説明

新規な芳香族アルコール酸化酵素遺伝子及び芳香族カルボン酸の製造法

【課題】 種々の芳香族アルコールを酸化し、アルデヒドに変換する酵素をコードする遺伝子を取得し、この遺伝子を導入・発現させた組換え微生物を利用し、芳香族カルボン酸を製造する手段を提供する。
【解決手段】 ロドコッカス・エリスロポリスPR4株が持つアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子、及びこの遺伝子を利用した芳香族カルボン酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族アルコールを酸化し、カルボン酸に変換する新規な酵素、それをコードする遺伝子、この遺伝子を導入した微生物に関するものである。また、この遺伝子が導入された微生物を利用した、芳香族アルコールから芳香族カルボン酸への製造法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ベンジルアルコールから安息香酸への変換は、芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ(aromatic alcohol dehydrogenase)及び芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼ(aromatic aldehyde dehydrogenase)という2つの酵素で行われる(図2)。芳香族アルコールデヒドロゲナーゼはベンジルアルコール(benzyl alcohol)をベンズアルデヒド(benzaldehyde)に可逆的に変換する酵素で、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)のTOLプラスミドpWW0にコードされているトルエン代謝系のXylB酵素が最もよく研究されている(非特許文献1)。XylBはその酵素活性がNAD(P)+および亜鉛イオンに依存し、ベンジルアルコールだけではなくo-、m-、p-メチルベンジルアルコール、o-、m-、p-メトキシベンジルアルコールも基質としてそれぞれのアルデヒド体に変換する。しかし、o-メチルベンジルアルコール及びo-メトキシベンジルアルコールを基質とした場合、変換効率は悪かった(非特許文献2)。最近、NAD(P)+および亜鉛イオンに依存せず、TOLプラスミドのXylBとも相同性の低い4-ニトロベンジルアルコールデヒドロゲナーゼ(NtnD)をコードする遺伝子がシュードモナス(Pseudomonas)属TW3株から単離された(James, K. D., Hughes, M. A., and Williams, P. A., Cloning and expression of ntnD, encoding a novel NAD(P)+-independent 4-nitrobenzyl alcohol dehydrogenase from Pseudomonas sp. strain TW3. J. Bacteriol. 182, 3136-3141, 2000)。NtnDは、ベンジルアルコール、m-、p-ニトロベンジルアルコール、o-、m-、p-メチルベンジルアルコール、m-ヒドロキシベンジルアルコール、p-エチルベンジルアルコール、2,4-、3,4-、3,5-ジメチルベンジルアルコールを基質として利用しそれぞれのアルデヒド体を合成したが、o-ニトロベンジルアルコール、o-、p-ヒドロキシベンジルアルコール、2,5-ジメチルベンジルアルコールは変換できなかった。また、アリールエーテル資化菌アシネトバクター(Acinetobacter)属ADP1株から単離された芳香族アルコール(ベンジルアルコール)デヒドロゲナーゼAreBはTOLプラスミドpWW0のXylBと高い相同性を持ち、o-、m-、p-メチルベンジルアルコール、o-、m-、p-ヒドロキシベンジルアルコールに対する活性が報告された(Jones, R. M.., Collier, L. S., Neidle, E. L., and Williams, P. A., areABC genes determine the catabolism of aryl esters in Acinetobacter sp. ADP1, J. Bacteriol. 181, 4568-4575, 1999)。
【0003】
芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼはベンズアルデヒドから安息香酸(benzoic acid)までの反応を触媒する。最もよく知られているものはTOLプラスミドpWW0にコードされるXylC酵素であり、その酵素活性はNAD(P)+に依存する(非特許文献1)。また、アシネトバクター・カルコアセチカス(Acinetobacter calcoaceticus)NCIB 8250からもxylBxylC遺伝子が単離され、それらがコードするアミノ酸配列はTOLプラスミドのXylB、XylCと高い相同性を持ち、基質特異性もほぼ同じであった(Gillooly, D. J., Robertson, A. G., and Fewson, C. A., Molecular characterization of benzyl alcohol dehydrogenase and benzaldehyde dehydrogenase II of Acinetobacter calcoaceticus. Biochem. J. 330, 1375-1381, 1998)。