説明

新規ストレスバイオマーカー及びその用途

【課題】新規なストレスバイオマーカーを利用したストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法や、ストレスの判定方法や、ストレス診断用キットを提供すること。
【解決手段】水浸拘束によりストレスを負荷したラットの血清を二次元電気泳動に供試する。ストレス負荷前後の二次元電気泳動の泳動像を比較し、ストレス負荷後の等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaに現れる複数種のスポットとして検出されるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A−IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれかのタンパク質をマーカーとして使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストレスを負荷させた非ヒト哺乳動物に被験物質を投与し、該被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清を二次元電気泳動に供試して、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上を指標としたストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法や、前記指標を利用したストレスの判定方法やストレス診断用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
厚生労働省の平成14年国民栄養調査結果によると、普段の生活でストレスを感じている人は、男性で76.9%、女性で84.2%にも上る。一般的にストレスの要因には、物理的(寒冷、放射線、騒音)、化学的(薬物、ビタミン不足、O欠乏)、生物的(細菌感染)なもの以外に、環境やライフサイクルの変化、仕事・家庭の問題や複雑な人間関係なども含まれている。ストレスは様々な病気の原因となり、例えば、ストレスが原因で発症したと考えられる消化性潰瘍、すなわちストレス性潰瘍などは大きな社会問題となっている。
【0003】
生体におけるストレスを測定する方法としては、例えば、新規ストレスタンパク質p20の抗体を用いたストレスタンパク質p20の測定方法や(例えば、特許文献1参照)、ヒト老化マーカー及びストレスマーカーを認識するAsp151がβD体であるaAクリスタリンに対して特異的な抗体を提供し、この抗体を組織・細胞に適用して、人の老化又は人のストレスのマーカーを検出するための方法や(例えば、特許文献2参照)、哺乳動物の血液中に存在するトリプトファンの濃度の変化率を指標にストレスを測定することを特徴とする測定方法(例えば、特許文献3参照)や、一定の個体のストレス量の指示要素として遊離の唾液中の副腎皮質ホルモンの量を用いてその視床下部−副腎の系における活性を測定することにより一定の哺乳類動物におけるストレスの量を測定するための方法(例えば、特許文献4参照)等が知られている。
【0004】
一方、ハプトグロビンは、血清α−グロブリンに属する糖蛋白質であり、溶血によって生ずるヘモグロビン(Hb)と強く結合して、安定な複合体を形成する。ヘモグロビン量がハプトグロビンとの結合量を上回ったときは、余剰のヘモグロビンは遊離の状態で血漿中に存在し、ヘモグロビン血症及び腎を経てヘモグロビン尿症を引き起こす。従って、ハプトグロビンは、熱傷、火傷、輸血、対外循環下開心術などの溶血反応に伴うヘモグロビン血症、ヘモグロビン尿症の治療に有効とされている。さらに、ビタミンD結合タンパク質(DBP)は、ビタミンDの主要なキャリヤータンパク(carrier protein)として、ビタミンDと結合し標的臓器に運搬する作用を持ち、そのアミノ末端ドメインでビタミンDカタボライトおよび代謝産物に、そしてそのカルボキシ末端ドメインでアクチンに、結合するマルチドメインタンパク質として知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
また、アポリポタンパク質は、リポタンパク質の重要な構成成分であり、血中において脂質を可溶性の状態にして組織へと運搬する役割を有すると共に、代謝上重要な機能を有しており、A、B、C、D、E等の種類が存在する。これらの中で、アポリポタンパク質Eは、酸化ストレスに影響し得る複数機能分子であり、アポリポタンパク質Eの発現は、酸化ストレスを悪化させることが知られている。そして、かかる知見から、アポリポタンパク質Eをコードする遺伝子の発現を指標の一つとし、該遺伝子の多型の出現を評価することで酸化的損傷に対するヒトの相対的感受性を評価する方法が提案されている(例えば、特許文献5参照)。さらに、アポリポタンパク質A-IVは、合成の主要部位である腸で乳び脂粒粒子とともに分泌され、正確な機能は知られていないが、生体外でレシチン-コレステロールアシル基転移酵素の強力な活性化剤でとして知られている。
【0006】
【特許文献1】特開平7−181180号公報
【特許文献2】特開2002−107363号公報
【特許文献3】特開2004−198325号公報
【特許文献4】特表2005−506516号公報
