説明

新規なホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物、その製造方法及びその用途

【課題】ポリエーテルスルホンなどの芳香族系ポリマーにホスホン酸基を導入可能とするホスホン酸基含有ビフェノールまたはビスチオフェノール誘導体の提供。
【解決手段】下記一般式(1)で表されることを特徴とするホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物。
【化1】



(化学式1)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、ZはH又は1価の陽イオンを表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物の製造方法及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、エネルギー効率や環境性に優れた新しい発電技術が注目を集めている。中でも高分子固体電解質膜を使用した固体高分子形燃料電池はエネルギー密度が高く、また、他の方式の燃料電池に比べて運転温度が低いため起動、停止が容易であるなどの特徴を有するため、電気自動車や分散発電などの電源装置としての開発が進んできている。
【0003】
高分子固体電解質膜には通常プロトン伝導性のイオン交換膜が使用される。高分子固体電解質膜にはプロトン伝導性以外にも、燃料の水素などの透過を防ぐ燃料透過抑止性や機械的強度などの特性が必要である。このような高分子固体電解質膜としては、例えば米国デュポン社製ナフィオン(登録商標)に代表されるようなスルホン酸基を導入したパーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーを含む膜が知られている。
【0004】
パーフルオロカーボンスルホン酸系イオン交換膜は、燃料電池の電解質膜としてバランスの良い特性を示すものの、コストや性能などで、より優れた膜が求められている。また、パーフルオロカーボンスルホン酸系イオン交換膜などのフッ素系イオン交換膜は、燃料電池に使用した場合、運転条件によっては有害なフッ酸が排気ガス中へ混入することや、廃棄時に環境へ大きな負荷を与えることなどの問題も有している。そのため、炭化水素系イオン交換膜の開発が現在盛んに行われている。
【0005】
一方、水素を燃料として用いる燃料電池では、副反応によってラジカルが生成し、イオン交換膜の分解を引き起こす。炭化水素系イオン交換膜は、パーフルオロカーボンスルホン酸系イオン交換膜よりも耐ラジカル性が劣るという問題点がある。耐酸化性が低い理由は、炭化水素化合物は一般にラジカルに対する耐久性が低く、炭化水素骨格を有する電解質はラジカルによる劣化反応(過酸化物ラジカルによる酸化反応)を起こしやすいためと考えられている。また、燃料電池膜のもう一つの問題点として、運転・停止に伴う膨潤・収縮の繰り返しで膜が物理的に破壊されることが挙げられる。この問題を解決する手法として、細孔フィリング、ブロック共重合等が挙げられる。
【0006】
そこで、フッ素系電解質と同等以上、もしくは実用上十分な耐酸化性を有し、しかも低コストで製造可能な高耐久性固体高分子電解質を提供することを目的として、様々な方法が提案されている。この中で、高分子電解質に添加剤を加えることで耐久性を向上させる方法は、既存の高分子電解質にも適用でき簡便な方法として有効な方法である。これまでに炭化水素部を有する高分子化合物からなり、燐を含む官能基を導入した高耐久性固体高分子電解質(例えば、特許文献1および2)や、電解質基及び炭化水素部を有する高分子化合物と、含燐高分子化合物とを混合することにより得られる高耐久性固体高分子電解質組成物(例えば、特許文献3)などが提案されている。
【0007】
しかしながら、電解質基及び炭化水素部を有する高分子化合物と、含燐高分子化合物とを混合する方法では、含燐高分子化合物が燃料電池の運転条件において溶出する可能性がある。また、添加剤の分散性が悪いなどの問題点がある。
【0008】
一方でこれらの問題を解決するため、燐を含む官能基をポリマー中に導入する方法が提案されている(下記特許文献3)。しかしながら、前記特許文献中に記載されているポリマーはビニル系ポリマーに限定されており、芳香族系ポリマーに導入している実施例は記載されていない。さらに、ポリマーに直接ホスホン酸基を導入する手法のため、ホスホン酸基の導入量を厳密に制御できないという問題点がある。
【0009】
芳香族系ポリマーにホスホン酸基を導入するための二官能性誘導体は市販での入手は不可能である。また、そのようなホスホン酸基含有二官能性誘導体の合成は少数報告例があるが(非特許文献1)、ビニル系ポリマーのみ適用しており、芳香族系のポリマーへの導入は検討されていない。また、芳香族ポリマーへの導入するにあたって前記特許文献の構造では反応性が著しく低いという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000−11755号公報
【特許文献2】特開2004−79252号公報
【特許文献3】特開2000−11756号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】SEDA EDIZER他2名著、Development of Reactive Phosphonated Methacrylates、Journal of Polymer Science:PartA:Polymer Chemistry(欧州)、Wiley InterScience,2009年、47号、p.5737−5746
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記の現状に基づき、本発明の主要な課題は、ポリエーテルスルホンなどの芳香族系ポリマーにホスホン酸基を導入可能とするホスホン酸基含有ビフェノールまたはビスチオフェノール誘導体の提供である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、このような従来技術を背景に鋭意研究を重ねた結果、安価なビフェノール及びビスチオフェノール誘導体を出発原料として、そこから導かれる新規ホスホン酸基含有ビフェノール及びビスチオフェノール誘導体を見出し、本発明の完成に至った。
【0014】
すなわち、本発明は、
(1)下記一般式(1)で表されることを特徴とするホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物。
【0015】
【化1】


