説明

有機EL装置とその製造方法、及び電子機器

【課題】陽極111中の金属元素が正孔注入層60側に移行することに起因する発光効率の低下を防止し、長寿命化を図った有機EL装置1とその製造方法、さらにこの有機EL装置1を備えた電子機器を提供する。
【解決手段】陽極111と陰極12との間に、正孔注入層60と発光層70とをこの順に配設してなる有機EL装置である。陽極111と正孔注入層60との間に、陽極111中の金属元素が正孔注入層60側に移行するのを防止するための、有機ケイ素化合物からなるバリア膜50が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL装置とその製造方法、及び電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機蛍光材料等の発光材料を電極間に挟持してなる有機EL装置が注目されている。このような有機EL装置としては、発光材料からなる発光層の発光効率を高めるため、この発光層の陽極側に正孔注入層を配置しておくのが一般的である(例えば特許文献1参照)。正孔注入層としては、3,4−ポリエチレンジオキシチオフェン−ポリスチレンスルフォン酸[PEDOT(Polyethylene Dioxythiophene)−PSS(Polystyrene Sulphonate)]が一般的に用いられている。また、この正孔注入層の下地となる陽極としては、特にこの陽極側が光出射側となる場合、ITO(インジウム錫酸化物)からなる透明電極が一般に用いられている。
【特許文献1】特開平2003−347063号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、前記正孔注入層となるPEDOT−PSSは、分散媒としてのポリスチレンスルフォン酸に3,4−ポリエチレンジオシチオフェンを分散させ、さらにこれを水に分散させた分散液として用いられ、成膜に供される。しかし、この分散液は強酸性であることから、これがITOからなる陽極上に塗布されると、陽極表面が溶解することなどによって陽極中の金属元素、特にIn(インジウム)が不安定になり、酸化されて正孔注入層中に溶出したり、正孔注入層側に拡散し易くなったりしてしまう。その結果、酸化物が正孔注入層中に移行することで正孔注入層の電気抵抗上昇、導電性低下が起こり、発光層での発光効率が低下してしまう。また、Inが正孔注入層側に拡散し、さらにその一部が発光層にまで拡散することによっても、発光層での発光効率の低下が引き起こされてしまう。そして、このように発光効率が低下することにより、得られる有機EL装置の発光性能が低下し、その寿命が短くなってしまう。
【0004】
本発明は前記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、陽極中の金属元素が正孔注入層側に移行することに起因する発光効率の低下を防止し、長寿命化を図った有機EL装置とその製造方法、さらにこの有機EL装置を備えた電子機器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記目的を達成するため本発明の有機EL装置は、陽極と陰極との間に、正孔注入層と発光層とをこの順に配設してなる有機EL装置において、前記陽極と正孔注入層との間に、陽極中の金属元素が正孔注入層側に移行するのを防止するための、有機ケイ素化合物からなるバリア膜が設けられていることを特徴としている。
【0006】
この有機EL装置によれば、陽極と正孔注入層との間に有機ケイ素化合物からなるバリア膜が設けられているので、例えば正孔注入層を形成する際、バリア膜によって陽極表面が正孔注入層を形成するための分散液に溶解してしまうことが抑えられ、これにより陽極中の金属元素が正孔注入層側に移行してしまうことが抑制される。すなわち、バリア膜が有機ケイ素化合物からなっていることで撥水性(疎水性)を発揮することなどにより、分散液がバリア膜を浸透して陽極に接触してしまうことが防止され、これにより陽極中の金属元素が溶出等によって正孔注入層側に移行してしまうことが抑制される。
【0007】
したがって、陽極中の金属元素が正孔注入層側に移行することに起因する発光効率の低下が防止され、長寿命化が図られたものとなる。
【0008】
また、前記有機EL装置においては、前記有機ケイ素化合物が環状シロキサンであるのが好ましい。また、環状シロキサンは、ケイ素の数が3以上6以下の化合物であるのが好ましい。
【0009】
