説明

新規NF−κB阻害剤

【課題】NF-κB阻害作用を有する化合物、およびそれを含有する組成物の提供。
【解決手段】下記一般式(1)表される化合物。


(式中、Rはハロゲン原子を表し、Rは水素原子または水酸基の保護基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はクロイソカイメンから得られる生物活性アルカロイド、ハリクロリンのNF-κB阻害作用を利用した新規な用途に関する。本発明のNF-κB阻害作用を有する化合物は抗炎症剤や抗がん剤、または生化学試薬として利用可能である。
【背景技術】
【0002】
NF-κBを阻害する物質は、腫瘍、転移性腫瘍、炎症性疾患、免疫疾患、アレルギー性疾患、動脈硬化、細菌感染症、リウマチ、糖尿病などのN F-κBの活性化に起因する疾患を予防又は改善するのに有用であるとされており、様々なNF-κBの阻害剤が開発されている。
【0003】
本発明の一般式(1)で表される化合物は静脈内皮細胞の静脈細胞接着分子−1(VCAM−1)産生を阻害する作用を示し、癌転移抑制剤、抗炎症剤の他、動脈硬化、移植拒絶反応、慢性関節リュウマチ、サルコイドーシス等の治療薬としての利用が期待されるスピロ[1−アザビシクロ[4.4.0]デカ−3−エン−9,1’−シクロペンタン]誘導体として発明者らによって報告されている(特許文献1及び非特許文献1、2)。これらの報告では、一般式(1)で表される化合物によって血管内皮細胞におけるVCAM−1の産生が有意に抑制されることは判っていたが、なぜそのような現象が起こるのか、その作用機構までは明らかにされておらず、この化合物がNF-κB活性化に対して影響を示すことはこれまでに全く知られていない。
【0004】
一方医療の場では、炎症性疾患等は直接生命に関わるものではないものの、様々な原因による症状に悩む患者は数多く、より有効で副作用の少ない治療薬が常に求められている。また癌の転移は癌による死亡の主因であるにも関わらず、その予防法、治療法は未だに殆ど確立されていないのが現状である。
【0005】
【特許文献1】特開平9-208588号、特許第3879088号登録
【0006】
【非特許文献1】Tetrahedron Letters, 37, 3867-3870 (1996)
【非特許文献2】Tetrahedron Letters, 39, 861-862 (1998)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は以上の背景の下、新規のNF-κB阻害作用を有する化合物、およびそれを含有する組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、クロイソカイメンから得られる生物活性アルカロイドであるハリクロリンがNF-κB阻害作用有し、これを利用した新規な用途を開発し得ることを見出し、以下の本発明を完成した。
【0009】
[1]以下の一般式(1)、
【化2】

で表され、式中Rはハロゲン原子を表し、Rは水素原子または水酸基の保護基を表す化合物をからなる、NF-κB阻害剤。
【0010】
[2] [1]に記載の化合物からなる研究用試薬。
【0011】
[3] [1]に記載の化合物を有効成分として含有する組成物。
【0012】
[4] 医薬、または試薬である、[3]に記載の組成物。
【0013】
[5] NF-κB阻害剤、NF-κB阻害試薬、またはNF-κB阻害作用に起因する、あるいはNF-κB阻害作用を誘因する作用を利用する剤もしくは試薬を製造するための、[1]に記載の化合物の使用。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明のNF-κB阻害作用を有する化合物は以下の一般式(1)で表される。
【化3】

【0015】
ここで、Rはハロゲン原子を表し、Rは水素原子または水酸基の保護基を表す。具体的には、例えばR=Cl、R=Hである化合物(2)や、R=Cl、R=Hであり、さらに特定の立体構造を有する化合物(3、ハリクロリン、halichlorine、またはHCLNと記す。)を挙げることができる。例示化合物(2)及び(3)の構造を列挙する。
【化4】

【0016】
【化5】

【0017】
