説明

新規腫瘍マーカーを用いた乳癌の検査方法

【課題】本発明は、乳癌の診断および乳癌の転移を判断するための新規腫瘍マーカー及び当該マーカーを用いた乳癌の検査方法を提供することを課題とする。さらには当該マーカーを用いて検査するための検査用試薬キットを提供することを課題とする。
【解決手段】生体から分離された生体検体について、EPHA10および/またはRREB1を、乳癌の腫瘍マーカーとして検出することを特徴とする、乳癌の検査方法による。当該乳癌の検査方法ではEPHA10およびRREB1を腫瘍マーカーとしてもよい。さらに、当該乳癌の検査方法に用いる乳癌検査用試薬、および、乳癌検査用試薬キットによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳癌の発症、乳癌の悪性度および乳癌の転移を診断するための新規腫瘍マーカー及び当該マーカーを用いた乳癌の検査方法に関し、さらには当該乳癌検査方法のための検査用試薬および検査用試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
癌は、心筋梗塞や脳梗塞に代表される血管系疾患とともに成人の死亡原因を二分する疾患であり、なかでも乳癌の罹患率は女性では第1位である。乳癌は、早期に診断と治療が行われれば治癒も望める病気であるため、有効な診断のための検査方法の開発が切望されている。
【0003】
近年腫瘍マーカーについての研究が盛んに行われており、既に癌のスクリーニングテストとして活用されている腫瘍マーカーや、現在機能を評価中の腫瘍マーカーが存在する。腫瘍マーカーとしては、癌発症や再発などの診断マーカー、予後予測マーカー、治療奏効性予測マーカー、原発巣切除後の経過観察のためのマーカー、進行癌治療モニターのためのマーカーなどとしての活用が期待されている。
【0004】
乳癌の一般的なスクリーニング検査としては、問診、触診、軟X線乳房撮影(マンモグラフィー)、超音波検査等が実施され、臨床的に乳癌の疑いが生じた場合は、細胞診や生検を行い病理学的診断により乳癌であるかどうかが判別されている。これらの診断方法のほか、乳癌に発現する腫瘍マーカーを検出する方法も汎用されており、CA15−3 (carbohydrate antigen 15-3)、CEA (carcinoembryonic antigen)、BCA225 (breast cancer antigen-225) 、NCC−ST−439、c−erbB−2、Her−2などが乳癌マーカーとして用いられている。
【0005】
また、乳癌の悪性度については、癌細胞の分化の程度、リンパ節、血管侵襲の有無などの病理学的所見に応じて判断するのが一般的である。しかしながら、生検により得られた検体について癌細胞の分化程度を判断するのは、必ずしも容易ではない。乳癌について悪性度を診断可能な腫瘍マーカーがあれば、例えば外科的療法の場合に、より効果的な切除方法を選択することができ、患者にとって肉体的、精神的負担を軽減化することができる。乳癌の悪性度判断のためのマーカーとして、HER−2やER、uPA、PAI−1などが提案されている(非特許文献1)。
【0006】
乳癌のスクリーニングや、悪性度の判断に用いられるHer−2は、免疫組織染色やFISH法などにより検出される。また、HER−2陽性の場合の治療方法として、HER−2に対するヒト化マウスモノクロナール抗体(ハーセプチン(R)(Trastuzumab))を投与する抗体療法が行われ、HER−2は治療奏効性予測マーカーとしても利用されている。しかしながら、HER−2は乳癌患者の20〜30%でしか発現しておらず、診断マーカー等として用いるには特異度が低い(非特許文献2)。
【0007】
また、乳癌のスクリーニングに用いられるCA15−3は、原発性乳癌の場合、初期の陽性率が2%程度であり、早期診断における有用性は乏しいのが実情である。CA15−3の再発症例における陽性率は再発部位によって大きく異なり、リンパ節や骨転移では約30%であるのに対して、肝、胸膜などの内臓転移では75%と高い陽性率を示す。CA15−3は、乳癌以外の卵巣癌や子宮癌、膵臓癌においても陽性が見られ、特異度が低い。
【0008】
従来、癌診断のための新規な腫瘍マーカーの同定にDNAマイクロアレイ技術が用いられ、乳癌についてのマイクロアレイ分析も多数行われてきた。しかしながら従来のマイクロアレイ分析はゲノムにおける変異解析や、mRNAレベルの発現解析にとどまるものが多く(特許文献1)、乳癌に対する感度および特異度の高い腫瘍マーカーを得ることが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005-304497号公開公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Duffy MJ.: Eur J Intern Med. 2007 May;18(3):175-184
