-2, 酢酸塩、マラソン、マンネブ、二クロム酸カリウム、塩化トリフェニルすず(IV)、フェノール、塩化水銀、シアン化カリウム、ふっ化カリウム、m-ニトロフェノール、塩化カルシウム、1,4-ジオキサン、テトラエチレンペンタミンおよびメソミルからなる群から選択される化学物質の不存在下において一定レベルの活性を有するYNL015W、YDR135C、YLR303W、YER091C、YPL061W、YEL065W、YFL031W、YIL062C、YDL248W、YER112W、YMR260C、YDR487C、YDR315C、YLR058C、YBR147W、YJR073C、YBL078C、YDR158W、YOL151W、YOR153W、YDL020C、YMR140W、YLL055W、YFL014W、YBR056W、YBR072W、YPL171C、YKR076W、YLR327C、YNL160W、YOR383C、YOR248W、YKL142W、YAL044C、YMR096W、YPR028W、YDR019C、YER067W、YLR160C、YMR173W、YBL038W、YOR247W、YPL272C、YLR359W、YLR390W、YBR054W、YPR124W、YHR055C、YHR124W、YOR382W、YOR285W、YAL005C、YJL153C、YFL056C、YDL204W、YHL047C、YCR021C、YNR034W、YDL173W、YNL333W、YOL165C、YBR093C、およびYLR214Wからなる群から選択される遺伝子のプロモーターであって、当該プロモーターを含むベクターで形質転換した微生物の生育が重度に阻害されない濃度または該微生物が死滅しない濃度の該化学物質の存在下においては上記一定レベルを超える活性を有するプロモーター、および
(2)該プロモーターに作動可能に連結したマーカー遺伝子を含むプラスミドベクター;および
[9] 上記[8]記載のプラスミドベクターで形質転換した微生物
に関する。
【0009】
本願の特許請求の範囲および明細書中において「微生物」という場合は、天然に存在する野生株または野生型株、例えばヒト、マウスその他の哺乳類由来の動物細胞および動物細胞の樹立株、植物細胞および植物細胞の樹立株、魚類、線虫等の細胞、昆虫細胞、酵母等の真菌細胞、および大腸菌等の細菌細胞をいう。
また、本願の特許請求の範囲および明細書中において「プロモーター活性が一定濃度の化学物質の存在下に上昇する」とは、当該微生物の生育が重度に阻害される状態でも、死滅する状態のいずれでもない濃度の化学物質が存在する下で、プロモーター活性が上昇することをいう。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法は、検出上限の限界濃度を超える化学物質が環境中の被検試料中に存在する場合と化学物質が存在しない場合とを1種類のアッセイ方法によって区別できるプロモーターアッセイ法を提供する。従って、化学物質が限界濃度を超えて存在しない場合は、同時に通常のプロモーターアッセイ方法を行うことができるため、簡便かつ経済的に望ましい化学物質の存在を検定するアッセイ方法である。
また、本発明のプラスミドベクターおよび該プラスミドベクターで形質転換した微生物は、上記のプロモーターアッセイ方法に直接使用することができ、これらを使用することによりプロモーターアッセイ方法を簡便かつ迅速に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明において、「被検試料」とは、河川・湖沼等の環境水および下水、排水から供給される検体試料水、あるいは廃棄物処理場の浸出水、および土、農産物からの抽出試料を意味する。これら被検試料は、農薬、医薬品、染料、塗料、接着剤等の産業用途を有し環境に放出される可能性の高い「化学物質」および消毒・焼却の過程により非意図的に生成される「化学物質」であって、毒性を有することが懸念されるものを含み得る。これらの物質の毒性作用として、内分泌撹乱作用、変異原性、発がん性、遺伝毒性、生態毒性、免疫毒性、細胞機能障害毒性等が知られている。
本発明の方法および微生物の被検対象となり得る化学物質としては、例えば(1)ベンゾ(a)ピレン、(2)ビスフェノールA、(3)フタル酸ジ(2-エチルヘキシル)、(4)2,5-ジクロロフェノール、(5)2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、(6)ホルムアルデヒド、(7)塩化メチル水銀、(8)4-ニトロキノリン-N-オキサイド、(9)4-ノニルフェノール、(10)ペンタクロロフェノール、(11)メタ亜ひ酸ナトリウム、(12)チウラム、(13)塩化トリブチルすず(IV)、(14)2,4,5-トリクロロフェノール、(15)トリップ-P-2, 酢酸塩、(16)パラコート、(17)塩化カドミウム、(18)γ-ヘキサクロロシクロへキサン、(19)マラソン、(20)マンネブ、(21)塩化ニッケル(II)、(22)二クロム酸カリウム、(23)塩化トリフェニルすず(IV)、(24)フェノール、(25)ベンチオカーブ、(26)ヘキサクロロフェン、(27)トリクロサン、(28)塩化水銀、(29)硫酸銅(II)、(30)シアン化カリウム、(31)ジメチルスルホキシドが挙げられる。
