説明

有機ケイ素化合物中のケイ素の分析方法

【課題】本発明にあっては、黒鉛炉原子吸光法により有機ケイ素化合物中に含まれる極微量なケイ素を高感度で再現よく測定する分析方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明にあっては、有機ケイ素化合物中のケイ素量を黒鉛炉原子吸光法により測定する分析方法であって、有機ケイ素化合物が溶媒に溶解又は分散された試料液を黒鉛炉内に注入する工程と、加熱により溶媒を除去する工程と、マトリックス修飾剤が溶媒に溶解または分散された修飾液を黒鉛炉内に注入する工程と、加熱により溶媒を除去する工程と、黒鉛炉内の有機ケイ素化合物を灰化、原子化し、ケイ素の吸光度を測定する工程とを順に備えることを特徴とする有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は黒鉛炉原子吸光法により、ケイ素を含む有機ケイ素化合物中のケイ素元素を、高感度かつ再現性よく定量分析する手法に関する。
【背景技術】
【0002】
ケイ素を含む有機ケイ素化合物は医学や工学の分野などの多岐の分野で応用されており、塗料・プラスチックなどの性能向上を中心に広範囲にわたって使用されている。その中で、ケイ素を微量含む有機ケイ素化合物中のケイ素の定量分析方法は近年重要な技術となっている。一般に有機ケイ素化合物中のケイ素の分析は、赤外分光分析法(IR)、核磁気共鳴法(NMR)、ガスクロマトグラフィー法、熱分解ガスクロマトグラフィー法などを用いることができる。しかしながら、いずれの分析方法も再現性が悪く、かつ有機ケイ素化合物中に含まれる微量のケイ素量の定量分析となると、極めて困難であった。
【0003】
そこで、微量元素の定量分析に向いている黒鉛炉原子吸光法により有機ケイ素化合物中のケイ素元素を定量する分析手法が提案されている。しかしながら、黒鉛炉原子吸光法により有機ケイ素化合物中に含まれるケイ素を無機ケイ素化合物と同様に定量分析しようとすると、無機ケイ素化合物に含まれるケイ素に比べ、有機ケイ素化合物中に含まれるケイ素は感度が劣るため定量することが非常に難しい。
【0004】
このように、有機ケイ素化合物中に含まれるケイ素の感度が無機ケイ素化合物中に含まれるケイ素の感度と比較して劣る原因は、揮発性の違いにあると考えられる。有機ケイ素化合物は無機ケイ素化合物に比べ揮発性が非常に高く、黒鉛炉原子吸光法で分析する際、昇温段階における比較的低温の溶媒除去段階で有機ケイ素化合物成分が揮散してしまっていることが考えられる。
【0005】
有機ケイ素化合物中のケイ素が昇温段階で揮散してしまうという現象を抑制することができれば、有機ケイ素化合物も無機ケイ素化合物と同様に、黒鉛炉原子吸光分析装置で感度よくケイ素量を定量することが可能となる。そこで目的元素を特定の経路を経て原子化させる方法において、マトリックス修飾剤を添加する方法が用いられる。また、黒鉛炉材の炭素と耐火性の炭化物の生成により原子化を妨げられてしまうことによって、感度の低下が生じる場合がある。このような感度低下に対しては、黒鉛炉の表面をあらかじめパイロ化や炭化物にするため黒鉛炉表面をコーティング処理し、更にマトリックス修飾剤を添加する方法が用いられる。
【0006】
マトリックス修飾剤を用いた原子吸光法による実施例は、これまで無機ケイ素化合物中のケイ素量測定の場合を主として報告されている。有機ケイ素化合物中のケイ素濃度を原子吸光法により高感度に測定する手法についてはあまり報告例がない。その中で、引用文献1では、黒鉛炉原子吸光分析装置のキュベット内部に予め炭酸ナトリウムをコーティングし、後から注入した有機シリコーンと反応させ、ケイ酸ナトリウムとしてケイ素量を定量する手法が報告されている。また、特許文献2には、化学修飾剤としてあらかじめ黒鉛炉内に白金族化合物を添加し、その後から試料を注入することで、系外へ揮散しやすい低分子環状シロキサンの生成を抑制し、感度よくシリコーン中のケイ素量の定量を行う手法が報告されている。
【0007】
【特許文献1】特開2001−221742号公報
【特許文献2】特開2001−221741号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
