説明

有機EL素子の製造方法

【課題】正孔注入層の形成材料に対する金属成分の溶解性や分散性に左右されることなく、正孔注入層中に金属等を容易にかつ確実に含有させることができ、これによって発光効率や寿命についての特性向上を図った、有機EL素子の製造方法を提供する。
【解決手段】陽極23上に正孔注入層70と発光層とを有し、発光層上に陰極を有してなる有機EL装置の製造方法である。陽極23上に、金属または金属化合物からなる薄膜(薄膜パターン50a)を形成する工程と、薄膜(薄膜パターン50a)上に正孔注入層70を形成するとともに、薄膜(薄膜パターン50a)中の金属成分を正孔注入層70中に拡散させる工程と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機蛍光材料等の発光材料を電極間に挟持してなる有機EL素子が注目されている。有機EL素子としては、有機発光材料からなる発光層の発光効率を高めるため、この発光層の陽極側に正孔注入層を配置しておくのが一般的である。
このような有機EL素子の特性(発光効率、寿命)を改善するため、従来、正孔注入層に金属酸化物を含ませたり(例えば、特許文献1参照)、正孔注入材料にドーパントを含ませて製造した(例えば、特許文献2参照)有機EL素子が提案されている。
【特許文献1】特開2005−251639号公報
【特許文献2】特開平11−283750号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、気相法でなくスピンコート法やインクジェット法などの液相法(塗布法)を用いて有機EL素子を作製しようとした場合、正孔注入層についても、例えば正孔注入層の形成材料(正孔注入材料)を分散させてなる分散液を用いてこれを塗布・乾燥することにより、形成することになる。
【0004】
しかしながら、前記したように正孔注入層に金属酸化物を含ませたり、正孔注入材料にドーパントを含ませようとした場合、前記の金属酸化物やドーパントを前記の分散液中に溶解させあるいは分散させる必要があるが、その場合、金属酸化物等を良好に溶解させ、あるいは均一に分散させる必要がある。たとえ溶解しても、十分に溶解せずに溶液中に凝集物が生じたり、また、不均一に分散することでやはり分散液中に凝集物が生じると、成膜性が悪化して良好な正孔注入層が形成できなくなったり、得られる正孔注入層中での金属酸化物等の分布に大きな偏りが生じ、金属酸化物等を含ませる効果がほとんど得られなくなるおそれがあるからである。
【0005】
本発明は前記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、正孔注入層の形成材料に対する金属成分の溶解性や分散性に左右されることなく、正孔注入層中に金属等を容易にかつ確実に含有させることができ、これによって発光効率や寿命についての特性向上を図った、有機EL素子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため本発明の有機EL素子は、陽極上に正孔注入層と発光層とを有し、該発光層上に陰極を有してなる有機EL装置の製造方法において、前記陽極上に、金属または金属化合物からなる薄膜を形成する工程と、前記薄膜上に前記正孔注入層を形成するとともに、前記薄膜中の金属成分を該正孔注入層中に拡散させる工程と、を備えたことを特徴としている。
【0007】
この有機EL素子の製造方法によれば、陽極上に、金属または金属化合物からなる薄膜を形成した後、前記薄膜上に正孔注入層を形成して前記薄膜中の金属成分を該正孔注入層中に拡散させるので、正孔注入層の形成材料に対する金属成分の溶解性や分散性に左右されることなく、正孔注入層中に金属等を容易にかつ確実に含有させることが可能になる。よって、製造する有機EL素子の、発光効率や寿命についての特性向上を図ることができる。
【0008】
また、前記有機EL素子の製造方法においては、前記正孔注入層を、液相法で形成するのが好ましい。
このように、液相法、すなわち塗布法で形成することにより、例えばマスク蒸着法で正孔注入層や発光層を選択的に形成する場合のように、高価なマスクを使用する必要がなくなり、したがって製造コストを安価に抑えることが可能になる。また、前記薄膜上に正孔注入層の形成材料を塗布することにより、特にこの形成材料としてポリスチレンスルフォン酸に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させてなる分散液などを用いた場合では、強酸性を呈するポリスチレンスルフォン酸等によって前記薄膜中の金属成分を一部溶解し、イオン化することにより、該金属成分を形成材料中に拡散させることができる。その結果、該金属成分が正孔注入層中に含まれるようになる。