また、1,4-ジメチルナフタレン資化菌スフィンゴモナス(Sphingomonas)属14DN61株から単離されたアルデヒドデヒドロゲナーゼPhnNは基質特異性が広く、様々な芳香族アルデヒドをカルボン酸に変換する能力を持っている(Peng, X., Maruyama, T., Shindo, K., Kanoh, K., Ikenaga, H., and Misawa, N., International Congress on Biocatalysis, Hamburg 2004, Book of Abstracts, p. 227, 2004)。PhnNは、ベンズアルデヒドのような単環式アルデヒドだけでなく、2-ナフチルアルデヒド(2-naphthyl aldehyde)のような多環式アルデヒドも、それぞれのカルボン酸に変換することができる基質特異性のきわめて広い酵素である。
【0004】
以上述べてきたように、芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ及び芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼは、芳香族アルコール及び芳香族アルデヒドをそれぞれ、芳香族アルデヒド及び芳香族カルボン酸に変換する酵素である。これら2つの酵素の働きにより、ベンジルアルコールのような芳香族アルコールがカルボン酸に変換されるのである。
【0005】
【非特許文献1】Harayama, S., Rekik, M., Wubbolts, M., Rose, K., Leppik, R. A., and Timmis, K. N, Characterization of five genes in the upper-pathway operon of TOL plasmid pWW0 from Pseudomonas putida and identification of the gene products. J. Bacteriol. 171, 5048-5055, 1989
【非特許文献2】Shaw, J. P., Schwager, F., and Harayama, S., Substrate-specificity of benzyl alcohol dehydrogenase and benzaldehyde dehydrogenase encoded by TOL plasmid pWW0. Metabolic and mechanistic implications. Biochem. J. 283, 789-794, 1992
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、種々の芳香族アルコールを酸化し、アルデヒドに変換する酵素をコードする遺伝子を取得することである。そして更に、この遺伝子を導入・発現させた組換え微生物を利用した、種々の芳香族カルボン酸の製造法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を達成すべく鋭意研究を行った結果、トルエン資化細菌ロドコッカス・エリスロポリス(Rhodococcus erythropolis)PR4株由来の芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子が、様々な芳香族アルデヒド、たとえば、ベンズアルデヒド(benzaldehyde)や その置換体、さらには、ヒドロキシメチルナフタレン(hydroxymethylnaphthalene)や その置換体をそれぞれのアルデヒドに変換する新規の酵素であることを見出した。さらに本発明者らは、この芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子とともに、芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子を発現した大腸菌が、上記の様々な芳香族アルデヒドをそれぞれのカルボン酸に変換できることを明らかにし、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(6)を提供するものである。
【0009】
(1)以下の(a)、(b)、又は(c)に示すペプチド:
(a)配列番号4、配列番号5、又は配列番号6記載のアミノ酸配列からなるペプチド、
(b)配列番号4、配列番号5、又は配列番号6記載のアミノ酸配列において1もしくは複数個のアミノ酸が付加、欠失もしくは置換されたアミノ酸配列からなり、かつ芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するペプチド、
(c)配列番号1、配列番号2、又は配列番号3記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする細菌由来のペプチドであって、芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するペプチド。
【0010】
(2)(1)に記載のペプチドをコードする遺伝子。
【0011】