図1に、無機ケイ素化合物と有機ケイ素化合物中に含まれるケイ素の濃度と黒鉛炉原子吸光法によって同一条件で測定されるケイ素由来の波長の吸光度との関係のグラフを示した。黒鉛炉原子吸光法により、無機ケイ素化合物と同様の手順で数十ppbと極微量な有機ケイ素化合物中のケイ素を定量しようとすると、無機ケイ素化合物と比較して1/20〜1/50と非常に感度が劣ることが分かる。また繰り返し測定を行ったところ再現性が悪く、有機ケイ素化合物中に含まれる極微量なケイ素量を定量することが困難であった。
【0009】
本発明にあっては、黒鉛炉原子吸光法により有機ケイ素化合物中に含まれる極微量なケイ素を高感度で再現よく測定する分析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために請求項1記載の発明としては、有機ケイ素化合物中のケイ素量を黒鉛炉原子吸光法により測定する分析方法であって、有機ケイ素化合物が溶媒に溶解又は分散された試料液を黒鉛炉内に注入する工程と、加熱により溶媒を除去する工程と、マトリックス修飾剤が溶媒に溶解または分散された修飾液を黒鉛炉内に注入する工程と、加熱により溶媒を除去する工程と、黒鉛炉内の有機ケイ素化合物を灰化、原子化し、ケイ素の吸光度を測定する工程とを順に備えることを特徴とする有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法とした。
【0011】
また、請求項2記載の発明としては、前記マトリックス修飾剤が、白金、硝酸パラジウム、硝酸ロジウムのいずれかから選択されることを特徴とする請求項1記載の有機ケイ素化合物中のケイ素の分析方法とした。
【0012】
また、請求項3記載の発明としては、前記黒鉛炉に注入される前記修飾液の注入量が、前記黒鉛炉に注入される前記試料液の注入量の1.5倍以上3倍以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法とした。
【0013】
また、請求項4記載の発明としては、前記修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が、前記試料液におけるケイ素の重量濃度の100倍以上1500倍以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法とした。
【0014】
また、請求項5記載の発明としては、前記加熱により溶媒を除去する工程が、230℃以上400℃以下の範囲内で加熱する工程を含むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法とした。
【発明の効果】
【0015】
請求項1記載の分析方法を用いて有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析をおこなうことにより、有機ケイ素化合物中に含まれる極微量なケイ素を高感度で再現よく測定することができた。請求項1記載の分析方法にあっては、有機ケイ素化合物が溶媒に溶解又は分散された試料液を黒鉛炉内に注入し、加熱により溶媒を除去したあとに、マトリックス修飾剤が溶媒に溶解または分散された修飾液を黒鉛炉内に注入することを特徴とする。黒鉛炉原子吸光法においてマトリックス修飾剤を用いることにより、測定試料である有機ケイ素化合物中のケイ素元素とマトリックス修飾剤との間で高融点化合物を形成することができる。そのため、有機ケイ素化合物中のケイ素含有成分が溶媒除去工程等で揮発することなく、高感度で再現性良くケイ素量の分析をおこなうことができた。また、試料液を注入し溶媒を除去した後に修飾液を黒鉛炉に注入することにより、測定試料である有機ケイ素化合物が周りへ飛散することなくマトリックス修飾剤とケイ素元素との間で高融点化合物を形成することができるため、バラツキを軽減し再現よく定量分析することができた。
【0016】
また、請求項2記載の分析方法を用いて有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析をおこなうことにより、有機ケイ素化合物中に含まれる数十ppb程度の極微量なケイ素をさらに再現よく測定することができた。請求項2の分析方法にあっては、マトリックス修飾剤として白金、硝酸パラジウム、硝酸ロジウムいずれかを用いることを特徴とする。このとき、測定試料である有機ケイ素化合物中のケイ素元素とマトリックス修飾剤との間で高融点化合物を効率よく形成することができ、有機ケイ素化合物中に含まれる極微量なケイ素をさらに再現よく測定することができた。