【0012】
「プロモーターアッセイ法」とは、本発明においては、化学物質に応答する遺伝子としてスクリーニングされた遺伝子のプロモーター下流にマーカー遺伝子を連結したカセットを含む組換え微生物において、被検試料を適用した際の化学物質応答遺伝子の発現量を測定する、被検試料中の化学物質を検定するためのバイオアッセイ法である。具体的には、ある遺伝子のプロモーターのポリヌクレオチド配列の下流にマーカータンパク質をコードするポリヌクレオチドを作動可能に連結し、そのプロモーターの転写活性を利用して、被検試料適用の際の遺伝子発現を計測する。
【0013】
本発明におけるプロモーターアッセイ方法は、化学物質に応答する遺伝子のプロモーター下流にマーカー遺伝子を連結した1種以上、すなわち1種または2種以上の組換え微生物を利用するプロモーターアッセイ方法である。この場合、1種以上の組換え微生物のうちの少なくとも1つは、化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物である。
すなわち、まず、1種の組換え微生物のみを利用するプロモーターアッセイ方法において用いるプロモーターは、化学物質に応答する遺伝子のプロモーターであることに加えて、そのプロモーター自体が化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現するプロモーターである。このように1種の組換え微生物のみを利用するプロモーターアッセイ方法において、例えばプロモーターとしてYDL020Cを含む組換え微生物のみを用いた場合、検出上限の限界濃度を超える化学物質が被検試料中に存在するとプロモーター活性のレベルは低下または消失する。しかし、その被検試料をある一定濃度の化学物質を含む試料まで希釈し、化学物質不存在下のプロモーター活性を超えるレベルで発現する場合には、後記する実施例3の表2の結果から、その被検試料はマラソンを含有することが予想される。
また、2種以上の組換え微生物を利用するプロモーターアッセイ方法においては、そのうちの少なくとも1種の組換え微生物は化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現するプロモーターで形質転換したものである。また、組換え微生物の組み合わせは、被検試料中に存在することが疑われる化学物質に特異的に応答する遺伝子のプロモーターを有する微生物の組が好ましい。この態様のプロモーターアッセイ方法においては、例えば、組換え微生物の組み合わせとしてYBR147W、YDL020CまたはYDR135Cをそれぞれ含む微生物を用い、被検試料をある一定濃度の化学物質を含む試料まで希釈した場合、YBR147WおよびYDR019Cを含む微生物が化学物質不存在下のプロモーター活性を超えるレベルを発現するが、YDR135Cを含む微生物の活性は化学物質不存在と同じレベルの場合には、同表2の結果から、その被験試料は2,5-ジクロロフェノールを含有することが予想される。一方、YBR147WおよびYDR019Cを含む微生物が化学物質不存在下と同じレベルを発現するが、YDR135Cを含む微生物の活性は化学物質不存在を超えるレベルを発現する場合には、その被験試料はエタノール、ホルムアルデヒドおよび塩化水銀の少なくとも1の化学物質を含有することが予想される。
以上のような考え方にもとづき、化学物質に対して応答を示す1種または2種以上の微生物を用いてその応答データベースを作成することで、さらに多種類の化学物質の推定を行うことが可能である。データベース作成の具体的な手法は、特開2004−248634(DNAマイクロアレイ法を用いる毒性物質の同定方法)に詳細に記載されている。
化学物質とそれに応答する遺伝子のプロモーターの好ましい組み合わせは以下の実施例に示す。
【0014】
本発明において用いる「微生物」は、天然に存在する野生株または野生型株、例えばヒト、マウスその他の哺乳類由来の動物細胞および動物細胞の樹立株、植物細胞および植物細胞の樹立株、これまでバイオアッセイに用いられている魚類、線虫等の細胞、昆虫細胞、酵母等の真菌細胞、および大腸菌等の細菌細胞の何れであっても良い。ここに、野生株は天然に存在する組換えを行っていない微生物である。野生型株は注目する遺伝子に手をつけていない微生物であり、例えばW303は栄養要求性等について組換えされているが、それ以上の組換えはされていない。樹立株は動物細胞で継代培養できるもの、例えばガン細胞などの組換えが施されていないものも含む。
