説明

有機酸及びその製造方法

【課題】 バイオリアクターによる水素製造の基質に好適な有機酸、及び該有機酸、特に蟻酸をバイオマスから高選択的に高収率で得ることができ、しかも環境への負荷が小さい有機酸の製造方法の提供。
【解決手段】 酸化剤の存在下、加圧熱水を用いてバイオマスを処理する加圧熱水処理工程を少なくとも含み、前記バイオマスから有機酸を生成させることを特徴とする有機酸の製造方法である。酸化剤が過酸化水素である態様、過酸化水素の濃度が6vol%以上である態様、加圧熱水が超臨界水及び亜臨界水の少なくともいずれかである態様、有機酸が蟻酸である態様などが好ましい。本発明の前記有機酸の製造方法により製造されたことを特徴とする有機酸である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオリアクターによる水素製造の基質に好適な有機酸、及び該有機酸、特に蟻酸をバイオマスから高選択的に高収率で得ることができ、しかも環境への負荷が小さい有機酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化石資源の枯渇、及び大気中のCOの濃度の増加による地球温暖化が問題視されるようになっており、環境に優しいエネルギー源として水素が注目されている。水素を酸素と共に燃料電池に供給することにより電気エネルギーを取り出すことが可能であり、供給された水素及び酸素は水として排出されるため、有害物質が発生しない。また、エネルギー変換効率も高い。したがって、水素は極めてクリーンなエネルギー源である。
【0003】
水素の製造は、従来より化学的製法として、天然ガスやナフサの熱分解水蒸気改質法などの技術が提案されている。この方法は高温高圧の反応条件を必要とし、そして製造される合成ガスには一酸化炭素(以降、COとする)が含まれるため燃料電池用燃料として使用する場合には燃料電池電極触媒を劣化させてしまう。このため、CO除去を行うことが必要となるが、該COの除去は極めて困難である。
そこで、微生物による生物的水素製造方法が提案されている。該水素製造方法は、常温常圧の反応条件であり、そして発生するガスにはCOが含まれないため、その除去も不要である。また、前記微生物として、嫌気的微生物を用いて、有機酸(例えば、蟻酸)から水素を製造することが可能であることが知られている(特許文献1参照)。
【0004】
また、前記化石資源の枯渇及び地球温暖化防止等の観点からは、カーボンニュートラルな資源であるバイオマスの有効利用が注目されており、バイオマスに適切な変換処理を施すことにより、有機酸が得られることが知られている。バイオマスの変換方法としては、例えば、セルロース及びヘミセルロースを含むバイオマスを、硫酸を用いて加水分解させて糖及び有機酸に変換する方法(特許文献2参照)が提案されているが、この方法では、硫酸を使用するため、該硫酸の回収や廃棄による環境への負荷が増大するという問題がある。
したがって、バイオマスの有効利用を図りつつ、環境への負荷を低減し、有機酸を簡易かつ効率的に得る方法は未だ提供されていないのが現状である。
【0005】
【特許文献1】特開2004−303601号公報
【特許文献2】特表平11−506934号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来における前記問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、バイオリアクターによる水素製造の基質に好適な有機酸、及び該有機酸、特に蟻酸をバイオマスから高選択的に高収率で得ることができ、しかも環境への負荷が小さい有機酸の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題に鑑み鋭意検討を重ねた結果、以下の知見を得た。即ち、
加圧熱水を用いてバイオマスを処理して有機酸を生成する際、酸化剤、例えば過酸化水素を用いると、有機酸、特に水素の良基質である蟻酸が、高選択的かつ高収率で得られ、他の有機酸の生成量が前記蟻酸に比して少ないことを知見した。また、前記過酸化水素は、硫黄等の有毒物質を含む硫酸とは異なり、有毒物質を含まない点で、環境への負荷が小さいことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、本発明者らの前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 酸化剤の存在下、加圧熱水を用いてバイオマスを処理する加圧熱水処理工程を少なくとも含み、前記バイオマスから有機酸を生成させることを特徴とする有機酸の製造方法である。該<1>に記載の有機酸の製造方法では、前記加圧熱水処理工程において、前記酸化剤の存在下、前記加圧熱水を用いて前記バイオマスが処理される。その結果、前記バイオマスから前記有機酸が高収率で生成される。