【特許文献5】特表2004−528840号公報
【非特許文献1】Proc.Soc.Exp.Biol.Med.,212,305-12.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、新規なストレスバイオマーカーを利用したストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法や、ストレスの判定方法や、ストレス診断用キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、以前にストレスに関与する有効なバイオマーカーを探索するため、ストレス発症前後において、二次元電気泳動(以下、2−Dともいう。)法により血液中の発現たんぱく質の解析を行ったところ、ストレス発症後の2−D像には、ストレス発症前の2−D像とは異なるスポット群の発現を確認した。このスポット群はpH6.0〜7.0、分子量40〜55kDa付近に数種類見い出され、これらのスポットのうち2つをクレアチンキナーゼと同定している(特願2005−257152)。そして、前記クレアチンキナーゼなどに由来するストレスバイオマーカーとは別のバイオマーカーを探索するため、さらに鋭意研究を重ねたところ、ストレス発症後にその発現量の増減が見られる新たなスポット群を等電点(pI)5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaに見い出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、(1)非ヒト哺乳動物に、ストレスを負荷する前後又は同時に、被験物質を投与し、該被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清を二次元電気泳動に供試して、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上を検出し、被験物質を投与しない場合と比較・評価することを特徴とするストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法や、(2)非ヒト哺乳動物に、ストレスを負荷する前後又は同時に、被験物質を投与し、該被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清からアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体を検出し、被験物質を投与しない場合と比較・評価することを特徴とするストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法に関する。
【0010】
また本発明は、(3)哺乳動物から採取した血清を二次元電気泳動に供試し、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上を検出し、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較・評価することを特徴とするストレスの判定方法や、(4)哺乳動物から採取した血清中のアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体を検出し、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較・評価することを特徴とするストレスの判定方法に関する。
【0011】
さらに本発明は、(5)ストレスを負荷させた哺乳動物から採取した血清を二次元電気泳動法に供試したとき、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上のタンパク質、若しくはこれらのいずれかに特異的に結合する抗体、又はそれらの標識物を備えたことを特徴とするストレス診断用キットに関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法によれば、ストレスを負荷させて被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清を二次元電気泳動に供試して、pI5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaに現れるスポットを検出することにより行うため、従来のように試験動物を殺すことなく、ストレス抑制物質又はストレス増強物質をスクリーニングすることができる。上記ストレス抑制物質はストレス治療剤として有用であり、ストレス増強物質はストレス発症の機構を解明する上で有用である可能性がある。
【0013】
