説明

有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法

【課題】
原料の有機カルボン酸エステルから光学活性有機カルボン酸を得るための、微生物由来の立体選択性を有するリパーゼを用いた、効率性に優れ工業的に実施可能な製造方法を確立して提供する。
【解決手段】
有機カルボン酸エステルの加水分解反応を、反応有機溶媒中に含まれる水分濃度が1重量%以下、かつ生成したアルコールを系外に除くような条件の下で行うことによって、有機カルボン酸エステルから光学純度に優れた光学活性有機カルボン酸を高い収率で簡便に製造することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物由来の立体選択性を有するリパーゼを用いた、有機カルボン酸エステルからの効率的に優れた光学活性有機カルボン酸の製造方法に関する。光学活性を有する有機カルボン酸は、薬理面で光学活性が要求される医薬品の合成原料等として重要である。
【背景技術】
【0002】
リパーゼは水中でカルボン酸エステルの加水分解反応を触媒するだけでなく、有機溶媒中でもカルボン酸とアルコールからのエステル化反応、カルボン酸エステルとアルコールからのエステル交換反応を触媒し、食品産業や様々な工業分野で広く利用されている。リパーゼは一般的に有機溶媒に対する耐性が高く、有機溶媒中でも活性が低下しにくい性質を有するが、加水分解反応に用いる有機カルボン酸エステルが水に不溶または難溶である場合が多いため、有機溶媒を用いた反応系の開発に関し、種々の検討がなされている。
【0003】
リパーゼの有機溶媒中での熱安定性に関する研究も従来行われており、有機溶媒中では水中と比べて熱安定性が飛躍的に向上することが一般的に知られている。しかしながら、有機溶媒中でリパーゼを用いてカルボン酸エステルの加水分解反応を行うべく系内に水を添加すると、リパーゼの安定性が低下し、十分満足できる結果を得ることができない場合がある。系内に添加する水の量を、リパーゼの安定性に影響しない程度に少量にして反応を行うこともできるが、加水分解反応が平衡反応であるため、この程度の少量の水の添加では、高収率で加水分解反応を完結させることは困難である。
【0004】
この問題を解決するため、カルボン酸エステルを水と僅かにしか混和し得ない有機溶媒中に溶解し、溶液を水含有ヒドロゲル(ポリアクリルアミドゲル、多糖類ゲル等)と接触させて水で飽和し、これをリパーゼと接触させて加水分解を水の消費と共に行い、有機相の水の飽和を反応が完結するまで続けることを特徴とする方法が示されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、この方法は加水分解反応の生成物であるカルボン酸が反応液中に存在し、加水分解平衡で反応が完結しないという欠点がある。
この欠点を解決するために有機溶媒中の反応液を塩基性水相と接触させることにより、形成されたカルボン酸を塩として水相中に抽出しカルボン酸を加水分解平衡から除去し、かつ有機相を水で飽和させながら反応を完結させる方法が同じく特許文献1で開示されている。この方法は微量含水有機溶媒中で加水分解反応の平衡を効率的に移動させて反応を完結させることができる優れた方法であるが、この方法を実際に試すと、加水分解反応液へ塩基性水相の塩基が混入し、酵素的加水分解でなく化学的な加水分解が起こり、生成物であるカルボン酸の鏡像異性体過剰率が低下してしまうという問題を伴った。
【0005】
一方、カルボン酸エステルと光触媒を水と僅かにしか混和し得ない有機溶媒中に溶解し、有機溶媒をリン酸緩衝水溶液と接触させリン酸緩衝水溶液で飽和し、これをリパーゼと接触させて紫外線照射下に加水分解を行い、反応で生じたアルコールを光触媒反応で分解することで反応の平衡をずらす方法が示されている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、この方法は、アルコールの分解過程で生じるアルデヒド、例えばホルムアルデヒドやアセトアルデヒドによってリパーゼ活性が阻害されてしまうので、実際に工業的に用いられる手法とはいえない。
【0006】
【特許文献1】特開平5−130881号公報
【非特許文献1】Enzyme and Microbial Technology 26 (2000) 137-141 J.-Y. Xin et al.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、従来技術の上記したような課題を解決し工業的に実施可能な、微生物由来の立体選択性を有するリパーゼを用いた、有機溶媒中での有機カルボン酸エステルの加水分解方法、およびそれによって得られた製品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、かかる課題を解決するため鋭意検討を重ね、本発明に到達した。即ち、リパーゼを用いて有機カルボン酸エステルを立体選択的に加水分解するに際して、加水分解反応で生じるアルコールを、有機溶媒と共に蒸留することによって反応系外に留去した後、留出液を水と接触させてアルコールを水中に除去し、得られた含水有機溶媒を反応系に戻すことで、反応系に含まれる水分濃度が1重量%以下に保たれ、高収率、高選択率で光学活性有機カルボン酸を製造できるようになることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明には、特許文献1のように加水分解反応が平衡状態で止まってしまう現象や、塩基性水相による化学的加水分解で鏡像異性体過剰率が低下するといった現象は見られず、有機カルボン酸の生成が、高い鏡像異性体過剰率を保ちつつ終点まで進むという優位点がある。また、非特許文献1のように加水分解反応自体に関係ないもの(酸化チタン、紫外線)を使用しないので、反応系内に不純物となるものが残留せず、分離精製が容易であるという優位点がある。さらには、本発明は蒸留塔と反応釜といった簡略な装置だけでプロセスが組め、特別な装置を要さないという工業生産上の優位点もある。
【0010】
即ち、本発明は以下に示す(1)〜(9)の項目からなる。
(1)微生物由来の立体選択性を有するリパーゼを用いて有機カルボン酸エステルのエステル結合を加水分解するに際して、該酵素反応を含水率1重量%以下の有機溶媒中、生成したアルコールを留去しながら行うことを特徴とする、有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
(2)有機カルボン酸エステルが、式(1)で表される6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸エステルである、(1)に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【化1】