【非特許文献2】Ross JS, et al., : Oncologist. 2003;8(4):307-25
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、乳癌発症や、乳癌の悪性度の診断、および乳癌の転移を判断するための新規腫瘍マーカー及び当該マーカーを用いた乳癌の検査方法を提供することを課題とする。さらには当該マーカーを用いて検査するための検査用試薬および検査用試薬キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決するために、生体検体から分離した乳癌細胞と正常細胞とのプロテオーム比較を行うことにより、EPHA10とRREB1が有用な乳癌の腫瘍マーカーとなりうることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
すなわち、本発明は以下よりなる。
1.生体から分離された生体検体について、EPHA10および/またはRREB1を、乳癌の腫瘍マーカーとして検出することを特徴とする、乳癌の検査方法。
2.EPHA10およびRREB1を検出する、前項1に記載の乳癌の検査方法。
3.EPHA10および/またはRREB1のタンパク質の検出を免疫学的手法により行う、前項1または2に記載の乳癌の検査方法。
4.免疫学的手法が免疫組織染色である、前項3に記載の乳癌の検査方法。
5.生体検体中のEPHA10もしくはRREB1を検出するための、抗EPHA10抗体もしくは抗RREB1抗体、または、EPHA10もしくはRREB1のmRNAを増幅可能なプライマーを含む、前項1〜4のいずれか1に記載の乳癌の検査方法に用いる、乳癌検査用試薬。
6.抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体を含む、前項5に記載の乳癌検査用試薬。
7.前項5に記載の抗EPHA10抗体および抗RREB1抗体を各々乳癌検査用試薬として、または、EPHA10およびRREB1のmRNAを増幅可能なプライマーを各々乳癌検査用試薬として含む、前項2〜4のいずれか1に記載の乳癌の検査方法に用いる、乳癌検査用試薬キット。
8.抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体を、各々乳癌検査用試薬として含む、前項7に記載の乳癌検査用試薬キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明の検査方法において用いられる新規腫瘍マーカーのうち、EPHA10は乳癌患者の49.2%に発現が認められ、RREB1は43.9%に発現が認められ、EPHA10もしくはRREB1のいずれかは57.2%に発現が認められ、感度の高いものである。また、乳癌患者中、Her−2陰性患者は72.0%であったが、EPHA10はHer−2陰性患者の44.1%に発現が認められ、RREB1は33.8%に発現が認められ、EPHA10もしくはRREB1のいずれかは47.8%に発現が認められ、EPHA10とRREB1は、Her−2よりも高い感度を有する。また、リンパ節転移陽性患者のうち62.4%にEPHA10が発現しており、50.6%にRREB1が発現しており、リンパ節転移と各タンパク質発現は高い相関が見られる。
EPHA10またはRREB1は、乳癌の診断、乳癌の悪性度の判断、および乳癌の転移診断において、強力なマーカーとなることが確認された。さらに、Her−2陰性の患者においても発現が確認されたことにより、EPHA10とRREB1の両方について検査を行うことにより、より正確に乳癌の診断、乳癌の悪性度の判断、および乳癌の転移診断を行うことが可能であることが確認され、本発明の検査方法を用いて検査することにより、適切な治療方法を選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】乳癌患者における、EPHA10またはRREB1のタンパク質発現解析の結果を示す図である。(実施例1)
【図2】乳癌のリンパ節転移患者における、EPHA10またはRREB1のタンパク質発現解析の結果を示す図である。(実施例1)
【図3】各種組織におけるEPHA10のmRNA発現解析の結果を示す図である。(実施例2)
【図4】EPHA10またはRREB1を強制発現させた場合の、細胞の浸潤能に対する影響を示す図である。(参考例2)
【図5】EPHA10の発現を抑制した場合の、癌細胞の浸潤能に対する影響を示す図である。(参考例3)
【図6】EPHA10発現細胞の培養上清の、血管新生に対する影響を示す図である。(参考例4)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の乳癌の検査方法は、新規腫瘍マーカーであるEPHA10またはRREB1を単独で、あるいはこれらの2つを併せて検出することによる。EPHA10またはRREB1を単独でマーカーとしてもよいが、これらを併せてマーカーとして確認することにより、より効果的な乳癌の診断、乳癌の悪性度の判断、もしくは乳癌転移の診断等のための検査を行うことが可能となる。
