説明

有機ELパネルおよびその製造方法

【課題】有機ELパネルにおいて、高温での駆動や保存によるリーク電流の発生を極力抑制する。
【解決手段】基板10の上に、陽極20、発光層50を含む有機層30〜60、陰極80を積層してなる有機ELパネル100において、陽極20と発光層50との間には、正孔輸送性材料からなり陽極20上の凹凸を平坦化するための平坦化層30と、平坦化層30の上に形成され平坦化層30のガラス転移温度よりも高いガラス転移温度を有する正孔輸送性材料単独からなるものであって且つ厚さが8nm以上である層40とが、介在されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL(エレクトロルミネッセンス)パネルおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に有機ELパネルは、ガラスなどの基板の上に、ITO(インジウムチンオキサイド)などの下部電極を形成し、その上に、蒸着法などによって正孔輸送層、発光層、電子輸送層を順次形成し、さらに、その上に上部電極を形成してなるものである。
【0003】
このような有機ELパネルは、有機材料を使用しているために、電界や熱によって変質や拡散が起こりやすく、その結果として、上下電極の短絡が発生することがある。特に、基板上に下部電極を形成したときに、工程中に発生する導電性の異物が下部電極の上に存在し、これが凹凸となり、上下電極の短絡が発生しやすい。
【0004】
これは、下部電極上の異物の上に、発光層などの有機層を蒸着して形成する場合に、シャドーイング現象が発生するためである。この現象は、直進性の良い蒸着粒子が異物の影には付着しないため、異物の上およびその周囲に成膜された有機層において、膜厚が確保できない薄膜部が局部的に生じることである。
【0005】
そして、このような異物周囲の薄膜部が生じると、この部分で上下電極間にリーク電流が流れ、短絡に至る。ここで、有機ELパネルにおいては、発光層を発光させる発光時に印加する順バイアス方向の電界のほかに、非発光時においてクロストークを防止するために、上下電極間に発光時とは逆方向の電界、いわゆる逆バイアス電圧を印加する。
【0006】
リーク電流とは、この逆バイアス電圧の印加時において、上下電極間に流れる電流のことである。そして、このリーク電流は過大な電流となって絶縁破壊を招くため、有機ELパネルの破壊に至る恐れがある。
【0007】
このような下部電極上に存在する異物による短絡を防止するものとして、従来では、有機材料を溶融し、異物を包埋する方法が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2000−91067号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、本発明者が、上記特許文献1に記載の方法について検討したところ、有機ELパネルの駆動初期においてはリーク電流を防止できるものの、たとえば80℃程度の高温で駆動させたり、あるいはこのような高温で保存した後に駆動させるときには、リーク電流が発生しやすくなることがわかった。
【0009】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、有機ELパネルにおいて、高温での駆動や保存によるリーク電流の発生を極力抑制できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明者は次に述べるような検討を行った。図9は、下部電極の上に正孔輸送層、発光層、上部電極を有する一般的な有機ELパネルのエネルギー準位モデルを示す図である。
【0011】
この図9において、準位Ip1、Ip2、Ip3、Ip4は、それぞれ下部電極、正孔輸送層、発光層、上部電極のHOMO準位であり、LUMO1、LUMO2はそれぞれ、正孔輸送層、発光層のLUMO準位(伝導帯最低準位)である。また、差ΔE1、ΔE2は、それぞれ下部電極の準位Ip1と正孔輸送層のLUMO1との差、下部電極の準位Ip1と発光層のLUMO2との差である。
【0012】
有機ELパネルにおいて、逆バイアス電圧を印加したとき、図9に示されるように、下部電極から正孔輸送層へ電子eが入ろうとする。このとき、正孔輸送層による差ΔE1が確保されていれば、この電子eの注入はなされず、リーク電流も発生しない。
【0013】
しかし、下部電極上に異物が存在すると、その部分で局部的に正孔輸送層の膜厚が確保されず、逆バイアス電圧印加時における下部電極側からの電子eの注入障壁、すなわちリーク障壁は、見かけ上、差ΔE2程度まで小さくなり、リーク電流が発生する。
