説明

方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】インヒビタを含有しない素材を用いて良好な磁気特性を有する方向性電磁鋼板を製造する方法を提案する。
【解決手段】インヒビタを含有しないSi:7.0mass%以下の鋼スラブを熱間圧延後、熱延板焼鈍し、1回の冷間圧延で最終板厚とし、または、熱間圧延後、必要に応じて熱延板焼鈍し、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延で最終板厚とし、その後、一次再結晶焼鈍と二次再結晶焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造方法において、上記1回の冷間圧延とした場合の熱延板焼鈍または2回以上の冷間圧延とした場合の最終冷間圧延直前の中間焼鈍が、750〜1200℃の温度で2〜300sec間保持する均熱処理と、750℃から400℃までを10〜200℃/secの平均冷却速度で冷却する急冷処理と、400℃到達後900秒以内に圧延圧下率0.2〜50%相当の歪を付与する歪付与処理とからなる方向性電磁鋼板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器その他の電気機器の鉄心などに用いられる磁気特性に優れた方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板の鉄損特性を改善する方法としては、インヒビタと呼ばれるAlやS,Se等の析出物を使用して、最終仕上焼鈍中に、ゴス方位粒と呼ばれる{011}<100>方位粒を優先的に二次再結晶・成長させることにより、磁化容易軸<100>の圧延方向への集積率を高め、磁気特性を改善する技術が一般的に使用されている。
【0003】
一方、インヒビタを使用しないで、表面エネルギーを駆動力として{011}面を優先的に成長させる技術が特許文献1〜3等に開示されている。しかし、これらの技術では、原理的には{011}面の選択のみが可能であり、圧延方向に<100>方向が揃ったゴス粒が得られないという問題があった。この問題を解決する技術として、特許文献4には、インヒビタを含有しない素材を用いてゴス方位粒を二次再結晶により発達させる技術が開示されている。
【0004】
ところで、近年、省エネルギーに対する意識の高まりから、従来にも増して磁気特性に優れた方向性電磁鋼板が強く求められるようになってきている。磁気特性の改善には、磁化容易軸<100>の圧延方向への集積率をより高める必要があるが、そのためには、二次再結晶前、一次再結晶後の鋼板の集合組織を適正に制御すること、すなわち、ゴス方位粒の存在頻度を高めるとともに、{111}<112>方位粒など、ゴス方位粒が蚕食しやすい方位粒の存在頻度を高めることが重要であり、そのための技術が開発されている。例えば、最終冷間圧延を高圧下率とする技術、最終冷間圧延を温間で行う技術、最終冷間圧延前の鋼板中に炭化物を微細分散させる技術等が挙げられる。
【0005】
発明者らは、インヒビタを含まない素材を用いて方向性電磁鋼板を製造する方法において、一次再結晶後の鋼板の集合組織をさらに改善することによって、二次再結晶焼鈍後の鋼板(製品)の鉄損特性を改善する方法について研究を重ねてきた。その結果、最終冷間圧延前における鋼板中の固溶炭素量を増加させてやることにより、その後の一次再結晶後の集合組織が改善され、ひいては製品の鉄損特性が改善されることを見出した。そして、その具体的な方法として、特許文献5に、最終冷間圧延直前の焼鈍後から最終冷間圧延までの間の鋼板温度を低温に保持して鋼中の固溶炭素の析出(時効析出)を抑制し、最終冷間圧延開始前の鋼板中の固溶炭素量を増加させることを提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭64− 55339号公報
【特許文献2】特開平02− 57635号公報
【特許文献3】特開平07−197126号公報
【特許文献4】特開2000−129356号公報
【特許文献5】特開2003−253335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、最終冷間圧延直前までコイルを低温に保持すること、特に工場内の温度が高温となる夏季においてコイルを低温に保持することは、巨大な冷却設備を必要とすること等から、設備的にもまたコスト的にも、工業的規模での実施は難しいという問題があった。
【0008】
