説明

有機発光素子

【課題】連続駆動時における耐久性が向上された有機発光素子を提供する。
【解決手段】陽極と陰極と、該陽極と該陰極との間に配置され、少なくともホール輸送層と、発光層と、を含む有機化合物層と、から構成され、該発光層に青色発光材料が含まれており、該ホール輸送層に複数種類の有機化合物が含まれており、該有機化合物のうちイオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物が、ラジカルカチオン状態における吸収スペクトルのピークが青色波長領域に存在しない化合物であることを特徴とする、有機発光素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機発光素子に関する。
【背景技術】
【0002】
有機発光素子は、陽極と陰極との間に蛍光性有機化合物又は燐光性有機化合物を含む薄膜が挟持されている電子素子である。有機発光素子は、各電極から蛍光性有機化合物又は燐光性有機化合物を含む薄膜へ向けてホール(正孔)及び電子が注入される。そして、ホールと電子とが当該薄膜内で再結合する際に、蛍光性化合物又は燐光性化合物の励起子が生成される。この励起子が基底状態に戻る際に有機発光素子は光を放出する。
【0003】
有機発光素子における最近の進歩は著しく、その特徴として、低印加電圧で高輝度、発光波長の多様性、高速応答性、薄型、軽量の発光デバイス化が可能であることが挙げられる。このことから、有機発光素子は、フラットパネルディスプレイ、フレキシブルディスプレイ、照明等の広汎な用途への可能性を示唆している。
【0004】
しかし有機発光素子は連続的に駆動させると、有機発光素子の構成材料が電子又はホールとの結合等により経時的に劣化するため、有機発光素子自体の発光強度は経時的に低下する。
【0005】
そこで連続駆動時における有機発光素子の特性(発光強度等)の経時的な低下を軽減するための研究・開発が従来から行われてきた。特許文献1には、有機発光素子の耐久性の向上を図るためにホール輸送層が2種以上の有機材料から構成されている有機発光素子が開示されている。具体的には、ホール輸送層に耐久性が異なる2種類以上の有機材料を含ませる態様が開示されている。これにより、有機化合物層、特に、ホール輸送層において結晶化やダークスポットの成長を防ぐことができるため素子の耐久性が向上される。
【0006】
一方、非特許文献1には、素子を構成する有機化合物が素子への通電に起因する酸化及び還元を繰り返すことで素子の発光強度が低下することについて言及している。そして非特許文献1には、上記の素子の発光強度の低下の原因が、特定の有機化合物が酸化された状態、即ち、ラジカルカチオン状態になることにある、と考察している。具体的には、トリス(8−キノリノラート)アルミニウム(Alq3)が、素子を駆動した時にホールを取り込んでラジカルカチオン状態となり、有機発光素子の発光強度が低下することの一因となることが示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−068064号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Science,283,1900(1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した技術背景を考慮して、本発明者は有機発光素子の発光強度が経時的に低下する原因の1つとして、ホール輸送層が有する有機化合物が関係していると考察した。ところで、ホール輸送層は陽極から電荷であるホールが供給される層である。従って、ホール輸送層が有する有機化合物の構造変化を防止することは、連続駆動時における有機発光素子の特性(発光強度等)の経時的な低下を軽減するという観点でいえば重要であるといえる。
【0010】
本発明は、上述した課題を解決するためになされたものであり、その目的は、連続駆動時における耐久性が向上された有機発光素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の有機発光素子は、陽極と陰極と、
該陽極と該陰極との間に配置され、少なくともホール輸送層と、発光層と、を含む有機化合物層と、から構成され、
該発光層に青色発光材料が含まれており、
該ホール輸送層に複数種類の有機化合物が含まれており、
該有機化合物のうちイオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物が、ラジカルカチオン状態における吸収スペクトルのピークが青色波長領域に存在しない化合物であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、連続駆動における耐久性が向上された有機発光素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】化合物2の中性状態及びラジカルカチオン状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す図である。
【図2】例示化合物1の中性状態及びラジカルカチオン状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す図である。
【図3】例示化合物2の中性状態及びラジカルカチオン状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す図である。
【図4】例示化合物3の中性状態及びラジカルカチオン状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す図である。
【図5】α−NPDの中性状態及びラジカルカチオン状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の有機発光素子は、陽極と陰極と、該陽極と該陰極との間に配置され、少なくともホール輸送層と、発光層と、を含む有機化合物層と、から構成される。本発明においては、有機化合物層にホール輸送層と、発光層と、が含まれていれば、有機化合物層の層構成については特に限定されるものではない。本発明の有機発光素子の具体的な構成を以下に示す。ただし、下記に列挙される構成はあくまでも具体例であり、本発明はこれに限定されるものではない。
(A)(基板/)陽極/ホール輸送層/発光層/陰極
(B)(基板/)陽極/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/陰極
