説明

新規有機高分子化合物およびそれを有するエレクトロクロミック素子

【課題】成膜性および酸化還元繰り返し特性に優れ、かつ消色時において高透明で可視光領域に光吸収を示さない新規エレクトロクロミック高分子化合物を提供する。
【解決手段】下記一般式[1]で示される有機高分子化合物を提供する。Rは酸素原子、硫黄原子を含んでいてもよい炭素数1以上20以下のアルキレン基であり、直鎖でも分岐鎖でも環状構造を有していてもよい。前記アルキレン基は、不飽和結合を含んでいてもよく、またアリール基、ハロゲン原子の置換基を含んでいてもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規有機高分子化合物およびそれを有するエレクトロクロミック素子に関する。
【背景技術】
【0002】
電気化学的な酸化還元反応により、物質の光学吸収の性質(呈色状態や光透過度)が変化するエレクトロクロミック(以下ECと省略する場合がある)材料としては種々の材料が報告されている。
【0003】
特許文献1には、導電性高分子を用いたEC素子が記載されている。高分子を用いた場合、その高分子のみでEC層を形成することができる。
【0004】
特許文献1の導電性高分子は、モノマーの電解重合によりEC層を電極上に直接形成できる。EC層を形成するこれら導電性高分子としてはポリチオフェン、ポリアニリン、ポリピロール等が知られている。
【0005】
これら導電性高分子を電気化学的に酸化または還元すると、主鎖のπ共役鎖長が変わり、最高被占有分子軌道(HOMO)の電子状態が変化し、吸収波長が変化する。
【0006】
これら導電性高分子は、長いπ共役系を持ち、中性状態で可視光領域に吸収を有するため、中性状態では着色している。そして、酸化により吸収波長が長波長側(赤外領域側)へシフトする。導電性高分子の吸収波長領域が赤外領域側へシフトした場合、可視光領域に吸収を有さなくなるので、EC素子は消色する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭56−67881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の導電性高分子は、中性状態で可視光に吸収帯を有する。そのため、電気化学的に酸化して、透過率を高める際に電気化学反応が不十分な部分がある場合は、消え残りが生じ、電気化学反応が不十分な部分は着色したままになる。従って、高透明性を発現することは困難である。
【0009】
有機EC材料は、安定性が低く、また消色状態においても消色が十分でない場合がある。
【0010】
特許文献1では不安定なラジカルカチオンを分子内で非局在化することで安定性を高めている。しかし、その安定性は十分ではなく、酸化還元反応を繰り返した場合、材料が劣化し性能が低下する。
【0011】
そこで、本発明は、ラジカルカチオン対して安定性を有し、かつ酸化還元繰り返し時の安定性を有する有機高分子化合物を提供する。また、その有機高分子化合物を有するEC素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
よって、本発明は下記の一般式[1]で示されることを特徴とする有機高分子化合物を提供する。
【0013】
【化1】

【0014】
一般式[1]において、Rは酸素原子、硫黄原子を含んでいてもよい炭素数1以上20以下のアルキレン基であり、直鎖でも分岐鎖でも環状構造を有していいてもよい。前記アルキレン基は、不飽和結合を含んでいてもよく、またアリール基、ハロゲン原子の置換基を有してよい。nは2以上2000以下の整数である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ラジカルカチオンに対して高い安定性を有し、かつ酸化還元反応の繰り返しに対して高い安定性を有する有機高分子化合物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本実施形態に係る有機高分子化合物構造中の一部分を分子モデルで示した図である。
【図2】本実施形態に係る有機高分子化合物XX−3のサイクリックボルタモグラムを示した図である。
【図3】本実施形態に係る有機高分子化合物XX−3の酸化還元に伴う光の透過率の変化を示す紫外可視吸収スペクトルを示した図である。
【図4】本実施形態に係る有機高分子化合物XX−3の中性状態における透過率スペクトルを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は下記一般式[1]で示される有機高分子化合物である。
【0018】
【化2】