(3)(2)に記載の遺伝子を導入して得られる微生物であって、芳香族アルコールを芳香族カルボン酸に変換できる微生物。
【0012】
(4)微生物が大腸菌であることを特徴とする(3)に記載の微生物。
【0013】
(5)(3)又は(4)に記載の微生物を、芳香族アルコールを含む培地で培養して培養物又は菌体から芳香族カルボン酸を得ることを特徴とする、芳香族カルボン酸の製造法。
【0014】
(6)芳香族アルコールが、1,4-ジヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチル-6-メチルナフタレン、1-ヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチルナフタレン、ベンジルアルコール、2-メチルベンジルアルコール、3-メチルベンジルアルコール、4-メチルベンジルアルコール、2-ヒドロキシベンジルアルコール、4-ヒドロキシベンジルアルコール、3-メトキシベンジルアルコール、4-メトキシベンジルアルコール、3-クロロベンジルアルコール、又はバニリルアルコールであり、前記芳香族アルコールから生成する芳香族カルボン酸がそれぞれ4-ヒドロキシメチル-1-ナフトエ酸、6-メチル-2-ナフトエ酸、1-ナフトエ酸、2-ナフトエ酸、安息香酸、2-メチル安息香酸、3-メチル安息香酸、4-メチル安息香酸、2-ヒドロキシ安息香酸、4-ヒドロキシ安息香酸、3-メトキシ安息香酸、4-メトキシ安息香酸、3-クロロ安息香酸、又は桂皮酸であることを特徴とする(5)に記載の芳香族カルボン酸の製造法。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、芳香族カルボン酸の新規な製造手段を提供する。芳香族カルボン酸は、医薬品の原料や香料などとして利用されており、本発明は、これらの製造に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
最初に本発明のペプチドについて説明する。
【0018】
本発明のペプチドには、以下の(a)、(b)、又は(c)に示すペプチドが含まれる。
【0019】
(a)配列番号4、配列番号5、又は配列番号6記載のアミノ酸配列からなるペプチド
(b)配列番号4、配列番号5、又は配列番号6記載のアミノ酸配列において1もしくは複数個のアミノ酸が付加、欠失もしくは置換されたアミノ酸配列からなり、かつ芳香族化合物デヒドロゲナーゼ活性を有するペプチド
(c)配列番号1、配列番号2、又は配列番号3記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする細菌由来のペプチドであって、芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するペプチド
(a)のペプチドは、ロドコッカス・エリスロポリス(Rhodococcus erythropolis)PR4株中に含まれる3種類の芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子(遺伝子番号:052-0446M、010-0034N、049-0049M)がコードする芳香族アルコールデヒドロゲナーゼである。これらの3種類のペプチドは1,4-ジヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチル-6-メチルナフタレン、1-ヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチルナフタレン、ベンジルアルコール、2-メチルベンジルアルコール、3-メチルベンジルアルコール、4-メチルベンジルアルコール、2-ヒドロキシベンジルアルコール、4-ヒドロキシベンジルアルコール、3-メトキシベンジルアルコール、4-メトキシベンジルアルコール、3-クロロベンジルアルコール、及びバニリルアルコール基質として芳香族アルデヒドを生成する。また、配列番号6記載のアミノ酸配列からなるペプチドは上記芳香族アルコール以外にもキシレン-α,α’-ジオールを基質とし、配列番号5記載のアミノ酸配列からなるペプチドは上記芳香族アルコール以外にも3-ヒドロキシベンジルアルコールを基質とし、芳香族アルデヒドを生成する。
【0020】
(b)のペプチドは、(a)のペプチドに、(a)のペプチドと同様の芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ活性を失わせない程度の変異が導入されたペプチドである。このような変異は、自然界において生じる変異のほかに、人為的な変異をも含む。人為的変異を生じさせる手段としては、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. 10, 6487-6500, 1982)などを挙げることができるが、これに限定されるわけではない。変異したアミノ酸の数は、前記した活性を失わせない限り、その個数は制限されないが、通常は、30アミノ酸以内であり、好ましくは20アミノ酸以内であり、更に好ましくは10アミノ酸以内であり、最も好ましくは5アミノ酸以内である。
【0021】
