説明

有害赤潮原因藻類の増殖抑制方法

【課題】特定領域の波長を利用した、有害な赤潮の原因となる藻類の増殖を抑制する方法を提供する。
【解決手段】選択的に藻類の増殖を調節する方法であって、選択上有効な特定領域の波長の光を、選択上有効な光強度で照射することを特徴とする方法を提供する。光源としては、550〜670nmにピークを有するLED、好ましくは590nmにピークを有するLEDを用いるとよい。本発明の方法により、珪藻S. costatumの増殖を維持しつつ、渦鞭毛藻H.circularisquama、K.mikimotoiの増殖を抑制することができる。本発明の方法は、クロレラ等の有用微生物の培養、有害赤潮の防止、カキ又は真珠の養殖、水系環境の改善において有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定領域の波長を利用した、有害な赤潮の原因となる藻類の増殖を抑制する方法に関する。本発明の好ましい態様においては、発光ダイオード(LED)装置を利用する。本発明は、養殖産業、環境修復、底質環境の改善等の分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
海の沿岸域や河川・湖沼は、本来生物生産の高い水域である。しかし、近年、生活排水、農薬、産業排水の流入によって富栄養化や汚染が進行し、多くの水域で赤潮が発生するなど、水産生物の生産力の低下が懸念されている。
【0003】
赤潮は、プランクトンの大増殖に伴い、水が、赤色、褐色、黄褐色、緑色等に呈色する現象をいい、原因生物は鞭毛藻類、珪藻などの植物プランクトンである場合が多い。水の呈色は、原因生物の違いによる。赤潮になるプランクトンの密度は原因生物によって異なるが,一般に102〜106cells/ml程度である。プランクトンの大増殖は、富栄養化、水の停滞、日射量の増大、水温の上昇などの要因の複合的な作用によると考えられている。
【0004】
赤潮が多く発生するのは、閉鎖系の海域で、春から秋にかけてであり、ときに養殖産業に被害を与える。その機序としては、赤潮プランクトンが鰓を閉塞するなどの機械的障害のほか、その死滅分解による急激な酸素消費による酸素不足、原因プランクトンの生産する体内・体外毒素による中毒等が挙げられる。毒素を生産するプランクトンによってホタテガイやアサリなどの食用貝類が毒化すると、麻痺性又は下痢性の食中毒の原因となることもある。
【0005】
養殖産業に被害を与えるような、有害な赤潮の原因となるプランクトンには、Karenia mikimotoi(カレニア・ミキモトイ)(旧称Gymnodinium mikimotoi(ギムノディニウム・ミキモトイ))及びCochlodinium polykrikoides(コックロディニウム・ポリクリコイデス)(数千cells/mlになると魚介類が斃死するおそれがある。)、Chattonella antiqua(シャトネラ・アンティカ)(100cells/mlを越すと魚が斃死するおそれがある。)、Chattonella marina(シャトネラ・マリーナ)(100cells/mlを越すと魚が斃死するおそれがある。)、Heterosigma akashiwo(ヘテロシグマ・アカシオ)(10万cells/mlを越すと魚が斃死するおそれがある。)等がある。近年では、貝類に被害を与える赤潮が西日本の内湾で発生するようになってきた。Heterocapsa circularisquama(ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ)は、二枚貝に大量死を引き起こす渦鞭毛藻のプランクトンであり、1992年に英虞湾全域で赤潮を形成し、養殖アコヤガイの約3〜6割を斃死させた。以後、分布を拡大し、広島湾のカキ養殖業、熊本県や福岡県のアサリ養殖業等に深刻な被害を与えてきた。
【0006】
一方、水中の環境修復や底質環境の改善等を目的として、水系生物に光を照射することが検討されてきた。例えば、青色光の照射により、Stephanopyxis turrisにおけるクロロフィル、クロロプラスト数、光合成によるCO2固定が増加傾向にあること(非特許文献1);発光ダイオードを太陽光の代わりに緑藻類の連続培養に利用すると、従来用いてきた蛍光灯よりも経済面から優秀であること(非特許文献2);白、青、緑、黄、赤、遠赤系列の波長(ハロゲンランプとでバンドフィルターとを使用)を用いたところ、青色波長でHaslea ostreariaの増殖が促進されること(非特許文献3);青色波長等でChaetoceros sp.又は珪藻類に生育上の変化がみられたこと(非特許文献4、5);光ファイバーを用い、底層貧酸素の改善を試みたこと(非特許文献6)等が報告されてきている。