水酸基の保護基としては、置換もしくは無置換の低級アルキル基、トリ低級アルキルシリル基、又はアシル基を例示することができる。低級アルキル基とは、炭素数1〜6の直鎖状もしくは分枝状のアルキル基を意味し、その具体例としてメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等を挙げることができる。低級アルキル基の置換基としては、ハロゲン原子、メトキシ基、エトキシ基等の低級アルコキシ基、フェニル基、p−トリル基、フリル基等のアリール基等を挙げることができる。
【0018】
前記化合物(3)は、ハリコンドリア属に属する海綿類である例えばクロイソカイメン(Halicondria okadai)を有機溶媒中で粉砕、抽出し、更にクロマトグラフィにより分離することにより通常の方法で得られる。
【0019】
前記一般式(1)で表される他の化合物は、例えば、前記式(3)で表される化合物を常法に従って、ヨウ化メチル、臭化ベンジル等のアルキル化剤によるアルキル化、トリメチルシリルクロリド等のシリル化剤によるシリル化、アセチルクロリド等によるアシル化を行うことによって得ることができる。これらの化合物はまた、化学合成(例えば、Chem. Commun.1222-1223,2004に記載の方法)によっても得ることができる。
【0020】
本発明の一般式(1)で表される化合物は、単独で又は他の成分とともに、抗炎症剤、抗がん剤、その他の医薬として使用され得る。医療目的に限らず、生化学的研究などの研究目的、或いは抗炎症薬(治療又は予防用医薬)や抗がん薬、その他の医薬の開発目的の下で本発明の化合物を使用することもできる。
【0021】
本発明の他の局面は、本発明の化合物を有効成分として含有する組成物を提供する。本発明の組成物の用途は特に限定されないが、好ましくは医薬、又は試薬である。即ち、本発明は好ましい態様として、本発明の化合物を有効成分として含有する医薬組成物、及び試薬を提供する。尚、2種類以上の化合物を併用することにしてもよい。
【0022】
本発明の医薬組成物の製剤化は常法に従って行うことができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)を含有させることができる。賦形剤としては乳糖、デンプン、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。崩壊剤としてはデンプン、カルボキシメチルセルロース、炭酸カルシウム等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。乳化剤としてはアラビアゴム、アルギン酸ナトリウム、トラガント等を用いることができる。懸濁剤としてはモノステアリン酸グリセリン、モノステアリン酸アルミニウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ラウリル硫酸ナトリウム等を用いることができる。無痛化剤としてはベンジルアルコール、クロロブタノール、ソルビトール等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0023】
製剤化する場合の剤型も特に限定されず、例えば錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、注射剤、外用剤、及び座剤などとして本発明の医薬を提供できる。
本発明の医薬組成物には、期待される治療効果(予防効果も含む)を得るために必要な量(即ち治療上有効量)の有効成分が含有される。本発明の医薬組成物中の有効成分量は一般に剤型によって異なるが、所望の投与量を達成できるように有効成分量を例えば約0.1重量%〜約95重量%の範囲内で設定する。
【0024】
本発明の医薬組成物はその剤型に応じて経口投与又は非経口投与(静脈内、動脈内、皮下、筋肉、又は腹腔内注射、経皮、経鼻、経粘膜など)によって対象に適用される。ここでの「対象」は特に限定されず、ヒト及びヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ、ウズラ等である)を含む。好ましい一態様では本発明の医薬はヒトに対して適用される。
【0025】
本発明の医薬組成物の投与量は、期待される治療効果が得られるように設定される。治療上有効な投与量の設定においては一般に症状、患者の年齢、性別、及び体重などが考慮される。尚、当業者であればこれらの事項を考慮して適当な投与量を設定することが可能である。例えば、成人(体重約60kg)を対象として一日当たりの有効成分量が約1mg〜約6g、好ましくは約6mg〜約600mgとなるよう投与量を設定することができる。投与スケジュールとしては例えば一日一回〜数回、二日に一回、或いは三日に一回などを採用できる。投与スケジュールの作成においては、患者の病状や有効成分の効果持続時間などを考慮することができる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例及び試験例により詳細に説明する。
