説明

有機EL素子及び有機ELディスプレイ

【課題】発光層におけるホスト材料に燐光発光材料をドープしても、正孔及び電子の輸送性が低下せず、正孔と電子とをバランスよく輸送することができる有機EL素子を提供する。
【解決手段】一対の電極21、24間に第1の発光層22と第2の発光層23とが積層された積層構造を有する有機EL素子20において、第1の発光層22は、第1のホスト材料に、第1の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第1の材料を含み、第2の発光層23は、第2のホスト材料に、第2の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第2の材料を含む。第1の材料は、第1のホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比が第1の所定値よりも大きいものであり、第2の材料は、第2のホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比が第2の所定値よりも大きいものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一対の電極間に第1の発光層と第2の発光層とが積層された積層構造を有する有機EL素子及び有機ELディスプレイに関する。
【背景技術】
【0002】
有機電界発光素子(以下「有機EL素子」という。)は、陽極と陰極よりなる一対の電極の間に有機化合物よりなる発光層を積層した積層構造を有する。そして、有機EL素子は、陽極と陰極との間に電圧を印加することにより、電子及び正孔をそれぞれの電極から発光層に注入して再結合させ、この再結合により発光層が電気的に励起されることによって、発光する発光素子である。有機EL素子は、低電圧駆動によっても高輝度の発光が得られる、すなわち高効率の発光が得られるため、次世代表示素子としての応用が期待されている。
【0003】
有機EL素子は、実用化の観点から、より一層の駆動電圧の低電圧化、及び発光効率の更なる高効率化が求められている。有機EL素子の発光効率を向上させる手法の一つとして、三重項励起子を利用することが挙げられる。有機EL素子では、発光層内で正孔と電子が再結合し、一重項励起子と三重項励起子を統計的に1:3の割合で生成した後、それらのエネルギーが失活することにより発光すると考えられている。従って、三重項励起子を発光に利用することにより、発光効率を向上させることができる。一重項励起子からの放射失活により発光するのは蛍光であり、三重項励起子からの放射失活により発光するのは燐光である。
【0004】
そこで、燐光発光材料を発光層に用いた有機EL素子の研究開発が活発に行われている。有機EL素子に適した燐光発光材料として、イリジウムや白金などの重金属を中心に有する錯体をあげることができる。典型的な緑色の燐光発光材料として、Ir(ppy)(Tris(2-phenylpyridine)iridium(III);トリス(2-フェニルピリジン)イリジウム)、Ir(ppy)acac(Bis(2-phenylpyridine)(acetylacetonate)iridium(III);ビス(2-フェニルピリジン)イリジウムアセチルアセトナート)などが報告されている。
【0005】
このような燐光発光材料を発光層に用いた有機EL素子の発光効率を更に向上させるため、発光層を二つの発光層に分け、一の発光層を陽極から注入された正孔を発光層中に閉じ込めるためのブロック層としての機能を有する発光層とした有機EL素子が開示されている(例えば特許文献1参照)。特許文献1に示す例では、ホスト材料に燐光発光材料をドープした第1発光層と、ホールブロック材料に燐光発光材料をドープした第2発光層とを設けることが記載されている。
【0006】
また、燐光発光材料を発光層に用いた場合も含め、発光層を効率良く発光させるため、電子及び正孔をバランス良く輸送できる材料を含む発光層、すなわち正孔輸送性に優れた材料と電子輸送性に優れた材料とを含む発光層を有する有機EL素子が開示されている(例えば特許文献2参照)。特許文献2に示す例では、発光層が、第1の化合物及び第2の化合物を含む層であること、第1の化合物は第2の化合物よりも正孔移動度が大きく、第2の化合物は第1の化合物よりも電子移動度が大きいことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−34484号公報
【特許文献2】特開2002−313583号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、上記した有機EL素子では、次のような問題がある。
【0009】
特許文献1に記載される有機EL素子において、燐光発光材料をホスト材料にドープした発光層を用いるときは、燐光発光材料をドープしたホスト材料における電荷輸送性が、燐光発光材料をドープしないホスト材料における電荷輸送性に比べて大きく低下することがある。そのため、燐光発光材料をドープしたホスト材料を含む発光層を有する有機EL素子は、燐光発光材料をドープしないホスト材料よりなる発光層を有する有機EL素子よりも、例えば駆動電圧が高くなってしまう等の電荷輸送性に起因する問題がある。
【0010】
また、特許文献2に記載される有機EL素子においては、発光層のホスト材料が正孔と電子とを共に伝導するバイポーラ輸送性を有する。しかし、ホスト材料がバイポーラ輸送性を有するときは、ホスト材料に燐光発光材料をドープすることによって、正孔及び電子の一方の電荷の輸送性が低下することがあり、正孔と電子とをバランスよく輸送することができないという問題がある。
【0011】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、発光層におけるホスト材料に燐光発光材料をドープしても、正孔及び電子の輸送性が低下せず、正孔と電子とをバランスよく輸送することができる有機EL素子を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために本発明では、次に述べる手段を講じたことを特徴とするものである。
【0013】