(C)(基板/)陽極/ホール注入層/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/陰極
(D)(基板/)陽極/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/電子注入層/陰極
(E)(基板/)陽極/ホール輸送層/発光層/ホール・エキシトンブロッキング層/電子輸送層/陰極
(F)(基板/)陽極/ホール注入層/ホール輸送層/発光層/ホール・エキシトンブロッキング層/電子輸送層/陰極
(G)(基板/)陽極/ホール輸送層/発光層/ホール・エキシトンブロッキング層/電子輸送層/電子注入層/陰極
(H)(基板/)陽極/ホール輸送層/電子・エキシトンブロッキング層/発光層/電子輸送層/陰極
(I)(基板/)陽極/ホール注入層/ホール輸送層/電子・エキシトンブロッキング層/発光層/ホール・エキシトンブロッキング層/電子輸送層/陰極
(J)(基板/)陽極/ホール輸送層/電子・エキシトンブロッキング層/発光層/電子輸送層/電子注入層/陰極
(K)(基板/)陽極/ホール注入層/ホール輸送層/発光層/電子輸送層/電子注入層/陰極
【0015】
本発明において、素子を構成する発光層には青色発光材料が含まれている。ここで青色発光材料とは、発光スペクトルのピークが410nm乃至490nmの範囲にある発光性の有機化合物をいう。
【0016】
本発明において、素子を構成するホール輸送層には複数種類、少なくとも2種類の有機化合物が含まれている。好ましくは、2種類乃至3種類の有機化合物がホール輸送層に含まれる。ここでホール輸送層に含まれる有機化合物は、それぞれイオン化ポテンシャルが異なる有機化合物である。尚、3種類以上の有機化合物がホール輸送層に含まれる場合は、ホール輸送層に含まれる有機化合物の一部においてイオン化ポテンシャルが同じであってもよい。
【0017】
また本発明において、ホール輸送層に含まれる有機化合物のうちイオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物は、ラジカルカチオン状態における吸収スペクトルのピークが青色波長領域に存在しない化合物である。ここでイオン化ポテンシャルが小さいとは、イオン化ポテンシャルの絶対値が小さいということを意味し、真空準位に近いこと、即ち、イオン化ポテンシャル浅いことをも意味する。
【0018】
ところでホール輸送層は、有機発光素子の低電圧化を実現するために必要なホール輸送性と、発光層へホールを注入しつつ電子を発光層内に閉じ込めておいて発光層内における電荷の再結合確率を高めるためのチャージバランスを調整する機能と、が要求される。ここで、上記機能を満たしながら、かつ青色領域にラジカルカチオン状態の吸収が無ければ理想的であるが、双方とも満足する有機化合物が見つかっていないのが現状である。
【0019】
本発明においては、ホール輸送層にイオン化ポテンシャルが異なる複数種の有機化合物が含まれているので、イオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物にホールを集めることができる。このためそれ以外の有機化合物(以下、「他の有機化合物」という。)にホールが集まることを防ぐことができる。またこの「他の有機化合物」にホールが集まり不必要にラジカルカチオン状態の分子を生成することで発光層に供給されずにホール輸送層に溜まるホールの量を抑えることができる。従って、この「他の有機化合物」が仮に励起状態になったとしてもそれはラジカルカチオンでの励起状態ではないといえる。
【0020】
また本発明においては、ホール輸送層に含まれるイオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物は、ラジカルカチオン状態において青色の波長領域に吸収ピークを持たない有機化合物である。ここで青色の波長領域に吸収ピークを持つとは、青色の波長領域に対応するエネルギー(基底状態をゼロエネルギーとした相対的なエネルギー)に励起状態が存在することをいう。一方、本発明において青色の波長領域に吸収ピークを持たないとは、対象となる有機化合物のラジカルカチオン状態における青色の波長領域のモル吸光係数が、5,000L/(mol・cm)以下であることをいう。ここで、吸収ピークは紫外−可視吸収スペクトルの波形から確認できるため、そのスペクトルのピーク波長から青色の波長領域に吸収ピークがあるかどうかを判断することができる。このとき吸収ピークの形状はどのような形状でもよい。
【0021】
本発明においては、イオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物の青色波長領域におけるモル吸光係数が5,000L・mol-1・cm-1以下であることが好ましい。
【0022】
これにより対象となる有機化合物がラジカルカチオンの状態において、発光層から発せられる青色光によってその構造が変化せずに済む。尚、ホール輸送層に含まれ、かつ上述した「他の有機化合物」においては、ラジカルカチオン状態におけるモル吸光係数は特に限定されるものではない。つまり5,000L/(mol・cm)以下であってもよいしこれを超えていてもよい。
【0023】
以上より、本発明によれば、有機発光素子の連続駆動耐久性が改善される。
【0024】
本発明において、ホール輸送層に含まれるイオン化ポテンシャルが最も小さい化合物は、ホール輸送層中の濃度が低いことが好ましく、具体的には、層全体に対して30重量%以下であることが好ましい。30重量%を超えると、ホール輸送層の機能が大きく変わる可能性がある。また有機発光素子の発光強度の低下を防止するためには、ホール輸送層に含まれるイオン化ポテンシャルが最も小さい化合物の濃度は、5重量%以上30重量%以下がより好ましい。ここで濃度が薄すぎる(5重量%未満)と、上記「他の有機化合物」もラジカルカチオン状態になる可能性がある。
【0025】
また、イオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物は、ホール輸送層内に均一に含ませても所定の領域にのみ偏在させてもよい。またホール輸送層の厚み方向においてイオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物の濃度を変化させていてもよい。
【0026】
ところでイオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物は、好ましくは、下記一般式[1]に示される化合物である。
【0027】
【化1】