【0017】
また、請求項3記載の分析方法を用いて有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析をおこなうことにより、有機ケイ素化合物中に含まれる数十ppb程度の極微量なケイ素をさらに再現よく測定することができた。請求項3記載の分析方法にあっては、黒鉛炉に注入される修飾液の注入量が、黒鉛炉に注入される試料液の注入量の1.5倍以上3倍以下であることを特徴とする。黒鉛炉に注入される修飾液の注入量が試料液の注入量の1.5倍に満たない場合には、黒鉛炉内の有機ケイ素化合物を修飾液で十分に浸すことができなくなることがあり、このとき、黒鉛炉原子吸光法により測定されるケイ素量の結果の再現性が低下することがある。また、黒鉛炉に注入される修飾液の注入量が試料液の注入量の3倍を超える場合には、修飾液注入後の溶媒の除去工程に時間がかかりすぎることがあり、また、溶媒が残存することによりケイ素量の測定結果の再現性が低下することがある。黒鉛炉に注入される修飾液の注入量を上記範囲内とすることにより、バラツキを軽減し再現よく定量分析することができた。
【0018】
また、請求項4記載の分析方法を用いて有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析をおこなうことにより、有機ケイ素化合物中に含まれる数十ppb程度の極微量なケイ素をさらに再現よく測定することができた。請求項4記載の分析方法にあっては、修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が、試料液におけるケイ素の重量濃度の100倍以上1500倍以下であることを特徴とする。修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が試料液におけるケイ素の重量濃度の100倍に満たない場合には、マトリックス修飾材としての効果が得られず有機ケイ素化合物中のケイ素量を感度良く、再現性良く測定することができなくなってしまうことがある。また、修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が、試料液におけるケイ素の重量濃度の1500倍を超える場合には、修飾液中の不純物によりバックグラウンド値が大きくなるため、自己吸収により感度が低下し再現性が低下してしまうことがある。黒鉛炉に注入される修飾液の濃度を上記範囲内とすることにより、バラツキを軽減し再現よく定量分析することができた。
【0019】
また、請求項5記載の分析方法を用いて有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析をおこなうことにより、低分子有機ケイ素化合物の影響を除去し、測定試料中の高分子量の有機ケイ素化合物に含まれるケイ素量を精度良く測定することができた。黒鉛炉原子吸光分析装置を用いて高分子有機ケイ素化合物中のケイ素量を定量しようとすると、低分子量の有機ケイ素化合物である低分子量環状シロキサンが測定時あるいは抽出時に環境中から混入することがある。有機ケイ素化合物中の高分子量の有機ケイ素化合物由来のケイ素量のみを定量をしたい場合に、この環状シロキサンが定量分析の妨げになってしまうことがあった。
【0020】
低分子量環状シロキサンとは−(Si(CH−O)−単位が環を巻いた環状シロキサンを指し、単位が3個からなる3量体をD3、4量体はD4といい、ここでいう低分子量環状シロキサンとはD3〜D6の環状シロキサンを指し、これらは環境中に容易に存在する。また、このような低分子量の有機ケイ素化合物はシリコーンの原料であり、オイルや液状ゴムなどの製品となった後にもその一部が製品内に微量に残存することある。そのため、高分子量の有機ケイ素化合物由来のケイ素量の定量分析を目的とした場合、このような低分子量環状シロキサンがコンタミとして混在することで正確なケイ素量を定量することが難しくなることがある。
【0021】