<2> 酸化剤が、過酸化水素である前記<1>に記載の有機酸の製造方法である。該<2>に記載の有機酸の製造方法においては、前記酸化剤が、強力な酸化作用を有する過酸化水素であるので、前記バイオマスが高効率で前記有機酸に変換され、前記有機酸としての蟻酸が高選択的かつ高収率で得られる。また、前記過酸化水素は、硫酸のように、硫黄元素等の有毒物質を含まないので、環境への負荷が低減される。
<3> 過酸化水素の濃度が、6vol%以上である前記<2>に記載の有機酸の製造方法である。該<3>に記載の有機酸の製造方法においては、前記過酸化水素の濃度が、6vol%以上であるので、前記バイオマスから生成される前記有機酸を、前記蟻酸として得ることができる。
<4> バイオマスが木材であり、加圧熱水処理工程において、前記木材からヘミセルロースの分解物、セルロースの分解物、及びリグニンの分解物を得る前記<1>から<3>のいずれかに記載の有機酸の製造方法である。該<4>に記載の有機酸の製造方法においては、前記バイオマスが木材であるので、例えば、廃材、間伐材等の林産廃棄物を有効利用することができる。また、該木材に対して加圧熱水処理が行われると、前記ヘミセルロースの分解物、前記セルロールの分解物、及び前記リグニンの分解物が得られ、更にこれらの成分から、それぞれ前記有機酸が生成され、前記有機酸が簡易かつ高効率で得られる。なお、前記木材から前記ヘミセルロース、前記セルロース、及び前記リグニンを何らかの方法で分解して、それらを別々に又は混合して前記加圧熱水処理し、それぞれの分解物から前記有機酸を得てもよい。
<5> 加圧熱水が、超臨界水及び亜臨界水の少なくともいずれかである前記<1>から<4>のいずれかに記載の有機酸の製造方法である。該<5>に記載の有機酸の製造方法においては、前記加圧熱水が前記超臨界水及び前記亜臨界水の少なくともいずれかであるので、誘電率が低く、非極性の物質を溶解することが可能であり、また、水のイオン積が大きいため、触媒を添加することなく高温の加水分解の反応場が得られる。前記超臨界水及び前記亜臨界水は、常温及び常圧の状態に戻すと、再び水の特性を示すため、従来のバイオマス変換法と比して、触媒の除去が不要で、クリーンな状態でのバイオマス変換が可能であり、該変換方法も簡便である。
<6> 水酸化ナトリウムを添加する前記<1>から<5>のいずれかに記載の有機酸の製造方法である。該<6>に記載の有機酸の製造方法では、前記水酸化ナトリウムが添加されるので、前記酸化剤(例えば前記過酸化水素)の濃度が低い場合にも、前記有機酸が高収率で得られる。
<7> 有機酸が蟻酸である前記<1>から<6>のいずれかに記載の有機酸の製造方法である。該<7>に記載の有機酸の製造方法においては、前記蟻酸が製造されるので、得られた蟻酸を、バイオリアクターによる水素製造の基質に好適に使用することができ、更には、得られた水素を燃料電池に好適に応用することができる。
<8> 前記<1>から<7>のいずれかに記載の有機酸の製造方法により製造されたことを特徴とする有機酸である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、従来における問題を解決することができ、バイオリアクターによる水素製造の基質に好適な有機酸、及び該有機酸、特に蟻酸をバイオマスから高選択的に高収率で得ることができ、しかも環境への負荷が小さい有機酸の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
(有機酸及びその製造方法)
本発明の有機酸は、本発明の有機酸の製造方法により得られる。
本発明の有機酸の製造方法は、加圧熱水処理工程を少なくとも含み、更に必要に応じて適宜選択した、その他の工程を含む。
本発明の前記有機酸としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、蟻酸、酢酸、乳酸、ピルビン酸、グリコール酸などが挙げられる。これらの中でも、例えば、大腸菌の嫌気性発酵を用いた水素製造への基質となり、水素を用いた燃料電池の製造に応用可能な点で、蟻酸が特に好ましい。