(式[1]において、Ar1乃至Ar3は、それぞれ縮合多環芳香族基又は下記一般式[2]に示される置換フェニル基である。尚、Ar1乃至Ar3は、それぞれ他の置換基と同じであってもよいし異なっていてもよい。
【0028】
【化2】

(式[2]において、R1及びR3は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、置換あるいは無置換のアルキル基又は置換あるいは無置換のアリール基である。ただし、R1及びR3のいずれかは置換あるいは無置換のアリール基である。R2は、水素原子、ハロゲン原子又は置換あるいは無置換のアルキル基である。))
【0029】
まず式[1]に示される第3級アリールアミンについて説明する。
【0030】
Ar1乃至Ar3で表わされる縮合多環芳香族基として、ナフチル基、ナフチル−d7基、アセナフチレニル基、アントリル基、アントリル−d9基、フェナントリル基、フェナントリル−d9基、ピレニル基、ピレニル−d9基、アセフェナントリレニル基、アセアントリレニル基、クリセニル基、ジベンゾクリセニル基、ベンゾアントリル基、ベンゾアントリル−d11基、ジベンゾアントリル基、ナフタセニル基、ピセニル基、ペンタセニル基、フルオレニル基、9,9−ジメチルフルオレニル基、トリフェニレニル基、ペリレニル基、ペリレニル−d11等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
次に、式[1]中のAr1乃至Ar3で表わされ、かつ式[2]に示される置換フェニル基について説明する。
【0032】
1及びR3で表わされるハロゲン原子として、フッ素、塩素、臭素及びヨウ素が挙げられる。
【0033】
1及びR3で表わされる置換あるいは無置換のアルキル基として、メチル基、メチル−d1基、メチル−d3基、エチル基、エチル−d5基、n−プロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、n−デシル基、iso−プロピル基、iso−プロピル−d7基、iso−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、tert−ブチル−d9基、iso−ペンチル基、ネオペンチル基、tert−オクチル基、フルオロメチル基、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、2−フルオロエチル基、2,2,2−トリフルオロエチル基、パーフルオロエチル基、3−フルオロプロピル基、パーフルオロプロピル基、4−フルオロブチル基、パーフルオロブチル基、5−フルオロペンチル基、6−フルオロヘキシル基、クロロメチル基、トリクロロメチル基、2−クロロエチル基、2,2,2−トリクロロエチル基、4−クロロブチル基、5−クロロペンチル基、6−クロロヘキシル基、ブロモメチル基、2−ブロモエチル基、ヨードメチル基、2−ヨードエチル基、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロペンチルメチル基、シクロヘキシルメチル基、シクロヘキシルエチル基、4−フルオロシクロヘキシル基、ノルボルニル基、アダマンチル基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0034】
1及びR3で表わされる置換あるいは無置換のアリール基として、フェニル基、フェニル−d5基、4−メチルフェニル基、4−メトキシフェニル基、4−エチルフェニル基、4−フルオロフェニル基、4−トリフルオロフェニル基、3、5−ジメチルフェニル基、2,6−ジエチルフェニル基、メシチル基、4−tert−ブチルフェニル基、ジトリルアミノフェニル基、ビフェニル基、ターフェニル基、ナフチル基、ナフチル−d7基、アセナフチレニル基、アントリル基、アントリル−d9基、フェナントリル基、フェナントリル−d9基、ピレニル基、ピレニル−d9基、アセフェナントリレニル基、アセアントリレニル基、クリセニル基、ジベンゾクリセニル基、ベンゾアントリル基、ベンゾアントリル−d11基、ジベンゾアントリル基、ナフタセニル基、ピセニル基、ペンタセニル基、フルオレニル基、トリフェニレニル基、ペリレニル基、ペリレニル−d11、下記に示される置換基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
【化3】

【0036】
ホール輸送層に含まれるイオン化ポテンシャルの最も小さい有機化合物は、電子分布が分子内に広がっていない分子構造であることが好ましい。電子分布が分子内に広がっていない分子構造をとることにより、イオン化ポテンシャルの最も小さい有機化合物はラジカルカチオン状態において青色の発光波長領域に吸収ピークを持たなくなる。このためイオン化ポテンシャルの最も小さい有機化合物は、青色発光によって励起されなくなるため、青色発光による構造変化を抑制できる。
【0037】
電子分布が分子内に広がらないことを具体的に実現できる化合物としては、ホール輸送能に優れた第3級アリールアミン誘導体である。特に、式[1]の化合物は、電子分布が分子内に広がらないねじれ構造が期待できるので好ましい。
【0038】
ここで式[1]の第3級アリールアミン誘導体は、上述したAr1乃至Ar3の内容からして比較的分子量が大きい化合物であるが、真空蒸着法による薄膜形成を可能にするために、その分子量は1500以下が好ましい。
【0039】
また式[2]において、R1及びR3(メタ位)のいずれかに置換あるいは無置換のアリール基を導入することで、分子の結晶性を下げることができるのでより好ましい。一方、式[2]において、R2にアルキル基やハロゲン原子を導入すると、R2が水素原子の場合と比較してHOMOをより大きく変化させることができるのでこれも好ましい。具体的には、アルキル基を導入するとHOMOを浅くすることができる一方で、ハロゲン原子を導入するとHOMOを深くすることができる。ただし、式[2]において、R2にはアリール基を導入しない方がよい。R2の位置にアリール基を導入すると電子分布を広げてしまうためである。
【0040】
式[1]で示される化合物の具体例を以下に挙げる。ただし、本発明においてはこれらに限定されるものではない。
【0041】
【化4】