【0009】
なお、この有機EL素子の製造方法においては、前記正孔注入層を、ポリスチレンスルフォン酸に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させてなる分散液を用いて行うのが好ましい。
このようにすれば、前記したように、塗布時に前記薄膜中の金属成分を形成材料中に拡散させることができる。また、正孔注入層を形成した後においても、前記分散液中のポリスチレンスルフォン酸が例えば湿気等の水分と結合することで強酸性を呈するようになり、前記薄膜中の金属成分を溶解し、イオン化することによって該金属成分の正孔注入層中への拡散を促進し、容易化するようになる。
【0010】
また、前記有機EL素子の製造方法においては、前記薄膜を、0.5nm以上5.0nm以下の厚さに形成するのが好ましい。
前記薄膜の厚さを0.5nm未満にすると、この薄膜を構成する金属成分が正孔注入層中に拡散しても、十分な特性向上が得られないおそれがある。また、前記薄膜を5.0nmを超える厚さにすると、陽極上に薄膜が残ってしまい、陽極からの正孔注入性が損なわれてしまうおそれがあり、また、正孔注入層中への金属成分の拡散量が過剰になり、かえって正孔注入層の正孔注入特性が低下してしまうおそれがある。すなわち、前記薄膜を0.5nm以上5.0nm以下の厚さに形成することにより、正孔注入層の特性向上を確実にすることができ、また、陽極からの正孔注入性を損なうことも回避することができる。
【0011】
また、前記有機EL素子の製造方法においては、前記薄膜上に前記正孔注入層を形成するとともに、前記薄膜中の金属成分を該正孔注入層中に拡散させる工程は、前記薄膜上に前記正孔注入層を形成する処理と、該正孔注入層を高温多湿下に放置することにより、前記薄膜中の金属成分を該正孔注入層中に拡散させる処理と、を備えてなるのが好ましい。
例えば正孔注入層の形成材料として、ポリスチレンスルフォン酸に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させてなる分散液を用いた場合、これから形成された正孔注入層を高温多湿下に放置することにより、該正孔注入層中に水分が付与される。すると、正孔注入層中のポリスチレンスルフォン酸が水分と結合することで強酸性を呈するようになり、前記薄膜中の金属成分を溶解し、イオン化することによって該金属成分の正孔注入層中への拡散を促進し、容易化するようになる。また、高温下とすることで、このような金属成分のイオン化や正孔注入層中への拡散がより促進され、工程に要する時間の短縮化が図られる。
【0012】
また、前記有機EL素子の製造方法においては、前記正孔注入層を形成する工程の後に、前記正孔注入層の表面上に正孔輸送層を形成する工程を備えているのが好ましい。
このようにすれば、正孔輸送層によって得られる有機EL素子の発光特性をより良好にすることができる。また、正孔輸送層の形成時における熱処理により、正孔注入層中に拡散した前記金属成分の正孔注入層中での分布をより均一にすることができるとともに、その一部を正孔輸送層中にまで拡散させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下で参照する各図面においては、理解を容易にするために、各構成要素の寸法等を適宜変更して表示している。
まず、本発明の製造方法の説明に先立ち、本発明の製造方法によって得られる有機EL素子について説明する。図1は、本発明に係る有機EL素子を多数備えてなる有機EL装置の要部の側断面図である。
【0014】
この有機EL装置は、素子基板2と、素子基板2の表面に配設された駆動回路部5と、駆動回路部5の表面側に配設された複数の有機EL素子3と、有機EL素子3を封止する封止基板30とを主として構成されている。この有機EL素子3は、素子基板2に垂直な方向から見て円形状や長円形状等に形成され、素子基板2上にマトリクス状に整列配置されている。本実施形態では、有機EL素子3における発光光を素子基板2側から取り出すボトムエミッション型の有機EL装置を例にして説明する。