本発明の一実施例によれば、一対の電極間に第1の発光層と第2の発光層とが積層された積層構造を有する有機EL素子において、前記第1の発光層は、第1のホスト材料に、第1の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第1の材料を含み、前記第2の発光層は、第2のホスト材料に、第2の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第2の材料を含み、前記第1の材料は、前記第1のホスト材料の正孔移動度に対する前記第1の材料の正孔移動度の比が第1の所定値よりも大きいものであり、前記第2の材料は、前記第2のホスト材料の電子移動度に対する前記第2の材料の電子移動度の比が第2の所定値よりも大きいものである、有機EL素子が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、有機EL素子において、発光層におけるホスト材料に燐光発光材料をドープしても、正孔及び電子の輸送性が低下せず、正孔と電子とをバランスよく輸送することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第1の実施の形態に係る有機EL素子の概略構成を示す断面図である。
【図2】第1の実施の形態に係る有機EL素子の別の例の概略構成を示す断面図である。
【図3】TOF法により測定することによって観測される典型的な過渡光電流波形を説明する図である。
【図4】第1の実施の形態に係るホスト材料について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を模式的に示すグラフである。
【図5】正孔輸送性発光層及び電子輸送性発光層における分子軌道の準位を示すエネルギーダイアグラムである。
【図6】第2の実施の形態に係る有機ELディスプレイの概略構成を示す断面図である。
【図7】比較例1により作製した素子について、正孔移動度及び電子移動度を測定するための過渡光電流波形のデータの例を示す図である。
【図8】比較例1により作製した素子について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を示すグラフである。
【図9】実施例1により作製した素子について、正孔移動度及び電子移動度を測定するための過渡光電流波形のデータの例を示す図である。
【図10】実施例1により作製した素子について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を示すグラフである。
【図11】実施例2により作製した素子について、正孔移動度及び電子移動度を測定するための過渡光電流波形のデータの例を示す図である。
【図12】実施例2により作製した素子について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を示すグラフである。
【図13】実施例1の発光層及び実施例2の発光層における分子軌道の準位を示すエネルギーダイアグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明を実施するための形態について図面と共に説明する。
(第1の実施の形態)
始めに図1及び図2を参照し、第1の実施の形態に係る有機EL素子の構成について説明する。図1は、有機EL素子20の概略構成を示す断面図である。図2は、有機EL素子の別の例(20a)の概略構成を示す断面図である。
【0017】
図1に示すように、有機EL素子20は、基板11上に、陽極21、正孔輸送性発光層22、電子輸送性発光層23及び陰極24を有する。また、有機EL素子20は、一対の電極である陽極21、陰極24の間に、正孔輸送性発光層22と電子輸送性発光層23とが積層された積層構造を有する。
【0018】
なお、陽極21及び陰極24は、本発明における一対の電極に相当する。また、正孔輸送性発光層22は、本発明における第1の発光層に相当する。また、電子輸送性発光層23は、本発明における第2の発光層に相当する。
【0019】
陽極21と陰極24との間に電圧を印加することによって、陽極21から正孔、陰極24から電子が注入され、正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23のいずれか一方の層中又は両方の層中で再結合し電界発光する。
【0020】
なお、陽極21と正孔輸送性発光層22との間に、正孔注入層、正孔輸送層、電子ブロック層などの正孔輸送性を有する有機膜よりなる層が積層されていてもよい。また、陰極24と電子輸送性発光層23との間に、電子注入層、電子輸送層、正孔ブロック層等の電子輸送性を有する有機膜よりなる層が積層されていてもよい。
【0021】
基板11の材料として、ガラス、石英、プラスチックフィルム等の透明な基板を用いることができる。
【0022】
陽極21は、陰極24と一対で発光層23を上下両側から挟んで電圧を印加可能に設けられるものであり、有機EL素子20を発光させるときは、陰極24に対して相対的に正の電位が与えられる。本実施の形態では、図1に示すように、陽極21は、発光層23の下側に設けられている。陽極21の材料として、透明で導電性の高い材料が好ましく、ITO(Indium Tin Oxide)、IZO(登録商標;Indium Zinc Oxide)等の透明電極材料を用いることができる。
【0023】
正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23は、発光層を構成する。すなわち、本実施の形態における発光層は、陽極21側に形成された正孔輸送性発光層22及び陰極24側に形成された電子輸送性発光層23との積層構造を有する。
【0024】
正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23は、共通のホスト材料に、異なる燐光発光材料をドーパントとしてドープした材料より構成される。すなわち、正孔輸送性発光層22は、共通のホスト材料に、第1の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第1の材料を含んでおり、電子輸送性発光層23は、共通のホスト材料に、第2の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第2の材料を含んでいる。
【0025】
後述するように、共通のホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比は、第1の所定値よりも大きく、共通のホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比は、第2の所定値よりも大きい。
