説明

有機EL素子、これを用いた有機EL表示装置、および有機EL素子の製造方法

【課題】 高輝度化および省電力化を図ることが可能な有機EL素子、これを用いた有機EL表示装置、および有機EL素子の製造方法を提供すること。
【解決手段】 互いに対向配置された陽極2および陰極4と、陽極2および陰極4の間に介在し、かつ発光層3bを含む有機層3と、を備える有機EL素子A1であって、陽極2と有機層3との間には、Mo酸化物層5が介在している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一対の電極間に有機層を介在させ、この有機層に電界を与えることにより発光させる有機EL素子、これを用いた有機EL表示装置、および有機EL素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の有機EL素子としては、図14に示すものがある(たとえば、特許文献1参照)。同図に示された有機EL素子Xは、透明基板91上に金属反射膜92と陽極としての多層透明電極93とを備えている。多層透明電極93と陰極としての透明電極95との間には、有機層94が介在している。有機層94は、正孔注入層94a、正孔輸送層94b、発光層94c、電子輸送層94d、および電子注入層94eからなる。多層透明電極93および透明電極95の間に電界を与えると、発光層94cが発光する。この光のうち図中上方に向かうものは、透明電極95を透過して有機EL素子Xから図中上方に出射される。一方、図中下方に向かう光は、多層透明電極93を透過して反射金属膜92により反射される。反射された光は、多層透明電極93、有機層94、および透明電極95を透過して有機EL素子Xから図中上方へと出射される。このように、有機EL素子Xは、透明基板91とは反対側へと光を出射する、いわゆるトップエミッション型の有機EL素子として構成されている。
【0003】
しかしながら、有機EL素子Xに対する高輝度化および省電力化の要請は、年々強くなっている。
【0004】
まず、高輝度化について、有機EL素子Xにおいては、発光層94cから図中下方へと向かう光は、多層透明電極93を2回透過することとなる。多層透明電極93は、たとえばITO(Indium Tin Oxide)などの光透過率が比較的高い材質により形成されているが、多層透明電極93を透過することによる上記光の減衰は避けられない。このため、多層透明電極93による減衰分だけ、有機EL素子Xから出射する光量が小さくなっていた。
【0005】
また、省電力化について、有機EL素子Xを効率よく発光駆動するには、同じ電圧を印加した場合の電流密度がより大きい構成とすることが効果的である。この電流密度を大きくするには、陽極としての多層透明電極93から有機層94への正孔注入効率を高める必要がある。この正孔注入効率は、多層透明電極93と正孔注入層94aとの仕事関数の差によって決まるものである。多層透明電極93の仕事関数を大きくして、上記仕事関数の差を小さくすることが好ましい。ITOからなる多層透明電極93の場合、その仕事関数は、4.8eV程度であるが、上記電流密度を大きくするには不十分である場合があった。
【0006】
【特許文献1】特開2004−247106号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、高輝度化および省電力化を図ることが可能な有機EL素子、これを用いた有機EL表示装置、および有機EL素子の製造方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を講じている。
【0009】
本発明の第1の側面によって提供される有機EL素子は、互いに対向配置された陽極および陰極と、上記陽極および陰極の間に介在し、かつ発光層を含む有機層と、を備える有機EL素子であって、上記陽極と上記有機層との間には、Mo酸化物層が介在していることを特徴としている。
【0010】
このような構成によれば、上記Mo酸化物層と上記有機層との仕事関数の差を小さくして、上記有機層への正孔注入効率を高めることが可能である。これにより、上記有機EL素子に一定の電圧を印加したときの電流密度を大きくすることができる。したがって、上記有機EL素子を効率よく発光駆動させることが可能であり、上記有機EL素子の省電力化を図ることができる。
【0011】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記Mo酸化物層は、MoO3からなる。このような構成によれば、上記Mo酸化物層から上記有機層への正孔注入効率を高めるのに好適である。