環状シロキサンは揮発性が高く、特にケイ素の数が3以上6以下のものは常温でも比較的大きな蒸気圧を有することから、その蒸気を単に陽極に接触させることにより、厚さ1nm以下程度の薄膜を陽極表面に容易に形成することができる。したがって、このように薄いバリア膜を形成することにより、陽極から正孔注入層への正孔の移動性を損なうことなく、前記したように発光効率の低下を防止することができる。
【0010】
本発明の有機EL装置の製造方法は、陽極と陰極との間に、正孔注入層と発光層とをこの順に配設してなる有機EL装置の製造方法において、前記陽極を形成する工程と、前記陽極表面に環状シロキサンの蒸気を接触させ、前記陽極中の金属元素が正孔注入層側に移行するのを防止するための、環状シロキサンからなるバリア膜を該陽極上に形成する工程と、前記バリア膜上に正孔注入層を形成する工程と、を備えたことを特徴としている。
【0011】
この有機EL装置の製造方法によれば、環状シロキサンは揮発性が高く、比較的大きな蒸気圧を有することから、その蒸気を単に陽極に接触させることにより、厚さ1nm以下程度の薄膜を陽極表面に容易に形成することができる。したがって、このように薄いバリア膜を形成することにより、導電性を極端に低下させることなく、よって陽極から正孔注入層への正孔の移動性を損なうことなく、前記したように発光効率の低下を防止することができる。
【0012】
本発明の電子機器は、前記の有機EL装置を備えたことを特徴としている。
【0013】
この電子機器によれば、前記したように長寿命化が図られた有機EL装置を備えているので、この電子機器自体も、前記有機EL装置からなる表示部が長寿命化したものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳しく説明する。
【0015】
(有機EL装置)
図1は、本発明の有機EL装置の一実施形態の配線構造を示す説明図、図2は、図1に示した有機EL装置の平面模式図、図3は、図1に示した有機EL装置の要部の断面模式図、図4は、図3に示した断面模式図の要部構成を説明するための説明図である。
【0016】
図1に示すように、本実施形態の有機EL装置1は、複数の走査線101と、走査線101に対して交差する方向に延びる複数の信号線102と、信号線102に並列に延びる複数の電源線103とがそれぞれ配線された構成を有するとともに、走査線101及び信号線102の各交点付近に、画素領域Aを形成したものである。
【0017】
信号線102には、シフトレジスタ、レベルシフタ、ビデオライン及びアナログスイッチを備えるデータ側駆動回路104が接続されている。走査線101には、シフトレジスタ及びレベルシフタを備える走査側駆動回路105が接続されている。また、画素領域Aの各々には、走査線101を介して走査信号がゲート電極に供給されるスイッチング用の薄膜トランジスタ112と、このスイッチング用の薄膜トランジスタ112を介して信号線102から供給される画素信号を保持する保持容量capと、該保持容量capによって保持された画素信号がゲート電極に供給される駆動用の薄膜トランジスタ113と、この駆動用薄膜トランジスタ113を介して電源線103に電気的に接続したときに該電源線103から駆動電流が流れ込む陽極(画素電極)111と、この画素電極111と陰極(対向電極)12との間に挟み込まれた発光機能層110とが設けられている。
【0018】
なお、陽極(画素電極)111と陰極(対向電極)12と発光機能層110とを備えてなることにより、有機EL素子が構成されている。
【0019】
このような構成によれば、走査線101が駆動されてスイッチング用の薄膜トランジスタ112がオンになると、そのときの信号線102の電位が保持容量capに保持され、該保持容量capの状態に応じて、駆動用の薄膜トランジスタ113のオン・オフ状態が決まる。そして、駆動用の薄膜トランジスタ113のチャネルを介して、電源線103から画素電極111に電流が流れ、さらに発光機能層110を介して陰極12に電流が流れる。すると、発光機能層110はこれを流れる電流量に応じて発光する。
【0020】
また、図2及び図3に示すように本実施形態の有機EL装置1は、ガラス等からなる透明な基板2と、マトリックス状に配置された有機EL素子とを具備して構成されている。図3に示すように基板2上に形成される有機EL素子3は、画素電極111と、正孔注入層60及び発光層70からなる発光機能層110と、陰極12と、さらに画素電極111と正孔注入層60との間に形成されたバリア膜50とによって構成されている。また、基板2の厚さ方向において、前記有機EL素子3を含むEL素子部10と基板2との間には、回路素子部14が形成されている。この回路素子部14には、前述の走査線、信号線、保持容量、スイッチング用の薄膜トランジスタ、駆動用の薄膜トランジスタ123等が形成されている。
【0021】