【0007】
また、水系生物に対して発光ダイオードによる特定領域の波長を照射することに関しては、発光ダイオードによって励起波長が420〜520nm、540〜580nm及び640〜740nmの光を順次水中に照射し、クロロフィル色素を有する水中の植物プランクトン量、フィコビリン色素を有する藍藻量、水中懸濁物質量を定量することを特徴とする水中のプランクトンセンサ(特許文献1);藻類を水槽内に収納する第1段階と、前記藻類に赤色系の特定波長の光(高輝度赤色(発光波長660nm)を放射する発光ダイオード)を照射し増殖させる第2段階と、前記藻類に青色系の特定波長の光(青色(発光波長450nm)を放射する発光ダイオード)を照射し増殖を抑制する第3段階とを備えたことを特徴とする藻類養殖方法(特許文献2);藻類中に含まれるクロロフィルaの比吸光度が60以上を示す波長の発光ダイオードによる単色光(詳細には、630〜690nmの単色光(赤色光)及び/又は400〜460nmの単色光(青色光、紫色光))を藻類培養液に照射して、藻類の増殖を促進させると共に、その増殖速度を一定に保持させることを特徴とする藻類の培養方法、又は前記藻類培養液に発光ダイオードによる400〜500nmの単色光(紫色、青色、緑色)を照射してカロチノイドの光合成を促進させることを特徴とする藻類の培養方法、又は前記藻類培養液に発光ダイオードによる500〜630nmの単色光(緑色、黄色、橙色)を照射してフィコシアニンの光合成を促進させることを特徴とする藻類の培養方法(特許文献3); 水槽内を照らす、500〜600nmにピーク波長をもつ緑色光を発光する光源を有する照明装置により、薬剤を用いずに、水槽の壁面につく藻類の発生を抑制し、水草の育成をほどよく抑制方法(特許文献4)等が検討されている。
【0008】
他方で、鞭毛藻と珪藻とは、共に植物プランクトンであるが、両者が同時に高い密度で共存することが見られないことから、この関係を利用して赤潮の発生を防止しようとする技術が検討されてきた。珪藻は、赤潮の原因となることもあるが、他の生物に悪影響を与えることはなく、光合成をして有機物を作り出し、水界では生態系を支える主要な生産者であって、貝類の餌ともなる。例えば、特許文献5は、生分解性高分子又は生分解性高分子組成物からなる生分解性基材の表面で珪藻類を増殖させる技術を開示する。ここでは、生分解性基材を日光があたる海水表面近くの海水中に設置し、その際、生分解性基材の表面積を、珪藻類の繁殖活性期間と生分解性基材の表面分解期間とがほぼ同等になるように設定することや、生分解性基材として、珪藻類の繁殖活性期間とその表面分解期間とがほぼ同等になる生分解性基材、例えばR−3−メチル−4−オキサ−6−ヘキサノリドとε−カプロラクトンとの共重合体を用いることが提案されている。そしてこの技術によれば、珪藻類の生産を生分解性基材の表面を利用して行うので、有害物が発生せず、海(湖)域を汚染することなく赤潮の予防が可能となるとしている。また、特許文献6は、植物プランクトンを休眠状態とし、所定期間の保存及び/又は所定場所への移送を行った後、休眠状態にあった休眠期細胞又はシストを栄養細胞にする技術を提供する。そして、このような技術により、植物プランクトンを有効に、有害赤潮の発生防止や養殖漁業における貝類等の餌料などに利用することができるとしている。
【先行技術文献】
【0009】
【非特許文献1】Jeffrey S.W., Vesk M. 1977. Effect of blue-green light on photosynthetic pigments and chloroplast structure in the marine diatom Stephanopyxis turris. 13: 271-279
【非特許文献2】Matthijs H.C.P., Balke H., Hes U.M.V., Kroon B. M. A. Mur L.R. Binot R. A. 1996 Application of light-emitting diodes in bioreactors: flashing light effects and energy economy in algal culture. Biotechnology and Bioengineering 50: 98-107