【0012】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記Mo酸化物層は、その厚さが3.5〜1000Åである。このような構成によれば、上記正孔注入効率を向上しつつ、上記Mo酸化物層の光透過率を大きくすることが可能であり、上記有機EL素子の高輝度化に有利である。また、発明者らの実験によれば、たとえば5V程度の電圧を印加した場合に、10mA/cm2以上の電流密度が得られることが判明した。これは、上記有機EL発光素子を効率よく発光駆動するのに適している。
【0013】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記Mo酸化物層は、その厚さが10〜100Åである。このような構成によれば、たとえば5V程度の電圧を印加した場合に、80mA/cm2以上の電流密度が得られることが、発明者らの実験により判明した。これは上記有機EL素子を効率よく発光駆動するのに好適である。
【0014】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記陽極は、Alからなる。このような構成によれば、上記陽極を光反射率が比較的大きいものとすることができる。これにより、上記有機層の上記発光層から発せられた光を、上記陽極により適切に反射することが可能である。したがって、いわゆるトップエミッション型の構成とされた上記有機EL素子において、高輝度化を図るのに好適である。
【0015】
本発明の第2の側面によって提供される有機EL表示装置は、基板と、上記基板に支持された複数の本発明の第1側面によって提供される有機EL素子と、上記複数の有機EL素子を発光駆動するためのアクティブマトリクス回路と、を備えることを特徴としている。このような構成によれば、上記有機EL表示装置の高輝度化と省電力化とを図ることができる。
【0016】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記複数の有機EL素子のうち隣り合うものどうしの上記Mo酸化物層は、互いに繋がっている。このような構成によれば、上記基板を覆うようにして上記Mo酸化物層を一体的に形成することが可能であり、便利である。このような構成であっても、上記Mo酸化物層を十分に薄い層として形成しておけば、隣り合う上記有機EL素子の陽極どうしが不当に導通することもない。
【0017】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記基板は、シリコン基板であり、上記アクティブマトリクス回路は、上記基板上に形成された複数のトランジスタを具備して構成されている。このような構成によれば、上記複数のトランジスタを形成するための微細加工を容易に行うことが可能となる。したがって、上記複数の有機EL素子の高密度化が可能であり、上記EL表示装置の高精細化を図ることができる。
【0018】
本発明の第3の側面によって提供される有機EL素子の製造方法は、陽極を形成する工程と、発光層を含む有機層を形成する工程と、陰極を形成する工程と、を有する有機EL素子の製造方法であって、上記陽極を形成する工程の後、上記有機層を形成する工程の前に、Mo酸化物層を形成する工程をさらに有することを特徴としている。このような構成によれば、本発明の第1の側面によって提供される有機EL素子を適切に製造することができる。
【0019】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記Mo酸化物層を形成する工程においては、MoO3により上記Mo酸化物層を形成する。このような構成によれば、上記有機EL素子の省電力化効果を高めるのに適している。
【0020】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記Mo酸化物層を形成する工程においては、蒸着法を用いる。このような構成によれば、上記Mo酸化物層を比較的均一に形成することが可能であり、上記有機EL素子の省電力化を図るのに有利である。また、発明者らの実験によれは、蒸着法を用いて形成されたMo酸化物層は、スパッタ法を用いて形成されたMo酸化物層よりも、同一電圧から得られる電流密度が格段に高いことが判明した。これは、上記有機EL発光素子を効率よく発光駆動するのに有利である。
【0021】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記蒸着法においては、その蒸着速度を0.1〜1.0Å/secとする。このような構成によれば、上記有機EL素子の省電力化を図るのに好適である。