(一般式1)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、ZはH又は1価の陽イオンを表す。)
(2)下記一般式(2)で表されるホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物の脱エステル化よって得られる(1)に記載のホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物。
【0016】
【化2】


(一般式2)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、Zは炭素数4以下のアルキル基又はフェニル基を表す。)
(3)下記一般式(3)で表されるリン酸エステル誘導体の分子内転位反応によって得られる(2)の一般式(2)に記載のホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物。
【0017】
【化3】


(一般式3)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、Zは炭素数4以下のアルキル基又はフェニル基を表す。)
(4)下記一般式(4)で表されるビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物とハロゲン化リン酸エステルとの縮合反応から導かれる(3)の一般式(3)に記載のリン酸エステル誘導体。
【0018】
【化4】


(一般式4)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを表す)
(5)(1)に記載の化合物又はその誘導体を用いて重合されてなる、下記一般式(5)で表されるポリエーテルスルホン重合体またはポリアリーレンエーテル重合体。
【0019】
【化5】


(一般式5)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、Ar、Ar、Arはそれぞれ独立して2価の芳香族基を、ZはH又は1価の陽イオンを表す。)
【発明の効果】
【0020】
本発明のホスホン酸基含有ビフェノールまたはビスチオフェノール誘導体は、ポリエーテルスルホンなどの芳香族系ポリマーにホスホン酸基を導入可能とするものである。また、それを用いることで芳香族系プロトン交換膜の耐酸化性を向上しうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例1、合成例1のリン酸エステル誘導体Aの1H−NMRスペクトルである。
【図2】実施例2、合成例1のホスホン酸エステル誘導体Aの1H−NMRスペクトルである。
【図3】実施例3、合成例1のホスホン酸エステル誘導体Aの1H−NMRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、新規なホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物の製造方法及びその用途であるが、以下、実施の形態を示して本発明をより詳細に説明する。
【0023】
本発明における新規なホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物は下記一般式(1)で表される。
【0024】
【化6】


(一般式1)
【0025】
式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを表す。原料の入手しやすさの観点から、XはO原子、4級炭素、直接結合であることが好ましい。
【0026】
YはO原子又はS原子のいずれかを表す。原料の入手しやすさの観点から、YはO原子であることが好ましい。ただし、S原子の場合は重合反応性が大きく向上する可能性がある。
【0027】
ZはH又は1価の陽イオンを表す。回収のしやすさの観点から、Zは1価の陽イオンであることが好ましく、中でもナトリウムイオンであることが好ましい。
本発明に係るホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物としては、以下の構造が挙げられる。
【0028】
【化7】

【0029】
これらの誘導体は、ホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物の脱エステル化により製造することができる。脱エステル化の方法としては、強酸や強アルカリ処理による加水分解する手法があり、または、例えばクロロトリメチルシランと反応させることでアルキルエステルをシリルエステルに変換し、これを加水分解する手法がある。シリルエステルに変換する手法の方が短時間かつ高収率で合成できるため好ましい。反応温度は0℃〜80℃で行われることが好ましく、40℃〜60℃であればより好ましい。
【0030】
前記ホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物として、以下の構造が挙げられる。式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを表す。
【0031】
【化8】

