説明

有機酸を除去したリグニンの製造方法、および有機酸が除去されたリグニンを負極活物質に添加した鉛蓄電池。

【課題】有機酸を除去したリグニンの製造方法、および有機酸が除去されたリグニンを負極活物質に添加した長寿命の鉛蓄電池を提供する。
【解決手段】本発明の有機酸を除去したリグニンの製造方法は、リグニンを含む溶液をpH2以下に酸性処理して前記リグニン中の有機酸塩を遊離有機酸として除去し、次いで残部を回収する方法で、この方法は工程が簡便で生産性に優れるためリグニンを安価に製造できる。本発明の鉛蓄電池は、前記リグニンを負極活物質に添加したもので、電解液中の有機酸が減少し、正極端子の腐食が防止され、長寿命である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸を除去したリグニンの製造方法、および有機酸が除去されたリグニンを負極活物質に添加した長寿命の鉛蓄電池に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、鉛蓄電池には、正極端子の液面直上部が集中的に腐食し、終には正極端子が破断してしまうという問題があった。この腐食は、電解液面に浮上した有機酸と過充電時に生成する酸素とが反応して発生することが知られている。
【0003】
このようなことから、電解液から有機酸を低減或いは除去する方法が提案されている。
例えば、有機酸を含むポリエチレンセパレータ中のプロセスオイルや浸透剤(ジアルキルスルホコハク酸系界面活性剤)の量を減らす方法、電解液に分散した有機酸などの有害物質を化成処理後に廃棄するダンプ化成法などである。
【0004】
しかし、前者は十分な防食効果が得られないうえ、プロセスオイルを減らす場合はセパレータの強度が低下し、浸透剤を減らす場合はセパレータの親水性が低下し、いずれの場合も電池性能が悪化した。後者は工程が煩雑なうえ、廃液処理に多額の費用を要した。
【0005】
かかる状況に鑑み、本発明者等は、有機酸の発生源について広く調査した。
その結果、負極活物質には、負極活物質の粗大化を阻止して電池の高率放電容量の低下を防止するためにリグニンが添加されており(特許文献1)、前記リグニンは黒液(パルプ廃液)を酸化処理、中和処理、乾燥の工程を経て製造されるため、パルプ中のギ酸や酢酸などがナトリウム塩として1000ppmのオーダーで含まれ、前記ナトリウム塩は電解液(硫酸)とのカチオン交換により有機酸として遊離することを知見した。
【0006】
【特許文献1】特開平9−82317号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このようなことから、本発明者等はリグニンから有機酸を除去する方法を検討した。
その結果、リグニンを含む溶液に強酸を添加するとリグニン中の有機酸塩が遊離有機酸となり容易に除去できること、有機酸を除去したリグニンを負極活物質に添加した鉛蓄電池は正極端子の腐食が大幅に低減することを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成させるに至った。
【0008】
本発明は、有機酸を除去したリグニンの製造方法、および有機酸が除去されたリグニンを負極活物質に添加した長寿命の鉛蓄電池の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1記載発明は、リグニン又はリグニンを含む溶液をpH2以下に酸性処理して前記リグニン中の有機酸塩を遊離有機酸として除去し、次いで残部を回収することを特徴とする有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0010】
請求項2記載発明は、前記有機酸を除去した残部を水酸化ナトリウムにより中和し、その後、回収することを特徴とする請求項1記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0011】
請求項3記載発明は、前記遊離有機酸を濾過により除去することを特徴とする請求項1または2記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0012】
請求項4記載発明は、前記遊離有機酸を水蒸気蒸留により除去することを特徴とする請求項1または2記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0013】
請求項5記載発明は、前記水蒸気蒸留と同時に煮沸することを特徴とする請求項4記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0014】
請求項6記載発明は、前記水蒸気蒸留を30分以上行うことを特徴とする請求項4または5記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0015】
請求項7記載発明は、リグニンを含む溶液が黒液であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0016】
請求項8記載発明は、前記酸性処理を、前記リグニンを含む溶液にギ酸以上の強酸を添加して行うことを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0017】
請求項9記載発明は、前記有機酸を除去した残部をスプレードライ法により乾燥することを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法である。
【0018】
請求項10記載発明は、負極活物質にリグニンが添加された鉛蓄電池において、前記リグニンは有機酸が除去されていることを特徴とする鉛蓄電池である。
【0019】