(c)のペプチドは、DNA同士のハイブリダイゼーションを利用することにより得られる(a)のペプチドと同様の芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ活性を持つペプチドである。(c)のタンパク質における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、37℃でのハイブリダイゼーション及び1×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による37℃での洗浄処理といった条件であり、好ましくは、42℃でのハイブリダイゼーション及び0.5×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理といった条件であり、更に好ましくは、65℃でのハイブリダイゼーション及び0.2×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理といった条件である。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、配列番号1、配列番号2、又は配列番号3記載の塩基配列で表されるDNAと通常高い相同性を有する。高い相同性とは、60%以上の相同性、好ましくは75%以上の相同性、更に好ましくは90%以上の相同性を指す。
【0022】
本発明のペプチドをコードする遺伝子を導入することによって、芳香族アルコールを芳香族カルボン酸に変換できる微生物を作ることができる。
【0023】
遺伝子導入の対象とする微生物は特に限定されないが、大腸菌が好ましい。また、芳香族アルコールから芳香族カルボン酸を生産するには、芳香族アルコールデヒドロゲナーゼと芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼが必要なので、遺伝子導入の対象とする微生物が芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼを生産しない場合には、芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子も導入する。このとき導入する芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子は特に限定されず、例えば、シュードモナス・プチダのTOLプラスミドpWW0中に含まれるxylC遺伝子、アシネトバクター・カルコアセチカスNCIB 8250が有するxylC遺伝子、スフィンゴモナス属14DN61株が有するphnN遺伝子などを挙げることができる。
【0024】
このような微生物を、芳香族アルコールを含む培地で培養し、培養物又は菌体から芳香族カルボン酸を採取することにより芳香族カルボン酸を製造することができる。使用する培地は、微生物が基質として利用できる芳香族アルコールを含む培地であれば特に限定されず、例えば、1,4-ジヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチル-6-メチルナフタレン、1-ヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチルナフタレン、ベンジルアルコール、2-メチルベンジルアルコール、3-メチルベンジルアルコール、4-メチルベンジルアルコール、2-ヒドロキシベンジルアルコール、4-ヒドロキシベンジルアルコール、3-メトキシベンジルアルコール、4-メトキシベンジルアルコール、3-クロロベンジルアルコール、及びバニリルアルコールからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む培地を使用することができる。また、配列番号6記載のアミノ酸配列からなるペプチド又はこれと同様の酵素活性をもつペプチドをコードする遺伝子を導入した微生物を用いる場合は、キシレン-α,α’-ジオールを含む培地を用いてもよく、配列番号5記載のアミノ酸配列からなるペプチド又はこれと同様の酵素活性をもつペプチドをコードする遺伝子を導入した微生物を用いる場合は、3-ヒドロキシベンジルアルコールを含む培地を用いてもよい。なお、本発明において「芳香族アルコール」とは、芳香環を持ち、芳香環を構成する炭素以外の炭素と結合するヒドロキシル基(好ましくは、ヒドロキシメチル基)を少なくとも一つ持つ物質をいう。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
【0026】
〔実施例1〕 遺伝子操作実験
プラスミドの調製、制限酵素処理、ライゲーション反応、形質転換などの通常の遺伝子操作実験は、SambrookらのMolecular Cloning(Sambrook, J., Fritsch, E.F., and Maniatis, T., 1989, “Molecular cloning -a laboratory manual”, 2nd edition、または、 Sambrook, J., Russell, D.W., 2001, "Molecular cloning -a laboratory manual", Third edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y.)に示された方法、または、試薬のプロトコールに示された方法により行った。
【0027】
〔実施例2〕 Rhodococcus erythropolis PR4株によるトルエンの変換
