説明

新規蛍光標識核酸

【課題】
低分子の核酸を、PCR法にみられるような酵素を利用することなく検出可能であって、しかも、しかも、例えばマイクロRNAとその前駆体等にみられる極めて類似する核酸分子であっても識別でき、目的核酸分子を選択的に検出することを可能にするための手段を提供する。

【課題解決手段】
検出対象核酸分子と塩基対を形成する塩基配列を有するループ領域と、ステム領域を有する核酸分子であって、ステム領域がループ領域の両側にあって、互いに相補の塩基配列を有し、かつ、一方のステム領域の分子末端塩基が核酸塩基の近接によって消光する蛍光残基を有するステム・ループ構造を形成する蛍光標識核酸分子を蛍光プローブとして使用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸塩基により消光する蛍光色素で標識されたステム・ループ構造を有する新規核酸分子、及びこれをプローブとして用いて、特定の核酸分子を類似する核酸分子から区別して検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物は固有のゲノムを持ち、生まれてから死ぬまで、各々の細胞組織で遺伝子の配列が変化することは、ほとんどない。個々の細胞組織が同じゲノムを持っているにもかかわらず、それぞれの細胞組織で異なる機能や形態を示している理由は、遺伝子から読まれるRNAやタンパク質が、組織特異的・時期特異的に発現しているからに他ならない。生きている細胞から得られる情報を読み取るには、発現されているRNAやタンパク質の量を知る必要があり、これらの生体高分子の特異的な検出には、多くの手法が開発されている。特に、タンパク質中の1アミノ酸の変化を見分けることは困難であるが、RNA中の1塩基の違いを見分けることは比較的容易であるため、プローブ分子の設計が容易なRNAに関しては、多種多様な検出方法が開発されてきた。
最も広く利用されているRNA検出法はRT-PCR法であり、鋳型となるRNAに相補的な配列を有するDNAをプライマーとして逆転写反応を行った後にPCR反応を行い、cDNAを特異的に増幅する。この手法のメリットは、少ないRNA試料から増幅過程を経て、特異的に核酸分子を検出することができる点である。
【0003】
一方で、RT-PCR法では、転写されたRNAの長さを知ることができないため、発現されたRNAの挙動を知る場合には、Northern Blotting法が利用される。DNAから転写されたRNAは、複雑なプロセッシング過程を経て、成熟したRNAとして機能するが、時には、同一のRNAが異なるスプライシングにより別の長さのRNAとして機能する場合がある。このような場合には、RNAの長さの情報が必要となり、RNAの分子量を直接的に反映するNorthern Blotting法が利用される。しかしながら、Northern Blotting法は操作が煩雑であり、多数のサンプルの解析には向いていない。RNAを精製後に電気泳動し、ナイロン膜へ写し取った後にRNAを固定化、目的RNAに相補的な配列を持つ核酸分子を蛍光色素や放射性同位体を用いて標識し、半日かけてハイブリダイゼーションを行う。Northern Blotting解析から得られる情報量は魅力的ではあるが、初心者にも利用できる技術とは言い難い。
【0004】
近年、低分子機能性RNAは、細胞の運命を司る分子として注目されている。なかでも、マイクロRNAやsiRNAといったわずか20塩基程度のRNAは、発生段階の時期特異的に、組織特異的に遺伝子発現を調節することが知られており、現在では、疾患にも関与することが明らかとなってきた。マイクロRNAのような小さなRNAを検出する手法としては、Northern Blotting法や、マイクロアレイ法などが利用されている。通常のRNAの検出としては盛んに利用されているRT-PCR法が、マイクロRNA解析に利用されにくい大きな理由は、プライマーの結合が非常に困難であるためである。RT-PCR法はマイクロアレイ法などにも応用されているが、対象となるRNAが短いために生じる同様の問題点がある。そこで、アダプター分子をRNAに結合させた後に、RT-PCRを行う手法も考案されているが、アダプター分子の連結反応の再現性に問題があり、利用されにくい状況にある。
【0005】
一方、RNAの機能を知る上で、RNAの細胞内局在を知ることは、非常に重要である。細胞内の、核-細胞質におけるRNAの局在が、細胞の運命を変え得ることもある。RNAの細胞内局在を直接観測する手法として、in situ ハイブリダイゼーション法が知られている。標的となるRNAに対して、相補的になるプローブ核酸を用意し、固定化した細胞に浸潤させる。蛍光標識したプローブ核酸を用いることによって、細胞・組織の形のままに、標的RNAの局在を可視化することができる。
このようなin situ ハイブリダイゼーション法に用いる核酸分子検出技術としてはMolecular Beacon法が知られており(非特許文献1参照)、該技術は1996年にTyagiらによって開発されたものである。
【0006】
しかし、in situ ハイブリダイゼーション法のためのプローブを設計する際、成熟したmicroRNAに相補的な配列を利用すれば、そのようなプローブは、同時に、前駆体のpre-microRNAともハイブリダイゼーションしてしまう。したがって、成熟したmicroRNAだけの細胞内局在を通常のin situ ハイブリダイゼーション法で決定することはできない。これは上記Molecular Beacon法でも同様である。
マイクロRNAの検出法に関しては、まだ研究がスタートしたばかりであり、確立されている技術も少ない。迅速、簡便にマイクロRNAの検出を行う技術が確立されば、マイクロRNAの機能解析だけではなく、診断薬の分野でも利用される可能性が高い。
【非特許文献1】Nature Biotechnology 1996Mar;14(3);303-308
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、特に低分子の核酸を、PCR法にみられるような酵素を利用することなく検出可能であって、しかも、しかも、例えばマイクロRNAとその前駆体等にみられる極めて類似する核酸分子であっても識別でき、目的核酸分子を選択的に検出することを可能にするための手段を新に提供することにある。