【0026】
一般的には、燐光発光材料をホスト材料にドープした発光層を用いるときは、燐光発光材料をドープしたホスト材料における電荷輸送性が、燐光発光材料をドープしないホスト材料における電荷輸送性に比べて大きく低下する。しかしながら、本実施の形態では、正孔輸送性発光層22は、第1の燐光発光材料をドープした際に正孔輸送性の低下が比較的少ない構成となっており、電子輸送性発光層23は、第2の燐光発光材料をドープした際に電子輸送性の低下が比較的少ない構成となっている。
【0027】
正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23の共通のホスト材料は、正孔輸送性成分及び電子輸送性成分より構成される。すなわち、正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23の共通のホスト材料は、正孔輸送性材料と、電子輸送性材料とを含む。これにより、共通のホスト材料は、正孔輸送性と電子輸送性を共に示すバイポーラ輸送材料である。
【0028】
また、正孔輸送性発光層22では、共通のホスト材料を構成する正孔輸送性材料と、電子輸送性材料の三重項エネルギーが、ドープされる第1の燐光発光材料の三重項エネルギーよりも大きいことが好ましい。また、電子輸送性発光層23では、共通のホスト材料を構成する正孔輸送性材料と、電子輸送性材料の三重項エネルギーが、ドープされる第2の燐光発光材料の三重項エネルギーよりも大きいことが好ましい。
【0029】
なお、一の材料の三重項エネルギーが、他の材料の三重項エネルギーよりも大きいことは、一の材料における基底状態と励起三重項状態とのエネルギー差が、他の材料における基底状態と励起三重項状態とのエネルギー差よりも大きいことを意味する。
【0030】
正孔輸送性材料として、例えば式(1)
【0031】
【化1】

で表されるHMTPDを用いることができる。また、電子輸送性材料として、例えば式(2)
【0032】
【化2】

で表されるTBPhBを用いることができる。共通のホスト材料として、例えばHMTPDを正孔輸送性材料とし、例えばTBPhBを電子輸送性材料とするとき、例えば式(3)
【0033】
【化3】

で表されるSDGE−11を用いることができる。
【0034】
第1の燐光発光材料として、例えば式(4)
【0035】
【化4】

で表される、Ir(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTを用いることができる。そして、ホスト材料に第1の燐光発光材料をドーパントとしてドープした材料を第1の材料とするとき、第1の材料として、例えば式(5)
【0036】
【化5】

で表されるSTGER−11を用いることができる。
【0037】
また、後述するように、第1の燐光発光材料として、Ir(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrST以外にも、正孔輸送性材料の最高被占分子軌道準位よりも低い最高被占分子軌道準位を有することにより、ホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比が所定値よりも大きいものを用いることができる。
【0038】
第2の燐光発光材料として、例えば式(6)
【0039】
【化6】

で表されるIrG−3を用いることができる。そして、ホスト材料に第2の燐光発光材料をドーパントとしてドープした材料を第2の材料とするとき、第2の材料として、例えば式(7)
【0040】
【化7】

で表されるSTGET−11を用いることができる。
【0041】
また、後述するように、第2の燐光発光材料として、IrG−3以外にも、電子輸送性材料の最低空分子軌道準位よりも高い最低空分子軌道準位を有することにより、ホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比が所定値よりも大きいものを用いることができる。
【0042】
正孔輸送性発光層22は、陽極21上に、低分子系正孔輸送性材料と、低分子系電子輸送性材料と、低分子系燐光発光材料とを共蒸着により成膜することによって、形成する。また、正孔輸送性発光層22は、陽極21上に、正孔輸送性発光層22の材料を含む液体を例えばインクジェット法等の方法により塗布することによって形成されたものでもよい。
【0043】
電子輸送性発光層23は、正孔輸送性発光層22上に、低分子系正孔輸送性材料と、低分子系電子輸送性材料と、低分子系燐光発光材料とを共蒸着により成膜することによって、形成する。また、電子輸送性発光層23は、正孔輸送性発光層22上に、電子輸送性発光層23の材料を含む液体を例えばインクジェット法等の方法により塗布することによって形成されたものでもよい。
【0044】
本実施の形態では、陽極21側から注入された正孔と、陰極24側から注入された電子とは、主として正孔輸送性発光層22と電子輸送性発光層23との界面において再結合することによって励起子(エキシトン)が発生し、発生した励起子が基底状態に戻ることによって蛍光又は燐光を発光する。
【0045】
陰極24は、陽極21と一対で発光層23を上下両側から挟んで電圧を印加可能に設けられるものであり、有機EL素子20を発光させるときは、陽極21に対して相対的に負の電位が与えられる。本実施の形態では、図1に示すように、陰極24は、発光層23の上側に設けられている。陰極24の材料として、Ca、Al等の仕事関数の比較的小さな金属よりなる電極材料を用いることができる。仕事関数の小さい金属を用いることによって、陰極から発光層へ電子を注入する際の障壁を低くすることができるため、陰極から発光層へ電子を注入しやすくなる。しかしながら、仕事関数が小さい金属は、空気中の酸素や水分と反応しやすい。従って、陰極24が仕事関数が小さい金属よりなるときは、これらの金属の上にAuなどの金属を積層することによって形成することが好ましい。
【0046】
なお、本実施の形態では、陽極21上に正孔輸送性発光層22が直接形成されている例について説明する。しかし、陽極21と正孔輸送性発光層22との間に、例えば正孔注入層等の、各種の機能層を形成してもよい。図2には、陽極21と正孔輸送性発光層22との間に、正孔注入層21aとして、例えばポリエチレンジオキシチオフェン/ポリスチレンスルホン酸(Poly(3,4-ethylenedioxythiophene)/Polystyrenesulfonate;PEDOT/PSS)が形成されている例を示す。これにより、有機EL素子20aを低電圧化、高発光効率化、長寿命化等することができ、有機EL素子20aの性能を更に向上させることができる。