(但し、式中のRはメチル基またはエチル基である。)
(3)有機カルボン酸エステルが、式(2)で表されるN−置換−インドリン−2−カルボン酸エステルである、(1)に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【化2】

(但し、式中のRはメチル基またはエチル基、Rはホルミル基、アセチル基、メトキシカルボニル基、tert−ブトキシカルボニル基またはベンジルオキシカルボニル基である。)
(4)有機カルボン酸エステルが、式(3)で表されるN−置換−ピペコリン酸エステルである、(1)に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【化3】

(但し、式中のRはメチル基またはエチル基、Rはホルミル基、アセチル基、tert−ブトキシカルボニル基またはベンジルオキシカルボニル基である。)
(5)有機溶媒がジエチルエーテル、n−プロピルエーテル、イソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテルおよびn−ブチルエーテルから選ばれる1種以上である、(1)に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
(6)エステル結合の加水分解によって生成したアルコールを有機溶媒とともに留去した後、流出液を水洗してアルコールを除き、得られた含水有機溶媒を酵素反応系に還流する、(1)または(5)に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
(7)含水有機溶媒が水飽和有機溶媒である、(6)記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
(8)リパーゼが、キャンディダ属に属する微生物由来のものである、(1)に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
(9)リパーゼが、キャンディダ アンタルクチカ由来のものである、(8)に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、有機溶媒中でのリパーゼを用いた有機カルボン酸エステルの立体選択的な加水分解を工業的規模で実施し、製品を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に用いることができる有機カルボン酸エステルは、有機溶媒中で、微生物由来の立体選択性を有するリパーゼを用いて酵素的に加水分解することが可能なものである。このような有機カルボン酸エステルとは、飽和脂肪酸や不飽和脂肪酸のエステル、芳香族カルボン酸エステル、キラルビルディングブロックや合成中間体として有用な光学活性有機カルボン酸エステル、または光学活性有機カルボン酸エステルとなるキラル中心を持った有機カルボン酸エステル等が挙げられる。
具体的な例としては、6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸、N−置換−インドリン−2−カルボン酸、N−置換−ピペコリン酸、N−置換−ピロリジン−2−カルボン酸、ヒドロキシ(フェニル)酢酸、2−(6−メトキシ−2−ナフチル)−プロピオン酸、フルルビプロフェン、6−ヒドロキシ−5,7,8−トリメチルクロマン−2−カルボン酸、クロマン−2−カルボン酸、テトラリン−2−カルボン酸、テトラヒドロフラン−2−カルボン酸、3,3,3−トリフルオロ−α−ヒドロキシイソ酪酸等のエステルが挙げられる。
【0013】
エステルの炭化水素基を具体的に挙げれば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、tert−ブチル、n−アミル、n−ヘキシル、n−オクチル、2−エチルヘキシル、シクロヘキシル、フェニルまたはベンジル基等が好ましい例であり、特に好ましいのはメチルまたはエチル基である。
【0014】
本発明の加水分解反応は有機溶媒中で行い、反応中の水分濃度を有機溶媒に対して1重量%以下に保つことを特徴とする。加水分解反応の速度を上げようと、水分量がこれより多い状態で反応すると、リパーゼ活性の低下を招く。特に、光学分割を目的とした、キラル中心を持った有機カルボン酸エステルを基質として加水分解を行う場合、水を有機溶媒に対し1重量%より多く保った状態で反応してしまうと、水が多い状態にもかかわらず加水分解反応の反応速度が低下してしまい、さらに生成物の光学活性有機カルボン酸の鏡像異性体過剰率も著しく低下するといった、リパーゼの基質特異性の悪化が見られることがある。なお、反応中の水分は下記に述べる方法で常に補うことが可能であるので、反応開始時点での水分濃度としては、反応基質である有機カルボン酸エステルの等モル以下、例えば0.01重量%程度あれば十分に反応は進む。
【0015】
本発明の加水分解反応は反応の平衡をずらすために、生成するアルコールを有機溶媒と共に蒸留によって反応系外に抜き出すことを特徴とする。なお、蒸留で抜き出した分だけ新規の有機溶媒を添加して加水分解反応を継続することも可能であるが、この方法で加水分解反応を行うと有機溶媒の使用量、廃液量が多くなるといった欠点がある。本発明の加水分解として好ましい方法は、蒸留で抜き出した有機溶媒とアルコールを水と接触させることで選択的にアルコールを水に抽出し、有機溶媒のみを反応系に戻す方法である。この方法で加水分解反応を行うと、アルコールを選択的に反応系外に抜き出せ、有機溶媒の効率的な利用が可能となるだけでなく、さらに水と接触し1重量%程度含水した有機溶媒、例えば水飽和有機溶媒を反応系に戻すことで、加水分解反応で消費した水分と共沸で留去した水分を補い、水分濃度を1重量%以下に保つことが可能となり効率的に加水分解反応を行える。