【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、細胞内に数多存在する低分子RNA、特にRNAi現象に関連するmicroRNAやsiRNAに着目し、これらの短いRNAの細胞内局在についてin situ ハイブリダイゼーション法を使用して解析を試みたが、例えば、成熟マイクロRNAを検出するためのプローブは、該成熟マイクロRNAの塩基配列を含有するため、その前駆体をも検出してしまい、これらを有効に識別し得ないという問題に直面した。
そこで、本発明者は鋭意研究の結果、Molecular Beacon法を改良し、塩基対形成に基づいて蛍光色素が消光する現象を利用し、前駆体マイクロRNAとは塩基対を形成して消光するが、成熟マイクロRNAとは塩基対を形成しないことにより蛍光を生じる核酸分子を設計した。そして、これを蛍光プローブとして用いることにより、成熟マイクロRNAとその前駆体とを有効に識別でき、成熟マイクロRNAのみを検出できることを見いだした。また、さらに、この手段が単に成熟マイクロRNAのみでなく、広く標的核酸分子の選択的検出に適用可能であることを確信し、本発明を完成させるに至ったものである。すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0009】
(1)検出対象核酸分子と塩基対を形成する塩基配列を有するループ領域と、ステム領域を有する核酸分子であって、ステム領域がループ領域の両側にあって、互いに相補の塩基配列を有し、かつ、一方のステム領域の分子末端塩基が核酸塩基の近接によって消光する蛍光残基を有することを特徴とする、ステム・ループ構造を形成する蛍光標識核酸分子。

(2)蛍光残基を有するステム領域の末端塩基が、相補の塩基配列の末端から2塩基以内に配置されたものであることを特徴とする、上記(1)に記載の蛍光標識核酸分子。

(3)蛍光残基を有する上記末端塩基が、検出対象核酸分子の塩基配列を含む核酸分子における、当該塩基配列以外の塩基配列中の塩基と塩基対を形成することを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載の蛍光標識核酸分子。

(4)検出対象核酸分子が成熟体であり、該検出対象核酸分子の塩基配列を含む核酸分子がその前駆体であることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の蛍光標識核酸分子。

(5)上記成熟体が,マイクロRNA、siRNA、tRNA、snRNA、mRNA、又はノンコーディングRNAであることを特徴とする、上記(4)に記載の蛍光標識核酸分子。
(6)蛍光標識核酸分子が、DNA、RNA、PNA、BNA、LNA、HNA又はモルホリノ化オリゴヌクレオチドであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか記載の蛍光標識核酸分子。

(7)蛍光標識核酸分子が、DNAおよびRNAの構成ヌクレオチド以外の,検出対象核酸分子中のヌクレオチドと塩基対を形成し得るヌクレオチド類似体により置換されていることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の蛍光標識核酸分子。

(8)上記類似体中の対応塩基部分が、イノシン、2−アミノプリン、フェノキサジン、G−Clamp、又はGuanido G−Clampであることを特徴とする、上記(7)に記載の蛍光標識核酸分子。