【0015】
(有機EL装置)
ボトムエミッション型の有機EL装置では、発光層60における発光光を素子基板2側から取り出すので、素子基板2としては透明あるいは半透明のものが用いられる。例えば、ガラスや石英、樹脂(プラスチック、プラスチックフィルム)等が用いられ、特にガラス基板が好適に用いられる。
【0016】
素子基板2上には、有機EL素子3の駆動用TFT123(駆動素子4)などを含む駆動回路部5が形成されている。なお、駆動回路を備えたICチップを素子基板2に実装して有機EL装置を構成することも可能である。
【0017】
駆動回路部5の具体的な構成として、素子基板2の表面に絶縁材料からなる下地保護層281が形成され、その上に半導体材料であるシリコン層241が形成されている。このシリコン層241の表面には、SiO及び/又はSiNを主体とするゲート絶縁層282が形成されている。そのゲート絶縁層282の表面には、ゲート電極242が形成されている。このゲート電極242は、図示しない走査線の一部によって構成されている。なお前記シリコン層241のうち、ゲート絶縁層282を挟んでゲート電極242と対向する領域がチャネル領域241aとされている。一方、ゲート電極242およびゲート絶縁層282の表面には、SiOを主体とする第1層間絶縁層283が形成されている。
【0018】
また、シリコン層241のうち、チャネル領域241aの一方側には低濃度ソース領域241bおよび高濃度ソース領域241Sが設けられ、チャネル領域241aの他方側には低濃度ドレイン領域241cおよび高濃度ドレイン領域241Dが設けられて、いわゆるLDD(Lightly Doped Drain )構造となっている。これらのうち、高濃度ソース領域241Sは、ゲート絶縁層282および第1層間絶縁層283を貫通するコンタクトホール243aを介して、ソース電極243に接続されている。このソース電極243は、図示しない電源線の一部によって構成されている。一方、高濃度ドレイン領域241Dは、ゲート絶縁層282および第1層間絶縁層283を貫通するコンタクトホール244aを介して、ソース電極243と同層に配置されたドレイン電極244に接続されている。
【0019】
前述したソース電極243およびドレイン電極244、並びに第1層間絶縁層283の上層には、アクリル系やポリイミド系等の耐熱性絶縁性樹脂材料などを主体とする平坦化膜284が形成されている。この平坦化膜284は、駆動用TFT123(駆動素子4)やソース電極243、ドレイン電極244などによる表面の凹凸をなくすために形成されたものである。
【0020】
そして、平坦化膜284の表面側における有機EL素子3の形成領域には、複数の画素電極23が配列形成されている。この画素電極23は、該平坦化膜284に設けられたコンタクトホール23aを介して、ドレイン電極244に接続されている。すなわち、画素電極23は、ドレイン電極244を介して、シリコン層241の高濃度ドレイン領域241Dに接続されている。
【0021】
また、平坦化膜284の表面における画素電極23を囲うように、SiO等の無機絶縁材料からなる無機隔壁25が形成されている。この無機隔壁25の開口部に露出した画素電極23の表面上には、複数の機能膜が積層形成されており、これによって有機EL素子3が形成されている。有機EL素子3は、陽極として機能する画素電極23と、この画素電極23からの正孔を注入する正孔注入層70と、正孔輸送層65と、有機材料からなる発光層60と、陰極52として機能する共通電極とが積層されて構成されている。
【0022】
ボトムエミッション型の有機EL装置の場合、陽極として機能する画素電極23は、透明導電材料によって形成されている。透明導電性材料としては、ITO(インジウム錫酸化物)やインジウム亜鉛酸化物等を採用することが可能であり、特にITOが好適に用いられる。
【0023】
また、正孔注入層70の形成材料としては、特に、3,4−ポリエチレンジオキシチオフェン/ポリスチレンスルフォン酸(PEDOT/PSS)の分散液が好適に用いられる。このPEDOT/PSSは、分散媒としてのポリスチレンスルフォン酸に、ポリチオフェン誘導体である3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させ、さらにこれを水に分散させたものである。このPEDOT/PSSは、特にポリスチレンスルフォン酸(PSS)が水との結合によって強酸性を呈するものである。ここで、この正孔注入層70中には、後述する手法により、金属イオン等の金属成分がほぼ均一に分布した状態で含まれている。