以下、本発明の有機酸の製造方法の説明を通じて、本発明の有機酸の詳細も明らかにする。
【0011】
<加圧熱水処理工程>
前記加圧熱水処理工程は、バイオマスを処理する工程である。
前記加圧熱水処理工程により、前記バイオマスから有機酸が生成される。
【0012】
−バイオマス−
前記バイオマスとしては、有機性(炭素を含む)エネルギー資源である限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、森林資源、農水産資源、林産廃棄物、農産廃棄物、海産廃棄物などが挙げられる。これらの1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記森林資源としては、例えば、針葉樹、広葉樹、笹、竹などが挙げられる。
前記農水産資源のうち、前記農産物としては、例えば、芋や稲そのものが挙げられ、水産物としては、例えば、昆布等の海草、エビ、カニ等の殻などが挙げられる。
前記林産廃棄物としては、例えば、林地残材、間伐材、工場残廃材、建築廃材、古紙などが挙げられる。
前記農産廃棄物としては、例えば、稲わら、もみ殻、バガスなどが挙げられる。
前記海産廃棄物としては、例えば、カニ殻、エビ殻などが挙げられる。
【0013】
−処理−
前記処理としては、酸化剤の存在下、加圧熱水を用いて前記バイオマスに対して行う限り特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記バイオマスを加水分解して糖、熱分解物などを生成させ、更にこれら生成物を分解して有機酸を生成させるのが好ましい。
前記木質バイオマス(例えば、前記森林資源、前記林産廃棄物等)のセルロースから得られる糖としては、例えば、多糖、オリゴ糖、単糖(グルコース、フルクトース等)などが挙げられ、前記熱分解物としては、レボグルコサン、エリトロース、グルタールアルデヒド、5−ヒドロキシメチルフルフラールやフルフラールなどが挙げられる。
また、前記木質バイオマスを構成するヘミセルロースとしては、ガラクトグルコマンナン(針葉樹)やグルコマンナン(広葉樹)、キシランなどが挙げられるが、前二者からはヘキソース(6炭糖)であるガラクトース、グルコース、マンノースが、後者からはペントース(5炭糖)であるキシロース等の単糖やこれらの2量体、3量体、更にはこれらが熱分解した5−ヒドロキシメチルフルフラール、フルフラールなどが、それぞれ生成され、前記加圧熱水処理を続けると有機酸へと変換されることを本発明者らは明らかにした。
更に、前記木質バイオマスを構成するリグニンについても、その構成単位であるフェニルプロパン単位が、前記加圧熱水処理により分解し、プロピル側鎖が解裂して有機酸が生成されることを明らかにした。
なお、前記処理は一度に行ってもよいし、複数回にわたって行ってもよい。
【0014】
−−酸化剤−−
前記酸化剤としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、過酸化水素、オゾン、次亜塩素酸ナトリウム、塩素、二酸化塩素、臭素、二酸化マンガン、硝酸、過マンガン酸カリウムなどが挙げられる。これらの中でも、環境への負荷低減の観点から、過酸化水素、オゾンなどが好ましく、強力な酸化作用を有し、前記バイオマスを高効率で前記有機酸に変換し、該有機酸としての蟻酸が高選択的かつ高収率で得られ、しかも有毒物質である硫黄を含む硫酸等の添加剤に比して、回収や廃棄による環境への負荷が低減される点で、過酸化水素が特に好ましい。
前記過酸化水素の濃度としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、6vol%以上が好ましく、15vol%以上がより好ましく、15〜20vol%が更に好ましい。
前記過酸化水素の濃度が、6vol%以上であると、前記蟻酸を高収率で得ることができ、特に15vol%以上であると、前記バイオマスから前記蟻酸を30質量%以上の高収率で得ることができる。一方、20vol%を超えても、それに見合う効果が得られず、前記蟻酸の収率は略一定になることがある。
【0015】
−−加圧熱水−−
前記加圧熱水としては、高温高圧状態下にある水である限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記加圧熱水の温度としては、200〜380℃が好ましく、250〜310℃がより好ましい。前記加圧熱水の圧力としては、1〜100MPaが好ましく、4〜40MPaがより好ましい。
