説明

未知試料の特性温度を求める方法

【課題】 短時間で精度良く未知試料の特性温度を求める方法を提供する。
【解決手段】 未知試料の特性温度を求める方法は、(a)示差熱分析装置又は示差走査熱量測定装置の単一の容器内に少なくとも一つの標準試料及び未知試料を収容するステップと、(b)示差熱分析装置又は示差走査熱量測定装置を用いて、少なくとも一つの標準試料及び未知試料を加熱するステップと、(c)加熱による少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度と、当該少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の温度の文献値とを用いて、検量線を作成するステップと、(d)加熱による未知試料の特性変動時の計測温度を、前記検量線を用いて補正するステップと、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未知試料の特性温度を求める方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
未知試料の特性温度を求める方法として、例えば、下記の非特許文献1に記載されているように、示差走査熱量測定が知られている。示差走査熱量測定では、未知試料の特性温度を得るための条件と同条件で標準試料を用いることにより、示差走査熱量測定装置の温度校正が行われる。具体的には、参照容器に参照試料を収容し、試料容器に標準試料を収容して、参照試料及び標準試料を加熱しつつ温度測定を行うことによって、装置の温度校正が行われる。次いで、校正した装置を用い、未知試料を試料容器に収容して、未知試料を加熱しつつ温度測定が行われる。
【非特許文献1】齋藤安俊著、「物質科学のための熱分析の基礎」、共立出版株式会社、初版第2刷、1994年、p149
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述した従来の示差走査熱量測定では、装置の温度校正と未知試料の温度測定とを個別に行う必要があるので、測定に要する時間が大きい。また、装置の温度校正時と未知試料の温度測定時との間で装置の変動が生じることがあり、その結果、測定温度のバラツキが生じることがある。
【0004】
本発明は、短時間で精度良く未知試料の特性温度を求める方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
未知試料の特性温度を求める本発明の方法は、(a)示差熱分析装置又は示差走査熱量測定装置の単一の容器内に少なくとも一つの標準試料及び未知試料を収容するステップと、(b)示差熱分析装置又は示差走査熱量測定装置を用いて、少なくとも一つの標準試料及び未知試料を加熱するステップと、(c)加熱による少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度と、当該少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の温度の文献値とを用いて、検量線を作成するステップと、(d)加熱による未知試料の特性変動時の計測温度を、前記検量線を用いて補正するステップと、を含む。
【0006】
本方法によれば、標準試料及び未知試料を同時に加熱し、この加熱によって得られた少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度を用いて、同時の加熱により得られた未知試料の特性変動時の計測温度が校正される。このように、本方法では、装置の校正時と未知試料の特性温度測定時に分けて加熱を行う必要がない。したがって、本方法によれば、短時間に校正された未知試料の特性温度を得ることが可能である。また、本方法によれば、装置の変動の影響が低減されるので、高精度に校正された未知試料の特性温度を求めることが可能である。
【0007】
本方法では、少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度、及び、未知試料の特性変動時の計測温度として、示差走査熱量測定装置によって容器内部に与えた熱量の変動時の温度が用いられてもよい。
【0008】
また、本方法では、少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度、及び、未知試料の特性変動時の計測温度として、示差熱分析(DTA)装置によって得られるDTA信号の変動時の温度が用いられてもよい。
【発明の効果】
【0009】
以上説明したように、本発明によれば、短時間で精度良く未知試料の特性温度を求める方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、各図面において同一又は相当の部分に対しては同一の符号を附すこととする。
【0011】
図1は、本発明の一実施形態に係る方法であって、未知試料の特性温度を求める方法を示すフローチャートである。図1に示す方法は、示差走査熱量測定(DSC)装置を用いた方法である。なお、DSC装置については、公知のものであるので、詳細には説明しない。