【0015】
本発明において用いる「化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物」とは、化学物質に応答する遺伝子のプロモーター下流に連結したマーカー遺伝子が化学物質の存在いかんにかかわらず、検出限界以上のレベルで恒常的に発現している微生物を意味する。好ましくは、組換え微生物におけるプロモーター活性は化学物質により上方に誘導されるものである。このような組換え微生物の例としては、以下の遺伝子からなる群から選択される酵母遺伝子をプロモーターアッセイ用に組換えた組換え酵母が挙げられる:
YNL015W、YDR135C、YLR303W、YER091C、YPL061W、YEL065W、YFL031W、YIL062C、YDL248W、YER112W、YMR260C、YDR487C、YDR315C、YLR058C、YBR147W、YJR073C、YBL078C、YDR158W、YOL151W、YOR153W、YDL020C、YMR140W、YLL055W、YFL014W、YBR056W、YBR072W、YPL171C、YKR076W、YLR327C、YNL160W、YOR383C、YOR248W、YKL142W、YAL044C、YMR096W、YPR028W、YDR019C、YER067W、YLR160C、YMR173W、YBL038W、YOR247W、YPL272C、YLR359W、YLR390W、YBR054W、YPR124W、YHR055C、YHR124W、YOR382W、YOR285W、YAL005C、YJL153C、YFL056C、YDL204W、YHL047C、YCR021C、YNR034W、YDL173W、YNL333W、YOL165C、YBR093C、およびYLR214W。このなかで、YNL015W、YDR135C、YLR303W、YER091C、YPL061W、およびYEL065Wからなる群から選択される酵母遺伝子をプロモーターアッセイ用に組換えた組換え酵母が好ましい。
上記酵母遺伝子は、公的データベース:MIPS(Munich Information center for Protein Sequences:http://mips.gsf.de/genre/proj/yeast/searchCatalogFirstAction.do?style=catalog.xslt&table=FUNCTIONAL_CATEGORIES)による分類に基づく酵母遺伝子の特定手法に従う。
【0016】
また、「化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物」として、生育状態を変化させることにより化学物質を負荷しない状態でマーカー遺伝子が化学物質の存在いかんにかかわらず、検出限界以上のレベルで恒常的に発現させるような処理、例えば培養液の組成を変化させるような処理を行ったものも用いることができる。
【0017】
マーカータンパク質の例としては、GFP(Green Fluorescence Protein)(Heim, R., Cubitt, A. B. and Tsien, R. Y.(1995) Nature 373, 663-664;Heim, R., Prasher DC. and Tsien, R. Y.(1994) Proc. Natl. Acad. Sci., 91, 12501-12504;Warg, S. and Hazerigg, T.(1994)Nature 639, 400-403;Youvan, D.C. and Michel-Beyerle, M.E.(1996)Nature Biotechnology 14 1219-1220;Chalfie, M., Tu, Y., Euskirchen, G., Ward, W. W. and Prasher, D.C.(1994)Science 263, 802-805)、β-ガラクトシダーゼ(Canestro C, Albalat R, Escriva H, Gonzalez-Duarte R. Endogenous beta-galactosidase activity in amphioxus: a useful histochemical marker for the digestive system.Dev Genes Evol 2001 Mar 211(3):154-6)、ルシフェラーゼ(Arch Toxicol 2002 Jun;76(5-6):257-61、Estrogenic activity of UV filters determined by an in vitro reporter gene assay and an in vivo transgenic zebrafish assay.Schreurs R, Lanser P, Seinen W, Van Der Burg B.)