なお、正孔注入層70の形成材料としては、前記のものに限定されることなく種々のものが使用可能である。例えば、ポリスチレン、ポリピロール、ポリアニリン、ポリアセチレンやその誘導体などを、適宜な分散媒、例えば前記のポリスチレンスルフォン酸に分散させたものなどが使用可能である。
【0024】
正孔輸送層65の形成材料としては、以下の化学式1で示されるTFB(poly(2,7-(9,9-di-n-octylfluorene)-alt-(1,4-phenylene-((4-sec-butylphenyl)imino-1,4-phenylene))))が好適に用いられる。TFBは、正孔注入層70と発光層60の間に配設されることにより、正孔注入層70から発光層60への正孔の輸送を容易にする機能を有しており、したがって得られる有機EL装置(有機EL素子3)の発光特性をより良好にすることができる。
【0025】
【化1】

正孔輸送層65の形成材料については前記材料に限定されることなく、TFBに代えて、例えばF8−TPAなど従来公知の種々の正孔輸送材料を用いることができる。なお、このような正孔輸送層65にも、後述するように、前記正孔注入層70中に含まれている金属成分が、量的には少ないものの含まれている。
【0026】
発光層60を形成するための材料としては、蛍光あるいは燐光を発光することが可能な公知の発光材料が用いられる。具体的には、(ポリ)フルオレン誘導体(PF)、(ポリ)パラフェニレンビニレン誘導体(PPV)、ポリフェニレン誘導体(PP)、ポリパラフェニレン誘導体(PPP)、ポリビニルカルバゾール(PVK)、ポリチオフェン誘導体、ポリメチルフェニルシラン(PMPS)などのポリシラン系などが好適に用いられる。また、これらの高分子材料に、ペリレン系色素、クマリン系色素、ローダミン系色素などの高分子系材料や、ルブレン、ペリレン、9,10−ジフェニルアントラセン、テトラフェニルブタジエン、ナイルレッド、クマリン6、キナクリドン等の低分子材料をドープして用いることもできる。
【0027】
特に、赤色の発光層60の形成材料としては、例えば以下の化学式2で示されるMEH−CN−PPVが好適に用いられる。
【化2】

【0028】
また、緑色の発光層60の形成材料としては、例えばポリジオクチルフルオレンとF8BT(ジオクチルフルオレンとベンゾチアジアゾールの交互共重合体)の混合溶液が好適に用いられ、青色の発光層60の形成材料としては、例えばポリジオクチルフルオレンが好適に用いられる。また、このような発光層60については、特にその厚さについては制限がなく、各色毎に好ましい膜厚が調整される。
【0029】
陰極52は、主陰極および補助陰極の積層構造とすることが望ましい。その主陰極として、仕事関数が3.0eV以下のCaやMg、LiF等の材料を採用することが望ましい。これにより、主陰極に電子注入層としての機能が付与されるので、低電圧で発光層を発光させることができる。また補助陰極は、陰極52全体の導電性を高めるとともに、主陰極を酸素や水分等から保護する機能を有している。そのため補助陰極として、導電性に優れたAlやAu、Ag等の金属材料を採用することが望ましい。
【0030】
一方、陰極52の上方には、接着層40を介して封止基板30が貼り合わされている。
なお、陰極52の全体を覆う封止キャップを素子基板2の周縁部に固着し、その封止キャップの内側に水分や酸素等を吸収するゲッター剤を配置してもよい。また、陰極52の表面にSiO等からなる無機封止膜を積層形成してもよい。
【0031】
前述した有機EL装置では、駆動回路部5のソース電極243から供給された画像信号が、駆動素子4により所定のタイミングで画素電極23に印加される。そして、その画素電極23から注入された正孔と、陰極52から注入された電子とが、発光層60で再結合して所定波長の光が放出される。その発光光は、透明材料からなる画素電極23、駆動回路部5および素子基板2を透過して外部に取り出される。なお、無機隔壁25は絶縁材料で構成されているので、無機隔壁25の開口部の内側のみに電流が流れて発光層60が発光する。そのため、無機隔壁25の開口部の内側が有機EL素子3の画素領域となっている。
