説明

新規微生物およびそれを用いたカロテノイド類の製造方法

【課題】
カロテノイド類であるカンタキサンチンを簡便に抽出、精製することができるカンタキサンチン選択合成細菌および、培養法によるカンタキサンチンの製造方法を提供する。
【解決の手段】
生産されるβ−カロテン、β−クリプトキサンチン、エキネノン、カンタキサンチン、3−ヒドロキシエキネノン、3’−ヒドロキシエキネノン、ゼアキサンチン、フェニコキサンチン、アドニキサンチンおよびアスタキサンチンを含むカロテノイド類において、カンタキサンチンが前記カロテノイド類の合計量の90重量%以上しめ、カンタキサンチンを選択的に生産するカロテノイド生産性パラコッカス属細菌、およびそれを用いて培養し、培養後の菌体または培養液からカロテノイド類を回収するカンタキサンチンの製造方法を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規微生物およびそれを用いたカロテノイド類、特にカンタキサンチンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アスタキサンチン、ゼアキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、アドニキサンチン、β−カロテン等のカロテノイドは天然物由来の色素として食品、医薬品、医薬部外品、化粧品等に添加され利用されている。あるいは、抗酸化機能が注目され抗酸化物質としても広く利用されている。これらのカロテノイド類は、植物、動物、微生物に広く分布し、天然において数百種類同定されてきた(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
機能性カロテノイドを合成する微生物として、横山らによってアグロバクテリウム属(後に、パラコッカス属に再分類された)に属する細菌が報告された(例えば、非特許文献2参照)。同細菌は機能性カロテノイドであるアスタキサンチンを高含量に合成することが特徴である。また、同細菌においてはアスタキサンチンの生合成経路の解明が行われ、遺伝子レベルまでの詳細な機構が報告された(例えば、非特許文献3参照)。報告された生合成経路によると、カロテノイドは基本代謝物であるメバロン酸を出発物質としてイソプレノイド生合成系の代謝合成経路を通り、生じた炭素数15のファルネシルピロリン酸(FPP)、さらに、生じたファルネシルピロリン酸に炭素数5のイソペンテニル2リン酸(IPP)と縮合することにより、炭素数20のゲラニルゲラニル2リン酸(GGPP)が合成される。次いで、2分子のゲラニルゲラニル2リン酸が縮合して、フィトエン(phytoene)が合成される。フィトエンは一連の不飽和反応により、リコペン(lycopene)に変換され、さらに、このリコペンは環化反応によりβ−カロテン(carotene)に合成される。次いで、β−カロテンがケト化反応により酸化されるとカンタキサンチン(canthaxanthin)となり、β−カロテンが水酸化されるとゼアキサンチン(zeaxanthin)となる。さらに、ケト化、水酸化による酸化反応が進み、アスタキサンチン(astaxanthin)が合成される。以上のカロテノイド生合成経路を図1に図示する。
【0004】
一方で一部の微生物においては前述のβ−カロテンをケト化する酵素をコードする遺伝子を有せず、ゼアキサンチンのみを選択的に合成することが報告されている(例えば、非特許文献4参照)。カンタキサンチンについても同様に考えると、β−カロテン水酸化酵素が欠損等している微生物が存在すればカンタキサンチンを選択的に合成することが可能であるが、カンタキサンチンを選択的に合成する新規微生物分離は報告されていない。
【0005】
カンタキサンチンは機能性カロテノイドとして養殖魚・鶏卵等の色揚剤として有用であるが、カロテノイド抽出物から精製し利用されているに過ぎない。カロテノイド抽出物には、カンタキサンチンと化学的物性が類似したカロテノイド類が多く含まれ、さらに、抽出・精製を困難にしている(例えば、特許文献1および2参照)。そこで、カンタキサンチンを高含量に蓄積する微生物等の含有物が望まれていた。
【特許文献1】特開平6−237787号公報
【特許文献2】特開2003−304875号公報
【非特許文献1】Eric A. Johnson et al., Microbial carotenoids, Adbances in Biochemical Engineering, Vol53, p119−178(1995).
