説明

方向性電磁鋼板の製造方法

【課題】仕上焼鈍において発生する形状不良を低減し、製品歩留りを向上させる。
【解決手段】冷間圧延後の方向性電磁鋼板用コイルを一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、上記一次再結晶焼鈍の加熱過程における500〜700℃間を80℃/sec以上で急速加熱すると共に、仕上焼鈍の加熱過程の700〜1000℃間で2〜100時間保持する保定処理を施す、好ましくは、さらに、仕上焼鈍に用いる焼鈍炉のコイル受台上面に、外周側から同心円状にかつコイル受台の半径の20%以上に、断熱材を敷設して仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板の製造方法に関し、具体的には、仕上焼鈍時に発生するコイルの形状不良を大幅に軽減することができる方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、トランスの鉄心材料等に主として用いられる軟磁性材料であり、磁気特性に優れていること、特に鉄損が低いことが求められる。そのため、方向性電磁鋼板を製造する際には、1000℃程度の高温に加熱して二次再結晶を起こさせて、鋼板中の結晶粒をGoss方位({110}<001>方位)に高度に集積させる仕上焼鈍を施している。また、この仕上焼鈍では、上記二次再結晶に引き続いて、1200℃程度まで加熱し、不純物を除去する純化処理を施すのが一般的である。そのため、この仕上焼鈍は、最大で10日程度の長時間を要するため、鋼板をコイル状に巻いた状態で焼鈍するバッチ式の焼鈍炉を用いて行われるのが普通である。
【0003】
しかしながら、このような高温長時間にわたる仕上焼鈍を行うと、コイル自体が自重でクリープ変形したり、熱膨脹が拘束されたりして様々な形状不良を起こし、製品歩留りの低下を招いたり、最悪の場合、仕上焼鈍後、平坦化焼鈍設備を通板することができなくなったりする。
【0004】
この問題を解決する技術としては、種々の方法が検討されている。
例えば、特許文献1には、仕上焼鈍時にコイルに被せるインナーカバーの内側側壁部に断熱材を内張りして、コイル外巻部に発生するしわ状の形状不良を低減する技術が提案されている。また、特許文献2には、仕上焼鈍炉のコイル受台の外周端面部に断熱材を被覆することで、コイル受台と接するコイル下側面部に発生する側歪不良を防止する技術が提案されている。さらに、特許文献3には、アップエンド状態で載置されたコイルの中央部空間に金属リングを挿入することで、コイル内巻部が中央空間側へ倒れ込むのを防止する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−257486号公報
【特許文献2】特開平05−051643号公報
【特許文献3】特開2006−274343号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来技術の適用によって、仕上焼鈍後のコイル形状は、ある程度は改善され、歩留りも向上してきている。しかしながら、上記の方法では、個別の形状不良については解消されるものの、逆に別の形状不良を引き起こすことがあり、十分な改善効果が得られているとはいい難いのが実情である。
【0007】
例えば、特許文献1の方法では、コイル外周面の過加熱が解消され、しわ状の形状不良は軽減されるものの、コイルへの入熱がコイル上側面部からのみとなるため、コイル上面部と内部の温度分布が不均一になる結果、耳部が外周の外側方向に広がって、耳伸び不良が増大する傾向にある。
【0008】
また、特許文献2の方法では、コイル受台の外周端面部の断熱により、コイル受台と接するコイル下側面部の側歪不良は発生し難くなるが、これのみでは効果が十分でない上、焼鈍中にコイル受台が熱膨張して断熱材が局部的に剥離し、その剥離部に対応するコイル部位では却って側歪不良が大きくなる場合がある。
【0009】
さらに、特許文献3の方法では、倒れ込みを防止するための金属リングの強度を高くするためにリングの厚みを厚くする必要があるが、これによる質量の増加によって、ハンドリングが困難となったり、コイル側面部の側歪不良が却って増大したりするという問題がある。
【0010】