(有機EL素子の製造方法)
【0032】
次に、このような構成の有機EL装置の製造方法に基づき、本発明の有機EL素子3の製造方法の一実施形態を、図2〜図4を参照して説明する。
なお、図2〜図4では、理解を容易にするため、素子基板、駆動回路部および封止基板の記載を省略して、図1におけるA部の拡大図を記載している。
【0033】
まず、従来と同様にして基板2上に駆動回路部5(図示せず)を形成する。そして、図2(a)に示すように、この基板2の全面を覆うように画素電極23となる透明導電膜23bを、ITOによって形成する。次に、この基板2にアルカリ洗浄、純水洗浄等を施し、透明導電膜23bの表面を清浄化する。
【0034】
次いで、この透明導電膜23b上に、図2(b)に示すように金属または金属化合物からなる薄膜50を、真空蒸着法やEB(電子ビーム)法等によって形成する。この薄膜50としては、特に限定されることなく、種々の金属やその金属化合物、各種合金が使用可能である。なお、ケイ素(Si)についても、本発明においては金属の一つとして使用可能である。具体的には、Ag、Al、Al、As、Ba、Be、Bi、Ca、Cd、Ce、Co、Cr、Cu、Fe、Ga、GaAs、Ge、In、K、La、Lu、Mg、MgF、Mn、MoO、Na、Ni、Ni−Cr、Pb、Pd、Pt、Sb、Se、Si、SiO、SiO、Sn、Sr、Ta、WO、Zn、Zrなどの各種金属や金属酸化物、合金が使用可能である。また、前記した金属の各種の塩、例えば硫酸塩やハロゲン化塩、硝酸塩、さらには各種有機酸塩なども使用可能である。なお、このような金属塩によって薄膜50を形成する場合には、真空蒸着法等の気相法に代えて、液相法で成膜するようにしてもよい。
【0035】
このような薄膜50の厚さについては、使用する材料や後述する正孔注入層70の厚さによって変わるものの、例えば薄膜50の材料としてMg(マグネシウム)を用いた場合などでは、0.5nm以上5.0nm以下とするのが好ましい。
薄膜50の厚さを0.5nm未満にすると、この薄膜50を構成する金属成分が後述するように正孔注入層70中に拡散しても、十分な特性向上が得られないおそれがある。また、前記薄膜50を5.0nmを超える厚さにすると、画素電極23上に薄膜50が残ってしまい、画素電極23からの正孔注入性が損なわれてしまうおそれがあり、また、正孔注入層70中への金属成分の拡散量が過剰になり、かえって正孔注入層70の正孔注入特性が低下してしまうおそれがある。したがって、前記薄膜を0.5nm以上5.0nm以下の厚さに形成することにより、正孔注入層70の特性向上を確実にすることができ、また、画素電極23からの正孔注入性を損なうことも回避することができる。
なお、本実施形態では薄膜50を、Mg(マグネシウム)を用いて真空蒸着法で厚さ2nmに形成している。
【0036】
次いで、この薄膜50、および前記透明導電膜23bを、公知のホトリソグラフィー技術、エッチング技術によってパターニングすることにより、図2(c)に示すように薄膜パターン50aと画素電極23との積層体を形成する。
次いで、図3(a)に示すように、前記薄膜パターン50a、画素電極23の周囲に無機隔壁25を形成する。続いて、UVオゾン処理を5分間行い、無機隔壁25内に露出する薄膜パターン50aの表面を洗浄する。
【0037】
次いで、図3(b)に示すように、薄膜パターン50aおよび無機隔壁25の表面全体に、液相プロセスによって正孔注入層70を厚さ50nmに形成する。具体的には、まず正孔注入層70の形成材料である液状体を、スピンコート法やスプレーコート法、ディッピング法、インクジェット法等により、基板全体に、あるいは選択的に塗布する。本実施形態では、正孔注入層70の形成材料として、前記したPEDOT/PSS(=1:20(重量比))を用い、スピンコート法で成膜した。そして、このように成膜した後、前記基板2を大気中にて200℃で10分間、ホットプレート上で加熱乾燥し、前記したように正孔注入層70を形成した。
【0038】
ここで、このように正孔注入層70の形成材料としてPEDOT/PSSを用い、これを塗布法(液相法)で前記薄膜パターン50a上に配することにより、前記薄膜パターン50aは、強酸性を呈するポリスチレンスルフォン酸(PSS)によってその一部が溶解し、イオン化する。すると、生成したイオン(Mg2+)が形成材料中に移行(拡散)する。そして、加熱乾燥によって形成材料中から水分が除去され、正孔注入層70が形成されると、結果的に、その内部には金属成分としての前記イオン(Mg2+)が僅かながら含まれたことになる。