【0017】
本発明者らは、乳癌細胞と正常細胞とについてプロテオーム比較を行うことにより、約20種類の発現変動タンパク質を同定した。これらに対する抗体を用いて、約180症例の臨床組織切片が固定化された組織マイクロアレイの免疫染色により発現プロファイルを解析したところ、EPHA10(ephrin receptor A10)およびRREB1(ras-responsive element binding protein 1)が、正常組織にはほとんど発現せず、乳癌組織で約40〜50%という高い陽性率を示すことを見出し、これらを新規乳癌関連タンパク質として同定した。
【0018】
本発明の乳癌関連タンパク質のうち、EPHA10はエフリン受容体の一種であり、リガンドとしてEFNA3、EFNA4、EFNA5が結合することが知られていた。EPHA10は、浸潤性乳癌と消化管癌において、染色体レベルの変異(SNPs)が確認さているが、当該変異と乳癌との関連は解明されていなかった(Nature 446: 153-158, 2007)。また、EPHA10がmRNAレベルで前立腺癌で発現していることが確認されているが、乳癌での発現は確認されていない(Biochem Biophys Res Commun 342: 1263-1272, 2006)。
【0019】
EPHA10にはアイソフォームが3つあり、isoform 1は全長からなるタンパク質であり(GenBank Accession No. AJ872185)、isoform 2は、細胞外ドメインのみ(GenBank Accession No. AJ872185)、isoform 3はisoform 1において細胞内C末端のSAMドメインが欠失したもの(GenBank Accession No. AJ872185)である。
【0020】
本発明者らがEPHA10について解析を行った結果、EPHA10は乳癌患者のほぼ半数でタンパク質の発現が認められ、Her−2陰性患者のほぼ半数でタンパク質発現が認められた。また、EPHA10はリンパ節転移陽性患者の半数以上においてタンパク質発現が認められた。よって、EPHA10は、乳癌およびリンパ節転移に対して極めて感度の高い腫瘍マーカーであることが確認された。さらにEPHA10は、正常な乳房および乳房以外の組織での発現が認められず、乳癌組織のみで発現が認められたため、乳癌に対する特異度が高いことが確認された。
【0021】
EPHA10について、本発明者らがさらに解析を行ったところ、EPHA10を強制発現させた細胞では細胞の浸潤能が促進され、EPHA10を発現する乳癌細胞においてEPHA10発現を抑制すると、細胞の浸潤能が抑制されることから、EPHA10は乳癌細胞の浸潤において重要な役割を担うことが示唆された。また、EPHA10を発現する細胞の培養上清を用いて血管内皮細胞を培養したところ、管腔形成が促進されたことから、EPHA10が血管新生に関与していることが示唆された。これらの結果から、EPHA10の発現が認められる乳癌は、乳癌細胞の増殖速度が速い、再発や転移の可能性が高いといった、悪性度の高いものであると考えることができる。EPHA10の発現を確認することは、乳癌のスクリーニングや乳癌の転移診断のみならず、乳癌の悪性度の診断のための検査方法においても有用性が高いと考えられる。
【0022】
RREB1は、遺伝子プロモータのRAS-responsive elementsに結合する転写因子の一種であり、カルシトニン発現上昇によるRas/Raf依存性の細胞増殖、アンジオテンシン遺伝子の発現抑制、ARの転写活性を負に制御し、NUROD1の転写活性を増強するといった機能が報告されていた。RREB1と甲状腺癌との関連がmRNAレベルで確認されているが(Mol Cell Biol 16: 5335-5345, 1996)、乳癌と関連性についてはこれまで報告がなかった。
【0023】
RREB1はGenBank Accession No. BC131599に開示されている。本発明者らがRREB1について解析を行った結果、RREB1は乳癌患者のほぼ半数でタンパク質の発現が認められ、Her−2陰性患者の3分の1以上でタンパク質発現が認められた。また、RREB1はリンパ節転移陽性患者の半数以上においてタンパク質発現が認められた。よって、RREB1は、乳癌およびリンパ節転移の診断マーカーとして感度が高く、有用であることが判明した。
【0024】