【0032】
前記ホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール誘導体は、リン酸エステル誘導体と強塩基を反応させることで合成することができる。強塩基としては、ノルマルブチルリチウム、リチウムジイソプロピルアミン、セカンダリーブチルリチウム、ターシャリーブチルリチウムが挙げられるが、副反応が抑制できることからリチウムジイソプロピルアミンを用い、−90℃からー50℃の温度範囲で反応させることが好ましく、−80℃で反応させることがより好ましい。
【0033】
前記リン酸エステル誘導体として、以下の構造が挙げられる。式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを表す。
【0034】
【化9】

【0035】
前記リン酸エステル誘導体はビフェノールまたはビスチオフェノール誘導体とハロゲン化亜リン酸エステルとの縮合反応によって合成することができ、また、ハロゲン化亜リン酸エステルは四塩化炭素と亜リン酸エステルを反応させ、これをそのまま系中で使用してもよい。ハロゲン化亜リン酸エステルとして、クロロリン酸ジメチル、クロロリン酸ジエチル、クロロリン酸ジプロピル、クロロリン酸ジブチル、クロロリン酸ジフェニル、ブロモリン酸ジメチル、ブロモリン酸ジエチル、ブロモリン酸ジプロピル、ブロモリン酸ジブチル、ブロモリン酸ジフェニルが挙げられる。亜リン酸エステルとして、亜リン酸ジメチル、亜リン酸ジエチル、亜リン酸ジプロピル、亜リン酸ジブチル、亜リン酸ジフェニルが挙げられる。生成物の取扱や溶解性の観点から、クロロリン酸ジエチルまたは亜リン酸ジエチルを用いることが望ましい。
【0036】
ビフェノールまたはビスチオフェノール誘導体として、以下の構造が挙げられる。
【0037】
【化10】

【0038】
これらのホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物は、公知の任意の方法で反応させることができるが、塩基性化合物の存在下で芳香族求核置換反応によって反応させることが好ましい。反応は、0〜350℃の範囲で行うことができるが、50〜250℃の範囲で行うことが好ましい。0℃より低い場合には、十分に反応が進まない傾向にあり、350℃より高い場合には、ポリマーの分解も起こり始める傾向がある。反応は、無溶媒下で行うこともできるが、溶媒中で行うことが好ましい。使用できる溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ジフェニルスルホン、スルホランなどを挙げることができるが、これらに限定されることはなく、芳香族求核置換反応において安定な溶媒として使用できるものであればよい。これらの有機溶媒は、単独でも2種以上の混合物として使用されても良い。塩基性化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等があげられるが、芳香族ビスフェノール類や芳香族ビスチオフェノール類を活性なフェノキシド構造やチオフェノキシド構造になしうるものであれば、これらに限定されず使用することができる。ただし、Xがカリウムの場合には炭酸カリウムなどのカリウム塩を、Xがナトリウムの場合には炭酸ナトリウムなどのナトリウム塩をそれぞれ用いるようにすると、オリゴマー分子量の算出が容易になる。副生物として生成する水は、トルエンなどの共沸溶媒と溜去して系外に除去したり、モレキュラーシーブなどの吸水材を使用したり、重合溶媒と共に溜去したりすることで除去することができる。芳香族求核置換反応を溶媒中で行う場合、得られるポリマー濃度として5〜50重量%となるようにモノマーを仕込むことが好ましく、20〜40重量%の範囲であることがより好ましい。5重量%よりも少ない場合は、重合度が上がりにくい傾向がある。一方、50重量%よりも多い場合には、反応系の粘性が高くなりすぎ、反応物の後処理が困難になる傾向がある。重合溶液は、そのままブロックポリマーの合成に用いてもよいし、無機塩などの副生成物を除去して溶液として用いてもよいし、ポリマーを単離・精製して用いてもよい。親水性オリゴマーは単離が困難である場合が多いので、重合溶液をそのままオリゴマー溶液として用いるほうが、合成が容易である。その際には、濾過、遠心分離などで、無機塩などの副生成物を除去しておくほうがよい。
【0039】
前記ポリマーの構造式は下記一般式5である。
【0040】
【化11】


(一般式5)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、Ar、Ar、Arはそれぞれ独立して2価の芳香族基を、ZはH又は1価の陽イオンを表す。)
【0041】
ArおよびArの好ましい構造は下記一般式6となる。
【0042】
【化12】