【0019】
一般式[1]において、Rは酸素原子、硫黄原子を含んでいてもよい炭素数1以上20以下のアルキレン基であり、直鎖でも分岐鎖でも環状構造を有してもよい。前記アルキレン基は、不飽和結合を含んでいてもよく、またアリール基、ハロゲン原子の置換基を含んでいてもよい。nは2以上2000以下の整数である。
【0020】
Rは有機高分子化合物の分子内の共役を切断する効果を有する部位である。
また、ケトン基などの極性基を有する場合は、溶媒に溶けやすい。すると、エレクトロクロミック素子のエレクトロクロミック層として塗布する場合に有利である。
【0021】
Rで示される炭素原子数が1以上20以下のアルキレン基としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基、へキシレン基、オクチレン基、デカメチレン基、ドデカメチレン基等の直鎖状アルキレン基、1−メチルエチレン基、1−エチルエチレン基、1,1−ジメチルエチレン基、1,2−ジメチルエチレン基、1,1−ジメチルトリメチレン基、2,2−ジメチルトリメチレン基、2,2−ジエチルメチレン基、2,2−ジメチルテトラメチレン基などの分岐鎖アルキレン基、シクロペンチレン基、シクロへキシレン基、シクロへプチレン基、ビシクロ[2.2.1]へプチル基などの脂環式アルキレン基等が挙げられる。
【0022】
これらはRで示される1分子中に2種以上が混在してもよく、またこれらの基の中に不飽和結合、酸素原子、硫黄原子を含んでいてもよい。不飽和結合を含んだ構造として表わされるRとしては、2−ブテン、4−オクテン、8−ヘキサデセン等が、酸素原子を含んだ構造として表わされるRとしては、5,5’−オキシビスペンタン等が挙げられる。
【0023】
さらに、これらアルキレン基の一部がフェニル基、ナフチル基等のアリール基やハロゲン原子で置換されていてもよい。これらRで表わされる構造中、不飽和結合やアリール基を置換基に持つ場合、後述するように光吸収部位であるメシチル基置換ジチエノチオフェンと共役構造を示さないことが重要である。
【0024】
これらのアルキレン基の中で、成膜性および反応性の観点から、ブチレン基、へキシレン基、オクチレン基、2,2−ジメチルトリメチレン基が好ましい。
【0025】
本発明に係る有機高分子化合物は、光吸収部位となるコアのジチエノチオフェン構造と、ジチエノチオフェンの2位および6位にオルト位にメチル基を有するフェニル基(メシチル基)が導入された構造と、これらジチエノチオフェンおよびメシチル基を連結するアルキレン構造とから構成されている。
【0026】
本発明に係る有機高分子化合物の構造のコアとなるジチエノチオフェン構造は、本発明に係る有機高分子化合物における光吸収部位である。
【0027】
このジチエノチオフェン構造は、3つのチオフェン環が縮環した構造を有している。ジチエノチオフェンは導電性高分子と比較してπ共役系が短い。
【0028】
このπ共役系が短いことは吸収光のエネルギーが高いことを示し、エネルギーが高い光はその波長が短い。つまり、本発明に係る有機高分子化合物は波長が短い光を吸収する。
【0029】
具体的には、本発明に係る有機高分子化合物は中性状態で紫外領域に光吸収を持つ。すなわち可視光領域に吸収を持たないので、高い透明性を示す。
【0030】
一方、本発明に係る有機高分子化合物は酸化状態において、可視光領域に光吸収を有し着色状態となる。
【0031】
これに対してπ共役の長い導電性高分子の場合は、中性状態で可視光領域に光吸収を有する。そのため、酸化状態において、電気化学反応が不十分な部分には可視光領域に吸収帯を有する“消え残り”が見られる。
【0032】
それに対して、本発明に係る化合物の場合は、電気化学反応が不十分な部分があったとしても可視光領域に吸収帯を有さないため、高い透明性を維持できる。
【0033】
なぜならば、有機化合物は酸化状態から還元されて中性状態に戻る場合には、反応が起こりやすいので、容易に中性状態に戻る。酸化状態を維持することは不安定な状態だからである。
【0034】
すなわち、酸化状態で可視光領域の光を透過させる消色とするよりも、中性状態を消色とする方が消えのこりの抑制ができる。
【0035】
本実施形態に係る有機高分子化合物が有するジチエノチオフェン骨格は分子内に共鳴構造を有している。この共鳴構造は酸化状態において生成するラジカルカチオンの安定性を高める効果を有する。
【0036】
本発明に係る有機高分子化合物はジチエノチオフェンの2位および6位に、オルト位にメチル基を有するフェニル基(メシチル基)を導入することで、ラジカルカチオンをさらに安定化させる効果を有する。
【0037】
オルト位にメチル置換基を有するフェニル基を導入することで、ラジカルカチオンを生成するジチエノチオフェン骨格を上記メシチル基が立体障害により保護する。
【0038】
ラジカルカチオンの不安定性は、ラジカルカチオンの高い反応性によるラジカルカチオン同士の再結合や、ラジカルカチオンによる他分子の水素引き抜き等に起因する。
【0039】
つまり、ラジカルカチオンと他分子との接触によりラジカルカチオンが反応するので、接触を抑制することはラジカルカチオンと他の分子とが反応することを抑制するためには好ましい。
【0040】
そのため、本発明に係る有機高分子化合物の立体障害の効果がラジカルカチオンの安定性を高める効果は高い。
【0041】
例えば、ジチエノチオフェン骨格をその平面と考えると、上記メシチル基はジチエノチオフェンの平面と垂直に交わる平面に存在する。
【0042】
従って、メシチル基中に存在するオルト位メチル基およびフェニル基が立体障害となることで、ジチエノチオフェン骨格は、他分子との接触が抑制される。
【0043】
図1は、本発明に係る有機高分子化合物の構造中、メシチル基が導入されたジチエノチオフェン分子の立体構造を示している。図1において、1はジチエノチオフェン骨格であり、2はメシチル基である。コアとなるジチエノチオフェン骨格は、立体障害となるメシチル基によって、他分子との分子間接触が困難な構造となる。
【0044】
本発明に係る有機高分子化合物においては、これらメシチル基を導入したジチエノチオフェンがRで表わされる構造により連結され高分子化されているため、優れた成膜性を発揮する。
【0045】
また高分子化に伴いお互いの高分子鎖の絡みあいにより、EC高分子化合物は膜中に保持され溶液への溶解性は低下するため、電解液と接触してもEC層の溶液への溶解を抑制できる。
【0046】
一方、高分子化による光学特性に関しては、Rで表わされる連結構造は、ジチエノチオフェンおよびメシチル基と非共役な構造であるため、高分子の共役の長さは、ジチエノチオフェン骨格自体の共役の長さと大きく変わらない。
【0047】
つまり、連結により高分子化した場合においてもジチエノチオフェン由来の光吸収特性(光吸収波長)は変わらない。
【0048】
そのため、中性状態においてもメシチル基が置換されたジチエノチオフェンが有する高い透明性を維持することができる。
【0049】
本発明に係る有機高分子化合物は、低分子の化合物よりも高い膜性を有する。
【0050】
そのため、電極上に成膜された場合でも、溶液等に溶解しにくいのでエレクトロクロミック素子などのデバイスに用いるのに好適である。
【0051】
[合成例]
本発明に係る有機高分子化合物の構造中、メシチル基が導入されたジチエノチオフェン部位は下記式[2]で示される反応を用いて合成できる。式中Xはハロゲン原子である。
【0052】
ジチエノチオフェンのハロゲン体とメシチル基のボロン酸もしくはボロン酸エステル化合物の組み合わせ、またはジチエノチオフェンのボロン酸もしくはボロン酸エステル化合物とメシチル基のハロゲン体との組み合わせで、Pd触媒によるカップリング反応で合成することができる。
【0053】
【化3】

