説明

方向性電磁鋼板の製造方法およびその素材鋼板

【課題】二次再結晶後の磁気特性に優れる方向性電磁鋼板の製造方法を提案すると共に、その製造に用いる素材鋼板を提供する。
【解決手段】mass%で、C:0.02〜0.15%、Si:2.5〜4.0%、Mn:0.005〜0.3%、sol.Al:0.01〜0.05%、N:0.002〜0.012%およびS,Seの1種または2種を合計で0.05%以下含有する鋼素材を熱間圧延した後、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延し、一次再結晶焼鈍し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、一次冷間圧延前の素材鋼板の降伏応力YS(MPa)を、鋼素材のSi含有量(mass%)との関係において下記式;
124.32×Si−12.45≦YS≦124.32×Si+127.55
を満たすよう調整した後、一次冷間圧延する方向性電磁鋼板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶粒が、ミラー指数で、板面に{110}、圧延方向に<001>に高度に集積した、いわゆる方向性電磁鋼板の製造方法とその製造に用いる素材鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、軟磁性材料であり、主に変圧器等の電気機器の鉄芯として用いられている。この方向性電磁鋼板は、二次再結晶焼鈍を施して、結晶粒を{110}<001>方位(以降、「Goss方位」と称す。)に高度に集積させたものであり、優れた磁気特性を示すことが知られている(例えば、特許文献1参照。)。なお、電磁鋼板の磁気特性を評価する指標としては、磁場の強さ800A/mにおける磁束密度Bと、励磁周波数50Hzの交流磁場で1.7Tまで磁化させたときの鋼板1kgあたりの鉄損W17/50が多く用いられている。
【0003】
ところで、方向性電磁鋼板の磁気特性は、二次再結晶焼鈍させる前、すなわち、一次再結晶焼鈍後の鋼板の集合組織を制御することで改善されることが知られている。例えば、特許文献2には、一次再結晶焼鈍後の鋼板の表層近傍の集合組織が、Bungeのオイラー角表示で、φ=0°、Φ=15°、φ=0°の方位から10°以内、または、φ=5°、Φ=20°、φ=70°の方位から10°以内に極大方位を有し、かつ、鋼板の中心層の集合組織が、同じくBungeのオイラー角表示で、φ=90°、Φ=60°、φ=45°の方位から5°以内に極大方位を有する場合に、二次再結晶焼鈍後に優れた磁気特性を有する方向性電磁鋼板が得られることが記載されている。
【0004】
一次再結晶焼鈍後の鋼板の集合組織を制御する方法の一つとして、最終冷間圧延の圧下率を制御することが知られている。例えば、特許文献3には、優れた磁気特性を有する方向性電磁鋼板を安定して製造するためには、最終冷間圧延の圧下率を70〜91%の範囲に制御することが好ましいことが記載されている。
【0005】
上記範囲に圧下率を制御する理由は、以下のように考えられる。一般に、一次再結晶後の鋼板の集合組織は、Goss方位粒が強く集積し、かつ、マトリックスは、Goss方位粒が成長しやすい{111}<112>方位粒が強く集積したものであることが理想である。マトリックスにおける{111}<112>方位粒の集積度は、最終冷間圧延の圧下率を上げてやることで高まり、二次再結晶後の磁気特性が向上することが知られている。一方、Goss方位粒は、最終冷間圧延の圧下率が約65%を超えたあたりから減少していくため、90%を超えるような高圧下率では、良好なマトリックスがつくり込まれているにも拘らず、Goss方位粒の絶対量が不足するため、良好な二次再結晶粒を起こさせることが難しくなるからである。
【0006】
そこで、一次再結晶後の鋼板のGoss方位粒を増加させる技術が検討されている。
例えば、特許文献4には、一次再結晶焼鈍を兼ねる脱炭焼鈍における675℃以上の温度への加熱を、140℃/sec以上の急速加熱とする技術が開示されている。冷間圧延において導入された転位の蓄積エネルギーは、結晶方位依存性があり、{111}>{110}>{100}となることが知られている。一次再結晶は、転位の歪エネルギーを駆動力とするため、蓄積エネルギーの大きな{111}方位粒が優先的に一次再結晶し、Goss方位粒である{110}方位粒は、相対的に再結晶し難いとされている。そこで、この特許文献4の技術は、一次再結晶における昇温速度を高めて、再結晶粒の方位依存性を低減させることで、Goss方位粒の再結晶を促進させているものと考えられる。
しかしながら、この技術は、マトリックスの集合組織が逆に劣化してしまい、結果として、二次再結晶後に、履歴損の劣化を引き起こすという問題がある。
【0007】