本発明は、従来技術が抱える上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、コイル受台と接するコイル側面部の側歪不良や、コイル外巻部に発生するしわ状の形状不良、コイル耳部が外周の外側方向に広がる耳伸び不良等の形状不良を低減し、もって、製品歩留りを大幅に向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、上記課題の解決に向けて、形状不良の発生原因の解析とその有効な解消策について鋭意検討を重ねた。その結果、上記「しわ状の形状不良」と「耳伸び不良」は、一次再結晶焼鈍の加熱過程において急速加熱すると共に、仕上焼鈍の加熱過程で保定処理を施すことで、また、「側歪不良」は、仕上焼鈍炉のコイル受台上面に断熱材を敷設することで、大幅に改善できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、冷間圧延後の方向性電磁鋼板用コイルを一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、上記一次再結晶焼鈍の加熱過程における500〜700℃間を80℃/sec以上で急速加熱すると共に、仕上焼鈍の加熱過程の700〜1000℃間で2〜100時間保持する保定処理を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法を提案する。
【0013】
本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、上記仕上焼鈍に用いる焼鈍炉のコイル受台の上面に、外周側から同心円状にかつコイル受台の半径の20%以上に、断熱材を敷設して仕上焼鈍することを特徴とする。
【0014】
また、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法は、上記一次再結晶焼鈍における急速加熱を、一次再結晶焼鈍に先行する別の熱処理で施すことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、方向性電磁鋼板をバッチ式仕上焼鈍炉で製造する際に問題となる、コイル受台との接触に起因する側歪不良や、コイル外巻部に発生するしわ状形状不良、コイル耳部が外周外側方向に倒れこむ耳伸び不良等の形状不良を、効果的に低減することができるので、製品歩留りを大幅に高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】一次再結晶焼鈍時の昇温速度と仕上焼鈍時の800℃保定時間が形状不良率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図2】一次再結晶焼鈍時の昇温速度と仕上焼鈍時の800℃保定時間が各形状不良別の発生率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図3】コイル受台上面に敷設する断熱材を説明する図である。
【図4】仕上焼鈍炉のコイル受台上面への断熱材の敷設領域と仕上焼鈍時の800℃保定時間が形状不良率に及ぼす影響を示すグラフである。
【図5】仕上焼鈍炉のコイル受台上面への断熱材の敷設領域と仕上焼鈍時の800℃保定時間が各形状不良別の発生率に及ぼす影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
発明者らは、仕上焼鈍で発生する各種形状不良を解決する方法について、種々の実験を行い検討した。その結果、一次再結晶焼鈍の加熱過程で所定の温度範囲を急速加熱すると共に、仕上焼鈍の加熱過程の所定温度で所定時間保持する保定処理を施すことで、形状不良を大幅に低減できること、これに加えて、仕上焼鈍炉のコイル受台上面に断熱材を敷設することで、形状不良をさらに低減できることを新規に見出した。以下、上記知見を得るに至った実験について説明する。
【0018】
C:0.07mass%、Si:3.3mass%、Mn:0.06mass%、Al:0.025mass%、N:0.008mass%、Se:0.02mass%およびSb:0.03mass%を含有し、残部が実質的にFeからなる方向性電磁鋼板用の鋼スラブを、常法に準じて熱間圧延し、冷間圧延して最終板厚:0.23mmの冷延板とした後、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。なお、この一次再結晶焼鈍は、加熱過程の500〜700℃間を平均昇温速度:10〜300℃/secの範囲で種々に変化させて加熱した後、湿水素−窒素混合雰囲気下で、800℃×120secの均熱処理を施す脱炭を兼ねた条件で行った。
【0019】
上記一次再結晶焼鈍後の鋼板は、その後、鋼板表面にMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布、乾燥した後、コイルに巻き取り、バッチ式焼鈍炉のコイル受台上面にアップエンドで載置し、仕上焼鈍を施した。なお、この仕上焼鈍では、コイル受台上面に断熱材を敷設することなく、コイルをそのままコイル受台上面に載置した。また、焼鈍サイクルは、加熱途中の800℃で、保持時間を0〜150時間の範囲で種々に変化させる保定処理を施し、その後、1180℃まで20℃/hrで昇温し、10時間均熱保持する条件で行った。仕上焼鈍後の鋼板は、その後、リン酸酸洗して未反応の焼鈍分離剤を除去した後、絶縁コーティングを塗布し、焼付けと形状矯正を兼ねた800℃×20秒の平坦化焼鈍を施し、製品コイルとした。