水の誘電率は、常温では約80程度であるが、臨界点(374℃、22.1MPa)では5〜10となるため、前記加圧熱水は、常温常圧の水には溶解しない非極性の物質も溶解が可能となる。また、水のイオン積は、高温高圧下では大幅に増大し、臨界点近傍では触媒を添加することなく、高温の加水分解の反応場が得られるため、前記加圧熱水は加溶媒分解能を有する。更に、前記加圧熱水は、常温常圧の状態に戻すと、再び元の水の特性を示すため、触媒を必要とする従来のバイオマス変換法に比して、触媒の除去が不要で、環境への負荷が低減され、しかもバイオマス変換の変換プロセスが簡略化される。
【0016】
前記加圧熱水の具体例としては、例えば、超臨界水、亜臨界水などが好適に挙げられる。
前記超臨界水は、気体と液体とが共存できる限界(臨界点)を超えた温度及び圧力領域において非凝縮性高密度流体として存在し、圧縮しても、もはや凝縮を起こさず、臨界温度以上、かつ臨界圧力以上の状態にある水であり、前記亜臨界水は、前記臨界点近傍で、温度及び圧力の少なくともいずれかが超臨界条件を充たさない温度及び圧力領域において高温高圧液体として存在する水である。
前記超臨界水及び前記亜臨界水は、いずれか一方を単独で使用してもよいし、両方を併用してもよい。
なお、前記水の臨界温度は374℃であり、前記臨界圧力は22.1MPaである。
【0017】
また、前記処理は、前記酸化剤の存在下、更に水酸化ナトリウムを添加して行ってもよい。この場合、前記酸化剤として、前記過酸化水素を使用すると、該過酸化水素の濃度が低くても、前記有機酸(例えば前記蟻酸)を高収率で得ることができる。
前記有機酸としての前記蟻酸は、工業的には、120〜150℃程度の加熱及び6〜8atm程度の加圧条件下にて、水酸化ナトリウムに一酸化炭素を作用させて蟻酸ナトリウムを生成し、該蟻酸ナトリウムを、硫酸を用いて分離して遊離酸を得ることにより生成可能であることが知られている。また、前記水酸化ナトリウムは、前記バイオマスのガス化剤として研究が進められている。これらのことより、系の中に前記水酸化ナトリウムを添加すると、分解反応の補助促進及び一酸化炭素ガスからの前記蟻酸への還元反応により、前記水酸化ナトリウムを添加しない場合に比して、より低い過酸化水素濃度でも前記蟻酸が高収率で得られることが示唆される。
【0018】
前記水酸化ナトリウムの添加量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、前記過酸化水素の濃度が6vol%のとき、0.1〜3.0mMが好ましく、0.1〜1mMがより好ましく、0.1〜0.5mMが更に好ましい。
前記添加量が、0.1mM未満であると、前記蟻酸の収率向上の効果が得られないことがあり、3.0mMを超えても、それに見合う効果が得られず、前記蟻酸の収率が却って低下することがあるほか、前記水酸化ナトリウムの使用により、環境への負荷が増大することがある。
【0019】
前記処理の方法としては、前記加圧熱水を前記バイオマスに接触させる限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記処理に用いられる装置としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、図1Aに示すバッチ型バイオマス処理装置、図1Bに示す流通型バイオマス処理装置などが挙げられる。
前記処理の条件としては、例えば、温度、圧力、時間などが挙げられ、これらの条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
前記処理の条件は、前記加圧熱水処理工程において、終始同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0020】
前記バイオマスが前記木材である場合、前記加圧熱水処理工程において、前記木材からヘミセルロースの分解物、セルロースの分解物及びリグニンの分解物を得るのが好ましい。この場合、これらの分解物からそれぞれ有機酸を生成させることができ、前記有機酸の生成を簡易かつ効率的に行うことができる。
なお、前記木材から前記ヘミセルロース、前記セルロース、及び前記リグニンを何らかの方法で分解して、それらを別々に又は混合して前記加圧熱水処理し、それぞれの分解物から前記有機酸を得てもよい。
【0021】
以上の工程により、前記バイオマスが処理され、該バイオマスから前記有機酸が生成される。