【0014】
そこで、本発明者は、まず、下部電極上の凹凸を平坦化するための平坦化層を設けることにより、異物周囲の凹凸を低減してやれば、この平坦化層の上の正孔輸送層の膜厚を均一に確保できると考えた。なお、いうまでもないが、平坦化層は、下部電極側すなわち正孔注入側に設けるため、正孔輸送性材料からなるものとする。
【0015】
また、この平坦化層の上に、正孔輸送層として機能する層を積み増しするときに、この積み増しされる層を正孔輸送性材料単独からなるものとすることとした。つまり、下部電極と発光層との間に平坦化層、正孔輸送性材料単独からなる層の2層を介在させることとした。
【0016】
通常、有機ELパネルに用いられる正孔輸送性材料は、図9に示されるように、十分なリーク障壁としての差ΔE1を確保できるものである。しかし、電子輸送性材料と混合してしまうと、リーク障壁は差ΔE2程度まで小さくなってしまい、リークが発生する可能性がある。そのため、上記積み増しされる層は、正孔輸送性材料単独とする。
【0017】
さらに、検討を進めたところ、従来の有機ELパネルでは、高温での駆動や保存において、正孔輸送層が熱によって変形するため、正孔輸送層の膜厚が確保できなかったり、正孔輸送層中にその上の発光層中の電子輸送性材料が混入することがわかった。このことは、図9において、見かけ上、上記リーク障壁が差ΔE2程度まで小さくなることに相当する。
【0018】
そのため、下部電極と発光層との間に介在させる平坦化層および正孔輸送性材料単独からなる層の熱安定性を高めることを考えた。ここで、これら2層のうちリーク障壁を担う正孔輸送性材料単独からなる層の方を熱変形しにくくすることが重要であり、この点を考慮して、正孔輸送性材料単独からなる層のガラス転移温度を平坦化層のガラス転移温度よりも高いものとすれば、当該層の熱安定性を高めることができると考えた。
【0019】
つまり、従来のように、単に異物を樹脂で包み込むだけでは、熱による変形などによってリークが発生しやすくなると考えられるが、異物による凹凸を平坦化する平坦化層を設け、比較的熱に強くリーク障壁を確保する正孔輸送性材料単独からなる層の膜厚を、当該平坦化層によって確保してやれば、従来よりも高温でのリーク発生を抑制できると考えた。
【0020】
本発明は、このような知見に基づいて実験検討した結果、創出されたものであり、下部電極(20)と発光層(50)との間に、正孔輸送性材料からなり下部電極(20)上の凹凸を平坦化するための平坦化層(30)と、平坦化層(30)の上に形成され平坦化層(30)のガラス転移温度よりも高いガラス転移温度を有する正孔輸送性材料単独からなる層(40)とを、介在させたことを、第1の特徴とする。
【0021】
それによれば、後述する図4に示されるように、高温での駆動や保存によるリーク電流の発生を極力抑制することができる。
【0022】
ここで、後述する図5に示されるように、正孔輸送性材料単独からなる層(40)の厚さを8nm以上とすれば、平坦化層30の厚さに依存することなく、高温時におけるリーク電流の発生を抑制できる。
【0023】
また、本発明は、上記第1の特徴を有する有機ELパネルにおいて、上記リーク電流の発生を、より抑制するべく、下部電極(20)と上部電極(80)との間に、発光時に両電極(20、80)間に順方向の電界を印加し、非発光時には発光時とは逆方向の電界を印加する電圧印加手段(90)を備えており、この逆方向の電界強度が正孔輸送性材料単独からなる層(40)の厚さに対して1.88V/nm以下であることを、第2の特徴とする(後述の図6参照)。
【0024】
また、上記第1の特徴を有する有機ELパネルにおいては、逆方向の電界に対するリークを抑制するべく、下部電極(20)と上部電極(80)との間に、発光時に両電極(20、80)間に順方向の電界を印加し、非発光時には発光時とは逆方向の電界を印加する電圧印加手段(90)を備えており、この逆方向の電界強度が平坦化層(30)を除く有機層(40〜60)の全厚さに対して、0.2V/nm以下であることが好ましい(後述の図3参照)。
【0025】
また、本発明は、基板(10)の上に下部電極(20)を形成した後、平坦化層(30)となる膜を形成するとともに、この膜を平坦化層(30)を構成する正孔輸送性材料のガラス転移温度以上の温度で溶融させる処理を行って平坦化層(30)を形成し、続いて、平坦化層(30)の上に、平坦化層(30)の溶融処理の温度よりも高いガラス転移温度を有する正孔輸送性材料を用いて層(40)を形成することを、第3の特徴とする。
【0026】
それによれば、上記第1の特徴を有する有機ELパネルを適切に製造する有機ELパネルの製造方法が提供される。