そこで、本発明に目的は、最終冷間圧延直前の焼鈍後の高い固溶炭素量をより安定して保持することができ、ひいては、一次再結晶後の鋼板集合組織の改善を通じて、二次再結晶後の製品磁気特性を有利に改善することができる方向性電磁鋼板の製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、コイルを低温に保持する従来技術に代わる、最終冷間圧延直前の固溶炭素量をより安定して高位に保持する方法について、鋭意検討を重ねた。その結果、固溶炭素の存在状態を変えてやる、すなわち、最終冷間圧延直前の焼鈍での急冷直後に歪付与処理を施して鋼板中に多数の転位を導入し、これに固溶炭素をトラップ(固着)させることにより、最終冷間圧延直前の焼鈍後から最終冷間圧延開始までの間の固溶炭素の析出を抑制する方法が、固溶炭素量の確保に極めて有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、C:0.005〜0.15mass%、Si:7.0mass%以下およびMn:0.005〜3.0mass%を含有し、かつ、Al:0.0100mass%未満、SおよびSeを各々0.0050mass%以下に低減し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを熱間圧延後、熱延板焼鈍し、1回の冷間圧延で最終板厚とし、その後、一次再結晶焼鈍と二次再結晶焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、上記熱延板焼鈍が、
(1)750〜1200℃の温度で2〜300sec間保持する均熱処理と、
(2)750℃から400℃までを10〜200℃/secの平均冷却速度で冷却する急冷処理と、
(3)400℃到達後900秒以内に圧延圧下率0.2〜50%相当の歪を付与する歪付与処理と、からなることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0011】
また、本発明は、C:0.005〜0.15mass%、Si:7.0mass%以下およびMn:0.005〜3.0mass%を含有し、かつ、Al:0.0100mass%未満、SおよびSeを各々0.0050mass%以下に低減し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを熱間圧延後、必要に応じて熱延板焼鈍し、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延で最終板厚とし、その後、一次再結晶焼鈍と二次再結晶焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、上記最終板厚とする冷間圧延前の中間焼鈍が、
(1)750〜1200℃の温度で2〜300sec間保持する均熱処理と、
(2)750℃から400℃までを10〜200℃/secの平均冷却速度で冷却する急冷処理と、
(3)400℃到達後900秒以内に圧延圧下率0.2〜50%相当の歪を付与する歪付与処理と、からなることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0012】
本発明における上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.005〜1.5mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.005〜1.5mass%の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、コイルを低温に保持する従来技術と比較して、最終冷間圧延直前の固溶炭素量をより高いレベルに保持することができるので、一次再結晶後の鋼板の集合組織を安定して制御することが可能となり、ひいては、磁気特性に優れる方向性電磁鋼板を安定して提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明における最終冷間圧延直前の焼鈍サイクルを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
先ず、本発明を開発する契機となった実験について説明する。
C:0.09mass%、Si:2.8mass%、Mn:0.03mass%、Al:0.0020mass%、S:0.0020mass%およびSe:0.0001mass%を含有する鋼スラブを1200℃に加熱後、熱間圧延して板厚が2.0mmのA,B2種類の熱延板とした。次いで、Aの熱延板については、1000℃で60sec間保持する均熱処理後、750℃から400℃までを40℃/secの平均冷却速度で冷却する急冷処理し、鋼板温度が400℃に到達してから100sec後に圧延して圧下率1%の歪を付与する歪付与処理を施す一連の工程からなる熱延板焼鈍を施した。一方、Bの熱延板には、上記と同じ均熱処理と急冷処理を施すのみで、歪付与処理を行わない熱延板焼鈍を施した。