一次再結晶後の鋼板のGoss方位粒を増加させる他の方法としては、2回以上の冷間圧延を行う製造方法において、中間焼鈍板の結晶粒を粗大化させる方法がある。この方法は、一次再結晶焼鈍では、中間焼鈍板の粒界から、一次再結晶後の鋼板のマトリックスとなる{111}方位粒が発生するため、中間焼鈍板の粒径を粗大化することで、一次再結晶後の{111}方位粒を減少させて、相対的にGoss方位粒を増加させる、および、中間焼鈍板の粒径を粗大化することで、最終冷間圧延において粒内に発生する剪断帯の数を増加させて、一次再結晶でのGoss方位粒の核生成サイトを増加させることを狙ったものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭40−015644号公報
【特許文献2】特開2001−060505号公報
【特許文献3】特許第4123653号公報
【特許文献4】特公平06−051887号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記中間焼鈍板の結晶径を粗大化させる方法としては、熱間圧延におけるγ相分率を低減する、中間焼鈍温度を高温化する方法が知られている。しかしながら、γ相分率を低減する方法は、熱延板組織が残存しやすくなって二次再結晶が困難となる。また、中間焼鈍温度を高温化する方法は、インヒビターの粗大化が進行し、やはり二次再結晶が困難となるという問題がある。したがって、中間焼鈍板の結晶粒を粗大化させるこれらの方法は、磁気特性の向上技術としては不適当であると考えられる。
【0010】
そこで、本発明の目的は、上記従来技術とは異なる方法で、一次再結晶焼鈍後の鋼板のGoss方位粒を増大させる、二次再結晶後の磁気特性に優れる方向性電磁鋼板の製造方法を提案すると共に、その製造に用いる素材鋼板をその提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、一次再結晶焼鈍後の鋼板のGoss方位粒を増大させる新たな技術の開発に向けて鋭意研究を重ねた。その結果、二回冷延法で方向性電磁鋼板を製造する方法において、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温(25℃)における降伏応力YSを低減させることで、一次冷間圧延における不均一な変形が抑制され、中間焼鈍板の粒径を粗大化させることができ、ひいては、一次再結晶後の鋼板におけるGoss方位粒の絶対量が増加し、二次再結晶焼鈍後に優れた磁気特性を有する方向性電磁鋼板を得ることができることを見出し、本発明を開発した。
【0012】
すなわち、本発明は、C:0.02〜0.15mass%、Si:2.5〜4.0mass%、Mn:0.005〜0.3mass%、sol.Al:0.01〜0.05mass%、N:0.002〜0.012mass%およびS,Seの1種または2種を合計で0.05mass%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼素材を熱間圧延した後、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延し、一次再結晶焼鈍し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、一次冷間圧延前の素材鋼板の降伏応力YS(MPa)を、鋼素材のSi含有量(mass%)との関係において下記(1)式;
124.32×Si−12.45≦YS≦124.32×Si+127.55
・・・(1)
を満たすよう調整した後、一次冷間圧延することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0013】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法における鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.005〜1.5mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.01〜1.5mass%の内から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【0014】
また、本発明は、熱間圧延後、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延し、一次再結晶焼鈍し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造に用いる一次冷間圧延前の素材鋼板であって、当該鋼板は、C:0.02〜0.15mass%、Si:2.5〜4.0mass%、Mn:0.005〜0.3mass%、sol.Al:0.01〜0.05mass%、N:0.002〜0.012mass%およびS,Seの1種または2種を合計で0.05mass%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、降伏応力YS(MPa)とSi含有量(mass%)とが下記(1)式;