【0027】
なお、特許請求の範囲およびこの欄で記載した各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示す一例である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。図1は、本発明の実施形態に係る有機ELパネル100の概略断面構成を示す図である。
【0029】
基板10は光学的に透明なものであり、この基板10の上には、透明導電膜であるITOなどからなる下部電極としての陽極20が形成されている。
【0030】
この陽極20の上には、平坦化層30が形成されている。この平坦化層30は、たとえばトリフェニルアミン系材料などの一般的な正孔輸送性材料からなり、陽極20上の凹凸を平坦化するためのものである。その膜厚d1(図2参照)としては40nm以上が好ましい。
【0031】
ここで、図2は、顕微鏡観察に基づく、平坦化層30による平坦化の様子を示す概略断面図である。図2に示されるように、陽極20の上に導電性の異物Kが存在する。この異物Kは、たとえば陽極20のパターニングする際のエッチングなどによる残り物である。
【0032】
そして、平坦化層30は、この異物Kを包み込み且つ異物Kによる段差を埋めるように形成されており、それによって、異物Kによる凹凸がなくなり、平坦化層30の表面では平坦化がなされている。
【0033】
また、この平坦化層30の上には、層40が形成されている。以下、この層40を積み増し層40ということにする。そして、平坦化層30による平坦化がなされているため、図2に示されるように、異物Kが存在していても、積み増し層40は膜厚を均一に確保できている。
【0034】
この積み増し層40は、そのガラス転移温度(以下、Tgという)が平坦化層30よりも高い正孔輸送性材料を用いて蒸着法により形成された膜である。具体的には、市販されているトリフェニルアミンB、C、D、E、Fなどのトリフェニルアミン系材料を採用することができる。
【0035】
ここで、トリフェニルアミンCは周知のものであり、そのTgは154℃である。また、次の化学式3に示されるものであって、この式中、R=CH3のものがトリフェニルアミンBであり、R=HのものがトリフェニルアミンDであり、これらのTgはともに200℃以上である。
【0036】
【化3】

なお、Tgは物質によっては明確に現れないものがあり、トリフェニルアミンBおよびトリフェニルアミンDのTgはともに明確に規定できないが、顕微鏡観察などによって200℃までは、軟化しないことは確認されている。
【0037】
さらに、次の化学式4に示されるものであって、この式中、R=CH3のものがトリフェニルアミンEであり、R=HのものがトリフェニルアミンFであり、これらのTgはともに180℃である。
【0038】
【化4】

また、図2に示されるように、異物Kの頂部では、平坦化層30はほとんど存在せず、この部分における実質的な平坦化層30の厚さは0である場合が多い。そこで、当該部分における積み増し層40の厚さをある程度確保する必要があることから、本実施形態では、積み増し層40の厚さd2を8nm以上としている。
【0039】
この積み増し層40の上には、電子輸送性材料をホスト材料とし、これにドーパントとして発光添加材料を混合してなる発光層50が形成されている。この発光層50の上には、電子輸送性材料からなる電子輸送層60が形成されている。
【0040】
さらに、電子輸送層60の上には、LiFなどからなる電子注入層70が形成され、その上には、Al等の金属等からなる陰極80が形成されている。
【0041】
こうして、基板10の上において、一対の電極20、80の間には、平坦化層30、積み増し層40、発光層50、電子輸送層60および電子注入層70が積層されて挟まれており、有機ELパネル100が形成されている。ここで、有機層は、平坦化層30、積み増し層40、発光層50、電子輸送層60により構成される。
【0042】
また、この有機ELパネル100においては、陽極20と陰極80との間に交流電界を印加するための電圧印加手段90が設けられている。これは、発光時に両電極20、80間に順方向の電界を印加し、非発光時には発光時とは逆方向の電界を印加するもので、たとえば電源回路などからなり、基板10の周辺部に引き出された陽極20および陰極80の部分と結線されたものである。
【0043】
この電圧印加手段90によって、陽極20をプラス、陰極80をマイナスとした順バイアス電圧が印加されると、発光層50が発光し、非発光時には、陽極20をマイナス、陰極80をプラスとした逆バイアス電圧が印加される。ここで、発光層50の発光は、たとえば基板10側から取り出され視認されるようになっている。