、およびアセチルトランスフェラーゼ(J Recept Signal Transduct Res 2001 Feb;21(1):71-84, A simplified method for large scale quantification of ranscriptional activity and its use in studies of steroids and steroid receptors. Zhang S, Lu J, Iyama K, Lo SC, Danielsen M.)等が挙げられる。
【0018】
本発明の方法を行う一態様を説明する。化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物を少なくとも1種含む、化学物質に対して応答を示す1種の組換え微生物または異なる応答を示す2種以上の組換え微生物を一枚のプレートに載せた「化学物質応答遺伝子組換え微生物のプレート」を作成する。その際、1種の上記組換え微生物のみを用いる場合、該微生物は化学物質の不存在下においてはプロモーター活性を一定レベルで発現し、特定の化学物質の存在下では不存在下とは異なるプロモーター活性を発現する遺伝子のプロモーター、すなわち化学物質に対して応答する遺伝子のプロモーターで形質転換した微生物を用いる。このプレートに、分析したい物質が入っている「被検試料」を加え、組換え微生物個々の応答を、マーカータンパク質に対応した専用の装置で測定する。測定の際の微生物培養条件、化学物質同定手法等の詳細は、特開2004−248634(DNAマイクロアレイ法を用いる毒性物質の同定方法)に記載されている。
この態様において、「化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物」のプロモーター活性が低下または消失した場合、用いた被検試料にはある化学物質が、微生物を(a)その生育が重度に阻害される状態、あるいは(b)微生物が死滅する状態、に至らしめるレベルで試料中に存在していると考えられる。そこで、その場合は、新たに被検試料の希釈系列を作成し、該プロモーター活性が消失しない一定濃度の化学物質を含む希釈度の試料を特定し、それを新たな被検試料としてレポーター・ジーン・アッセイ方法を行う。新たな被検試料を用いて行うレポーター・ジーン・アッセイ方法には、被検試料中に化学物質が存在するか否かを検定するための通常の方法を用いることができる。例えば、遺伝子発現の変化、例えばRNA量またはmRNA量の変化を指標に用いる方法であり、これにはプロモーターアッセイ法が含まれる。
また、別の態様において、本発明は上記した方法に直接的に用いることができるプラスミドおよび当該プラスミドで形質転換した微生物も含まれる。
【実施例】
【0019】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
実施例1
化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する微生物の選択
a)方法
化学物質を負荷しない状態でGFPを発現させている遺伝子を酵母細胞から選択した。詳細には、以下の通りである。
使用するベクターは大腸菌と酵母の両方で複製されるYEp型シャトルベクターであるpYES2(pYES2, Cat no.:V825-20, Invitrogen Corporation, USA)(R.W.オールド、S.B.プリムローズ 遺伝子操作の原理 原書第5版, 培風館, pp.234-263, 2000))を用いた。また、マーカータンパク質GFPをコードするポリヌクレオチドはベクターpQBI 63(Cat no.54-0082, 和光純薬工業(株))のGFPをコードする部分を用いた。まず、pYES2の多重クローニング部位(multiple cloning site)の中にGFPをコードするポリヌクレオチドを挿入したベクターを作成した。次いで、pYES2のGAL1プロモーターの部分を酵母遺伝子のプロモーター配列を含むポリヌクレオチドと置換し、目的とするプラスミドベクターを得た。GFPおよびプロモーター配列を含むポリヌクレオチドの挿入操作は、適当な制限酵素を選択して行った。酵母遺伝子のプロモーター配列を含むポリヌクレオチド(SCPD:The Promoter Database of Saccharomyces cerevisiaeにて開示)は、酵母遺伝子の約1000bp上流から直前までとした。