(一般式6)
これら構造式においてはアルキル基やフェニル基などの置換基を有していても良く、スルホン酸基やカルボキシル基などのイオン性置換基を有していてもよい。

【0043】
Arの好ましい構造は下記一般式7となる。
【0044】
【化13】


(一般式7)
これら構造式においてはアルキル基やフェニル基などの置換基を有していても良く、スルホン酸基やカルボキシル基などのイオン性置換基を有していてもよい。
【実施例】
【0045】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
実施例および比較例によって製造した誘導体の各種測定法について説明する。
1H−NMR>
VARIAN社製UNITY−500を用いて室温で1H−NMRを測定した。溶媒には重ジメチルスルホキシドを用いた。得られたスペクトルにおいて、各ピークの積分値及び化学シフト値から誘導体の構造を同定した。
<プロトン交換膜の作製方法>
共重合ポリマー(スルホン酸基が塩型のもの)20.0gをN−メチル−2−ピロリドン(略号:NMP)180mLに溶解し、加圧濾過した後、厚み190μmのポリエチレンテレフタレート製のフィルム上に140μmの厚みで連続的にキャストし、130℃で30分間加熱して乾燥し、得られた膜をポリエチレンテレフタレート製のフィルムと共に巻き取った。得られた膜はポリエチレンテレフタレート製のフィルムに付着した状態で、連続的に純水に浸漬させた後、連続的に1mol/Lの硫酸水溶液に30分間浸漬させて、スルホン酸基を酸型に変換し、純水で洗浄して遊離の硫酸を除いた後、乾燥し、ポリエチレンテレフタレート製のフィルムから剥離してプロトン交換膜を得た。
<フェントン試験>
硫酸第一鉄(7水和物)0.149gを1Lの水に溶解し、30ppmのFe水溶液を調整した。30ppmのFe水溶液50mlに30%過酸化水素水50gを加え、さらに水を加えてよく撹拌し全量を500mlとしてフェントン試薬を調整した。予め100℃ で1時間乾燥した後で質量を測定しておいたプロトン交換膜52mgを、試薬瓶に入れたフェントン試薬29mlに浸漬し、60℃で3時間または5時間処理し、膜を取り出して水洗し、外観を評価した。
次に、新規なホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物の製造方法について、説明する。
【0046】
(実施例1)
<合成例1:リン酸エステル誘導体A>
4,4’−ビフェノール(略号BP)を71.43g(384mmol)、亜リン酸ジエチル121.84g(882mmol)、四塩化炭素383.60ml、窒素導入管、撹拌翼、滴下ロート、温度計を取り付けた1L三口フラスコに加え、氷浴を用いて系内を0℃に冷却した。次に、トリエチルアミン(略号TEA)135.86g(1342mmol)を滴下ロートを用いて30分間かけて系内に滴下した。氷浴を外し、系内を室温で48時間反応させた。反応後、水250ml加えて反応を停止させ、反応溶液を分液ロートに移し、有機層を1mol/L塩酸で2回洗浄し、さらに水で3回洗浄した。有機層を分離し、硫酸ナトリウムを加えて乾燥後、残った硫酸ナトリウムをろ過した。ろ液をロータリーエバポレーターで濃縮し、これを80℃で減圧乾燥することでリン酸エステル誘導体Aを121.33g(収率69%)得た。上記反応の反応式を以下に示した。なお、リン酸エステル誘導体Aの1H−NMRスペクトルを図1に示す。図中のピークa〜dは、化学式中のプロトンa〜dに帰属するものである。
【0047】
【化14】

【0048】
<合成例2:リン酸エステル誘導体B>
BPの代わりに、4,4’−ジヒドロキシジフェニルエーテル53.34g(264mmol)を用い、亜リン酸ジエチル83.79g(607mmol)、四塩化炭素263.79ml、TEA93.42g(923mmol)にした他は、合成例1と同様にしてリン酸エステル誘導体Bを88.85g(収率71%)得た。上記反応の反応式を以下に示した。
【0049】
【化15】

【0050】
<合成例3:リン酸エステル誘導体C>
BPの代わりに、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン47.19g(207mmol)を用い、亜リン酸ジエチル65.66g(475mmol)、四塩化炭素206.71ml、TEA73.21g(724mmol)にした他は、合成例1と同様にしてリン酸エステル誘導体Cを65.17g(収率63%)得た。上記反応の反応式を以下に示した。
【0051】
【化16】