本明細書において、生体から取得した検体を生体検体といい、各種検査や試験に供するために前処理された検体を試料ということとする。本発明の乳癌の検査方法に供するための生体検体は、乳癌患者もしくは乳癌発症の可能性のある患者の血液や乳癌組織に由来するものであり、好ましくは乳癌細胞を含む検体であれば良い。生体検体は、患者から採取された検体であり、本発明の検査方法のために取得した検体であってもよいが、他の検査に供するために取得した検体や、手術により採取した検体であってもよい。例えば検体を免疫組織染色検査に供する場合、検査に供する試料として、患者から得られた検体から調製したパラフィン切片を用いることができる。また、例えば検体をウェスタンブロット法またはRT−PCR法に供する場合、試験に供する試料として、患者から得られた検体から調製したタンパク質抽出液、またはmRNA抽出液を用いることができる。
【0025】
本発明の乳癌の検査方法において、EPHA10またはRREB1を腫瘍マーカーとして検出する方法は、生体検体中のEPHA10またはRREB1を確認可能な方法であれば良く、定性的であってもよいし、定量的であってもよい。例えば、単にEPHA10またはRREB1の有無を検出するものであってもよく、またEPHA10またはRREB1の発現量を相対的若しくは絶対的に決定するものでもよい。EPHA10またはRREB1の発現は、タンパク質レベルで検出または定量してもよく、またmRNAレベルで検出または定量してもよい。例えば、EPHA10またはRREB1が、各遺伝子の発現を制御する遺伝子の突然変異等に起因して、各タンパク質の発現が影響を受けるのであれば、各遺伝子の発現を制御する遺伝子について、遺伝子レベルで野生型や突然変異型を確認するといった方法を用いてもよい。
【0026】
本発明において、EPHA10またはRREB1の発現が認められる場合に、乳癌細胞である、もしくはリンパ節転移陽性であると判断する。またEPHA10の発現が認められる場合には、乳癌の悪性度が高いと判断することができる。さらに、EPHA10またはRREB1の両方について検査をした場合は、これらの何れかの発現が認められる場合に、乳癌細胞である、もしくはリンパ節転移陽性であると判断することができる。
【0027】
EPHA10またはRREB1の発現のタンパク質レベルでの検出は、免疫学的手法によるのが簡便であり、好適である。例えば、免疫染色法(蛍光抗体法、酵素抗体法、重金属標識抗体法、放射性同位元素標識抗体法を含む)、電気泳動法による分離と蛍光、酵素、放射性同位元素などによる検出方法との組み合わせ(ウェスタンブロット法、蛍光二次元電気泳動法を含む)、酵素免疫測定吸着法(ELISA)、ドット・ブロッティング法等により行うことができる。また、mRNAレベルでの検出を行ってもよく、例えば、RT−PCR(好ましくはリアルタイムRT−PCR)法、ノーザン・ブロッティング法、Branched DNAアッセイ等により行うことができる。RT−PCR法を用いる場合は、実施例に記載のプライマーを用いればよい。
【0028】
免疫組織染色法は自体公知の方法を採用することができる。その具体例を以下に示すが、以下は例示であって、本方法に限定されるものではない。
【0029】
乳癌である患者もしくは乳癌発症の可能性のある被験者から、生検や手術切除等により分離した生体検体を、常法によりホルマリン固定をした後、パラフィンに包埋してミクロトームにて厚さ4μm程度の組織片に薄切し、スライドガラスに貼り付けたものを切片試料として使用する。切片試料は完全にパラフィンを除き、100%から徐々に濃度を下げたアルコール溶液にくぐらせ親水化し水洗する。その後、抗体の浸透性を高めるために耐熱ガラス容器に入れた約pH6.0のクエン酸緩衝液中に切片試料を漬け、例えばオートクレーブ等の加熱処理により抗原を賦活化する。室温まで放置し冷却し流水で緩衝液を水洗後、例えば市販の免疫組織染色キットを用いて免疫組織染色を行う。非特異的反応等をブロッキングした後、切片試料を抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体を滴下し常温で反応させる。洗浄後、標識抗体、増幅試薬等を用いてそれぞれ反応させる。洗浄後、発色試薬を用いて発色を行なったのち、流水にて洗浄を行う。その後、染色液にて検体の細胞核を染色する。流水にて水洗後、アルコール溶液、次いでキシレン溶液をくぐらせ脱水し、検体上に封入剤を滴下しカバーグラスを被せて顕微鏡にて観察する。顕微鏡下では乳癌のEPHA10またはRREB1タンパク質の発色を観察する。
【0030】
EPHA10またはRREB1発現の分類は、患者からの生体検体における各タンパク質の発現量を、コントロールにおけるEPHA10やRREB1の発現量と比較することにより行うことが好ましい。各タンパク質の発現結果を分類する段階の数に応じて、複数のコントロールを用いることが好ましい。
例えば、EPHA10またはRREB1発現の結果を2種類の段階(発現あり、なし)に分類する場合は、各段階に対応した2種類のコントロール(EPHA10またはRREB1の発現が認められるコントロールおよびEPHA10またはRREB1の発現が認められないコントロール)を用いることが好ましい。また、発現の認められないコントロールとして、乳癌でない健常者またはリンパ節転移のない乳癌患者に由来する生体検体を用いることが好ましい。