ロドコッカス・エリスロポリス(Rhodococcus erythropolis)PR4株はMBIC 01337として (株) 海洋バイオテクノロジー研究所より分譲されているものを用いた。なお、この菌株は(独)製品評価技術基盤機構に寄託されている(受領番号:NITE AP-90、受領日:2005年6月14日)。R. erythropolis PR4株を1 mMのトルエンあるいはベンジルアルコールを含むTSB(Tryptic Soy Broth, DIFCO)培地で二日間培養した。この培養液100 μlに対し酢酸エチル 150 μl、3N塩酸10 μlを加えボルテックス攪拌を行い、15,000 rpmで5分間遠心し、上清の酢酸エチル相を回収後乾固した。次に、トリメチルシリル化剤(ジーエルサイエンス(株))でトリメチルシリル化してガスクロマトグラフィー-マススペクトロスコピー(GC-MS)用サンプルとした。GC-MSはQP5050A(島津製作所製)を使用し、カラムはDB-5 カラム(30 x0.25mm、J&W Scientific社製の)を使用した。カラム温度は最初50℃で5分間を保った後、300℃まで10℃/分の速度で昇温し、300℃で4分間を保った(1サンプルにつき計34分の測定条件)。注入温度と検出温度は300℃であった。
【0028】
分析結果を図1に示す。トルエンを含む培地で培養した場合、産物Iと産物IIのピークが検出された(図1A)。これらは、それぞれベンジルアルコール、安息香酸と同定された。ベンジルアルコールを含む培地で培養した場合、ベンジルアルコールのピークのほか、産物IIのピークが検出された(図1B)。産物IIは安息香酸と同定された。以上の結果から、R. erythropolis PR4株は図2に示すようなトルエン代謝経路を有しており、トルエンを分解するためのモノオキシゲナーゼ、アルコールデヒドゲナーゼ及びアルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子を持っていることが示唆された。
【0029】
〔実施例3〕 Rhodococcus erythropolis PR4株からの染色体DNAの調製
R. erythropolis PR4株を300 mlのTryptic Soy Broth (TSB) 培地(Difco)で30℃、一日培養した。菌体を集菌後、STE緩衝液(100 mM NaCl, 10 mM Tris・HCl, 1 mM EDTA, pH 8.0 )で二回洗浄し、68℃で15分間熱処理をした後、5 mg/ml のリゾチーム(Sigma)と100 μg/mlのRNase (Sigma)を含むI液 (50 mM グルコース、25 mM Tris・HCl, 10 mM EDTA, pH 8.0)に懸濁した。37℃で1時間インキュベートした後、10 mg/mlになるようにProtenase K (Sigma)を加え、37℃で10分間インキュベートした。さらに最終濃度が1% になるようにN-ラウロイルサルコシン・Naを添加し、転倒混和により穏やかに完全に混合した後37℃で3時間インキュベートした。さらにフェノール/クロロホルム抽出を数回行った後、2倍量のエタノールをゆっくりと添加しながら、析出してきた染色体DNAをガラス棒で巻きつけ、70% エタノールでリンスした後、2 mlのTE緩衝液(10 mM Tris・HCl, 1 mM EDTA, pH 8.0)に溶解して、染色体DNA溶液とした。
【0030】
〔実施例4〕 PCR法によりアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子(xylB)の取得
R. erythropolis PR4株のゲノム情報からこれまで知られていたxylB遺伝子と類似性を示す三つのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子が見つかった(遺伝子番号:052-0446M、010-0034N、049-0049M)。これらの遺伝子をクローニングするためにPCRを行った。052-0446Mの全領域DNA配列を含む断片をプライマー(5’GTGAAAACACGGCGCCATGT3’(配列番号7)および5’CGACGCGATCGACTCGCAAT 3’(配列番号8))で増幅し、NovagenのベクターpT7Blueに挿入してプラスミドpT7-0446Mを構築した。010-0034Nの全領域DNA配列を含む断片をプライマー(5’ACGACGAATTCCTTGTTGTT3’(配列番号9)および5’ CGGCAACCGAAATAGCTAGT3’(配列番号10))で増幅し、pT7Blueに挿入してプラスミドpT7-0034Nを構築した。049-0049Mの全領域DNA配列を含む断片をプライマー(5’TGATTCGCGCCGAACAGAAT3’(配列番号11)および5’ GAATGAGACATTTCGCCCCT3’(配列番号12) で増幅し、pT7Blueに挿入してプラスミドpT7-0049Mを構築した。052-0446M、010-0034N、及び049-0049Mの塩基配列をそれぞれ配列番号1、配列番号2、及び配列番号3に示す。また、これらの遺伝子がコードするペプチドのアミノ酸配列をそれぞれ配列番号4、配列番号5、及び配列番号6に示す。
【0031】