【0052】
<合成例4:リン酸エステル誘導体D>
BPの代わりに、2,2−(4−ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン65.58g(195mmol)を用い、亜リン酸ジエチル61.95g(449mmol)、四塩化炭素195.05ml、TEA69.08g(683mmol)にした他は、合成例1と同様にしてリン酸エステル誘導体Dを64.08g(収率54%)得た。上記反応の反応式を以下に示した。
【0053】
【化17】

【0054】
<合成例5:リン酸エステル誘導体E>
BPの代わりに、4,4’−ジメルカプトビフェニル61.22g(280mmol)を用い、亜リン酸ジエチル89.06g(645mmol)、四塩化炭素280.39ml、TEA99.30g(981mmol)にした他は、合成例1と同様にしてリン酸エステル誘導体Eを99.02g(収率72%)得た。上記反応の反応式を以下に示した。
【0055】
【化18】

【0056】
<合成例6:リン酸エステル誘導体F>
BPの代わりに、4,4’−チオビスベンゼンジチオール52.13g(208mmol)を用い、亜リン酸ジエチル66.12g(479mmol)、四塩化炭素208.18ml、TEA73.73g(729mmol)にした他は、合成例1と同様にしてリン酸エステル誘導体Fを71.80g(収率66%)得た。上記反応の反応式を以下に示した。
【0057】
【化19】

【0058】
(実施例2)
次に、リン酸エステル誘導体の転位反応の具体例について説明する。
<合成例1:ホスホン酸エステル誘導体A>
窒素導入管、撹拌翼、滴下ロート、温度計を取り付けた1L三口フラスコにジイソプロピルアミン22.66g(224mmol)、脱水THF261.87mlをシリンジで加え、アセトン浴と液体窒素を用いて系内を−80℃に冷却した。次に、15%n−ブチルリチウムヘキサン溶液95.62g(224mmol)を系内の温度が−75℃以下となるように滴下ロートを用いて徐々に滴下した後、−80℃で30分間攪拌した。リン酸エステル誘導体A34.21g(75mmol)を脱水THF130.93mlに溶解させ、系内の温度が−75℃以下となるように滴下ロートを用いて徐々に滴下した後、−80℃で1時間、室温で1時間攪拌した。氷浴を用いて系内の温度を0℃に冷却し、飽和塩化アンモニウム水溶液を250ml加え、析出した固体をろ過した。析出した固体をイオン交換水で3回洗浄し、さらに0℃に冷却した酢酸エチルで3回洗浄した。洗浄後の固体をエタノールで再結晶し、ホスホン酸エステル誘導体Aを22.24g(収率65%)得た。なお、ホスホン酸エステル誘導体Aの1H−NMRスペクトルを図2に示す。図中のピークa〜fは、化学式中のプロトンa〜fに帰属するものである。反応式を下記に示した。
【0059】
【化20】

【0060】
<合成例2:ホスホン酸エステル誘導体B>
ジイソプロピルアミン23.57g(233mmol)、脱水THF274.21ml、15%n−ブチルリチウムヘキサン溶液99.47g(233mmol)用い、リン酸エステル誘導体Aの代わりに、脱水THF136.21mlに溶解させたリン酸エステル誘導体B36.83g(77.64mmol)を用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸エステル誘導体Bを23.20g(収率63%)得た。反応式を下記に示した。
【0061】
【化21】

【0062】
<合成例3:ホスホン酸エステル誘導体C>
ジイソプロピルアミン19.07g(189mmol)、脱水THF220.43ml、15%n−ブチルリチウムヘキサン溶液80.49g(189mmol)用い、リン酸エステル誘導体Aの代わりに、脱水THF110.21mlに溶解させたリン酸エステル誘導体C31.44g(63mmol)を用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸エステル誘導体Cを18.55g(収率59%)得た。反応式を下記に示した。
【0063】
【化22】

【0064】
<合成例4:ホスホン酸エステル誘導体D>
ジイソプロピルアミン21.76g(215mmol)、脱水THF251.51ml、15%n−ブチルリチウムヘキサン溶液91.84g(215mmol)用い、リン酸エステル誘導体Aの代わりに、脱水THF125.75mlに溶解させたリン酸エステル誘導体C43.61g(72mmol)を用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸エステル誘導体Cを23.11g(収率53%)得た。反応式を下記に示した。
【0065】
【化23】