また、陰極12は、その一端が基板2上に形成された陰極用配線(図示略)に接続されており、図2に示すように、この配線の一端部12aがフレキシブル基板5上の配線5aに接続されている。なお、この配線5aは、フレキシブル基板5上に備えられた駆動IC6(駆動回路)に接続されている。
【0022】
また、本実施形態の有機EL装置1は、発光機能層110から基板2側に発した光が、回路素子部14及び基板2を透過して基板2の外側(観測者側)に出射されるとともに、発光機能層110から基板2と反対の側に発した光も、陰極12に反射されて回路素子部14及び基板2を透過し、基板2の外側(観測者側)に出射される、いわゆるボトムエミッション型となっている。
【0023】
図3に示すように回路素子部14には、基板2上にSiOを主体とする下地保護層281が下地として形成され、その上にはシリコン層241が形成されている。このシリコン層241の表面には、SiO及び/又はSiNを主体とするゲート絶縁層282が形成されている。
【0024】
また、前記シリコン層241のうち、ゲート絶縁層282を挟んでゲート電極242と重なる領域が、チャネル領域241aとされている。なお、このゲート電極242は、図示しない走査線の一部である。一方、シリコン層241を覆い、ゲート電極242を形成したゲート絶縁層282の表面には、SiOを主体とする第1層間絶縁層283が形成されている。
【0025】
また、シリコン層241のうち、チャネル領域241aのソース側には、低濃度ソース領域241bおよび高濃度ソース領域241Sが設けられる一方、チャネル領域241aのドレイン側には低濃度ドレイン領域241cおよび高濃度ドレイン領域241Dが設けられて、いわゆるLDD(Light Doped Drain )構造となっている。これらのうち、高濃度ソース領域241Sは、ゲート絶縁層282と第1層間絶縁層283とにわたって開孔するコンタクトホール243aを介して、ソース電極243に接続されている。このソース電極243は、電源線(図示せず)の一部として構成されている。一方、高濃度ドレイン領域241Dは、ゲート絶縁層282と第1層間絶縁層283とにわたって開孔するコンタクトホール244aを介して、ソース電極243と同一層からなるドレイン電極244に接続されている。
【0026】
ソース電極243およびドレイン電極244が形成された第1層間絶縁層283の上層には、平坦化膜284が形成されている。この平坦化膜284は、アクリル系やポリイミド系等の、耐熱性絶縁性樹脂などによって形成されたもので、駆動用TFT123やソース電極243、ドレイン電極244などによる表面の凹凸をなくすために形成された公知のものである。
【0027】
そして、この平坦化膜284の表面上には画素電極(陽極)111が形成されており、この画素電極111は、前記平坦化膜284に設けられたコンタクトホール111aを介してドレイン電極244に接続されている。すなわち、画素電極111は、ドレイン電極244を介して、シリコン層241の高濃度ドレイン領域241Dに接続されている。
【0028】
また、画素電極111が形成された平坦化膜284の表面上には、画素電極111と、これの周縁部を覆う無機隔壁25とが形成されており、これら無機隔壁25とこれに覆われることなく露出した画素電極111の表面上には、有機ケイ素化合物からなるバリア膜50が形成されている。さらに、無機隔壁25上には、バリア膜50を介して有機隔壁221が形成されている。ここで、無機隔壁25はSiOからなっており、有機隔壁221はアクリル系やポリイミド系等の耐熱性絶縁性樹脂からなっている。
【0029】
そして、画素電極111上には、無機隔壁25に形成された開口25aと、有機隔壁221に形成された開口221aとの内部、すなわち画素領域に、前記バリア膜50を介して前記した正孔注入層60と発光層70とが、画素電極(陽極)111側からこの順で積層され、これによって発光機能層110が形成されている。
【0030】
画素電極111は、ボトムエミッション型である本実施形態では、透明導電材料によって形成され、具体的にはITOが好適に用いられている。
【0031】
この画素電極111の、前記画素領域に露出した位置には、前記したようにバリア膜50が形成されている。このバリア膜50は、図4に示すように画素電極111の表面に、膜厚が1nm以下(0.3nm以上)程度と非常に薄く形成されたもので、環状シロキサンやポリシロキサン等の有機ケイ素化合物からなるものである。このような有機ケイ素化合物は、後述するように正孔注入層60の形成時において撥水性(疎水性)を発揮することなどにより、正孔注入層60の形成材料が画素電極111に接触し、これを溶出させてしまうことなどを抑制するものとなる。