052-0446M、010-0034N、049-0049Mと関連のタンパク質のアミノ配列を用いて系統樹を作製した(図3)。図中の数字はbootscrap値である(1000回テスト)。また、図中の「052-0446M_Rhodococcus PR4」、「010-0034N_Rhodococcus PR4」、及び「049-0049M_Rhodococcus PR4」は、それぞれ前述した052-0446M、010-0034N、及び049-0049Mのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子がコードするタンパク質を表す。図中の「TerpD_Pseudomonas」は Pseudomonas属のTerpD(Peterson, J. A., Lu, J. Y., Geisselsoder, J., Graham-Lorence, S., Carmona, C., Witney, F., Lorence, M. C., Cytochrome P-450terp. Isolation and purification of the protein and cloning and sequencing of its operon. J. Biol. Chem. Jul 15;267(20):14193-14203. 1992.)を表し、「XylB_Rhodococcus TKN14」は Rhodococcus opacus TKN14株のXylB(発明者が所属する(株)海洋バイオテクノロジー研究所所有のデータ)を表し、「MyrB_Pseudomonas」はPseudomonas sp. M1株のアルコールデヒドロゲナーゼMyrB(Iurescia, S., Marconi, A. M., Tofani, D., Gambacorta, A., Paterno, A., Devirgiliis, C., van der Werf, M. J., Zennaro, E. Identification and sequencing of beta-myrcene catabolism genes from Pseudomonas sp. strain M1. Appl. Environ. Microbiol. Jul;65(7):2871-2876. 1999.)を表し、「XylB_TOL」はPseudononas putida strain mt-2のTOL プラスミドにコードされるXylB(Shaw, J. P., Rekik, M., Schwager, F., and Harayama, S., Kinetic studies on benzyl alcohol dehydrogenase encoded by TOL plasmid pWW0, J. Biological Chemistry, 268, 10842-10850, 1993)を表し、「XylB_pWW0」はPseudononas putida TOL プラスミドpWW0にコードされるXylB(Harayama, S., Rekik, M., Wubbolts, M., Rose, K., Leppik, R. A., and Timmis, K., Characterization of five genes in the upper-pathway operon of TOL plasmid pWW0 from Pseudomonas putida and identification of the gene products. J. Bacteriol. 171(9), 5048-5055, 1989)を表し、「AreB_Acineto」はAcinetobater sp. ADP1株のAreB(Jones, R. M., Collier, L. S., Neidle, E. L., Williams, P. A., areABC genes determine the catabolism of aryl esters in Acinetobacter sp. Strain ADP1. J. Bacteriol. Aug;181(15):4568-4575. 1999)を表し、「XylB_Acineto」はAcinetobater calcoaceticus NCIB 8250のXylBを表し、「XylB_AcinetoII」はAcinetobacter calcoaceticus NCIB 8250のXylB(Gillooly, D. J., Robertson, A. G. S., and Fewson, C. A., Molecular characterization of benzyl alcohol dehydrogenase and benzaldehyde dehydrogenase II of Acinetobacter calcoaceticus. Biochem. J. 330, 1375-1381, 1998)を表し、「ADH1_Man」はヒトのアルコールデヒドロゲナーゼ(Matsuo, Y., Yokoyama, S., Molecular structure of the human alcohol dehydrogenase 1 gene. FEBS Lett., 243, 57-60, 1989)を表す。
【0032】