【非特許文献3】Mouget J.-L., Rosa P., Tremblin G. 2004. Acclimation of Haslea ostrearia to light of different spectral qualities -confirmation of ‘chromatic adaptation’ in diatoms. Journal of Photochemistry and Photobiology B: Biology 75: 1-11
【非特許文献4】Sanchez-Saavedra M.P., Voltolina D. 1994. The chemical composition of Chaetoceros sp. (Bacillariophyceae) under different light conditions. Comp. Biochem. Physiol. 107B: 39-44
【非特許文献5】Mercado J.M., Sanchez-Saavedra M.P., Correa-Reyes G., Lubian L., Montero O., Figueroa F.L. 2004. Blue light effect on growth, light absorption characteristics and photosynthesis of five benthic diatom strains. Aquatic Bontany 78: 265-277
【非特許文献6】Ruangdej U., Fukami K. 2004. Stimulation of photosynthesis and consequent oxygen production in anoxic bottom water by supply of low-intensity light through an optical fiber. Fisheries Science 70: 421-429
【特許文献1】特開平8−15157号公報
【特許文献2】特開平11−266727号公報(特許3384742号)
【特許文献3】特開2002−315569号公報
【特許文献4】特開2003−169566号公報
【特許文献5】特開2002−272309号公報
【特許文献6】特開2002−281848号公報
【発明の開示】
【0010】
本発明者等は、魚介類に有害な赤潮の発生機構の解明やその被害軽減策に関する研究を行ってきた。そして環境修復や底質環境の改善のためにハロゲンランプなどを水中で照射し、海の一次生産性を高めることを試してきた。しかし、複数の波長の光を照射することは、海の生産性を高めるプランクトンのみではなく、有害・有毒なプランクトンも同時に増殖させる(本明細書の実施例3等を参照)。そこで、本発明者等は、特定領域の波長を作り出すことが可能である発光ダイオード(LED)を用いて種々の検討を行った。その結果、植物プランクトンが光の波長に依存する固有の増殖特性を有していることを見いだし、本発明を完成した。
【0011】
本発明は、選択的に藻類の増殖を調節する方法であって、選択上有効な特定領域の波長の光を、選択上有効な光強度で照射することを特徴とする方法を提供する。
本明細書でいう「調節」することには、特別な場合を除き、抑制すること及び促進することの両方が含まれ、「選択的に」調節することには、ある藻類(一種以上)の増殖は維持する(促進するか、又は抑制しない)が、別の藻類(一種以上)の増殖は抑制することが含まれる。
【0012】
本明細書で「藻類」というときは、特別な場合を除き、通常の意味で用いており、これには、渦鞭毛藻(綱)、ラフィド藻(綱)(緑色鞭毛藻(綱))、珪藻(綱)、緑藻(綱)が含まれる。また、「渦鞭毛藻」には、Peridinium(ペリジニウム目)渦鞭毛藻であるHeterocapsa circularisquamaが含まれ、またGymnodiniales(ギムノジニウム目)渦鞭毛藻であるKarenia mikimotoiが含まれる。「ラフィド藻(緑色鞭毛藻)」には、Raphidomonadales(ラフィドモナス目)であるHeterosigma akashiwoChattonella antiquaChattonellamarinaが含まれる。「珪藻」には、Centrales(中心目)珪藻であるSkeletonema costatum(スケレトネマ・コスタータム)が含まれる。「緑藻」には、Chlorococcales(クロロコックム目)緑藻であるクロレラが含まれる。