【0047】
また、本実施の形態では、電子輸送性発光層23上に陰極24が直接形成されている例について説明する。しかし、電子輸送性発光層23と陰極24との間に、電子注入層等の各種の機能層を形成してもよい。これにより、有機EL素子を低電圧化、高発光効率化、長寿命化等することができ、有機EL素子の性能を更に向上させることができる。
【0048】
次に、図3から図5を参照し、本実施の形態に係る有機EL素子が、発光層におけるホスト材料に燐光発光材料をドープしても、正孔及び電子の輸送性が低下せず、正孔と電子とをバランスよく輸送することができる作用効果について説明する。
【0049】
図3は、Time-of-Flight法(以下「TOF法」という。)により測定することによって観測される典型的な過渡光電流波形を説明する図である。図4は、本実施の形態に係るホスト材料について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を模式的に示すグラフである。図5は、正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23における分子軌道の準位を示すエネルギーダイアグラムである。図5(a)は、正孔輸送性発光層22について示し、図5(b)は、電子輸送性発光層23について示す。
【0050】
有機EL素子の発光層等の各材料の電荷輸送性は、移動度の測定により評価される。移動度は、電界強度に対する電荷の移動速度を示す値であり、伝導機構を見積もる上で重要な特性であるとともに、有機EL素子の駆動電圧を決定するための重要な特性である。そして、移動度を測定する方法として、TOF法がある。
【0051】
TOF法では、被検物質である薄膜を一対の電極の間に挟んだ状態で、一対の電極に電圧を印加可能な回路を構成する。そして、その回路に含まれる電源により一対の電極の間に電圧を印加することによって、薄膜に電界を印加する。そして、薄膜に電圧を印加した状態で光パルスを照射することによって薄膜に正孔と電子とよりなる対を生成させ、電界によって生成した正孔と電子とを分離する。分離した正孔及び電子の一方の電荷は、近傍の電極で直ちに消失するが、正孔及び電子の他方の電荷は、対向する電極へ向けて移動する。電荷が電極へ向けて移動している間、回路には一定の過渡光電流が流れ、電荷が電極に到達するとともに電流値は減少する。そこで、電流が流れた時間から電荷が薄膜を移動するのに要した時間を測定し、薄膜の膜厚をその時間と電界強度との積により割ることによって、移動度を求めることができる。すなわち、移動度をμとし、電荷が薄膜を移動するのに要した時間をtとし、薄膜の膜厚をdとし、薄膜に印加する電圧をVとすると、下記式(8)
μ=d/(t・V) (8)
により、求めることができる。
【0052】
また、TOF法による移動度測定は、薄膜中に、移動する電荷をトラップする電荷トラップが存在するか否かに大きく影響される。薄膜中に電荷トラップが存在しないときは、観測される過渡光電流は、図3(a)に示すような非分散型と呼ばれる波形を示し、一定の過渡光電流が流れる時間(例えば図3(a)の時間t1)に基づいて、移動度を求めることができる。一方、薄膜中に電荷トラップが存在するときは、電荷が捕獲されるため、又は散乱されながら移動するため、観測される過渡光電流は、図3(b)に示すような分散型と呼ばれる波形を示し、容易に移動度を求めることができない。
【0053】
本実施の形態では、このようなTOF法によって測定された移動度について、正孔輸送性発光層22は、第1の燐光発光材料をドープした際に正孔輸送性の低下が比較的少ない構成となっており、電子輸送性発光層23は、第2の燐光発光材料をドープした際に電子輸送性の低下が比較的少ない構成となっている。
【0054】
図4(a)において点線の直線で示すように、正孔輸送性発光層22では、ホスト材料に燐光発光材料をドープした材料(第1の材料)の電子移動度は、燐光発光材料をドープしていないホスト材料の電子移動度に対して低下している。しかし、図4(a)において実線の直線で示すように、ホスト材料に燐光発光材料をドープした材料(第1の材料)の正孔移動度は、燐光発光材料をドープしていないホスト材料の正孔移動度に対してあまり低下していない。すなわち、第1のホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比が第1の所定値よりも大きい。
【0055】
また、図4(b)において実線の直線で示すように、電子輸送性発光層23では、ホスト材料に燐光発光材料をドープした材料(第2の材料)の正孔移動度は、燐光発光材料をドープしていないホスト材料の正孔移動度に対して低下している。しかし、図4(b)において点線の直線で示すように、ホスト材料に燐光発光材料をドープした材料(第2の材料)の電子移動度は、燐光発光材料をドープしていないホスト材料の電子移動度に対してあまり低下していない。すなわち、第2のホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比が第2の所定値よりも大きい。
【0056】
ここで、ホスト材料にホスト材料と異なる材料をドーパントとしてドープすると、ドープされた材料の正孔移動度及び電子移動度は、通常は、それぞれホスト材料の正孔移動度及び電子移動度よりも小さくなる。ただし、ホスト材料にホスト材料と異なる材料をドーパントとしてドープするときに、ドープされた材料の正孔移動度及び電子移動度が、それぞれホスト材料の正孔移動度及び電子移動度に対して、1/10以下に低下すると、駆動電圧を増大させなくてはならなくなり、駆動電圧を低減することができない。従って、ドープされた材料の正孔移動度及び電子移動度がそれぞれホスト材料の正孔移動度及び電子移動度に対して1/10まで低下しないようにすることが好ましい。従って、第1のホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比が0.1よりも大きく1よりも小さいことが好ましく、第2のホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比が0.1よりも大きく1よりも小さいことが好ましい。