【0066】
<合成例5:ホスホン酸エステル誘導体E>
ジイソプロピルアミン22.76g(225mmol)、脱水THF263.10ml、15%n−ブチルリチウムヘキサン溶液96.07g(225mmol)用い、リン酸エステル誘導体Aの代わりに、脱水THF131.55mlに溶解させたリン酸エステル誘導体C36.78g(75mmol)を用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸エステル誘導体Cを21.33g(収率58%)得た。反応式を下記に示した。
【0067】
【化24】

【0068】
<合成例6:ホスホン酸エステル誘導体F>
ジイソプロピルアミン23.97g(237mmol)、脱水THF277.10ml、15%n−ブチルリチウムヘキサン溶液101.18g(237mmol)用い、リン酸エステル誘導体Aの代わりに、脱水THF138.55mlに溶解させたリン酸エステル誘導体C41.27g(79mmol)を用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸エステル誘導体Cを22.70g(収率55%)得た。反応式を下記に示した。
【0069】
【化25】

【0070】
(実施例3)
次に、ホスホン酸エステル誘導体の脱エステル化の具体例について説明する。
<合成例1:ホスホン酸誘導体A>
窒素導入管、撹拌翼、滴下ロート、アリーン冷却器を取り付けた1L四つ口フラスコにホスホン酸エステル誘導体A25.44g(56mmol)、ヨウ化ナトリウム49.91g(333mmol)、アセトニトリル277.50mlを加え、滴下ロートを用いてクロロトリメチルシラン36.18g(333mmol)を反応系内に加えた。オイルバスで反応系を40℃に昇温し、2時間攪拌した後、室温まで冷却した。イオン交換水を250ml加え、1時間攪拌した。反応溶液をビーカーに移し、白色固体が析出するまで塩化ナトリウムを加え、析出物をろ過した。析出物を酢酸エチルで3回洗浄した後、析出物をイオン交換水/エタノール混合溶媒(70/70(v/v))で再結晶し、ホスホン酸誘導体Aを15.66g(収率65%)得た。なお、ホスホン酸エステル誘導体Aの1H−NMRスペクトルを図3に示す。図中のピークa〜cは、化学式中のプロトンa〜cに帰属するものである。反応式を下記に示した。
【0071】
【化26】

【0072】
<合成例2:ホスホン酸誘導体B>
ホスホン酸エステル誘導体Aの代わりにホスホン酸エステル誘導体Bを23.76g(50mmol)、ヨウ化ナトリウム45.04g(300mmol)、アセトニトリル250.43ml、クロロトリメチルシラン32.65g(300mmol)用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸誘導体Bを15.55g(収率69%)得た。反応式を下記に示した。
【0073】
【化27】

【0074】
<合成例3:ホスホン酸誘導体C>
ホスホン酸エステル誘導体Aの代わりにホスホン酸エステル誘導体Cを28.83g(58mmol)、ヨウ化ナトリウム51.81g(346mmol)、アセトニトリル250.43ml、クロロトリメチルシラン37.55g(346mmol)用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸誘導体Cを17.28g(収率63%)得た。反応式を下記に示した。
【0075】
【化28】

【0076】
<合成例4:ホスホン酸誘導体D>
ホスホン酸エステル誘導体Aの代わりにホスホン酸エステル誘導体Dを25.90g(43mmol)、ヨウ化ナトリウム38.29g(255mmol)、アセトニトリル212.85ml、クロロトリメチルシラン27.75g(255mmol)用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸誘導体Dを13.68g(収率55%)得た。反応式を下記に示した。
【0077】
【化29】

【0078】
<合成例5:ホスホン酸誘導体E>
ホスホン酸エステル誘導体Aの代わりにホスホン酸エステル誘導体Eを28.77g(59mmol)、ヨウ化ナトリウム52.75g(352mmol)、アセトニトリル212.85ml、クロロトリメチルシラン38.23g(352mmol)用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸誘導体Eを18.32g(収率67%)得た。反応式を下記に示した。
【0079】
【化30】

【0080】
<合成例6:ホスホン酸誘導体F>
ホスホン酸エステル誘導体Aの代わりにホスホン酸エステル誘導体Fを24.38g(47mmol)、ヨウ化ナトリウム41.96g(280mmol)、アセトニトリル233.27ml、クロロトリメチルシラン30.41g(280mmol)用いた他は、合成例1と同様にしてホスホン酸誘導体Eを14.41g(収率62%)得た。反応式を下記に示した。
【0081】
【化31】