124.32×Si−12.45≦YS≦124.32×Si+127.55
・・・(1)
を満たすことを特徴とする方向性電磁鋼板用素材鋼板である。
【0015】
本発明における上記鋼板は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.005〜1.5mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.01〜1.5mass%の内から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、一次冷間圧延前の素材鋼板の降伏応力を低減することで、一次再結晶後の鋼板の集合組織を改善し、ひいては、二次再結晶焼鈍後の鉄損値が低く、高磁束密度の方向性電磁鋼板を製造することが可能となる。特に、製造が難しいとされる板厚0.23mmでも、二次再結晶焼鈍後の鉄損W17/50が0.85W/kg以下である方向性電磁鋼板を安定して製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】二次再結晶後の鉄損W17/50に及ぼす鋼素材のSi含有量と一次冷間圧延前の素材鋼板の25℃における降伏応力YSの影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の方向性電磁鋼板の鋼素材は、C:0.02〜0.15mass%、Si:2.5〜4.0mass%、Mn:0.005〜0.3mass%、sol.Al:0.01〜0.05mass%、N:0.002〜0.012mass%およびS,Seの1種または2種を合計で0.05mass%以下含有する成分組成からなるものであることが必要である。以下、その限定理由について説明する。
【0019】
C:0.02〜0.15mass%
Cは、熱延および熱延板焼鈍の均熱時におけるγ−α変態を利用して、熱延板組織の改善を図るのに必要な元素である。しかし、0.02mass%未満では、熱延板組織の改善効果が小さく、Goss方位粒を多く含む一次再結晶集合組織を得ることが難しくなる。一方、0.15mass%を超えると、脱炭焼鈍での負荷が増大して脱炭が不完全となり、製品板において磁気時効を起こす原因となる。よって、Cは0.02〜0.15mass%の範囲とする。好ましくは、0.04〜0.08mass%の範囲である。
【0020】
Si:2.5〜4.0mass%
Siは、鋼の電気抵抗を増大させ、鉄損の一部を構成する渦電流損を低減するのに有効な元素であり、本発明では、2.5mass%以上添加する。また、Siが2.5mass%未満では、α−γ変態の存在によって、最終仕上焼鈍における二次再結晶が阻害されて、磁気特性が低下するという問題もある。一方、Si添加による鉄損低減効果は11mass%まで得られるが、4.0mass%を超えて添加すると、加工性が著しく低下し、製造することが難しくなる。よって、Siは2.5〜4.0mass%の範囲とする。好ましくは、3.0〜3.5mass%の範囲である。
【0021】
Mn:0.005〜0.3mass%
Mnは、二次再結晶焼鈍での昇温過程において、正常粒成長を抑制するインヒビターの働きをするMnSおよびMnSeを形成する、本発明においては重要な元素である。しかし、Mn含有量が0.005mass%未満では、必要なインヒビターの絶対量が不足するため、十分な抑制力が得られない。一方、0.3mass%を超える添加は、インヒビターを完全固溶させるための熱延前のスラブ加熱温度を高温にする必要があったり、インヒビターが粗大析出して抑制力が不十分となったりする。よって、Mnは0.005〜0.3mass%の範囲とする。好ましくは0.02〜0.10mass%の範囲である。
【0022】
sol.Al:0.01〜0.05mass%
Alは、二次再結晶焼鈍での昇温過程において、正常粒成長を抑制するインヒビターの働きをするAlNを構成する、本発明においては重要な元素である。しかし、Alの含有量がsol.Al(酸可溶性Al)で0.01mass%未満では、インヒビターの絶対量が不足し、抑制力が不十分となる。一方、0.05mass%を超えると、AlNが粗大析出し、やはり抑制力が不十分となる。よって、sol.Alは0.01〜0.05mass%の範囲とする。好ましくは0.015〜0.030mass%の範囲である。
【0023】
N:0.002〜0.012mass%
Nは、Alと結合してインヒビターを形成する元素である。しかし、含有量が0.002mass%未満では、インヒビターの絶対量が不足するため、抑制力が不十分となる。一方、0.012mass%を超えると、冷間圧延時にブリスターと呼ばれる空孔欠陥を生じるようになる。よって、Nは0.002〜0.012mass%の範囲とする。好ましくは、0.005〜0.010mass%の範囲である。
【0024】
S,Se:1種または2種を合計で0.05mass%以下