1.半定量的RT-PCR法を用いたmRNA発現量の測定
RT-PCR法を用いてBAEC(ウシ胸部大動脈由来血管内皮細胞)のVCAM-1、ICAM-1、E-selectinのmRNA発現量上昇に対するhalichlorineの影響を解析した。無処置群(control)、ハリクロリン処置群(10μM HCLN)、LPS(lipopolysaccharide)刺激群(3μg/ml LPS)、及びハリクロリン前処置LPS刺激群(3μg/ml LPS + 10μM HCLN)に分けてそれぞれ調製したBAECからacid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction法によってtotal RNAを採取し、diethylpyrocarbonate処理したRNase freeの蒸留水を用いて1 μg/mLに調節した。逆転写酵素による逆転写反応 (30℃ 10分、42℃ 60分、99℃ 5分)によってcDNAを合成したのち、目的とする各cDNA配列に対する特異的プライマーを用いてPCR反応を行った。反応は熱変性、アニーリング、伸張 (それぞれ98℃ 10秒、57℃ 30秒、72℃ 1分)を1サイクルとして32サイクル行った。増幅後に得られたPCR産物は0.2μg/g ethidium bromideを含む2%アガロースゲルを用いて電気泳動した後、Electronic U.V. Transilluminator (TOYOBO, Japan)によって可視化し、撮影した。続いて画像解析プログラムImageJを用いて各遺伝子のバンドの発光強度を定量した。結果はハウスキーピング遺伝子であるGAPDHのバンドの発光強度に対する相対値で評価した。なお、LPSは水溶液として、ハリクロリンはDMSO溶液として所定の濃度になるよう、培地に添加した。PCRに用いたプライマーの配列と予想されるPCR産物のサイズを表1に記す。
【表1】

【0027】
炎症等によって活性化された内皮細胞は細胞接着分子であるVCAM-1、ICAM-1、E-selectinの発現量を上昇させ、単球と接着する。3μg/ml LPSの3時間刺激群は無刺激群と比べてVCAM-1、ICAM-1、E-selectinの発現量を有意に上昇させた (図1、controlおよび3μg/ml LPS)。一方、halichlorine (10μM)の2時間前処置群はLPS刺激による発現量上昇をいずれも有意に抑制した (図1、3μg/ml LPS + 10μM HCLN)。内皮細胞の接着因子発現には転写調節因子であるNF-κBの活性が関与している。なお、NF-κBの阻害剤PDTC (pyrrolidine dithiocarbamate、30μM)による2時間前処置群はLPS刺激による発現量上昇を有意に抑制した。なお、図1中のそれぞれのバンドはVCAM-1 (222 bp)、ICAM-1 (205 bp)、E-selectin (170 bp)、GAPDH (220 bp)をコードするcDNAの予想される塩基対サイズに一致した。
【0028】
2.内皮細胞と単球の接着実験
内皮細胞への単球接着に対するhalichlorineの影響をみるため、BAECを直径35 mmの細胞培養用ディッシュに播種し、コンフルエント状態になるまで通常の培養条件下で培養したのち、以下の実験を行った。
【0029】
各刺激及び前処置を行ったあとにDMEM培地でディッシュを2度洗い、その後2.5×105 cells/dishのU937(ヒト単球系細胞)を播種し、37°C、28 rpmの条件下で1時間振盪しながら培養した。接着しなかったU937をPBSで2度洗うことで除去し、3.8% paraformaldehydeで5分間室温にて固定し、倒立顕微鏡 (ECLIPSE TS100, Nikon, Japan)で観察した。結果は無刺激群の接着数を0%、LPS刺激群の接着数を100%としたときの相対値で示した。
【0030】