【0039】
次いで、前記基板2を雰囲気調整が可能なチャンバー(図示せず)内に入れ、チャンバー内を高温多湿条件、例えば60℃、RH80%の条件下に30分間置く。これにより、前記薄膜パターン50aの残部を、前記正孔注入層70中に拡散させる。すなわち、前記PEDOT/PSSからなる正孔注入層70は、高温多湿下に放置されることにより、雰囲気中の湿気(水分)を吸着し、内部に水分を取り込む。すると、正孔注入層70中のPSS(ポリスチレンスルフォン酸)が水分と結合することで強酸性を呈するようになり、前記薄膜パターン50aを形成する金属(Mg)を溶解し、イオン化させる。これにより、生じたイオン(Mg2+)は正孔注入層70中への拡散が促進され、正孔注入層70中に容易に移行するようになる。したがって、薄膜パターン50aはそのほぼ全量が正孔注入層70中に移行し、図3(c)に示すように画素電極23上に直接正孔注入層70が位置するようになる。
【0040】
なお、雰囲気が高温下であることにより、このような金属(Mg)のイオン化や、正孔注入層70中へのイオン(Mg2+)の拡散がより促進され、結果的に、薄膜50(薄膜パターン50a)を正孔注入層70中に拡散させる処理工程に要する時間を短縮することができる。また、このように高温下で処理し、金属(イオン)の拡散を促進することにより、金属(イオン)を正孔注入層70中に均一に拡散(分散)させることができる。
また、前記の雰囲気としては、空気雰囲気とすることなく、窒素等の不活性ガス中に水分(水蒸気)を混入させ、多湿状態とした雰囲気であってもよい。
さらに、このような高温多湿雰囲気下にて放置処理した後、再度加熱乾燥処理を行い、正孔注入層70中の水分を除去してもよい。
【0041】
次いで、図4(a)に示すように正孔注入層70の表面に、液相法によって正孔輸送層65を厚さ30nmに形成する。具体的には、正孔輸送層65の形成材料として前記のTFBを使用し、これをスピンコート法で塗布し、その後、基板2を200℃で60分間、ホットプレート上で加熱乾燥し、正孔輸送層65を形成する。なお、このときの雰囲気条件としては、水分(水蒸気濃度)と酸素濃度との比(水分/酸素濃度)を1ppm未満にする。
【0042】
このような加熱乾燥により、正孔注入層70に拡散(分散)している前記金属(イオン)は、正孔注入層70中においてより均一に分散(分布)するようになる。また、その一部は、正孔輸送層65中にも拡散するようになる。
続いて、正孔輸送層65をキシレン等の溶媒によってリンス処理し、この溶媒に可溶な成分を正孔輸送層65から除去する。これにより、正孔輸送層65はキシレン等の溶媒に不溶な層となる。
【0043】
次いで、図4(b)に示すように、正孔輸送層65の表面に、液相プロセスによって発光層60を厚さ100nmに形成する。具体的には、発光層60の形成材料として、赤色材料である前記のMEH−CN−PPVを使用し、これをスピンコート法で塗布し、その後、基板2を130℃で20分間、ホットプレート上で加熱乾燥し、発光層60を形成する。なお、このときの雰囲気条件についても、水分(水蒸気濃度)と酸素濃度との比(水分/酸素濃度)を1ppm未満にする。
【0044】
次いで、図4(c)に示すように、真空蒸着法等により陰極52を形成する。具体的には、Caを厚さ10nmに形成し、さらにその上にAlを厚さ200nmに形成することにより、これら積層膜からなる陰極52を形成する。
その後、封止工程を経ることにより、図1に示した有機EL装置(有機EL素子3)を得ることができる。
【0045】
このような製造方法によれば、画素電極23上に金属(Mg)からなる薄膜パターン50a(薄膜50)を形成した後、前記薄膜パターン50a上に正孔注入層70を形成して前記薄膜パターン50a中の金属を該正孔注入層70中に拡散させるので、正孔注入層70の形成材料に対する金属成分の溶解性や分散性に左右されることなく、正孔注入層70中に金属を容易にかつ確実に含有させることができる。
【0046】
また、このようにして得られた有機EL素子3(有機EL装置)にあっては、正孔注入層70中に薄膜50を構成した金属成分、すなわちMgがイオン化して拡散しているので、発光効率や寿命についての特性が向上したものとなる。