請求項11記載発明は、負極活物質にリグニンが添加された鉛蓄電池において、前記リグニンは請求項1乃至9のいずれかに記載の方法で製造されていることを特徴とする鉛蓄電池である。
【発明の効果】
【0020】
請求項1記載発明の有機酸を除去したリグニンの製造方法はリグニンを含む溶液をpH2以下に酸性処理して、前記リグニン中の有機酸塩を遊離有機酸として除去し、残部を回収する方法であり、工程が簡便なため生産性に優れる。
【0021】
前記有機酸を除去した残部を水酸化ナトリウム(NaOH)により中和すると、得られるリグニンはNaが含まれるため電解液に良好に分散し、リグニンの効果が効率良く発現される。
【0022】
請求項3記載発明は前記遊離有機酸を濾過により除去する方法であり、請求項4記載発明は前記遊離有機酸を水蒸気蒸留により除去する方法であり、いずれも操作が簡便で生産性に優れる。
【0023】
本発明において、前記水蒸気蒸留と同時に煮沸を行うと、有機酸の抽出が促進される。また前記水蒸気蒸留は30分以上行うと、殆どの有機酸を除去できる。
【0024】
本発明において、リグニンを含む溶液に黒液を用いると、黒液は安価なためコスト的に有利である。また前記酸性処理をギ酸以上の強酸を添加して行うと有機酸を効率よく遊離できる。また前記有機酸を除去した残部をスプレードライ法で乾燥すると、リグニン粉末が効率よく得られる。
【0025】
請求項10記載発明の鉛蓄電池は、負極活物質に、有機酸を除去したリグニンが添加された鉛蓄電池であり、電解液中の有機酸が減少し、正極端子の腐食が防止され、電池寿命が延びる。
【0026】
請求項11記載発明の鉛蓄電池は、負極活物質に、請求項1〜9記載発明で製造されたリグニンが添加された鉛蓄電池であり、電解液中の有機酸が減少し、正極端子の腐食が防止され、電池寿命が延びる。そのうえ、前記リグニンは生産性に優れ安価なため、コスト的に有利である。特に、請求項2記載発明により製造されたリグニンは水酸化ナトリウムにより中和処理されていて、Naを含むためリグニンが電解液に良好に分散し、リグニンの効果が効率良く発現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明のリグニンの製造方法において、リグニン又はリグニンを含む溶液をpH2以下に酸性処理する理由は、原料のリグニンに含まれるギ酸や酢酸などの有機酸塩(ナトリウム塩など)を、カチオン交換により遊離有機酸とするためである。
【0028】
前記酸性処理は、前記リグニン又はリグニンを含む溶液に、ギ酸以上の強酸を添加して行う。ギ酸以上の強酸としては硫酸、硝酸、塩酸などが挙げられる。前記強酸は当量点を超える十分な量添加することが望ましい。
【0029】
前記有機酸を除去した残部を水酸化ナトリウムにより中和する方法は、前記残部に水酸化ナトリウムのペレットを投下する方法、水酸化ナトリウム水溶液を添加する方法など任意の方法が適用できる。
【0030】
前記遊離有機酸を除去する方法には、濾過、水蒸気蒸留、遠心分離など任意の方法が適用できる。前記水蒸気蒸留は、蒸留時間が短いと有機酸が十分に除去されずに正極端子が変色する場合があるので30分以上行うことが望ましい。
【0031】
前記水蒸気蒸留と同時に煮沸を行うと有機酸が迅速に除去(抽出)され望ましい。前記水蒸気蒸留には任意の方法が適用できる。また煮沸には電気、ガスなどを熱源とする常法が適用できる。
【0032】
請求項1記載発明のリグニン又はリグニンを含む溶液とは、黒液の他、前記黒液を中和し乾燥したサルファイドリグニン、水酸化ナトリウムで処理したクラフトリグニンなど、要するに有機酸が除去されていないリグニンおよびその溶液である。
前記黒液とは、針葉樹のチップを亜硫酸や亜硫酸ナトリウムで処理した液からセルロースを除去した残りのパルプ廃液である。
【0033】
本発明において、有機酸を除去した残部の乾燥は、前記残部を霧状にし、そこに熱風を吹きつけるスプレードライ法が、リグニン粉末が直接得られ推奨される。
【0034】
請求項10記載発明の鉛蓄電池では、負極活物質に、有機酸が除去された任意のリグニンが添加される。請求項11記載発明の鉛蓄電池では、負極活物質に、請求項1乃至9記載発明で製造されたリグニンが添加され、前記リグニンは生産性に優れ安価なため、電池コストが低減し推奨される。
【0035】
本発明において、負極板は、負極活物質(鉛粉)に、希硫酸および水を加えて混練してペースト状物とし、これを負極格子に充填して製造されるが、前記有機酸を除去したリグニンは、前記鉛粉、希硫酸、水のいずれに添加しても差し支えない。
【0036】
本発明において、リグニンの効果は、有機酸を除去しても減ずることがない。
【実施例1】
【0037】
市販のサルファイドリグニン(リグニンスルホン酸ナトリウム)粉末5gを比重1.200/20℃の希硫酸100ccに分散後、カチオン交換により不溶性リグニンスルホン酸と有機酸を遊離させ、これをフィルターにより濾過し、フィルター上の残渣(粉末)を集め、水洗し、100℃で1時間乾燥して、有機酸を除去したリグニン粉末aを製造した。
【実施例2】
【0038】
実施例1において、残渣を0.1NのNaOH水溶液で中和したのち、水洗した他は、実施例1と同じ方法によりリグニン粉末bを製造した。
【実施例3】
【0039】
硫酸によりpH1.7に調整した黒液(サルファイドパルプ廃液)500ccをケルダールフラスコに入れ、次いで水蒸気蒸留を30分間行い、次いでフラスコに残った黒液をスプレードライ法により乾燥してリグニン粉末cを製造した。なお水蒸気蒸留で抽出した液には多量の有機酸が検出された。
【実施例4】
【0040】
実施例3において、フラスコに残った黒液を0.1NのNaOH水溶液で中和し、その後スプレードライ法により乾燥した他は、実施例3と同じ方法によりリグニン粉末dを製造した。
【実施例5】
【0041】
