説明

有機酸クロム(III)水溶液及びその製造方法

【課題】不純物の少ない高純度の有機酸クロム(III)水溶液及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】一般式Crm(Axn(式中、Aは有機酸からプロトンを除いた残基を表し、xはAの電荷を表し、m及びnは3m+xn=0を満たす整数をそれぞれ表す。)で表される有機酸クロム(III)を含む。水溶液中の有機酸クロム(III)の濃度がCrm(Axnとして6重量%以上である。且つ不純物イオンの濃度がCrm(Axnとして20重量%換算あたりNa≦30ppm、Fe≦20ppm、Cl≦0.001%、SO4≦0.03%、NO3≦20ppmである。更に、クロム(VI)を実質的に含んでいない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸クロム(III)水溶液及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機酸クロム(III)の一種であるシュウ酸クロム(III)の製造方法としては、例えば次の方法が知られている(非特許文献1参照)。先ず、硫酸クロム(III)、硝酸クロム(III)、塩化クロム(III)等の無機の三価クロム塩水溶液に、水酸化ナトリウム溶液又はアンモニア水溶液を添加し中和して水酸化クロムの沈殿を得る。この沈殿をシュウ酸溶液に溶解させる。この液を濃縮することでシュウ酸クロム(III)が得られる。このようにして得られたシュウ酸クロム(III)を水に溶解した液は、その出発原料に起因してNaやFeなどの金属イオン、Cl-、SO42-、NO3-などのアニオンを微量不純物として含有している。これらの微量不純物は、シュウ酸クロム(III)水溶液の製造方法として前記の方法を用いている以上避けることができない。
【0003】
有機酸クロム(III)水溶液とは別に、本出願人は先に、硝酸クロム(III)や塩化クロム(III)などの無機酸のクロム(III)塩水溶液を提案した(特許文献1参照)。このクロム(III)塩水溶液は、水溶液中に存在するシュウ酸の量が少ないことによって特徴付けられるものである。シュウ酸の量が少ないクロム(III)塩水溶液は、これを例えば金属の表面処理やクロメート処理に用いた場合、優れた光沢の製品が得られるという利点がある。特許文献1には、種々の無機酸のクロム(III)塩についての開示があるものの、有機酸のクロム(III)塩に関する記載はない。
【0004】
【非特許文献1】化学大辞典4、縮刷版第14刷、共立出版株式会社、昭和47年9月15日、第636頁
【特許文献1】国際公開第2005/056478号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って本発明の目的は、不純物の少ない高純度の有機酸クロム(III)水溶液及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、一般式Crm(Axn(式中、Aは有機酸からプロトンを除いた残基を表し、xはAの電荷を表し、m及びnは3m+xn=0を満たす整数をそれぞれ表す。)で表される有機酸クロム(III)を含む水溶液であって、
前記水溶液中の前記有機酸クロム(III)の濃度がCrm(Axnとして6重量%以上であり、且つ不純物イオンの濃度がCrm(Axnとして20重量%換算あたりNa≦30ppm、Fe≦20ppm、Cl≦0.001%、SO4≦0.03%、NO3≦20ppmであり、クロム(VI)を実質的に含んでいないことを特徴とする有機酸クロム(III)水溶液を提供するものである。
【0007】
また本発明は、前記の有機酸クロム(III)水溶液の好適な製造方法として、
有機酸及び有機還元剤の混合水溶液とクロム酸(VI)水溶液とを混合して、クロム(VI)をクロム(III)に還元することを特徴とする有機酸クロム(III)水溶液の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来の工業的に製造されていた有機酸クロム(III)水溶液中に不可避的に含まれていた各種不純物イオンの量を一層低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の有機酸クロム(III)水溶液は、一般式Crm(Axnで表される有機酸クロム(III)が水に溶解した液である。なお以下の説明では、特に断らない限りクロムというときには、三価のクロムを意味する。前記の一般式中、Aは有機酸からプロトンを除いた残基を示す。Aは負の電荷を有している。xはAの電荷(負電荷)を表す。m及びnは3m+xn=0を満たす整数をそれぞれ表す。