【0044】
ここで、本発明者の検討によれば、陽極20と陰極80との間に、両電極20、80に非発光時における逆方向の電界すなわち逆バイアス電圧を印加したとき、平坦化層30を除く有機層40〜60の全厚さ、すなわち本実施形態では、積み増し層40、発光層50、電子輸送層60の合計厚さが大きいほど、上下電極20、80間のリークを防止する効果か高いことがわかった。
【0045】
この検討例を図3に示す。図3は、平坦化層30を除く有機層40〜60の全厚さに対する電界強度(単位:V/nm)と上下電極20、80間のリーク発生率(%)との関係を示すグラフである。この電界強度は、上記平坦化層を除いた有機層の全厚さで逆バイアス電圧の値を割ったものである。
【0046】
この図3に示される結果から、この逆方向の電界強度が平坦化層30を除く有機層40〜60の全厚さに対して、0.2V/nm以下であれば、リークの発生を防止できることがわかる。
【0047】
このことについて、さらに言うならば、PN接合を形成することで、逆方向の電界に対するリークを抑制するためには、正孔輸送層である積み増し層40に加え、電子輸送層60単独層の厚さも必要であるためと考えられる。したがって、PN接合を形成するために十分な厚さとして、後述する図6に示される結果とともに、平坦化層30を除いた有機層40〜60の全厚さに対して、逆方向の電界強度が0.2V/nm以下になることが重要である。
【0048】
また、この有機ELパネル100は、次のようにして製造される。基板10の上にスパッタ法などにより陽極20を形成した後、必要に応じて、UVオゾンと酸素を含有するガスによるプラズマ処理などによって陽極20の表面処理を行う。
【0049】
その後、陽極20の上に、蒸着法などにより平坦化層30となる膜を形成するとともに、この膜を平坦化層30を構成する正孔輸送性材料のTg以上の温度で溶融させる処理を行う。
【0050】
ここで、平坦化層30となる膜を形成する工程の後に、当該膜の溶融処理工程を行ってもよいが、平坦化層30となる膜を形成する工程において当該膜を形成するときに、同時に基板10を加熱することで溶融処理を行ってもよい。
【0051】
この溶融処理によって、上記図2に示されるように、異物Kが存在していたとしても、溶融する平坦化層30により、異物Kの周囲の段差が埋められ、陽極20上の凹凸が平坦化される。
【0052】
続いて、この平坦化層30の上に、蒸着法などにより積み増し層40を形成する。その後は、蒸着法などにより、発光層50、電子輸送層60および電子注入層70を形成し、その上に蒸着法やスパッタ法などにより陰極80を形成する。そして、電圧印加手段90の取り付けを行う。こうして、上記図1に示される本実施形態の有機ELパネル100ができあがる。
【0053】
なお、この後、有機ELパネル100は、基板10上における陽極20から陰極80までの積層部を湿気などから保護するために、通常、この積層部を、吸湿剤を入れ乾燥窒素などが封入されたカバーによって封止される。
【0054】
ところで、上述したように、下部電極である陽極20上に異物Kが存在した場合、逆バイアス電圧の印加時において、上下電極20、80間にリーク電流が流れやすくなるが、本実施形態では、このリーク電流を防止すべく、陽極20と発光層50との間に、上記平坦化層30および積み増し層40を介在させている。
【0055】
このような構成を採用した根拠について、次の検討例1および比較例1、2を参照して述べることとする。
【0056】
(検討例1)
本例では、基板10としてガラス基板10を用意し、この基板10の上に、スパッタ法により厚さ150nmのITOからなる陽極20を形成した。その後、基板温度200℃で、5分、UVオゾン処理を行う。または、基板10を真空チャンバーに入れ、パワーが0.4W/cm2のプラズマによって50秒、処理を行う。
【0057】
その後、真空蒸着により、各層の形成を行う。本例では、一般的なトリフェニルアミンA(Tg:135℃)を用いて厚さ60nmの膜を形成し、その後、この膜を160℃、10分間加熱し、溶融処理を行い、平坦化層30を形成した。なお、トリフェニルアミンAの成膜時における基板10の温度を160℃に設定してもよく、この場合は、成膜と同時に溶融処理が行われていく。
【0058】
次に、平坦化層30の上に、厚さ24nmのトリフェニルアミンB(Tg:200℃以上)からなる積み増し層40を形成した。その後、積み増し層40の上に、発光層50として、クマリンを1%ドープしたアルミキノリノール(Tg:167℃)とトリフェニルアミンBとを1:1の比で混合したものであって、厚さ60nmにて成膜されたものを形成した。