【0013】
本発明の方法により、選択的に増殖が抑制される藻類の好ましい例は、ギムノジニウム目又はペリジニウム目に属する渦鞭毛藻、ラフィドモナス目に属するラフィド藻であり、より好ましくは、Heterocapsa属、Karenia属、Heterosigma属又はCochlodinium属に属する渦鞭毛藻又はラフィド藻であり、さらに好ましくはHeterocapsa circularisquamaKarenia mikimotoiHeterosigma akashiwo及びCochlodinium polykrikoidesである。
【0014】
本発明の方法において用いられる「特定領域の波長の光」とは、太陽光、蛍光灯、ハロゲンランプ等のような可視部領域の広い領域にわたって発光スペクトル分布を有する光ではなく、比較的狭い波長領域に発光スペクトル分布を有する光をいう。これには、一般にいう単色光、例えば紫色光(400〜450nm)、青色光(450〜500nm)、緑色光(500〜570nm)、黄色光(570〜590nm)、橙色光(590〜600nm)及び赤色光(600〜760nm)、本明細書の実施例で用いたようなLEDを光源とする光が含まれる。
【0015】
本発明の方法においては、特定領域の波長を照射することができる限り、光源は問わないが、半導体を用いることができ、特にLEDを好適用いることができる。550〜680nmに発光スペクトルピークを有するLEDを光源とする光、例えば、568nm、590nm、623nm、644nm又は660nm付近に発光スペクトルのピークを有するLEDを光源とする光(本明細書では、単に、「発光波長568nmのLED光」または「568nmのLED光」等ということもある。)は、少なくとも一種の珪藻の増殖は抑制しないが、渦鞭毛藻の一種以上の増殖を抑制し、有害赤潮発生を抑制することを目的とする場合に、特に有用である。
【0016】
550〜650nmの範囲内の波長の光を照射することにより、あるいは500〜700nmにピークを有するLED光を照射することにより、好ましくは550〜650nmにピークを有するLED光を照射することにより、より好ましくは560〜620nmにピークを有するLEDを照射することにより、さらに好ましくは580〜600nmにピークを有するLEDを照射することにより、そのような領域の光の吸収能力が比較的高い珪藻の増殖を維持しつつ、そのような領域の光の吸収能力が低いHeterocapsa circularisquamaKarenia mikimotoiCochlodinium polykrikoides及び/又はHeterosigma akashiwoの増殖を選択的に抑制する方法は、本発明の好ましい実施態様の一つである。このような場合、例えば、563〜573nm、585〜595nm、618〜628nm、639〜649nmにピークを有するLED光が、好適に使用可能である。
【0017】
550〜660nmの範囲内の波長の光を照射することにより、あるいは500〜720nmにピークを有するLED光を照射することにより、好ましくは550〜700nmにピークを有するLED光を照射することにより、より好ましくは560〜680nmにピークを有するLEDを照射することにより、さらに好ましくは580〜600nm又は650〜670nmにピークを有するLEDを照射することにより、そのような光の吸収能力が比較的高い珪藻の増殖を維持しつつ、そのような光の吸収能力が低いKarenia mikimotoiの増殖を選択的に抑制する方法は、本発明の好ましい実施態様の一つである。このような場合、例えば、563〜573nm、585〜595nm、618〜628nm、639〜649nm、655〜665nmにピークを有するLED光が、好適に使用可能である。
【0018】
本発明の方法においては、特定領域の波長の光は、選択的な増殖調節のために有用な光強度で照射される。光強度の設定には、増殖を調節しようとする藻類についての、補償光強度及び/又は最大増殖速度が得られる光強度を考慮するとよい。例えば、ある藻類の増殖は維持しつつ、別の藻類の増殖は抑制しようとする場合には、増殖を維持したい藻類の補償光強度以上(好ましくは、増殖を維持しようとする藻類の補償光強度以上であって、増殖を抑制しようとする藻類の補償光強度以下)の光強度で、特定領域の波長の光を照射することができる。
【0019】