【0010】
有機酸クロムにおける有機酸は、R(COOH)yで表される。式中、Rは有機基、水素原子又は単結合若しくは二重結合を表す。yは有機酸におけるカルボキシル基の数を表し、1以上の整数である。前記の一般式におけるAはR(COO-yで表される。Rが有機基である場合、該有機基としては炭素数1〜10、特に1〜5の脂肪族基が好ましい。この脂肪族基は、他の官能基、例えば水酸基で置換されていてもよい。脂肪族基としては、飽和脂肪族基及び不飽和脂肪族基の何れも用いることができる。後述する有機酸クロム水溶液の製造におけるクロム(VI)の還元性を考慮すると、飽和脂肪族基であることが好ましい。
【0011】
有機酸におけるカルボキシル基の数は1でもよく、2以上でもよい。つまり有機酸はモノカルボン酸でもよく、多価カルボン酸でもよい。好ましくは、有機酸中におけるカルボキシル基の数は1ないし3である。
【0012】
好ましい有機酸は、以下の(a)−(c)のグループに分類される。
(a)カルボキシル基を除いた残基が、水素原子であるか、又は水酸基で置換されていてもよい炭素数1〜5、特に1若しくは2の飽和脂肪族基であり、カルボキシル基の数が1である有機酸。例えばギ酸、酢酸、グリコール酸、乳酸、グルコン酸など。
(b)カルボキシル基を除いた残基が、単結合若しくは二重結合であるか、又は水酸基で置換されていてもよい炭素数1若しくは2の飽和脂肪族基であり、カルボキシル基の数が2である有機酸。例えばシュウ酸、マレイン酸、マロン酸、リンゴ酸、酒石酸、コハク酸など。
(c)カルボキシル基を除いた残基が、水酸基で置換されていてもよい炭素数1〜3の飽和脂肪族基であり、カルボキシル基の数が3である有機酸。例えばクエン酸など。
【0013】
本発明の有機酸クロム水溶液における有機酸クロムの濃度は、Crm(Axnとして6重量%以上であり、好ましくは12重量%以上、更に好ましくは20重量%以上である。この濃度は有機酸クロム水溶液の具体的な用途に応じて適切に調整される。水溶液中における有機酸クロムの濃度が6重量%に満たない場合には、例えば後述する金属の表面処理やクロメート処理の浴の補充液として用いた場合に、浴の各成分濃度を適切に維持できないなどの問題が生じる。水溶液中における有機酸クロムの濃度の上限値に特に制限はないが、濃度があまりにも高くなり過ぎると沈殿が生成することがある。また、水溶液の粘性が高くなり、やがてタール状となるなど取り扱いが困難になることがある。沈殿の生成もしくはタール状となる濃度は有機酸クロムの種類によって異なるので、前記の上限値は有機酸クロムの種類に応じ、個別に設定する。例えば有機酸クロムがシュウ酸クロムの場合には、50重量%、特に40重量%を上限とすることが好ましい。
【0014】
本発明の有機酸クロム水溶液は、六価のクロムを実質的に含んでいないことによって特徴付けられる。六価のクロムを実質的に含んでいないことで、本発明の有機酸クロム水溶液は安全性の高いものとなる。六価のクロムを実質的に含んでいないとは、有機酸クロム水溶液中における六価のクロムの濃度が測定機器の測定限界値よりも低いことを意味する。本発明の有機酸クロム水溶液における六価のクロムの濃度は例えば有機溶媒抽出−吸光光度法を用いて測定され、三価のクロムの濃度は例えばICP−AESを用いて測定される。
【0015】
また本発明の有機酸クロム水溶液は、不純物である各種イオンの濃度が極めて低いことによっても特徴付けられる。具体的には、Na及びFeなどの金属イオン、並びにCl、SO4及びNO3などのアニオンの濃度が極めて低いものである。金属イオンに関しては、Crm(Axnとして20重量%換算あたりNa≦30ppmであり、Fe≦20ppm、特にFe≦10ppmである。一方、アニオンに関しては、Crm(Axnとして20重量%換算あたりCl≦0.001%、SO4≦0.03%、特にSO4≦0.02%であり、NO3≦20ppmである。これらの不純物イオンは、有機酸クロム水溶液を例えば、金属の表面処理やクロメート処理に用いた場合に、仕上がりに悪影響を及ぼすものと考えられていた。従って、これらの不純物イオンの濃度が極めて低い本発明の有機酸クロム水溶液を、これらの用途に適用すれば、良好な仕上がりが期待できる。本発明の有機酸クロム水溶液における不純物イオンの濃度は例えばICP−AESを用いて測定される。なお、本明細書における「%」及び[ppm」は特に断らない限り重量基準である。
【0016】