請求項5記載の分析方法にあっては、加熱により溶媒を除去する工程が230℃以上400℃以下の範囲内で加熱する工程を含むことを特徴とし、通常の溶媒除去温度よりも高温で溶媒除去をおこなうことにより、D3〜D6の環状シロキサンを溶媒とともに除去することができ、有機ケイ素化合物中の高分子量の有機ケイ素化合物由来のケイ素量のみを測定することができた。なお、加熱温度が400℃を超える場合にあっては、高分子量の有機ケイ素化合物中のケイ素も揮発する可能性があり、好ましくない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法について詳しく説明する。本発明は黒鉛炉原子吸光法により有機ケイ素化合物中の微量なケイ素量を高精度に定量分析する手法である。図2に本発明の黒鉛炉原子吸光法による分析方法のフローチャートを示した。
【0023】
従来の方法によると、マトリックス修飾剤を用いて有機ケイ素化合物を定量しようとした場合、化学修飾剤は予め黒鉛炉内に添加したのち試料が黒鉛炉内に添加される。このようにマトリックス修飾剤を用いて原子吸光法で定量する場合、予め黒鉛炉内に添加する手法が一般的である。しかしながら、本発明では、極微量な有機ケイ素化合物中のケイ素量の測定を課題としており、図2のフローチャートに示すように、マトリックス修飾剤より先に測定試料を最初に添加し溶媒除去をおこなうことを特徴とする。その後から修飾剤を添加することで、測定試料である有機ケイ素化合物が周りへ飛散することなく、バラツキを軽減し再現よく微量のケイ素量を定量することが可能となる。
【0024】
試料液を黒鉛炉内に添加した後に、修飾液を添加することで、測定試料である有機ケイ素化合物とケイ素元素との間で高融点化合物を生成し、灰化段階で共存物質を揮発させるため、揮発性の高い有機ケイ素化合物でも溶媒除去段階や灰化温度で揮発することなく、原子化まで持っていくことが可能となる。そのため、このような修飾剤を添加することにより、これまで低感度のため測定が困難であった有機ケイ素化合物中の極微量のケイ素量を高感度に測定することが可能となった。
【0025】
本発明の測定材料であるケイ素を含む有機ケイ素化合物としては、例えば、シリコーン系材料を挙げることができる。ただし、有機ケイ素化合物中にケイ素が含まれていればこれに限定されるものではない。有機ケイ素化合物が溶媒に溶解または分散された試料液は、黒鉛炉内に注入される。溶媒は測定試料である有機ケイ素化合物に応じて適宜選択される。
【0026】
本発明において、マトリックス修飾剤としては、白金、硝酸パラジウム、硝酸ロジウムを用いることができる。ただし、白金、硝酸パラジウム、硝酸ロジウム以外にも、白金、パラジウム、ロジウム元素を含む水溶性または有機溶媒に可溶である形態の化合物を用いることができる。本発明にあっては、マトリックス修飾剤は溶媒に溶解または分散され修飾液とされ、修飾液が黒鉛炉内に注入される。本発明の分析方法にあっては、特にマトリックス修飾剤が溶媒に溶解または分散された修飾液として、原子吸光分析用の白金標準液を好適に用いることができる。原子吸光分析用の白金標準液にあっては、最もケイ素の混入が少なく高感度に定量することができ、本発明の修飾液として好適に用いることができる。
【0027】
(表1)に本発明の黒鉛炉原子吸光法により測定する有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法のおける温度条件の一例を表したものを示す。表1において、Ramp timeは昇温時間を示し、Hold timeは保持時間を示す。
【0028】
【表1】

【0029】
(表1)において、黒鉛炉に試料液を注入後、溶媒除去を目的として、試料液は110℃、130℃の2段階で加熱される。次に、修飾液が注入され、溶媒除去を目的として、110℃、130℃の2段階で加熱される。次に、測定試料である有機ケイ素化合物は、1200℃で灰化される。そして、原子化工程においてケイ素の吸光度が測定される。ケイ素の吸光度測定においては分析波長251.6nm、希ガスとしてアルゴンを用いアルゴンガス流量を250ml/minとしておこなうことができる。
【0030】
原子化工程において吸光度を測定し、予め標準液で作成した数十ppbから数百ppbの範囲の検量線から、試料液に含まれるケイ素量、有機ケイ素化合物中に含まれるケイ素量を求めることができる。また、原子化工程後には、次の測定のためにクリーンアウト工程が設けられる。クリーンアウト工程は2450℃で3秒おこなえばよいがこれに限定されるものではない。本発明の加熱温度及び分析波長、希ガス流量は(表1)や明細書の記載に限定されるものではなく、測定試料に応じて適宜変更される。
【0031】
