説明

新規抗菌ペプチド

【課題】 本発明は、野生型タナチンより優れた抗菌活性を有し、かつ安価に生産できるタナチン誘導体を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明の抗菌ペプチドは、天然アミノ酸のみから構成されているため、遺伝子組み換え技術を利用して、安価に生産することができ、さらに野生型タナチンと比べて高い抗菌活性を示すことから、広く抗菌剤として利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な抗菌ペプチドおよびその利用に関するものであり、より詳細には、抗菌活性を有するタナチン置換ペプチドおよびその生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗菌ペプチドは、10〜数10個のアミノ酸残基からなるペプチドで、生体の自然免疫系で機能する分子として注目を集めている。これまでに細菌等の微生物、植物、昆虫、両生類、哺乳類などが産生する抗菌ペプチドが多数報告されている(特許文献1〜4など)。抗菌ペプチドは抗生物質と比較して広範囲な抗菌活性を有し、耐性菌を生じにくいという特性を持つことから、抗菌剤としての利用が期待されている。
【0003】
タナチンは、カメムシから単離された21アミノ酸残基からなる抗菌ペプチドであり、抗菌ペプチドの中でも比較的強い殺菌力と、グラム陽性菌、グラム陰性菌、真菌に対する幅広い抗菌活性を有することが知られている(非特許文献1)。このような特徴からタナチンは抗菌剤としての利用が期待されているものの、実用上、野生型タナチンの抗菌活性は不十分であり、抗菌活性を増強する必要がある。
【0004】
タナチンの抗菌活性を増強したタナチン誘導体に関する研究が進められている。非特許文献2および非特許文献3には、タナチンのN末端側第11位と第18位に存在するシステイン残基にメチル基、エチル基、ter−ブチル基、オクチル基を導入した化学修飾タナチンが、グラム陽性菌のMicrococcus luteusに対して野生型タナチンよりも高い抗菌活性を有していることが報告されている。
【0005】
上記のような化学修飾タナチンは、高い抗菌活性を有するものの、ペプチド中に人工的な官能基を導入しているため、天然アミノ酸から構成され人体への安全性が高いという抗菌ペプチドの長所の一つが失われている可能性がある。さらに化学修飾タナチンの生産には化学合成プロセスを含むことから、生産コストが高くなることが問題とされている。
【0006】
一方、アミノ酸残基の置換等により、天然アミノ酸のみから構成されたタナチン誘導体についても報告されている。非特許文献4では第2位から第21位までのアミノ酸残基のうち1ないし3個を天然アミノ酸で置換したタナチン誘導体が、特許文献5では野生型では分子内S−S結合を構成しているN末端側第11位と第18位のシステイン残基が還元型であるタナチン誘導体が、前記非特許文献2では第11位及び第18位のシステイン残基をセリンで置換したタナチン誘導体が、各々開示されているが、いずれも野生型タナチンより優れた抗菌活性は認められていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平2−270897号公報
【特許文献2】特開2000−245483号公報
【特許文献3】特表2002−522556号公報
【特許文献4】特開2007−274918号公報
【特許文献5】特開2005−281591号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Fehlbaum et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.,93,1221−5(1996)
【非特許文献2】Imamura et al.,Biochem.Biophys.Res.Commun.,369,609−15(2008)
【非特許文献3】Orikasa et al.,Biosci.Biotechnol.Biochem.,73,90183−1−2(2009)
【非特許文献4】Taguchi et al.,J.Biochem.,128,745−754(2000)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、野生型タナチンより優れた抗菌活性を有し、かつ安価に生産できるタナチン誘導体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、タナシンのN末端側第11位と第18位のシステイン残基の一方または両方をフェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンに置換した改変型タナチンが高い抗菌活性を示すことを見出し、下記の各発明を完成した。
【0011】
(1) 配列番号1に記載のアミノ酸配列で表わされるポリペプチドにおいて、N末端側第11位と第18位のシステイン残基の一方または両方がフェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンのいずれかで置換されている抗菌ペプチド。
【0012】
(2) (1)に記載の抗菌ペプチドにおいて、N末端側またはC末端側のアミノ酸残基が一または複数個欠失している抗菌ペプチド。
【0013】
(3) (1)または(2)に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクター。
【0014】
(4) (3)に記載のベクターを含む形質転換体。
【0015】
(5) 前記形質転換体が植物である、(4)に記載の形質転換体。
【0016】
(6) (3)に記載のベクターまたは(4)もしくは(5)に記載の形質転換体のいずれかを用いることを特徴とする、抗菌ペプチドの生産方法。
【0017】
(7) (1)または(2)に記載の抗菌ペプチドを含むことを特徴とする抗菌剤。
【発明の効果】
【0018】