本発明の有機酸クロム水溶液においては、液中にフリーの有機酸が実質的に存在していないことが好ましい。フリーの有機酸が水溶液中に存在していると、有機酸クロム水溶液を例えば金属の表面処理やクロメート処理に用いた場合に、仕上がりに悪影響を及ぼすことがある。フリーの有機酸が実質的に存在していないとは、水溶液中におけるクロム及び有機酸の濃度が、測定誤差の範囲内でCrm(Axnで表される化学量論比を満たしていることをいう。
【0017】
更に本発明の有機酸クロム水溶液においては、液中に有機酸の酸化進行物が実質的に存在していないことが好ましい。この酸化進行物もまた、有機酸クロム水溶液を例えば金属の表面処理やクロメート処理に用いた場合に、仕上がりに悪影響を及ぼす可能性があるからである。後述する有機酸クロム水溶液の製造方法から明らかなように、有機酸はクロム(III)イオンの対イオンとしてのイオン源になると共に、クロム(VI)の還元剤としても作用する。従って、有機酸はクロム(VI)によって酸化され、最終的には水と二酸化炭素まで分解されるが、クロム(VI)の還元条件によっては有機酸の酸化が途中で終了してしまう場合がある。そのような場合に、液中に有機酸の酸化進行物が存在することになる。有機酸の酸化進行物が実質的に存在していないとは、有機酸クロム水溶液中に存在するイオンを分析した場合に(例えばイオンクロマトグラフィで分析した場合に)、該酸化進行物の濃度が測定限界よりも低いことをいう。
【0018】
本発明の有機酸クロム水溶液は、クロムめっき用の溶液として各種金属の表面処理に好適に用いられる。例えば装飾用の最終仕上げめっきや、ニッケルめっきの上層に施されるめっきに用いられる。更に、本発明の有機酸クロム水溶液は、亜鉛めっきやすずめっき等のクロメート処理にも好適に用いられる。特に好適には、本発明の有機酸クロム水溶液は、クロムめっきによる金属の表面処理又はクロメート処理における浴の補充液として用いられる。金属の表面処理やクロメート処理においては、皮膜へのアニオンの取り込まれ方が異なることに起因して、浴組成の変化が起こりやすい。無機アニオン、例えば硫酸イオン,硝酸イオン,塩化物イオンなどは、クロム(III)と錯体を形成しやすい有機アニオンに比べ、皮膜中に取り込まれにくく浴中に蓄積しやすい。無機アニオンの浴中濃度がクロム(III)に対して少ない場合には無機クロム塩、例えば硫酸クロム,硝酸クロム,塩化クロムなどをクロム源として浴中に注ぎ足すことで比較的調整は容易だが、多い場合には調整が困難となる。これに対してクロム(III)と錯体形成して皮膜中に取り込まれやすい有機アニオンは、浴中への蓄積が起こりにくいので、本発明の有機酸クロム水溶液をクロム源として浴中に注ぎ足しても、浴組成の変化が少ない。その結果、浴を頻繁に更新することなく、長期にわたり浴を用いることができる。
【0019】
また本発明の有機酸クロム水溶液は、触媒用や、チタン酸バリウム等の誘電体の製造原料としても有用である。チタン酸バリウム等の誘電体には、その性能を向上させる目的で、微量成分としてクロムを添加することがある。そのクロム源として本発明の有機酸クロム水溶液を用いると、誘電体の焼成中に有機成分が除去されるので不純物の少ない目的物が得られるという利点がある。
【0020】
次に、本発明の有機酸クロム水溶液の好適な製造方法について説明する。本発明の製造方法は、有機酸及び有機還元剤の混合水溶液とクロム酸(VI)水溶液とを混合して、クロム(VI)をクロム(III)に還元することを特徴とするものである。
【0021】
まず、原料であるクロム酸(VI)水溶液は、例えばクロム鉱石をアルカリ酸化焙焼して得たクロム(VI)酸ソーダを出発原料とし、種々の精製処理を施して得た三酸化クロム(VI)を水に溶解して得られる。このようにして得られたクロム(VI)酸水溶液は、硫酸クロムに苛性ソーダ又はソーダ灰を加えて得られた水酸化クロムや炭酸クロムを原料として調製されたクロム酸水溶液や、高炭素フェロクロムを硫酸又は塩酸で溶解して得られたクロム酸水溶液に比べてFe、Na、Mg、Al、Ca、Ni、Mo、W等の不純物が極めて少ないものである。
【0022】
なお、クロム(VI)酸水溶液は反応系において溶液であればよく、当初の反応時に三酸化クロム(VI)を使用することも可能である。しかし、多くの場合はこれに水を加え、溶解して調製された水溶液を使用する。クロム(VI)酸水溶液の濃度に特に制限はないが、一般的な範囲として15〜60重量%であることが好ましい。
【0023】