【0032】
また、本実施形態では、有機ケイ素化合物として特に環状シロキサンが好適に用いられ、中でも、ケイ素の数が3以上6以下の化合物がより好適に用いられる。ここで、環状シロキサンは、例えば[−(CHSiO−]単位が環状に巻いて形成されたものである。このような環状シロキサンとしては、特に前記単位の3量体である(ケイ素の数が3である)ヘキサメチルシクロシロキサン(Hexamethylcyclotrisiloxane)が、好適に用いられる。
【0033】
環状シロキサンは揮発性が高く、特にケイ素の数が3以上6以下の低分子量のものは常温でも比較的大きな蒸気圧を有する。したがって、後述するようにこれを用いてバリア膜50を形成する場合、単にその蒸気を画素電極111に接触させ、その状態で所定時間保持することにより、この環状シロキサンからなる薄膜、すなわちバリア膜50を容易に形成することができる。このように、膜厚が1nm以下程度の薄膜で形成されたバリア膜50は、画素電極(陽極)111から正孔注入層60への正孔の移動性を損なうことなく、発光機能層110での発光効率の低下を防止することができる。
【0034】
このようなバリア膜50上に形成された正孔注入層60は、その形成材料として、特に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェン−ポリスチレンスルフォン酸(PEDOT−PSS)の分散液、すなわち、分散媒としてのポリスチレンスルフォン酸に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させ、さらにこれを水に分散させた分散液が好適に用いられている。このPEDOT−PSSの分散液は、強酸性であり、したがって従来では、前述したように画素電極111の表面を溶解し、画素電極111中の金属元素(特にIn)を分散液中に溶出させてしまい、その結果形成された正孔注入層60中に金属元素(In)またはこれの酸化物(In)を移行(拡散)させてしまっていた。
【0035】
そこで、本発明では、前記したように無機隔壁25の開口25a内に露出した画素電極111上にバリア膜50を形成し、特に正孔注入層60の形成時において、画素電極111中の金属元素(またはその酸化物)が正孔注入層60側に移行(拡散)するといった不都合を防止しているのである。
【0036】
正孔注入層60の上には、図3に示すように発光層70が形成されている。この発光層70を形成するための材料としては、蛍光あるいは燐光を発光することが可能な公知の発光材料が用いられる。発光層70の形成材料として具体的には、(ポリ)フルオレン誘導体(PF)、(ポリ)パラフェニレンビニレン誘導体(PPV)、ポリフェニレン誘導体(PP)、ポリパラフェニレン誘導体(PPP)、ポリビニルカルバゾール(PVK)、ポリチオフェン誘導体、ポリメチルフェニルシラン(PMPS)などのポリシラン系などが好適に用いられる。また、これらの高分子材料に、ペリレン系色素、クマリン系色素、ローダミン系色素などの高分子系材料や、ルブレン、ペリレン、9,10−ジフェニルアントラセン、テトラフェニルブタジエン、ナイルレッド、クマリン6、キナクリドン等の低分子材料をドープして用いることもできる。
【0037】
なお、このような発光層70を形成する材料としては、特にフルカラー表示をなす場合、赤色、緑色、青色の各波長域に対応する光を発光する材料が用いられ、それぞれが予め設定された状態に形成配置される。
【0038】
陰極12は、前記発光層70を覆って形成されたもので、例えばCaが厚さ5nm程度に形成され、その上にAlが厚さ300nm程度に形成されて構成されたものである。このような積層構造の電極とされたことにより、特にAlは反射層としても機能するものとなっている。なお、陰極12についても透明な材料を用いれば、発光した光を陰極側からも出射させることができる。透明な材料としては、ITO、Pt、Ir、Ni、もしくはPdを用いることができる。膜厚としては、透明性を確保するうえで、75nm程度とするのが好ましく、さらにこの膜厚より薄くするのがより好ましい。
【0039】
また、この陰極12上には、接着層51を介して封止基板(図示せず)が貼着されている。
【0040】
なお、前記発光機能層110において正孔注入層60は、正孔を発光層70に注入する機能を有するとともに、正孔を正孔注入層60内部において輸送する機能をも有している。このような正孔注入層60を画素電極111上のバリア膜50と発光層70の間に設けることにより、発光層70の発光効率、寿命等の素子特性を向上させることができる。発光層70では、正孔注入層60から注入された正孔と、陰極12から注入される電子とが再結合し、発光をなすようになっている。