【0042】
ホール輸送層に含まれる有機化合物の中で上記「他の有機化合物」に該当する化合物は、その具体的な構造は特に限定されるものではない。好ましくは、トリフェニルアミン誘導体である。
【0043】
本発明者等は、ホール輸送層の構成材料がホールと結合することで生じるラジカルカチオン状態となったときに、光等のエネルギーを受け取ることで励起状態になることに注目した。
【0044】
この励起状態になると、ホール輸送層の構成材料は不可逆的な反応が起こり構造変化が生じると考えられる。構造変化の具体的な態様に関しては明らかではないが、例えば、開裂反応、分解反応、付加反応等の発生による分子構造の変化が考えられる。この分子構造の変化により、キャリア輸送性や伝導レベル(HOMO/LUMO等で現されるキャリア輸送の際のエネルギー準位)が変化する。そうすると発光層内のキャリアバランスが崩れて、発光層内においてホールと電子とが再結合する確率が低下する原因となる。また上気励起状態となった分子(構成材料)は、発光分子のクエンチャーとして機能するため、発光強度の低下をもたらす原因にもなる。
【0045】
ところで、有機発光素子を駆動する際、発光層には、陽極から供給されるホールがホール輸送層を介して発光層へ供給される。一方、陰極から供給される電子が電子輸送層を介して発光層へ供給される。ここでホール輸送層を構成材料となる化合物は、ホールとの結合・解離を繰り返すことになる。つまり電気化学的にいえば酸化・還元を繰り返すことになるのでラジカルカチオン状態と中性状態とを繰り返すこととなる。即ち、素子に電流を印加する際に、ホール輸送層には、ラジカルカチオン状態の有機化合物が多数存在していることになる。ここでラジカルカチオン状態にある有機化合物がさらに光等のエネルギーを受け取り励起状態へと励起されると、化合物自体の構造が変化すると考えられる。このことが有機発光素子の連続駆動の耐久性を下げることとなる。
【0046】
ラジカルカチオン状態にある有機化合物が受け取ると考えられるエネルギーとしては、例えば以下の2つが考えられる。
【0047】
1つ目は、発光材料等の発光層の構成材料が有する励起エネルギーである。ホール輸送層は大抵発光層に隣接しているため、発光層が発光している際は、発光層の構成材料が有する励起エネルギーの一部がホール輸送層へとエネルギー移動することがある。具体的には、一重項励起状態からのフェルスター型のエネルギー移動である。
【0048】
2つ目は発光層が発する青色発光の光エネルギーである。この光を吸収することで、ラジカルカチオン状態の化合物は励起され得る。
【0049】
いずれのエネルギーも有機発光素子の発光に由来するエネルギーであり、ラジカルカチオン状態の有機化合物に影響を与えるエネルギーであるが、そのエネルギー伝達の効率を考慮すると、特に1つ目の方が支配的であると考えられる。
【0050】
尚、ラジカルカチオン状態にある有機化合物は比較的安定であるが、ラジカルカチオン状態にある有機化合物が、さらにエネルギーを受けとって励起状態となると不安定な状態になり構造の変化を起こすと考えられる。
【0051】
以上より、通電時においてホール輸送層に含まれる有機化合物の構造変化を防止するためには、ホールを受け取りやすい有機化合物がラジカルカチオン状態において青色領域に吸収を持たない化合物であることが必要となる。またホール輸送層内にラジカルカチオン状態の分子をなくすという方法も考えられるが、ホールの輸送というホール輸送層の機能を考慮すると、不可能な方法である。
【0052】
以上を考慮して、本発明では、ホール輸送層に含まれる複数種の有機化合物、特に、ホールを受け取りやすい有機化合物については、ホールを受け取ってラジカルカチオン状態になったときに青色領域に吸収ピークを持たない有機化合物を選択するように工夫した。
【0053】
これによりホールを受け取りやすい有機化合物が、発光層から出力される青色発光によって構造変化がしないだけでなく、ホールを受け取りやすい有機化合物に不要なホールがたまることによる有機化合物の構造変化も防止することができる。
【0054】
上述したように、ラジカルカチオン状態の有機化合物が発光層から発せられる光によって励起されると、現に、有機化合物の発光強度は低下する。
【0055】
例えば、基板上に、下記表に示される構成の有機発光素子があったとする(尚、表記の順番は、基板上に積層される順番に即して記載されている。)。
【0056】
【表1】

【0057】
尚、上記化合物1乃至3は、下記に示される化合物である。また、上記表の有機発光素子は、水分の吸着が起こらないように、露点−70℃以下の窒素雰囲気下において保護用ガラス板をかぶせてエポキシ系接着材で封止している。
【0058】
【化5】

【0059】
この有機発光素子に電圧を印加すると、化合物3の電子親和力が小さいため、陰極から第2有機化合物層への電子の注入は起こらないが陽極からは第2有機化合物層へ向かってホールが注入される。よってこの有機発光素子はホール電流のみが通電する。従って、このサンプルは通電してもEL発光は起こらない。
【0060】
そこでこの有機発光素子において、下記条件下における第1有機化合物層のフォトルミネッセンスを測定する。尚、下記(i)乃至(iii)はそれぞれ130時間行っている。
(i)電流密度を100mA/cm2に保ち電圧を印加
(ii)波長460nmの光を照射
(iii)電流密度を100mA/cm2に保ち電圧を印加しつつ波長460nmの光を照射
【0061】
フォトルミネッセンスの測定結果を下記表に示す。また条件(i)及び(iii)については電圧変化の結果も併せて示す。
【0062】
【表2】

【0063】
一方、上記表2の結果を考察する目的で、化合物2の薄膜の紫外−可視吸収スペクトルも測定する。図1は、中性状態及びラジカルカチオン状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す図である。ここで中性状態とは、化合物2の薄膜がカチオンと結合していない状態、有機発光素子でいうならば電圧を印加していない状態をいう。一方、ラジカルカチオン状態とは、化合物2の薄膜がカチオンと結合している状態、有機発光素子でいうならば電圧を印加している状態をいう。
【0064】
図1も考慮すると、上記表2に示される結果は、ホール通電によって生じる化合物2のラジカルカチオンが、460nmの青色光で励起されることによって、構造が変化したと考えられる。ところで化合物2は、中性状態(図1のスペクトル1)では青色光の波長領域には吸収が比較的少なく、かつエネルギーギャップが広いために、460nm程度の青色光では励起できない。しかしラジカルカチオン状態(図1のスペクトル2)になると、青色光の波長領域に吸収を持つために、460nm程度の青色光によってラジカルカチオン化した化合物2は励起する。そして化合物2は化合物1よりもイオン化ポテンシャルが小さいので優先的にラジカルカチオン状態になる。
【0065】
以上から、ホール通電によって生成したラジカルカチオンの吸収スペクトルによって素子特性が変化し得ると考えられる。
【0066】
ただし有機発光素子において上述した素子特性の変化については、発光層から流出する可能性がある発光に必要な励起エネルギーも考慮すべきである。何故ならば、光吸収の効率よりもフェルスター移動型のエネルギー伝達の効率が桁で大きいからである。
【0067】
本発明において、発光層は、青色発光する有機化合物のみから構成されていてもよいし、ホストとゲストとから構成されていてもよい。ここで発光層がホストとゲストとから構成されている場合は、ホストとゲストは重量比(重量%)等の発光層内の含有率で区別することができる。この場合ゲストは発光層から出力される発光の色を決定する材料である。尚、発光層がホストとゲストとから構成されている場合は、ホスト及びゲストの他に、例えばホストからゲストへのエネルギー移動をより容易にする、いわゆるアシストドーパント等の材料をさらに加えてもよい。
【0068】
本発明において、有機化合物層を構成する層として、ホール輸送層及び発光層の他に層を設ける場合は、その層の構成材料(ホール注入・輸送性材料、電子注入・輸送性材料、発光材料)として公知の材料を使用することができる。また本発明において、電極(陽極・陰極)の構成材料として公知の材料(金属材料、合金、金属化合物等)を使用することができる。
【0069】
本発明の有機発光素子は、例えば、表示装置の画素部や電子写真方式の画像形成装置が有する感光体へ潜像を形成させるための光源や撮像光学系を有する撮像装置の表示部として用いることができる。
【0070】
表示装置の部材として本発明の有機発光素子を用いる場合は、この表示装置は、本発明の有機発光素子と、本発明の有機発光素子の輝度を制御するTFT回路と、を含む画素を備えている。
【実施例】
【0071】
[合成例1]例示化合物1の合成
以下の合成スキームにより例示化合物1を合成した。
【0072】
【化6】