【0031】
免疫組織染色法による発現の有無の判断は、以下のようにすることができる。EPHA10またはRREB1については、乳癌組織の癌細胞の染色強度を、「染色あり」および「染色なし」の2段階に分類し、「発現あり」と「発現なし」の判定をする。
【0032】
上記免疫組織染色法において用いられる抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体は、EPHA10またはRREB1の発現を検出しうる抗体であればよく、自体公知のものであってもよく、また今後開発される抗体であってもよく、特に限定されないが、例えばモノクローナル、ポリクローナル抗体や、標識化抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体ならびにこれらの結合活性断片などが挙げられる。例えば、EPHA10に対するIgG型抗体(ウサギポリクローナル抗体)が、ABGENT社(USA)から販売されており(製品番号#RB13036)、RREB1に対するIgG型抗体(ウサギポリクローナル抗体)が、ABCAM社(USA)から販売されており(製品番号# ab64168)、これらを免疫組織染色法に用いてもよい。
【0033】
抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体は、次のようにして作製することができる。各タンパク質をドットブロット装置を用いてニトロセルロース膜に固定化し、固相化抗原に対して、ナイーブファージ抗体ライブラリ(およそ24億種類の多様性のscFv型抗体を発現するファージのライブラリ)を作用させ、結合するファージ抗体を濃縮(パンニング)、選択する。そして濃縮したファージをモノクローン化し、抗原タンパク質に対する結合性をELISAにより評価する。免疫組織染色法には、得られたファージ発現型のscFv抗体を用いてもよいし、scFv抗体を遺伝子組換えによりIgG型抗体等を作製して用いてもよい。
【0034】
本発明は、乳癌発症の可能性のある患者についての乳癌の診断、乳癌患者における乳癌の悪性度もしくは乳癌の転移の診断を行うための検査用試薬並びに検査用試薬キットも含まれる。当該キットにより、患者から得られた生体検体におけるEPHA10またはRREB1の発現を検出または定量することができる。すなわち、タンパク質レベルでEPHA10またはRREB1の発現を検出または定量するための検査用試薬キットとして、免疫学的手法、例えば免疫組織染色やウェスタンブロット法などに使用される検査用キットが挙げられる。免疫学的手法によりEPHA10またはRREB1の検査を行う場合には、少なくとも抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体のいずれかが検査用試薬に含まれる。あるいは、mRNAレべルでEPHA10またはRREB1の発現を検出または定量するための検査用試薬キットとして、例えばRT−PCRを用いる場合は、EPHA10またはRREB1のmRNAを増幅可能なプライマーのいずれかが検査用試薬に含まれる。さらに、EPHA10またはRREB1の両方について検査を行う場合には、抗EPHA10抗体を含む検査用試薬および抗RREB1体を含む検査用試薬、あるいは、EPHA10のmRNAを増幅可能なプライマーを含む検査用試薬およびRREB1のmRNAを増幅可能なプライマーを含む検査用試薬が必要である。
【0035】
本発明は、上記に使用する検査用試薬キットも含まれる。本発明の検査用キットには、EPHA10またはRREB1をマーカーとして検出または定量する場合は、抗EPHA10またはRREB1抗体、あるいは、EPHA10またはRREB1のmRNAを増幅可能なプライマーを含むことができる。さらには、緩衝液、逆転写酵素、発色基質、二次抗体、ブロッキング剤等の試薬、および、試験に必要な器具やコントロール等を含むことができる。
【実施例】
【0036】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0037】
(参考例1)乳癌関連タンパク質のスクリーニング
乳癌細胞と対照となる正常細胞について、二次元電気泳動および画像解析を行い、発現変動タンパク質スポットを同定した。発現変動が認められたスポットからゲルを切りだし、タンパク質を抽出した。抽出タンパク質の一部を用いて質量分析によりタンパク質の同定を行った。この結果、21種類のタンパク質を、発現変動タンパク質として同定した。
【0038】
(実施例1)免疫学的組織染色を用いた検査方法