有機酸としては、先に述べたものを用いることができる。有機還元剤としては、後述の還元反応において炭酸ガスと水とに殆ど分解し、実質的に有機分解物が残らないものであれば特に限定されない。例えば、メチルアルコール、プロピルアルコール等の一価アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の二価アルコール、グルコースなどの単糖類、マルトースなどの二糖類、でんぷんなどの多糖類を用いることができる。
【0024】
本製造方法においては、用いる有機酸の種類によっては、該有機酸が有機還元剤を兼ねている場合がある。そのような場合には、該有機酸以外に別途の有機還元剤を使用する必要はない。別途の有機還元剤を使用しないことで、製造を簡便且つ低コストで行うことが可能になる。有機還元剤を兼ねている有機酸としては、例えば一価の有機酸として乳酸、グルコン酸、グリコール酸などが挙げられる。二価の有機酸としては、例えばシュウ酸、リンゴ酸、マレイン酸、マロン酸、酒石酸などが挙げられる。三価の有機酸としては、例えばクエン酸などが挙げられる。
【0025】
有機酸に加えて有機還元剤を使用する場合には、該有機還元剤の使用量は、クロム(VI)をクロム(III)に還元するために必要な量とする。この場合、有機還元剤と有機酸とを混合して、これらの混合水溶液の状態で使用することが好ましい。一方、有機還元剤を兼用する有機酸を使用する場合には、該有機酸を、クロム(VI)の還元及び有機酸クロム(III)の生成に必要な量と等量使用する。例えば有機酸としてシュウ酸を用いた場合には、クロム(VI)の還元及びシュウ酸クロム(III)の生成は、以下の反応式に従って進行する。
【0026】
6(COOH)2+2CrO3 → Cr2(C243+6CO2+6H2
【0027】
前記の反応に示すように、有機酸としてシュウ酸を使用した場合、クロム酸をシュウ酸クロムに転換するために必要なシュウ酸の理論量をa、クロム酸を還元するに必要なシュウ酸の理論量をbとすると、基本的にaとbとの関係は1モル:1モルとなる。そして、シュウ酸クロムを生成するために必要なシュウ酸量と、クロム(VI)酸の還元に必要なシュウ酸量との合計を添加すればよい。
【0028】
有機還元剤を兼用する有機酸を使用する場合には、該有機酸の水溶液をクロム(VI)酸水溶液に添加してもよく、逆にクロム(VI)酸水溶液を有機酸の水溶液に添加してもよい。有機酸の水への溶解度が低い場合、例えば有機酸としてシュウ酸を使用する場合には、反応容器中で有機酸を加熱溶解させてその濃度を高めた状態下に、クロム(VI)酸水溶液を添加することが有利である。これによって、高濃度の有機酸クロム水溶液を得ることができる。有機酸の水への溶解度が高い場合には、このような加熱溶解の操作は不要であるので、室温で有機酸を水に溶解させ、その溶液をクロム(VI)酸水溶液に添加すればよい。なお有機酸の種類によっては、クロム酸水溶液中に有機酸水溶液を添加すると、反応液がゲル化してしまうことがある。そのような場合には、有機酸水溶液中にクロム酸水溶液を添加すればよい。
【0029】
クロム(VI)酸と、有機酸と、必要に応じ用いられる有機還元剤とを混合することで、クロム(VI)の還元が起こる。本反応は酸化還元反応なので、反応は著しい発熱を伴い、液温は速やかに沸点まで上昇する。反応温度は通常90〜110℃である。反応終了後、30分以上、特に1時間以上、熟成を行う。熟成温度は、特に制限されるものではないが、反応終了時の温度でよい。有機酸又は有機還元剤の酸化によって発生する炭酸ガスは系外に放出すればよい。反応の終了は、溶液中にクロム(VI)が存在しない、即ち、分析検出限界以下であることを確認することにより判定する。熟成終了後、クロム(III)と有機酸とのモル比の調整が必要であれば、有機酸を添加する。
【0030】
クロム(VI)の還元により発生した熱で生じた蒸発水の全部を反応系内に還流してもよい。また、有機酸クロムの濃度を高める目的で、該蒸発水の一部を反応系外に除去し、残部を反応系内に還流させて濃縮してもよい。この操作によって、別途の濃縮工程を必要とせずに高濃度の有機酸クロム溶液を直接製造できる。有機酸クロムの濃度は、20重量%以上、特に25重量%以上という高濃度になる。
【0031】
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されず、当該技術分野に属する通常の知識を有する者の常識の範囲内において種々の改変を行うことは何ら妨げられず、またそのような改変は本発明の範囲内のものである。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。特に断らない限り「%」は「重量%」を意味する。
【0033】