【0059】
次に、厚さ30nmのアルミキノリノールからなる電子輸送層60を形成し、続いて、厚さ0.5nmのLiFなどからなる電子注入層70を形成し、厚さ300nmのAl−0.2%Cuからなる陰極80を形成した。
【0060】
そして、この有機ELパネルを露点−70℃以下の乾燥窒素雰囲気に入れ、封止用の掘り込みガラスからなるカバーに吸湿剤をつけて封止するとともに、電圧印加手段90を取り付けた。
【0061】
そして、このものについて、80℃の高温環境で駆動を行った。駆動としては、1/64デューティにて順方向は定電流駆動で、初期輝度が200cd/m2となるように調整した。そのときの順方向パルス電圧は、10V程度であった。順方向パルス以外の時は、15Vの逆バイアスパルスを印加した。
【0062】
この高温耐久駆動テストにおいて、耐久時間とリーク電流との関係を調査した。また、比較例として、本検討例1に示した上記構成の有機ELパネルにおいて、積み増し層40を省略した構成、すなわち平坦化層30の直上が発光層50であるものを作製した。これを比較例1とする。そして、この比較例1についても、同様の高温耐久駆動テストを行った。
【0063】
なお、本検討例1およびこの比較例1の有機ELパネルにおいては、陽極20上の異物Kの発生状況は同程度のものとし、両例ともに異物Kの部分の平坦化層30による平坦化は、上記図2のような状態として実現されている。
【0064】
図4は、本検討例1および比較例1の有機ELパネルにおける耐久時間(単位:時間)とリーク電流(単位:A)との関係を示すグラフである。積み増し層40が存在しない比較例1では、耐久時間の経過とともに、リーク電流が増加していくのに対し、本検討例1では、高温での駆動によるリーク電流の発生が実質的に防止されている。このことから、高温保存によるリーク電流の発生防止についても同様に効果があると言える。
【0065】
また、上記図2にも示したように、平坦化層30による平坦化を行うと、異物Kの頂部では平坦化層30はほとんど存在せず、この部分における実質的な平坦化層30の厚さは0である。そこで、このような状態において、当該部分における積み増し層40の厚さd2が、どの程度以上であれば、リーク電流の発生を防止できるか調査した。
【0066】
図5は、積み増し層40の厚さ(単位:nm)とリーク電流(単位:A)との関係を示すグラフである。ここでは、本検討例1に示した上記構成の有機ELパネルにおいて、積み増し層40の厚さd2(図2参照)を種々変えたものを作製し、これらについて上記高温耐久駆動テストと同様の条件で100時間駆動後、リーク電流を測定した。
【0067】
この図5に示されるように、平坦化層30の膜厚が実質的に0の部分が存在しても、平坦化層30によって異物Kの凹凸が平坦化され、積み増し層40の膜厚が均一に確保されていれば、積み増し層40の厚さd2を8nm以上とすることにより、高温駆動時におけるリーク電流の発生を抑制できることがわかる。
【0068】
つまり、積み増し層40の厚さd2を8nm以上とすれば、平坦化層30の厚さd1に依存せずに、高温駆動時におけるリーク電流の発生を抑制できる。
【0069】
また、本検討例1では、積み増し層40のTgを平坦化層30のTgよりも高いものとすることにより、リーク障壁を担う積み増し層40を熱変形しにくくし、高温駆動時においてリーク発生を防止している。これは、たとえ平坦化層30が熱変形したとしても、その変形に付随して積み増し層40までも熱変形してしまうのを、防止することを狙ったものである。
【0070】
このことに対する比較例として、本検討例1に示した上記構成の有機ELパネルにおいて、平坦化層30と同じTgを有する積み増し層40として、平坦化層30と同様のトリフェニルアミンA(Tg:135℃)を24nm成膜した。これを比較例2とする。
【0071】
この比較例2のものと本検討例1のものとについて、上記高温耐久駆動テストと同様に80℃の高温駆動を行った。また、100℃の高温保存を行った後に、同じく80℃の高温駆動を行った。
【0072】
いずれの場合においても、本検討例1では、積み増し層1000時間以上、上下電極20、80の短絡に至る不具合は全く発生しなかったのに対し、比較例2では、100時間以内に80%以上の不良率で、上下電極20、80の短絡が生じた。
【0073】
そして、顕微鏡観察によれば、本検討例1では、積み増し層40の熱変形は発生しておらず、異物Kの部分においても8nm以上の膜厚が確保されていたのに対し、比較例2では、積み増し層40が熱変形し、その膜厚の確保がなされていなかった。