【0041】
(有機EL装置の製造方法)
このような構成の有機EL装置1を製造するには、従来と同様にして基板2上に回路素子部14を形成する。そして、基板2の全面を覆うように画素電極111となる透明導電膜を、ITOによって形成する。次いで、この導電膜をパターニングすることにより、図5(a)に示すように平坦化膜284のコンタクトホール111aを介してドレイン電極244と導通する画素電極111を形成する。
【0042】
次いで、画素電極111上および平坦化膜284上に、SiO等の無機絶縁材料をCVD法等で成膜して隔壁層(図示せず)を形成し、続いて、公知のホトリソグラフィー技術、エッチング技術を用いて隔壁層をパターニングする。これにより、図5(b)に示すように、形成する各有機EL素子3の画素領域毎に開口25a(図示略)を形成すると同時に、無機隔壁25を形成する。
【0043】
次いで、このようにして画素電極111と無機隔壁25とを形成した側の面を酸素プラズマ処理し、その表面に付着した有機物等の汚染物を除去して濡れ性を向上させる。
【0044】
次いで、このようにして画素電極111側の濡れ性を向上させた基板2を、予め環状シロキサン化合物をいれておいた密閉箱内に静置する。環状シロキサン化合物としては、例えば前記したヘキサメチルシクロシロキサンが用いられ、具体的には、信越シリコーン社製のLS−8120が用いられる。この環状シロキサン化合物を容器に入れ、予め密閉箱内に放置しておく。すると、この環状シロキサン化合物(ヘキサメチルシクロシロキサン)は揮発性が高いことから容易に気化し、密閉箱内は環状シロキサン化合物の蒸気濃度が比較的状態に維持される。なお、蒸気濃度をより高くしたい場合には、密閉箱内をヒータ等によって加熱することにより、容易に蒸気濃度を調整することができる。
【0045】
このようにして、環状シロキサン化合物の蒸気で満たした密閉箱内に前記基板2を入れ、例えば1時間程度静置することにより、前記の画素電極111の露出面を環状シロキサン化合物の蒸気と接触させる。すると、この画素電極111の露出面は酸素プラズマ処理によって濡れ性が向上していることなどから、前記蒸気と接触するだけでこの蒸気が容易に付着し、図5(c)に示すように該露出面及び無機隔壁25の表面に、環状シロキサン膜からなる1nm以下程度の非常に薄い膜、すなわちバリア膜50が形成される。このようにして得られたバリア膜50は、良好な撥水性(疎水性)を有し、したがって非常に薄いにもかかわらず、水系の液体を浸透させることなく遮断する性質を有する。
【0046】
次いで、図6(a)に示すように、無機隔壁25の所定位置、詳しくは画素領域を囲む位置に樹脂等によって有機隔壁221を形成する。
【0047】
続いて、前記有機隔壁221に囲まれた領域内に正孔注入層60を形成する。この正孔注入層60の形成工程では、スピンコート法や液滴吐出法が採用されるが、本実施形態では、有機隔壁221に囲まれた領域に正孔注入層60の形成材料を選択的に配する必要上、特に液滴吐出法であるインクジェット法が好適に採用される。このインクジェット法により、正孔注入層60の形成材料であるPEDOT−PSSの分散液を前記画素電極111の露出面上に前記バリア膜50を介して配し、その後、熱処理(乾燥処理)を行うことにより、厚さ50nmの正孔注入層60を形成する。なお、PEDOT−PSSの分散液としては、例えばPEDOT:PSSが1:10(重量比)であり、固形分濃度が0.5重量%、ジエチレングリコール50重量%、残量が純水であるものが用いられる。
【0048】
このようにしてPEDOT−PSSの分散液を前記画素電極111上のバリア膜50の上に配すると、前記したようにバリア膜50は良好な撥水性(疎水性)を有し、したがって前記分散液(正孔注入層60の形成材料)を画素電極111側に浸透させることなく遮断することから、この分散液が画素電極111に接触し、これを溶解させることでその金属元素(In)またはその酸化物(In)を溶出させるといったことが防止される。
【0049】
なお、この正孔注入層60の形成工程以降では、各種の形成材料や形成した要素の酸化・吸湿を防止すべく、窒素雰囲気、アルゴン雰囲気などの不活性ガス雰囲気で行うことが好ましい。
【0050】
次いで、図6(b)に示すように、前記正孔注入層60の上に発光層70を形成する。この発光層70の形成工程では、前記の正孔注入層60の形成と同様に、液滴吐出法であるインクジェット法が好適に採用される。すなわち、インクジェット法により、発光層の形成材料を正孔注入層60上に吐出し、その後、窒素雰囲気中にて100℃で1時間程度熱処理を行い、有機隔壁221に形成された開口221a内、すなわち画素領域上に発光層70を形成する。なお、発光層の形成材料中に用いる溶媒としては、前記正孔注入層60を再溶解させないもの、例えばキシレンなどが好適に用いられる。また、この発光層70の形成方法については、特に無機隔壁25や有機隔壁221によって画素領域を区画しない場合、正孔注入層60の形成の場合と同様に、スピンコート法を採用することもできる。