【非特許文献2】A. Yokoyama et al., Production of astaxanthin and 4−ketozeaxanthin by marine bacterium, Agrobacterium aurantiacum, Biosci. Biotechnol. Biochem., 58: 1842−1844(1994).
【非特許文献3】N. Misawa et al., Structure and functional analysis of a marine bacterial carotenoid biosynthesis gene cluster and astaxanthin biosynthetic pathway proposed at the gene level, J. Bacteriology, 177: 6575−6584(1995).
【非特許文献4】L. Pasamontes et al., Isolation and characterization of carotenoid biosynthesis genes of Flavobacterium sp. strain R1534, GENE, 185: 35−41(1997).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、カロテノイド類であるカンタキサンチンを簡便に抽出、精製することができるカンタキサンチン選択合成細菌を提供することを目的とする。また、本発明は培養法によるカンタキサンチンの製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、カロテノイド類を生産するパラコッカス属細菌に変異を導入することにより、カンタキサンチンを選択的に合成することを見出し本発明に至った。すなわち、本発明は、カロテノイド生産パラコッカス属細菌の育種により得られることを特徴とするカンタキサンチンを選択的に合成するパラコッカス属細菌である。また、本発明は、そのような細菌を培養し、菌体または培養液からカンタキサンチンを回収することを特徴とするカンタキサンチンの製造方法である。すなわち、本発明は以下に関するものである。
【0008】
(1)カンタキサンチンを選択的に生産するカロテノイド生産性パラコッカス属細菌。
【0009】
(2)生産されるβ−カロテン、β−クリプトキサンチン、エキネノン、カンタキサンチン、3−ヒドロキシエキネノン、3’−ヒドロキシエキネノン、ゼアキサンチン、フェニコキサンチン、アドニキサンチンおよびアスタキサンチンを含むカロテノイド類において、カンタキサンチンが前記カロテノイド類の合計量の90重量%以上しめる(1)の細菌。
【0010】
(3)アスタキサンチン合成微生物の変異処理によりβ−カロテン水酸化酵素遺伝子に変異が導入され、β−カロテン水酸化酵素活性が低下することによりカンタキサンチンを選択的に合成する事ができる生産能を有する細菌。
【0011】
(4)アスタキサンチン合成微生物の変異処理によりβ−カロテン水酸化酵素遺伝子に変異が導入され、β−カロテン水酸化酵素遺伝子が欠損することによりカンタキサンチン選択的に合成する事ができる生産能を有する細菌。
【0012】
(5)菌体にカンタキサンチンを1重量%(乾重量換算)以上含むカロテノイド類合成細菌。
【0013】
(6)(1)に記載の細菌が、カロテノイド生産性パラコッカス属細菌TSAO538株(受託番号FERM P−20707)であるのパラコッカス属細菌。
【0014】
(7)(1)ないし(6)の何れかに記載の細菌を培養し、培養後の菌体または培養液からカロテノイド類を回収する、カロテノイドの製造方法。
【0015】
(8)カロテノイド類がカンタキサンチンである(7)に記載のカロテノイド類の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明のカロテノイド類の製造方法により、食品または飼料として有用なカンタキサンチンを工業規模において製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
本発明に使用する微生物としては、パラコッカス(Paracoccus)属に属し、カンタキサンチン合成能を有する微生物であれば野生株でも変異株でもよく、通常の変異処理により変異させた変異株でも、自然突然変異株でも、何れも用いることができる。本発明に用いる野生株としてはParacoccus sp.N81106株(特許生物寄託センター受託番号:FERM P−14023)を挙げることができる。本発明においてはカロテノイド類を合成する野生株あるいは変異株に変異をせしめてカンタキサンチン合成を選択的に行う微生物がさらに好ましい。