【0074】
また、これら図4および図5に示される結果は、積み増し層40が8nmの厚さで均一に確保されれば、積み増し層40を構成する単独の正孔輸送性材料の作用によって、上記図9に示されるような十分なリーク障壁としての差ΔE1が確保されることが、理由であると考えられる。
【0075】
有機ELに用いられる正孔輸送性材料は、通常、どの材料であっても、上記差ΔE1を確保可能な同程度のLUMO準位を持つものである。このことから、積み増し層40を正孔輸送性材料単独で構成し、その厚さを8nm以上に確保すれば、本検討例1に示したトリフェニルアミンB以外の正孔輸送性材料であっても、十分なリーク障壁を確保できると考えられる。
【0076】
また、積み増し層40のTgを平坦化層30のTgよりも高くすることによるリーク発生の防止効果についても、本検討例1に示したトリフェニルアミンB以外の正孔輸送性材料であっても、同様に発揮されると考えられる。
【0077】
このような理由から、積み増し層40に適用可能な正孔輸送性材料としては、平坦化層30よりも高いTgを有するものであれば、本検討例1のもの以外であってもよいと考えられる。
【0078】
ちなみに、トリフェニルアミンBに代えて、上記化学式2においてR=HであるトリフェニルアミンD、および、上記トリフェニルアミンC、さらに上記トリフェニルアミンE、上記トリフェニルアミンFをそれぞれ用いて、厚さ24nmの積み増し層40を形成したのものを、作製した。
【0079】
そして、これらのものについて、上記高温耐久駆動テストと同様に80℃の高温駆動、および、100℃の高温保存を行った後の80℃の高温駆動を行ったが、これらの場合においても、1000時間以上、上下電極20、80の短絡に至る不具合は全く発生しなかった。
【0080】
このように、本実施形態によれば、積み増し層40は、上記図9に示されるモデルにおいて、正孔輸送層としての機能を十分に発揮するものであり、平坦化層30との組合せにより、初期作動時のリークだけでなく、高温での駆動や保存によるリーク電流の発生を極力抑制することができる。
【0081】
また、本実施形態においては、電圧印加手段90によって、上下電極20、80の間に、発光時とは逆方向の電界、すなわち逆バイアス電圧を印加するようになっているが、この逆方向の電界強度を、積み増し層40の厚さに対して1.88V/nm以下とすれば、上記リーク電流の発生を、より抑制することができる。このことについて、次の検討例2を参照して、具体的に述べることとする。
【0082】
(検討例2)
本検討例2では、上記検討例1と同様の有機ELパネル構成において、上記高温耐久駆動テストにおける逆バイアス電圧としての逆バイアスパルスの値を、種々変えて調査を行った。
【0083】
図6は、上記逆方向の電界強度(単位:V/nm)と上記高温耐久駆動テストの100時間駆動後のリーク電流(単位:A)との関係を示すグラフである。ここで、電界強度は、当該逆バイアス電圧の値を積み増し層40の厚さで割った値である。
【0084】
この図6に示される結果から、電圧印加手段90における逆方向の電界強度を1.88V/nm以下とすれば、高温駆動時における上記リーク電流の発生を、より抑制することができる。
【0085】
また、本実施形態では、積み増し層40のTgを平坦化層30のTgよりも高いものとするが、好ましくは、25℃以上高いものとする。
【0086】
積み増し層40のような有機材料は、Tgよりも高い温度でガラス化し、変形しやすくなる。ここで、本発明者は、正孔輸送性材料として、それぞれTgが135℃、154℃であるトリフェニルアミンA、トリフェニルアミンCについて、加熱による変形の様子を、原子間力顕微鏡(AFM)で観察した結果、それぞれ、111℃以上、130℃以上にて熱変形が生じた。
【0087】
これら両材料は、ともに正孔輸送性材料として、平坦化層30および積み増し層40に適用可能なものである。つまり、本実施形態に適用される正孔輸送性材料については、(Tg−25)℃を超えた温度において熱変形が発生しやすくなる傾向にあると考えられる。
【0088】
そのため、積み増し層40のTgが平坦化層30のTgよりも25℃以上高いものであれば、たとえ、平坦化層30のTg程度の高温になって、平坦化層30が変形したとしても、その上の積み増し層40については、積み増し層40のTgよりも25℃以上低い温度であるから、変形が抑制される。
【0089】
また、通常、有機ELパネルの製造工程において下部電極上に発生する異物は、有機層の厚さ未満、たとえば200nm未満のサイズであるが、この範囲においては、上記した平坦化層30および積み増し層40の構成により、充分にリーク電流の発生を防止することができる。