〔実施例1〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、水245.5gを仕込んだ。容器内を攪拌しながらシュウ酸二水和物312.5gを投入した。次に、反応容器を80℃まで加熱し、還流下でシュウ酸二水和物を完全に溶解した。これにより40%のシュウ酸水溶液を得た。この水溶液に含まれるシュウ酸は、シュウ酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。
【0034】
次いで当量に相当する15%のクロム酸水溶液551.1gを、3.0mL/minの速度でシュウ酸水溶液に添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加時間は約3時間
であった。添加開始後5分で反応液は100℃程度まで上昇した。発生した蒸発水の一部を系外に抜き取り、蒸発水の残部は反応系内に還流させた。抜き取った蒸発水は約250gであった。炭酸ガスは系外へ放出した。クロム酸の添加終了後30分以上熟成を行った。液中のクロム(VI)を分析し、検出限界以下となったことを確認して反応の終点とした。クロム(VI)の検出は、有機溶媒抽出−吸光光度法により行った。このようにして得られたシュウ酸クロム水溶液のクロム濃度、シュウ酸濃度を化学分析し、Cr2(C243が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表1に示した。
【0035】
【表1】

【0036】
〔実施例2〕
実施例1において、発生した蒸発水をすべて反応系に還流させる以外は実施例1と同様にしてシュウ酸クロム水溶液を得た。得られたシュウ酸クロム水溶液のクロム濃度、シュウ酸濃度を化学分析し、Cr2(C243が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表2に示した。
【0037】
【表2】

【0038】
〔実施例3〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%クロム酸水溶液151.4gと、水302.9gを仕込んだ。反応容器中のクロム酸水溶液の濃度は20%であった。これとは別に、マロン酸180.8gを水409.8gに溶解させたマロン酸水溶液を調製した。マロン酸水溶液の濃度は30%であった。この水溶液に含まれるマロン酸は、マロン酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。
【0039】
次いでマロン酸水溶液をクロム(VI)酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した。
蒸発水を還流させながら、約260gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。マロン酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にしてマロン酸クロム水溶液を得た。得られたマロン酸クロム水溶液のクロム濃度、マロン酸濃度を化学分析しCr2(C3243が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表3に示した。
【0040】
【表3】

【0041】
〔実施例4〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%クロム酸水溶液147.1gと、水294.3gを仕込んだ。反応容器中のクロム酸水溶液の濃度は20%であった。これとは別に、マレイン酸181.0gを水416.4gに溶解させたマレイン酸水溶液を調製した。マレイン酸水溶液の濃度は30%であった。この水溶液に含まれるマレイン酸は、マレイン酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。
【0042】
次いでマレイン酸水溶液をクロム(VI)酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した
。蒸発水を還流させながら、約210gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。マレイン酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にしてマレイン酸クロム水溶液を得た。得られたマレイン酸クロム水溶液のクロム濃度、マレイン酸濃度を化学分析しCr2(C4243が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表4に示した。