【0019】
本発明においては、アスタキサンチン合成能を有する微生物への変異導入によりカンタキサンチン合成能を付与することができる。図1に図示した通り、アスタキサンチン合成能を有する微生物においては、β−カロテンを水酸化およびケト化し最終生産物であるアスタキサンチンを合成する。すなわち、カンタキサンチンを選択的に合成するためにはβ−カロテン水酸化酵素をコードする遺伝子であるcrtZに変異を導入し、水酸化酵素の活性を低下させればよい。あるいはβ−カロテン水酸化酵素をコードする遺伝子であるcrtZに変異を導入し、該遺伝子が機能しないように破壊等すればよい。
【0020】
本発明において変異を導入する細菌としては、カロテノイド類を高含量に細胞内に蓄積しても、高い増殖能を有するカロテノイド代謝アナログ耐性を有する細菌がさらに好ましい。カロテノイド代謝アナログとしては、当業者としては周知のα−ヨノン(ionone)またはβ−ヨノン(ionone)を例示することができるが、カロテノイド類の蓄積による細胞内調節機構の調節を解除する物質であればこれらの物質に限定されない。本明細書において「耐性を有する」とは、親株が生育阻害を受ける濃度の薬剤存在下でも生育しうることをいう。
【0021】
変異処理とは、変異原物質や紫外線で細胞を処理することによって変異を加速させる当業者には周知な方法である。変異原物質を例示するとN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、メタンスルホン酸エチル等の化合物を挙げることができる。
【0022】
また、本発明においては、β−カロテン水酸化酵素遺伝子を破壊、欠損してもよい。破壊、欠損する方法としては、当業者としては周知の遺伝子工学的手法の一つである相同組換え法等により、ターゲットとなる遺伝子に適当なDNAを挿入する方法などを挙げることができるがこれらに限定されない。
【0023】
本発明においては、変異処理後、変異株を分離し、所望の機能を評価する育種を繰返すことが好ましい。育種方法の一例をあげると、予め培養して得たパラコッカス属細菌TSTT052株(特許生物寄託センター受託番号FERM P−20690)の菌体をこれらの変異原物質の水溶液に懸濁して一定時間放置した後に遠心分離などの方法で菌体を回収して変異原物質を除去する。その後平板培地上で培養し、優良菌株のコロニーを選択する。コロニーの選択は色調の濃いコロニーを選択、分離後液体培養を行ない、次いで、菌体からカロテノイドを抽出してカロテノイド生成量や組成をHPLCなどで分析し、生産性の向上した菌株を絞り込むことにより優良な菌株を得ることができる。
【0024】
本発明ではパラコッカス(Paracoccus)属に属し、カンタキサンチン合成能を有する微生物であれば野生株でも変異株でもよく、例を挙げれば本願発明者らによって樹立されたパラコッカス(Paracoccus)sp. TSAO538株がある(受託番号FERM P−20707)。
【0025】
この菌株は、下記の菌学的性質を有するものである。なお、+は陽性を示し、−は陰性を示す。
(a)細胞形態 短桿菌 0.7−0.8× 1.0−1.2μm
(b)胞子 −
(c)運動性 −
(d)コロニー形態
1)培地:表1に示す組成の培地
2)直径: 1.0 mm
3)色調: オレンジ色
4)隆起状態: レンズ状
5)形: 円形
6)周縁: 全縁
7)表面形状: スムーズ
8)透明度: 不透明
9)粘稠度: バター様
(e)生理的性質
1)カタラーゼ +
2)オキシダーゼ −
3)グルコースからの酸/ガス発生 −/−
4)グルコースにおけるO/Fテスト −/−
(f)基質の利用性
1)メタノール −
2)エタノール −
3)ブタノール +
4)メチルアミン −
5)グリセロール −
6)グルコース +
7)フルクトース +
8)ガラクトース +
9)リボース −
10)マルトース +
11)スクロース +
12)ラクトース −
13)マンニトール +
14)イノシトール −
15)キシロース −
16)マンノース −
17)ソルビトール +
18)アラビノース −
19)トレハロース +
20)グルコン酸 −
21)酢酸 −
22)乳酸 +
23)クエン酸 −
24)コハク酸 +W
25)マロン酸 +W
26)ピルビン酸 +W
27)トリメチル−N−オキサイド −
28)チオ硫酸 −
【0026】