【0020】
なお、上記平坦化焼鈍する際、設備通板中の鋼板形状を目視観察して仕上焼鈍で発生した形状不良の発生長さを測定し、形状不良率((不良発生長さ/コイル全長の長さ)×100(%))を求めた。
この結果を図1に示す。図1から、一次再結晶焼鈍における昇温速度を80℃/sec以上、仕上焼鈍における800℃での保持時間を2時間以上とすることで、形状不良率を5%以下まで低減できること、しかし、保持時間が100時間を超えると、逆に形状不良率は増加することがわかった。
【0021】
さらに、図1に示した昇温速度が20℃/secと100℃/secのデータについて、形状不良別の発生率を図2に示した。ここで、図中の「側歪」とは、コイル下部の側面部に発生する側歪不良を、「しわ状」とは、コイル外巻部に発生するしわ状の不良を、「耳伸び」とは、コイル耳部が外周外側方向に広がる耳伸び不良を示す。
【0022】
図2から、コイル外巻部に発生するしわ状の形状不良は、仕上焼鈍の加熱過程での保定処理なしでは高い発生率を示すが、保定時間を長くすることによって解消されていくことがわかる。また、コイル外巻部に発生する耳伸び不良も、しわ状不良と同様、保定時間を長くすることにより改善される。しかし、コイル下方の側面部に発生する側歪不良は、保定時間を長くすると、却って増大していることがわかる。これらのことから、図1における仕上焼鈍の保定時間を長くすることによる形状不良率の改善は、しわ状不良と耳伸び不良が改善されたためであることがわかる。なお、側歪不良は、一次再結晶焼鈍で急速加熱することにより改善される傾向にあるが、まだ改善の余地がある。
【0023】
上記の結果から、形状不良率をさらに低減し、歩留りを向上させるためには、側歪不良を低減させることが必要である。そこで、発明者らは、さらに以下の実験を行った。
上述した実験と同一成分の鋼スラブを、同じく上述した実験と同一の条件で最終板厚の冷延板とし、その後、上記冷延板に、500〜700℃の間の平均昇温速度を100℃/secとして加熱後、湿水素−窒素混合雰囲気下で800℃×120secの均熱処理を施す脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。その後、鋼板表面にMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布、乾燥した後、コイルに巻き取り、仕上焼鈍炉のコイル受台上に、アップエンドにして載置した。この際、上記コイル受台の上面には、図3に示したように、断熱材を、外周側から同心円状(穴あき円盤状)になるよう、かつ、コイル受台の半径に対して0〜60%の範囲となるよう変化させて敷設した。
【0024】
その後、上述した実験と同様、加熱途中の800℃で、保持時間を0〜150時間の範囲で種々に変化させる保定処理を施した後、1180℃まで20℃/hrで昇温し、10時間均熱保持する仕上焼鈍を施した後、リン酸酸洗して未反応の焼鈍分離剤を除去し、絶縁コーティングを塗布し、焼付けと形状矯正を兼ねた800℃×20秒の平坦化焼鈍を施し、製品コイルとした。
なお、上記平坦化焼鈍する際、通板中の鋼板形状を目視観察し、仕上焼鈍で発生した形状不良の発生長さを測定し、形状不良率を求め、その結果を図4に示した。
【0025】
図4から、仕上焼鈍炉のコイル受台上面に断熱材を、コイル受台の外周側から同心円状に、かつ、コイル受台の半径に対して20%以上となるよう敷設した上で、仕上焼鈍の加熱途中の800℃で2〜100時間の保定処理を施した場合には、形状不良率を大幅に低減できることがわかる。また、図5は、断熱材を敷設した部分が、コイル受台の半径の0%(敷設なし)と60%の場合について、形状不良別の形状不良率を調べた結果を示したものであり、この図から、断熱材の敷設によって側歪不良が大幅に改善されていることがわかる。
【0026】
このように、一次再結晶焼鈍の加熱過程における急速加熱、仕上焼鈍の加熱過程における保定処理および仕上焼鈍炉のコイル受台への断熱材の敷設を組み合わせることで形状不良が大幅に改善される理由について、発明者らは以下のように考えている。
まず、各形状不良が発生する原因を解析すると、コイル外巻部に発生するしわ状の形状不良は、コイル内に、加熱過程に起因した温度ムラがあると、仕上焼鈍の冷却時にコイルが熱収縮する際、焼鈍分離剤の厚みムラと相俟って、収縮が局部的に妨げられ、その部分がクリープ変形を起こす結果、発生するものと考えられる。