参考例1にして同定した21種類の各タンパク質に対する抗体を用いて、臨床サンプルを用いた組織アレイ解析を行った。各タンパク質に対する抗体は次のようにして作製した。各タンパク質をドットブロット装置を用いてニトロセルロース膜に固定化し、固相化抗原に対して、ナイーブファージ抗体ライブラリ(およそ24億種類の多様性のscFv型抗体を発現するファージのライブラリ)を作用させ、結合するファージ抗体を濃縮(パンニング)、選択した。そして濃縮したファージをモノクローン化し、抗原タンパク質に対する結合性をELISAにより評価した。得られたファージ発現型のscFv抗体を用いて、189症例の癌患者の生体検体、および15の正常組織である生体検体について、組織アレイ解析を行った。
【0039】
その結果、EPHA10とRREB1が、正常組織では発現がほとんど認められず、乳癌患者のほぼ半数において発現が認められることがわかった(表1)。また、EPHA10とRREB1を併せて検討した結果、乳癌患者の半数以上57.2%に、いずれかのタンパク質の発現が認められることがわかった。
【表1】

【0040】
さらに従来より使用されているHer−2の発現解析と比較すると(図1参照)、Her−2陰性患者のうち、44.1%にEPHA10の発現が認められ、33.8%にRREB1の発現が認められた。Her−2陰性患者のうち、EPHA10またはRREB1のいずれかの発現が認められる患者は、47.8%であり、Her−2陰性患者のほぼ半数をEPHA10またはRREB1により検出可能であることがわかった。
【0041】
EPHA10またはRREB1と、リンパ節転移との関連についての解析結果を図2に示す。リンパ節転移陽性患者の62.4%に、EPHA10の発現が認められ、50.6%にRREB1の発現が認められた。一方リンパ節転移陰性患者においては、いずれも38.5%にしか、発現が認められなかった。EPHA10とRREB1の発現は、リンパ節転移と相関があることが判明し、EPHA10またはRREB1によりリンパ節転移を検出可能であることがわかった。
【0042】
(実施例2)EPHA10遺伝子発現の検査方法
乳癌患者の癌組織由来mRNA(図3の白丸1〜10)と、正常組織である乳房(図3の黒丸1〜3)ならびに他の組織(脳(Br)、肺(Lu)、大腸(Co)、肝臓(Li)、脾臓(Sp)、皮膚(Sk)、胃(St)、精巣(Te)、腎臓(Ki))由来mRNAから、cDNAを調製し、下記プライマーを用いて半定量的PCRを行った。
Her-2 Forward:ccataacacccacctctgct(配列番号1)
Her-2 Reverse:gggatcccatcgtaaggttt(配列番号2)
EPHA10 Forward:aaaaaaaaaaaaaaaaaaccatgggaattcatggagacctgcgccggt(配列番号3)
EPHA10 Reverse:tttttttttttttttttttgcggccgccactcccaccccacgg(配列番号4)
アニ―リングを60℃で1分、伸長反応を68℃で1分に設定し、ポリメラーゼはAmpliTaq Gold(Applied biosystems)を用いてPCR反応を35サイクル行い、PCR産物を1.5% TAEアガロースゲルを用いて電気泳動した。
なお上記EPHA10のプライマーは、全アイソフォームに共通の配列を対象とするものである。
【0043】
結果を、図3に示す。EPHA10は正常な乳房組織およびその他の正常組織に発現はしておらず、乳癌組織特異的に発現することがわかった。一方、Her−2は、正常な大腸、皮膚、腎臓にも発現が認められた。
【0044】
(参考例2)EPHA10とRREB1の細胞の浸潤能に与える影響
まず、以下のようにして各遺伝子を強制発現させた細胞を作製した。
乳がん細胞株MCF-7を100mmφの培養ディッシュで24時間前培養した。Opti-MEM培地(Invitrogen)3 mlに対して、EPHA10またはRREB1発現プラスミド(Invitrogen)15μgとPlus Reagent(Invitrogen)15μlを加え、室温で5分間インキュベーションし、さらにLipofectamine LTX(Invitrogen)を37.5μl加え、室温で30分間インキュベーションした。得られたDNA-Lipofectamine complexを細胞に添加し、24時間培養後、以下のアッセイに使用した。なお、蛍光蛋白質VENUS発現プラスミドを同様に強制発現させた結果から、本実験系での遺伝子導入効率は60%以上であった。EPHA10またはRREB1強制発現細胞について、各遺伝子の導入の有無を、RT−PCRを用いて実施例2と同様に確認した。EPHA10についてのプライマーは、実施例2と同様であり、RREB1のプライマーは以下の通りである。
RREB1 Forward:ttttttttttttttttttttccatgggaattcatgctcacacacactggtcagaaac
(配列番号5)
RREB1 Reverse:ttttttttttttttttttttgcggccgcctccatccccacgagctg(配列番号6)