(9)上記(1)〜(8)のいずれかに記載の蛍光標識核酸分子からなる、蛍光プローブ。

(10)ステム領域において互いに相補の塩基配列が分子内塩基対を形成することにより消光している状態の上記(1)〜(9)いずれかに記載の蛍光標識核酸分子を核酸含有試料と接触させ、該蛍光標識核酸分子が検出対象核酸分子と塩基対を形成する際、蛍光残基を有する末端塩基が検出対象核酸分子と塩基対を形成しないことにより発生する蛍光を検出することを特徴とする、試料中の核酸分子の検出方法。

(11)検出対象核酸分子と塩基対を形成する塩基配列を有するループ領域と、ステム領域を有する核酸分子であって、ステム領域がループ領域の両側にあって、互いに相補の塩基配列を有し、かつ、一方のステム領域の分子末端塩基が核酸塩基の近接によって消光する蛍光残基を有することを特徴とし、該蛍光標識核酸分子が検出対象核酸分子と塩基対を形成する際、蛍光残基を有する末端塩基が検出対象核酸分子と塩基対を形成しないことにより発生する蛍光を検出することを特徴とする、蛍光標識核酸分子。

【発明の効果】
【0010】
本発明は、核酸塩基による蛍光消光現象を利用し、Molecular Beacon法を改良したものである。本発明によれば、検出対象核酸分子と、該分子の塩基配列を含む核酸分子とを識別でき、検出対象分子のみを検出することができる。本発明の蛍光標識核酸分子は、プローブとして用いるとき、マイクロRNAだけを検出し、その前駆体のRNAは検出しない。すなわち、前駆体RNAと本発明の蛍光標識核酸分子がハイブリダイズする場合には、前駆体RNAに含まれる核酸塩基が、該標識核酸分子に結合している蛍光色素を消光して蛍光を発さず、成熟したRNAと該標識核酸分子がハイブリダイズした場合にのみ蛍光を発する。
【0011】
さらに、標識核酸分子だけの場合にはステムループ構造を形成し、ステム領域に連結された蛍光色素は、ステムの塩基対形成により、近接する消光分子(核酸塩基)によって蛍光を発しないため、蛍光検出時のバックグラウンドが極めて低くなる。本法は、Molecular Beacon法の概念をさらに発展させ、成熟したRNAを検出するだけでなく、前駆体RNAによって蛍光分子を消光することから、本法は、選択的スプライシングで生じた類似するRNAを区別する、あるいは、類似ゆえに期待しないハイブリダイズによるRNAを区別する場合にも利用可能である。
【0012】
このような分子の利用法としては、細胞等から得られた核酸分子の選択的な検出や、蛍光プローブを細胞に直接導入することによる、核酸分子の選択的な可視化等が挙げられる。細胞から抽出された核酸分子を検出する分野では、研究上のキットの他、診断に利用できる試剤が考えられる。例として、特定miRNAの発現が異常となっていることが原因で引き起こされる疾病の診断や病体検査に利用可能となる。また、核酸分子の選択的な可視化が可能になれば、これまで明らかとなってこなかった核酸分子の細胞内挙動が解明される可能性がある。