SおよびSeは、Mnと結合してインヒビターを形成する元素であり、合計で0.01mass%以上含有していることが好ましい。しかし、合計含有量が0.05mass%を超えると、仕上焼鈍(純化焼鈍)における脱S、脱Seが不完全となり、鉄損特性の低下を引き起こす。よって、本発明では、SおよびSeは、合計で0.05mass%以下添加する。好ましくは、0.01〜0.03mass%の範囲である。
【0025】
本発明の方向性電磁鋼板は、上記の必須成分に加えてさらに、Ni,Sn,Sb,Cu,PおよびCrから選ばれる1種または2種以上を添加することができる。
Ni:0.005〜1.5mass%
Niは、オーステナイト生成元素であるため、γ−α変態を利用して熱延板組織を改善し、磁気特性を向上するのに有効な元素である。しかし、含有量が0.005mass%未満では、上記磁気特性の改善効果が小さく、一方、1.5mass%を超えると、加工性が低下して製造性が悪化したり、二次再結晶が不安定となって磁気特性が低下したりする。よって、Niを添加する場合は、0.005〜1.5mass%の範囲とするのが好ましい。
【0026】
Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.01〜1.5mass%
Sn,Sb,Cu,PおよびCrは、磁気特性の向上に有用な元素である。しかし、いずれの元素も、含有量が上記下限値未満であると、磁気特性改善効果が小さく、一方、含有量が上記上限値を超えると、二次再結晶が不安定になって磁気特性が低下するようになる。よって、Sn,Sb,Cu,PおよびCrは、それぞれ、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.01〜1.5mass%の範囲で添加するのが好ましい。
【0027】
本発明の方向性電磁鋼板は、上記の必須成分および任意添加成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の効果を害しない範囲であれば、その他の元素の添加を拒むものではない。
【0028】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、まず、上記成分組成を有する鋼素材(スラブ)を製造し、その後、その鋼素材を常法の条件で、再加熱し、熱間圧延して熱延板とする。
熱間圧延後の熱延板には、未再結晶組織を再結晶させて熱延板組織を改善するため、熱延板焼鈍を施してもよく、その場合の均熱温度は800〜1200℃、均熱時間は2〜300secの範囲とするのが好ましい。均熱温度が800℃未満あるいは均熱時間が2sec未満では、未再結晶組織が残存するため、熱延板組織の改善が十分ではない。一方、均熱温度が1200℃超えあるいは均熱時間が300secを超えると、AlNやMnSe,MnSの溶解が進行し、仕上焼鈍におけるインヒビターの抑制力が不足し、二次再結晶を起こし難くなるため、磁気特性の低下を引き起こすからである。
【0029】
熱間圧延したあるいは熱延板焼鈍を施した熱延板は、その後、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延によって最終板厚の冷延板とする。
ここで、本発明の特徴は、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温(25℃)における降伏応力YSを低減し、一次冷間圧延における不均一変形を抑制して、中間焼鈍板の粒径を粗大化させることによって、一次再結晶後の鋼板におけるGoss方位粒の強度を高め、もって、二次再結晶後の鋼板に優れた磁気特性を付与するところにある。ただし、上記降伏応力には、Si含有量に応じた適正範囲があり、高過ぎてもまた低過ぎても良好な鉄損特性は得られない。以下、その理由について説明する。
【0030】
表1に示すSi含有量の異なる成分組成を有するA〜Dの鋼素材(スラブ)を、1350℃に加熱後、熱間圧延して板厚2.4mmの熱延板とした。次いで、この熱延板に1000℃×40secの熱延板焼鈍を施した後、700℃の温度に保持した乾燥窒素雰囲気中で時間を変えて焼鈍し、一次冷間圧延前の素材鋼板の降伏応力YSを種々に変化させた。その後、一次冷間圧延して中間板厚1.5mmの冷延板とし、1050℃×80secの中間焼鈍を施した後、二回目の冷間圧延して最終板厚0.23mmの冷延板とした。その後、800℃×120secの脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した後、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布し、1150℃×50hrの純化焼鈍と二次再結晶焼鈍を兼ねた仕上焼鈍を施して方向性電磁鋼板とした。
【0031】
【表1】

【0032】