【0043】
【表4】

【0044】
〔実施例5〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%クロム酸水溶液134.7gと、水269.3gを仕込んだ。反応容器中のクロム酸水溶液の濃度は20%であった。これとは別に、リンゴ酸191.4gを水440.2gに溶解させたリンゴ酸水溶液を調製した。リンゴ酸水溶液の濃度は30%であった。この水溶液に含まれるリンゴ酸は、リンゴ酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。
【0045】
次いでリンゴ酸水溶液をクロム(VI)酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した。
蒸発水を還流させながら、約190gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。リンゴ酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にしてリンゴ酸クロム水溶液を得た。得られたリンゴ酸クロム水溶液のクロム濃度、リンゴ酸濃度を化学分析しCr2(C4453が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表5に示した。
【0046】
【表5】

【0047】
〔実施例6〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%クロム酸水溶液138.6gと、水277.2gを仕込んだ。反応容器中のクロム酸の濃度は20%であった。これとは別に、クエン酸204.7gを水416.1gに溶解させたクエン酸水溶液を調製した。クエン酸水溶液の濃度は30%であった。この水溶液に含まれるクエン酸は、クエン酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。
【0048】
次いでクエン酸水溶液をクロム(VI)酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した。
蒸発水を還流させながら、約200gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。クエン酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にしてクエン酸クロム水溶液を得た。得られたクエン酸クロム水溶液のクロム濃度、クエン酸濃度を化学分析しCr(C657)が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表6に示した。
【0049】
【表6】

【0050】
〔実施例7〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%クロム酸水溶液115.6gと、水231.2gを仕込んだ。反応容器中のクロム酸の濃度は20%であった。これとは別に、90%乳酸227.9gを水448.2gに溶解させた乳酸水溶液を調製した。乳酸水溶液の濃度は30%であった。この水溶液に含まれる乳酸は、乳酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。
【0051】
次いで乳酸水溶液をクロム(VI)酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した。蒸発
水を還流させながら、約260gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。乳酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にして乳酸クロム水溶液を得た。得られた乳酸クロム水溶液のクロム濃度、乳酸濃度を化学分析しCr(C3533が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表7に示した。
【0052】
【表7】

【0053】
〔実施例8〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%クロム酸水溶液124.1gと、水248.3gを仕込んだ。反応容器中のクロム酸の濃度は20%であった。これとは別に、70%グリコール酸283.0gを水377.4gに溶解させたグリコール酸水溶液を調製した。グリコール酸水溶液の濃度は30%であった。この水溶液に含まれるグリコール酸は、グリコール酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。