本発明にあっては、黒鉛炉に注入される修飾液の注入量が、黒鉛炉に注入される試料液の注入量の1.5倍以上3倍以下であることが好ましい。黒鉛炉に注入される修飾液の注入量を上記範囲内とすることにより、バラツキを軽減し再現よく定量分析することができる。黒鉛炉に注入される修飾液の注入量が試料液の注入量の1.5倍に満たない場合には、黒鉛炉内の有機ケイ素化合物を修飾液で十分に浸すことができなくなることがあり、このとき、黒鉛炉原子吸光法により測定されるケイ素量の結果の再現性が低下することがある。また、黒鉛炉に注入される修飾液の注入量が試料液の注入量の3倍を超える場合には、修飾液注入後の溶媒の除去工程に時間がかかりすぎることがあり、また、溶媒が残存することにより測定されるケイ素量の結果の再現性が低下することがある。
【0032】
本発明にあっては、修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が、試料液におけるケイ素の重量濃度の100倍以上1500倍以下であることが好ましい。黒鉛炉に注入される修飾液の濃度を上記範囲内とすることにより、バラツキを軽減し再現よく定量分析することができる。修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が、試料液におけるケイ素の重量濃度の100倍以上1500倍以下であることを特徴とする。修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が試料液におけるケイ素の重量濃度の100倍に満たない場合には、マトリックス修飾材としての効果が得られず有機ケイ素化合物中のケイ素量を感度良く、再現性良く測定することができなくなってしまうことがある。また、修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が、試料液におけるケイ素の重量濃度の1500倍を超える場合には、修飾液中の不純物によりバックグラウンド値が大きくなるため、自己吸収により感度が低下し、再現性が低下してしまうことがある。
【0033】
(表2)に本発明の黒鉛炉原子吸光法により測定する有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法のおける温度条件の一例を表したものを示す。
【0034】
【表2】

【0035】
(表1)に示した温度条件と比較して(表2)の測定条件にあっては、溶媒除去工程における加熱温度が230℃である加熱工程を含むことを特徴とする。(表2)の測定条件のように加熱により溶媒を除去する工程における加熱温度を230℃以上400℃以下の範囲内でおこなうことにより、D3〜D6の環状シロキサンを溶媒とともに除去することができ、測定試料中の高分子量の有機ケイ素化合物に含まれるケイ素量のみを測定することができる。
【0036】
(表2)の温度条件のように、溶媒除去工程において230℃以上の高温での加熱による溶媒除去工程を設けることにより、溶媒除去とあわせてD3〜D6の環状シロキサンといった低分子量のケイ素含有有機化合物成分を除去することが可能となる。なお、溶媒除去工程における加熱温度が400℃を超える場合にあっては、低分子量のケイ素含有有機化合物成分だけでなく、高分子量の有機ケイ素化合物中のケイ素が除去される可能性があり、好ましくない。
【0037】
本発明にあっては、少なくとも試料液注入後で修飾液注入前の加熱による溶媒除去工程において230℃以上の高温で加熱する工程を含むことが好ましい。さらには、230℃以上の高温で加熱して溶媒を除去する工程は、試料液注入後で修飾液注入前の加熱による溶媒除去工程、修飾液注入後の加熱による溶媒除去工程の両方において含むことがより好ましい。
【0038】
修飾液を黒鉛炉内へ注入した後の溶媒除去温度を高温にすることによって、高分子量の有機ケイ素化合物中のケイ素のみの定量分析が可能となる。さらには、(表1)に示した溶媒除去温度の低い温度条件についても測定することで、この定量値から(表2)に示した溶媒除去温度が高い温度条件における定量値を差し引くことで、低分子量のケイ素を含む有機ケイ素化合物の定量値も把握する事が可能となる。なお、このような有機ケイ素化合物中に含まれる高分子量のケイ素のみ定量を行う場合、有機ケイ素化合物を溶解又は分散させるための溶媒は沸点が69℃と比較的沸点が低いヘキサンを溶媒として用いるのが好ましい。