また、本発明の判定方法によれば、ストレスを発症した際に血液中に発現する新規ストレスバイオマーカー又はそれに対する抗体を検出することで、非侵襲的にストレスの判定が可能であるため、簡便かつ迅速に実験動物やペット、ヒト等のストレスを検出することができ、前記新規ストレスバイオマーカーを含有するストレス診断用キットは、汎用性に富み、高精度かつ高感度でストレスを判定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法としては、非ヒト哺乳動物に、ストレスを負荷する前後又は同時に、被験物質を投与し、該被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清を二次元電気泳動に供試して、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上を検出し、被験物質を投与しない場合と比較・評価する方法(以下、スクリーニング方法[1]ともいう。)や、非ヒト哺乳動物に、ストレスを負荷する前後又は同時に、被験物質を投与し、該被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清からアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体を検出し、被験物質を投与しない場合と比較・評価する方法(以下、スクリーニング方法[2]ともいう。)であれば特に制限されず、上記非ヒト哺乳動物としては、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウス、サル等を挙げることができる。上記ストレスを負荷する方法としては、水浸法、拘束法、水浸拘束法、床電撃法等の公知のストレス負荷方法を挙げることができる。また、上記被検物質としては、ペプチド、タンパク質、核酸、合成化合物、微生物発酵物、海洋生物抽出物、植物抽出物、原核細胞紬出物、真核単細胞抽出物、動物細胞抽出物等を挙げることができる。なお、本発明において、血清には、便宜上血漿も含まれる。
【0015】
本発明における二次元電気泳動法としては、例えば等電点と分子量というタンパク質の有する2つの物性面から分離を行う方法であれば特に制限されるものではなく、一般的には、まずキャピラリーゲルや市販のストリップゲルなどを分離媒体として等電点電気泳動を行い、泳動を終了したゲルを第2の平面状のSDS−ポリアクリルアミドゲル(slab gel)に載せ、等電点電気泳動の展開方向に対して直角の方向に電気泳動することにより行うことができ、より好適には文献(J.Korean Med. Sci.,18(4) 505 2003;Electrophoresis,23(15),2513 2002)記載の方法や、下記実施例による方法を挙げることができ、下記実施例に記載した方法が、ストレス負荷後に変化するタンパク質の増減を視覚できるため、被験物質を投与しない場合との比較・評価の点から好ましい。また、SDS−ポリアクリルアミドゲルから、血清中のタンパク質を分離する方法としては、「プロテオーム解析のための2次元電気泳動ガイド(バイオ・ラッド(株)社)」記載の方法に準じて行うことができる。
【0016】
上記スクリーニング方法[1]において、被験物質を投与しない場合と比較して、アポリポタンパク質Eの検出量が減少した場合、被験物質はストレス抑制物質と評価され、他方、検出量が増大した場合、ストレス増強物質と評価される。また、上記スクリーニング方法[1]において、被験物質を投与しない場合と比較して、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上の検出量が増加した場合、被験物質はストレス抑制物質と評価され、他方、検出量が減少した場合、被験物質はストレス増強物質と評価される。そして、検出量の減少及び増大の判定は、例えばクマシーブルー等の染色液にて、アポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーの各スポットを視覚化することで容易に行うことができ、また前記スポットを切り出し、トリプシン等のプロテアーゼで消化し抽出された成分を質量分析等により直接定量し、その増減を判定することにより行うこともできる。なお、ハプトグロビンのスポットは、3種のスポットとして現われるが、いずれを検出してもよい。
【0017】
また、上記スクリーニング方法[2]において、アポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかのタンパク質に特異的に結合する抗体の検出方法としては特に制限されないが、具体的には、抗原と抗体の結合反応を利用した免疫学的検出法等を好適に挙げることができる。例えば、アポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、又はビタミンD結合タンパク質プリカーサーの検出方法としては、標識した抗アポリポタンパク質Eモノクローナル抗体、標識した抗アポリポタンパク質A-IVモノクローナル抗体、標識した抗ハプトグロビンモノクローナル抗体、又は標識した抗ビタミンD結合タンパク質プリカーサーモノクローナル抗体を用い、また、アポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、又はビタミンD結合タンパク質プリカーサーに特異的に結合する抗体の検出方法としては、標識又はペプチドタグ化したアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、又はビタミンD結合タンパク質プリカーサーを用いて、例えばイムノクロマト法、ELISA法等の免疫学的検出法を挙げることができる。標識物質としては、アルカリフォスファターゼ、HRP等の酵素、抗体のFc領域、GFP等の蛍光物質などを具体的に挙げることができ、またペプチドタグとしては、HA、FLAG、Myc等のエピトープタグや、GST、マルトース結合タンパク質、ビオチン化ペプチド、オリゴヒスチジン等の親和性タグなどの従来知られているペプチドタグを具体的に例示することができる。