【0016】
加水分解反応によって生成するアルコールとしては適度な沸点を持ち、容易に蒸留でき、水と混和するものが好ましく、このようなアルコールとしてはメタノール、エタノール、n−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、2−メチルー1−プロパノール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタオール等が好ましい例であり、特に好ましいのはメタノール、エタノールである。
【0017】
加水分解反応に用いる有機溶媒としては、使用するリパーゼの活性を低下させず、反応基質を溶解し、適度な沸点を持ち、容易に蒸留でき、水と僅かにしか混和し得ないものが好ましい。水と混和する有機溶媒は、還流時に有機溶媒に含まれる水分量が多くなり、反応中の水分濃度が高くなってしまい本反応を行うには不適当である。具体的な例としてはイソプロピルエーテル等のエーテル類、n−ヘキサノール等の炭素数6以上の脂肪族アルコール類、イソオクタン、トルエン等の脂肪族および芳香族炭化水素類、酢酸エチル等のエステル類が挙げられ、特に好ましいのはn−プロピルエーテル、イソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテル、n−ブチルエーテルであり、これらの有機溶媒は1種または2種以上を混合して用いることも可能である。
【0018】
本発明に使用できるリパーゼとしては、目的とする有機カルボン酸エステルを有機溶媒中で立体選択的に加水分解する能力を有するものであればよく、具体的な例としては、キャンディダ(Candida)属、バークホルデリア(Burkholderia)属、シュードモナス(Pseudomonas)属またはアスペルギルス(Aspergillus)属に属する微生物が産生するリパーゼが挙げられる。リパーゼの形態は特に限定されず、リパーゼを含有する微生物細胞、リパーゼ、担体に固定化した固定化リパーゼを用いることが出来る。
【0019】
リパーゼは製造ロットごとに活性が異なり、なおかつその形態によっても活性が異なることがある。リパーゼの使用量は、使用するリパーゼの活性に応じて、目標とする反応収率と反応時間に適合するように適宜決めることができる。
【0020】
加水分解の反応温度は通常30〜100℃が好ましく、特に60〜80℃が好ましい。リパーゼは反応に際し好適な温度範囲を有しているため、使用するリパーゼに応じて30〜100℃の範囲で好適な温度を選ぶことができる。一般的に反応温度が高いほど反応速度論的には有利であるが、温度が高すぎるとリパーゼの活性低下が起こる。
加水分解の反応圧力に制限はなく、加圧、常圧、減圧のいずれでもよく、使用する有機溶媒の沸点と生成するアルコールの沸点と反応温度に応じて適宜決めればよい。
【実施例】
【0021】
以下、実施例および比較例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものでない。
なお、原料の有機カルボン酸エステルと得られた光学活性有機カルボン酸の収率および光学純度は、光学分割カラムOD−H (ダイセル化学工業製)を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析した。また、微生物由来の立体選択性を有するリパーゼとしては、Candida Antracticaのリパーゼを担体に固定化したCHIRAZYME L−2、c−f、C2(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)、またはNovozyme435(ノボザイムス社製)を使用した。
【0022】
実施例1
6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸メチルからの(S)−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸の製造
原料の6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸メチル6.0g、シクロペンチルメチルエーテル36g、tert−ブチルメチルエーテル18g、水0.32g(シクロペンチルメチルエーテルとtert−ブチルメチルエーテルの重量の和に対して0.6重量%)、CHIRAZYME L−2、c−f、C2 2.0gを200mLのガラスフラスコに仕込んだ。ガラスフラスコに熱電対、撹拌羽、ディーンスターク管、還流管を取り付け、系内を不活性ガスで置換した後、オイルバスで反応液を80℃に昇温し、回転数150rpmで22時間反応させた。反応中、留出したメタノールと溶媒は水中をくぐらせ、メタノールを水中に除去し溶媒は反応系内に還流させた。
反応系へ還流する有機溶媒に含まれる水分量は1重量%で、反応中のフラスコ内の水分量は0.05重量%となった。反応終了後、反応液をHPLCで分析し、原料中の(S)−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸メチルエステルから、転化率95.6%、光学純度99.0%eeで(S)−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸が生成していることを確認した。
【0023】
実施例2