上記のようにして得た方向性電磁鋼板の鉄損値W17/50と、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温(25℃)における降伏応力YSとを表1に併記した。また、図1には、同表の結果を、鉄損値W17/50と、鋼素材中のSi含有量および一次冷間圧延前の素材鋼板の降伏応力YSとの関係を整理した結果を示した。図1から、鋼素材のSi含有量(mass%)と、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温における降伏応力YS(MPa)とが、下記(1)式;
124.32×Si−12.45≦YS≦124.32×Si+127.55
・・・(1)
の関係を満たす範囲において、二次再結晶焼鈍後の鉄損値W17/50が0.85W/kg以下の優れた鉄損特性が得られることがわかる。
【0033】
ここで、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温における降伏応力YSを、Si含有量に応じて上記(1)式を満たすときに鉄損特性が向上する理由は、まだ十分に明らかとはなっていないが、以下のように考えている。
降伏応力YSが高いと、鉄損特性が劣化(鉄損が上昇)する傾向があったが、(1)式を満たすようYSを低減することで、一次冷間圧延における不均一変形が抑制されて、中間焼鈍板の粒径が粗大化して整粒となり、ひいては、一次再結晶後の鋼板におけるGoss方位粒の絶対量が増加し、二次再結晶後の鉄損特性を向上することができる。
しかし、YSがさらに低下し、(1)式を下回るようになると、歪が蓄積され難い組織となるため、一次冷間圧延における熱延板組織の破壊が十分ではなく、一次再結晶板の集合組織において、二次再結晶に不用な方位である{110}<001>方位粒等が残存するようになるため、鉄損特性が劣化する。
【0034】
上記のように、本発明においては、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温における降伏応力を低減することは必須の事項である。一次冷間圧延前の素材鋼板の室温における降伏応力を低減するには、種々の方法があるが、例えば、一次冷間圧延前の素材鋼板(熱延板または熱延板焼鈍板)に、A変態点直下の温度で長時間の焼鈍を施して、パーライトの球状化および消滅を促進させる方法が最も簡便な方法である。具体的な焼鈍条件としては、500〜750℃の温度で、0.2〜480hr保持する箱焼鈍するのが好ましい。ただし、長時間の焼鈍は、生産性を阻害するため、120hr以下とするのがより好ましい。
【0035】
上記のようにして降伏応力を所定の範囲に制御した熱延板は、一次冷間圧延を施して中間板厚の冷延板とするが、一次冷間圧延条件については、特に制限はなく、通常公知の方法で行えばよい。
【0036】
一次冷間圧延した鋼板は、その後、最終冷間圧延前に中間焼鈍を施すが、その焼鈍は、均熱温度800〜1200℃、均熱時間2〜300secの範囲で行い、焼鈍後の冷却は、800〜400℃の区間を冷却速度10〜200℃/sで急冷するのが好ましい。
均熱温度が800℃未満または均熱時間が2sec未満では、未再結晶組織が残存するため、一次再結晶後の鋼板を粗大な整粒組織とすることができず、一次再結晶後の鋼板のGoss方位粒の集積度を高めることができないため、二次再結晶後の磁気特性の低下を招く。一方、均熱温度が1200℃あるいは均熱時間が300secを超えると、AlNやMnSe,MnSの溶解が進行してインヒビターの抑制力が不足し、二次再結晶を起こし難くなり、やはり、磁気特性の低下を引き起こすからである。
また、中間焼鈍後の冷却における800〜400℃の区間での冷却速度が10℃/sec未満では、カーバイドの粗大化が進行し、その後の最終冷間圧延や一次再結晶焼鈍での集合組織改善効果が弱まり、磁気特性の低下を起こす。一方、800〜400℃の区間での冷却速度を200℃/sec超えとすると、硬質のマルテンサイト相が増加し、一次再結晶焼鈍後の鋼板組織を上記の所望の組織とすることができなくなるため、やはり、磁気特性が低下するからである。
【0037】
続く最終冷間圧延の圧下率は、60〜95%の範囲で行うのが好ましい。最終冷間圧延における圧下率が60%未満では、一次再結晶板における{554}<225>方位粒、{12 4 1}<014>方位粒等、二次再結晶におけるGoss方位粒の成長に有利な方位粒の形成が十分ではなく、一方、95%を超えると、二次再結晶の核となるGoss方位粒の絶対量が不足するためである。
【0038】
最終板厚とされた冷延板は、その後、均熱温度700〜1000℃の温度で、湿水素雰囲気中での脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施すのが好ましい。
一次再結晶焼鈍における均熱温度が700℃未満では、未再結晶組織が残存し、所望の均一な一次再結晶粒径とすることができない。一方、均熱温度が1000℃を超えると、二次再結晶が起こってGoss方位粒が生成するおそれがあるからである。
【0039】