硫酸によりpH1.7に調整した黒液(サルファイドパルプ廃液)500ccをケルダールフラスコに入れ、次いで水蒸気蒸留と煮沸を同時に行って有機酸を抽出し、次いで残りの黒液を0.1NのNaOH水溶液で中和し、次いでスプレードライ法により乾燥してリグニン粉末を製造した。前記水蒸気蒸留の時間は10分〜120分の範囲で種々に変化させた。それぞれの時間で製造したリグニン粉末をe〜lとした。
【0042】
実施例1〜5で得られた各リグニン粉末5gをそれぞれ0.1NNaOH水溶液50ccに溶解し、そこに比重1.400/20℃の希硫酸を5cc添加し、次いで水蒸気蒸留を行い、抽出液からサンプルを100cc採取し、このサンプル中の酢酸とギ酸を、疎水性アニオン交換カラムを用いたイオンクロマトグラム法により定量分析した。
【0043】
比較例1として、市販のリグニン粉末mについても前記方法により酢酸とギ酸を定量分析した。実施例1〜5、比較例1の分析結果を表1に示す。
【0044】
【表1】

【0045】
表1から明らかなように、本発明例の実施例1〜5で製造したリグニン(No.a〜l)は有機酸が70%以上除去された。特に水蒸気蒸留を30分以上行ったものは有機酸が殆ど除去された。
水蒸気蒸留と同時に煮沸を行うと有機酸の抽出が促進した(No.dとg対比)。
【実施例6】
【0046】
ボールミル負極活物質に、実施例1〜5で製造したリグニン粉末(No.a〜l)を、前記負極活物質に対して各0.2%添加し、さらにカーボンパウダー、硫酸バリウム、補強材をそれぞれ適量添加して混合し、これに水および希硫酸を加え混練して負極ペーストとし、これを負極格子に充填して負極板とし、この負極板に、常法により作製した正極板をガラスマットを介して積層し、この積層体の同極板同士をCOS方式で溶接して極板群とし、この極板群をポリプロピレン製の電槽に挿入し、ヒートシールにより蓋をし、前記蓋の液口から希硫酸(比重1.24/20℃)を注入し、次いで、電解液をダンプしないワンショット電槽化成を行って40B19タイプの自動車用鉛蓄電池を製造した。
【0047】
得られた各鉛蓄電池について、−15℃、放電電流150Aの条件で放電持続時間を調査した。また75℃ランプ放電で2週間の過放電後に、75℃で14.4V定電圧を1ヶ月間負荷し、その後、解体して、正極端子の腐食状況を調査した。
比較例2として、市販のリグニンをそのまま用いた従来の鉛蓄電池についても同様の調査を行った。
実施例6および比較例2で製造した鉛蓄電池の調査結果を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
表2から明らかなように、本発明例の鉛蓄電池は、正極端子に腐食が生じなかった。特に水蒸気蒸留を30分以上行ったものは変色も生じず耐食性が極めて優れた。
No.1、3は、前記中和処理を省いたため、放電持続時間が若干低下したが、実用上差支えない程度であった。
これに対し、比較例2の鉛蓄電池は、正極端子に団子状の腐食が生じた。これは負極活物質に添加したリグニンに多量の有機酸が含まれていたためである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン又はリグニンを含む溶液をpH2以下に酸性処理して前記リグニン中の有機酸塩を遊離有機酸として除去し、次いで残部を回収することを特徴とする有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項2】
前記有機酸を除去した残部を水酸化ナトリウムにより中和し、その後、回収することを特徴とする請求項1記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項3】
前記遊離有機酸を濾過により除去することを特徴とする請求項1または2記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項4】
前記遊離有機酸を水蒸気蒸留により除去することを特徴とする請求項1または2記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項5】
前記水蒸気蒸留と同時に煮沸することを特徴とする請求項4記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項6】
前記水蒸気蒸留を30分以上行うことを特徴とする請求項4または5記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項7】
リグニンを含む溶液が黒液であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項8】
前記酸性処理を、前記リグニン又はリグニンを含む溶液にギ酸以上の強酸を添加して行うことを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項9】
前記有機酸を除去した残部をスプレードライ法により乾燥することを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の有機酸を除去したリグニンの製造方法。
【請求項10】
負極活物質にリグニンが添加された鉛蓄電池において、前記リグニンは有機酸が除去されていることを特徴とする鉛蓄電池。
【請求項11】
負極活物質にリグニンが添加された鉛蓄電池において、前記リグニンは請求項1乃至9のいずれかに記載の方法で製造されていることを特徴とする鉛蓄電池。

【公開番号】特開2006−169134(P2006−169134A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−360513(P2004−360513)
【出願日】平成16年12月13日(2004.12.13)
【出願人】(000005382)古河電池株式会社 (314)
【Fターム(参考)】