6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸エチルからの(S)−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸の製造
6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸エチル6.0g、シクロペンチルメチルエーテル36g、tert−ブチルメチルエーテル18g、水0.32g(シクロペンチルメチルエーテルとtert−ブチルメチルエーテルの重量の和に対して0.6重量%)、CHIRAZYME L−2、c−f、C2 2.0gを200mLのガラスフラスコに仕込んだ。ガラスフラスコに熱電対、撹拌羽、ディーンスターク管、還流管を取り付け、系内を不活性ガスで置換した後、オイルバスで反応液を80℃に昇温し、回転数150rpmで48時間反応させた。反応中、留出したエタノールと溶媒は水中をくぐらせ、エタノールを水中に除去し溶媒は反応系内に還流させた。反応系へ還流する有機溶媒に含まれる水分量は1重量%で、反応中のフラスコ内の水分量は0.05重量%となった。反応終了後、反応液をHPLCで分析し、原料中の(S)−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸エチルから、転化率94.4%、光学純度は98.8%eeで(S)−6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸が生成していることを確認した。
【0024】
実施例3
N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチルからの(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸の製造
N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチル3.0g、シクロペンチルメチルエーテル60g、tert−ブチルメチルエーテル30g、水0.54g(シクロペンチルメチルエーテルとtert−ブチルメチルエーテルの重量の和に対して0.6重量%)、Novozyme435 1.0gを200mLのガラスフラスコに仕込んだ。ガラスフラスコに熱電対、撹拌羽、ディーンスターク管、還流管を取り付け、系内を不活性ガスで置換した後、オイルバスで反応液を80℃に昇温し、回転数150rpmで48時間反応させた。反応中、留出したメタノールと溶媒は水中をくぐらせ、メタノールを水中に除去し溶媒は反応系内に還流させた。反応系へ還流する有機溶媒に含まれる水分量は1重量%で、反応中のフラスコ内の水分量は0.05重量%となった。反応終了後、反応液をHPLCで分析し、原料中の(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチルから、転化率93.4%、光学純度98.9%eeで(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸が生成していることを確認した。
【0025】
実施例4
N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチルからの(S)−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸の製造
N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチル6.0g、ジイソプロピルエーテル54g、水0.32g(ジイソプロピルエーテルに対して0.6重量%)、CHIRAZYME L−2、c−f、C2 2.0gを200mLのガラスフラスコに仕込んだ。ガラスフラスコに熱電対、撹拌羽、ディーンスターク管、還流管を取り付け、系内を不活性ガスで置換した後、オイルバスで反応液を69℃(沸点温度)に昇温し、回転数150rpmで24時間反応させた。反応中、留出したメタノールと溶媒は水中をくぐらせ、メタノールを水中に除去し溶媒は反応系内に還流させた。反応系へ還流する有機溶媒に含まれる水分量は1重量%で、反応中のフラスコ内の水分量は0.04重量%となった。反応終了後、反応液をHPLCで分析し、原料中の(S)−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸メチから、転化率95.0%、光学純度98.0%eeで(S)−N−tert−ブトキシカルボニルピペコリン酸が生成していることを確認した。
【0026】
比較例1
N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチル0.20g、シクロペンチルメチルエーテル3.80g、CHIRAZYME L−2、c−f、C2 0.20gを25mLのガラスバイアルに加えたものを5本用意し、それぞれに水20mg、29mg、40mg、50mg、60mg(それぞれシクロペンチルメチルエーテルに対して、実施例5:0.5重量%、0.8重量%または1.0重量%、比較例1:1.3重量%1または1.6重量%)、80℃、150rpm(振盪)で6時間反応させた。反応液のHPLCの分析結果を表1と図1に示す。水分量を多くすると(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチルの転化率は低下し、生成する(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸の光学純度も低下した。
【0027】
【表1】