【0016】
次いで、上記熱延板焼鈍後のA,Bの鋼板に、夏季の工場内での時効の影響をシミュレートするため、80℃で500hr保持する時効処理を施したのち、1回の冷間圧延で最終板厚が0.30mmの冷延板とし、850℃×120secの脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍後、1200℃×15hrの純化を兼ねた二次再結晶焼鈍を施して、A,B2種類の方向性電磁鋼板を得た。
【0017】
これらの鋼板について圧延方向の磁気特性(B)を測定したところ、Aの熱延板から得た電磁鋼板のBは1.93T、Bの熱延板から得た電磁鋼板のBは1.85Tであった。この結果から、Aの熱延板から得た電磁鋼板のBの方が、Bの熱延板から得た電磁鋼板のBより高い理由は、最終冷間圧延直前の焼鈍(上記実験では熱延板焼鈍)における歪付与処理によって、上記焼鈍後から最終冷間圧延開始までの間における炭素の析出が抑制されて、最終冷間圧延前の固溶炭素量が増加したためと考えられた。
本発明は、上記の新規知見に基づき開発したものである。
【0018】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の素材となる鋼スラブの成分組成について説明する。
C:0.005〜0.15mass%
Cは、0.005mass%に満たないと、一次再結晶組織の改善効果が小さく、磁気特性の改善効果が得られない。一方、0.15mass%を超えると、製品中のC量を、磁気時効の起こらない0.0050mass%以下に低減するのが難しくなる。よって、Cは0.005〜0.15mass%の範囲とする。好ましくは、0.01〜0.10mass%の範囲である。
【0019】
Si:7.0mass%以下
Siは、鋼の電気抵抗を増大し、鉄損を低減する有用な元素であるので、2.0mass%以上含有させるのが好ましい。しかし、7.0mass%を超えて添加すると、加工性が著しく低下して冷間圧延するのが困難となる。よって、Siは7.0mass%以下とする。より好ましくは、2.0〜4.0mass%の範囲である。
【0020】
Mn:0.005〜3.0mass%
Mnは、Sによる熱間脆性を防止し、熱間加工性を改善するために有用な元素であり、0.005mass%以上含有させる必要がある。しかし、3.0mass%を超える添加は、磁束密度の低下を招く。よって、Mnは0.005〜3.0mass%の範囲とする。好ましくは、0.01〜1.0mass%の範囲である。
【0021】
Al:0.0100mass%未満、S,Se:それぞれ0.0050mass%未満
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、AlやS,Se等のインヒビタを使用しないで二次再結晶を起こさせる技術である。したがって、本発明においては、Al,SおよびSeは、不可避的不純物として位置付けられる元素であり、良好な二次再結晶を起こさせるためには、Alは0.0100mass%未満、SおよびSeはそれぞれ0.0050mass%未満に制限する必要がある。好ましくは、Alは0.0090mass%以下、SおよびSeはそれぞれ0.0040mass%以下である。
【0022】
本発明の方向性電磁鋼板は、上記の必須成分およびインヒビタ成分以外に、Ni,Sn,Sb,Cu,PおよびCrのうちから選ばれる1種以上を、Ni:0.005〜1.5mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%、Cr:0.005〜1.5mass%の範囲で添加することができる。
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させる効果を有する元素である。しかし、含有量が0.005mass%未満では、上記効果が小さく、一方、1.5mass%を超えて添加すると、二次再結晶が不安定になり、却って磁気特性が低下する。よって、Niは0.005〜1.5mass%の範囲で添加するのが好ましい。
また、Sn,Sb,Cu,PおよびCrは、それぞれ鉄損の向上に有効な元素であるが、いずれも上記下限値に満たないと鉄損向上効果が小さく、一方、上記上限値を超えると二次再結晶粒の発達が阻害されるようになる。よって、Ni,Sn,Sb,Cu,PおよびCrはそれぞれ、上記範囲で添加するのが好ましい。
【0023】