本発明において、選択的に合成できるとは、カロテノイド類を合成する微生物においてカンタキサンチンが分離、精製することが容易となる程度にカンタキサンチンが合成されればよく、好適には、生産されるβ−カロテン、β−クリプトキサンチン、エキネノン、カンタキサンチン、3−ヒドロキシエキネノン、3’−ヒドロキシエキネノン、ゼアキサンチン、フェニコキサンチン、アドニキサンチンおよびアスタキサンチンを含むカロテノイド類において、カンタキサンチンがカロテノイド類の合計量の90重量%以上しめるものである。なお、カロテノイド類とは、β−カロテン、β−クリプトキサンチン、エキネノン、カンタキサンチン、3−ヒドロキシエキネノン、3‘−ヒドロキシエキネノン、ゼアキサンチン、フェニコキサンチン、アドニキサンチン、アスタキサンチン等であり、さらに、その微生物内に蓄積されるその他のカロテノイド類を含む。
【0027】
本発明において、優良菌株は適当な菌株を評価し決定することができる。固体培地を利用した場合には、任意のコロニーをピックアップし、液体培養を行い、増殖能、カロテノイド生産能を評価することにより評価可能である。
【0028】
本発明の方法で使用された微生物は従来方法として知られている栄養培地中で培養することができる。なお、本発明に用いる培地としては、細菌が増殖しカロテノイド類を生産し得るものであればいずれを使用してもよく、炭素源には廃糖蜜、グルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、デンプン、乳糖、グリセロール、酢酸などが、窒素源にはコーンスティープリカー、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆粕等の天然成分や、酢酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム等のアンモニウム塩等やグルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン等のアミノ酸類が、無機塩にはリン酸1ナトリウム、リン酸2ナトリウム、リン酸1カリウム、リン酸2カリウム等のリン酸塩や塩化ナトリウムなどが、金属イオンには塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸第1鉄、硫酸第2鉄、塩化第1鉄、塩化第2鉄、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム・2水和物、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸銅、塩化銅、硫酸マンガン、塩化マンガンなどが、ビタミン類として酵母エキスやビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシン等が使用できる。
【0029】
培養工程で使用される菌株は、公知方法に従って、画線培養プレートから発酵容器に移すことができる。好適な方法は、寒天平板培地、斜面寒天培地およびフラスコ培養液を用いた方法である。
【0030】
本発明のカンタキサンチン等のカロテノイドを製造せしめる条件での新規微生物の培養の条件については、いずれの一般方法を用いて実施してもよい。本方法の好適な実施態様としては、培養は培養液中で行うことが好ましい。この液内培養に関しては通常の液内培養で用いられる条件を使用してもよい。好適には、培養温度を10〜35℃に、培地のpHを6〜9の範囲に設定し、20〜200時間発酵させるのが好ましい。培養温度については培養初期、中期、後期に区別してそれぞれの段階で温度を変えてもよい。本発明の栄養培地を使用した好適な条件は、培養温度20〜27℃、pHが約7.0、培養時間が50〜150時間である。
【0031】
培地のpHは6.5〜8.0に調整されるが、好ましくは約7.0である。pHの調整には水酸化ナトリウム、水酸化カリウム若しくはアンモニアの水溶液を使用するが、これらの物に限定されない。
【0032】
本発明におけるカロテノイド類の分析方法は、菌体または培養液から安定に効率良く回収されれば特に限定はなく、例えば抽出溶媒としてはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルフォルムアミド、ジメチルスルフォキシド等がよい。抽出されたカロテノイドの定量は、各種カロテノイドが分離され定量性に優れる高速液体クロマトグラフィーにより行なうことが好ましい。
【0033】
培養後に、菌体又は培養液からカロテノイド類および/またはカンタキサンチンを回収するには、たとえば、遠心分離操作等により培養液から菌体を分離し、適当な有機溶媒によりそれぞれから抽出すればよい。有機溶媒はメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジクロロメタン、クロロフォルム、ジメチルフォルムアミド、ジメチルスルフォキシド等が挙げられる。好適にはアセトンを例示できる。さらには、液体クロマトグラフィー等を利用して高純度に分離、精製することも可能である。液体クロマトグラフィーの分離原理としてはイオン交換、疎水性相互作用、分子ふるい等を挙げることができる。好ましくは、逆相クロマトグラフィー、順相クロマトグラフィーである。または、超臨界流体抽出によって細胞から抽出する。