【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の蛍光標識核酸分子は、検出対象核酸分子と塩基対を形成する塩基配列を有するループ領域と、ステム領域を有する核酸分子であって、ステム領域がループ領域の両側にあって、2つのステム領域が互いに相補の塩基配列を有し、かつ、一方のステム領域における分子末端塩基が核酸塩基の近接によって消光する蛍光残基を有するものである。
本発明の蛍光標識核酸分子における上記ループ領域は、検出対象核酸分子と塩基対を形成するように、検出対象核酸分子の塩基配列の少なくとも一部と相補の塩基配列になるように設計する。この相補の塩基配列の塩基数は10〜40塩基が好ましい。
また、上記2つのステム領域は、互いに相補の塩基配列部分を有し、これにより分子内で塩基対を形成し、蛍光標識核酸分子がステム−ループ構造を形成可能なように設計する。
【0014】
さらに、2つのステム領域のうち一方のステム領域の分子末端塩基は、蛍光色素により標識された蛍光残基を有するが、この蛍光色素としては、核酸塩基の近接によって消光する蛍光色素を用いる。
また、蛍光残基を有する塩基は、上記相補の塩基配列の末端あるいは少なくともこの末端塩基から2塩基以内に配置されることが好ましい。2塩基以内であれば、本発明の蛍光標識核酸分子がステム−ループ構造形成のためステム領域が塩基対を形成することにより、標識された蛍光色素が塩基と近接して、消光ないしは減光している状態にすることが可能である。
使用する蛍光色素としては、BODIPY-FL、ピレン、フルオレセイン誘導体、テトラメチルローダミン誘導体、クマリン誘導体、オキサジン誘導体、2−アミノプリン等が挙げられる。
【0015】
一方、検出対象核酸分子と、該検出対象核酸分子の塩基配列を含む検出対象核酸分子と類似する核酸分子(以下、単に類似核酸分子という場合がある。)とを識別するためには、検出対象核酸分子に存在せず、類似核酸分子には存在する塩基配列中に、蛍光色素が消光する塩基を見い出し、上記ループ領域の両側にある2つのステム領域のうち一方を、該蛍光色素が消光する塩基を含む類似核酸分子の塩基配列と相補の塩基配列を有するように設計する。この場合、上記蛍光標識される塩基は、上記ステム領域における類似核酸分子と相補の塩基配列の末端に位置させる。
【0016】
したがって、この場合、当然、他方のステム領域は、該蛍光色素が消光する塩基を含む類似核酸分子の塩基配列と相補の塩基配列を有する上記ステム領域の塩基配列と相補の塩基配列を有するように設計し、上記したように、2つのステム領域の塩基対形成によって蛍光標識が消光乃至減光するようにする。
ステム領域における、この標識する塩基を含む類似核酸分子と相補の塩基配列の塩基数は、3〜10塩基が好ましい。また、上記蛍光標識する塩基からループ領域終端までの塩基配列は、類似核酸分子の塩基配列と連続した塩基対を形成するように設計することが好ましい。
【0017】
以下に本発明の核酸分子の検出手段の原理について、図1を参照して、Molecular Beacon法と対比して説明する。なお、以下においては、本発明の検出法をMolecular Spotter法ということがある。
Molecular Beacon法(図1A)は、ステム−ループ構造を形成する蛍光標識核酸分子を用いるものであるが、該蛍光標識核酸分子がステム−スープ構造を形成する場合、ステム領域末端に標識した蛍光色素(FL)は、他方のステム領域末端の消光分子(Q)により消光状態にある。試料中の前駆体RNAからプロッセッシングされた成熟RNAを検出する場合、成熟RNAと相補の塩基配列を有するループ領域と成熟RNAとがハイブリダイズすることにより、蛍光色素(FL)と、これを消光するための消光分子(Q)が離間して蛍光を発生することで、成熟RNAを検出することができる。しかし、前駆体RNAが同時に存在する場合、前駆体RNAは成熟RNAの塩基配列を有するため、上記蛍光標識核酸分子は、前駆体RNAともハイブリダイズし、蛍光を発生してしまう。
【0018】
したがって、Molecular Beacon法によっては、成熟RNAと前駆体RNAを識別して検出することができない。
これに対して、Molecular Spotter法(図1B)によれば、本発明の蛍光標識核酸分子がステム−スープ構造を形成する場合、ステム領域末端に標識した蛍光色素(FL)は、一方のステム領域の蛍光標識した塩基と他方のステム領域の塩基とが塩基対を形成し、ステム領域末端に標識した蛍光色素(FL)は、他方のステム領域における蛍光標識を消光する塩基(G)と近接することにより、消光している。一方、試料中に成熟RNAを検出する場合においては、成熟RNAと相補の塩基配列を有するループ領域と成熟RNAとがハイブリダイズすることにより、蛍光色素(FL)と、これを消光するための塩基(G)が離間して蛍光を発生する。他方、試料中に成熟RNAとその前駆体RNAが共存していても、本発明の蛍光標識核酸分子は、前駆体RNAにおける成熟RNAの塩基配列以外の塩基配列と相補塩基配列を有し、蛍光標識された塩基は前駆体RNAの塩基(G)と塩基対を形成することにより、蛍光標識は塩基(G)と近接し、蛍光の発生は抑制される。したがって、本発明の蛍光標識核酸分子を用いることにより、成熟RNAとその前駆体RNAを識別し、成熟RNAのみを検出することが可能となる。
【0019】
次に、以下の実施例3に示す、本発明の蛍光標識核酸分子を用いた慢性骨髄性白血病の原因遺伝子であるキメラ遺伝子タイプBCR−ABLの検出例を挙げて、さらに本発明を具体的に説明する(図2参照)。