【0018】
上記スクリーニング方法[2]において、被験物質を投与しない場合と比較して、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体の検出量が増加した場合、被験物質はストレス抑制物質と評価され、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体の検出量が減少した場合、被験物質はストレス増強物質と評価される。また、アポリポタンパク質E又はアポリポタンパク質Eに特異的に結合する抗体の検出量が増加した場合、被験物質はストレス増強物質と評価され、アポリポタンパク質E又はアポリポタンパク質Eに特異的に結合する抗体の検出量が減少した場合、被験物質はストレス抑制物質と評価される。
【0019】
本発明のストレスの判定方法としては、哺乳動物から採取した血清を二次元電気泳動に供試し、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上を検出し、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較・評価する方法(以下、ストレス判定方法[1]ともいう。)や、哺乳動物から採取した血清中のアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体を検出し、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較・評価する方法(以下、ストレス判定方法[2]ともいう。)であれば特に制限されず、上記哺乳動物としては、ヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウス、サル等を挙げることができる。また、本発明に用いる比較対象試料としての健常な哺乳動物の血清は、ストレスが負荷されていない健常な哺乳動物の血清を使用することができる。
【0020】
上記ストレス判定方法[1]において、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較して、アポリポタンパク質Eの検出量が増加した場合、評価対象の哺乳動物はストレスと判定されることになる。また、上記ストレス判定方法[1]において、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較して、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質の検出量が減少した場合、評価対象の哺乳動物はストレスと判定されることになる。そして、検出量の減少及び増大の判定は、前記スクリーニング方法[1]におけると同様に行うことができる。
【0021】
上記ストレス判定方法[2]において、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較して、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体の検出量が減少した場合、評価対象の哺乳動物はストレスと判定され、アポリポタンパク質E又はアポリポタンパク質Eに特異的に結合する抗体の検出量が増加した場合、評価対象の哺乳動物はストレスと判定されることになる。また、ストレス判定方法[2]において、アポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかのタンパク質に特異的に結合する抗体の検出方法としては特に制限されないが、具体的には、抗原と抗体の結合反応を利用した免疫学的検出法等を好適に挙げることができる。例えば、前記スクリーニング方法[2]におけると同様に行うことができる。
【0022】
本発明のストレスの判定方法を用いると、例えばストレスに起因する、胃潰瘍、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎等の消化器系疾患、高血圧症、狭心症、心筋梗塞、不整脈等の心血管系の疾患、筋肉疲労、慢性関節リウマチ、腰痛症、片頭痛、緊張性頭痛等の筋骨格系の疾患、気管支喘息、過呼吸症候群等の呼吸器系の疾患、種々の糖尿病合併症、脳神経疾患などを早期に発見することができる。
【0023】
本発明のストレス診断用キットとしては、ストレスを負荷させた哺乳動物から採取した血清を二次元電気泳動法に供試したとき、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上のタンパク質、若しくはこれらのいずれかに特異的に結合する抗体、又はそれらの標識物を備えたキットであれば特に制限されず、本発明のストレス診断用キットは、ヒト、ペット等のストレス性疾患、例えばストレスに起因する、胃潰瘍、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎等の消化器系疾患、高血圧症、狭心症、心筋梗塞、不整脈等の心血管系の疾患、筋肉疲労、慢性関節リウマチ、腰痛症、片頭痛、緊張性頭痛等の筋骨格系の疾患、気管支喘息、過呼吸症候群等の呼吸器系の疾患、種々の糖尿病合併症、脳神経疾患などの早期発見用検査キットとして有用である。