【0012】
図1に示すように、本方法では、ステップS10において、DSC装置の試料用容器に標準試料及び未知試料を収容する。なお、標準試料及び未知試料は、試料用容器内において互いに離れて収容されていることが好ましい。具体的には、容器内に収容する試料間にスペースを設けてもよく、容器に仕切りを設けて、当該仕切りにより隔離されたそれぞれの空間内に標準試料及び未知試料を収容してもよい。これにより、標準試料同士が、或いは、標準試料と未知試料とが、互いに化学反応を生じたり、合金化することを防止することができる。
【0013】
また、本発明の方法では、少なくとも一つの標準試料から少なくとも二つの特性変動時の計測温度が得られればよい。以下では、二つの標準試料それぞれに対して一つの特性変動時の温度を計測する場合について説明するが、一つの標準試料から二つの特性変動時の温度が計測されてもよい。
【0014】
本方法では、ステップS10において、更に、DSC装置の参照試料用容器に参照試料を収容する。なお、参照試料としては、例えば、アルミナ等を用いることができる。
【0015】
本方法では、続くステップS12において、DSC装置により、標準試料及び未知試料、並びに参照試料を加熱する。この加熱の際には、DSC装置によって、参照試料の温度と標準試料及び未知試料の温度との間に差が生じないように、加熱が行われる。DSC装置は、このような加熱中に、DSC信号及び標準試料及び未知試料の温度を出力する。DSC信号は、標準試料及び未知試料に供給する熱量を示す信号である。
【0016】
本方法では、続くステップS14において、検量線を作成する。具体的には、ステップS12の加熱によって生じる標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度を、DSC装置が出力した温度から得る。
【0017】
なお、標準試料の特性変動時の計測温度は、例えば、DSC信号を時間軸に対してグラフ化し、得られたグラフ中においてDSC信号がピークに向かう変動の開始時、DSC信号がピークに至った時点、又は、DSC信号がピークから定常状態に向かう変動の終了時等、任意の変動時を検出し、当該変動時のDSC装置の出力温度を特定することによって、得ることができる。
【0018】
また、ステップS14では、標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度と、これら計測温度に対応する温度の文献値とを用いて、検量線を作成する。検量線は、例えば、標準試料の特性変動時の計測温度と当該計測温度に対応する温度の文献値とを一組のデータとし、このようにして得られる複数のデータに最少二乗法を適用することによって作成することが可能である。なお、本方法では、最少二乗法以外の手法が用いられてもよい。
【0019】
本方法では、続くステップS16において、ステップS12の加熱によって生じた未知試料の特性変動時の計測温度を特定する。未知試料の特性変動時の計測温度には、標準試料の場合と同様の方法により、DSC信号の変動時のDSC装置の出力温度を採用することができる。
【0020】
また、ステップS16では、ステップS14において作成した検量線を用いて、未知試料の特性変動時の計測温度を補正する。最少二乗法等によって得られる検量線は関数の形態をとっているので、この関数に未知試料の特性変動時の温度を適用すれば、校正された未知試料の特性変動時の温度を得ることができる。
【0021】
以下、本方法を検証した二つの実験例について説明する。
【0022】
まず、第1実験例では、DSC装置としてBrukerAxs社製のDSC3100Sを用い、標準試料としてIn及びPbを用い、未知試料として分子量21万のポリスチレン(PS)を用い、10K/minの加熱速度で25℃から350℃までの加熱を2回行った。これによって得られたDSC装置の出力を図2に示す。
【0023】
図2において、左側の縦軸は、DSC信号の値、即ち単位時間当りに標準試料及び未知試料に与えた熱量を標準試料及び未知試料の総重量で規格化した値であり、標準試料及び未知試料に与えた熱量に関連する値である。右側の縦軸は、DSCの出力温度であって標準試料及び未知試料の計測温度であり、横軸は時間である。
【0024】
第1実験例では、1度目の加熱及び2度目の加熱によって取得した2群のデータから、個別にPSのガラス転移点の計測温度を校正した。具体的には、DSC信号の変動時として、図5に示す方法によりDSC信号の変動開始時を求めた。より具体的には、図5に示すように、グラフ化したDSC信号SのベースラインBに対して接線t1を決定し、ベースラインBからピークPに至る間のDSC信号Sに対してベースラインBとピークPとの間の高さHの半分の高さ1/2Hの部分で接線t2を決定し、これら接線t1と接線t2との交点をDSC信号の変動開始時とした。そして、DSC信号の変動開始時のDSC装置の出力温度を、In、Pb、及びPSそれぞれの特性変動時の計測温度として採用した。
【0025】