【0073】
(1)中間化合物1の合成
300mlの三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
化合物x1:10g(36.2mmol)
化合物x2:14.98g(47.1mmol)
トルエン:120ml
エタノ−ル:20ml
【0074】
次に、反応系内を窒素雰囲気にした後、反応溶液を室温で攪拌しながら、炭酸ナトリウム10gと水100mlとを混合した水溶液を滴下し、次いでテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)2.00g(1.70mmol)を添加した。次に、反応溶液を77℃に昇温し、この温度(77℃)で5時間攪拌した。反応終了後、有機層をトルエンで抽出し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘプタン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、中間化合物1を白色固体として9.84g(収率64.1%)得た。
【0075】
(2)中間化合物2の合成
300ml三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
中間化合物1:8.0g(18.9mmol)
トルエン:120ml
トリエチルアミン:40ml
【0076】
次に、化合物x3(11.0ml)を滴下した。次に、反応系内を窒素雰囲気にした後、室温で攪拌しながら、[1,3−ビス(ジフェニルフォスフィノ)プロパン]ニッケル(II)ジクロライド1.08g(2.0mmol)を添加した。次に、反応溶液を90℃に昇温し、この温度(90℃)で8時間攪拌した。反応終了後、有機層をトルエンで抽出し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘプタン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、中間化合物2を黄白色固体として5.25g(収率53.4%)得た。
【0077】
(3)中間化合物3の合成
200ml三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
化合物x4:5.0g(26.9mmol)
化合物x5:25g(108mmol)
銅粉:7.0g(110mmol)
炭酸カリウム:20.73g(150mmol)
オルトジクロロベンゼン:100ml
【0078】
次に、反応溶液を165℃に昇温し、この温度(165℃)で8時間攪拌した。反応終了後、反応溶液をろ過し、そのろ液を減圧濃縮することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘプタン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、中間化合物3を白色固体として9.07g(収率86.0%)得た。
【0079】
(4)例示化合物1の合成
200ml三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
中間化合物2:0.78g(1.5mmol)
中間化合物3:1.47g(3.75mmol)
トルエン:50ml
エタノ−ル:10ml
【0080】
次に、反応系内を窒素雰囲気にした後、反応溶液を室温で攪拌しながら、炭酸セシウム10gと水50mlとを混合した水溶液を滴下し、次いでテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)0.2g(0.170mmol)を添加した。次に、反応溶液を77℃に昇温した後、この温度(77℃)で5時間攪拌した。反応終了後、有機層をトルエンで抽出し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘプタン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、例示化合物1を黄白色固体として0.82g(収率60.8%)得た。
【0081】
MALDI−TOF MS(マトリックス支援イオン化−飛行時間型質量分析法)により、例示化合物1のM+である896を確認した。
【0082】
また、1H−NMR測定により、例示化合物1の構造を確認した。
【0083】
1H−NMR(CDCl3、400MHz) σ(ppm):7.76−7.73(m、2H)、7.63(s、1H)、7.57(d、1H)、 7.48−7.44(m、3H)、 7.36−7.30(m、2H)、7.20(s、1H)、7.12(d、2H)、7.03−6.92(m、12H)6.84(dd、4H)、2.27(s、6H)、2.20(s、12H)、2.16(s、12H)、1.52(s、6H)
【0084】
[合成例2]例示化合物2の合成
以下の合成スキームにより例示化合物2を合成した。
【0085】
【化7】

【0086】
300mlの三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
3’−ヨード−1,1’:5’,1’’−ターフェニル:4g(純度93%、10.5mmol)
リチウムアミド(キシダ化学株式会社製、商品名同じ):2.68g(111mmol)
ナトリウムターシャリブトキシド(東京化成株式会社製、商品名同じ):3.41g(34.8mmol)
キシレン:150ml
【0087】
次に、反応系内を窒素雰囲気にした後、反応溶液を室温で攪拌しながら、トリターシャリブチルフォスフィン(10重量%ヘキサン溶液)3.7ml(0.15mmol)を添加した。次に、パラジウムジベンジリデンアセトン(東京化成株式会社製、商品名同じ)0.37mg(0.65mmol)を添加した。次に、フラスコ内にアルゴンを導入して反応系内をアルゴン置換した後、反応溶液を加熱・還流させながら6時間攪拌した。反応終了後、トルエンで反応溶液中の有機層を回収した。次に、この有機層を水洗し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘプタン・トルエン混合溶媒)で3回精製することにより、例示化合物2を白色結晶として0.4g(収率16%)得た。
【0088】
MALDI−TOF MS(マトリックス支援イオン化−飛行時間型質量分析法)により、例示化合物2のM+である701を確認した。
【0089】
また、1H−NMR測定により、例示化合物2の構造を確認した。
【0090】
1H−NMR(CDCl3、400MHz(日本電子株式会社製、ECA−400による測定)) σ(ppm):7.60−7.58(4H、m)、7.52(1.1H、t)、7.48(2H、d)、7.40(4H、dt)、7.32(2H、tt)
【0091】
[合成例3]例示化合物3の合成
以下の合成スキームにより例示化合物3を合成した。
【0092】
【化8】