【0024】
後述する実施例4の結果から明らかなように、アポリポタンパク質A−IVは、絶食により血清中の発現量が低下する。すなわち、絶食25時間、29時間、34時間で、それぞれ絶食前の約42%、約26%、約21%と血清中のアポリポタンパク質A−IV濃度が低下することから、アポリポタンパク質A−IVは、上述のストレスマーカーと同様に、絶食マーカーとして有利に用いることができる。例えば、ダイエット前後の血清中のアポリポタンパク質A-IV又はこれに特異的に結合する抗体を検出し、ダイエット後のアポリポタンパク質A-IV量又はこれに特異的に結合する抗体量を、ダイエット前と比較・評価し、その低下が著しい場合は正常な栄養状態でないとする栄養状態の判定方法や、拒食症の疑いのあるヒトの血清中のアポリポタンパク質A-IV又はこれに特異的に結合する抗体を検出し、正常な栄養状態にあるヒトのアポリポタンパク質A-IV量又はこれに特異的に結合する抗体量と比較・評価し、その量が著しく低い場合は正常な栄養状態でないとする栄養状態の判定方法等に用いることができる。
【0025】
本発明に使用するアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、又はビタミンD結合タンパク質プリカーサーに特異的に結合する抗体は、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体等の免疫特異的な抗体を具体的に挙げることができ、これらは上記アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、又はビタミンD結合タンパク質プリカーサーを抗原として用いて常法により作製することができるが、その中でもモノクローナル抗体がその特異性の点でより好ましい。
【0026】
アポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、又はビタミンD結合タンパク質プリカーサーに対する抗体は、慣用のプロトコールを用いて、動物(好ましくはヒト以外)にアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、若しくはビタミンD結合タンパク質プリカーサー、又はエピトープを含む断片、又は該タンパク質を膜表面に発現した細胞を投与することにより産生され、例えばモノクローナル抗体の調製には、連続細胞系の培養物により産生される抗体をもたらす、ハイブリドーマ法(Nature 256, 495-497, 1975)、トリオーマ法、ヒトB細胞ハイブリドーマ法(Immunology Today 4, 72, 1983)及びEBV−ハイブリドーマ法(MONOCLONAL ANTIBODIES AND CANCER THERAPY, pp.77-96, Alan R.Liss, Inc., 1985)など任意の方法を用いることができる。
【0027】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
(試験動物の調製)
[水浸拘束試験]
1週間の予備飼育を行った7週齢のSD(Sprague-Dawley)雄性ラット(体重150g〜180g)を用い、1日1回7日間連続で飼料を経口投与した。24時間の絶食後、ストレスケージに動物を入れ、剣状突起の高さまで水に浸し、10時間の水浸拘束を行った。
【0029】
[採血]
水浸拘束前後に採血を行った。得られた血液は室温で1時間静置した後、遠心分離(3,000rpm、15分)し、その上清を血清として−40℃で保管した。なお、ストレス負荷前血清は、24時間の絶食をする前にエーテル麻酔し、負荷のかからない尾静脈より採取した。また、胃潰瘍発症後のストレス負荷後血清は、10時間の水浸拘束後にエーテル麻酔し、血液をなるべく全量採取できる心臓より採取し、二次元電気泳動に供試した。
【実施例2】
【0030】
(ストレスバイオマーカーの同定)
[2次元ディファレンスゲル電気泳動解析(2D DIGE)]
二次元電気泳動は、「Ettan DIGE 簡易マニュアル(GE Healthcare社)」記載の方法に準じて、解析用とピック(Pick)用をそれぞれ別個に行った。水浸拘束試験によって得られた血清をMontage Albumin Deplete Kit(Millipore Corporation社製)、及び2-D Clean-Up Kit(GE Healthcare社製)で処理し、風乾したものを溶解液(7M 尿素、2M チオ尿素、4% CHAPS、0.03M Tris)で5mg/mlに調製した。(解析用は、水浸拘束によるストレス負荷前、水浸拘束によるストレス負荷後、およびこれらの等量混合物をそれぞれCy3、Cy5、Cy2(GE Healthcare社製)で標識し、サンプルとした。)サンプルに2×サンプルバッファー(7M 尿素、2M チオ尿素、4% CHAPS、2% DTT)を等量混合したのち、膨潤バッファー(7M 尿素、2M チオ尿素、2% CHAPS、1% DTT、0.002% BPB)に溶解し、IPGバッファー(pH3−10)(GE Healthcare社製)を終濃度1%となるように添加して1次元目の電気泳動に供した。