なお、本発明の方向性電磁鋼板において、上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、上述したように、本発明はインヒビタを用いない技術であるので、従来技術において添加されていた窒化物形成元素であるTi,Nb,B,Ta,V等についても、鉄損の低下を防止する観点から、それぞれ0.0050mass%以下に低減するのが望ましい。
【0024】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板を製造するに当たっては、上記好適成分組成に調整した鋼を転炉や電気炉などを用いて、さらに必要に応じて真空処理などを施す公知の方法で溶製したのち、常法の造塊法あるいは連続鋳造法を用いて鋼スラブを製造するのが好ましい。その後、上記鋼スラブを熱間圧延に供するが、この際、加熱炉で再加熱してから熱間圧延する通常の方法、あるいは、鋳造後、再加熱することなく直ちに熱間圧延する方法のいずれを採用してもよい。
【0025】
なお、スラブを再加熱する場合の加熱温度は、不可避的に混入してくるインヒビタ成分が部分的に固溶し、後工程で析出することによる悪影響を回避し、最終冷延後の一次再結晶焼鈍で得られる結晶組織を微細かつ均一な整粒とするために、1250℃以下とするのが好ましい。また、スラブ加熱時のスケール生成量を低減する観点からも、スラブ加熱温度は低いほど好ましい。
【0026】
上記鋼スラブから熱延板を得る熱間圧延条件は、常法に従って行えばよく、特に制限はないが、仕上圧延終了温度は、700〜1000℃、コイル巻取温度は、500〜700℃の範囲とするのが好ましい。
【0027】
上記熱間圧延後の熱延板は、その後、熱延板焼鈍を施したのち、1回の冷間圧延で最終板厚に仕上げる冷延1回法か、あるいは、必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延によって最終板厚に仕上げる。例えば、中間焼鈍を挟む2回の冷間圧延によって最終板厚に仕上る冷延2回法または中間焼鈍を挟む3回の冷間圧延によって最終板厚に仕上げる冷延3回法によって、冷延板とするのが好ましい。
【0028】
ここで、本発明の製造方法において最も重要な点は、最終冷間圧延直前の焼鈍、即ち、冷延1回法の場合には熱延板焼鈍、冷延2回法あるいは冷延3回法以上の場合には、最終冷間圧延直前の中間焼鈍において、図1に示した処理工程からなる熱処理を施す、すなわち、
(1)750〜1200℃の温度で2〜300sec間保持する均熱処理と、
(2)750℃から400℃までを10〜200℃/secの平均冷却速度で冷却する急冷処理と、
(3)400℃到達後900秒以内に圧延圧下率0.2〜50%相当の歪を付与する歪付与処理と、
からなる焼鈍を施すことである。以下、上記焼鈍条件を限定する理由について説明する。
【0029】
均熱処理
均熱処理温度は、750〜1200℃の範囲とする。750℃未満では、熱延板あるいは最終冷延板の再結晶が十分進行せず、未再結晶組織が一部に残存するため、一次再結晶後の鋼板組織を微細かつ整粒とすることが困難となり、二次再結晶組織の成長が阻害されて、製品の磁気特性が低下するからである。一方、均熱温度が1200℃を超えると、不可避的に混入するインヒビタ等の不純物成分が再固溶し、冷却時に不均一に再析出するため、一次再結晶後の鋼板組織を整粒化することが困難となり、やはり二次再結晶組織の成長が阻害されて、製品板の磁気特性が低下するからである。好ましくは、900〜1100℃の範囲である。
また、上記均熱処理温度への保持時間は2〜300secの範囲とする。保持時間が2sec未満では、やはり未再結晶組織が残存し、一次再結晶組織を微細化、整粒化することが困難となり、製品板の磁気特性が低下する。一方、保持時間が300secを超えると、焼鈍効果が飽和し、コストアップとなるだけだからである。好ましくは、10〜200secの範囲である。
【0030】
急冷処理
均熱処理に続く急冷処理は、750℃から400℃までを10〜200℃/secの平均冷却速度で冷却することが必要である。平均冷却速度が10℃/sec未満では、鋼中に固溶していたCがカーバイトとなって析出し、固溶炭素量が低減するため、一次再結晶集合組織が劣化し、製品板の磁気特性が低下するからである。一方、平均冷却速度が200℃/secを超えると、硬質のマルテンサイト相が生成するため、やはり一次再結晶組織が劣化し、製品の磁気特性が劣化するからである。好ましくは、700℃から400℃までの平均冷却速度は15〜100℃/secの範囲である。
【0031】
歪付与処理
本発明の最終冷間圧延直前の焼鈍においては、上記急冷処理で鋼板温度が400℃に到達後、900sec以内に、何らかの方法で、圧延圧下率で0.2〜50%に相当する歪を付与する歪付与処理を施すことが必要である。この歪付与処理によって、鋼板中に多数の転位が導入され、鋼中の固溶炭素がこの転位に固着されて、最終冷間圧延直前の焼鈍後から最終冷間圧延までの間に固溶炭素がカーバイトとなって析出するのが抑制され、その結果、最終冷間圧延直前の固溶炭素量が高い状態のまま維持されるので、一次再結晶集合組織が改善され、製品板の磁気特性が向上する。