【0022】
本発明の第4の側面によって提供される有機EL素子は、互いに対向配置された陽極および陰極と、上記陽極および陰極の間に介在し、かつ発光層および正孔輸送層を含む有機層と、を備える有機EL素子であって、上記正孔輸送層は、母材と、Mo酸化物とを含んでいることを特徴としている。このような構成によっても、上記有機EL素子の省電力化を図ることができる。
【0023】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記Mo酸化物は、MoO3である。このような構成によれば、上記有機EL素子の省電力化に適している。
【0024】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記母材は、α−NPD、TPD、またはTPTEからなる。
【0025】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記陽極は、Alからなる。このような構成によれば、上記有機EL素子の高輝度化を図ることができる。
【0026】
本発明の第5の側面によって提供される有機EL表示装置は、基板と、上記基板に支持された複数の本発明の第4の側面により提供される有機EL素子と、上記複数の有機EL素子を発光駆動するためのアクティブマトリクス回路と、を備えることを特徴としている。このような構成によれば、上記有機EL表示装置の高輝度化と省電力化とを図ることができる。
【0027】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記基板は、シリコン基板であり、上記アクティブマトリクス回路は、上記基板上に形成された複数のトランジスタを具備して構成されている。このような構成によれば、上記有機EL表示装置の高精細化を図ることができる。
【0028】
本発明の第6の側面によって提供される有機EL素子の製造方法は、陽極を形成する工程と、発光層および正孔輸送層を含む有機層を形成する工程と、陰極を形成する工程と、を有する有機EL素子の製造方法であって、上記有機層を形成する工程は、母材とMo酸化物とを共蒸着することにより上記正孔輸送層を形成する工程を含むことを特徴としている。このような構成によれば、本発明の第4の側面によって提供される有機EL素子を適切に製造することができる。
【0029】
本発明の好ましい実施の形態においては、上記正孔輸送層を形成する工程においては、上記Mo酸化物としてMoO3を用いる。このような構成によれば、上記Mo酸化物層による上記有機EL素子の省電力化効果を高めるのに適している。
【0030】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0032】
図1は、本発明に係る有機EL素子の第1実施形態を示している。この有機EL素子A1は、陽極2、Mo酸化物層5、有機層3、陰極4を備えており、基板1上に形成されている。後述するように有機EL素子A1は、図中上方に向けて光Lを出射するいわゆるトップエミッション型の有機EL素子として構成されている。
【0033】
基板1は、絶縁基板であり、有機EL素子A1を支持するためのものである。
【0034】
陽極2は、有機層3に電界を与えて、正孔を注入するためのものであり、電源Pの+極と導通している。本実施形態においては、陽極2は、Alからなり、比較的反射率が高い層とされている。
【0035】
Mo酸化物層5は、陽極2上に形成されており、有機層3への正孔注入効率を高めるためのものであり、いわゆるバッファ層と称される場合もある。Mo酸化物層5は、たとえば蒸着法を用いてMoO3により形成されている。本実施形態においては、Mo酸化物層5は、その厚さが50Å程度とされている。後述する本発明の意図する効果を適切に発揮させるためには、Mo酸化物層5の厚さとしては、3.5〜1000Å程度とされることが適しており、特に10〜100Å程度とすることが好ましい。
【0036】
有機層3は、正孔輸送層3aおよび発光層3bが積層されたものであり、陽極2と陰極4との間に挟まれている。
【0037】
正孔輸送層3aは、陽極2からMo酸化物層5を介して注入された正孔を発光層3bへと輸送するための層である。本実施形態においては、正孔輸送層3aは、N,N'-ビス(1-ナフチル)-N,N'-ジフェニル-1,1'-ビフェニル-4,4'-ジアミン(α−NPD)により形成されており、その厚さが500Å程度とされている。なお、正孔輸送層3aの材質としては、α−NPDに代えてトリフェニルアミン誘導体(TPD)やフェニルアミンの4量体(TPTE)を用いてもよい。