また、アップエンドに置かれたコイルの上側面端部が外周外側方向に広がる耳伸び不良については、仕上焼鈍での昇温中にコイルが熱膨張する際、コイル上側面端部において、フォルステライトが生成する途中で生じる内部酸化膜が剥落して鋼板の隙間に入り込み、その後の冷却時にコイルが熱収縮する際、剥離した粉状の内部酸化膜が抵抗となって収縮を妨げる結果、発生するものと考えられる。
また、コイル側面部に発生する側歪不良は、仕上焼鈍の昇温時にコイルが熱膨張し、コイル側面部が外周の外側方向に広がろうとするが、コイル受台とコイル側面との間の摩擦で熱膨張が妨げられる結果、コイル側面部が変形を起こすことが原因と考えられる。
そして、背景技術でも述べたように、単一の改善方法である従来技術では、ある形状不良は解決されても別の形状不良が発生するため、形状不良を全体として改善することができないという問題を抱えていた。
【0027】
これに対して、上述した発明者らの実験結果では、仕上焼鈍の加熱過程の所定温度で保定処理を施すことで、しわ状不良と耳伸び不良は改善されるが、側歪不良は却って悪化する傾向がみられた。
保定処理することによってしわ状の形状不良が改善される理由は、保定処理によってコイル内の温度分布が均一化され、焼鈍分離剤の焼結も均一化される結果、コイル層間の嵩密度の変化がなくなって、冷却時の収縮を妨げるものがなくなり、形状が改善されるものと考えられる。
また、保定処理によって耳伸び不良が改善される理由は、一定温度に所定時間保持する間に、焼鈍分離剤中のMgOから放出される水和水分が十分に抜けるため、コイル上部での上述した内部酸化膜の剥落がなくなるためであると考えられる。
また、保定処理することによって側歪不良が却って悪化する理由は、高温で保持することによりコイルに掛かる熱負荷が大きくなるため、クリープ変形が増大するためであると考えられる。
【0028】
また、しわ状の形状不良および側歪不良は、一次再結晶焼鈍の加熱過程において急速加熱することで、低減することができる。
その理由は、一次再結晶焼鈍の加熱過程を急速加熱すると、一次再結晶集合組織中のゴス強度が高まり、仕上焼鈍における二次再結晶温度が低温化する。これによって、鋼板の高温強度が高まり、クリープ変形が起こり難くなって側歪不良が改善される。
また、一次再結晶焼鈍の加熱過程を急速加熱すると、鋼板表層下に形成される内部酸化層の形態が変化して、仕上焼鈍中のMgOの焼結が抑制される。その結果、MgOの粒径が微細なまま保持されて、嵩密度も高まらないため、鋼板の変形応力を緩和する効果が生じて、しわ状の形状不良も改善されると考えられる。
なお、内部酸化層の形態変化は、仕上焼鈍中のコイル上側面部の内部酸化層の剥離を引き起こすため、急速加熱は耳伸び不良を助長するが、これによる悪影響は、仕上焼鈍の加熱過程での保定処理によるコイル内温度均一化効果やMgOからの水和水分の排出促進効果によって最小限に抑えることができる。
【0029】
さらに、仕上焼鈍炉のコイル受台への断熱材の敷設により側歪が改善される理由は、断熱材の敷設により、コイル受台の外周部が上面側に反り返るような熱変形を防止することができるので、コイルとコイル受台との間の摩擦が緩和されるためであると考えられる。すなわち、断熱材を敷設しない場合には、コイル受台上部の熱がコイルに奪われるため、受台上部より下部の温度が高くなり、受台の上下の熱膨脹差によってコイル受台が上面側に反り返るような変形が起こる。ここで、コイル受台の外周部に断熱材を敷設した場合には、コイルによる熱吸収が抑制されるため、コイル受台の変形を防止することができる。また、コイル受台に多少の反りが生じたとしても、断熱材が緩衝材となるので、コイルの変形をより効果的に防止することができる。
なお、コイル受台に断熱材を敷設すると、コイル下側面からの入熱が抑制されて、コイル上側面および外周面からの入熱が増すため、コイル内の温度の不均一が増大する懸念があるが、これは、保定処理と組み合わせることで、均一化できるため、しわ状の形状不良が助長されることもない。
【0030】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の素材となる鋼スラブの成分組成について説明する。
本発明が用いる方向性電磁鋼板用の鋼スラブは、公知の成分組成を有するものであればよく、また、二次再結晶を起こさせるためのインヒビタ成分の含有の有無を問わない。