慢性骨髄性白血病では、染色体転座によって生じたBCR遺伝子とABL遺伝子のキメラ遺伝子BCR-ABLが原因となって発症することが知られている。キメラ遺伝子には大別してb2a2タイプとb3a2タイプがあり、後者の方が頻度が高い。また、b2a2タイプの患者とb3a2タイプの患者では血小板数が異なるなどの症状に違いがある。キメラ遺伝子を簡便に区別して検出できれば白血病の診断に役立つ。しかし、正常型ABL遺伝子であるa1a2型、白血病b2a2型および白血病b3a2型は、配列が非常に類似しているため、選択的に検出することは困難であったものである。
【0020】
図2中、一番上の塩基配列は、合成された本発明の蛍光標識核酸分子の塩基配列であり、A1A2、B2A2及びB3A2はa1a2型、b2a2型およびb3a2のそれぞれのDNA等価体である。また、下線部は、ステム領域における分子内塩基対を形成する部分を表し、また、A1A2配列中、大文字はABL遺伝子配列(A1配列)、小文字はABL遺伝子(A2配列)を表し、B2A2配列中、大文字はBCR遺伝子配列(B2配列)、小文字はABL遺伝子配列(A2配列)を表し、B3A2配列中、大文字はBCR遺伝子配列(B3配列)、小文字はABL遺伝子配列(A2配列)を表す。
【0021】
本発明の蛍光標識核酸分子の設計に際しては、正常型の(A1A2)を検出せず、白血病遺伝子のみ検出するため、検出対象の白血病遺伝子と正常型遺伝子にまたがる領域において、正常型遺伝子には存在し、検出対象の白血病遺伝子には存在しない蛍光色素(F;例えばBODIPY-FL)を消光する塩基(例えば;G(グアニン))を見つけ、この塩基(G)からABL遺伝子(A2配列)を含む領域)までの塩基配列と相補の塩基配列を本発明の蛍光標識核酸分子のループ領域と一方のステム領域の塩基配列とする。このループ領域の塩基配列は、当然、検出対象の白血病遺伝子の塩基配列(A2配列;小文字部分)と相補の塩基配列を含む。また、この塩基(G)を含め3〜10塩基分の配列と相補の塩基配列を一方のステム領域の塩基配列とする(下線部イ)。さらに、この一方のステム領域の塩基配列と相補の塩基配列を他方のステム領域の塩基配列とし(下線部ロ)、上記ループ領域の終端にこの他方のステム領域の塩基配列を連結し、本発明の蛍光標識核酸分子の塩基配列の設計を終了する。次いで、該設計に基づき核酸を合成し、上記塩基(G)と相補の上記一方のステム領域の塩基(C;シトシン)を蛍光色素(F)で標識し、本発明の蛍光標識核酸分子(MSPrbB3A2)を作成する。
【0022】
本発明の蛍光標識核酸分子を蛍光プローブとして使用する場合、上記正常型のA1A2に対しては、図2(1)のように塩基対を形成し、蛍光標識(F)はこれを消光する塩基(G)と近接することにより消光する。これに対して、慢性骨髄性白血病遺伝子のB2A2及びB3A2に対しては、図2(2)、(3)に示されるように、蛍光標識(F)を有する塩基及びその近傍の塩基配列は塩基対を形成せず、蛍光標識(F)は、これを消光する塩基(G)と近接せず、蛍光を発生する。これにより正常型遺伝子と識別して、白血病遺伝子のみを検出することができる。
【0023】
さらに、同様にして、白血病遺伝子B2A2とB3A2とを識別することも可能である。これには、例えば白血病遺伝子B2A2遺伝子中の塩基(G)を選択し、該塩基からABL遺伝子(A2配列)までの塩基配列と相補の塩基配列を設計し、以下、上記と同様にして蛍光標識核酸分子を合成すればよい。このように合成された蛍光標識核酸分子は、このB2A2に対して蛍光を発生せず、B3A2遺伝子のみを検出可能である。
【0024】
本発明における検出対象核酸分子としては、選択的スプライシング産物であるRNA、マイクロRNA、siRNA、tRNA、snRNA、mRNA、又はノンコーディングRNA等が挙げられる。
一方、本発明の蛍光標識核酸分子を構成する核酸の形態としてはDNA、RNAが挙げられるが、さらに、塩基配列特異性が高く、また酵素的安定性が向上した修飾核酸の形態であってもよい。これらの例としてはPNA、BNA、LNA、HNA又はモルホリノ化オリゴヌクレオチド等を挙げることができる。
また、本発明の蛍光標識核酸分子は、DNA、RNAの構成ヌクレオチド以外の、検出対象核酸分子中のヌクレオチドと塩基対を形成し得るヌクレオチド類似体により置換されていてもよい。
【0025】
置換するヌクレオチド類似体としては、該類似体中の対応塩基部分が、イノシン、2−アミノプリン、フェノキサジン、G−Clamp、又はGuanido G−Clampであるものが挙げられ、さらに、ヌクレオチド類似体として、ヌクレオチドの糖部分が、修飾された糖により置換されているもの、あるいはリン酸部分が修飾されたリン酸により置換されているものであってもよい。
このうち、前者については、糖の環構造が、フラノース環、ピラノース環、またはリボース環を含む複環式であって、これらの糖骨格上の水酸基が、3’−オキシ、2’−メトキシ、2’−フルオロ、2’−Oアルキル、又はモルホリノ基等に変換されたものが挙げられる。
【0026】
また、後者については、ヌクレオチドのリン酸部位が、ホスホロチオエート、ボラノホスフェート、ホスホロアミデート、メチルイミノメチル、チオホルムアセタール、メチルホスホネート、メトキシホスホネート、シアノエチルホスホネート、又はアルコシキルホスホネート等により置換されたものが挙げられる。
これらのヌクレオチド類似体により置換された、蛍光標識核酸分子は、塩基配列特異性が向上し、安定した塩基対を形成する。