次に、このプラスミドベクターで酵母Saccharomyces cerevisiae W303 ATCC201239 (MATa/MATα leu2-3/leu2-3 leu2-112/leu2-112 trp1-1/trp1-1 ura3-1/ura3-1 his3-11/his3-11 his3-15/his3-15 ade2-1/ade2-1 can1-100/can1-100)を形質転換した。形質転換の手順を以下に示す。
1)酵母細胞Saccharomyces cerevisiae W303をYPD培地200mlにてOD660が0.5になるまで振盪培養する。
2)集菌して5mlのTE-bufferに懸濁する。
3)2.5Mのリチウムアセテイト250μlを添加する。
4)300μlずつ分注し10μlの上記プラスミドベクターを添加し、30℃30分培養する。
5)700μlの50%PEG4000を添加し、30℃60分振盪培養する。
6)ヒートショック(42℃、5分)後、急冷する。
7)1Mソルビトールで2回洗浄する。
8)最小栄養培地(SD培地に必要なアミノ酸(ロイシン、トリプトファン、ヒスチジン、アデニン)を加えたもの)で作成した寒天プレートに播種する。
【0020】
形質転換の確認は選択培地(SD培地(Yeast nitrogen base without amino acids (Difco 0919-15)+グルコース+アミノ酸(ロイシン、トリプトファン、ヒスチジン、アデニン)により行った。選択培地の寒天プレートに生育したコロニーはさらに、アミノ酸の栄養要求性を確認した。
この様にして得た形質転換体をSD培地(Yeast nitrogen base without amino acids (Difco 0919-15)+グルコース+アミノ酸(ロイシン、トリプトファン、ヒスチジン、アデニン)で25℃において振盪培養することにより定常状態になるように増殖させた。SD培地で500倍希釈して25℃、15時間振盪培養を行い対数増殖期として600nmの吸光度が0.2から0.5であることを確認した後に細胞の蛍光強度を、フローサイトメーター(FITCフィルター, EPICS XL-MCL, Beckmancoulter)で計測した。フローサイトメーターはアルゴンレーザーで励起波長488nmで励起し、530±30nmのバンドパスフィルターを用いて1測定で1万個の細胞の蛍光強度を測定し、すべての細胞の蛍光強度の平均値を求め測定値とした。組換えしていない細胞を計測した場合の蛍光強度は測定下限を下回ったので、測定下限の0.05の10倍である、0.5以上の蛍光強度を示す組換え体を選択した。
【0021】
b)結果
これにより、化学物質不存在下で一定レベルのプロモーター活性を発現する遺伝子として以下の表1に示す遺伝子が特定された。
【0022】
【表1】

【0023】
実施例2
1)組換え酵母の作成
酵母細胞 W303 ATCC201239のコンピテントセルを作成した。このコンピテントセルを、作成したプロモーターアッセイ用の、ベクターpYES2(YNL015W, YER091CまたはYLR303Wのプロモーターの下流にGFPを連結)を用いて形質転換した。YNL015W、YER091C、YLR303Wは何れも、プロモーターアッセイを行うと複数種類の化学物質に対して応答を示すものである。
2)化学物質感受性試験
得られた組換え酵母をSD培地(ロイシン、トリプトファン、ヒスチジン、アデニン)にて25℃において振盪培養することにより定常状態になるように増殖させた。定常状態の形質転換体をSD培地で500倍希釈して25℃、15時間振盪培養を行い対数増殖期として600nmの吸光度が0.2から0.5であることを確認した後、異なる濃度の塩化水銀を負荷した。塩化水銀負荷後、一定時間(15分、4時間)培養した細胞の蛍光をフローサイトメーター(FITCフィルター, EPICS XL-MCL, Beckmancoulter)を用いて計測し、マーカー遺伝子であるGFP(green fluorescence protein)の発現量とした。フローサイトメーターにより1測定で1万個の細胞の蛍光強度を測定し、すべての細胞の蛍光強度の平均値を求め測定値とした。同様に計測した塩化水銀を負荷しない細胞の蛍光強度を求めて、蛍光強度の差異を求めた。
3)生菌数の測定
フローサイトメーターによる計測後、生菌数の測定を行った。適当な濃度に希釈して寒天培地に播種し3日後にコロニー数をカウントした。コロニー数に希釈倍率をかけ、1mlあたりの colony forming unit (CFU/ml)を算出した。
【0024】
4)結果