【0038】
発光層3bは、正孔輸送層3a上に形成されており、陽極2から注入された正孔と陰極4から注入された電子とが再結合することにより発光する部分である。発光層3bは、たとえばオキシンを3配位したアルミニウム錯体(以下Alq3)からなり、その厚さが500Å程度とされている。
【0039】
なお、有機層3は、発光層3bの材質として、比較的電子輸送能力が大きいAlq3が採用されており、正孔と電子との注入バランスを向上させるために正孔輸送層3aと発光層3bとの二層構造が選択されているが、これは本発明で言う有機層の一構成例にすぎない。本実施形態と異なり、正孔注入層、電子輸送層、および電子注入層などを備える構成であってもよい。
【0040】
陰極4は、有機層3に電界をあたえて、電子を注入するためのものであり、電源Pの−極に導通している。陰極4は、LiF層41およびMgAg層42を介して、有機層3の発光層3b上に形成されており、たとえばITOからなる透明電極である。LiF層41、MgAg層42、および陰極4は、それぞれの厚さが5Å、50Å、および1000Å程度とされている。陰極4の材質としては、ITOに代えてIZO(Indium Zinc Oxide)を用いてもよい。
【0041】
図2は、有機EL素子A1が用いられた有機EL表示装置の一例を示している。同図に示された有機EL表示装置B1は、基板1と、アクティブマトリクス回路Cと複数の有機EL素子A1とを備えている。有機EL表示装置B1においては、複数の有機EL素子A1がマトリクス状に配置されており、図中上方に向けて画像などを表示可能に構成されている。
【0042】
基板1は、たとえば単結晶シリコン基板である。基板1上には、アクティブマトリクス回路Cが形成されている。
【0043】
アクティブマトリクス回路Cは、複数の有機EL素子A1を発光駆動するためのものであり、複数のトランジスタ7、ゲート配線78、データ配線79、およびその他の配線(図示略)を備えている。
【0044】
複数のトランジスタ7は、複数の有機EL素子A1のスイッチングを行うためのものであり、ゲート電極71、ソース電極72、ドレイン電極73、N+ソース領域74、N+ドレイン領域75、チャネル領域76を備えたいわゆるMOS(Metal Oxide Semiconductor)型トランジスタとして構成されている。
【0045】
+ソース領域74、N+ドレイン領域75、チャネル領域76は、トランジスタ7の
スイッチング機能を実現するための部位である。ゲート電極71は、ゲート配線78に導通しており、チャネル領域76に作用させる電界を発生させるためのものであり、絶縁層81を介してチャネル領域76の図中上方に設けられている。ゲート電極71が高電位または低電位の状態とされることにより、トランジスタ7がON状態またはOFF状態とされ、有機EL素子A1に対するスイッチングがなされる。ソース電極72は、有機EL素子A1の陽極2に導通している。ドレイン電極73は、データ配線79に導通している。トランジスタ7がON状態とされると、ソース電極72とドレイン電極73との間に電流が流れる。これにより、有機EL素子A1に対して電界が与えられ、有機EL素子A1が発光する。複数のトランジスタ7は、絶縁層81により覆われている。隣り合うトランジスタ7どうしは、フィールド酸化膜77により絶縁されている。
【0046】
絶縁層81上には、複数の有機EL素子A1がマトリクス状に形成されている。これらの有機EL素子A1は、図1を参照して説明した構成とされているが、有機EL表示装置B1においては、隣り合う有機EL素子A1どうしのMo酸化物層5、有機層3、および陰極4が繋がっている。Mo酸化物層5は、電気伝導度が高いが、その厚さがたとえば50Å程度であるため、基板1の面内方向における電気抵抗が比較的高いものとなっている。これにより、隣り合う有機EL素子A1間において、不当に電流が流れてしまうことはない。陰極4は、有機EL表示装置B1における共通電極となっている。
【0047】
保護層82は、複数の有機EL素子A1を覆うように形成されている。保護層82は、たとえば乾燥剤を混入したガラスと、これを封止する紫外線硬化性樹脂とが積層されたものであり、光透過率が比較的大きい。
【0048】
次に、有機EL表示装置B1の製造方法の一例を図3〜図8を参照して以下に説明する。この製造方法には、有機EL素子A1の製造方法の一例が含まれる。
【0049】