以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これら実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
以下に示す実施例の実験においては、モデル系として、microRNA及びその前駆体と配列が各々等価のDNAを標的サンプルとして用いた。microRNA及びその前駆体と各々等価のDNA、並びに蛍光プローブの塩基配列は、以下の配列番号1〜8に示される。また、これら実験に使用した10Xハイブリ溶液の組成も併せて示す。
【0028】
a)標的サンプル
配列番号1
配列名:miR133(d)(miR133等価体)
配列:5'- TTGGTCCCCTTCAACCAGCTGT -3'
配列番号2
配列名:Pre-miR133(d)(Pre-miR133等価体)
配列:5'- GGATTTGGTCCCCTTCAACCAGCTGTAGCT -3'
配列番号3
配列名:miR21(d) (miR21等価体)
配列:5'- TAGCTTATCAGACTGATGTTGA -3'
配列番号4
配列名:Pre-miR21(d)
配列:5'- GGGTAGCTTATCAGACTGATGTTGACTGT -3'
(以上の合成DNAは北海道システムサイエンスより購入した。)
【0029】
b)蛍光プローブ
配列番号5
配列名:MSPrb_miR133S4
配列:5'- GGATACAGCATGGTTGAAGGGGACCAAATCCX -3'
ここで、XはBODIPY-FL
配列番号6
配列名:MSPrb_miR133S6
配列:5'- GGATTTACAGCATGGTTGAAGGGGACCAAATCCX -3'
ここで、XはBODIPY-FL
配列番号7
配列名:MSPrb_miR133S8
配列:5'- GGATTTGGACAGCATGGTTGAAGGGGACCAAATCCX -3'
ここで、XはBODIPY-FL
配列番号8
配列名:MSPrb_miR21S4
配列:5'- GGGTCAACATCAGTCTGAATAAGCTACCCX -3'
ここで、XはBODIPY-FL
(以上の合成DNAは、株式会社日本バイオサービスより購入した。)
【0030】
なお、蛍光プローブDNAは純水に溶解し、1 mMとした。1 mMのDNA溶液を20 μlとり、15%アクリルアミドゲル(8M Urea)にて電気泳動し、可視化できるバンドをゲルごと切り出した。ゲル中のDNAは、純水に1晩撹拌して溶出し、エタノール沈殿にて精製した。さらに、純水で溶解させた後、マイクロバイオスピンカラム(Bio-Rad社)を用いて精製したものを用いた。また、蛍光プローブの濃度は、精製された蛍光プローブDNA溶液をUV-可視光測定器(日本分光)を用い測定し、260nmおよび488nmから得られた吸光度をもとに濃度を決定した。