【0034】
あるいは、培養終了後、菌体を培地から、例えば、遠心分離操作、デカンテーションまたはろ過等の方法を用いて分離してもよい。得られた菌体は、使用し易い粘度にまで水を加えてスラリーとする。カンタキサンチン等のカロテノイド類の分解を防ぐためには、このスラリー中適当な添加剤を加えてもよい。添加剤としてはアスコルビン酸等の酸化防止剤を例示することができるが、これらには限定されない。その後、調製スラリーを例えばガラスビーズ、ジルコニアビーズを用いた破砕機または高圧ホモジナイザーを使用して均一化し、後に使用するため乾燥しておく。好ましい乾燥法はスプレー乾燥法である。
【0035】
この菌体を、例えば、このまま養殖魚等の飼料中へ添加してもよい。または、前述したように極性有機溶媒等により抽出して使用してもよい。カンタキサンチン等のカロテノイドを抽出した後に残った、ほとんど色素を含まない細胞体は、家禽を飼育するうえで理想的な蛋白質およびビタミン類の供給源として使用することができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
(実施例1)
パラコッカス属細菌への変異導入および変異株のプレート評価
パラコッカス属細菌TSTT052株(受託番号FERM P−20690)を表1において表す液体培地5mlに植菌し、25℃、150rpmで1日間振とう培養を行った。この培養液のうち1mlを1.5mlのエッペンドルフチューブに移し、15,000回転、10分間の遠心分離により菌体を回収した。この菌体をpH7.0の0.1Mリン酸カリウム緩衝液(緩衝液A)1mlに懸濁し、次いで3mg/mlのN‐メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアジニジン(以下NTGと略記する)水溶液10μlを加え、30〜60分間静置した。その後、遠心分離して上清を除去し、緩衝液Aに再懸濁する操作を2回繰返してNTGを除去した。さらに、0.5ml緩衝液Aに菌体を懸濁し、表1に示す培地3mlに植菌して4〜5時間培養した。得られた培養液を、表1に示す組成の培地にさらに寒天を添加し固化させたプレートに適当量スプレッドし、25℃で5日間培養を行った。培養3日目から、コロニーを目視により確認することができ、コロニーの赤色の濃淡を区別することも可能となった。
【0038】
(実施例2)
パラコカッカス属細菌変異株の培養
実施例1で得られた菌株をランダムに選択し、表1において示す培養液5mlに植菌し、25℃、1日間培養後した。次いで、表1に示した組成の培地60mlを100ml容バッフル付三角フラスコに入れ滅菌し、先に培養した培養液2mlを植菌した。25℃で7日間振とう(100rpm)培養後、培養液を適宜抜き取り、濁度(OD660 nm)およびカロテノイドの定量を行った。カロテノイドの定量は以下の様に行なった。まず培養液1mlを1.5ml容エッペンドルフチューブに入れ、15,000回転、5分間遠心分離して菌体ペレットを得た。この菌体に20μlの純水に懸濁し、次いで200μlのジメチルフォルムアミドおよび500μlのアセトンを加え振とうしてカロテノイドを抽出した。この抽出液を15,000回転、5分間遠心分離により残渣を除去後、TSKgel−ODS80TMカラム(東ソー社製)を用いた高速液体クロマトグラフィー(以下HPLCと略記する)で各種カロテノイドを定量した。なおカロテノイドの分離はA液として純水とメタノールの5対95の混合溶媒、B液としてメタノールとテトラヒドロフランの7対3の混合溶媒を用い、1ml/minの流速でA液を5分間カラムに通過させた後、同じ流速A液からB液へ5分間の直線濃度勾配を行ない、さらにB液を5分間通過させることにより行なった。カンタキサンチン濃度は470nmの吸光度をモニターし、既知濃度のカンタキサンチン標準試薬で作成した検量線より濃度を算出した。評価した変異株のなかから、カンタキサンチン選択合成を確認することができた新規変異株としてTSAO538株(特許生物寄託センター寄託した菌株であり、受託番号FERM P−20707)を分離した。カンタキサンチンであることは標準試薬のHPLC上の保持時間から確認した。図2にTSAO538株の抽出カロテノイドのHPLCパターンと標準試薬のそれを図示した。図2の通り、TSAO538株の抽出カロテノイドは標準試薬のカンタキサンチンのピークと重なり、選択的にカンタキサンチンを合成するこが確認できた。