まず、図3に示すように、単結晶シリコンからなる基板1を準備し、この基板1上に複数のトランジスタ7を具備するアクティブマトリクス回路Cを形成する。
【0050】
次に、図4に示すように、絶縁層81上に導体の薄膜2’を形成する。導体の薄膜2’の形成に先立ち、エッチングなどを用いて絶縁層81に複数のコンタクトホール81aを形成する。各コンタクトホール81aは、トランジスタ7のソース電極72に達している。複数のコンタクトホール81aを形成した後は、絶縁層81上にたとえばAlを用いたスパッタ処理を施す。このスパッタ処理は、1.0×10-6Pa程度の真空度とされた真空チャンバ内において、ArプラズマをAlターゲットに衝突させることにより行う。このスパッタ処理により、厚さが1000Å程度のAl製の導体の薄膜2’を形成する。
【0051】
導体の薄膜2’を形成した後は、図5に示すように、複数の陽極2を形成する。陽極2の形成は、導体の薄膜2’に対してたとえばフォトリソグラフィの手法を用いたパターニングを施した後に、このパターニングに用いたレジストを剥離し、これを洗浄することにより行われる。このパターニングは、各陽極2がコンタクトホール81aに進入する部分を有するように行う。これにより、各陽極2を各ソース電極72と導通させることができる。
【0052】
次いで、図6に示すように、複数の陽極2および絶縁層81を覆うようにMo酸化物層5を形成する。Mo酸化物層5の形成は、酸化雰囲気中においてMoを用いた蒸着法により行う。これにより、厚さが50Å程度のMoO3からなるMo酸化物層5を形成することができる。蒸着法によれば、Mo酸化物層5を比較的均質な層として仕上げることが可能である。特に、上記蒸着法における蒸着速度を0.1〜1.0Å/sec程度とすることが、Mo酸化物層5の均質化に好ましい。また、発明者らの実験によれば、図9に示すように、Mo酸化物層5を蒸着法を用いて形成すれば、スパッタ法を用いて形成したMo酸化物層よりも、同一電圧により得られる電流密度を格段に大きくなることが判明した。これは、有機EL素子A1を効率よく発光駆動するのに適している。一方、Mo酸化物層5は、複数の陽極2のそれぞれと接しているが、その厚さが50Å程度ときわめて薄いため、隣り合う陽極2どうしを繋ぐ部分の電気抵抗がきわめて大きいものとなっている。これにより、Mo酸化物層5に対してパターニングなどを施すことなく、隣り合う陽極2どうしを実質的に絶縁された状態としておくことが可能であり、製造工程の簡略化を図ることができる。
【0053】
Mo酸化物層5を形成した後は、図7に示すように、有機層3を形成する。まず、α−NPDを用いた真空蒸着法により、Mo酸化物層5上に正孔輸送層3aを形成する。正孔輸送層3aの厚さは、500Å程度とする。正孔輸送層3aの材質としては、α―NPDに代えてTPDやTPTEを用いてもよい。次いで、Alq3を用いた真空蒸着法により、正孔輸送層3a上に発光層3bを形成する。発光層3bの厚さは、500Å程度とする。
【0054】
有機層3を形成した後は、図8に示すように、有機層3を覆うようにLiF層41およびMgAg層42を積層させる。LiF層41およびMgAg層42の形成は、たとえば真空蒸着法を用いて行い、それぞれの厚さを5Åおよび50Åとする。そして、ITOを用いたスパッタ法、分子線エピタキシー法(MBE法)、およびイオンプレーティング法などにより陰極4を形成する。陰極4の厚さは、1000Å程度とする。
【0055】
陰極4を形成した後は、乾燥剤を混入したガラスにより陰極4を覆い、このガラスを紫外線硬化性樹脂を用いて封止する。これにより、図2に示す保護層82が形成され、複数の有機EL素子A1が用いられた有機EL表示装置B1が得られる。
【0056】
次に、有機EL素子A1およびこれを用いた有機EL表示装置B1の作用について説明する。
【0057】
本実施形態によれば、図1に示すように、発光層3bから発せられた光Lのうち図中上方に向かうものを、いわゆる透明電極として構成された陰極4を透過させて、図中上方へと出射させることが可能である。LiF層41およびAgMg層42は、それぞれ5Åおよび50Å程度の厚さとされていることにより、その光透過率が比較的大きく、発光層3bからの光Lを不当に減衰させることも無い。一方、光Lのうち図中下方に向かうものは、まず、正孔輸送層3aを透過する。次いで、Mo酸化物層5は、50Å程度の薄い層であって光透過率が比較的大きいため、光Lを透過させることが可能である。Mo酸化物層5を透過した光Lは、陽極2へと向かう。陽極2は、Al製であるため、比較的反射率が大きい。このため、図中下方に向かう光Lは、陽極2により反射された後に、Mo酸化物層5、有機層3、LiF層41、AgMg層42および陰極4を透過して、図中上方へと出射される。したがって、たとえば図14に示されたようにITOからなる陽極を備える構成と比べて、有機EL素子A1から図中上方へと出射される光量を多くすることが可能であり、いわゆるトップエミッション型とされた有機EL素子A1の高輝度化を図ることができる。また、これにより、図2に示した有機EL表示装置B1の画質を向上させることができる。