c)10Xハイブリ溶液の組成;
100 mM Tris-HCl (pH 7.0), 1 M NaCl, 100 mM MgCl2(最終濃度;10 mM Tris-HCl (pH 7.0), 100 mM NaCl, 10 mM MgCl2)
【0031】
〔実施例1〕
microRNA-133(d)の検出
100μM濃度の配列番号5に示す蛍光プローブDNA(MSPrb_miR133S4)溶液1 μl、100μM濃度の配列番号1に示す成熟miR133等価体(miR133(d))溶液1μl、以下の組成の10Xハイブリ溶液10μlおよび純水(88μl)を4°Cにて混合し、UVトランスイルミネーター(ULTRA-LUM社)にてUV光を照射しつつ、デジタルカメラにて撮影した。
一方、上記配列番号1に示す標的の成熟miR133等価体(miR133(d))溶液1μlに代えて、同濃度の配列番号2に示す、miR133前駆体等価体(Pre-miR133(d))溶液1μlを用いて同様の実験を行った。また、さらに蛍光プローブDNAのみ使用し、成熟miR133等価体(miR133(d))およびその前駆体等価体(Pre-miR133(d))溶液を加えない場合の実験も行った。
結果を図3に示す。
【0032】
これによれば、蛍光プローブだけを加えた溶液では、蛍光がほとんど発さなかった(図3左)。蛍光プローブに配列番号2に示す前駆体等価体(pre-miR133(d))を加えたときは、全く蛍光を発していなかった(図3中央)。他方、蛍光プローブに配列番号1に示す標的の成熟 miRNA等価体(miR133(d);)を加えたときに、蛍光を発した(図3右)。本実験によって、本発明の蛍光プローブが前駆体核酸分子と成熟した短い核酸分子を区別して検出可能であることが明らかとなった。miR-21等価体を用いた実験でも同様に、MSPrb_miR21は、成熟miRNAだけを検出し、前駆体miRNAは検出しなかった。
【0033】
〔実施例2〕
蛍光プローブと標的核酸分子とのハイブリダイズに基く蛍光の検出
100 μM濃度の配列番号5に示す蛍光プローブDNA(MSPrb_miR133S4)溶液1 μl、100
μM濃度の配列番号1に示す標的の成熟miR133等価体(miR133(d))溶液1μl、10Xハイブリ溶液1μl、純水7μlおよび、10Xローディング緩衝液を4°Cにて混合し、12% アクリルアミドゲル(非変成条件)で泳動した。泳動緩衝液は、1XTBEを用い、4°Cで電気泳動を行った。蛍光イメージアナライザー(Molecular Dynamics社)を用い、電気泳動後のイメージを取り込んだ。イメージ取り込み後のアクリルアミドゲルをMupid-Blue染色試薬(Advance-Bio社)を用いて染色した。
【0034】
一方、上記配列番号1に示す成熟miR133等価体(miR133(d))溶液1μlに代えて、同濃度の配列番号2に示すmiR133前駆体等価体(Pre-miR133(d))溶液1μlを用いて同様の実験を行った。また、さらに蛍光プローブDNAのみ使用し、成熟miR133等価体(miR133(d))あるいはその前駆体等価体(Pre-miR133(d))溶液を加えない場合の実験も行った。
結果を図4に示す。
【0035】
図4の結果によれば、Mupid-Blue染色試薬は核酸分子を染色する試薬であり、電気泳動実験に用いられた全ての核酸分子が染色されていることがわかる。蛍光プローブ分子とハイブリダイズした標的DNA(miR133(d))は、泳動度が遅くなり、高分子側にシフトしている。蛍光プローブ分子と相互作用している成熟microRNA等価体は、蛍光を発している。しかし、蛍光プローブ分子と相互作用した前駆体microRNA等価体は、ほとんど蛍光を発しなかった。このことから、蛍光プローブが確実にハイブリダイズしていることが確かめられ、かつ、成熟体だけが検出できることが明らかとなった。特に、前駆体においては、ハイブリダイズにより蛍光が検出されないことが確かめられた。
【0036】
〔実施例3〕
慢性骨髄性白血病遺伝子の検出
本実施例に係る実験例は、本発明の蛍光プローブを用いて、慢性白血病遺伝子であるB2A2型及びB3A2型のキメラ遺伝子を検出することを目的とする。本実験に使用した標的サンプル及び蛍光プローブの塩基配列を以下に示す。
【0037】
a)標的サンプル
配列番号9
配列名:A1A2(d)(A1A2遺伝子等価体)
配列:5'- TGTTATCTGGAAGaagcccttcagcggcc -3'
配列番号10
配列名:B2A2(d)(B2A2遺伝子等価体)
配列:5'- ATCAATAAGGAAGaagcccttcagcggcc -3'
配列番号11
配列名:B3A2(d)(B3A2遺伝子等価体)
配列:5'- AAGCAGAGTTCAAaagcccttcagcggcc -3'
配列番号12
配列名:B3A2(d)(B3A2遺伝子等価体)
配列:5'- AAGCAGAGTTCAAaagcccttcagcggcc -3'
以上の合成DNAは北海道システムサイエンスより購入した。
【0038】
b)蛍光プローブ
配列番号13
配列名:MSPrb_B3A2
配列:5'- GTTATCTGCTGAAGGGCTTCTTCCAGATAACX -3'
ここで、XはBODIPY-FL
以上の合成DNAは、株式会社日本バイオサービスより購入した。
【0039】
c)B2A2、B3A2の検出
100 μM濃度の配列番号12に示す蛍光プローブDNA溶液1 μl、100 μM濃度の配列番号9,10,11に示す各標的サンプルDNA溶液1μl、10Xハイブリ溶液(1μl)および純水(7μl)を4°Cにて混合し、UVトランスイルミネーター(ULTRA-LUM社)にてUV光を照射しつつ、デジタルカメラにて撮影した。結果を図5に示す。
図5に示されるように、 正常型遺伝子であるA1A2遺伝子等価体DNAと蛍光プローブを混合した場合には、蛍光がほとんど見られなかった。異常型B2A2遺伝子等価体DNAと蛍光プローブを混合した場合には、弱い蛍光が見られた。異常型B3A2遺伝子等価体DNAと蛍光プローブを混合した場合には、蛍光が得られた。すなわち、正常型遺伝子であるA1A2遺伝子等価体DNAを検出せずに、異常型遺伝子である、B2A2およびB3A2遺伝子等価体DNAを検出することに成功した。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】従来のMolecular Beacon法と本発明のMolecular Spotter法の概略を示す図である。
【図2】慢性骨髄性白血病遺伝子を識別して検出するための、本発明の蛍光標識核酸分子設計の概略を示す図である。
【図3】本発明の蛍光標識核酸分子が、マイクロRNAをその前駆体と識別して検出可能であることを示す、実施例1の結果の写真である。
【図4】実施例1の実験の結果を示す電気泳動写真である。
【図5】実施例2の実験の結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出対象核酸分子と塩基対を形成する塩基配列を有するループ領域と、ステム領域を有する核酸分子であって、ステム領域がループ領域の両側にあって、互いに相補の塩基配列を有し、かつ、一方のステム領域の分子末端塩基が核酸塩基の近接によって消光する蛍光残基を有することを特徴とする、ステム・ループ構造を形成する蛍光標識核酸分子。