補償光強度及び最大増殖速度が得られる光強度は、当業者であれば、対象とする藻類や環境に応じて、従来技術により適宜求めることができる。
特定領域の波長の光の照射は、明暗周期を有する条件(例えば、自然条件もしくは自然を模した条件)下で、又は暗条件(他に光源がない条件)下で、周期的に、又は24時間連続で行うことができる。
【0020】
特定領域の波長の光の照射は、有益な珪藻の増殖を維持しつつ、H. circularisquamaの増殖を抑制しようとする場合は約75μmol m-2 s-1、また有益な珪藻の増殖を維持しつつ、K. mikimotoiの増殖を抑制しようとする場合は、約100μmol m-2 s-1で、24時間連続で行うとよいであろう。
【0021】
湾、湖等の自然界において本発明の方法を実施する場合、特定領域の波長の光を照射する広さ、深さ(例えば、養殖事業を行っている場所をカバーする程度)、時期(例えば、渦鞭毛藻の細胞数が増加傾向にある頃)、期間(例えば、〜数日、〜数週間、〜数ヶ月)等は、当業者であれば適宜設計することができる。また、特定領域の波長の光は、水上から照射してもよく、水中で照射してもよい。
【0022】
本発明の方法は、クロレラ等の有用微生物の培養、有害赤潮の防止、カキ又は真珠の生産、水系環境の改善のために有用である。
【実施例1】
【0023】
<様々な波長による植物プランクトンの培養実験1>
(1) 供試生物及び培養条件:
実験には、渦鞭毛藻 Heterocapsa circularisquama(広島湾から分離した株)、珪藻 Skeletonema costatum(国立環境研究所微生物系統保存施設から分譲された株;strain number N324)を用いた。培養には、福岡県沖ノ島の海水(33psu)をGF/F(Whatman社、1825 047)でろ過して数ヶ月間保存したものを基本海水とし、珪酸を除いたf/2培地を使用した(下表)。
【0024】
【表1】

【0025】
培地の塩分は超純水を加えて30 psuとし、pHはHCl又はNaOHを加えてpH8.0に調整した。継代培養は温度25℃、光強度200μmol m-2 s-1(明暗周期12L:12D;昼色蛍光灯;National社、FHF32EX-N-H)で行った。
【0026】
なお、本実施例では、微生物や化学などの汚染を防ぐため、ガラス製品は30%HClで1日処理後、洗浄し、オートクレーブ(202kPa、20分)で無菌処理した。また、すべで作業はクリーンベンチで行った。
【0027】
(2)発光ダイオード(LED)装置:
市販のLED装置(東芝セミコン、日亜化学、ローム又は豊田合成製)を用い、近紫外線領域、可視光領域、そして近赤外領域を含む、405、470、505、525、568、590、623、644、660nmの9種類の光を照射した。各波長の発光スペクトル分布を図1に示す。
【0028】
(3) 様々な波長による植物プランクトンの増殖
前培養は水温25℃、光強度約10〜15μmol m-2 s-1、明暗周期14L:10Dで行った。前培養から得られた対数増殖期の細胞を、f/2培地を10mlずつ分注したネジ口試験管に、H. circularisquamaは約500cells/ml、S. costatumは約1000cells/mlとなるように接種した。そして水温25℃、それぞれの波長のLED光を光強度10〜15μmol m-2 s-1、明暗周期14L:10Dで照射しながら培養した。戴きますよう
培養期間中は毎日2回攪拌し、培養開始から毎日同時刻に、0.1mlをSedgewick-Rafter counting chamberに取り、細胞数を倒立顕微鏡(Nikon、Type-210)下で計数した。比増殖速度(μ)は対数増殖期の細胞密度を用いて、次の式により計算した。各3回実験を行ったので、それらの平均値を計算に用いた。但し、それぞれの設定条件下で行った3回の実験のうち、増殖の明らかに異なった結果は計算から除外した。
【0029】
【数1】

【0030】
式中、N0は対数増殖初期の細胞密度(cells/ml)、Ntは対数増殖終期の細胞密度(cells/ml)、Δtは対数増殖の期間 (day)を表す。
(4) 結果
結果を図2に示した。H. circularisquamaは、405、470、505、525、644及び660nmで増殖したが、568、590及び623nmでは増殖しなかった。他方、S. costatumは、405、470、505、525、568、623、644及び660nmで増殖したが、590nmでは増殖しなかった。