【0045】
次に、得られたEPHA10またはRREB1を強制発現した細胞を用いて、以下のようにin vitro細胞浸潤能試験を行った。
In vitro細胞浸潤能試験にはCultrex 96 well BME cell invasion Assay Kit(Trevigen Inc.)を使用した。Top chamberのメンブランをBME(basement membrane extract)でコートした。Bottom chamberに150μlの血清入り培地を、Top chamberに無血清培地で24時間前培養したMCF-7細胞(control)、あるいは、EPHA10またはRREB1を強制発現させたMCF-7細胞(1×106 cells/ml)を50μl/well播種し、72時間培養した。Bottom chamberの培地を除去後、Cell Wash Bufferで2回洗浄し、その後、底面に接着した細胞をcalcein-AM solutionで蛍光染色するとともに分散させた。蛍光光度計にて各wellの蛍光強度を測定し、播種した全細胞の蛍光強度を100%として、bottom chamberに浸潤した細胞の割合(% invasion)を算出した。
【0046】
結果を、図4に示す。図4の上部の写真は、MCF−7細胞において目的遺伝子(EPHA10またはRREB1)が強制発現されているか否かを、mRNAレベルで確認したものである。コントロールの細胞では、いずれの遺伝子のバンドも見られず、それぞれ目的遺伝子を強制発現させた細胞では、各遺伝子の発現が認められた。
図4の下部のグラフは、浸潤した細胞の割合を示したものである。RREB1を強制発現させた場合は、浸潤した細胞の割合がコントロールの場合と同程度であったが、EPHA10を強制発現させた場合は、浸潤した細胞の割合が有意に増加した。
【0047】
(参考例3)EPHA10発現抑制の癌細胞の浸潤能に与える影響
シャーレに乳癌細胞株MDA-MB-231を播種し、37℃、飽和蒸気圧、5%炭酸ガス気相下で24時間培養した。Opti-MEM(Invitrogen)3 mlに対して下記4種類の配列をターゲットとするEPHA10 siRNA(カタログ番号 : SI03081141、SI03091928、SI03096954、SI03097269 : QIAgen)あるいは対照siRNA(control)(カタログ番号 : 1027280 : QIAgen)50 nMとHiPerFect Transfection Reagent(QIAgen)40 μlを加え、室温で5〜10分間インキュベーションした。siRNA-transfection reagent complexをシャーレに加え、24時間培養した。なお、以下4種類のsiRNAを用いることにより、EPHA10の全アイソフォームの発現を抑制することが可能と考えられる。RT−PCR法を用いて、EPHA10の細胞外ドメイン(全アイソフォームに共通の部分)について、発現抑制を確認した。
siRNAの配列(QIAGEN社でプレデザインされた4種類のsiRNA)
Cat. no.: GS284656
製品名称: FlexiTube GeneSolution siRNA 1 nmol EPHA10
ターゲット配列:
SI03081141 Hs_EPHA10_6 CCGCGGGTACCTGCAAGGAGA(配列番号7)
SI03091928 Hs_EPHA10_7 CTCGGTGCGCGTCTACTACAA(配列番号8)
SI03096954 Hs_EPHA10_8 CTGGACTGCACTGCCAAGTAA(配列番号9)
SI03097269 Hs_EPHA10_9 CTGGAGGGCGTTGTTACCCGA(配列番号10)
【0048】
結果を図5に示す。図5の上部の写真は、RT−PCRの結果を示すものであり、コントロールでは、EPHA10の発現が認められるが、EPHA10のsiRNAをトランスフェクトした細胞では、いずれのアイソフォームも発現していないことが確認された。
図5の下部のグラフは、浸潤した細胞の割合を示したものである。コントロールでは浸潤した細胞の割合が20%程度であったのに対し、siRNAをトランスフェクトした場合には、約12%程度に、有意に浸潤能が抑制された。
【0049】
(参考例4)EPHA10の血管新生に与える影響
まず、Conditioned medium(CM)を調製した。100mmφの培養ディッシュにMCF-7細胞あるいはEPHA10を強制発現させたMCF-7細胞(参考例2と同様にして作製)を播種し、微小血管内皮細胞用培地で48時間培養した。培養上清を回収し、1000 rpm、5分間遠心後、0.2μmポアのメンブランフィルターでろ過して、それぞれ「control CM」あるいは「EPHA10 CM」とした。