3μg/ml LPSの6時間刺激群は無刺激群と比べてBAECに接着するU937の数を有意に増加させた (図2)。一方、halichlorine (10μM)の2時間前処置はLPS刺激による接着数を有意に減少させた (U937の接着細胞数、10μM halichlorine+3μg/ml LPS: 51.02±2.15%, n=4; p<0.01) (図2)。またNF-κB阻害剤PDTC (30μM)の2時間前処置はLPS刺激による接着数を有意に減少させた (U937の接着細胞数、30μM PDTC+3μg/ml LPS: 62.43±2.84%, n=4; P<0.01) (図2)。
【0031】
3.免疫染色
LPSやTNFαにより活性化されたNF-κBは細胞質から核内へ移行する。NF-κBが持つサブユニットのうち、p65サブユニットはVCAM-1、ICAM-1、E-selectinの発現調節に重要である。そこで、NF-κB p65サブユニットの核内移行に対するhalichlorineの影響について免疫染色法を用いて検討した。カバーガラス上で培養したBAECに各刺激及び前処置を行った後、3.8% paraformaldehydeを含むPBSで5分間室温にて浸漬して固定し、PBSで2度カバーガラスを洗った。続いて0.2% Triton X-100を含むPBSで5分間脱膜化を行い、その後PBSで2度洗浄を行った (各5分ずつ)。抗体と細胞中タンパクとの不特異的結合を防ぐため、3%のヤギの血清および1%のBSAを含むPBSで1時間室温にてブロッキング処理を行った。1次抗体は、rabbit anti-NFκB p65 polyclonal antibody (Santa Cruz Biotechnology, USA)を1:250の希釈で処置し、4℃で1晩静置した。翌日カバーガラスをPBSで1度洗った (10分)後、2次抗体としてgoat anti-rabbit IgG Alexa Fluoro 568 monoclonal antibody (Molecular Probes, USA)を1:500の希釈で処置し、遮光しながら室温で1時間処置した。その後にPBSで1度洗い (10分)、DAPI (1 μg/ml)を室温で5分間処置して核酸を標識し、PBSで2度洗った (各5分ずつ)。最後に蛍光用マウンティングメディウム (DAKO, UK)を用いてカバーガラスを封入し、蛍光顕微鏡 (Eclipse E800, Nikon, Japan)で観察し、5視野を撮影した。NF-κB p65抗体が核内で染まっている細胞をカウントし割合を算出した。
【0032】
3 μg/ml LPSの1時間刺激群は無刺激群と比べてNF-κB p65が核内移行した細胞の割合を有意に増加させた (NF-κB p65が核内移行したBAECの割合、control: 0.25±0.12%; 3 μg/ml LPS: 62.82±0.91%; each n=4; P<0.01) (図3)。一方、halichlorine (10μM)の2時間前処置はLPS刺激による核内移行を有意に抑制した (NF-κB p65が核内移行したBAECの割合、10μM halichlorine+3 μg/ml LPS: 24.40±1.65%, n=4; P<0.01) (図3)。また、NF-κB阻害剤PDTC (30μM)の2時間前処置はLPS刺激による核内移行を有意に抑制した (NF-κB p65が核内移行したBAECの割合、30μM PDTC+3 μg/ml LPS: 41.33±1.39%, n=4; P<0.01) (図3)。図3のAは典型的な蛍光染色像(スケールバーは10μm)、Bは定量図を表し、無刺激群との有意差*は P<0.01、LPS単独刺激群との有意差#は P<0.01である。
【0033】
4.細胞増殖の測定
halichlorineが内皮細胞の増殖に与える影響をみるため、24穴プレートの各ウェルに3.0×104個のBAECを播種し、10% FBSを加えて24時間及び48時間培養を行った。その後、trypsin処理して細胞を採取し、血球計算盤で細胞数をカウントすることで細胞増殖の定量を行った。
【0034】
10%血清存在下でBAECを培養すると時間依存性に細胞数の増加が観察された (24時間後および48時間後の細胞数、control: 6.0±0.7×104 cells and 20.3±0.3×104cells, n=4 each)。Halichlorine (10 μM)の同時処置は影響を与えず、control群と同程度の細胞数であった (24時間後および48時間後の細胞数、10 μM halichlorine: 6.1±0.7×104 cells and 20.5±0.8×104 cells, n=4 each) (図4)。