【0039】
同様にして培養した変異導入前の株であるTSTT052株の培養4日目のカロテノイド類の生成パターンを図3に示した。図2および図3の通り、TSAO538株はTSTT052株とは異なり、カンタキサンチンを選択的に合成し、カロテノイド類に占めるカンタキサンチンの割合は90%を超えた。選択合成割合は、HPLC法(例えば、非特許文献2参照)により、アスタキサンチン、ゼアキサンチン、カンタキサンチン、β−カロテン、フェニコキサンチン、アドニキサンチン、エキネノンの生産量を求め、それに対するカンタキサンチンの生産量として算出した。結果を表2に示す。
【0040】
図4にTSAO538株のカンタキサンチン合成における時間変化を示したグラフを図示した。図4の通り、TSAO538株は培養の経過と共に、カンタキサンチンを合成し、培養5日目においてもカンタキサンチンを分解することなく細胞内に含有していた。培養4日目においては菌体あたりのカンタキサンチン含有量は約1.2重量%であった。重量%は乾燥菌体の重量を求めることにより算出した。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の新規なカンタキサンチン選択合成細菌は、カロテノイド類であるカンタキサンチンを簡単に抽出、精製することができるので、食品または飼料として有用なカンタキサンチンを工業規模で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】フィトエンから始まり、β−カロテンを化学修飾し、最終的にアスタキサンチンを生産する経路図である。
【図2】TSAO538株から抽出したカロテノイド類のHPLCチャートであり、図中、X軸(横軸)は保持時間(単位は分)を示し、Y軸(縦軸)HPLCピーク強度(単位はmV(任意強度))を示す。
【図3】TSTT052株から抽出したカロテノイド類のHPLCチャートであり、図中、X軸(横軸)は保持時間(単位は分)を示し、Y軸(縦軸)HPLCピーク強度(単位はmV(任意強度))を示す。
【図4】TSAO538株の培養経過を示す図であり、図中、X軸(横軸)は培養日数(単位は日)を示し、Y軸(左側縦軸)はOD660nmの吸光度値、Y軸(右側縦軸)はカロテノイドの濃度(単位はmg/L)を示す。
【符号の説明】
【0045】
1:培養経過に伴うOD660nmにおける吸光度値(▲)
2:培養経過に伴う総カロテノイド濃度(●)
3:カンタキサンチンの濃度(○)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カンタキサンチンを選択的に生産するカロテノイド生産性パラコッカス属細菌。
【請求項2】
生産されるβ−カロテン、β−クリプトキサンチン、エキネノン、カンタキサンチン、3−ヒドロキシエキネノン、3’−ヒドロキシエキネノン、ゼアキサンチン、フェニコキサンチン、アドニキサンチンおよびアスタキサンチンを含むカロテノイド類において、カンタキサンチンが前記カロテノイド類の合計量の90重量%以上しめることを特徴とする請求項1記載の細菌。
【請求項3】
アスタキサンチン合成細菌の変異処理によりβ−カロテン水酸化酵素遺伝子に変異が導入され、β−カロテン水酸化酵素活性が低下することによりカンタキサンチンを選択的に合成する生産能を有する細菌。
【請求項4】
アスタキサンチン合成細菌の変異処理によりβ−カロテン水酸化酵素遺伝子に変異が導入され、β−カロテン水酸化酵素遺伝子が欠損することによりカンタキサンチンを選択的に合成する生産能を有する細菌。
【請求項5】
菌体にカンタキサンチンを1重量%(乾重量換算)以上含むカロテノイド類合成細菌。
【請求項6】
細菌が、カロテノイド生産性パラコッカス属細菌TSAO538株(受託番号FERM P−20707)である請求項1記載のパラコッカス属細菌。
【請求項7】
請求項1ないし6の何れか一項に記載の細菌を培養し、培養後の菌体または培養液からカロテノイド類を回収することを特徴とするカロテノイド類の製造方法。
【請求項8】
カロテノイド類が、カンタキサンチンである請求項7に記載のカロテノイド類の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−181451(P2007−181451A)
【公開日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−245653(P2006−245653)
【出願日】平成18年9月11日(2006.9.11)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】