得られた結果を図1−1および図1−2に示す。塩化水銀濃度0.27ppmまでは4時間の処理によって生菌数は変化無い。YER091C、YLR303Wは0.27ppmで遺伝子誘導がみられ蛍光強度が上昇しているが、YNL015Wでは変化していない。0.81ppmから生菌数の減少が見られ、同時に蛍光強度が低下している。
上記の様に、細胞が損傷を受けその生育が重度に阻害される状態、あるいは死滅する状態では蛍光強度が低下するため、この蛍光強度の低下を検出することによって、化学物質の測定上限を超えたと判定することが出来る。
【0025】
実施例3
化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する微生物とその化学物質との好ましい組み合わせの検討
実施例1の手法に従い、数種類の組換え体について種々の化学物質に対して応答して、さらに化学物質の測定上限を超えた場合に酵母遺伝子の発現量が低下することを確認した。確認出来た遺伝子と化学物質の組み合わせを表2および3に示す。

【表2】

【0026】
【表3】


表2および3の結果から、化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する酵母遺伝子とその化学物質との好ましい組み合わせが分かる。
例えばエタノールに対してはYDR135C、YEL065W、YER091C、YLR303W、YPL061Wが応答する。もし、測定上限を超えた濃度のエタノールを含む試料をこれらのプロモーターのいずれか1つで形質転換した細胞に負荷すると、化学物質を負荷しない細胞と比較するとこれらの細胞の蛍光強度は低い。この様な状態の時、試料を希釈して再度実験すると、測定上限以下の濃度のエタノールの負荷となり、化学物質を負荷しない細胞と比較するとこれらの細胞の蛍光強度は高い。この2つの実験から、試料にはエタノールが入っている可能性が示される。この様な使い方により、測定上限を超えた試料と化学物質が含まれていない試料との区別をすることが可能となる。
【0027】
参考試験例1
GFPに対するホルムアルデヒドの直接影響
GFP蛋白標準品にホルムアルデヒドを加え、GFPに対するホルムアルデヒドの直接影響を検討し、本発明におけるプロモーター活性の低下が、化学物質によるマーカータンパク質の分解に由来しないことを確かめた。
GFPにホルムアルデヒドを加え測定したところ、蛍光強度を上昇させる可能性が示唆されたが、時間によって低下させるということは無かった。
このことから、GFPとホルムアルデヒドが直接反応するというようなことは無いと思われる。
従って、本発明において、プロモーター活性が低下すれば、用いた微生物が(a)その生育が重度に阻害される状態、あるいは(b)微生物が死滅する状態、に至らしめるレベルの化学物質に暴露されていることを意味すると考えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1−1】YNL015W, YER091C, YLR303Wの遺伝子プロモーターがGFPをコードするポリヌクレオチドに連結されたカセットを含む酵母を処理した塩化水銀負荷試験結果を示すグラフである。
【図1−2】YNL015W, YER091C, YLR303Wの遺伝子プロモーターがGFPをコードするポリヌクレオチドに連結されたカセットを含む酵母を処理した塩化水銀負荷試験結果を示すグラフである。
【図2】GFP蛋白標準品に種々の濃度のホルムアルデヒドを加え、ホルムアルデヒドによるGFPの分解性を検討した結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料中に化学物質が存在するか否かを検定するための、1種以上の組換え微生物を用いるプロモーターアッセイ方法であって、1種以上の組換え微生物のうち少なくとも1つが、化学物質の不存在下においてもプロモーター活性を一定レベルで発現する微生物である方法。
【請求項2】
化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物のプロモーター活性が低下または消失した場合、被検試料中に化学物質があると判断し、被検試料の希釈系列を作成し、該プロモーター活性が消失しない希釈度の試料を新たな被検試料としてレポーター・ジーン・アッセイ方法を行う、請求項1記載の方法。
【請求項3】
新たな被検試料に対して行うレポーター・ジーン・アッセイ方法がプロモーターアッセイ方法である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物のプロモーター活性が一定濃度の化学物質の存在下に上昇する微生物を用いる、請求項1から3までのいずれか記載の方法。
【請求項5】
組換え微生物が酵母由来である、請求項1から4までのいずれか記載の方法。
【請求項6】