【0058】
また、Mo酸化物層5を備えることにより、有機EL素子A1の省電力化を図ることが可能である。図10は、Mo酸化物層5の膜厚と5Vの電圧を印加した場合に得られる電流密度との関係を示しており、発明者らの実験により判明したものである。Mo酸化物層5の厚さは50Åであるため、100mA/cm2を超える電流密度が得られる。これにより、後述するように、有機EL発光素子A1全体の電圧−電流特性を改善することが可能であり、有機EL発光素子A1を効率よく発光駆動するのに好適である。なお、Mo酸化物層5の厚さを10〜100Å程度とすれば、おおむね80mA/cm2以上の電流密度が得られ、効率の良い発光駆動に好ましい。また、Mo酸化物層5の厚さを3.5〜1000Å程度とすれば、おおむね10mA/cm2以上の電流密度が得られ、この程度の値であれば、省電力化を図ることができる。
【0059】
図11は、有機EL素子A1における電圧−電流特性を示している。横軸は、有機EL素子A1に印加した電圧をあらわしている。縦軸は、電圧により生じた電流密度をあらわしており、対数軸とされている。一定の電圧における電流密度が大きいほど、効率よく発光させることができることを意味する。本図に示されたグラフのうち、グラフG1は、本実施形態の有機EL素子A1の電圧−電流特性の測定結果をプロットしたものである。グラフG2は、比較例として、図14に示された従来例と同様に陽極としてITOなどからなる透明電極を用いた構成の測定結果をプロットしたものである。グラフG3は、さらに比較例として、Alからなる陽極とα−NPDからなる正孔輸送層とが直接接している構成の測定結果をプロットしたものである。
【0060】
まず、グラフG2とグラフG3とを比較すると、陽極の材質をITOからAlへと変更すると、電流密度が1/100から1/1000程度にまで低下してしまうことが分かる。すなわち、陽極による反射効率を高めるために、陽極をAl製としただけでは、消費電力が従来よりも非常に大きいものとなり省電力化という目的に反することとなってしまうのである。
【0061】
次に、グラフG1とグラフG2およびグラフG3とを比較すると、有機EL素子A1の電流密度は、グラフG3であらわされたAl製の陽極を備える比較例と比べて飛躍的に大きくなっている。また、図示された電圧の範囲において、有機EL素子A1の電流密度は、グラフG2であらわされた構成の約10倍程度に大きくなっている。これは、ITOの仕事関数が4.8eV程度であるのに対して、MoO3からなるMo酸化物層5の仕事関数が、α−NPDからなる正孔輸送層3aの仕事関数(5.42eV程度)に近い値となっているからである。すなわち、本実施形態の有機EL素子A1においては、Mo酸化物層5が、正孔注入効率を高める、いわゆるバッファ層として機能していると考えられる。このように、本実施形態によれば、有機EL素子A1の正孔注入効率を高めて、電流密度を大きくすることが可能である。したがって、有機EL素子A1を効率よく発光駆動させることが可能であり、有機EL素子A1の省電力化を図ることができる。また、有機EL表示装置B1としても、省電力化を図ることができることはもちろんである。なお、発明者らの実験によれば、Mo酸化物層5の厚さを10〜100Å程度とすれば、正孔注入効率を適切に高めることができることが判明した。
【0062】
有機EL表示装置B1においては、単結晶シリコンからなる基板1上に、複数のトランジスタ7を高密度で配置することが可能であり、アクティブマトリクス回路Cをいわゆる集積回路として形成することができる。したがって、複数の有機EL素子A1の高密度化に好適であり、有機EL表示装置B1の高精細化を図ることができる。なお、アクティブマトリクス回路Cとしては、複数の薄膜トランジスタ(TFT)素子を備えたものであってもよい。
【0063】
図12は、本発明に係る有機EL素子の第2実施形態を示している。なお、本図以降の図においては、上記実施形態と類似の要素については、同一の符号を付しており、適宜説明を省略する。
【0064】