したがって、例えば、インヒビタを利用する場合で、AlN系インヒビタを利用するときには、AlおよびNを、また、MnS・MnSe系インヒビタを利用するときには、MnとSeおよび/またはSを適正量含有させることができる。勿論、両インヒビタを併用してもよい。なお、インヒビタを利用する場合の具体的なAl,N,SおよびSeの添加量は、それぞれAl:0.01〜0.065mass%、N:0.005〜0.012mass%、S:0.005〜0.03mass%、Se:0.005〜0.03mass%の範囲とするのが好ましい。
一方、インヒビタを使用しない場合には、Al,N,SおよびSeの含有量を制限する必要があり、具体的には、Al,N,SおよびSeは、それぞれAl:0.0100mass%以下、N:0.0050mass%以下、S:0.0050mass%以下、Se:0.0050mass%以下に制限するのが好ましい。
【0031】
次に、本発明で用いる鋼スラブの上記インヒビタ以外の基本成分について説明する。
C:0.15mass%以下
Cは、熱延板組織の改善のためには、含有していることが好ましい。しかし、0.15mass%を超えて含有すると製造過程での脱炭焼鈍で、磁気時効の起こらない0.0050mass%以下までCを低減することが難しくなる。よって、Cは0.15mass%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.10mass%以下である。なお、Cの下限値は、Cを含まない素材でも二次再結晶させることができるので、特に設定する必要はない。
【0032】
Si:2.0〜8.0mass%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を低減するのに有効な元素であり、十分な鉄損低減効果を得るためには、2.0mass%以上含有させるのが好ましい。一方、8.0mass%を超える添加は、磁束密度の低下を招くだけでなく、圧延性が著しく低下し、製造することが難しくなる。よってSiは2.0〜8.0mass%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、2.8〜4.0mass%の範囲である。
【0033】
Mn:0.005〜1.0mass%
Mnは、熱間加工性を改善する上で必要な元素であり、0.005mass%以上添加するのが好ましい。一方、1.0mass%を超える添加は、磁束密度の低下を招く。よって、Mnは0.005〜1.0mass%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.03〜0.3mass%の範囲である。
【0034】
次に、上記インヒビタ成分および基本成分以外に、磁気特性を改善するために適宜添加することができる任意の添加成分について説明する。
Ni:0.03〜1.50mass%
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させる有用な元素であり、斯かる効果を得るためには、0.03mass%以上添加するのが好ましい。一方、1.50mass%を超える添加は、二次再結晶が不安定となり、磁気特性が却って劣化するおそれがある。よって、Niを添加する場合には、0.03〜1.50mass%の範囲とするのが好ましい。
【0035】
Sn:0.01〜1.50mass%、Sb:0.005〜1.50mass%、Cu:0.03〜3.0mass%、P:0.03〜0.50mass%、Mo:0.005〜0.10mass%およびCr:0.03〜1.50mass%
Sn,Sb,Cu,P,MoおよびCrは、インヒビタを補強し、磁気特性を向上する効果がある有用な元素である。しかし、上記各成分の含有量が上記下限値未満では磁気特性改善効果が小さく、一方、上記上限値を超えて添加すると、二次再結晶粒の発達が阻害され、磁気特性が劣化するようになる。よって、Sn,Sb,Cu,P,MoおよびCrは、上記の範囲内において1種または2種以上を含有させることが好ましい。
【0036】
なお、本発明で用いる鋼スラブの上記成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の効果を害しない範囲内であれば、他の成分の含有を拒むものではない。
【0037】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の方向性電磁鋼板の素材となる鋼スラブは、上記成分組成を満たすこと以外、特に制限はなく、常法に準じて製造すればよい。
鋼スラブは、その後、所定の温度に再加熱した後、熱間圧延に供するのが通常であるが、鋳造後、再加熱することなく直ちに熱間圧延する直接圧延を行ってもよい。また、薄鋳片の場合には、熱間圧延を省略して、そのまま以降の工程に進めてもよい。
【0038】