化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現する組換え微生物のプロモーターが、YNL015W、YDR135C、YLR303W、YER091C、YPL061W、YEL065W、YFL031W、YIL062C、YDL248W、YER112W、YMR260C、YDR487C、YDR315C、YLR058C、YBR147W、YJR073C、YBL078C、YDR158W、YOL151W、YOR153W、YDL020C、YMR140W、YLL055W、YFL014W、YBR056W、YBR072W、YPL171C、YKR076W、YLR327C、YNL160W、YOR383C、YOR248W、YKL142W、YAL044C、YMR096W、YPR028W、YDR019C、YER067W、YLR160C、YMR173W、YBL038W、YOR247W、YPL272C、YLR359W、YLR390W、YBR054W、YPR124W、YHR055C、YHR124W、YOR382W、YOR285W、YAL005C、YJL153C、YFL056C、YDL204W、YHL047C、YCR021C、YNR034W、YDL173W、YNL333W、YOL165C、YBR093C、およびYLR214Wからなる群から選択される酵母遺伝子のプロモーターである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
組換え微生物が、化学物質の不存在下においてプロモーター活性を一定レベルで発現するよう遺伝子操作されている、請求項1から4までのいずれか記載の方法。
【請求項8】
(1)エタノール、ホルムアルデヒド、ビスフェノールA、フタル酸ジ(2-エチルヘキシル)、2,5-ジクロロフェノール、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸、4-ノニルフェノール、メタ亜ひ酸ナトリウム、チウラム、塩化トリブチルすず(IV)、2,4,5-トリクロロフェノール、トリップ-P-2, 酢酸塩、マラソン、マンネブ、二クロム酸カリウム、塩化トリフェニルすず(IV)、フェノール、塩化水銀、シアン化カリウム、ふっ化カリウム、m-ニトロフェノール、塩化カルシウム、1,4-ジオキサン、テトラエチレンペンタミンおよびメソミルからなる群から選択される化学物質の不存在下において一定レベルの活性を有するYNL015W、YDR135C、YLR303W、YER091C、YPL061W、YEL065W、YFL031W、YIL062C、YDL248W、YER112W、YMR260C、YDR487C、YDR315C、YLR058C、YBR147W、YJR073C、YBL078C、YDR158W、YOL151W、YOR153W、YDL020C、YMR140W、YLL055W、YFL014W、YBR056W、YBR072W、YPL171C、YKR076W、YLR327C、YNL160W、YOR383C、YOR248W、YKL142W、YAL044C、YMR096W、YPR028W、YDR019C、YER067W、YLR160C、YMR173W、YBL038W、YOR247W、YPL272C、YLR359W、YLR390W、YBR054W、YPR124W、YHR055C、YHR124W、YOR382W、YOR285W、YAL005C、YJL153C、YFL056C、YDL204W、YHL047C、YCR021C、YNR034W、YDL173W、YNL333W、YOL165C、YBR093C、およびYLR214Wからなる群から選択される遺伝子のプロモーターであって、当該プロモーターを含むベクターで形質転換した微生物の生育が重度に阻害されない濃度または該微生物が死滅しない濃度の該化学物質の存在下においては上記一定レベルを超える活性を有するプロモーター、および
(2)該プロモーターに作動可能に連結したマーカー遺伝子を含むプラスミドベクター。
【請求項9】
請求項8記載のプラスミドベクターで形質転換した微生物。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−304776(P2006−304776A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−74796(P2006−74796)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「基盤技術研究促進事業(民間基盤技術研究支援制度)/環境化学物質の簡易型化学物質推定・毒性評価システム」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】