【0054】
次いで、上記メシチル基置換ジチエノチオフェンをRで表わされる構造で連結し、本発明に係る有機高分子化合物を得るには、下記式[3]で示される反応を用いて合成することができる。式中Xはハロゲン原子である。
【0055】
メシチル基置換ジチエノチオフェンと多官能性の酸ハロゲン化物とを塩化アルミニウム等のルイス酸存在下、フリーデルクラフツ・アシル化反応を行うことにより、目的の有機高分子化合物を得ることができる。
【0056】
【化4】

【0057】
フリーデルクラフツ・アシル化反応の原料である多官能性の酸ハロゲン化物としては、スクシニルクロリド、ブタンジオイルジクロリド、ペンタンジオイルジクロリド、アジポイルクロリド、ヘプタンジオイルクロリド、オクタンジオイルジクロリド、ノナンジオイルジクロリド、セバコイルクロリド、ドデカンジオイルジクロリド等の直鎖状脂肪族酸クロリド、イタコン酸ジクロリド、3−エチルスクシニルクロリド、2−メチルプロパンジオイルジクロリド、2,3−ジメチルブタンジオイルジクロリド、2,2−ジメチルペンタンジオイルクロリド、3−メチルヘキサンジオイルジクロリド、2−メチレンブタンジオイルジクロリド等の分岐脂肪族酸クロリド、1,2−シクロペンタンジカルボニルジクロリド、1,2−シクロヘキサンジカルボニルジクロリド、1,3−シクロヘキサンジカルボニルジクロリド、ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2,3−ジカルボニルジクロリド、アダマンチル−1,3−ジカルボニルジクロリド、アダマンチル−1,3,5−トリカルボニルトリクロリド等の脂環式酸クロリド、6,6’−オキシビス(2,2−ジメチルヘキサノイルクロリド)等が挙げられるが、これらに限定されない。また、これらの酸ハロゲン化物は2種類以上を併用しても良い。
【0058】
さらに必要に応じて、下記式[4]で表わされるように、亜鉛アマルガム−塩酸を用いた公知のClemmensen還元反応を行うことにより、ケトン基がメチレン基に変換された連結構造の有機高分子化合物を得ることもできる。
【0059】
還元された結果は、NMRやIR等の分析方法で確認することができる。
【0060】
ケトン基がメチレン基に還元された化合物も本発明に係る有機高分子化合物と同様の効果を示すと考えられる。
【0061】
【化5】

【0062】
次に、本実施形態に係るエレクトロクロミック素子について説明する。
【0063】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子は、一対の電極と前記一対の電極の間に配置されたエレクトロクロミック層およびイオン伝導層とを有する素子である。このエレクトロクロミック層が本発明に係る有機化合物を有する。
【0064】
本実施形態に係るEC素子は、電極基板上に本発明に係る有機化合物を成膜することにより得ることができる。成膜法としては特に限定されないが、適当な溶媒に溶解させて公知の塗布法(例えば、スピンコーティング、ディッピング、キャスト法、LB法、インクジェット法等)や、真空蒸着、イオン化蒸着、スパッタリング、プラズマなどにより薄膜を形成することができる。
【0065】
溶液による塗布の方法において用いられる溶媒としては、EC化合物を溶解し、塗布後揮発により除去されうるものであれば、特に限定されないが、例えば、ジメチルスルホキシド、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、プロピレングリコールメチルエーテルアセテート、ジメトキシエタン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、メタノール、エタノール、プロパノール、クロロホルム、トルエン、キシレン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等が挙げられる。
【0066】
イオン伝導層に用いるイオン伝導性物質としては、イオン解離性の塩で、溶液に良好な溶解性、あるいは固体電解質に高い相溶性を示し、EC化合物の着色を確保できる程度に電子供与性を有するアニオンを含む塩であれば特に限定されない。例えば液系イオン伝導性物質、ゲル化液系イオン伝導性物質あるいは固体系イオン伝導性物質等を用いることができる。
【0067】