【0090】
しかし、ときには、配線のエッチング残りなどによって、それよりも大きな異物が発生する場合もある。この場合は、平坦化層30による平坦化が不十分となって、積み増し層40の均一な膜厚の確保がなされず、リークが発生する場合も出てくる。
【0091】
そのような異物、たとえば径が200nm以上の異物が存在する状態において、平坦化層30がどの程度の膜厚であれば、十分な平坦化を確保できるかについて調査を行った。その例を検討例3として示す。
【0092】
(検討例3)
ここでは、わざと径200nmの異物Kを存在させ、平坦化層30の膜厚d1(図2参照)を変えて、上記各検討例と同様に、高温耐久駆動テストを行い、リーク電流を調査した。その結果を図7に示す。
【0093】
図7は、平坦化層30の厚さ(単位:nm)とリーク電流(単位:A)との関係を示すグラフである。この図に示される結果から、より確実に平坦化層30による平坦化を行うためには、平坦化層30の厚さが40nm以上であればよい。
【0094】
ちなみに、顕微鏡観察によれば、平坦化層30の厚さが40nm以上の場合には、上記したような大きな異物Kであっても、上記図2に示されるような十分な平坦化が実現される。しかし、40nm未満の場合には、図8に示されるように、大きな異物Kによる段差が残った状態となる。そのため、この段差上に形成される積み増し層40の膜厚が、均一に確保できず、リークが発生すると考えられる。
【0095】
また、本実施形態においては、下部電極である陽極20と平坦化層30との間に、さらに、これら両層20、30の密着性を高めるための銅フタロシアニン(CuPc)層が介在していてもよい。このCuPc層は正孔注入層として機能する。
【0096】
このCuPc層を介在させた例についても検討を行った。上記検討例1に示した構成の有機ELパネルにおいて、蒸着法により厚さ15nmのCuPc層を陽極20と平坦化層30との間に介在させたものを作製した。
【0097】
そして、このパネルについて、上記高温耐久駆動テストと同様に80℃の高温駆動、および、100℃の高温保存を行った後の80℃の高温駆動を行ったが、これらの場合においても、1000時間以上、上下電極20、80の短絡に至る不具合は全く発生しなかった。さらに高温作動および高温保存による輝度低下も10%以上抑制できた。
【0098】
また、積み増し層40は、平坦化層30のTg以上の温度を有する正孔輸送性材料からなるが、上記製造方法では、積み増し層40の形成においては、平坦化層30の溶融処理温度以上のTgを有する正孔輸送性材料を採用する方がよい。
【0099】
これは、平坦化層30は、平坦化層30のTg以上の温度で溶融処理がなされるが、この溶融処理後は、当該溶融処理温度以下では熱変形しないものになりやすくなるためである。そこで、平坦化層30の溶融処理温度以上のTgを有する正孔輸送性材料を用いて、積み増し層40の形成を行えば、積み増し層40を平坦化層30よりも熱安定性の高いものにしやすい。
【0100】
また、本実施形態では、上記製造方法に示したように、平坦化層30となる膜を形成するとともに、当該膜の溶融処理を行うことにより、平坦化層30を完成させる。ここで、平坦化層30となる膜を形成する工程において当該膜を形成するときに、同時に基板10を加熱することで溶融処理を行えば、当該膜の形成と同時に平坦化層30ができあがるため、工程数の低減などの利点がある。
【0101】
(他の実施形態)
なお、上記図1に示される有機ELパネル100の構成は、あくまで一実施形態を示すものであり、たとえば、各部10〜80の材質は上記例に示されるようなものに限定されるものではない。
【0102】
また、基板上に、下部電極、発光層を含む有機層、上部電極を積層してなる有機ELパネルにおいて、下部電極と発光層との間に、上記平坦化層と上記積み増し層とが介在されているならば、たとえば、電子輸送層や電子注入層などがないものであってもよい。また、積み増し層と発光層との間に、さらに正孔輸送層が介在していてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明の実施形態に係る有機ELパネルの概略断面図である。
【図2】平坦化層による平坦化の様子を示す概略断面図である。
【図3】平坦化層を除く有機層の全厚さに対する電界強度とリーク発生率との関係を示すグラフである。
【図4】検討例1および比較例1の有機ELパネルにおける耐久時間とリーク電流との関係を示すグラフである。
【図5】積み増し層の厚さとリーク電流との関係を示すグラフである。