本発明の抗菌ペプチドは、天然アミノ酸のみから構成されているため、遺伝子組み換え技術を利用して、安価に生産することができ、さらに野生型タナチンと比べて高い抗菌活性を示すことから、広く抗菌剤として利用することができる。また、本発明の抗菌ペプチドは、そのグラム陰性菌に対する抗菌作用が低下しており、グラム陰性菌を宿主として組み換え生産する場合に有利である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の抗菌ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端側第11位と第18位のシステイン残基の一方または両方がフェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンのいずれかに置換されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである。第11位と第18位のシステイン残基はいずれか一方または両方を置換することができ、両方を置換する場合、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンであれば同種のアミノ酸で置換してもよく、別種のアミノ酸で置換してもよい。好ましいポリペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列のN末端側第11位と第18位のシステイン残基の両方がフェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンのいずれかに置換されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである。
【0020】
本発明の抗菌ペプチドは前記ポリペプチドのほか、第11位と第18位のアミノ酸の一方または両方がフェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンのいずれかに置換されたアミノ酸配列を有し、かつ抗菌活性を維持する限り、N末端側またはC末端側のアミノ酸残基が一または複数個欠失していてもよい。欠失は、N末端側では1〜9番目のアミノ酸残基の欠失、C末端側ではC末端から数えて1〜3番目のアミノ酸残基の欠失であることが好ましく、N末端側の欠失は1〜7番目のアミノ酸残基の欠失であることがより好ましい。
【0021】
本発明の抗菌ペプチドをコードするポリヌクレオチドは、好ましくはDNAである。これを適当な発現ベクターに組み込むことで、本発明のベクターを得ることができる。発現ベクターとしては、使用する宿主・目的に応じた適当なベクターを選択して使用すればよく、pUC系、pET系、pBi系等の各種プラスミドのほか、バクテリオファージ、バキュロウイルス、レトロウィルス、ワクシニアウィルス等の種々のウイルスを用いることも可能である。
【0022】
前記発現ベクターには、本発明の抗菌ペプチドをコードするポリペプチドに加え、必要ならば、エンハンサー配列、プロモーター配列、リボゾーム結合配列、コピー数の増幅を目的として使用される塩基配列、シグナルペプチドをコードする塩基配列、他のポリペプチドをコードする塩基配列、ポリA付加配列、スプライシング配列、複製開始点、選択マーカーとなる遺伝子の塩基配列等、他の塩基配列を有していてもよい。
【0023】
プロモーター配列の例としては、宿主が大腸菌である場合にはT7プロモーター、lacプロモーター、trpプロモーター、λPLプロモーター等を、宿主が酵母である場合にはPHO5プロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター等を、宿主が昆虫細胞である場合にはポリヘドリンポロモーター、p10プロモーター等を、宿主が動物細胞である場合にはSV40由来プロモーター、レトロウィルスプロモーター、サイトメガロウイルス(ヒトCMV)のIE(immediate early)遺伝子のプロモーター等を、宿主が植物細胞である場合には、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等を挙げることができる。
【0024】
遺伝子組み換えに際しては、適当な合成DNAアダプターを用いて翻訳開始コドンや翻訳終止コドンを本発明の抗菌ペプチドをコードするポリヌクレオチドに付加したり、塩基配列内に適当な制限酵素切断配列を新たに発生または消失させたりすることも可能である。これらは当業者が通常行う作業の範囲内であり、当業者は本発明の抗菌ペプチドをコードするポリヌクレオチドを基に任意かつ容易に加工することができる。
【0025】
前記発現ベクターを適当な宿主細胞に導入することで、本発明の形質転換体を得ることができる。なお、本明細書において「形質転換体」には、細胞、組織、器官および生物個体が含まれる。宿主細胞としては、本発明の抗菌ペプチドを発現する限りは特に限定されず、細菌・酵母等の微生物や、昆虫細胞、哺乳動物細胞、植物細胞などを利用可能である。
【0026】
宿主細胞に発現ベクターを導入する形質転換法は特に限定されず、公知の方法、例えば、エレクトロポレーション法、プロトプラスト法、アルカリ金属法、リン酸カルシウム沈澱法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法等により行うことができる。形質転換により導入されたポリヌクレオチドは、宿主のゲノムDNAに組み込まれてもよく、発現ベクターに保持されたまま存在してもよい。
【0027】
なお全く意外なことに、本発明の抗菌ペプチドでは、野生型タナチンが有するグラム陰性菌に対する抗菌活性が減少し、抗菌スペクトルの特異性が高まることが確認されている。 アグロバクテリウム属細菌はグラム陰性細菌であることから、アグロバクテリウム属細菌をベクターとして植物を形質転換し、抗菌活性が賦与された形質転換植物体を作製する際に、本発明のペプチドは宿主の生育を阻害しないという点において有利である。