010-0034Nと049-0049Mにコードされるタンパク質がお互いに46%の相同性(同一性)を示し、一つのグループを形成した。また、これらのタンパク質は、これまでよく研究されていたTOLプラスミドのキシレン代謝系のXylBタンパク質グループと42%〜46%の相同性を示した。これに対して052-0446Mにコードされるタンパク質はTOLプラスミドのキシレン代謝系のXylBタンパク質グループと30%の相同性しか認められなかった。以上の結果から、今回解析した052-0446M、010-0034N、049-0049M遺伝子は既存のものとはいずれも、コードされるアミノ酸配列レベルで46%以下の相同性しか有さない新規な遺伝子であることが明らかとなった。
【0033】
〔実施例5〕 プラスミドpPhnN-XylB0446M、pPhnN-XylB0034NおよびpPhnN-XylB0049Mの作製
今回クローニングしたアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子は単独ではそれらがコードする酵素の活性を検出しにくいので、それぞれの遺伝子をphnN遺伝子の上流に配置したプラスミド(pPhnN-XylBシリーズ)を作製し、酵素活性の測定を行った。phnN遺伝子は1,4-ジメチルナフタレン資化菌Sphingomonas sp. 14DN61株から単離された芳香族アルデヒドデヒドロゲナーゼ遺伝子である(Peng, X., Maruyama, T., Shindo, K., Kanoh, K., Ikenaga, H., and Misawa, N., International Congress on Biocatalysis, Hamburg 2004, Book of Abstracts, p. 227, 2004)。プラスミドpPhnN(pNB2.18N)は、このphnN遺伝子を含む2.18-kb NotI-BamHI断片がpBluescript II SK+のNotI-BamHI部位に挿入されたプラスミドである。今回作製したプラスミドpPhnN-XylBシリーズ(図4)を持つ大腸菌は、芳香族アルデヒドからカルボン酸へ容易に変換できるようになり、カルボン酸の生成量を定量することによってxylB遺伝子産物の活性が評価できると考えられる。プラスミドは以下のように作製した。プラスミドpT7-0446の1.1-kb HindIII-KpnI断片をpPhnNのHindIII-KpnIに挿入してpPhnN-XylB0446Mを作製した。PT7-0034Nの1.2-kb BamHI-HindIII断片をpPhnNのBamHI-HindIIIに挿入してpPhnN-XylB0034Nを作製した。pT7-0049Mの1.1-kb HindIII-KpnI断片をpPhnNのHindIII-KpnIに挿入してpPhnN-XylB0049Mを作製した。
【0034】
〔実施例6〕 xylB遺伝子を持つ大腸菌の芳香族アルコールの変換活性
プラスミドpPhnNおよびpPhnN-XylBシリーズをそれぞれ含む大腸菌JM101を10 mlのアンピシリン100μg/mlを含むLB培地で30℃にて12時間培養を行った後、菌体を遠心操作により回収後、アンピシリン100μg/ml、0.2%(w/v)グルコース、0.01%(w/v)チアミン、1 mMのIPTGを含むM9培地(Na2HPO4, 6 g/L; KH2PO4, 3 g/L; NaCl, 0.5 g/L; NH4Cl, 1 g/L; MgSO4, 1 mM; CaCl2, 0.1 mM;FeSO4, 0.01 mM)3 mlに懸濁した。この菌体液を基質の数と同数用意し、各菌体液にそれぞれの基質溶液(100 mM DMSO溶液)を、基質の最終濃度が0.5 mMになるように添加した。この菌体を含む基質溶液を栓つき試験管に移し、蓋を密閉して30℃で二日間培養を行った。この培養液それぞれ200 μlを等量のメタノールと混ぜて遠心分離後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の分析に供した。HPLCはWaters Alliance(Waters社製)を使用し、カラムはオクタデシルシリカ逆相カラム(長さ:10 cm、直径:4.6 mm、Waters社製)を使用した。流速は1 ml/ minとした。サンプル注入後溶媒A(0.1% リン酸水溶液)を2分間流した後、溶媒B (0.1% リン酸アセトニトリル溶液) で70%までのグラジエントをかけ、その後、70%の溶媒B を5分間流した。検出は230から280 nm間で最大値を示す波長(max plot)で測定した。
【0035】
この結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