その後、常法に準じて、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した後、二次再結晶焼鈍(仕上焼鈍)を施すことが好ましい。また、この二次再結晶焼鈍は、水素雰囲気中で行うことで、純化焼鈍を兼ねて行うこともできる。
【0040】
仕上焼鈍で二次再結晶させた鋼板は、その後、絶縁コーティングを塗布・焼付ける絶縁被膜塗布工程および平坦化焼鈍工程を経て、方向性電磁鋼板(製品板)とするのが好ましい。
【0041】
なお、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法においては、一次再結晶焼鈍後から仕上焼鈍で二次再結晶が開始までの間に、鋼中にNを含有させる窒化処理を施すことも可能である。その方法としては、一次再結晶焼鈍後、NH雰囲気中で熱処理を施したり、窒化物を焼鈍分離剤中に含有させたり、仕上焼鈍前段の雰囲気を窒化ガスとしたりする公知の技術が適用できる。
【0042】
さらに、最終冷間圧延後から一次再結晶焼鈍の間に鋼板表面に複数の人工溝を形成したり、平坦化焼鈍後の鋼板表面にプラズマジェットやレーザー照射を線状に施したり、突起ロールによる線状の凹みを付与したりする磁区細分化処理を施して、鉄損の低減を図ってもよい。
【実施例1】
【0043】
C:0.05mass%、Si:3.0mass%、Mn:0.10mass%、sol.Al:0.02mass%、N:0.01mass%、S:0.0030mass%およびSe:0.030mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するスラブを、1400℃に加熱後、熱間圧延して板厚2.2mmの熱延板とした後、1000℃×40secの熱延板焼鈍を施し、その後、乾燥窒素雰囲気中において700℃で保持時間を変えて焼鈍を施して、一次冷間圧延前の素材鋼板の25℃における降伏応力YSを種々に変化させた。次いで、一次冷間圧延して中間板厚1.7mmの冷延板とし、1050℃×80secの中間焼鈍を施した後、二次冷間圧延(最終冷間圧延)して最終板厚が0.23mmの冷延板とした。その後、この冷延板に800℃×150secの脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施し、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布・乾燥した後、1150℃×50hrの純化を兼ねた二次再結晶焼鈍(仕上焼鈍)を施して方向性電磁鋼板とした。
【0044】
上記のようにして得た各種方向性電磁鋼板から試験片を採取し、磁気特性(鉄損W17/50、磁束密度B)を測定した。表2に、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温(25℃)における降伏応力YSおよび二次再結晶後の鋼板の磁気特性を、先述した(1)式の上下限値と併記して示した。
【0045】
【表2】

【0046】
表2から、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温における降伏応力YSが、(1)式を満たす鋼板では、鉄損W17/50が0.85W/kg以下の低鉄損となっている。
これに対して、YSが(1)式の上限を外れるNo.1〜3の鋼板では、上記低鉄損が得られていない。これは、一次冷間圧延前の降伏応力YSが高い素材鋼板では、一次冷間圧延における加工歪で転位のタングルが促進されて再結晶の核生成サイトが増大し、中間焼鈍板の粒径が細粒化したためと推定される。その結果、一次再結晶焼鈍のGoss方位粒の絶対量が減少したことで、二次再結晶焼鈍の初期段階で先鋭なGoss方位核が生き残る確率が減少し、二次再結晶後のGoss方位集積度が低下し、磁気特性の劣化に繋がったものと推定される。
一方、YSが(1)式の下限を外れるNo.10の鋼板は、一次冷間圧延における熱延板組織の破壊が十分ではなく、一次再結晶集合組織において、二次再結晶に不用な方位である{110}<001>等が残存したためであると考えられる。
【実施例2】
【0047】
Si:3.5mass%、N:0.01mass%、S:0.0040mass%およびSe:0.03mass%を含有し、その他の成分は表3に示した組成を有するスラブを、1350℃の温度に加後、熱間圧延して板厚2.2mmの熱延板とし、1000℃×40secの熱延板焼鈍を施した後、乾燥窒素雰囲気中において700℃×120hrの焼鈍することで一次冷間圧延前の素材鋼板の降伏応力YSを低減させた。その後、一次冷間圧延して1.7mmの中間板厚とした鋼板に、1050℃×80secの中間焼鈍を施した後、二次冷間圧延(最終冷間圧延)して板厚0.23mmの冷延板とした。次いで、この冷延板に、800℃×150secの脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施し、鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した後、1150℃×50hrの純化を兼ねた二次再結晶焼鈍(仕上焼鈍)を施し、方向性電磁鋼板とした。