本発明の前記有機酸の製造方法における、前記有機酸の収率としては、高いほど好ましく、20質量%以上が好ましく、25質量%以上がより好ましく、30質量%以上が更に好ましく、32質量%以上が特に好ましい。
前記有機酸の製造方法においては、前記酸化剤として前記過酸化水素を用いると、前記有機酸としての蟻酸が高効率で得られ、従来、5質量%程度であった収率が、30質量%以上を達成することができる。
【0022】
<その他の工程>
前記その他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、冷却工程などが挙げられる。
前記冷却工程は、前記加圧熱水処理工程における加圧熱水を冷却する工程である。該冷却工程により、前記バイオマスの加水分解反応が停止される。
前記冷却工程の条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0023】
以下に、本発明の前記有機酸の製造方法の一例について、図面を参照しながら説明する。
図1Aに示す、バッチ型バイオマス処理装置を用いて、前記バイオマスに対して超臨界水を用いた処理を行うことができる。前記バッチ型バイオマス装置における、Inconel−625で形成され、内容積5mlの反応管100内に、前記バイオマス及び前記過酸化水素を充填する。次いで、該バイオマスが充填された前記反応管100を、所定の温度に加熱したスズ浴槽110に所定の時間浸漬すると、前記バイオマスが加水分解及び熱分解により分解されて前記有機酸が生成される。その後、該反応管100を直ちに水浴槽120に浸漬して冷却することにより、分解反応を停止させる。
【0024】
本発明の前記有機酸の製造方法により製造される有機酸としては、触媒活性金属を含まないのが好ましい。通常、有機酸の製造においては、触媒活性金属を用いることにより、分解反応を促進させるため、得られる有機酸中に、前記触媒活性金属が含まれる。一方、本発明の前記有機酸の製造方法では、前記触媒活性金属を使用せず、前記加圧熱水及び前記酸化剤により処理を行うので、前記触媒活性金属を含まず、環境への負荷が極めて小さい。
得られる有機酸としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、上述の通り、バイオリアクターによる水素製造の基質に好適な蟻酸が特に好ましい。
【0025】
前記有機酸の用途としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、前記有機酸が前記蟻酸である場合、該蟻酸は、大腸菌等の通性嫌気性菌による嫌気性発酵などを用いた水素製造の基質として用いるのが好ましい。この場合、水素を製造することができ、該水素を用いた燃料電池の製造に好適に応用することができる。
【0026】
前記通性嫌気性菌による嫌気性発酵の方法としては、例えば、(平成16年度地域新生コンソーシアム研究開発事業;「バイオマスからの高効率バイオ水素の製造技術開発」成果報告書)に記載されているように、FHL(fomate−hydrogen lyase)システムと呼ばれる細胞膜に存在する酵素複合体を触媒として用い、前記蟻酸1分子の酸化により水素1分子を生成することができる。即ち、図11に示すように、前記FHLシステムと呼ばれる酵素複合体により、原料の蟻酸は一段階で水素へと変換される。このため、前記蟻酸を直接原料とする本システムでは、略100質量%の水素収率が得られる。また、前記通性嫌気性菌は、酸素による呼吸が可能であるため、増殖が速く、高濃度の菌体を用いて生産性を向上させることができる。
【0027】
また、前記蟻酸を原料とした燃料電池も提案されており、該燃料電池においては、前記蟻酸そのものを好適に使用することができる。該燃料電池は、水素と酸素との化学反応で電子を発生させる一般的な燃料電池とは異なり、電池の陽極に前記蟻酸を触れさせて化学反応で電子を発生させ、陰極において、空気中の酸素と、陽極で発生して通過してきた陽子とを反応させて水及び熱を生み出すものである。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は下記実施例に何ら限定されるものではない。
【0029】
(実施例1)
−有機酸の生成実験−