上記液系イオン伝導性物質としては、溶媒に塩類、酸類、アルカリ類等の支持電解質を溶解したもの等を用いることができる。上記溶媒としては、支持電解質を溶解できるものであれば特に限定されないが、特に極性をするものが好ましい。具体的には水や、メタノール、エタノール、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジメチルスルホキシド、ジメトキシエタン、アセトニトリル、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、スルホラン、ジメチルホルムアミド、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、ジメチルアセトアミド、メチルピロリジノン、ジオキソラン等の有機極性溶媒が挙げられる。
【0068】
支持電解質としての塩類は、特に限定されず、各種のアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などの無機イオン塩や4級アンモニウム塩や環状4級アンモニウム塩などがあげられ、具体的にはLiClO、LiSCN、LiBF、LiAsF、LiCFSO、LiPF、LiI、NaI、NaSCN、NaClO、NaBF、NaAsF、KSCN、KCl等のLi、Na、Kのアルカリ金属塩等や、(CHNBF、(CNBF、(n−CNBF、(CNBr、(CNClO、(n−CNClO等の4級アンモニウム塩および環状4級アンモニウム塩等が挙げられる。
【0069】
上記ゲル化液系イオン伝導性物質としては、上記液系イオン伝導性物質に、さらにポリマーやゲル化剤を含有させたりして粘稠性が高いもの若しくはゲル状としたもの等を用いることができる。上記ポリマー(ゲル化剤)としては、特に限定されず、例えばポリアクリロニトリル、カルボキシメチルセルロース、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、ポリウレタン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリアミド、ポリアクリルアミド、ポリエステル、ナフィオン(登録商標)などが挙げられる。
【0070】
上記固体系イオン伝導性物質としては、室温で固体であり、かつイオン伝導性を有するものであれば特に限定されず、ポリエチレンオキサイド、オキシエチレンメタクリレートのポリマー、ナフィオン(登録商標)、ポリスチレンスルホン酸などが挙げることができる。
【0071】
これらの電解質材料は、単独で使用してもよく、あるいは複数併用してもよい。
【0072】
電極材料としては、例えば、酸化インジウムスズ合金(ITO)、酸化スズ(NESA)、酸化インジウム亜鉛(IZO)、酸化銀、酸化バナジウム、酸化モリブデン、金、銀、白金、銅、インジウム、クロムなどの金属や金属酸化物、多結晶シリコン、アモルファスシリコン等のシリコン系材料、カーボンブラック、グラファイト、グラッシーカーボン等の炭素材料などを挙げることができる。また、ドーピング処理などで導電率を向上させた導電性ポリマー(例えば、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)とポリスチレンスルホン酸の錯体など)も好適に用いられる。
【0073】
本実施形態に係る光学フィルタにおいては、光学フィルタとしての透明性も必要とされるため、可視光領域に光吸収を示さないITO、IZO、NESA、導電率を向上させた導電性ポリマーが特に好ましく用いられる。これらはバルク状、微粒子状など様々な形態で使用できる。尚、これらの電極材料は、単独で使用してもよく、あるいは複数併用してもよい。
【0074】
本実施形態に係るEC素子の形成方法は特に限定されず、電極基板上にEC層を成膜し、該基板とシールされた対向電極基板との間に設けた間隙に、真空注入法、大気注入法、メニスカス法等によって注入する方法や、電極基板またはEC層を成膜した電極基板上にイオン伝導性物質の層を形成した後、対向電極基板を合わせる方法や、フィルム状のイオン導電性物質を用いて合わせる方法等を用いることができる。
【0075】
本実施形態に係るエレクトロクロミック素子は、耐久性、および消色時の高透明性に優れるため、カメラ等の撮像素子への入射光量の制御に好適に用いることができる。すなわち、EC素子を光学系(レンズ系)に設置することにより、撮像素子が受光する光量を制御できる。EC素子が消色状態では高透明性を発揮できるので入射光に対して充分な透過光量が得られ、また着色状態では入射光を確実に遮光する光学的特性が得られる。また酸化還元繰り返し特性に優れ、長寿命化を達成することができる。
【実施例】
【0076】
[実施例1]
<化合物XX−3の合成>
【0077】
【化6】