図12に示された有機EL素子A2においては、正孔輸送層3aがMo酸化物を含んでいる点、および図1に示したMo酸化物層5を備えていない点が、上述した有機EL素子A1と異なっている。正孔輸送層3aは、母材としてα−NPDが用いられており、これに上記Mo酸化物が含有されている。上記Mo酸化物としては、MoO3が用いられている。
【0065】
図13は、有機EL素子A2が用いられた有機EL表示装置B2を示している。この有機EL表示装置B2は、複数の有機EL素子A2を備える点が、上述した有機EL表示装置B1と相違しているが、その他の点については、有機EL表示装置B1と同様とされている。有機EL表示装置B2においては、隣り合う有機EL素子A2の正孔輸送層3aが、互いに繋がっている。
【0066】
有機EL素子A2が用いられた有機EL表示装置B2は、たとえば、図3〜図8を参照して説明した有機EL表示装置B1の製造方法と類似の製造方法より製造することができる。有機EL表示装置B1の製造方法との相違点としては、まず、図6に示されたMo酸化物層5の形成が省略される点がある。また、図7に示した正孔輸送層3aの形成において、上記母材としてのα−NPDと上記Mo酸化物としてのMoO3とを共蒸着させる点がある。共蒸着によれば、上記Mo酸化物が比較的均一に分布した正孔輸送層3aを形成することができる。
【0067】
発明者らの実験によれば、本実施形態の有機EL素子A2によっても、図11を参照して説明したような正孔注入効率の向上効果が確認された。これは、正孔輸送層3aにMoO3からなる上記Mo酸化物が含まれていることにより、正孔輸送層3aがいわゆる正孔注入層と同様の機能をさらに備えることになったためと考えられる。このように、有機EL素子A2によっても、高輝度化と省電力化とを図ることが可能である。また、有機EL表示装置B2においても、画質向上や省電力化を図ることができる。
【0068】
本発明に係る有機EL素子、有機EL表示装置および有機EL素子の製造方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る有機EL素子および有機EL表示装置の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。また、本発明に係る有機EL素子の製造方法に含まれる各処理は、種々に変更自在である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明に係る有機EL素子の第1実施形態を示す要部断面図である。
【図2】図1に示した有機EL素子を用いた有機EL表示装置の一例を示す要部断面図である。
【図3】図2に示した有機EL表示装置の製造方法の一例のうち、アクティブマトリクス回路を形成する工程を説明するための要部断面図である。
【図4】図2に示した有機EL表示装置の製造方法の一例のうち、導体の薄膜を形成する工程を説明するための要部断面図である。
【図5】図2に示した有機EL表示装置の製造方法の一例のうち、陽極を形成する工程を説明するための要部断面図である。
【図6】図2に示した有機EL表示装置の製造方法の一例のうち、Mo酸化物層を形成する工程を説明するための要部断面図である。
【図7】図2に示した有機EL表示装置の製造方法の一例のうち、有機層を形成する工程を説明するための要部断面図である。
【図8】図2に示した有機EL表示装置の製造方法の一例のうち、陰極を形成する工程を説明するための要部断面図である。
【図9】Mo酸化物の形成方法と電圧−電流特性との相関を示すグラフである。
【図10】Mo酸化物の膜厚と電流密度との相関を示すグラフである。
【図11】図1に示した有機EL素子の電圧−電流特性を示すグラフである。
【図12】本発明に係る有機EL素子の第2実施形態を示す要部断面図である。
【図13】図12に示した有機EL素子を用いた有機EL表示装置の一例を示す要部断面図である。
【図14】従来の有機EL素子の一例を示す要部断面図である。
【符号の説明】
【0070】
A1,A2 有機EL素子
B1,B2 有機EL表示装置
C アクティブマトリクス回路
L 光
P 電源
1 基板
2 陽極
3 有機層
3a 正孔輸送層
3b 発光層
4 陰極
5 Mo酸化物層
7 トランジスタ
41 LiF層
42 MgAg層
71 ゲート電極
72 ソース電極
73 ドレイン電極
74 N+ソース領域
75 N+ドレイン領域
76 チャネル領域
77 フィールド酸化膜
78 ゲート配線
79 データ配線
81 絶縁層