【0093】
100mlの三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
3−ブロモフルオレン:0.40g(1.46mmol)
リチウムアミド(キシダ化学株式会社製、商品名同じ):0.35g(14.6mmol)
ナトリウムターシャリブトキシド(東京化成株式会社製、商品名同じ):0.49g(5.0mmol)
キシレン:20ml
【0094】
次に、反応溶液を、窒素雰囲気下、室温で攪拌しながら、トリターシャリブチルフォスフィン(10重量%ヘキサン溶液)0.5ml(0.15mmol)を添加した。次に、パラジウムジベンジリデンアセトン(東京化成株式会社製、商品名同じ)0.67mg(0.153mmol)を添加した。次に、フラスコ内にアルゴンを導入して反応系内をアルゴン置換した後、反応溶液を加熱・還流させながら6時間攪拌した。反応終了後、トルエンで反応溶液中の有機層を回収した。次に、この有機層を水洗し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘプタン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、例示化合物3を白色結晶として0.14g(収率50.0%)得た。
【0095】
MALDI−TOF MS(マトリックス支援イオン化−飛行時間型質量分析法)により、例示化合物3のM+である593.0を確認した。
【0096】
また、1H−NMR測定により、例示化合物3の構造を確認した。
【0097】
1H−NMR(CDCl3、400MHz(日本電子株式会社製、ECA−400による測定)) σ(ppm):7.56(2H、dt)、7.42(1H、dd)、7.32−7.25(3H、m)、7.10(1H、dd)、1.52(6H、s)
【0098】
[イオン化ポテンシャル等の測定・評価]
上記合成例1乃至3にて合成した例示化合物1乃至3、及び後述するα−NPDについて、以下に示す方法でイオン化ポテンシャル等を評価した。
【0099】
(1)エネルギーギャップ
日立製分光光度計U−3010を用いて、薄膜状にした対象化合物の紫外−可視吸収スペクトルを測定した。尚、この薄膜はガラス基板上に対象化合物を成膜したものである。次に、測定した紫外−可視吸収スペクトルの吸収端からエネルギーギャップを求めた。
【0100】
(2)イオン化ポテンシャル
大気下において光電子分光法(測定器名AC−1、理研機器製)を用いてイオン化ポテンシャルを測定した。
【0101】
(3)電子親和力
下記計算式に基づいて電子親和力を算出した。
[電子親和力]=[イオン化ポテンシャル]−[エネルギーギャップ]
【0102】
(4)ラジカルカチオンの吸収スペクトル
下記に示す分析機器を用いてラジカルカチオンの吸収スペクトルを測定・評価した。
電荷化学アナライザー(ポテンシオスタット):ALS社製660C
吸収スペクトルの測定の光源:オーシャンオプティクス社製重水素タングステンハロゲン光源DH−2000
吸収スペクトルの測定の分光器:オーシャンオプティクス社製USB−2000
【0103】
まず対象化合物を電解質溶媒と混合した。次に、ポテンシオスタットによりこの混合液に電圧を印加して対象化合物を酸化状態にした後、その吸収スペクトルを計測した。尚、上記混合液における対象化合物の濃度は1×10-2〜1×10-5mol/lである。また吸収スペクトルの測定の際には、上記混合液に対象化合物が酸化する程度の電位を印加して、吸収スペクトルの時間変化を計測した。ところで、この測定によって得られる吸収スペクトルは、中性状態とラジカルカチオン状態との吸収スペクトルの和である。ただし通電電荷量(アンペロメトリー)からラジカルカチオンの生成量を見積もることができるので、中性分子とラジカルカチオンとの存在比と、双方の吸収スペクトルから、ラジカルカチオン状態における吸収スペクトルを抽出することができる。
【0104】
図2乃至図5は、それぞれ例示化合物1乃至3、及びα−NPDの中性状態及びカチオン励起状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す図である。ここで図2乃至図5において、1は、中性状態における紫外−可視吸収スペクトルを示し、2は、カチオン励起状態における紫外−可視吸収スペクトルを示す。
【0105】
[実施例1]
基板上に、陽極、ホール輸送層、発光層、電子輸送層及び陰極がこの順に積層されている有機発光素子を、以下に示す方法により作製した。
【0106】
(1)使用した化合物及びその合成法
本実施例において、ホール輸送層、発光層及び電子輸送層のいずれかの層の構成材料として使用した化合物の一部を以下に示す。
【0107】
【化9】

【0108】
以下、本実施例で使用した化合物の合成法を以下に示す。
【0109】
(i)化合物A1(ホスト)
下記に示す合成スキームに従い、化合物A1を合成した。
【0110】
【化10】

【0111】
(i−1)500mlの三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
2,7−ジブロモ−9,9−ジメチルフルオレン(化合物a):2.0g(5.68mmol)
ピレン−1−ボロン酸(化合物b):4.2g(17.0mmol)
トルエン:120ml
エタノール:60ml
【0112】
次に、反応系内を窒素雰囲気にした後、反応溶液を室温で攪拌しながら、炭酸ナトリウム24gと水120mlとを混合して調製した水溶液を滴下し、次いでテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)0.33g(0.28mmol)を添加した。次に、反応溶液を室温で30分攪拌した後、77℃に昇温し、この温度(77℃)で5時間攪拌した。反応終了後、有機層をクロロホルムで抽出し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。次に、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘキサン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、化合物cを白色結晶として3.0g(収率89%)得た。
【0113】
(i−2)500ml三ツ口フラスコに、下記に示し試薬、溶媒を仕込んだ。
化合物c:3.51g(5.89mmol)
tert−ブチルクロライド:1.64g(17.67mmol)
ジクロロメタン:200ml
【0114】
次に、反応溶液を0℃に冷却した後、この温度(0℃)で攪拌しながら、塩化アルミニウム1.71g(13.0mmol)を少量ずつ添加した。次に、反応溶液をこの温度(0℃)で30分攪拌した後、室温に昇温しさらに5時間攪拌した。反応終了後、反応溶液を水200mlにあけた後、有機層をクロロホルムで抽出し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。次に、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘキサン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、化合物A1を白色結晶として3.53g(収率84%)得た。
【0115】
(ii)化合物A2(発光ドーパント)
下記に示す合成スキームに従い、化合物A2を合成した。
【0116】
【化11】