図1Aに示す、バッチ型バイオマス処理装置を用いて、前記バイオマスに対して前記加圧熱水を用いた処理を行った。バッチ型バイオマス装置における反応管(材質:Inconel−625、内容積:5ml)100内に、前記バイオマスとしての木質バイオマスの主構成成分の一つであるセルロース(Avicel)50mg、及び前記過酸化水素20vol%溶液2mlを入れた。次いで、該バイオマスが充填された反応管100を、250℃に加熱したスズ浴槽110に浸漬し、処理条件が、220℃、2.3MPaで、30秒間となるように浸漬した後、該反応管100を直ちに20℃の水浴槽120に浸漬して冷却することにより、分解反応を停止させた。
なお、スズの融点は250℃であり、250℃以下での処理ができないため、反応管100内がスズ浴槽の温度(250℃以上)に達する前に、反応管100を引き上げ、250℃以下の温度での処理を行った。
【0030】
ここで、処理温度は、スズ浴槽110の温度ではなく、熱伝対による反応管100内部の温度を意味する。また、反応管100内に封入する溶液及び試料が一定であり、処理条件における密度は0.4g/mlであるので、処理温度により処理圧力が一義的に定まる。該処理温度と処理圧力との関係を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
反応管100内の反応物を、フィルタを用いて濾過し、得られた水可溶部に対してHPLC及びキャピラリー電気泳動(CE)による分析を行うことにより生成物を分析した。CEによる分析結果を図2に示す。
図2より、有機酸としての蟻酸、ピルビン酸、グリコール酸、酢酸、及び乳酸が得られ、特に蟻酸が高選択的に高収率で得られたことが判った。なお、過酸化水素は、硫黄等とは異なり、環境への負荷が小さい。
【0033】
−比較実験(1)−
スズ浴槽110の温度を410℃に設定し、反応管100内に過酸化水素を入れないで、該反応管100を380℃、100MPaの条件で5秒間にわたってスズ浴槽110に浸漬した以外は、上記方法と同様にして短時間の超臨界水処理を行い、得られた生成物を分析した。前記CEによる分析結果を図2に示す。
図2より、有機酸としての蟻酸、グリコール酸、酢酸、及び乳酸が得られたものの、その収率は全体的に低く、酸種の選択性に乏しいことが判った。
【0034】
−比較実験(2)−
前記有機酸の生成実験において、反応管100内に過酸化水素を入れなかった以外は、前記有機酸の生成実験と同様に、220℃、2.3MPa、及び30秒間の処理条件で加圧熱水処理を行い、得られた生成物を分析した。前記CEによる分析結果を図2に示す。
図2より、有機酸そのものが殆ど得られないことが判った。
【0035】
−比較実験(3)−
前記有機酸の生成実験において、前記過酸化水素20vol%溶液を、酸素を溶解状態にした溶存酸素水溶液に代え、処理条件を、210℃、1.9MPa、及び30秒間に変えた以外は、前記有機酸の生成実験と同様にして、加圧熱水処理を行い、得られた生成物を分析した。前記CEによる分析結果を図2に示す。
図2より、有機酸そのものが殆ど得られないことが判り、バイオマスから有機酸への分解反応は、溶存酸素の下では進行しないことが考えられた。
【0036】
−加圧熱水処理によるバイオマスからの生成物の組成分析−
図1Aに示すバッチ型バイオマス処理装置を用いて、前記バイオマスとしての木質バイオマスの主構成成分の一つであるセルロース(Avicel)に対し、過酸化水素の存在下にて270℃、5.5MPaで20秒間にわたって加圧熱水処理を行った。過酸化水素濃度と生成物の組成との関係を図3に示す。
図3より、過酸化水素を添加しない場合、半分以上がセルロース残渣として残り、分解物はグルコースやその断片化物及び脱水化物であり、有機酸が殆ど得られないことが判った。一方、過酸化水素を添加した場合、セルロース残渣が大きく減少し、有機酸が得られたことが判った。該過酸化水素は、その濃度を上げるに従って、セルロース残渣やグルコースなどが減少し、20vol%で有機酸の収率が最大となるが、20vol%を超えると、有機酸の収率が低下することが判った。
【0037】
また、得られる有機酸の組成の一例として、250℃、4.0MPaの条件で、30秒間にわたってセルロース(Avicel)に対して加圧熱水処理を行った場合に得られる有機酸の組成を図4に示す。図4より、有機酸の多くは蟻酸であり、過酸化水素濃度が6vol%以上では、収率が20〜26質量%であった。一方、蟻酸以外の有機酸としては、グリコール酸、酢酸、ピルビン酸、乳酸が生成されたものの、総量は5質量%以下であった。これらの有機酸の収率は、酸種によって異なり、グリコール酸、酢酸及びピルビン酸は、過酸化水素濃度15vol%で最大となるのに対し、乳酸の収率は過酸化水素濃度に殆ど影響を受けないことが判った。
