説明

有機液体浸漬状態での高分子材料のクリープ破壊寿命予測方法

【課題】有機液体浸漬状態での高分子材料のクリープ破壊寿命を効率的且つ実用十分な精度で予測する方法を提供する。
【解決手段】有機液体に浸漬した高分子材料のクリープ破壊寿命を予測するに際し、大気中における高分子材料クリープ破壊寿命試験と、無応力作用下における有機液体飽和膨潤高分子材料での引張り試験と、無処理高分子材料での引張り試験の結果をもとに破壊寿命を予測する、クリープ破壊寿命予測方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機液体に浸漬した高分子材料のクリープ破壊寿命を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子材料の場合、使用雰囲気による影響を強く受けるため、クリープ破壊寿命は使用雰囲気下で試験する必要があり、大気中や燃料などの有機液体に浸漬し応力が作用した状態で破壊寿命を測定することが一般的である。
【0003】
燃料浸漬状態でのクリープ破壊寿命は、自動車分野での樹脂部品の製品設計において極めて重要である。しかし、燃料浸漬状態でのクリープ破壊寿命を測定するには、特殊な試験装置を必要とする上、安全及び環境面で非常に注意深く実施する必要がある。また、多種多様な燃料での試験を必要とするため、多大の時間と手間を必要とするという問題がある。そのため、効率的な予測手段が求められている。
【0004】
一方、活性化エネルギー・活性化体積の概念は知られているが(非特許文献1)、これらを有機液体浸漬状態での高分子材料の力学挙動に活用し、このような寿命予測に用いられることはこれまでほとんど無かった。
【非特許文献1】成沢郁夫「高分子材料強度学」オーム社、東京、1982年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、有機液体浸漬状態での高分子材料のクリープ破壊寿命を効率的且つ実用十分な精度で予測する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討の結果、有機液体飽和膨潤高分子材料での引張り試験と無処理高分子材料での引張り試験から、それぞれの活性化エネルギーΔFとそれぞれの活性化体積v*を決定し、特定の式を用いることで、有機液体浸漬状態でのクリープ破壊寿命を実用十分な精度で予測することができることを見出した。
【0007】
即ち本発明は、有機液体に浸漬した高分子材料のクリープ破壊寿命を予測するに際し、大気中における高分子材料クリープ破壊寿命試験と、無応力作用下における有機液体飽和膨潤高分子材料での引張り試験と、無処理高分子材料での引張り試験の結果をもとに破壊寿命を予測する、クリープ破壊寿命予測方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明では、有機液体飽和膨潤高分子材料と無処理高分子材料での引張り試験から、それぞれの活性化エネルギーΔFとそれぞれの活性化体積v*を決定し、非特許文献1に記載の式1を用いて有機液体浸漬状態でのクリープ破壊寿命を計算で予測することができる。
【0009】
tb∝exp[(ΔF−v*σ)/kBT] (式1)
ここで、
tb:クリープ破壊寿命
ΔF:活性化エネルギー
v*:活性化体積
σ:クリープ試験での応力
kB:ボルツマン定数
T:絶対温度
である。
【0010】
具体的に説明すると、まず、高分子材料試験片を有機液体中に浸漬し、重量の経時変化を調べ、飽和膨潤量を求める。ここで、飽和膨潤量とは、有機液体に浸漬した高分子材料へ浸透した有機液体の飽和重量を、浸漬前の高分子材料の重量に対して百分率で表したものである。
【0011】
次に、飽和膨潤状態となった試験片を二水準以上の引張り速度で、二水準の温度で降伏強度σyを測定する。ここで、降伏強度σyとは応力−歪曲線の最大応力とする。
【0012】
降伏強度σyは活性化エネルギーΔF,活性化体積v*と式2の関係にある(非特許文献1を参照)。