【0082】
(実施例4)
<合成例1:ホスホン酸誘導体Aの共重合>
4,4’−ジクロロジフェニルスルホン−3,3’−ジスルホン酸ソーダ26.87g(55mmol)、2,6−ジクロロベンゾニトリル37.84g(220mmol)、4,4’−ビフェノール46.09g(248mmol)、ホスホン酸誘導体A11.94g(28mmol)、炭酸カリウム41.96g(304mmol)、NMP412mL、トルエン210mLを、窒素導入管、撹拌翼、ディーンスタークトラップ、温度計を取り付けた2000mL枝付きフラスコに入れ、オイルバス中で撹拌しつつ窒素気流下で加熱した。トルエンとの共沸による脱水を140℃で行った後、トルエンをすべて留去した。その後、180℃に昇温し、6時間加熱した。その後、室温まで放冷し、当該液体を5Lの純水に少量ずつ投入して固化させた後、純水に1時間浸漬の後、固形分を濾別した。この操作を5回繰り返した。その後、120℃で12時間減圧乾燥して得られたポリマーの対数粘度は0.67dl/gであった。得られた共重合ポリマーから、上記プロトン交換膜の作製方法によってプロトン交換膜Aを得た。さらに、プロトン交換膜Aについて上記フェントン試験を実施したところ、3時間、5時間後も膜形状を保持していた。
【0083】
<比較合成例1:スルホン酸基含有ポリマーの重合>
4,4’−ジクロロジフェニルスルホン−3,3’−ジスルホン酸ソーダ26.87g(55mmol)、2,6−ジクロロベンゾニトリル22.07g(128mmol)、4,4’−ビフェノール34.08g(183mmol)、炭酸カリウム27.82g(201mmol)、NMP280mL、トルエン140mLを用いた他は、合成例1と同様にしてスルホン酸基含有ポリマーを得た。得られたポリマーの対数粘度は1.1dl/gであった。得られた共重合ポリマーから、上記プロトン交換膜の作製方法によってプロトン交換膜Bを得た。さらに、プロトン交換膜Bについて上記フェントン試験を実施したところ、5時間後に膜が溶解した。
【0084】
本発明のホスホン酸基含有ビフェノールまたはビスチオフェノール誘導体によって、ポリエーテルスルホンなどの芳香族系ポリマーへ容易にホスホン酸基を導入することが可能となった。また、分散状態に留意することなくプロトン交換膜を作製することができた。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のホスホン酸基含有ビフェノールまたはビスチオフェノール誘導体は、燃料電池用プロトン交換膜の耐久性を向上させ得るものであり、産業の発展に寄与するところ大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されることを特徴とするホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物。
【化1】


(一般式1)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、ZはH又は1価の陽イオンを表す。)
【請求項2】
下記一般式(2)で表されるホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物の脱エステル化よって得られることを特徴とする請求項1に記載のホスホン酸基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物。
【化2】


(一般式2)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、Zは炭素数4以下のアルキル基又はフェニル基を表す。)
【請求項3】
下記一般式(3)で表されるリン酸エステル誘導体の分子内転位反応によって得られることを特徴とする請求項2の一般式(2)に記載のホスホン酸エステル基含有ビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物。
【化3】


(一般式3)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、Zは炭素数4以下のアルキル基又はフェニル基を表す。)
【請求項4】
下記一般式(4)で表されるビスフェノールまたはビスチオフェノール化合物とハロゲン化リン酸エステルとの縮合反応から導かれることを特徴とする請求項3の一般式(3)に記載のリン酸エステル誘導体。
【化4】


(一般式4)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを表す)
【請求項5】
請求項1に記載の化合物又はその誘導体を用いて重合されてなることを特徴とする、下記一般式(5)で表されるポリエーテルスルホン重合体またはポリアリーレンエーテル重合体。
【化5】


(一般式5)
(式中、XはO原子、S原子、2価の芳香族、4級炭素、直接結合のいずれかを、YはO原子又はS原子のいずれかを、Ar、Ar、Arはそれぞれ独立して2価の芳香族基を、ZはH又は1価の陽イオンを表す。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−122035(P2012−122035A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−275665(P2010−275665)
【出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】