得られたそれぞれのCMを用いて、血管内皮細胞のin vitro 管腔形成試験を行った。24 well培養プレートにBD Matrigel Matrix(BD Bioscience)を300 μl/well加え、37℃で30分間静置してゲル化させた。ゲル上に、ヒト肺由来血管内皮細胞(BECs)を3.0×104 cells/wellで播種し、MCF-7細胞のCM(control CM)あるいはEPHA10強制発現MCF-7細胞のCM(EPHA10 CM)の存在下で、37 ℃で24時間培養した。その後PBSで洗浄し、Calcein-AMで蛍光染色後、CCDカメラにて蛍光像を取得した。管腔形成の程度は、撮影した蛍光顕微鏡画像をMetaXpressソフトウェア(Molecular Devices, Inc.)で解析し、管腔全長を測定することにより定量評価した。
【0050】
結果を図6に示す。図6上部に、各処理における管腔形成の写真を示す。図6の下部のグラフより、コントロールに比べて、EPHA10強制発現細胞の培養上清(EPHA10 CM)により、有意に管腔形成が促進されたことがわかった。これにより、EPHA10発現細胞が、転移等に関わる血管新生を促進することが判明し、EPHA10を発現する癌細胞は、悪性度が高いことが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上詳述したように、EPHA10とRREB1が、乳癌患者のほぼ半数において発現が認められることがわかった。また、EPHA10とRREB1を併せて検討した結果、乳癌患者の半数以上に、いずれかのタンパク質の発現が認められることがわかった。また、従来より使用されている腫瘍マーカーのHer−2と比較すると、Her−2陰性患者にもEPHA10またはRREB1の発現が認められた。EPHA10またはRREB1は、リンパ節転移陽性患者においても高い発現率が認められ、リンパ節転移と相関があることが判明した。さらにEPHA10の機能解析の結果、EPHA10は血管新生機能や癌の浸潤能といった、癌の悪性度に深く関与していることが示唆された。
【0052】
以上の結果より、生体検体中の癌細胞のEPHA10またはRREB1をマーカーとして検出することにより、乳癌のスクリーニング、乳癌の悪性度の診断、乳癌の転移の診断などを行うことができ、EPHA10とRREB1を併せて検出することによりHer−2陰性の患者についても、診断を行うことが可能となり、より的確な治療法を選択することができる。
【0053】
本発明の免疫組織染色による検査を行うことで、外科的手術の場合には組織の適切な切除範囲を決定することができ、また術前後の化学療法、放射線療法、免疫療法などにおいて、適切な治療方法を選択することができる。また、経過を観察(医療監視下に)すべき期間も決定することができる。これにより、患者に対する経済的、肉体的、精神的な過度の負担が軽減化され、医療費の節減にも繋がるものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から分離された生体検体について、EPHA10および/またはRREB1を、乳癌の腫瘍マーカーとして検出することを特徴とする、乳癌の検査方法。
【請求項2】
EPHA10およびRREB1を検出する、請求項1に記載の乳癌の検査方法。
【請求項3】
EPHA10および/またはRREB1のタンパク質の検出を免疫学的手法により行う、請求項1または2に記載の乳癌の検査方法。
【請求項4】
免疫学的手法が免疫組織染色である、請求項3に記載の乳癌の検査方法。
【請求項5】
生体検体中のEPHA10もしくはRREB1を検出するための、抗EPHA10抗体もしくは抗RREB1抗体、または、EPHA10もしくはRREB1のmRNAを増幅可能なプライマーを含む、請求項1〜4のいずれか1に記載の乳癌の検査方法に用いる、乳癌検査用試薬。
【請求項6】
抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体を含む、請求項5に記載の乳癌検査用試薬。
【請求項7】
請求項5に記載の抗EPHA10抗体および抗RREB1抗体を各々乳癌検査用試薬として、または、EPHA10およびRREB1のmRNAを増幅可能なプライマーを各々乳癌検査用試薬として含む、請求項2〜4のいずれか1に記載の乳癌の検査方法に用いる、乳癌検査用試薬キット。
【請求項8】
抗EPHA10抗体または抗RREB1抗体を、各々乳癌検査用試薬として含む、請求項7に記載の乳癌検査用試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−216826(P2010−216826A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−60706(P2009−60706)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】