82 保護層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向配置された陽極および陰極と、
上記陽極および陰極の間に介在し、かつ発光層を含む有機層と、
を備える有機EL素子であって、
上記陽極と上記有機層との間には、Mo酸化物層が介在していることを特徴とする、有機EL素子。
【請求項2】
上記Mo酸化物層は、MoO3からなる、請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項3】
上記Mo酸化物層は、その厚さが3.5〜1000Åである、請求項1または2に記載の有機EL素子。
【請求項4】
上記Mo酸化物層は、その厚さが10〜100Åである、請求項1または2に記載の有機EL素子。
【請求項5】
上記陽極は、Alからなる、請求項1ないし4のいずれかに記載の有機EL素子。
【請求項6】
基板と、
上記基板に支持された複数の請求項1ないし4のいずれかに記載の有機EL素子と、
上記複数の有機EL素子を発光駆動するためのアクティブマトリクス回路と、を備えることを特徴とする、有機EL表示装置。
【請求項7】
上記複数の有機EL素子のうち隣り合うものどうしの上記Mo酸化物層は、互いに繋がっている、請求項6に記載の有機EL表示装置。
【請求項8】
上記基板は、シリコン基板であり、
上記アクティブマトリクス回路は、上記基板上に形成された複数のトランジスタを具備して構成されている、請求項6または7に記載の有機EL表示装置。
【請求項9】
陽極を形成する工程と、
発光層を含む有機層を形成する工程と、
陰極を形成する工程と、を有する有機EL素子の製造方法であって、
上記陽極を形成する工程の後、上記有機層を形成する工程の前に、Mo酸化物層を形成する工程をさらに有することを特徴とする、有機EL素子の製造方法。
【請求項10】
上記Mo酸化物層を形成する工程においては、MoO3により上記Mo酸化物層を形成する、請求項9に記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項11】
上記Mo酸化物層を形成する工程においては、蒸着法を用いる、請求項9または10に記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項12】
上記蒸着法においては、その蒸着速度を0.1〜1.0Å/secとする、請求項11に記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項13】
互いに対向配置された陽極および陰極と、
上記陽極および陰極の間に介在し、かつ発光層および正孔輸送層を含む有機層と、
を備える有機EL素子であって、
上記正孔輸送層は、母材と、Mo酸化物とを含んでいることを特徴とする、有機EL素子。
【請求項14】
上記Mo酸化物は、MoO3である、請求項13に記載の有機EL素子。
【請求項15】
上記母材は、α−NPD、TPD、またはTPTEからなる、請求項13または14に記載の有機EL素子。
【請求項16】
上記陽極は、Alからなる、請求項13ないし15のいずれかに記載の有機EL素子。
【請求項17】
基板と、
上記基板に支持された複数の請求項13ないし17のいずれかに記載の有機EL素子と、
上記複数の有機EL素子を発光駆動するためのアクティブマトリクス回路と、を備えることを特徴とする、有機EL表示装置。
【請求項18】
上記基板は、シリコン基板であり、
上記アクティブマトリクス回路は、上記基板上に形成された複数のトランジスタを具備して構成されている、請求項17に記載の有機EL表示装置。
【請求項19】
陽極を形成する工程と、
発光層および正孔輸送層を含む有機層を形成する工程と、
陰極を形成する工程と、を有する有機EL素子の製造方法であって、
上記有機層を形成する工程は、母材とMo酸化物とを共蒸着することにより上記正孔輸送層を形成する工程を含むことを特徴とする、有機EL素子の製造方法。
【請求項20】
上記正孔輸送層を形成する工程においては、上記Mo酸化物としてMoO3を用いる、請求項19に記載の有機EL素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2006−344774(P2006−344774A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−169213(P2005−169213)
【出願日】平成17年6月9日(2005.6.9)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】