【0048】
【表3】

【0049】
上記のようにして得た各種方向性電磁鋼板から試験片を採取し、磁気特性(鉄損W17/50、磁束密度B)を測定した。表3に、一次冷間圧延前の素材鋼板の室温(25℃)における降伏応力YSおよび二次再結晶後の鋼板の磁気特性を、先述した(1)式の上下限値と併記して示した。
表3のNo.1〜5は、C含有量を変化させた例であり、No.2〜4の範囲、つまり、C:0.02〜0.15mass%の範囲で、磁気特性が良好であることがわかる。No.1の鋼板の磁気特性が劣る原因は、C含有量が少ないため熱間圧延時にγ−α変態が起こらず、一次再結晶後の鋼板集合組織の改善効果が弱かったためと考えられる。また、No.5の鋼板の磁気特性が劣る原因は、C含有量が高いために、一次再結晶後の鋼板の集合組織が改善されなかったことと、一次再結晶焼鈍での脱炭が不完全であったためと考えられる。
また、No.6〜27は、C含有量を0.05〜0.08mass%とし、Mn,Al,Sn,Sb,P,Ni,CuおよびCrの含有量を変更したものであるが、いずれも本発明に範囲内にあるため、良好な磁気特性が得られている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.02〜0.15mass%、Si:2.5〜4.0mass%、Mn:0.005〜0.3mass%、sol.Al:0.01〜0.05mass%、N:0.002〜0.012mass%およびS,Seの1種または2種を合計で0.05mass%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼素材を熱間圧延した後、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延し、一次再結晶焼鈍し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、
一次冷間圧延前の素材鋼板の降伏応力YS(MPa)を、鋼素材のSi含有量(mass%)との関係において下記(1)式を満たすよう調整した後、一次冷間圧延することを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。

124.32×Si−12.45≦YS≦124.32×Si+127.55
・・・(1)
【請求項2】
上記鋼素材は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.005〜1.5mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.01〜1.5mass%の内から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
熱間圧延後、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延し、一次再結晶焼鈍し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造に用いる一次冷間圧延前の素材鋼板であって、当該鋼板は、C:0.02〜0.15mass%、Si:2.5〜4.0mass%、Mn:0.005〜0.3mass%、sol.Al:0.01〜0.05mass%、N:0.002〜0.012mass%およびS,Seの1種または2種を合計で0.05mass%以下含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、降伏応力YS(MPa)とSi含有量(mass%)とが下記(1)式を満たすことを特徴とする方向性電磁鋼板用素材鋼板。

124.32×Si−12.45≦YS≦124.32×Si+127.55
・・・(1)
【請求項4】
上記鋼板は、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.005〜1.5mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.01〜1.5mass%の内から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項3に記載の方向性電磁鋼板用素材鋼板。

【図1】
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【公開番号】特開2012−140698(P2012−140698A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−174950(P2011−174950)
【出願日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】