なお、そのメカニズムについては明らかではないものの、以下のように考えられる。
陰極52から注入されて発光層60に到達した電子は、画素電極23(陽極)から注入され輸送された正孔と再結合することで発光する。しかし、発光層60に到達した電子の一部は、正孔と再結合することなく、発光層60を通過して漏れ電子となり、正孔輸送層65を通過して正孔注入層70にまで到達する。すると、従来では、この漏れ電子が正孔注入層70中の3,4−ポリエチレンジオキシチオフェン(PEDOT)を壊してしまい、正孔注入層70の正孔注入性を低下させてしまう。その結果、有機EL素子3自体の発光特性(発光効率、寿命)を低下させていたと考えられる。
【0047】
一方、本発明によれば、正孔注入層70中に、前記の薄膜50に由来する陽イオン(Mg2+)が存在することにより、前述した正孔注入層70の正孔注入性の低下が防止される。すなわち、正孔注入層70中には、(PEDOT/PSS)中のポリスチレンスルフォン酸(PSS)に由来する陰イオン(PSS)が多く存在している。このイオンは、前記の薄膜50に由来する陽イオン(Mg2+)と結合することで錯イオンあるいは錯体を形成する。そして、この錯イオン(錯体)は、前記の漏れ電子と結合することなどで、これに対する耐性を発揮して電子ブロック層として機能し、これにより、PEDOTが壊されるのを防止するようになる。よって、本発明の製造方法によって得られた有機EL素子3は、PEDOTが壊されることによる正孔注入層70の正孔注入性の低下が防止され、これによって発光特性(発光効率、寿命)が向上したものとなるのである。
【0048】
(実験例)
薄膜50としてMgを用いた前記実施形態に示す方法により、本発明の有機EL素子(本発明品)を形成した。また、比較のため、薄膜50を形成する工程、および高温多湿雰囲気下で放置する工程を行わない以外は、基本的には前記実施形態と同様にして、有機EL素子(比較品)を形成した。
得られた有機EL素子をそれぞれ定電流密度にて連続駆動し、発光輝度が10%低下するまでの時間を測定した。そして、この時間を寿命と定義した。
各有機EL素子の寿命を測定した結果、本発明品は比較品の2.2倍の寿命があった。したがって、本発明によれば、得られる有機EL素子の特性向上が図れることが確認された。
【0049】
また、このような有機EL装置の応用例として、該有機EL装置を備えた電子機器の具体例について説明する。
図5(a)は、携帯電話の一例を示した斜視図である。図5(a)において、符号1000は携帯電話本体を示し、符号1001は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
図5(b)は、腕時計型電子機器の一例を示した斜視図である。図5(b)において、符号1100は時計本体を示し、符号1101は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
図5(c)は、ワープロ、パソコンなどの携帯型情報処理装置の一例を示した斜視図である。図5(c)において、符号1200は情報処理装置、符号1202はキーボードなどの入力部、符号1204は情報処理装置本体、符号1206は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
図5(d)は、薄型大画面テレビの一例を示した斜視図である。図5(d)において、薄型大画面テレビ1300は、薄型大画面テレビ本体(筐体)1302、スピーカーなどの音声出力部1304、前記有機EL装置1からなる表示部1306を備える。
【0050】
図5(a)〜(d)に示す電子機器1000,1100,1200,1300は、前記有機EL装置を備えているので、この有機EL装置からなる表示部1001,1101,1206,1306が長寿命化しているなどことにより、これら電子機器1000,1100,1200,1300自体も、表示部1001,1101,1206,1306が長寿命化し、長期信頼性が確保されたものとなる。
【0051】