図2中、参照符号A1及びA2は、1度目及び2度目の加熱時にInが融点に至ったときのDSC信号の変動時をそれぞれ示しており、これら変動時の計測温度はそれぞれ、154.3℃、154.5℃であった。また、参照符号B1及びB2は、1度目及び2度目の加熱時にPbが融点に至ったときのDSC信号の変動時を示しており、これら変動時の計測温度は、324.5℃及び324.7℃であった。
【0026】
第1実験例では、Pb及びInの融点の計測温度と対応の文献値とを用いて、最小二乗法により、二つの検量線を作成した。即ち、1度目の加熱時に得たデータと2度目の加熱時に得たデータから個別に検量線を作成した。なお、Inの融点の文献値は、156.6℃とし、Pbの融点の文献値は327.5℃とした。これらの文献値は、岩波 理化学辞典 第4版(岩波書店 1987 編集者 久保亮五、長倉三郎、井口洋夫、江沢洋)に記載されていた値である。
【0027】
そして、1度目の加熱時にPSがガラス転移点に至ったときのDSC信号の変動時(図2において参照符号C1で示す)の計測温度103.8℃を、1度目の加熱時に得たデータに基づく検量線に適用した。また、2度目の加熱時にPSがガラス転移点に至ったときのDSC信号の変動時(図2において参照符号C2で示す)の計測温度103.7℃を、2度目の加熱時に得たデータに基づく検量線に適用した。これにより得られたPSのガラス転移点の二つの校正温度は、105.9℃であった。
【0028】
第2実験例では、15K/minの加熱速度で加熱を行ったこと以外には、第1実験例と同じ条件且つ同じ手法により温度校正を行った。第2実験例によるDSC装置の出力は図3に示す通りである。第2実験例によって得た計測温度及び校正温度は以下の通りである。
1度目の加熱時にInが融点に至ったとき(図3中参照符号A1で示す時点)の計測温度:158.1℃
1度目の加熱時にPbが融点に至ったとき(図3中参照符号B1で示す時点)の計測温度:328.7℃
1度目の加熱時にPSがガラス転移点に至ったとき(図3中参照符号C1で示す時点)の計測温度:107.6℃
PSのガラス転移点の校正温度(1度目の加熱時のデータに基づく校正温度):105.9℃。
2度目の加熱時にInが融点に至ったとき(図3中参照符号A2で示す時点)の計測温度:158.1℃
2度目の加熱時にPbが融点に至ったとき(図3中参照符号B2で示す時点)の計測温度:328.7℃
1度目の加熱時にPSがガラス転移点に至ったとき(図3中参照符号C1で示す時点)の計測温度:105.8℃
PSのガラス転移点の校正温度(2度目の加熱時のデータに基づく校正温度):105.0℃。
【0029】
以上の実験例から、本方法によれば、加熱速度が異なっても、1℃以内の誤差でPSのガラス転移点を、短時間に且つ精度よく求めることができることが明らかとなった。
【0030】
以下、本発明の別の実施形態について説明する。この実施形態は、DSC装置に代えて示差熱分析(DTA)装置を用いる点において、上述の実施形態と異なっている。以下、本実施形態を、上述の実施形態に関する図1のフローチャートに従って説明する。なお、DTA装置は公知のものであるので、詳細には説明しない。
【0031】
まず、本方法では、ステップS10において、DTA装置の試料用容器に標準試料及び未知試料を収容する。なお、本実施形態においても、二つの標準試料を用いるものとする。本実施形態においても、標準試料及び未知試料は、試料用容器内において互いに離れて収容されていることが好ましい。
【0032】
また、ステップS10において、DTA装置の参照試料用容器に参照試料を収容する。なお、参照試料としては、例えば、アルミナ等を用いることができる。
【0033】
本方法では、続くステップS12において、DTA装置により、標準試料及び未知試料、並びに参照試料を加熱する。DTA装置は、このような加熱中に、DTA信号及び標準試料及び未知試料の温度を出力する。DTA信号は、標準試料及び未知試料の温度と参照試料の温度との差を示す信号である。DTA信号は、例えば、標準試料及び未知試料の温度を計測する熱電対からの電圧と参照試料の温度を計測する熱電対からの電圧との電圧差の形態で出力される。
【0034】
本方法では、続くステップS14において、検量線を作成する。具体的には、ステップS12の加熱によって生じた標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度を、DTA装置が出力した温度から得る。標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度は、
例えば、DTA信号をDTA装置の出力温度に対してグラフ化し、得られたグラフ中においてDTA信号がピークに向かう変動の開始点、DTA信号がピークに至った点、又は、DTA信号がピークから定常状態に向かう際の変動の終了点等、任意の変動時を検出し、当該変動時のDTA装置の出力温度を特定することによって、得ることができる。
【0035】
ステップS14では、このようにして得た標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度と、これら計測温度に対応する温度の文献値とを用いて、検量線を作成する。検量線の作成方法は、上述した実施形態と同様である。