【0057】
次に、第1の燐光発光材料が、正孔輸送性材料の最高被占分子軌道準位(Highest
Occupied Molecular Orbital;HOMO)よりも低い最高被占分子軌道準位を有することにより、ホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比が第1の所定値よりも大きくなることについて説明する。また、第2の燐光発光材料が、電子輸送性材料の最低空分子軌道準位(Lowest Unoccupied Molecular Orbital;LUMO)よりも高い最低空分子軌道準位を有することにより、ホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比が所定値よりも大きくなることについて説明する。
【0058】
正孔は、正孔輸送性材料のHOMOを伝導し、電子は、電子輸送性材料のLUMOを伝導する。従って、燐光発光材料のHOMOが正孔輸送性材料のHOMOよりもエネルギーが高い場合(図5において上方にある場合)、正孔は燐光発光材料のHOMOにトラップされるため、正孔輸送性が低下すると考えられる。一方、燐光発光材料のLUMOが電子輸送性材料のLUMOよりもエネルギーが低い場合(図5において下方にある場合)、電子は燐光発光材料のLUMOにトラップされるため、電子輸送性が低下すると考えられる。
【0059】
本実施の形態では、正孔輸送性発光層22の材料においては、図5(a)に示すように、燐光発光材料のLUMOは電子輸送性材料のLUMOよりもエネルギーが低いので、電子は燐光発光材料のLUMOにトラップされ、電子輸送性が低下すると考えられる。しかし、燐光発光材料のHOMOは正孔輸送性材料のHOMOよりもエネルギーが高くないので、正孔は燐光発光材料のHOMOにトラップされず、正孔輸送性はあまり低下しないものと考えられる。
【0060】
また、本実施の形態では、電子輸送性発光層23の材料においては、図5(b)に示すように、燐光発光材料のHOMOは正孔輸送性材料のHOMOよりもエネルギーが高いので、正孔は燐光発光材料のHOMOにトラップされ、正孔輸送性が低下すると考えられる。しかし、燐光発光材料のLUMOは電子輸送性材料のLUMOよりもエネルギーが低くないので、電子は燐光発光材料のLUMOにトラップされず、電子輸送性はあまり低下しないものと考えられる。
【0061】
本実施の形態では、正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23ともに、バイポーラ輸送性を有するホスト材料を用いる。これにより、陽極21から注入された正孔は正孔輸送性発光層22中を高い移動度で移動でき、陰極24から注入された電子は電子輸送性発光層23中を高い移動度で移動できる。また、正孔輸送性発光層22と電子輸送性発光層23との界面だけでなく、正孔輸送性発光層22中又は電子輸送性発光層23中においても、正孔と電子とが再結合して発光することができる。
【0062】
三重項励起子が高い密度で存在するときは、三重項励起子の濃度が高まることにより燐光が消光する、いわゆる濃度消光が生ずるおそれがある。しかし、本実施の形態では、三重項励起子が、正孔輸送性発光層22と電子輸送性発光層23との界面だけでなく、正孔輸送性発光層22中又は電子輸送性発光層23中にも存在し、燐光を発光することができるため、濃度消光が生じにくく、発光効率を向上させることができる。
【0063】
また、共通のホスト材料にそれぞれ正孔輸送性及び電子輸送性を低下させない燐光発光材料をドープする量を調節することにより、正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23のそれぞれにおける正孔移動度及び電子移動度を自在に調節することができる。これにより、例えば正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23の膜厚等、有機EL素子の設計の自由度を向上させることができる。
【0064】
また、共通のホスト材料にそれぞれ正孔輸送性及び電子輸送性を低下させない燐光発光材料をドープした材料を正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23のホスト材料とすることにより、正孔輸送性発光層22と電子輸送性発光層23との界面における特性の劣化が少なくすることができる。例えば界面において電荷をトラップする界面準位が発生しにくくなり、界面に電荷が蓄積されることを防止できるからである。
【0065】
以上、本実施の形態によれば、バイポーラ輸送性を有する共通のホスト材料を用い、共通のホスト材料にそれぞれ正孔輸送性及び電子輸送性を低下させない燐光発光材料をドープした材料により、それぞれ正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23を構成する。これにより、発光層におけるホスト材料に燐光発光材料をドープしても、正孔及び電子の輸送性が低下せず、正孔と電子とをバランスよく輸送することができる。
【0066】
なお、本実施の形態では、正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23が、共通のホスト材料を有する例について説明した。しかし、正孔輸送性発光層22のホスト材料と、電子輸送性発光層23のホスト材料とは異なるものであってもよい。このとき、正孔輸送性発光層22のホスト材料及び電子輸送性発光層23のホスト材料は、それぞれ本発明における第1のホスト材料及び第2のホスト材料に相当する。また、第1のホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比は、第1の所定値よりも大きく、第2のホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比は、第2の所定値よりも大きい。また、第1のホスト材料に、第1の燐光発光材料をドーパントとしてドープした材料を第1の材料とするとき、第1の燐光発光材料として、正孔輸送性材料の最高被占分子軌道準位よりも低い最高被占分子軌道準位を有することにより、第1のホスト材料の正孔移動度に対する第1の材料の正孔移動度の比が所定値よりも大きいものを用いることができる。また、第2のホスト材料に、第2の燐光発光材料をドーパントとしてドープした材料を第2の材料とするとき、第2の燐光発光材料として、電子輸送性材料の最低空分子軌道準位よりも高い最低空分子軌道準位を有することにより、第2のホスト材料の電子移動度に対する第2の材料の電子移動度の比が所定値よりも大きいものを用いることができる。