【0039】
以上のようなマトリックス修飾剤を用いた黒鉛炉原子吸光測定方法によると、数十ppbと高分子量の有機ケイ素化合物中に含まれる極微量なケイ素量のみを高感度かつ高精度に定量することが可能となる。
【実施例】
【0040】
<実施例1、比較例1>
無機ケイ素化合物からなる原子吸光分析用ケイ素標準水溶液を用いて、ケイ素濃度が40、70、120、200ng/mlのケイ素溶液の吸光度を測定し、吸光度とケイ素濃度の検量線を得た。
次に、ケイ素含有有機ケイ素化合物としてシリコーン材料であるポリジメチルシロキサン(Mw=9,430/DMPS2C−100G(SIGMA製))を用意し、このポリジメチルシロキサンをヘキサン溶媒と混合し、ケイ素の濃度が40、70、120、200ng/mlに調整された試料液を用意した。
修飾液として、原子吸光分析用白金標準液を用い、白金濃度が20μg/mlに調整された修飾液を用意した。
【0041】
・実施例1
ケイ素の濃度が40、70、120、200ng/mlに調整された試料液を黒鉛炉原子吸光分析装置内の黒鉛炉に10μm注入し、加熱により溶媒を除去した後に、白金濃度が20μg/mlに調整された修飾液を20μm注入した。その後、加熱による溶媒除去工程、灰化工程を経て、原子化工程により分析波長251.6nm、アルゴンガス流量250ml/minで吸光度を測定し、ケイ素標準溶液の測定により求めた検量線からケイ素量を定量した。このとき、加熱温度は(表1)に示した温度条件の値を用いた。
・比較例1(修飾液を注入せず測定)
ケイ素の濃度が40、70、120、200ng/mlに調整された試料液を黒鉛炉原子吸光分析装置内の黒鉛炉に10μm注入し、加熱による溶媒除去工程、灰化工程を経て、原子化工程により分析波長251.6nm、アルゴンガス流量250ml/minで吸光度を測定し、ケイ素標準溶液の測定により求めた検量線からケイ素量を定量した。このとき、加熱温度は(表1)に示した温度条件のうち、工程4を除いた加熱温度を用いた。
【0042】
(実施例1)と(比較例1)のケイ素量の測定結果のグラフを図3に示した。マトリックス修飾剤を用いることで高感度に測定が可能となり、無機ケイ素化合物の場合と同等に有機ケイ素化合物中に含まれるケイ素量の定量が可能であることがわかる。
【0043】
<実施例2、比較例2>
・実施例2
ケイ素の濃度が40、70ng/mlに調整された実施例1と同一の試料液を黒鉛炉原子吸光分析装置内の黒鉛炉に10μm注入し、加熱により溶媒を除去した後に、白金濃度が20μg/mlに調整された修飾液を20μm注入した。その後、加熱による溶媒除去工程、灰化工程を経て、原子化工程により分析波長251.6nm、アルゴンガス流量250ml/minで吸光度を測定し、ケイ素標準溶液の測定により求めた検量線からケイ素量を定量した。このとき、加熱温度は(表1)に示した温度条件の値を用いた。このとき、加熱温度は(表1)に示した温度条件の値を用いた。また、測定は5回おこなった。
・比較例2(修飾液注入後、試料液注入)
白金濃度が20μg/mlに調整された修飾液を20μm注入した後、加熱により溶媒を除去した後、ケイ素の濃度が40、70ng/mlに調整された実施例1と同一の試料液を黒鉛炉原子吸光分析装置内の黒鉛炉に10μm注入した。その後、加熱による溶媒除去工程、灰化工程を経て、原子化工程により分析波長251.6nm、アルゴンガス流量250ml/minで吸光度を測定し、ケイ素標準溶液の測定により求めた検量線からケイ素量を定量した。このとき、加熱温度は(表1)に示した温度条件の値を用い、修飾液注入後110℃、130℃で加熱し溶媒除去をおこない、試料液注入後110℃、130℃で加熱し溶媒除去をおこなった。また、測定は5回おこなった。
【0044】
(表3)に、(実施例2)と(比較例2)のケイ素量の測定結果を示す。
【0045】
【表3】

【0046】
(実施例2)にあっては(比較例2)と比較して測定結果のバラツキが小さく、(実施例2)の分析方法は(比較例2)の分析方法と比較して再現性に優れることが確認された。
【0047】
<実施例3>
テフロン(登録商標)製の容器の内部に(実施例1)で用いたポリジメチルシロキサンを付着させ、容器に蓋をせず容器内部を開放した状態で1週間放置した。1週間放置させることにより、容器内部にはポリジメチルシロキサンだけでなく、D3〜D6の環状シロキサンといった低分子有機化合物が付着しているものと予想される。