【0038】
(実施例2)
−有機酸の製造−
加圧熱水処理の時間を15秒間に設定し、過酸化水素濃度及び加圧熱水処理の温度を適宜変更した以外は、実施例1の有機酸の生成実験と同様にして有機酸を製造した。また、加圧熱水処理の時間を20秒、及び30秒に変えた以外は、同様な方法により有機酸を製造した。
処理時間15秒、20秒、及び30秒のときの加圧熱水処理温度と、過酸化水素濃度に対する蟻酸の収率との関係を、それぞれ図5、図6及び図7に示す。
【0039】
図5より、処理時間が15秒の場合、過酸化水素濃度が6〜15vol%では、処理温度が高いほど蟻酸の収率が高く、過酸化水素濃度が20vol%以上になると、処理温度に依存せず略一定となることが判った。
図6より、処理時間が20秒の場合、過酸化水素濃度が15vol%以下では、処理温度が高いほど蟻酸の収率が高くなるが、20vol%以上では300℃まで略一定の収率となり、330℃の高温になると、収率が低下することが判った。
図7より、処理時間が30秒の場合、過酸化水素濃度が15vol%以下では、温度が高いほど蟻酸の収率が高く、20vol%以上になると、250℃付近が収率のピークとなることが判った。
また、各処理時間において、蟻酸の最大収率が得られる過酸化水素濃度における、蟻酸の収率と加圧熱水処理の温度との関係を図8に示す。図8より、処理時間が長いほど、最大収率を得る処理温度が低下することが判った。即ち、処理時間が長く高温であると、過分解が進行し、蟻酸の収率が低下することが示唆された。
また、各処理時間における、蟻酸の収率が最大となるときの加圧熱水処理条件を表2に示す。
【0040】
【表2】

表2より、いずれの処理時間においても、蟻酸の最大収率は30質量%以上であることが判り、蟻酸が高選択的かつ高収率で得られたことが判った。
【0041】
また、加圧熱水処理における過酸化水素濃度を10vol%に設定し、加圧熱水処理の温度を適宜変更した以外は、実施例1の有機酸の生成実験と同様にして、処理時間10秒、20秒、30秒、及び40秒の条件で有機酸を製造した。結果を図9に示す。
図9より、過酸化水素濃度が10vol%では、蟻酸収率は最大で25質量%程度であった。
【0042】
(比較例1)
−有機酸の製造−
実施例2において、過酸化水素を添加しなかった以外は、実施例2と同様にして加圧熱水処理工程を行った。処理時間15秒、20秒、及び30秒のときの、加圧熱水処理温度と過酸化水素濃度に対する蟻酸の収率との関係を、それぞれ図5、図6及び図7に示す。
図5より、処理時間が10秒の場合、過酸化水素無添加では、蟻酸が全く得られないことが判った。
図6より、処理時間が20秒の場合、過酸化水素無添加では、処理温度が300℃のときに僅かに蟻酸が生成しているものの、その収率は極めて低いことが判った。
図7より、処理時間が30秒の場合、過酸化水素無添加では、殆ど蟻酸が得られないことが判った。
【0043】
(実施例3)
−有機酸の製造−
実施例1において、前記バイオマスとしてのセルロース(Avicel)を、木質バイオマスであるブナ木粉に代え、加圧熱水処理条件を、過酸化水素濃度15vol%、320℃、11.3MPaにて15秒間に変えた以外は、実施例1の有機酸の生成実験と同様にして、有機酸を製造した。その結果、ブナ木粉に含まれるリグノセルロースから、セルロースの分解物、ヘミセルロースの分解物及びリグニンの分解物が得られ、それぞれから前記有機酸としての蟻酸が生成された結果、総量で蟻酸の収率が24質量%であった。
【0044】
(実施例4)
−有機酸の製造−
実施例1において、加圧熱水処理条件を、過酸化水素濃度6vol%、300℃、8.6MPaにて15秒間に変え、更に水酸化ナトリウムを添加した以外は、実施例1の有機酸の生成実験と同様にして、有機酸を製造した。
水酸化ナトリウムの添加量を適宜変更させて有機酸を製造し、このときの水酸化ナトリウムの添加量と有機酸の収率との関係を、図10に示した。図10より、水酸化ナトリウムを微量(0.1〜3.0mM)添加すると、水酸化ナトリウムを添加しない場合に比して、蟻酸の収率が向上し、過酸化水素濃度が低くても、蟻酸が高収率で得られることが判った。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の有機酸の製造方法は、有機酸、特に蟻酸をバイオマスから高選択的に高収率で得ることができ、しかも環境への負荷が小さく、特に本発明の有機酸の製造に好適に使用することができる。