(第2の実施の形態)
次に、図6を参照し、第2の実施の形態に係る有機ELディスプレイの構成について説明する。図6は、有機ELディスプレイ10の概略構成を示す断面図である。
【0067】
図6に示すように、有機ELディスプレイ10は、ディスプレイ基板11上に、有機EL素子よりなる画素20を複数有する。画素20は、第1の実施の形態に係る有機EL素子20である。また、画素20は、一対の電極である。すなわち、画素20は、陽極21、正孔輸送性発光層22、電子輸送性発光層23及び陰極24を有する。そして、陽極21、陰極24の間に、正孔輸送性発光層22と電子輸送性発光層23とが積層された積層構造を有する。
【0068】
また、画素20は、ディスプレイ基板11上における、隔壁12により区画された画素領域20bに形成されている。従って、各画素20における陽極21、正孔輸送性発光層22、電子輸送性発光層23及び陰極24は、隔壁12により、隣接する画素20における陽極21、正孔輸送性発光層22、電子輸送性発光層23及び陰極24とそれぞれ分離している。
【0069】
ディスプレイ基板11の材料として、ガラスやプラスチックフィルム等の透明な基板を用いることができる。また、ディスプレイ基板11であって、陽極21の下側の部分、又は陽極21と隣接する部分には、例えば薄膜トランジスタ(Thin Film Transistor;TFT)よりなるトランジスタ素子を用いた図示しないアクティブマトリクス回路が形成されていてもよい。アクティブマトリクス回路が形成されているときは、各画素20は、アクティブ駆動することができ、応答特性に優れ、高精細な映像を表示することができる。
【0070】
前述したように、隔壁12は、画素20が形成される画素領域20bを区画するものである。隔壁12の材料は、絶縁性を有する材料であってインクジェット法等により塗布されるインクにおける溶媒に溶解しないものであればよく、特に限定されるものではない。
【0071】
陽極21は、陰極24と一対で正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23を上下両側から挟んで電圧を印加可能に設けられるものであり、有機EL素子20を発光させるときは、陰極24に対して相対的に正の電位が与えられる。
【0072】
本実施の形態に係る有機ELディスプレイ10は、各画素領域20bを異なる色を発光する正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23の材料を塗り分けることによって、多色表示が可能である。
【0073】
本実施の形態に係る有機ELディスプレイ10は、第1の実施の形態に係る有機EL素子20を画素20として有する。また、本実施の形態においても、画素20を構成する有機EL素子20においては、バイポーラ輸送性を有する共通のホスト材料を用い、共通のホスト材料にそれぞれ正孔輸送性及び電子輸送性を低下させない燐光発光材料をドープした材料により、それぞれ正孔輸送性発光層22及び電子輸送性発光層23を構成する。これにより、発光層におけるホスト材料に燐光発光材料をドープしても、正孔及び電子の輸送性が低下せず、正孔と電子とをバランスよく輸送することができる。
【0074】
なお、本実施の形態でも、第1の実施の形態と同様に、正孔輸送性発光層22のホスト材料と、電子輸送性発光層23のホスト材料とは、同一であってもよく、異なるものであってもよい。
【実施例】
【0075】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、実施例により限定されて解釈されるものではない。
(実施例1)
初めに、実施例1として、第1の実施の形態に係る有機EL素子における正孔輸送性発光層を構成する材料(本発明における第1の材料)について、TOF法により移動度を測定するための素子を作製した。
【0076】
基板厚0.7mmのガラス基板上に、スパッタ法により膜厚150nmのITOよりなる導電膜を成膜することによって、陽極を形成した。
【0077】
次に、陽極上に、正孔輸送性材料であるHMTPD、電子輸送性材料であるTBPhB、第1の燐光発光材料であるIr(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTを共蒸着により成膜することによって、STGER−11よりなる膜厚50nmの正孔輸送性発光層を形成した。また、重量比でHMTPD:TBPhB:IrST=47.5:47.5:5となるようにした。
【0078】
次に、正孔輸送性発光層上に、蒸着により膜厚1nmのCsよりなる導電膜を成膜し、更にその上に蒸着により膜厚100nmのAlよりなる導電膜を成膜することによって、陰極を形成した。これにより、実施例1に係る素子を作製した。
【0079】
また、比較例1として、第1の実施の形態に係る有機EL素子における共通のホスト材料について、TOF法により移動度を測定するための素子を作製した。
【0080】
実施例1と同様に、基板厚0.7mmのガラス基板上に、スパッタ法により膜厚150nmのITOよりなる導電膜を成膜することによって、陽極を形成した。
【0081】
次に、陽極上に、正孔輸送性材料であるHMTPD、電子輸送性材料であるTBPhBを共蒸着により成膜することによって、SDGE−11よりなる膜厚50nmの発光層を形成した。また、重量比でHMTPD:TBPhB=50:50となるようにした。
【0082】
次に、発光層上に、蒸着により膜厚1nmのCsよりなる導電膜を成膜し、更にその上に蒸着により膜厚100nmのAlよりなる導電膜を成膜することによって、陰極を形成した。これにより、比較例1に係る素子を作製した。
【0083】
実施例1及び比較例1により作製した素子のそれぞれについて、TOF法により移動度の測定を行った。
【0084】
初めに、図7及び図8を参照し、比較例1により作製した素子の結果について説明する。図7(a)及び図7(b)は、比較例1により作製した素子について、それぞれ正孔移動度及び電子移動度を測定するための過渡光電流波形のデータの例を示す図である。図8は、比較例1により作製した素子について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を示すグラフである。