1週間放置した容器内部にn−ヘキサンを注入し、容器内部に付着したポリジメチルシロキサンを抽出し試料液とした。
得られた試料液を黒鉛炉原子吸光分析装置内の黒鉛炉に10μm注入し、加熱により溶媒を除去した後に、白金濃度が20μg/mlに調整された修飾液を20μm注入した。その後、加熱による溶媒除去工程、灰化工程を経て、原子化工程により分析波長251.6nm、アルゴンガス流量250ml/minで吸光度を測定し、ケイ素標準溶液の測定により求めた検量線からケイ素量を定量した。
このとき、加熱温度を(表1)に示した温度条件と、(表2)で示した温度条件の2種類の温度条件で測定をおこなった。
【0048】
(表4)に(実施例3)の2種類の測定条件におけるケイ素量の測定結果を示す。
【0049】
【表4】

【0050】
(表4)の結果より、(表2)で示した測定条件によって得られる試料液中のケイ素量は70ppb含まれていることから、抽出した試料液中には高分子量のポリジメチルシロキサン中のケイ素量は186ppb含まれていることものと推定される。また、(表1)で測定条件によって得られる試料液中のケイ素量が110ppbであり、2種類の測定条件におけるケイ素量の測定結果の差が40.1ng/mlであることから、環境中からのコンタミ成分として容器内部に付着した低分子量の有機ケイ素化合物由来のケイ素量は40ppbであると推定される。本発明による測定方法を用いることで、有機ケイ素化合物中の高分子量の有機ケイ素化合物に含まれるケイ素量を再現よくかつ高精度に測定することが可能となり、さらに混在した低分子量の有機ケイ素化合物のケイ素量も把握することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、無機ケイ素化合物と有機ケイ素化合物中に含まれるケイ素の濃度と黒鉛炉原子吸光法によって同一条件で測定されるケイ素由来の波長の吸光度との関係を示すグラフである。
【図2】図2は、本発明の黒鉛炉原子吸光法による分析方法のフローチャートである。
【図3】図3は、(実施例1)と(比較例1)のケイ素量の測定結果のグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機ケイ素化合物中のケイ素量を黒鉛炉原子吸光法により測定する分析方法であって、
有機ケイ素化合物が溶媒に溶解又は分散された試料液を黒鉛炉内に注入する工程と、
加熱により溶媒を除去する工程と、
マトリックス修飾剤が溶媒に溶解または分散された修飾液を黒鉛炉内に注入する工程と、
加熱により溶媒を除去する工程と、
黒鉛炉内の有機ケイ素化合物を灰化、原子化し、ケイ素の吸光度を測定する工程と
を順に備えることを特徴とする有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法。
【請求項2】
前記マトリックス修飾剤が、白金、硝酸パラジウム、硝酸ロジウムのいずれかから選択されることを特徴とする請求項1記載の有機ケイ素化合物中のケイ素の分析方法。
【請求項3】
前記黒鉛炉に注入される前記修飾液の注入量が、前記黒鉛炉に注入される前記試料液の注入量の1.5倍以上3倍以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法。
【請求項4】
前記修飾液におけるマトリックス修飾剤の重量濃度が、前記試料液におけるケイ素の重量濃度の100倍以上1500倍以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法。
【請求項5】
前記加熱により溶媒を除去する工程が、230℃以上400℃以下の範囲内で加熱する工程を含むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の有機ケイ素化合物中のケイ素量の分析方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−43965(P2010−43965A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−208410(P2008−208410)
【出願日】平成20年8月13日(2008.8.13)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】