【実施例2】
【0031】
<様々な波長による植物プランクトンの培養実験2>
実施例1の再現性を確認するため、同様の実験を行った。但し、H. circularisquamaS. costatumとも、約100cells/mlとなるように接種した。
【0032】
結果、S. costatumの赤い波長帯(623nm、644nm、660nm)での増殖が観られなくなった(図3A)が、接種量を、実施例1と同様に1000cells/mlとしたところ、644nm及び660nmで増殖が観られるようになった(図3B)。
【実施例3】
【0033】
<光強度による影響1>
光強度が植物プランクトンの増殖に与える影響を検討した。
S. costatumは約 100〜500 cells/ml、H. circularisquamaは約 100〜500 cells/mlで接種し、昼色蛍光灯により光強度15、50、75、100、200、250μmol m-2 s-1(Li-Cor社製 LI-250で測定)、明暗周期 12L:12Dで、他の点は実施例1と同様の条件で、それぞれを培養した(図4)。
【0034】
また、比増殖速度を求め、光強度に対してプロットした(図5)。図5及び下式より、本実験条件でのS. costatum及びH. circularisquamaの補償光強度は、それぞれ1.00μmol m-2 s-1及び12.1μmol m-2 s-1であった。
【0035】
【数2】

【0036】
式中、μは比増殖速度(d-1)、μmは最大比増殖速度(d-1)、Iは光強度(μmol m-2 s-1)、I0は補償光強度(μmol m-2 s-1)、Ksはμmの1/2の値が得られる光強度を表す。
【実施例4】
【0037】
<様々な波長による植物プランクトンの培養実験3>
実施例3の結果から、実施例1及び2の培養は、補償光強度より低い光強度で行ったことが分かったため、LED光強度を75μmol m-2 s-1として、実施例1及び2と同様の実験を行った。
【0038】
前培養は、水温25℃で光強度約200μmol m-2 s-1、明暗周期12L:12Dで行った。前培養から得られた対数増殖期の細胞を、H. circularisquamaS. costatumとも約100cells/mlとなるように接種し、そして水温25℃、それぞれの波長のLED光を、光強度75μmol m-2 s-1、明暗周期12L:12Dで照射しながら培養した。
【0039】
結果を図6に示した。H. circularisquamaは、405、470、505、525、660nmで増殖したが、590、623、644nmでは増殖しなかった。他方、S. costatumは、590nmでも充分な増殖が見られ、623、644nmでも増殖した。590、623、644nmのLED光の照、特に590nmのLED光の照射が、有害渦鞭毛藻の増殖を抑え、有益な珪藻を増殖させるのに有益であることが分かった。
【実施例5】
【0040】
<590nmのLEDの光強度による影響2>
590nmのLED光を照射する場合において、光強度が植物プランクトンの増殖に与える影響を検討した。
【0041】
590nmのLED光を様々な光強度で照射し、他の条件は実施例3と同様にして、S. costatum及びH. circularisquamaを培養した。
結果を図7に示した。S. costatumが最大に近い比増殖速度で増殖可能な光強度75μmol m-2 s-1において、H. circularisquamaの増殖がほぼ完全に抑制された。
【実施例6】
【0042】
<自然環境を模した培養実験>
自然環境におけるLEDによる有害プランクトン増殖の制御可能性を調べるため、590nm波長を用いる培養系を構築した。
【0043】
供試生物としては、水温25℃、昼色蛍光灯(National、FHF32EX-N-H)を光強度200μmol m-2 s-1、明暗周期12L:12D(6時〜18時明期)で照射して前培養したH. circularisquama、及びS. costatumを用いた(入手先は実施例1と同じ)。
【0044】
100cells/mlになるように各々の生物を接種し、太陽光に相当する光源として蛍光灯(National、FHF32EX-N-H)を、光強度100μmol m-2 s-1、明暗周期12L:12Dで照射する一方、590nmのLED(Lumileds lighting社、LXHL-ML1D)を光強度70μmol m-2 s-1で24時間照射しながら、約10日間培養した。培養瓶は、空気交換に優れ、培養期間中のpHの変化がほとんどない孔径0.02μmのバイオフィルター付き組織培養フラスコ(Cellstar、260 ml)を用いた。