熱間圧延して得た熱延板は、その後、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この熱延板焼鈍は、仕上焼鈍の二次再結晶でゴス組織を高度に発達させるため、焼鈍温度を800〜1200℃の範囲として行うのが好ましい。焼鈍温度が800℃未満では、熱間圧延で導入されたバンド組織が残留し、整粒の一次再結晶組織を得ることが難しくなり、二次再結晶粒の発達が阻害される。一方、焼鈍温度が1200℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化し、同様に、整粒の一次再結晶組織を得ることが難しくなるからである。
熱間圧延後あるいは熱延板焼鈍後の鋼板は、その後、酸洗し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延をして、所望の最終板厚の冷延板とする。
【0039】
最終板厚とした冷延板は、その後、一次再結晶焼鈍を施す。
ここで、本発明の製造方法においては、上記一次再結晶焼鈍の加熱過程において、500〜700℃の温度範囲を平均昇温速度:80℃/sec以上で急速加熱することが必要である。この急速加熱によって、仕上焼鈍における二次再結晶を低温で起こさせることができるので、クリープ変形による側歪不良を大幅に低減することができる。好ましい平均昇温速度は、100℃/sec以上である。
なお、上記急速加熱は、上記実験のときのように、一次再結晶焼鈍の加熱過程において行ってもよいが、一次再結晶焼鈍に先立つ別の熱処理において行ってもよく、同様の効果が得られる。
また、一次再結晶焼鈍は、脱炭を兼ねて湿水素雰囲気下で行ってもよい。
【0040】
一次再結晶焼鈍を施した鋼板は、その後、鋼板表面に焼鈍分離剤を塗布し、コイルに巻き取る。
ここで、上記焼鈍分離剤は、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成させる場合には、MgOを50mass%以上含有するものを用いるのが好ましい。一方、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成させない場合には、AlやSiO等を主成分とするものを用いるのが好ましい。
なお、一次再結晶焼鈍後の鋼板は、後述する仕上焼鈍で二次再結晶が開始するまでの間に、インヒビタ効果を強化する目的で、窒化処理を施してもよい。
【0041】
焼鈍分離剤を塗布した鋼板(コイル)は、その後、仕上焼鈍を施す。
ここで、本発明の製造方法においては、この仕上焼鈍の加熱過程の700〜1000℃の温度範囲において、2〜100時間保持する保定処理を施すことが必要である。この保定処理を施すことにより、仕上焼鈍時に発生する耳伸び不良やしわ状不良を大幅に低減することができる。
保定処理温度が700℃未満では、保定処理でコイル内温度分布を均一化しても、その後の昇温で再び温度分布が不均一となってしまうため、形状不良の低減効果が小さい。一方、保定処理温度が1000℃を超えると、その温度に加熱されるまでの間に、形状不良の原因となる焼鈍分離剤MgOの焼結ムラが発生したり、水和水分の排出が不十分なまま1000℃超えまで加熱されるため、やはり形状不良低減効果は小さくなる。好ましくは800〜950℃の温度範囲である。
また、保定処理する時間が、2時間未満ではコイル内温度分布を均一化するには不十分であり、一方、100時間を超えると、コイルに対する熱負荷が大きくなり過ぎて、クリープ変形が大きくなり、却って側歪の不良率が上昇してしまうからである。
【0042】
また、本発明の製造方法においては、上記仕上焼鈍は、コイルを焼鈍炉のコイル受台上面にアップエンドに載置して行うが、この際、形状不良をさらに改善するため、上記コイル受台上面に断熱材を敷設することが重要である。この断熱材の敷設と、前述した一次再結晶焼鈍の加熱過程における急熱処理および仕上焼鈍の加熱過程における保定処理とを組み合わせることにより、耳伸び不良やしわ状不良を悪化させることなく、側歪不良をさらに低減することができる。
【0043】
上記のように、断熱材を敷設する主眼は、側歪を低減することにあるから、断熱材の敷設は、コイル受台上面の外周側から同心円状になるよう断熱材を敷設するのが好ましい。また、コイル受台上面に敷設する断熱材の敷設領域は、コイル受台の半径に対して20%以上とすることが好ましい。敷設領域が半径の20%未満では、側歪不良を低減する効果が十分に得られない。より好ましくは30%以上である。
【0044】
なお、本発明で用いる断熱材の種類については、特に制限はなく、公知のものを用いることができるが、例えば、AlやSiO、MgOなどのセラミックファイバーであれば好適に用いることができる。また、断熱材の厚みは、コイルとコイル受台との直接接触を回避できればよく、5mm以上であれば十分である。ただし、厚くなり過ぎると、コイル受台上面に段差が生じ、新たな形状不良の原因となるので、上限は40mm程度とするのが好ましい。