一次元目にはpH3〜10の範囲のImmobilineドライストリップを用い、ゲル1枚あたり解析用は150μg、ピック用は600μgのタンパク質量に相当するサンプルをアプライした。Immobilineドライストリップは乾燥防止のためにミネラルオイルを重層し、Ettan IPGphor(GE Healthcare社製)により等電点電気泳動を行った。等電点電気泳動が完了したImmobilineドライストリップは還元アルキル化した後、ゲル濃度10%で調製したポリアクリルアミドゲルにアプライし、二次元目の電気泳動を行った。電気泳動が完了した解析用ゲルは、Tyhoon 9400 (GE Healthcare社製)により画像を読み込んだ。また、ピック用ゲルは、Deep Purple(GE Healthcare社製)で染色したのちTyphoon9400にて画像を読み込んだ。
【0031】
[画像解析]
水浸拘束によるストレス負荷前後の泳動像をDecyder(GE Healthcare)ソフトウェアで解析し、解析用ゲルを用いて変化のあるスポットを見出し、ピック用ゲルとマッチングさせた。なお、ストレス負荷後のタンパク質の検出量が増加したものは赤色で、減少したものは緑色で表示されている(図1参照)。
【0032】
[タンパク質同定]
変化が見られたスポットをピック用ゲルから切り出し、トリプシンでゲル内消化後、ペプチド混合物を抽出した。MALDI-TOF/TOF MS Ultraflex (Bruker Daltonics)を用い、MALDI-TOF/MS(Matrix Assisted Laser Desorption Ionization-Time of Flight/MassSpectrometry;マトリックス支援レーザ脱離イオン化−飛行時間型質量分析法)により分解成分の分子量を測定し得られたピークを解析後、Mascot検索で、Database1:NCBInr、Peptide Mass Tolerance:±0.1〜1.0Da、Fragment Mass Tolerance:±0.5〜1.5Da、Max Missed Clevages:1の検索条件によりコンビネーションサーチを行い、ゲノム及びタンパク質データベースから検索したところ、表1に示すように、アポリポタンパク質E(等電点:5.23、分子量:35,798)、アポリポタンパク質A-IV(等電点:5.12、分子量:44,429)、ハプトグロビン(等電点:6.1、分子量:39,052)、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサー(等電点:5.76、分子量55,079)であることがわかった。また上記画像解析結果と上記同定結果から、これらのタンパク質のうち、水浸拘束によるストレス負荷後に増加したタンパク質は、アポリポタンパク質Eであり、減少したタンパク質は、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーであることがわかった。
【0033】
【表1】

【実施例3】
【0034】
(ELISAによるアポリポタンパク質Eの測定)
1.走行試験
被験者(A、B、C)3名で2km、約20分間のジョギング試験を実施した。普段運動をしていないA及びCにとってジョギングはストレスとなり、普段から筋肉トレーニングで体を動かしているBにとってジョギングはストレスとならないとのことであった。
【0035】
2.採血
ジョギング前後に上腕静脈より採血を行った。得られた血液を4℃で、一晩静置した後、遠心分離(3000rpm、15分)し、その上清を血清として−40℃で保管した。
【0036】
3.ELISAによるアポリポタンパク質Eの検出
固相化抗体にAnti-Apolipoprotein E(E-7C8)BML010(フナコシ)を、ビオチン標識抗体にAnti-Apolipoprotein E(E-3D2)BML012(フナコシ)を用いたサンドイッチELISAにより、ジョギング前後のA、B、Cの血清中のアポリポタンパク質Eを測定した。その結果、3名の被験者の内、A、C2名でアポリポタンパク質Eが増加し、Bで減少した(図2)。これは、普段運動をしていないA及びCにとってジョギングが大きなストレスとなり、実施例1に示したラットの水浸拘束試験と同様、ジョギング(ストレス負荷)後にアポリポタンパク質Eが増加したものと考えられた。一方、筋肉トレーニングで普段から体を動かしているBにはジョギングがストレスとはならず、アポリポタンパク質Eが増加しなかったと考えられた。以上のことから、アポリポタンパク質Eのストレスマーカーとしての有効性が明らかとなった。また、抗アポリポタンパク質E抗体を用いたELISAや、さらに簡易なイムノクロマト法などにより、ストレス負荷個体の血清から容易にアポリポタンパク質Eが測定可能であり、その増減によりストレス負荷の判定できると考えられた。
【実施例4】
【0037】
(ELISAによるアポリポタンパク質A−IVの測定)
1.水浸拘束試験
1週間の予備飼育を行った7週齢のSprague-Dawley(SD)雄性ラット(体重150g〜180g)を用い、1日1回7日間連続で生理食塩水を経口投与した。24時間の絶食後、ストレスケージに動物を入れ、剣状突起の高さまで水に浸した。1時間、5時間、及び10時間の水浸拘束後、動物をエーテル致死させた。また、絶食後に水浸拘束せずケージに入れ、水浸拘束と同じ時間を経過させたものを対照とした。