【図6】逆方向の電界強度とリーク電流との関係を示すグラフである。
【図7】平坦化層の厚さとリーク電流との関係を示すグラフである。
【図8】異物による段差が残った状態を示す概略断面図である。
【図9】一般的な有機ELパネルのエネルギー準位モデルを示す図である。
【符号の説明】
【0104】
10…基板、20…下部電極としての陽極、30…平坦化層、40…積み増し層、
50…発光層、60…電子輸送層、70…電子注入層、
80…上部電極としての陰極。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板(10)の上に、下部電極(20)、発光層(50)を含む有機層(30〜60)、上部電極(80)を積層してなる有機ELパネルにおいて、
前記下部電極(20)と前記発光層(50)との間には、正孔輸送性材料からなり前記下部電極(20)上の凹凸を平坦化するための平坦化層(30)と、前記平坦化層(30)の上に形成され前記平坦化層(30)のガラス転移温度よりも高いガラス転移温度を有する正孔輸送性材料単独からなる層(40)とが、介在されていることを特徴とする有機ELパネル。
【請求項2】
前記層(40)の厚さが8nm以上であることを特徴とする請求項1に記載の有機ELパネル。
【請求項3】
前記下部電極(20)と前記上部電極(80)との間に、発光時に前記両電極(20、80)間に順方向の電界を印加し、非発光時には前記発光時とは逆方向の電界を印加する電圧印加手段(90)を備えており、この逆方向の電界強度が前記層(40)の厚さに対して1.88V/nm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の有機ELパネル。
【請求項4】
前記下部電極(20)と前記上部電極(80)との間に、発光時に前記両電極(20、80)間に順方向の電界を印加し、非発光時には前記発光時とは逆方向の電界を印加する電圧印加手段(90)を備えており、この逆方向の電界強度が前記平坦化層(30)を除く前記有機層(40〜60)の全厚さに対して、0.2V/nm以下であることを特徴とする請求項1ないし3に記載の有機ELパネル。
【請求項5】
前記平坦化層(30)の厚さが40nm以上であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1つに記載の有機ELパネル。
【請求項6】
前記層(40)のガラス転移温度は、前記平坦化層(30)のガラス転移温度よりも25℃以上高いことを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1つに記載の有機ELパネル。
【請求項7】
前記層(40)を構成する正孔輸送性材料は、次の化学式1
【化1】

にて表されるものであり、
前記化学式1中のRはHまたはCH3であることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1つに記載の有機ELパネル。
【請求項8】
前記層(40)を構成する正孔輸送性材料は、次の化学式2
【化2】

にて表されるものであり、
前記化学式2中のRはHまたはCH3であることを特徴とする請求項1ないし6のいずれか1つに記載の有機ELパネル。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1つに記載の有機ELパネルを製造する製造方法であって、
前記基板(10)の上に前記下部電極(20)を形成した後、前記平坦化層(30)となる膜を形成するとともに、この膜を前記平坦化層(30)を構成する正孔輸送性材料のガラス転移温度以上の温度で溶融させる処理を行って前記平坦化層(30)を形成し、
続いて、前記平坦化層(30)の上に、前記溶融処理の温度よりも高いガラス転移温度を有する正孔輸送性材料を用いて前記層(40)を形成することを特徴とする有機ELパネルの製造方法。
【請求項10】
前記平坦化層(30)を溶融させる処理は、前記平坦化層(30)となる膜を形成するときに前記基板(10)を加熱することにより行うことを特徴とする請求項9に記載の有機ELパネルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−88430(P2007−88430A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−206169(P2006−206169)
【出願日】平成18年7月28日(2006.7.28)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】