【0117】
200mlの三ツ口フラスコに、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
化合物d:0.924g(1.70mmol)
化合物e:0.957g(3.40mmol)
ナトリウムtert−ブトキシド:0.65g(6.80mmol)
キシレン:100ml
【0118】
次に、反応系内を窒素雰囲気にした後、反応溶液を室温で攪拌しながら、下記に示す試薬を順次添加した。
トリ−(tert−ブチル)フォスフィン:34.4mg(0.17mmol)
パラジウムジベンジリデンアセトン:48.9mg(0.085mmol)
【0119】
次に、反応溶液を125℃に昇温し、この温度(125℃)で3時間攪拌した。反応終了後、有機層をトルエンで抽出し無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。次に、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘプタン・トルエン混合溶媒)で精製することにより、化合物A2を黄白色結晶として0.920g(収率72.7%)得た。
【0120】
質量分析法により、この化合物のM+である743.5を確認した。また、DSC示差走査熱量分析法により、この化合物の融点が323℃であることを確認した。
【0121】
(iii)化合物A3(ホール輸送性材料)
下記に示す合成スキームに従い、化合物A3を合成した。
【0122】
【化12】

【0123】
(iii−1)反応容器内に窒素を流して反応系内を窒素雰囲気にしながら、反応容器に、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
2,7−ジヨード−9、9−ジメチルフルオレン:5g(11.2mmol)
9,9−ジメチルフルオレン−2−ボロニックアシド:9g(24.7mmol)
トルエン(脱気済み):200ml
エタノール:100ml
【0124】
次に、室温で反応溶液を攪拌しながら、無水炭酸ナトリウム51gと水250mlとを混合して調製した炭酸ナトリウム水溶液245mlを滴下した。次に、反応溶液を室温で30分攪拌した後、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム142g(1.23mmol)を加えた。次に、80℃に加熱したオイルバス上で反応容器を加熱しながら、反応溶液を約3時間加熱攪拌した。次に、反応溶液を室温に戻した後、水100mlと、酢酸エチル100mlとを加えた後、溶媒抽出(1回目の溶媒抽出)により水層と有機層とを分離して有機層を回収した。次に、水層にトルエン及び酢酸エチルを加えた後、溶媒抽出(2回目の溶媒抽出)により水層と有機層とを分離して有機層を回収した。次に、1回目及び2回目の溶媒抽出で回収した有機層を合わせて硫酸ナトリウムで乾燥させた。次に、溶媒を減圧留去して粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:トルエン:ヘプタン=1:2)で精製することにより、2,2’:7’,2’’−トリス(9、9−ジメチルフルオニレン)を4.9g得た。
【0125】
(iii−2)反応容器内に窒素を流して反応系内を窒素雰囲気にしながら、反応容器に、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。尚、下記に示す試薬、溶媒は、反応容器を加熱しながら混合した。
2,2’:7’,2’’−トリス(9、9−ジメチルフルオニレン):4.5g(7.79mmol)
ニトロベンゼン:150ml
【0126】
次に、60℃に加熱したオイルバス上で反応容器を加熱しながら、臭素2.5g(15.6mmol)をゆっくり滴下した後、さらに約2時間攪拌した。次に、反応容器をアイスバスに移して反応溶液を冷却しながら、しばらく攪拌した後、析出した沈殿物をろ過した。次に、この沈殿物をトルエンから再結晶した後、ろ過、乾燥することにより7,7’’−ジブロモ−2,2’:7’,2’’−トリス(9、9−ジメチルフルオニレン)を3.4g得た。
【0127】
(iii−3)反応容器内に窒素を流して反応系内を窒素雰囲気にしながら、反応容器に、下記に示す試薬、溶媒を仕込んだ。
パラジウムビス(ベンジリデンアセトン):156mg(0.272mmol)
トリ−tert−ブチルホスフィン:330mg(1.63mmol)
キシレン:20ml
【0128】
次に、反応溶液を室温で15分攪拌した。次に、キシレン50mlと7,7’’−ジブロモ−2,2’:7’,2’’−トリス(9、9−ジメチルフルオニレン)1g(1.36mmol)とを混合して調製したキシレン溶液を滴下した。次に、反応容器を50℃に加熱したオイルバス上で加熱しながら反応溶液を30分攪拌した。次に、反応溶液中にN−(4−トリフルオロメチルフェニル)−N−(4−メチルフェニル)アミン1.08g(4.08mmol)とキシレン20mlとを混合して調製したキシレン溶液を滴下した。次に、反応溶液中にナトリウムtert−ブトキサイド588mg(6.12mmol)を加えた。次に、反応容器を130℃に加熱したオイルバス上で約5時間加熱攪拌した。次に、反応溶液を室温に戻した後、水50mlを加え、1回目の溶媒抽出を行い水層と有機層とを分離した。次に、水層にトルエン及び酢酸エチルを加え、2回目の溶媒抽出を行い水層と有機層とを分離した。次に、1回目及び2回目の溶媒抽出で回収した有機層を合わせて硫酸マグネシウムで乾燥させた。次に、溶媒を減圧留去することで粗生成物を得た。次に、この粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(トルエン:ヘプタン=1:2)で精製して、化合物A3を1.2g得た。
【0129】
MALDI−TOF MS(マトリックス支援イオン化−飛行時間型質量分析法)により、化合物A3のM+である1076を確認した。
【0130】
(2)有機発光素子の作製方法
まずスパッタ法により、ガラス基板(基板)上に、酸化錫インジウム(ITO)を成膜して陽極を形成した。このとき陽極の膜厚を120nmとした。次に、陽極が形成されている基板を、アセトン、イソプロピルアルコール(IPA)で順次超音波洗浄し、次いでIPAで煮沸洗浄後乾燥した。次に、UV/オゾン洗浄した。このように処理した基板を透明導電性支持基板として有機発光素子の作製に使用した。
【0131】
次に、化合物A3(イオン化ポテンシャル:5.85eV)と、例示化合物1(イオン化ポテンシャル:5.46eV)とを、質量比が10:1になるよう混合した後、この混合物をクロロホルムと混合して1重量%のクロロホルム溶液を調製した。次に、このクロロホルム溶液を陽極上に滴下し、最初に回転数500RPMで10秒、次いでの回転数1000RPMで40秒スピンコートを行い、ホール輸送層となる薄膜を形成した。このときホール輸送層の膜厚は11nmであった。
【0132】
次に、真空蒸着法により、ホール輸送層上に、ホストである化合物A1と、発光ドーパントである化合物A2とを、層内の化合物A2の濃度が5重量%となるように共蒸着することで発光層を形成した。このとき発光層の膜厚を100nmとし、ホスト及びドーパントの成膜速度を、それぞれ0.1nm/sec、0.01nm/secとし、蒸着時の真空度を5.0×10-5Paの条件とした。
【0133】
次に、真空蒸着法により、発光層上に、ナード研究所株式会社製のバソフェナントロリン(BPhen)を成膜して電子輸送層を形成した。このとき電子輸送層の膜厚を20nmとし、蒸着時の真空度を5.0×10-5Paとし、成膜速度を0.1nm/secの条件とした。
【0134】
次に、真空蒸着法により、電子輸送層上に、アルミニウム−リチウム合金(リチウム濃度1原子%)からなる蒸着材料を成膜して合金薄膜を形成した。このとき合金薄膜の膜厚を0.5nmとした。次に、真空蒸着法により、先程形成した合金薄膜上に、アルミニウムを成膜してAl薄膜を形成した。このときAl薄膜の膜厚を150nmとした。尚、上記金属薄膜及びAl薄膜は、電子注入電極(陰極)として機能する。また、上記金属薄膜及びAl薄膜を形成する際に、蒸着時の真空度を5.0×10-5Paとし、成膜速度を1.0〜1.2nm/secの条件とした。
【0135】
次に、水分の吸着によって素子の発光強度低下が起こらないように、窒素雰囲気中で保護用ガラス板をかぶせ、エポキシ樹脂系接着材で封止した。尚、使用した保護用ガラスの接着面側には、水分吸着用のシート(有機EL用水分ゲッターシート、ダイニック株式会社製)が封入されている。
【0136】
以上より有機発光素子を得た。
【0137】
得られた素子について電流を印加したところ青色発光を示した。この青色発光の最大発光波長は460nmであった。また、電流を33mA/cm2に保持しながら電圧を連続印加することで素子の寿命を評価した。具体的には、電圧の連続印加による初期輝度の半減時間を評価した。結果を表1に示す。
【0138】
[実施例2]
実施例1において、ホール輸送層の構成材料を例示化合物1に代えて、例示化合物2(イオン化ポテンシャル:5.72eV)を用いた他は、実施例1と同様の方法により有機発光素子を作製した。得られた素子について、実施例1と同様に評価を行った。結果を表1に示す。
【0139】
[実施例3]
実施例1において、ホール輸送層の構成材料を例示化合物1に代えて、例示化合物3(イオン化ポテンシャル:5.51eV)を用いた他は、実施例1と同様の方法により有機発光素子を作製した。得られた素子について、実施例1と同様に評価を行った。結果を表1に示す。
【0140】
[比較例1]
実施例1において、ホール輸送層の構成材料を例示化合物1に代えて、下記式に示されるα−NPD(イオン化ポテンシャル:5.40eV)を用いた他は、実施例1と同様の方法により有機発光素子を作製した。得られた素子について、実施例1と同様に評価を行った。結果を表1に示す。
【0141】
【化13】