【0038】
2.採血
ストレス負荷前は24時間の絶食前にエーテル麻酔し尾静脈より、また、ストレス負荷後は各時間の水浸拘束後にエーテル麻酔し心臓より、それぞれ採血を行った。得られた血液を室温で1時間静置した後、遠心分離(3000rpm、15分)し、その上清を血清として−40℃で保管した。
【0039】
3.ELISAによるアポリポタンパク質A−IVの検出
固相化抗体にAnti-Apolipoprotein A-IV(A4-18A3)BML001(フナコシ)を、ビオチン標識抗体にAnti-Apolipoprotein A-IV(A4-11G12)BML003(フナコシ)を用いたサンドイッチELISAにより、各血清中のアポリポタンパク質A−IVの相対量を測定した。そして、絶食開始時の吸光値を100%としたときの、ストレス負荷後あるいは対照のアポリポタンパク質A−IVを算出した。その結果、対照およびストレス負荷で、経過時間が長くなるとともにアポリポタンパク質A−IVの残存率は低下した(図3)。図中、1時間、5時間、10時間の経過時間を絶食時間に換算すると、それぞれ25時間、29時間、34時間となるが、アポリポタンパク質A−IVは絶食時間に従い、急激に減少することから、絶食マーカーとして有効と考えられた。さらに、ストレス負荷個体では、絶食のみの対照個体よりもアポリポタンパク質A−IVの低下が激しいことが明らかとなった。以上の結果から、アポリポタンパク質A−IVはストレスマーカーとしてだけではなく、絶食マーカーとしても有効であることを示すことができた。抗アポリポタンパク質A−IV抗体を用いたELISAなどの免疫学的な検出方法により、容易に栄養状態、ストレス状態を容易に判定することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明のストレス負荷後の血清を二次元電気泳動に供試した結果の図である。タンパク質の検出量が増加したものは赤色に標識され、減少したものは緑色に標識されている。
【図2】ジョギング前後のヒト血清中のアポリポタンパク質Eの変化を示す図である。
【図3】ストレス負荷(絶食負荷)によるラット血清中のアポリポタンパク質A−IV量の変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト哺乳動物に、ストレスを負荷する前後又は同時に、被験物質を投与し、該被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清を二次元電気泳動に供試して、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上を検出し、被験物質を投与しない場合と比較・評価することを特徴とするストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
非ヒト哺乳動物に、ストレスを負荷する前後又は同時に、被験物質を投与し、該被験物質を投与した非ヒト哺乳動物の血清からアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体を検出し、被験物質を投与しない場合と比較・評価することを特徴とするストレス抑制物質又はストレス増強物質のスクリーニング方法。
【請求項3】
哺乳動物から採取した血清を二次元電気泳動に供試し、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上を検出し、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較・評価することを特徴とするストレスの判定方法。
【請求項4】
哺乳動物から採取した血清中のアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのいずれか1種以上のタンパク質、又はこれらのいずれかに特異的に結合する抗体を検出し、健常な哺乳動物から採取した血清の場合と比較・評価することを特徴とするストレスの判定方法。
【請求項5】
ストレスを負荷させた哺乳動物から採取した血清を二次元電気泳動法に供試したとき、等電点5.0〜6.2、分子量30kDa〜60kDaのタンパク質の中で、ストレスを負荷する前後にその発現量が増減するタンパク質であるアポリポタンパク質E、アポリポタンパク質A-IV、ハプトグロビン、及びビタミンD結合タンパク質プリカーサーのうちのいずれか1種以上のタンパク質、若しくはこれらのいずれかに特異的に結合する抗体、又はそれらの標識物を備えたことを特徴とするストレス診断用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−225606(P2007−225606A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−18164(P2007−18164)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(000113067)プリマハム株式会社 (72)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】