【0035】
5.細胞の生存率の測定
halichlorineの細胞生存率に与える影響をみるため、24穴プレートの各ウェルに3.0×104個のBAECを播種し、10% FBSを加えて培養し、BAECがコンフルエント状態になってから血清非存在下10 μM halichlorineを24時間処置し、2種類のDNA結合色素を含むGUAVA ViaCount Reagentを室温下で5分間処置することで核を蛍光染色した。色素の1つは細胞膜透過性を持ち、細胞の生死にかかわらず有核細胞を染色し、もう1つは死細胞に入り込んで核を染色する。各色素につき所定の2種の波長を測定することで、生死の判定を行った。測定にはGUAVA PCA system (Millipore, Japan)を用い、マニュアル通り解析を行った。
【0036】
control群とhalichlorine処置群で有意な差はなく、halichlorineの細胞毒性は確認されなかった (24時間後の細胞生存率、control: 86.9±0.8%; 10μM halichlorine: 88.9±0.7%; n=9 each) (図5)。
【0037】
上記一連の実施例の結果より、halichlorineは血管内皮細胞のNF-κBの活性を抑制することで、細胞接着分子の発現および単球の接着を阻害することが示された。
アテローム性動脈硬化症では、炎症によって活性化した血管内皮の細胞膜上で細胞接着分子の発現が上昇する。血管内皮が持つ接着分子は白血球表面の接着因子と結合し、白血球のローリングや白血球-血管内皮間の接着強化を引き起こす。接着した白血球は内皮下へ浸潤し、病巣を形成する。菌体成分であるLPSは血管内皮およびマクロファージを活性化させ、アテローム性動脈硬化の発症に大きく関与する。実際、LPSは血管内皮の接着因子の発現量および単球との接着能を上昇させた(図1、2)。本モデルはアテローム動脈硬化症の初期モデルとみなすことができ、内皮細胞の血球接着作用に対するhalichlorineの作用をみた結果、halichlorineはLPS刺激によって上昇した細胞接着分子VCAM-1、ICAM-1、E-selectinの発現量を有意に抑制するとともに、LPSによって大幅に増加するU937の接着細胞数を有意に抑制した。したがって、halichlorineは血球接着阻害作用を持つことが示唆された。
【0038】
NF-κBはヘテロ二量体あるいはホモ二量体で存在し、無刺激時にはIκBと複合体を形成することで不活性化状態として細胞質に存在している。NF-κBの活性時にはIκBが解離し、NF-κBは細胞質から核内へ移行することで標的遺伝子の転写を引き起こすことが知られている。二量体を形成するNF-κBのうち、特にp65サブユニットは細胞接着因子やサイトカイン、ケモカインを含む多くの炎症性遺伝子の転写を担っている。HalichlorineはLPS処置によって起こるNF-κB p65サブユニットの核内への移行を有意に抑制した。また、NF-κB阻害剤のPDTCもLPS処置によって起こるNF-κB p65サブユニットの核内への移行を有意に抑制した。よって、halichlorineはNF-κB活性を抑制することでVCAM-1、ICAM-1、E-selectinの発現量を減少させることが確認された。なお、LPS刺激を受けた細胞はNF-κBの活性以外にも、細胞の増殖・分化や炎症性サイトカインの産生に関わるリン酸化酵素であるJNK、ERK、p38 MAPKを活性化させ、遺伝子の転写調節を行っている。これらの活性も内皮の接着因子発現調節にかかわることが示唆されており、halichlorineが LPSによって起こるJNK、ERK、p38 MAPKの活性化に影響を与えている可能性も考えられる。また、動脈硬化の病態発生には活性酸素であるROSの産生が重要であり、LPSは内皮細胞においてROSの産生を引き起こすことが知られている。近年、ヒトの単球において外因性の活性酸素であるH2O2がNF-κBを活性化させ、さらにはマウスのマクロファージにおいて抗酸化物質がLPS刺激によるNF-κBの活性化を阻害するという報告があり、ROSがNF-κBを活性化することが示唆されており、halichlorineがLPSによって起こるROSの産生に影響を与えている可能性も考えられる。
【0039】