プラスミドpPhnN-XylB0049M、pPhnN-XylB0034N、pPhnN-XylB0046Mを持つ大腸菌(E. coli)JM101株は、多種類の芳香族アルコールを変換して芳香族カルボン酸を合成することができた。たとえば、1,4-ジヒドロキシメチルナフタレンから4-ヒドロキシメチル-1-ナフトエ酸を、2-ヒドロキシメチル-6-メチルナフタレンから6-メチル-2-ナフトエ酸を、1-ヒドロキシメチルナフタレンから1-ナフトエ酸を、2-ヒドロキシメチルナフタレンから2-ナフトエ酸を、ベンジルアルコールから安息香酸を、2-、3-、4-メチルベンジルアルコールからそれぞれ2-、3-、4-メチル安息香酸を、2-、4-ヒドロキシベンジルアルコールからそれぞれ2-、4-ヒドロキシ安息香酸を、3-、4-メトキシベンジルアルコールからそれぞれ3-、4-メトキシ安息香酸を、3-クロロベンジルアルコールから3-クロロ安息香酸を、バニリルアルコールからから桂皮酸を生成することが確認された。カルボン酸の生成量は、コントロールのプラスミドpPhnNを持つE. coli JM101のよりかなり高いことから、各XylBが機能した結果であることは明らかである。特に、ナフタレン骨格を持つアルコール化合物、すなわち、1,4-ジヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチル-6-メチルナフタレン、1-ヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチルナフタレンの変換活性が高いことは注目に値する。一方、3種類のプラスミドを持つ大腸菌のうち、キシレン-α,α’-ジオールは大腸菌(pPhnN-XylB0049M)のみが、3-ヒドロキシベンジルアルコールは大腸菌(pPhnN-XylB0034N)のみが、それぞれのカルボン酸に変換することができた。なお、2-メトキシベンジルアルコールに対する変換活性は、3種類の組換え大腸菌ともに確認されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】ロドコッカス・エリスロポリスPR4株のトルエン(A)、ベンジルアルコール(B)代謝産物のGC-MSによる解析結果を示す図である。
【図2】ロドコッカス・エリスロポリスPR4株のトルエン代謝経路を示した図である。
【図3】XylBおよび関連酵素の系統樹を示す図である。
【図4】プラスミドpPhnN-XylB0446M、pPhnN-XylB0034N、pPhnN-XylB0049Mの構造を示す図である(制限酵素:N, Not I;B, BamHI;K, KpnI;H, HindIII)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)、(b)、又は(c)に示すペプチド:
(a)配列番号4、配列番号5、又は配列番号6記載のアミノ酸配列からなるペプチド、
(b)配列番号4、配列番号5、又は配列番号6記載のアミノ酸配列において1もしくは複数個のアミノ酸が付加、欠失もしくは置換されたアミノ酸配列からなり、かつ芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するペプチド、
(c)配列番号1、配列番号2、又は配列番号3記載の塩基配列からなるDNA又はそれと相補的なDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAがコードする細菌由来のペプチドであって、芳香族アルコールデヒドロゲナーゼ活性を有するペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載のペプチドをコードする遺伝子。
【請求項3】
請求項2に記載の遺伝子を導入して得られる微生物であって、芳香族アルコールを芳香族カルボン酸に変換できる微生物。
【請求項4】
微生物が大腸菌であることを特徴とする請求項3に記載の微生物。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の微生物を、芳香族アルコールを含む培地で培養して培養物又は菌体から芳香族カルボン酸を得ることを特徴とする、芳香族カルボン酸の製造法。
【請求項6】
芳香族アルコールが、1,4-ジヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチル-6-メチルナフタレン、1-ヒドロキシメチルナフタレン、2-ヒドロキシメチルナフタレン、ベンジルアルコール、2-メチルベンジルアルコール、3-メチルベンジルアルコール、4-メチルベンジルアルコール、2-ヒドロキシベンジルアルコール、4-ヒドロキシベンジルアルコール、3-メトキシベンジルアルコール、4-メトキシベンジルアルコール、3-クロロベンジルアルコール、又はバニリルアルコールであり、前記芳香族アルコールから生成する芳香族カルボン酸がそれぞれ4-ヒドロキシメチル-1-ナフトエ酸、6-メチル-2-ナフトエ酸、1-ナフトエ酸、2-ナフトエ酸、安息香酸、2-メチル安息香酸、3-メチル安息香酸、4-メチル安息香酸、2-ヒドロキシ安息香酸、4-ヒドロキシ安息香酸、3-メトキシ安息香酸、4-メトキシ安息香酸、3-クロロ安息香酸、又は桂皮酸であることを特徴とする請求項5に記載の芳香族カルボン酸の製造法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−345744(P2006−345744A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−174511(P2005−174511)
【出願日】平成17年6月15日(2005.6.15)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、生物機能を活用した生産プロセスの基盤技術開発、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(591001949)株式会社海洋バイオテクノロジー研究所 (33)
【Fターム(参考)】