また、仕上焼鈍では、コイルをコイル受台上に直に載置する場合と、コイルとコイル受台との間にステンレス製あるいは鋳鋼製の円盤状スペーサを挿入する場合とがある。前者の場合、断熱材はコイルとコイル受台との間に敷設するが、後者の場合、断熱材は、スペーサとコイルの間、あるいは、スペーサとコイル受台の間のいずれに敷設してもよい。
【0045】
仕上焼鈍後の鋼板は、その後、絶縁コーティングを塗布し、焼き付ける、あるいは、その焼付けと形状矯正を兼ねた平坦化焼鈍を施して製品板とすることができる。なお、上記絶縁コーティングの種類および平坦化焼鈍の条件は、常法に準じて行えばよく、制限はない。
【実施例】
【0046】
C:0.07mass%、Si:3.3mass%、Mn:0.06mass%、Al:0.006mass%、N:0.003mass%およびSb:0.03mass%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、その鋼スラブを1200℃に加熱後、熱間圧延して板厚:2.6mmの熱延板とし、1000℃で熱延板焼鈍を施した。次いで、上記熱延板を冷間圧延して、最終板厚:0.27mmの冷延板に仕上げた。
次いで、上記冷延板を、500〜700℃の間を昇温速度:100℃/secで700℃まで急速加熱後、冷却する熱処理を施した後、改めて、825℃の温度で、脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍を施した。なお、この一次再結晶焼鈍における500〜700℃間の昇温速度は30℃/secであった。また、比較として、上記冷延板を、急速加熱処理する熱処理を施すことなく、脱炭を兼ねた一次再結晶焼鈍のみを施す例についても実施した。
上記一次再結晶焼鈍を施した鋼板は、その後、鋼板表面にMgO:100質量部に対し、TiOを5質量部添加した焼鈍分離剤をスラリ状にして塗布・乾燥した後、コイルに巻き取り、アップエンド状態にしてバッチ式焼鈍炉のコイル受台上面に載置した。この際、上記コイル受台上面には、コイル受台の半径に対して20%を被覆する断熱材を、外周側から同心円状に敷設した。なお、上記断熱材には、厚さが10mmのAl−SiO系セラミックファイバー製のものを用いた。
その後、表1に示したように、加熱過程の500〜1100℃間において1〜150時間保持する保定処理を施した後、さらに、1200℃まで加熱して10時間均熱保持する、二次再結晶焼鈍と純化焼鈍を兼ねた仕上焼鈍を施した後、張力コーティング処理液を塗布し、830℃の温度で張力コーティングの焼付けと形状矯正を兼ねた平坦化焼鈍を施し、製品コイルとした。
この際、製品コイルの形状を目視観察し、各製造条件ごとの形状不良率((不良長さ/コイル全長長さ)×100(%))を求めた。
【0047】
上記形状不良率の測定結果を表1に併記した。この結果から、一次再結晶焼鈍前に急速加熱する熱処理を行うと共に、仕上焼鈍の加熱過程で保定処理を適正範囲で施した鋼板は、形状不良率が大幅に低減されることがわかる。
【0048】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷間圧延後の方向性電磁鋼板用コイルを一次再結晶焼鈍し、焼鈍分離剤を塗布し、仕上焼鈍する方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記一次再結晶焼鈍の加熱過程における500〜700℃間を80℃/sec以上で急速加熱すると共に、
仕上焼鈍の加熱過程の700〜1000℃間で2〜100時間保持する保定処理を施すことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
上記仕上焼鈍に用いる焼鈍炉のコイル受台の上面に、外周側から同心円状にかつコイル受台の半径の20%以上に、断熱材を敷設して仕上焼鈍することを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
上記一次再結晶焼鈍における急速加熱を、一次再結晶焼鈍に先行する別の熱処理で施すことを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−57118(P2013−57118A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−161136(P2012−161136)
【出願日】平成24年7月20日(2012.7.20)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】