【0054】
次いでグリコール酸水溶液をクロム(VI)酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇し
た。蒸発水を還流させながら、約200gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。グリコール酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にしてグリコール酸クロム水溶液を得た。得られたグリコール酸クロム水溶液のクロム濃度、グリコール酸濃度を化学分析しCr(C2333が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表8に示した。
【0055】
【表8】

【0056】
〔実施例9〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、50%グルコン酸661.0gを仕込んだ。この水溶液に含まれるグルコン酸は、グルコン酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。これとは別に、60%クロム酸水溶液89.6gを水268.8gに溶解させたクロム酸水溶液を調整した。クロム酸水溶液の濃度は15%であった。
【0057】
次いでクロム(VI)酸水溶液をグルコン酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した
。蒸発水を還流させながら、約150gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。グルコン酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にしてグルコン酸クロム水溶液を得た。得られたグルコン酸クロム水溶液のクロム濃度、グルコン酸濃度を化学分析しCr(C61173が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表9に示した。
【0058】
【表9】

【0059】
〔実施例10〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、酒石酸211.6gと、水312.1gを仕込んだ。反応容器中の酒石酸水溶液の濃度は40%であった。この水溶液に含まれる酒石酸は、酒石酸クロムを生成するのに必要な量と、クロム(VI)酸を還元するのに必要な量を合計したものである。これとは別に、60%クロム酸水溶液129.3gを水387.9gに溶解させたクロム酸水溶液を調整した。クロム酸水溶液の濃度は15%であった。
【0060】
次いでクロム(VI)酸水溶液を酒石酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した。蒸
発水を還流させながら、約160gの水を系外に抜き取った。炭酸ガスは系外へ放出した。酒石酸水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。その後は実施例1と同様にして酒石酸クロム水溶液を得た。得られた酒石酸クロム水溶液のクロム濃度、酒石酸濃度を化学分析しCr2(C4463が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表10に示した。
【0061】
【表10】

【0062】
〔実施例11〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%クロム酸水溶液300.6gと、水150.3gを仕込んだ。反応容器中のクロム酸の濃度は40%であった。これとは別に、80%酢酸405.8g及び有機還元剤としてのグルコース41.8gを水161.1gに溶解させた混合水溶液を調製した。混合水溶液中の酢酸及びグルコースの濃度はそれぞれ53%,6.7%であった。
【0063】
次いで混合水溶液をクロム(VI)酸水溶液に約5mL/minの速度で添加してクロム(VI)の還元反応を行った。添加開始後30分で反応液は90℃程度まで上昇した。蒸発