【0078】
50mLの反応容器で、XX−1(2,6−ジブロモジチエノ[3,2−b:2’,3’−d]チオフェン):732mg(2.06mmol)、2,4,6−トリメチルフェニルボロン酸:994mg(6.06mmol)をトルエン(6ml)に溶解し、窒素で溶存酸素を除去した。
【0079】
次にPd(OAc):7.1mg(0.0316mmol)、2−ジシクロヘキシルフォスフィノ−2’,6’−ジメトキシビフェニル(S−Phos):32.4mg(0.0792mmol)およびりん酸三カリウム:1.68g(7.92mmol)を窒素雰囲気下添加し、130℃にて加熱還流し12時間反応を行った。反応溶液を室温まで冷却後、減圧濃縮し、シリカゲルクロマトグラフィー(移動相:ヘキサン)により分離精製し、白色固体粉末のXX−2を得た(510mg、収率57%)。
【0080】
マススペクトル(MS)測定及び核磁気共鳴スペクトル(NMR)測定の測定により、化合物の構造確認を行った結果、分子量およびNMRピーク積分値の比がその構造と良く一致した。具体的には、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法マススペクトル(MALDI−MS)測定により、この化合物のMである433を確認した。また核磁気共鳴スペクトルの測定結果を以下に示す。
【0081】
H−NMR(CDCl)σ(ppm):7.02(s,2H),6.98(s,4H),2.35(s,6H),2.21(s,12H).
13C−NMR(CDCl)σ(ppm):142.02,140.04,138.58,138.51,131.20,130.88,128.19,120.01,29.73,20.78.
【0082】
次いで、化合物XX−2:200mg(0.462mmol)、塩化アルミニウム:246mg(1.848mmol)をジクロロメタン3mlに溶解し、0℃に冷却した後、アジピン酸クロリド:0.067ml(0.462mmol)を窒素雰囲気下で滴下した。そのまま0℃で1時間、さらに室温で2時間反応を行い、メタノールを3ml加え反応を停止した。反応物をクロロホルムで抽出し、有機層を5%塩酸水溶液および水で洗浄後、メタノールへの再沈殿により精製した。精製後、得られた化合物XX−3をGPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)により分子量を測定した結果、ポリスチレン換算の分子量でMw=28,700、Mw/Mn=4.8の高分子化合物であることが確認された。また、NMRスペクトルの測定結果を以下に示す。
【0083】
H−NMR(CDCl)σ(ppm):6.95−7.07(b,m,4H),3.68(s,−COOCH),2.81(b,4H),2.38−2.01(b,m,6H),1.57(b,4H).
【0084】
[実施例2]
<化合物XX−4の合成>
【0085】
【化7】