【0028】
本発明の形質転換体は、そのまま抗菌性を付与した生物、例えば植物を宿主として用いた場合は耐病性の向上した植物体として、用いることができる。さらに本発明の形質転換体は前記抗菌ペプチドを発現することから、培養、栽培または飼育した後、培養物等からの回収・精製により、本発明の抗菌ペプチドを得ることができる。回収・精製の方法としては、公知の方法の中から適切な方法を適宜選択して行うことができる。すなわち、濾過、遠心分離、細胞破砕、ゲル濾過法、イオン交換クロマトグラフィー等、通常使用され得る方法の中から適切な方法を適宜選択し、必要によりHPLCシステム等を使用して適当な順序で精製を行えば良い。
【0029】
また、本発明の抗菌ペプチドを他の機能性タンパク質やポリペプチドとの融合タンパク質として発現させた場合には、その機能性タンパク質やポリペプチドに特徴的な精製法を採用することが好ましい。融合タンパク質は、適当なプロテアーゼ(トロンビン、トリプシン等)を用いて切断し、本発明の抗菌ペプチドを回収することができる。また、組換えDNA分子を利用して無細胞系の合成方法で得る方法も、遺伝子工学的に生産する方法の1つである。
【0030】
上記のような遺伝子工学的方法のほか、本発明の抗菌ペプチドは、ペプチド合成などの公知のペプチド製造方法により製造することができる。ペプチド合成による製造方法としては、例えばFmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)等の有機化学的合成方法があり、また市販されている適当なペプチド合成機を用いて製造することもできる。
【0031】
本発明の抗菌ペプチドの抗菌活性は、微生物を用いた生育阻害試験、例えば前記非特許文献1に記載されている試験方法を用いて測定することができる。前記微生物としては、タナチン感受性を有する公知のグラム陽性細菌、グラム陰性細菌、真菌などの微生物を利用できるが、グラム陽性細菌のMicrococcus luteusまたはCorynebacterium glutamicum、グラム陰性細菌のEscherichia coliまたはAcinetobacter baumanniiを用いることが好ましい。
【0032】
本発明の抗菌剤としては、抗菌ペプチドをそのまま用いてもよいし、抗菌ペプチドが上記の形質転換体及びその培養物等に含まれる形で用いてもよい。また、これらを一般的な賦形剤と組み合わせることで組成物とし、さらに皮膚外用剤、内服剤、注射剤その他の一般的な剤型に製剤化して利用することもできる。製剤化において使用される賦形剤は、例えば、錠剤やカプセル等の経口固形剤、水性液剤や懸濁液剤などの内服液剤、軟膏、貼付剤、ローション、クリーム、スプレー、座剤その他の、剤型毎に当業者に広く知られ、また用いられている成分を適宜組み合わせて使用することができる。
【0033】
上記組成物あるいは各種の剤型は、抗菌ペプチドに加えて、他の抗生物質その他の成分を必要に応じて配合し、医薬品、医薬部外品、農薬の形態としても差し支えなく、安全な食品添加物として飲食品に添加してもよい。さらに本発明の抗菌剤は、物品の表面に塗布、散布、固定化等することで、抗菌性を付与した日用品等の物品製造に用いることも可能である。
【0034】
以下、実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明はかかる実施例に限定的に解釈されるものではない。
【実施例】
【0035】
<実施例>
1)表1に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド4種類(野生型:配列番号1、変異体L:配列番号2、変異体I:配列番号3、変異体F:配列番号4)をいずれも固相合成法(ペプチドシンセサイザーを用いて合成した。
【0036】
【表1】

【0037】
2)非特許文献2(Imamuraら)に記載されたMIC検定法に従って、Micrococcus luteus、Corynebacterium glutamicum、Escherichia coli、Acinetobacter baumanniiを用いて1)で合成した4種類のポリペプチドの最小生育阻害濃度を測定した。その結果を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
グラム陽性菌M.luteusに対しては、3種類の変異体全てが野生型の2倍、C. glutamicumに対しては、変異体Fが野生型の2倍の抗菌活性を示した。また、グラム陰性菌に対しては、活性が減少またはなくなっていたことから、抗菌スペクトルの特異性が高まったことが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に記載のアミノ酸配列で表わされるポリペプチドにおいて、N末端側第11位と第18位のシステイン残基の一方または両方がフェニルアラニン、ロイシン、イソロイシンのいずれかで置換されている抗菌ペプチド。
【請求項2】
請求項1に記載の抗菌ペプチドにおいて、N末端側またはC末端側のアミノ酸残基が一または複数個欠失している抗菌ペプチド。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項4】
請求項3に記載のベクターを含む形質転換体。
【請求項5】
前記形質転換体が植物である、請求項4に記載の形質転換体。
【請求項6】
請求項3に記載のベクターまたは請求項4もしくは請求項5に記載の形質転換体のいずれかを用いることを特徴とする、抗菌ペプチドの生産方法。
【請求項7】
請求項1または請求項2に記載の抗菌ペプチドを含むことを特徴とする抗菌剤。

【公開番号】特開2011−72294(P2011−72294A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230312(P2009−230312)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】