【0013】
σy/T=(kB/v*)〔ln(dε/dt)+(ΔF/kBT)−lnC〕(式2)
ここで、
T:絶対温度
kB:ボルツマン定数
dε/dt:引張り歪速度
C:定数
である。
【0014】
σy/Tをln(dε/dt)に対してプロットし、その傾きからv*を求め、ここで求めたv*を(式2)に代入し、ΔFを求める。
【0015】
大気中クリープ破壊寿命はクリープ試験機で測定する。ここでクリープ破壊寿命とは、試験片に一定応力を負荷した状態で保持した際に試験片が破断する迄の経過時間である。クリープ破壊寿命の実測データを元に、回帰式(式3)を求める。
【0016】
tb=exp(A−Bσ) (式3)
ここで、
A:定数
B:定数
である。
【0017】
大気中においても、ΔFとv*を、上述した引張り試験により同様にして求める。
【0018】
大気中でのクリープ破壊寿命回帰式(式3)及び測定により求めたΔFaとv*a、先に求めた有機液体飽和膨潤状態でのΔFlとv*lから、それぞれのΔFとv*の比をとることで、応力効果について補正前の有機液体中でのクリープ破壊寿命回帰式(式4)を決定する。
【0019】
tb=exp(A(ΔFl/ΔFa)−B(v*l/v*a)σ) (式4)
有機液体飽和膨潤試験片を用いる場合、無応力作用下で調製した試験片を用いる方が容易で実用的である。無応力作用下での飽和膨潤試験片を用いた場合、(式4)においては、応力負荷状態では無応力下に比べて飽和膨潤量が増加し、活性化エネルギー及び活性化体積も応力の影響を受けて変動する効果が考慮されておらず、この点を考慮する必要がある。
【0020】
ただし、ポリオキシメチレン樹脂においては、通常のクリープ試験で作用させることの可能な実用的応力範囲では、飽和膨潤量の増加率はほぼ一定で、v*lは不変で、更にΔFlも一定比率で低下することが分っているので、応力作用下における飽和膨潤試験片での引張り試験を一水準の応力下のみで実測する事により、ΔFlの変化率を一定として簡易的に求めることができる。ΔFlが一定比率で低下する場合、(式4)は次のようになる。
【0021】
tb=exp(A(ΔFl′/ΔFa)−B(v*l/v*a)σ) (式5)
ここで、ΔFl′は応力の大きさによらず、ΔFlに一定の係数をかけた値となる。
【0022】
(式5)を用いれば、クリープ破壊寿命予測を簡便に行うことができる。
【0023】
高分子材料としては、有機液体に溶解するものでなければどのようなものでも構わないが、特にポリオキシメチレン樹脂は燃料中において応力作用下で使用されることが多くまた、予測も簡便であり、実用面での効果が多大である。
【0024】
有機液体としては、高分子材料を溶解するものでなければ特に制約は無いが、高い可燃性を有し、ガソリンや軽油、アルコールなど燃料として用いられるものにおいて、その取扱の困難さおよび安全面から、実用面での効果が多大である。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
実施例1
ポリオキシメチレン樹脂であるジュラコン(登録商標)M90-44のASTM4型引張り試験片をENEOS製レギュラーガソリン(60℃)中に浸漬し、重量の経時変化を調べ、飽和膨潤状態になった事を確認し、飽和膨潤量を求めたところ、1.4%であった。
【0027】
次に、飽和膨潤状態となった試験片をオリエンテック製テンシロンRTC-1325Aにて0.1,1,15,110,300%/minの引張り歪み速度で、23℃及び5℃で降伏強度を測定した。
【0028】
図1は(式2)に基づき、ここで行った試験について、σy/Tをln(dε/dt)に対してプロットしたグラフである。
【0029】
その傾きから23℃でv*=1.79nm3、及び5℃で1.66nm3と求められ、v*は一定であるとみなせるので両者の平均値をとり、v*=1.73nm3とした。
【0030】
このv*=1.73nm3を(式2)に代入し、T=296Kでの(式2)とT=278Kでの(式2)の連立方程式からΔFとlnCが求められ、ΔF=379J/molであった。