【0028】
比較例2
N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチル0.20g、シクロペンチルメチルエーテル3.80g、水22mg(シクロペンチルメチルエーテルに対して0.6重量%)、CHIRAZYME L−2、c−f、C2 0.20gを25mLのガラスバイアルに加え、生成したメタノールを留去することなく80℃、150rpm(振盪)で6時間反応させた。反応終了後、反応液をHPLCで分析すると、原料中の(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチルの転化率は56.4%にとどまり、反応時間を延ばしてもこれ以上反応は進まなかった。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】溶媒中の含水率と(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチルの転化率と光学純度との関係を示す(比較例1)。
【符号の説明】
【0030】
●−●:(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチルの転化率
■−■:(S)−N−アセチルインドリン−2−カルボン酸メチルの光学純度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物由来の立体選択性を有するリパーゼを用いて有機カルボン酸エステルのエステル結合を加水分解するに際して、該酵素反応を含水率1重量%以下の有機溶媒中、生成したアルコールを留去しながら行うことを特徴とする、有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【請求項2】
有機カルボン酸エステルが、式(1)で表される6−ヒドロキシ−2,5,7,8−テトラメチルクロマン−2−カルボン酸エステルである、請求項1に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【化1】

(但し、式中のRはメチル基またはエチル基である。)
【請求項3】
有機カルボン酸エステルが、式(2)で表されるN−置換−インドリン−2−カルボン
酸エステルである、請求項1に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【化2】

(但し、式中のRはメチル基またはエチル基、Rはホルミル基、アセチル基、メトキシカルボニル基、tert−ブトキシカルボニル基またはベンジルオキシカルボニル基である。)
【請求項4】
有機カルボン酸エステルが、式(3)で表されるN−置換−ピペコリン酸エステルである、請求項1に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【化3】

(但し、式中のRはメチル基またはエチル基、Rはホルミル基、アセチル基、tert−ブトキシカルボニル基またはベンジルオキシカルボニル基である。)
【請求項5】
有機溶媒がジエチルエーテル、n−プロピルエーテル、イソプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、シクロペンチルメチルエーテルおよびn−ブチルエーテルから選ばれる1種以上である、請求項1に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【請求項6】
エステル結合の加水分解によって生成したアルコールを有機溶媒とともに留去した後、流出液を水洗してアルコールを除き、得られた含水有機溶媒を酵素反応系に還流する、請求項1または5に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【請求項7】
含水有機溶媒が水飽和有機溶媒である、請求項6記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【請求項8】
リパーゼが、キャンディダ属に属する微生物由来のものである、請求項1に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。
【請求項9】
リパーゼが、キャンディダ アンタルクチカ由来のものである、請求項8に記載の有機カルボン酸エステルからの光学活性有機カルボン酸の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−278930(P2009−278930A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−135300(P2008−135300)
【出願日】平成20年5月23日(2008.5.23)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】