既存のNF-κB阻害薬PDTCとhalichlorineとを比較すると、PDTC 30μM、2時間の前処置を行った場合、NF-κB p65タンパクの核内移行が約34.2%、単球の接着細胞数が約35.6%抑制された。一方、halichlorine 10 μM、2時間の前処置を行った場合ではそれぞれ約61.2%、約49.0%の抑制作用が見られ、halichlorine の方がPDTCよりも低濃度で大きな効果が見られた。
【0040】
Halichlorineが持つ内皮細胞に対する毒性について検討したが、血球接着阻害が見られた濃度(10 μM )では細胞増殖および細胞生存率に影響を与えなかった。したがって、halichlorineはPDTCに比べて低毒性で、かつNF-κB阻害作用および血球接着阻害作用が強く、優れた化合物である。また、潰瘍性大腸炎の臨床治療薬として用いられているsulfasalazineもNF-κB活性の選択的阻害薬であるが、ヒトの単球およびヒトの結腸上皮細胞を用いたin vitroの実験系ではmM単位の濃度でのNF-κB活性阻害が報告されており(FEBS.Lett.571,81-85,2004、およびJ.Clin.Invest.101,1163-1174,1998)、halichlorineがsulfasalazineに比べても非常に強いNF-κB阻害作用を持つことがわかる。アザスピロ[4,5]デカン環を持つ化合物がNF-κB阻害作用を持つという報告はこれまでになく、新たな抗炎症剤、抗がん剤または試薬を提供するものである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、新規のNF-κB阻害作用を有する化合物、およびそれを含有する組成物を提供する。本発明の化合物および組成物はNF-κB阻害作用を有し、抗炎症剤、抗がん剤等、NF-κB活性化に起因する疾患の予防または治療(抑制、改善)に有用である。また、これらの疾患の予防または治療用の医薬を開発するためのリード化合物としても有用である。さらには、NF-κBの作用や細胞接着作用、抗炎症作用、抗がん作用等の機序解明などを目的とした研究用の試薬としても、本研究の化合物は有用である。加えて、有用な効果を引き出す作用点に働く試薬として利用可能であるから、作用機構解明のツールとしても本研究の化合物は有用である。
【0042】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】細胞接着分子VCAM-1、ICAM-1、E-selectinのmRNA発現量に対するhalichlorineの影響をみた実施例1の結果(32サイクルPCR産物の電気泳動像の典型例)である。
【図2】内皮細胞への単球接着に対するhalichlorineの影響をみた実施例2の結果(n=4)である。
【図3】転写因子NF-κB活性に対するhalichlorineの影響をみた実施例3の結果(Aは典型的な蛍光染色像(スケールバーは10μm)、Bは定量図、無刺激群との有意差*: P<0.01、LPS単独刺激群との有意差#: P<0.01)である。
【図4】細胞増殖に対するhalichlorineの影響をみた実施例4の結果(n=4)である。
【図5】細胞生存率に対するhalichlorineの影響をみた実施例5の結果(n=9)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(1)、
【化1】

で表され、式中Rはハロゲン原子を表し、Rは水素原子または水酸基の保護基を表す化合物をからなる、NF-κB阻害剤。
【請求項2】
請求項1に記載の化合物からなる研究用試薬。
【請求項3】
請求項1に記載の化合物を有効成分として含有する組成物。
【請求項4】
医薬、または試薬である、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
NF-κB阻害剤、NF-κB阻害試薬、またはNF-κB阻害作用に起因する、あるいはNF-κB阻害作用を誘因する作用を利用する剤もしくは試薬を製造するための、請求項1に記載の化合物の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−111409(P2011−111409A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−268957(P2009−268957)
【出願日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【出願人】(501081845)
【Fターム(参考)】