【0085】
それぞれ図7(a)及び図7(b)に示すように、燐光発光材料を含まない比較例1による素子における過渡光電流波形は、正孔移動度測定、電子移動度測定において、ともに良好な非分散型を示している。そして、図8に示すように、正孔移動度は10−4cm/Vsオーダーの値、電子移動度は10−3cm/Vs程度の値を示す。従って、HMTPD及びTBPhBよりなるホスト材料(SDGE−11)は、正孔と電子とを共に高い輸送性で伝導することができるバイポーラ輸送性を有している。
【0086】
次に、図9及び図10を参照し、実施例1により作製した素子の結果について説明する。図9(a)及び図9(b)は、実施例1により作製した素子について、それぞれ正孔移動度及び電子移動度を測定するための過渡光電流波形のデータの例を示す図である。図10は、実施例1により作製した素子について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を示すグラフである。
【0087】
図9(a)に示すように、燐光発光材料を含む実施例1による素子における過渡光電流波形は、正孔移動度測定において、良好な非分散型を示している。そして、図10に示すように、正孔移動度は10−4cm/Vsオーダーの値を示す。
【0088】
一方、図9(b)に示すように、過渡光電流波形は、電子移動度測定においては、分散型を示しており、電子輸送性が大きく乱されているものと考えられる。このため、電子移動度の値を求めることはできなかった。
【0089】
図8と図10とを比べると、HMTPD及びTBPhBよりなるホスト材料にIr(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTよりなる燐光発光材料をドープした材料(STGER−11)についての電子移動度(実施例1)は、値を求めることができず、電子輸送性が大きく乱されているものと考えられる。一方、Ir(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTよりなる燐光発光材料をドープした材料(STGER−11)についての正孔移動度(実施例1)は、燐光発光材料をドープしないホスト材料(SDGE−11)についての正孔移動度(比較例1)に対して1/10程度にまでしか低下していない。従って、HMTPD及びTBPhBよりなるホスト材料にIr(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTよりなる燐光発光材料をドープした材料(STGER−11)は、ドープしない材料(SDGE−11)に比べ、電子輸送性は大幅に低下するものの、正孔輸送性はほとんど低下せず、高い輸送性を保持していることが確認された。
(実施例2)
次に、実施例2として、第1の実施の形態に係る有機EL素子における電子輸送性発光層を構成する材料(本発明における第2の材料)について、TOF法により移動度を測定するための素子を作製した。
【0090】
実施例1と同様に、基板厚0.7mmのガラス基板上に、スパッタ法により膜厚150nmのITOよりなる導電膜を成膜することによって、陽極を形成した。
【0091】
次に、陽極上に、正孔輸送性材料であるHMTPD、電子輸送性材料であるTBPhB、第2の燐光発光材料であるIrG−3を共蒸着により成膜することによって、STGET−11よりなる膜厚50nmの電子輸送性発光層を形成した。また、重量比でHMTPD:TBPhB:IrG−3=47.5:47.5:5となるようにした。
【0092】
次に、電子輸送性発光層上に、蒸着により膜厚1nmのCsよりなる導電膜を成膜し、更にその上に蒸着により膜厚100nmのAlよりなる導電膜を成膜することによって、陰極を形成した。これにより、実施例2に係る素子を作製した。
【0093】
実施例2により作製した素子について、TOF法により移動度の測定を行った。
【0094】
図11及び図12を参照し、実施例2により作製した素子の結果について説明する。図11(a)及び図11(b)は、実施例2により作製した素子について、それぞれ正孔移動度及び電子移動度を測定するための過渡光電流波形のデータの例を示す図である。図12は、実施例2により作製した素子について、過渡光電流波形から求められた移動度の電界依存性を示すグラフである。
【0095】
それぞれ図11(a)及び図11(b)に示すように、燐光発光材料を含む実施例2による素子における過渡光電流波形は、正孔移動度測定、電子移動度測定において、ともに良好な非分散型を示している。そして、図12に示すように、正孔移動度は10−6cm/Vsオーダーの値、電子移動度は10−4cm/Vsオーダーの値を示す。
【0096】
図8と図12とを比べると、HMTPD及びTBPhBよりなるホスト材料にIrG−3よりなる燐光発光材料をドープした材料(STGET−11)についての正孔移動度(実施例2)は、燐光発光材料をドープしないホスト材料(SDGE−11)についての正孔移動度(比較例1)に対して1/100程度にまで低下している。一方、IrG−3よりなる燐光発光材料をドープした材料(STGET−11)についての電子移動度(実施例2)は、燐光発光材料をドープしないホスト材料(SDGE−11)についての電子移動度(比較例1)に対して1/10程度にまでしか低下していない。従って、HMTPD及びTBPhBよりなるホスト材料にIrG−3よりなる燐光発光材料をドープした材料(STGET−11)は、ドープしない材料(SDGE−11)に比べ、正孔輸送性は大幅に低下するものの、電子輸送性はほとんど低下せず、高い輸送性を保持していることが確認された。
【0097】
次に、実施例1により作製した素子における正孔輸送性発光層の材料(STGER11)、及び実施例2により作製した素子における電子輸送性発光層の材料(STGET11)について、大気中光電子分光法によりHOMO及びLUMOの準位を測定した結果を示す。図13(a)及び図13(b)は、それぞれ実施例1の発光層及び実施例2の発光層における分子軌道の準位を示すエネルギーダイアグラムである。なお、図13(a)及び図13(b)では、真空準位を基準(0eV)として示している。
【0098】
大気中光電子分光法は、理研計器株式会社製の大気中光電子分光装置(商品名AC-3)を用いて行った。また、LUMOについては、光の吸収端エネルギーを、HOMOから差し引くことによって求めた。