ここで、歪付与温度の上限を400℃とする理由は、400℃を超える温度では、歪を付与しても回復を起こすため、歪付与効果が減少してしまうからである。また、400℃到達後、900sec以内に歪を付与する理由は、900secを超えると、固溶炭素がカーバイトとなって析出して固溶炭素量が減少し、やはり歪付与効果が十分に得られないからである。
【0032】
また、付与する歪量を、圧延圧下率にして0.2〜50%とする理由は、歪量が圧延圧下率にして0.2%未満では、導入される転位数が少ないため、歪付与の効果が十分に得られず、一方、50%超えでは、歪付与効果が飽和し、コストアップとなるからである。なお、歪付与の目的が転位の導入にあることから、圧延圧下率で0.2〜50%相当の歪(転位)が導入できれば、歪付与の方法には特に制限はない。したがって、圧延法以外に、繰り返し曲げを施す方法を用いてもよいが、コスト的には圧延法の方が好ましい。
【0033】
上記熱処理を施した冷延板は、その後、最終冷間圧延によって最終板厚としたのち、一次再結晶焼鈍と二次再結晶焼鈍を施して、方向性電磁鋼板とする。一次再結晶焼鈍の焼鈍温度は、700〜1000℃の範囲とするのが好ましい。また、この一次再結晶焼鈍は、湿水素雰囲気中で、脱炭焼鈍を兼ねて行ってもよい。また、続く二次再結晶焼鈍は、700〜1250℃の温度範囲で行うのが好ましく、この際、鋼板同士が融着するのを防止するため、焼鈍前に鋼板表面にMgOなど公知の焼鈍分離剤を塗布しておくのが好ましい。また、この二次再結晶焼鈍は、水素雰囲気中で純化焼鈍を兼ねて行ってもよい。
【0034】
二次再結晶焼鈍後の鋼板は、その後、平坦化焼鈍により形状を矯正し、さらに上記平坦化焼鈍に続いて、鉄損の改善を目的として、鋼板表面に張力を付与する絶縁コーティングを施し、製品とするのが好ましい。
なお、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法においては、上記冷間圧延後から製品化するまでのいずれかの工程において、公知の磁区細分化技術を適用してもよいことはいうまでもない。
【実施例1】
【0035】
C:0.01mass%、Si:3.8mass%、Mn:1.0mass%、Al:0.0080mass%、S:0.0002mass%、Se:0.0010mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを1100℃に加熱後、熱間圧延して板厚が2.0mmの熱延板とした。次いで、この熱延板に、均熱温度1000℃で30sec保持する熱延板焼鈍を施した後、冷間圧延して板厚が1.6mmの冷延板とし、その後、表1に示した均熱処理条件、急冷処理条件、歪付与処理条件からなる中間焼鈍を施したのち、最終冷間圧延して板厚が0.22mmの冷延板とした。なお、上記最終冷間圧延に当たっては、Si含有量が高いことによる脆性破断を防止するため、圧延前に鋼板温度を200℃×1hr加熱後、直ちに最終板厚まで圧延した。
次いで、上記最終冷延板に800℃×10secの一次再結晶焼鈍を施してから、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布し、1150℃×50hrの純化を兼ねた二次再結晶焼鈍を施して、最終の方向性電磁鋼板を得た。
【0036】
上記のようにして得た方向性電磁鋼板について、圧延方向の磁気特性(B)を測定した結果を表1に併記した。表1から、本発明に適合する方法で製造された発明例の鋼板は、いずれも1.91T以上の優れた磁気特性(B)が得られていることがわかる。これは、最終冷間圧延直前の焼鈍(本実施例においては中間焼鈍)における歪付与処理によって、焼鈍後から最終冷間圧延までの間の炭素の析出(時効)が抑制されて、固溶炭素量が増加したためであると考えられる。
【0037】
【表1】

【実施例2】
【0038】
C:0.03mass%、Si:3.0mass%、Mn:0.01mass%、Al:0.0010mass%、S:0.0020mass%、Se:0.0010mass%を含有し、さらに、表2に示した添加成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを1250℃に加熱後、熱間圧延して板厚が3.0mmの熱延板とした。その後、この熱延板を熱延板焼鈍することなく、1回目の冷間圧延により板厚が2.0mmの冷延板とした。
【0039】