【0086】
実施例1で得られた化合物XX−2:200mg(0.462mmol)、塩化アルミニウム:246mg(1.848mmol)をジクロロメタン3mlに溶解し、0℃に冷却した後、セバコイルクロリド:0.098ml(0.462mmol)を窒素雰囲気下で滴下した。そのまま0℃で1時間、さらに室温で2時間反応を行い、メタノールを3ml加え反応を停止した。反応物をクロロホルムで抽出し、有機層を5%塩酸水溶液および水で洗浄後、メタノールへの再沈殿により精製した。精製後、得られた化合物XX−4をGPCにより分子量を測定した結果、ポリスチレン換算の分子量でMw=16,500、Mw/Mn=3.1の高分子化合物であることが確認された。また、NMRスペクトルの測定結果を以下に示す。
【0087】
H−NMR(CDCl)σ(ppm):6.95−7.07(b,m,4H),3.68(s,−COOCH),2.80(b,4H),2.35−2.01(b,m,6H),1.56(b,12H).
【0088】
[実施例3]
<酸化還元安定性およびエレクトロクロミック特性>
実施例1で得られた化合物XX−3、実施例2で得られた化合物XX−4について、サイクリックボルタンメトリー(CV)の測定を行った。測定は、作用電極にグラッシーカーボン、対向電極に白金、参照電極に銀を用い、支持電解質としてのテトラブチルアンモニウム過塩素酸塩のジクロロメタン溶液(0.1mol/L)中、XX−3を溶解(1.0×10−4mol/L)し、掃引速度25mV/sで行った。例示化合物XX−3のCV測定結果を図2に示す。図2のCV曲線においては、1.02Vおよび0.98V(vs.Ag/Ag+)にそれぞれ酸化ピークおよび還元ピークを示し、また繰り返し掃引を行ってもCV曲線は変化せず、可逆的な酸化還元サイクルを示している。このCV曲線は、酸化還元サイクルを20000回繰り返しても変化せず、酸化還元の繰り返しに対して高い安定性を有していることを示している。
【0089】
この例示化合物XX−3のCV測定においては、酸化に伴い黄緑色に着色し、また還元により無色透明に戻り、酸化還元に伴うエレクトロクロミック特性が確認された。この酸化還元に伴う色変化を、紫外可視分光光度計で測定した結果を図3に示す。XX−3は中性状態は透過率が高い状態であり、図中ではbleachedと示す。また、XX−3の酸化状態は透過率が低い状態であり、図中ではcoloredと示す。
【0090】
中性状態では吸収ピークのλmaxは299.5nmであり(図中実線)可視光領域に吸収を持たないので透明であったのに対し、酸化状態では可視光領域に新たな吸収ピーク(λmax=433.5nm、図中破線)が出現した。さらに還元反応に伴いこの酸化吸収ピークは消失し、オリジナルの中性状態の吸収スペクトルに戻り、可逆的な酸化還元特性が示された。この中性状態および酸化状態での吸収スペクトルは、メシチル基導入ジチエノチオフェン(XX−2)とほぼ同様の吸収特性を示しており、非共役の構造でXX−2を連結し、高分子化されていることを示すものである。
【0091】
また、例示化合物XX−4についても、XX−3と同様、繰り返し掃引を行ってもCV曲線は変化せず、また吸収特性もほぼ同等であり、可逆的な酸化還元サイクルおよびエレクトロクロミック特性を示すことが確認された。
【0092】
これらの結果は、本発明の例示化合物XX−3やXX−4においては、嵩高いメシチル基がジチエノチオフェン部位を立体的に保護しているため、酸化時に生成するジチエノチオフェンのラジカルカチオンの副反応や劣化反応を抑制し、安定性が高められているためであると考えられる。
【0093】
[実施例4および参考例]
<成膜性、膜透明性、および電解液への溶解性>
実施例1で得られた高分子化合物XX−3、実施例2で得られた化合物XX−4を成膜し、その膜の透過率測定および電解質溶液への浸漬による膜厚変化測定を行った。また参考例として、低分子化合物XX−2の膜、およびXX−2とポリスチレンバインダーとの混合膜(混合比率;XX−2/ポリスチレン=5/5)についても測定を行った。
【0094】
成膜性:成膜は、各化合物のクロロホルム溶液(固形分濃度2wt%)を作製し、ガラス基板上にスピンコート法により塗布後、室温で真空乾燥することにより行った。目視で均一な膜が得られた場合を○、粒状の膜の場合を×とした。結果を表1にまとめた。
【0095】
透明性:得られたガラス基板上の膜の透過率測定は、紫外可視分光光度計(日本分光株式会社製V−560)を用いて行った。450nmでの透過率を表1にまとめた。また代表例として、高分子化合物XX−3の場合の透過率スペクトルを図4に示す。
【0096】
電解液への溶解性:電解液への溶解性は、ガラス基板上の膜を0.1M炭酸プロピレン電解質溶液に、室温で100時間浸漬し、浸漬前後の膜厚変化を測定することにより行った。浸漬前の膜厚を100%とした時の、浸漬後の膜厚を%で表1にまとめた。
【0097】
【表1】