なお、本発明は前記実施形態に限られることなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、前記実施形態では、薄膜50の形成を透明導電膜23bの形成の後に行い、これら薄膜50と透明導電膜23bとを共にパターニングして薄膜パターン50aと画素電極23とを形成するようにしたが、本発明はこれに限定されることなく、例えば画素電極23を形成し、さらに無機隔壁25を形成した後、この無機隔壁25上および該無機隔壁25内に露出する画素電極23上に薄膜50を形成し、その後、該薄膜50を覆って正孔注入層70を形成するようにしてもよい。このようにしても、その後、例えば高温多湿下で放置することにより、正孔注入層70中に薄膜50の金属成分を拡散させることができる。
【0052】
また、発光機能層110を正孔注入層70と正孔輸送層65と発光層60とから構成したが、正孔輸送層65の形成を省略してもよく、さらに、発光層60と陰極52との間に、電子注入層や電子輸送層を形成してもよい。
また、前記実施形態では、発光層60で発光した光を基板2側から出射させる、いわゆるボトムエミッション型の有機EL装置に本発明の有機EL素子を適用した例を示したが、基板2と反対側の、封止基板側から光を出射させる、いわゆるトップエミッション型の有機EL装置にも本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】有機EL装置の要部断面模式図である。
【図2】(a)〜(c)は図1の有機EL装置の製造方法を説明する工程図である。
【図3】(a)〜(c)は図2に続く製造方法を説明する工程図である。。
【図4】(a)〜(c)は図3に続く製造方法を説明する工程図である。
【図5】(a)〜(d)は本発明の電子機器の実施形態を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0054】
2…基板、3…有機EL素子、23…画素電極(陽極)、50…薄膜、50a…薄膜パターン、52…陰極、60…発光層、65…正孔輸送層、70…正孔注入層、110…発光機能層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極上に正孔注入層と発光層とを有し、該発光層上に陰極を有してなる有機EL装置の製造方法において、
前記陽極上に、金属または金属化合物からなる薄膜を形成する工程と、
前記薄膜上に前記正孔注入層を形成するとともに、前記薄膜中の金属成分を該正孔注入層中に拡散させる工程と、を備えたことを特徴とする有機EL素子の製造方法。
【請求項2】
前記正孔注入層を、液相法で形成することを特徴とする請求項1記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項3】
前記正孔注入層を、ポリスチレンスルフォン酸に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させてなる分散液を用いて行うことを特徴とする請求項2記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項4】
前記薄膜を、0.5nm以上5.0nm以下の厚さに形成することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項5】
前記薄膜上に前記正孔注入層を形成するとともに、前記薄膜中の金属成分を該正孔注入層中に拡散させる工程は、前記薄膜上に前記正孔注入層を形成する処理と、該正孔注入層を高温多湿下に放置することにより、前記薄膜中の金属成分を該正孔注入層中に拡散させる処理と、を備えてなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の有機EL素子の製造方法。
【請求項6】
前記正孔注入層を形成する工程の後に、前記正孔注入層の表面上に正孔輸送層を形成する工程を備えたことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の有機EL素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−153064(P2008−153064A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−339934(P2006−339934)
【出願日】平成18年12月18日(2006.12.18)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】