【請求項2】
蛍光残基を有するステム領域の末端塩基が、相補の塩基配列の末端から2塩基以内に配置されたものであることを特徴とする、請求項1に記載の蛍光標識核酸分子。

【請求項3】
蛍光残基を有する上記末端塩基が、検出対象核酸分子の塩基配列を含む核酸分子における、当該塩基配列以外の塩基配列中の塩基と塩基対を形成することを特徴とする、請求項1又は2に記載の蛍光標識核酸分子。

【請求項4】
検出対象核酸分子が成熟体であり、該検出対象核酸分子の塩基配列を含む核酸分子がその前駆体であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の蛍光標識核酸分子。

【請求項5】
上記成熟体が,マイクロRNA、siRNA、tRNA、snRNA、mRNA、又はノンコーディングRNAであることを特徴とする、請求項4に記載の蛍光標識核酸分子。

【請求項6】
蛍光標識核酸分子が、DNA、RNA、PNA、BNA、LNA、HNA又はモルホリノ化オリゴヌクレオチドであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか記載の蛍光標識核酸分子。

【請求項7】
蛍光標識核酸分子が、検出対象核酸分子中のヌクレオチドと塩基対を形成するヌクレオチド類似体により置換されていることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の蛍光標識核酸分子。

【請求項8】
上記ヌクレオチド類似体中の塩基部分が、イノシン、2−アミノプリン、フェノキサジン、G−Clamp、又はGuanido G−Clampであることを特徴とする、請求項7に記載の蛍光標識核酸分子。

【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の蛍光標識核酸分子からなる、蛍光プローブ。

【請求項10】
ステム領域において互いに相補の塩基配列が分子内塩基対を形成することにより消光している状態の請求項1〜9のいずれかに記載の蛍光標識核酸分子を核酸含有試料と接触させ、該蛍光標識核酸分子が検出対象核酸分子と塩基対を形成する際、蛍光残基を有する末端塩基が検出対象核酸分子と塩基対を形成しないことにより発生する蛍光を検出することを特徴とする、試料中の核酸分子の検出方法。

【請求項11】
検出対象核酸分子と塩基対を形成する塩基配列を有するループ領域と、ステム領域を有する核酸分子であって、ステム領域がループ領域の両側にあって、互いに相補の塩基配列を有し、かつ、一方のステム領域の分子末端塩基が核酸塩基の近接によって消光する蛍光残基を有することを特徴とし、該蛍光標識核酸分子が検出対象核酸分子と塩基対を形成する際、蛍光残基を有する末端塩基が検出対象核酸分子と塩基対を形成しないことにより発生する蛍光を検出することを特徴とする、蛍光標識核酸分子。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−86296(P2008−86296A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−273852(P2006−273852)
【出願日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】