次いで、上記冷延板に900℃×30secの1回目の中間焼鈍を施した後、2回目の冷間圧延により板厚1.5mmの冷延板としたのち、下記の条件1および条件2の2回目の中間焼鈍を施した。
・条件1:1100℃×10secで均熱後、750℃から400℃までを80℃/secで急冷し、400℃到達後30sec後に圧下率5%の圧延歪を付与する。
・条件2:1100℃×10secで均熱後、750℃から400℃までを80℃/secで急冷し、400℃到達後、500sec後に圧下率15%の圧延歪を付与する。
・条件3:1100℃×10secで均熱後、750℃から400℃までを80℃/secで急冷する(歪付与処理なし)。
【0040】
その後、夏季の工場内での時効をシミュレートした70℃で1000hr保持する時効処理を施したのち、最終冷間圧延して板厚が0.20mmまで冷延板とし、次いで、900℃×10secの脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布したのち、1200℃×15hrの純化を兼ねた二次再結晶焼鈍を施して、方向性電磁鋼板を得た。
【0041】
上記のようにして得た方向性電磁鋼板の圧延方向の磁気特性(B)の測定結果を表2に併記した。表2から、いずれの成分においても、圧延歪を付与した条件1(発明例)の方が、Bが優れていることがわかる。これは、最終冷間圧延前の焼鈍(本実施例においては2回目の中間焼鈍)での歪付与処理により、焼鈍後から最終冷間圧延までの間の炭素の析出(時効)が抑制された結果、最終冷間圧延前の固溶炭素量が増加したためと考えられる。
【0042】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.005〜0.15mass%、Si:7.0mass%以下およびMn:0.005〜3.0mass%を含有し、かつ、Al:0.0100mass%未満、SおよびSeを各々0.0050mass%以下に低減し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを熱間圧延後、熱延板焼鈍し、1回の冷間圧延で最終板厚とし、その後、一次再結晶焼鈍と二次再結晶焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、上記熱延板焼鈍が、
(1)750〜1200℃の温度で2〜300sec間保持する均熱処理と、
(2)750℃から400℃までを10〜200℃/secの平均冷却速度で冷却する急冷処理と、
(3)400℃到達後900秒以内に圧延圧下率0.2〜50%相当の歪を付与する歪付与処理と、からなることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
C:0.005〜0.15mass%、Si:7.0mass%以下およびMn:0.005〜3.0mass%を含有し、かつ、Al:0.0100mass%未満、SおよびSeを各々0.0050mass%以下に低減し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを熱間圧延後、必要に応じて熱延板焼鈍し、中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延で最終板厚とし、その後、一次再結晶焼鈍と二次再結晶焼鈍を施す一連の工程からなる方向性電磁鋼板の製造方法において、上記最終板厚とする冷間圧延前の中間焼鈍が、
(1)750〜1200℃の温度で2〜300sec間保持する均熱処理と、
(2)750℃から400℃までを10〜200℃/secの平均冷却速度で冷却する急冷処理と、
(3)400℃到達後900秒以内に圧延圧下率0.2〜50%相当の歪を付与する歪付与処理と、からなることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
上記鋼スラブは、上記成分組成に加えてさらに、Ni:0.005〜1.5mass%、Sn:0.005〜0.50mass%、Sb:0.005〜0.50mass%、Cu:0.005〜1.5mass%、P:0.005〜0.50mass%およびCr:0.005〜1.5mass%の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−52302(P2011−52302A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−204205(P2009−204205)
【出願日】平成21年9月4日(2009.9.4)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】