【0098】
本発明に係る有機高分子化合物は高い透過率かつ良好な成膜性を示した。良好な成膜性とは、電解液中でも溶解しないことを示している。
【0099】
参考例の高分子化されていないメシチル基導入ジチエノチオフェン(XX−2)は、電解液中で溶解するものの高い透過率を示す。
【0100】
XX−2とポリスチレンバインダーとの混合膜においては、表1の結果となった。
【0101】
本発明に係る有機高分子化合物(XX−3およびXX−4)は、XX−2およびXX−2とポリスチレンの混合膜よりも良好な成膜性および高い透明性を示す。
【0102】
また電解液の浸漬によっても溶解せず、電解液に浸漬前後で膜厚は変化しなかった。
【0103】
以上のように本発明に係る有機高分子化合物は、成膜性および酸化還元繰り返し特性に優れた材料であり、また中性で高い透明性を示す。
【0104】
よって、EC素子に用いた場合、消色時に可視光領域に光吸収を示さず高透明で、酸化還元反応を繰り返しても劣化せず、また電解液との接触安定性に優れた、安定なEC素子を提供することができる。
【符号の説明】
【0105】
1 ジチエノチオフェン骨格
2 メシチル基

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式[1]で示されることを特徴とする有機高分子化合物。
【化1】


一般式[1]において、Rは酸素原子、硫黄原子を含んでいてもよい炭素数1以上20以下のアルキレン基であり、直鎖でも分岐鎖でも環状構造を有していてもよい。
前記アルキレン基は、不飽和結合を含んでいてもよく、またアリール基、ハロゲン原子の置換基を含んでいてもよい。nは2以上2000以下の整数である。
【請求項2】
下記一般式[2]で示されることを特徴とする有機高分子化合物。
【化2】


一般式[2]において、Rは酸素原子、硫黄原子を含んでいてもよい炭素数1以上20以下のアルキレン基であり、直鎖でも分岐鎖でも環状構造を有していてもよい。
前記アルキレン基は、不飽和結合を含んでいてもよく、またアリール基、ハロゲン原子の置換基を含んでいてもよい。nは2以上2000以下の整数である。
【請求項3】
前記Rは、ブチレン基、へキシレン基、オクチレン基、2,2−ジメチルトリメチレン基のいずれかであることを特徴とする請求項1または2に記載の有機高分子化合物。
【請求項4】
一対の電極と前記一対の電極の間に配置されたエレクトロクロミック層およびイオン伝導層とを有し、前記エレクトロクロミック層は請求項1乃至3に記載の有機高分子化合物を有することを特徴とするエレクトロクロミック素子。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−181437(P2012−181437A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45439(P2011−45439)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】