【0045】
対照として、蛍光灯(光強度100μmol m-2 s-1、明暗周期12L:12D)のみを照射して、増殖を調べた。
結果を図8に示した。S. costatumは、590nmのLEDを照射した場合にも、対照と同様の増殖が観察されたが、H. circularisquamaの増殖は、590nmのLEDの照射により抑制された。
【実施例7】
【0046】
<590nmのLEDが他の鞭毛藻の増殖に及ぼす影響>
590nmのLEDを他の鞭毛藻で照射した場合、増殖に与える影響を検討した。他の鞭毛藻としては渦鞭毛藻K. mikimotoi(福岡県箱崎港から分離した株)とC. polykrikoides(大分県猪串湾から分離した株)、ラフィド藻のH. akashiwo(福岡県箱崎港から分離した株)であった。 培養条件は590nmのLED光強度を75μmol m-2 s-1(明暗周期12L:12D)とし、水温25℃、塩分30psuで行った。前培養から得られた対数増殖期の細胞を、各々約100cells/mlとなるように接種し、培養した。
【0047】
結果を図9に示した。K. mikimotoiC. polykrikoidesH. akashiwoともH. circularisquamaと同様、590nmのLED光の照射で増殖が抑制された。
【実施例8】
【0048】
<吸収スペクトルの比較>
QFT(Quantitative Filter Technique)法にしたがって(Sosik H.M. (1999): Storage of marine particulate samples for light-absorption measurements. Limnol. Oceanogr. 44, 1139-1141参照)、S. costatumH. circularisquamaH. akashiwoK. mikimotoiの吸収スペクトルを得た(図10)。
【0049】
H. circularisquamaK. mikimotoiは、590nmのLED光により照射される550〜650nmの領域(図1参照)で吸収が低いことが確認された。
また、K. mikimotoiは、660nm付近の領域でも吸収能力が低いため、K. mikimotoiの増殖を抑えるためには、660nmのLED光も使用可能であることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、培養実験(実施例1)に用いた、9種類(405、470、505、525、568、590、623、644、660nm)のLDE光の分光分布を示した図である。例えば、590nmのLED光を用いた場合、550〜650nmの領域の図に示した分布の光が照射されることとなる。
【図2】図2は、様々な波長のLED光を照射した場合の供試生物の比増殖速度を示したグラフである(25℃、10〜15μmol m-2 s-1、14L:10D)。H. circularisquamaは、405、470、505、525、644及び660nmで増殖したが、568、590及び623nmでは増殖しなかった。他方、S. costatumは、405、470、505、525、568、623、644及び660nmで増殖したが、590nmでは増殖しなかった(実施例1)。
【図3】図3は、S. costatumの比増殖速度を示したグラフである。約100cells/mlとなるように接種して培養を開始したところ、赤い波長帯(623nm、644nm、660nm)でのS. costatumの増殖が観られなくなったが(図3左)、実施例1と同様に1000cells/mlとしたところ、644nm及び660nmでの増殖が観られるようになった(図3右)(実施例2)。
【図4】図4は、光強度が植物プランクトンの増殖に与える影響を表したグラフである(実施例3)。
【図5】図5は、実施例3により得られた比増殖速度を光強度に対してプロットしたグラフである。本実験条件でのS. costatum及びH. circularisquamaの補償光強度は、それぞれ1.00μmol m-2 s-1及び12.1μmol m-2 s-1であった。