【0031】
また、大気(60℃)中クリープ破壊寿命をオリエンテック製サーボ型クリープ試験機で測定した。
【0032】
実測データ点の回帰式は
tb=exp(18.831−0.517σ) (式6)
であった。ここでσは負荷した応力、tbはクリープ破壊寿命である。
【0033】
上述した引張り試験により同様にして、大気(60℃)中でのΔFとv*を求めたところ、
ΔF=484J/mol、v*=1.99nm3であった。
【0034】
大気(60℃)中でのクリープ破壊寿命回帰式(式6)、及びそのΔF=484J/molとv*=1.99nm3、先に求めたレギュラーガソリン(60℃)飽和膨潤状態でのΔF=379J/molとv*=1.73nm3から、それぞれのΔFとv*の比をとることにより、レギュラーガソリン(60℃)中での応力効果について補正前のクリープ寿命回帰式(式7)を決定した。
【0035】
tb=exp[18.831・(379/484)−0.517・(1.73/1.99)σ] (式7)
ポリオキシメチレン樹脂において、応力下で飽和膨潤状態となった試験片を用い、同様に試験にてΔFを求めたところ、応力下でのΔFの変化率は17%である。
【0036】
(式7)にこの値を盛込むと、
tb=exp[18.831・((379/1.17)/484)−0.517・(1.73/1.99)σ] (式8)
となる。
【0037】
(式8)を用いて、クリープ破壊寿命予測を行った結果を表1に示す。
【0038】
同様に、燃料浸漬状態でクリープ破壊寿命を実測した。その結果を表1に併せて示す。尚、実測には、株式会社DJK自家製の燃料中クリープ試験機を使用した。
実用十分な予測が為されていることが確認出来る。
【0039】
【表1】

【0040】
実施例2
ENEOS製レギュラーガソリンに代えて、模擬燃料(トルエン:イソオクタン=6:4体積分率)にエタノール30体積%を混合した燃料を用いた以外は実施例1と同様にして予測した。
【0041】
その結果、
tb=exp[18.831・((377/1.17)/484)−0.517・(2.00/1.99)σ] (式9)
となった。
【0042】
同様に、上述の混合燃料浸漬状態でクリープ寿命を実測した。その結果を表2に併せて示す。
【0043】
実用十分な予測が為されていることが確認出来る。
【0044】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】無処理試験片及びレギュラーガソリン(60℃)飽和膨潤状態の試験片について、各種条件で降伏強度を測定し、σy/Tをln(dε/dt)に対してプロットしたグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機液体に浸漬した高分子材料のクリープ破壊寿命を予測するに際し、大気中における高分子材料クリープ破壊寿命試験と、無応力作用下における有機液体飽和膨潤高分子材料での引張り試験と、無処理高分子材料での引張り試験の結果をもとに破壊寿命を予測する、クリープ破壊寿命予測方法。
【請求項2】
有機液体飽和膨潤高分子材料での引張り試験と無処理高分子材料での引張り試験より求めるそれぞれの活性化エネルギーΔF及びそれぞれの活性化体積v*と、大気中におけるクリープ破壊寿命データをもとに次の式を用いて破壊寿命を予測することを特徴とする、請求項1記載のクリープ破壊寿命予測方法。
tb∝exp[(ΔF−v*σ)/kBT]
ここで、
tb:クリープ破壊寿命
ΔF:活性化エネルギー
v*:活性化体積
σ:クリープ試験での応力
kB:ボルツマン定数
T:絶対温度
である。
【請求項3】
有機液体が燃料であることを特徴とする、請求項1または2記載のクリープ破壊寿命予測方法。
【請求項4】
高分子材料がポリオキシメチレン樹脂である請求項1〜3の何れか1項記載のクリープ破壊寿命予測方法。

【図1】
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