【0051】
次いで、図6(c)に示すように、前記発光層70及び有機隔壁221を覆って例えばカルシウムを厚さ5nm程度、アルミニウムを厚さ300nm程度に積層し、陰極12を形成する。この陰極12の形成に際しては、有機EL素子3を効率よく発光させるため、例えば電子注入層としてフッ化リチウムを発光層70側に形成してもよい。また、この陰極12の形成では、前記正孔注入層60や発光層70の形成とは異なり、蒸着法やスパッタ法等で行うことにより、画素領域にのみ選択的に形成するのでなく、基板2のほぼ全面に陰極12を形成する。
【0052】
その後、前記陰極12上に接着層51を形成し、さらにこの接着層51によって封止基板(図示せず)を接着し、封止を行う。これにより、本実施形態の有機EL装置1を得る。
【0053】
このような有機EL装置1によれば、画素電極111と正孔注入層60との間にバリア膜50を設けているので、正孔注入層60を形成する際、強酸性である正孔注入層60の形成材料によって画素電極111の表面が溶解してしまうことが、バリア膜50によって抑えられる。すなわち、バリア膜50が環状シロキサン化合物などの有機ケイ素化合物からなっているので、撥水性(疎水性)を発揮して前記形成材料(分散液)がバリア膜50を浸透してしまうのを防止することができ、これにより、前記形成材料がその下地である画素電極111にまで浸透してこれと接触し、画素電極111中の金属元素(In)やその酸化物(In)を溶出させてしまうのを防止することができる。したがって、画素電極111中の金属元素(In)やその酸化物(In)が正孔注入層60側に移行してしまうのを防止することができ、これにより、発光層70での発光効率の低下が防止され、長寿命化が図られたものとなる。
【0054】
また、この有機EL装置1の製造方法によれば、特に環状シロキサンは揮発性は高く、比較的大きな蒸気圧を有することから、その蒸気を単に画素電極111に接触させることにより、厚さ1nm以下程度の薄いバリア膜50を画素電極111の表面に容易に形成することができる。したがって、このように薄いバリア膜50を形成することにより、導電性を極端に低下させることなく、よって画素電極111から正孔注入層への正孔の移動性を損なうことなく、前記したように発光効率の低下を防止し、長寿命化を図ることができる。
【0055】
(実験例)
正孔注入層60の成膜方法としてスピンコート法を用い、さらに発光層70の形成材料として緑色の蛍光材料を用いてこれをスピンコート法で成膜した。これ以外は、前記した製造方法とほぼ同様にして、対角が2インチのパネルからなる本発明品としての有機EL装置を作製した。
【0056】
また、比較品1として、バリア膜50を形成するのに代えて、前記の特許文献1(特開2003−347063号公報)と同様にして紫外線照射処理を行い、画素電極111(ITO)の表層部にIn膜を形成した。そして、これ以外は、前記した本発明品としての有機EL装置と同様にして、比較品1としての、対角が2インチのパネルからなる有機EL装置を作製した。
【0057】
さらに、比較品2として、バリア膜50を形成せず、これ以外は前記した本発明品としての有機EL装置と同様にして、比較品2としての、対角が2インチのパネルからなる有機EL装置を作製した。
【0058】
このようにして作製した有機EL装置をそれぞれ発光させ、発光特性を調べたところ、本発明品の有機EL装置は、比較品2の有機EL装置に比べ、定電流発光による輝度の発光寿命が5割程度向上していることが確認された。
【0059】
また、本発明品の有機EL装置は、対角が2インチのパネル内の、いずれの場所においても均一に発光し、定電流通電に対する劣化も均一であったが、比較品1の有機EL装置は、初期の状態においても発光ムラが発生し、かつ、定電流通電に対する劣化も不均一であった。これは、In膜の厚さが不均一になることに起因するものと考えられる。
【0060】
(電子機器)
次に、本実施形態の有機EL装置1を備えた電子機器の具体例について説明する。
【0061】
図7(a)は、携帯電話の一例を示した斜視図である。図7(a)において、符号1000は携帯電話本体を示し、符号1001は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
【0062】