【0036】
本方法では、続くステップS16において、ステップS12の加熱によって生じた未知試料の特性変動時の計測温度を特定し、当該計測温度をステップS14において作成した検量線を用いて、校正する。なお、未知試料の特性変動時の計測温度は、標準試料の特性変動時の計測温度と同様の方法により、特定することができる。
【0037】
以下、本実施形態の方法を検証した実験例について説明する。
【0038】
この実験例では、DTA装置として、Bruker Axs社製のTG-DTA2000Sを用い、標準試料としてIn及びPbを用い、未知試料として分子量21万のポリスチレン(PS)を用い、10K/minの加熱速度で25℃から350℃までの加熱を行った。なお、本実験例に用いたDTA装置は、熱重量測定(TG)と示差熱分析とを同時に行うことが可能なTG−DTA装置である。これによって得られたDTA装置の出力を図4に示す。
【0039】
図4において、左側の縦軸はTG信号の値、即ち、参照試料の質量と標準試料及び未知試料の質量との差異を示す信号の値であり、右側の縦軸はDTA信号の値であり、横軸は標準試料及び未知試料の計測温度である。
【0040】
本実験例では、図5に示したDSC信号の変動開始時の決定法をDTA信号に対して適用することによって、図4に示すDTA信号の変動時として、当該DTA信号の変動開始時を決定し、当該変動開始時の温度をIn及びPbの計測温度として採用した。また、DTA信号の変動時としてDTA信号のピークの前後の二つの曲線に対する接線が交わる時点を特定し、その時点の温度をPSの特性変動時の計測温度とした。
【0041】
図4中、参照符号Aは、Inが融点に至ったときのDTA信号の変動時を示しており、この変動時の計測温度は、151.6℃であった。また、参照符号Bは、Pbが融点に至ったときのDSC信号の変動時を示しており、この変動時の計測温度は316.4℃であった。
【0042】
本実験例では、以上のように得たPb及びInの融点の計測温度と対応の文献値とを用いて、最小二乗法により検量線を作成した。なお、In及びPbの融点の文献値は、上述した第1実験例で用いた値と同様である。
【0043】
そして、PSがガラス転移点に至ったときのDTA信号の変動時(図4において参照符号Cで示す)の計測温度110.9℃を、検量線に適用した。その結果、PSのガラス転移点の校正温度は、105.4℃であった。したがって、本実験例から、本方法は、短時間に且つ精度よく求めることができることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の一実施形態に係る方法であって、未知試料の特性温度を求める方法を示すフローチャートである。
【図2】図1に示す方法による第1実験例の結果を示す図である。
【図3】図1に示す方法による第2実験例の結果を示す図である。
【図4】本発明の別の実施形態に係る方法による実験例の結果を示す図である。
【図5】変動時を決定する方法を説明するための図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
未知試料の特性温度を求める方法であって、
示差熱分析装置又は示差走査熱量測定装置の単一の容器内に少なくとも一つの標準試料及び未知試料を収容するステップと、
前記示差熱分析装置又は示差走査熱量測定装置を用いて、前記少なくとも一つの標準試料及び未知試料を加熱するステップと、
前記加熱による前記少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度と、該少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の温度の文献値とを用いて、検量線を作成するステップと、
前記加熱による未知試料の特性変動時の計測温度を、前記検量線を用いて補正するステップと、
を含む方法。
【請求項2】
前記少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度、及び、前記未知試料の特性変動時の計測温度として、前記示差走査熱量測定装置によって前記容器内部に与えた熱量の変動時の計測温度が用いられる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記少なくとも一つの標準試料の少なくとも二つの特性変動時の計測温度、及び、前記未知試料の特性変動時の計測温度として、前記示差熱分析(DTA)装置によって得られるDTA信号の変動時の計測温度が用いられる、請求項1に記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−160021(P2010−160021A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−1706(P2009−1706)
【出願日】平成21年1月7日(2009.1.7)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】