【図6】様々な波長のLED光を照射した場合の供試生物の比増殖速度を示したグラフである(25℃、75μmol m-2 s-1、12L:12D)。H. circularisquamaは、405、470、505、525、660nmで増殖したが、590、623、644nmでは増殖しなかった。他方、S. costatumは、590nmでも充分な増殖が見られ、623、644nmでも増殖した。590、623、644nmのLED光の照、特に590nmのLED光の照射が、有害渦鞭毛藻の増殖を抑え、有益な珪藻を増殖させるのに有益であることが分かった(実施例4)。
【図7】図7は、590nmのLED光の下でのS. costatum及びH. circularisquamaの増殖曲線を表したグラフである。S. costatumが最大に近い比増殖速度で増殖可能な光強度75μmol m-2 s-1において、H. circularisquamaの増殖がほぼ完全に抑制された。
【図8】図8は、自然環境を模した培養実験における供試生物の増殖を示したグラフである。S. costatumは、590nmのLEDを照射した場合にも、対照と同様の増殖が観察されたが、H. circularisquamaの増殖は、590nmのLEDの照射により抑制された。(実施例6)。
【図9】図9は、光強度75μmol m-2 s-1の590nmのLED光照射によるKarenia mikimotoiCochlodinium polykrikoides及びHeterosigma akashiwoの増殖の抑制を示すグラフである。これらの鞭毛藻でもまた、590nmのLEDの照射により増殖が抑制された(実施例7)。
【図10】図10は、QFT法により得られた供試生物の吸収スペクトルを比較した図である。H. circularisquamaK. mikimotoiは、590nmのLED光により照射される550〜650nmの領域で吸収が低く、また、K. mikimotoiは、660nm付近の領域でも吸収能力が低かった(実施例8)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
選択的に藻類の増殖を調節する方法であって、選択上有効な特定領域の波長の光を、選択上有効な光強度で照射することを特徴とする方法。
【請求項2】
光源が、発光ダイオード(LED)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
光源が、550〜720nmにピークを有するLEDである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
少なくとも一種の珪藻(好ましくは、中心目に属する珪藻)の増殖は抑制しないが、渦鞭毛藻(好ましくは、ギムノジニウム目又はペリジニウム目に属する渦鞭毛藻)の一種以上の増殖を抑制するものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
珪藻がスケレトネマ・コスタータム(Skeletonema costatum)であり、渦鞭毛藻がヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ(Heterocapsa circularisquama)、カレニア・ミキモトイ(Karenia mikimotoi)、コックロディニウム・ポリクリコイデス(Cochlodinium polykrikoides)及びヘテロシグマ・アカシオ(Heterosigma akashiwo)からなる群から選択される一種以上である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
特定領域の波長の光を照射することにより、選択的に藻類の増殖を調節することを特徴とする、有害赤潮の防止方法。
【請求項7】
特定領域の波長の光を照射することにより、選択的に藻類の増殖を調節することを特徴とする、カキ又は真珠の生産方法。
【請求項8】
特定領域の波長の光を照射することにより、選択的に藻類の増殖を調節することを特徴とする、水系環境の改善方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−68419(P2007−68419A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−256175(P2005−256175)
【出願日】平成17年9月5日(2005.9.5)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】