【0142】
【表3】

【0143】
表3より、実施例1乃至3の有機発光素子は、比較例1の素子と比較して、初期輝度の半減時間が大幅に向上していることがわかった。これは、比較例1で使用したα−NPDが、ホールを取り込んでラジカルカチオン状態になったときに、発光層から発せられる青色発光のエネルギーを一部吸収して化合物自体の構造が変化するためであると考えられる。一方、実施例1乃至3でそれぞれ使用された例示化合物1乃至3は、ホールを取り込んでラジカルカチオン状態になったときに、α−NPDのような構造の変化は起きていなかったと考えられる。
【0144】
一方、図2乃至図4に示されるように、例示化合物1乃至3は、ラジカルカチオン状態において青色発光領域(410nm乃至490nm)に吸収のピークがない。他方、図5に示されるように、α−NPDは、ラジカルカチオン状態において青色発光領域(410nm乃至490nm)に吸収のピークがある。
【0145】
以上より、実施例1乃至3の有機発光素子は、連続駆動耐久性が向上されている素子であるといえる。
【符号の説明】
【0146】
1:中性状態の吸収スペクトル、2:ラジカルカチオン状態の吸収スペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極と陰極と、
該陽極と該陰極との間に配置され、少なくともホール輸送層と、発光層と、を含む有機化合物層と、から構成され、
該発光層に青色発光材料が含まれており、
該ホール輸送層に複数種類の有機化合物が含まれており、
該有機化合物のうちイオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物が、ラジカルカチオン状態における吸収スペクトルのピークが青色波長領域に存在しない化合物であることを特徴とする、有機発光素子。
【請求項2】
前記イオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物の青色波長領域におけるモル吸光係数が5,000L・mol-1・cm-1以下であることを特徴とする、請求項1に記載の有機発光素子。
【請求項3】
前記イオン化ポテンシャルが最も小さい有機化合物が下記一般式[1]に示される化合物であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の有機発光素子。
【化1】

(式[1]において、Ar1乃至Ar3は、それぞれ縮合多環芳香族基又は下記一般式[2]に示される置換フェニル基である。尚、Ar1乃至Ar3は、それぞれ他の置換基と同じであってもよいし異なっていてもよい。
【化2】

(式[2]において、R1及びR3は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、置換あるいは無置換のアルキル基又は置換あるいは無置換のアリール基である。ただし、R1及びR3のいずれかは置換あるいは無置換のアリール基である。R2は、水素原子、ハロゲン原子又は置換あるいは無置換のアルキル基である。))
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の有機発光素子と、該有機発光素子の輝度を制御するTFT回路と、を含む画素を備えることを特徴とする、表示装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−124473(P2011−124473A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282648(P2009−282648)
【出願日】平成21年12月14日(2009.12.14)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】