図7(b)は、腕時計型電子機器の一例を示した斜視図である。図7(b)において、符号1100は時計本体を示し、符号1101は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
【0063】
図7(c)は、ワープロ、パソコンなどの携帯型情報処理装置の一例を示した斜視図である。図7(c)において、符号1200は情報処理装置、符号1202はキーボードなどの入力部、符号1204は情報処理装置本体、符号1206は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
【0064】
図7(d)は、薄型大画面テレビの一例を示した斜視図である。図7(d)において、薄型大画面テレビ1300は、薄型大画面テレビ本体(筐体)1302、スピーカーなどの音声出力部1304、前記有機EL装置1からなる表示部1306を備える。
【0065】
図7(a)〜(d)に示す電子機器1000,1100,1200,1300は、前記有機EL装置1を備えているので、この有機EL装置1からなる表示部1001,1101,1206,1306の発光効率の低下が防止され、長寿命化していることにより、これら電子機器1000,1100,1200,1300自体も、表示部1001,1101,1206,1306が長寿命化したものとなる。
【0066】
なお、本発明は前記実施形態に限られることなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【0067】
例えば、前記実施形態ではバリア膜50として環状シロキサン化合物を用いた例を示したが、例えばポリシロキサン化合物など、他の有機ケイ酸化合物を用いてバリア膜50を形成することもできる。
【0068】
また、前記実施形態では、発光層70で発光した光を基板2側から出射させる、いわゆるボトムエミッション型の有機EL装置に本発明を適用した例を示したが、基板2と反対側の、封止基板側から光を出射させる、いわゆるトップエミッション型の有機EL装置にも本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】実施形態の有機EL装置の配線構造を示す説明図である。
【図2】図1の有機EL装置の平面模式図である。
【図3】図1の有機EL装置の要部断面模式図である。
【図4】図3に示した断面模式図の要部構成を説明するための説明図である。
【図5】(a)〜(c)は図1の有機EL装置の製造方法を説明する工程図である。
【図6】(a)〜(c)は図5に続く製造方法を説明する工程図である。
【図7】(a)〜(d)は本発明の電子機器の実施形態を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0070】
1…有機EL装置、2…基板、12…陰極、50…バリア膜、60…正孔注入層、70…発光層、110…発光機能層、111…画素電極(陽極)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
陽極と陰極との間に、正孔注入層と発光層とをこの順に配設してなる有機EL装置において、
前記陽極と正孔注入層との間に、陽極中の金属元素が正孔注入層側に移行するのを防止するための、有機ケイ素化合物からなるバリア膜が設けられていることを特徴とする有機EL装置。
【請求項2】
前記有機ケイ素化合物が環状シロキサンであることを特徴とする請求項1記載の有機EL装置。
【請求項3】
前記環状シロキサンは、ケイ素の数が3以上6以下の化合物であることを特徴とする請求項2記載の有機EL装置。
【請求項4】
陽極と陰極との間に、正孔注入層と発光層とをこの順に配設してなる有機EL装置の製造方法において、
前記陽極を形成する工程と、
前記陽極表面に環状シロキサンの蒸気を接触させ、前記陽極中の金属元素が正孔注入層側に移行するのを防止するための、環状シロキサンからなるバリア膜を該陽極上に形成する工程と、
前記バリア膜上に正孔注入層を形成する工程と、を備えたことを特徴とする有機EL装置の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の有機EL装置を備えたことを特徴とする電子機器。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−21755(P2008−21755A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−191086(P2006−191086)
【出願日】平成18年7月12日(2006.7.12)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】