水を還流させながら、炭酸ガスは系外へ放出した。混合水溶液の添加終了後30分以上熟成を行った。液中のクロム(VI)を分析し、グルコース水溶液を追加してさらに熟成を継続した。クロム(VI)が検出限界以下となったことを確認して反応の終点とした。このようにして得られた酢酸クロム水溶液のクロム濃度、酢酸濃度を化学分析しCr(C2323が生成していることを確認した。その分析結果を以下の表11に示した。
【0064】
【表11】

【0065】
〔比較例1〕
1Lのコンデンサー付ガラス製反応容器に、60%のクロム酸水溶液207gと水103.5gを仕込んだ。これに98%硫酸186.3gを入れ充分に攪拌した。更に、97%グルコース28.8gを水119.4gで溶解した水溶液を反応容器に添加し還元反応を行った。添加は2時間にわたり行った。反応終了時の液温度は約110℃であった。これによって、Cr2(SO43の濃度が40%の硫酸クロム水溶液604gが得られた。得られた硫酸クロム溶液に、20%水酸化ナトリウム745gを1時間にわたり添加した。この添加によって水酸化クロムの沈殿が生成した。次に、この水酸化クロムを含むスラリーを、12.5cmブフナロートでろ過し、約700gの水酸化クロムを得た。この水酸化クロムには多量の硫酸ナトリウムが含まれていた。有姿水酸化クロムに対して10倍の水でリパルプ洗浄を3回繰り返した。これによって580gの水酸化クロムが得られた。その分析結果を以下の表12に示す。
【0066】
【表12】

【0067】
この有姿水酸化クロム500gを、80℃に加温した40%シュウ酸溶液505gに添加し溶解反応を行った。このようにしてシュウ酸クロム水溶液を得た。得られたシュウ酸クロム水溶液におけるシュウ酸クロムの濃度と副生系不純物成分の分析結果を以下に示す。
【0068】
【表13】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Crm(Axn(式中、Aは有機酸からプロトンを除いた残基を表し、xはAの電荷を表し、m及びnは3m+xn=0を満たす整数をそれぞれ表す。)で表される有機酸クロム(III)を含む水溶液であって、
前記水溶液中の前記有機酸クロム(III)の濃度がCrm(Axnとして6重量%以上であり、且つ不純物イオンの濃度がCrm(Axnとして20重量%換算あたりNa≦30ppm、Fe≦20ppm、Cl≦0.001%、SO4≦0.03%、NO3≦20ppmであり、クロム(VI)を実質的に含んでいないことを特徴とする有機酸クロム(III)水溶液。
【請求項2】
前記有機酸クロム(III)が、シュウ酸クロム(III)、乳酸クロム(III)、クエン酸クロム(III)、リンゴ酸クロム(III)、グルコン酸クロム(III)、マレイン酸クロム(III)、マロン酸クロム(III)、酒石酸クロム(III)、グリコール酸クロム(III)又は酢酸クロム(III)である請求項1に記載の有機酸クロム(III)水溶液。
【請求項3】
液中にフリーの前記有機酸が実質的に存在していない請求項1又は2記載の有機酸クロム(III)水溶液。
【請求項4】
液中に前記有機酸の酸化進行物が実質的に存在していない請求項1ないし3の何れかに記載の有機酸クロム(III)水溶液。
【請求項5】
金属の表面処理又はクロメート処理における浴の補充液として用いられる請求項1ないし4の何れかに記載の有機酸クロム。
【請求項6】
請求項1記載の有機酸クロム(III)水溶液の製造方法であって、
有機酸及び有機還元剤の混合水溶液とクロム酸(VI)水溶液とを混合して、クロム(VI)をクロム(III)に還元することを特徴とする有機酸クロム(III)水溶液の製造方法。
【請求項7】
前記有機酸が前記有機還元剤を兼ねており、該有機酸を、有機酸クロム(III)の生成及びクロム(VI)の還元に必要な量と等量使用し、該有機酸以外に別途の有機還元剤を使用しない請求項6記載の製造方法。
【請求項8】
前記クロム酸(VI)水溶液中に、前記有機酸の水溶液を添加する請求項7記載の製造方法。
【請求項9】
前記有機酸の水溶液中に、前記クロム酸(VI)水溶液を添加する請求項7記載の製造方法。
【請求項10】
クロム(VI)の還元により発生した熱で生じた蒸発水の一部を反応系外に除去し、残部を反応系内に還流させて濃縮する請求項6ないし9の何れかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−19172(P2008−19172A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−189817(P2006−189817)
【出願日】平成18年7月10日(2006.7.10)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】