【0099】
図13(a)に示すように、正孔輸送性発光層の材料(STGER11)においては、燐光発光材料である、Ir(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTのLUMO(−3.0eV)は、電子輸送性材料であるTBPhBのLUMO(−2.9eV)よりもエネルギーが低い。また、燐光発光材料である、Ir(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTのHOMO(−5.6eV)は、正孔輸送性材料であるHMTPDのHOMO(−5.6eV)よりもエネルギーが高くない。これにより、電子輸送性は低下するものの、正孔輸送性はあまり低下しないものと考えられる。
【0100】
一方、図13(b)に示すように、電子輸送性発光層の材料(STGET11)においては、燐光発光材料であるIrG−3のHOMO(−5.4eV)は、正孔輸送性材料であるHMTPDのHOMO(−5.6eV)よりもエネルギーが高い。また、燐光発光材料であるIrG−3のLUMO(−2.8eV)は、電子輸送性材料であるTBPhBのLUMO(−2.9eV)よりもエネルギーが低くない。これにより、正孔輸送性は低下するものの、電子輸送性はあまり低下しないものと考えられる。
(実施例3)
次に、実施例3として、第1の実施の形態において図2を用いて説明した有機EL素子を作製した。
【0101】
基板11として、基板厚0.7mmのガラス基板を用いた。ガラス基板よりなる基板11を純水中で超音波洗浄した後、基板11上に、スパッタ法により膜厚150nmのITOよりなる導電膜を成膜した。そして、フォトリソグラフィにより形成したレジストパターンをマスクとし、関東化学株式会社製の透明導電膜エッチング液(商品名ITO−07N)を用いたウェットエッチングにより導電膜をパターニングし、ITOよりなる陽極21を形成した。
【0102】
次に、陽極21上に、正孔注入層21aとして、H.C. Starck社製のPEDOT/PSS(商品名Clevios P VP CH8000)をスピンコート法により塗布し、大気中180℃で1時間の間、乾燥させることによって、膜厚30nmの正孔注入層21aを形成した。
【0103】
次に、正孔注入層21a上に、HMTPD、TBPhB、Ir(ppy)acac構造を含むイリジウム錯体IrSTを共蒸着により成膜することによって、膜厚50nmの正孔輸送性発光層22を形成した。
【0104】
次に、正孔輸送性発光層22上に、HMTPD、TBPhB、IrG−3を共蒸着により成膜することによって、膜厚50nmの電子輸送性発光層23を形成した。
【0105】
次に、電子輸送性発光層23上に、蒸着により膜厚1nmのCsよりなる導電膜を成膜し、更にその上に蒸着により膜厚100nmのAlよりなる導電膜を成膜することによって、陰極24を形成した。これにより、第1の実施の形態において図2を用いて説明した有機EL素子を形成することができた。
【0106】
以上、本発明の好ましい実施の形態について記述したが、本発明はかかる特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0107】
10 有機ELディスプレイ
11 ディスプレイ基板
12 隔壁
20 画素
20、20a 有機EL素子
20b 画素領域
21 陽極
21a 正孔注入層
22 正孔輸送性発光層
23 電子輸送性発光層
24 陰極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極間に第1の発光層と第2の発光層とが積層された積層構造を有する有機EL素子において、
前記第1の発光層は、第1のホスト材料に、第1の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第1の材料を含み、
前記第2の発光層は、第2のホスト材料に、第2の燐光発光材料をドーパントとしてドープした第2の材料を含み、
前記第1の材料は、前記第1のホスト材料の正孔移動度に対する前記第1の材料の正孔移動度の比が第1の所定値よりも大きいものであり、
前記第2の材料は、前記第2のホスト材料の電子移動度に対する前記第2の材料の電子移動度の比が第2の所定値よりも大きいものである、有機EL素子。
【請求項2】
前記第1のホスト材料と、前記第2のホスト材料とは、いずれも正孔輸送性材料と、電子輸送性材料とを含むものである、請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項3】
前記第1のホスト材料と、前記第2のホスト材料とは、いずれも同一の正孔輸送性材料と、同一の電子輸送性材料とを含むものである、請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項4】
前記第1の材料は、前記第1の燐光発光材料が、前記第1のホスト材料に含まれる前記正孔輸送性材料の最高被占分子軌道準位よりも低い最高被占分子軌道準位を有することにより、前記第1のホスト材料の正孔移動度に対する前記第1の材料の正孔移動度の比が前記第1の所定値よりも大きいものであり、
前記第2の材料は、前記第2の燐光発光材料が、前記第2のホスト材料に含まれる前記電子輸送性材料の最低空分子軌道準位よりも高い最低空分子軌道準位を有することにより、前記第2のホスト材料の電子移動度に対する前記第2の材料の電子移動度の比が前記第2の所定値よりも大きいものである、請求項2又は請求項3に記載の有機EL素子。
【請求項5】
前記第1の所定値は、0.1であり、
前記第2の所定値は、0.1である、請求項1から請求項4のいずれかに記載の有機EL素子。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれかに記載の有機EL素子を備えた有機ELディスプレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−258373(P2011−258373A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−130995(P2010−130995)
【出願日】平成22年6月8日(2010.6.8)
【出願人】(000004352)日本放送協会 (2,206)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】