本発明の有機酸は、バイオリアクターによる水素製造の基質に好適であり、水素を用いた燃料電池の製造に好適に応用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1A】図1Aは、バッチ型バイオマス処理装置の一例を示す概略説明図である。
【図1B】図1Bは、流通型バイオマス処理装置の一例を示す概略説明図である。
【図2】図2は、実施例1の有機酸の生成実験により得られた生成物のCEによる分析結果を示すグラフ図である。
【図3】図3は、過酸化水素濃度と、加圧熱水処理によるバイオマスからの生成物の組成との関係の一例を示すグラフ図である。
【図4】図4は、加圧熱水処理によるセルロース(Avicel)から得られる有機酸の組成の一例を示すグラフ図である。
【図5】図5は、実施例2及び比較例1における処理時間15秒のときの加圧熱水処理温度と、過酸化水素濃度に対する蟻酸の収率との関係を示すグラフ図である。
【図6】図6は、実施例2及び比較例1における処理時間20秒のときの加圧熱水処理温度と、過酸化水素濃度に対する蟻酸の収率との関係を示すグラフ図である。
【図7】図7は、実施例2及び比較例1における処理時間30秒のときの加圧熱水処理温度と、過酸化水素濃度に対する蟻酸の収率との関係を示すグラフ図である。
【図8】図8は、実施例2の各処理時間において、蟻酸の最大収率が得られる過酸化水素濃度における、蟻酸の収率と加圧熱水処理の温度との関係を示すグラフ図である。
【図9】図9は、過酸化水素濃度が10vol%のときの各処理時間における処理温度と蟻酸の収率との関係の一例を示すグラフ図である。
【図10】図10は、水酸化ナトリウムを添加して処理したときの水酸化ナトリウムの添加量と有機酸の収率との関係の一例を示すグラフ図である。
【図11】図11は、大腸菌のFHLを介した水素生産機構を説明する概略図である。
【符号の説明】
【0047】
100 反応管
110 スズ浴槽
120 水浴槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化剤の存在下、加圧熱水を用いてバイオマスを処理する加圧熱水処理工程を少なくとも含み、前記バイオマスから有機酸を生成させることを特徴とする有機酸の製造方法。
【請求項2】
酸化剤が、過酸化水素である請求項1に記載の有機酸の製造方法。
【請求項3】
過酸化水素の濃度が、6vol%以上である請求項2に記載の有機酸の製造方法。
【請求項4】
バイオマスが木材であり、加圧熱水処理工程において、前記木材からヘミセルロースの分解物、セルロースの分解物及びリグニンの分解物を得る請求項1から3のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項5】
加圧熱水が、超臨界水及び亜臨界水の少なくともいずれかである請求項1から4のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項6】
水酸化ナトリウムを添加する請求項1から5のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項7】
有機酸が蟻酸である請求項1から6のいずれかに記載の有機酸の製造方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の有機酸の製造方法により製造されたことを特徴とする有機酸。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−39368(P2007−39368A)
【公開日】平成19年2月15日(2007.2.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−224764(P2005−224764)
【出願日】平成17年8月2日(2005.8.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度、経済産業省近畿経済産業局、地域新生コンソーシアム研究開発事業「バイオマスからの高効率バイオ水素の製造技術開発」の委託を受けた財団法人 地球環境産業技術研究機構からの再委託に係る研究成果、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】