説明

架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法

【課題】炊飯器釜等の立体形状物にフッ素樹脂を被覆し、該フッ素樹脂に電離放射線を照射して架橋させる工程を有する架橋フッ素樹脂被覆を有する立体形状物の製造方法であって、電離放射線の一方向からの照射のみで、フッ素樹脂被覆の全面にわたる均一な照射を可能にし、均一に架橋されたフッ素樹脂被覆を形成できる方法を提供する。
【解決手段】所望の形状に機械加工された基材の、方向が異なる複数の表面をフッ素樹脂で被覆するフッ素樹脂被覆工程と、前記基材に対して一方向から電子線を窒素雰囲気中で照射して、前記複数の表面を被覆するフッ素樹脂を架橋する照射工程と、を有することを特徴とする架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電離放射線の照射により架橋されたフッ素樹脂被覆を有する立体形状物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炊飯釜、鍋、フライパン等の調理容器では、調理中の食材の付着、焦付きを防止するため、内表面のフッ素樹脂被覆が広く行われている。又、フッ素樹脂被覆を電離放射線で照射して架橋することにより、フッ素樹脂被覆の強度や耐熱性が向上し、さらに、フッ素樹脂被覆の欠点である調理容器の材質への低い密着性も改善される。そこで、フッ素樹脂被覆を電離放射線で照射して架橋を施す方法が提案されている(特許文献1)。
【0003】
炊飯釜、鍋、フライパン等の調理容器は立体形状物であり、その表面に形成されたフッ素樹脂被覆の被覆面は、種々の異なった方向を向いている。この場合、一方向のみの電離放射線の照射では、照射方向に垂直な被覆面はよく照射されるが、照射方向に平行な被覆面では十分な照射がされず、種々の方向の被覆面の全てにわたり均一な照射をすることは困難であると考えられていた。
【0004】
例えば、炊飯釜の内面に設けられたフッ素樹脂被覆を照射する場合、底面(釜底)方向への照射のみでは、照射方向と平行である側面部分には照射されにくいと考えられていた。そこで、従来は、均一の照射が容易な平板形状の材料上にフッ素樹脂被覆を形成し、電離放射線を照射し架橋を施した後に、前記平板の材料を炊飯釜等の立体形状に成形する方法が好ましいとされていた(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−225204号公報
【特許文献2】WO2008/156016号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、より良質の調理を容易にするために、肉厚の厚い調理容器が好まれてきている。しかし、肉厚の平板を成形することは困難であり、平板に電離放射線を照射し架橋を施した後に立体形状に成形する方法は採用できない。従って、肉厚の調理容器は、先ず立体形状を作製し、その後その表面にフッ素樹脂被覆を施し、このフッ素樹脂被覆に電離放射線を照射する方法により作製する必要がある。
【0007】
前記のように、この場合は、電離放射線の一方向のみの照射では、方向が異なる複数の面を有する被覆の全面にわたり均一な照射をすることは困難であり、均一な照射のためには照射方向が異なる多数の照射が必要と考えられていた。しかし、照射方向が異なる多数の照射を行う方法によれば、生産性が低下するとともに、照射をするための装置や操作が複雑になり、生産コストアップの要因になる。
【0008】
本発明の課題は、炊飯器釜等の立体形状物にフッ素樹脂を被覆し、該フッ素樹脂に電離放射線を照射して架橋させる工程を有する架橋フッ素樹脂被覆を有する立体形状物の製造方法であって、電離放射線の一方向からの照射のみで、種々の異なった方向を向いた被覆面を有するフッ素樹脂被覆の全面にわたる均一な照射を可能にし、均一に架橋されたフッ素樹脂被覆を形成できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は鋭意検討の結果、電離放射線として電子線を使用し、その照射を窒素雰囲気で行うことにより、一方向からの照射のみで、種々の異なった方向の被覆面を均一に照射できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
請求項1に記載の発明は、所望の形状に機械加工された基材の、方向が異なる複数の面をフッ素樹脂で被覆するフッ素樹脂被覆工程と、前記基材に対して一方向から電子線を窒素雰囲気中で照射して、前記複数の面を被覆するフッ素樹脂を架橋する照射工程とを有することを特徴とする架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法である。
【0011】
ここで立体形状物とは、その表面が、方向が異なる複数の面からなる物を言う。その表面が種々の方向の面を有するので、その表面を被覆するフッ素樹脂被覆も種々の方向の面を有し、従来は、電離放射線を一方向から照射するのみでは、フッ素樹脂被覆の全面にわたり均一な照射をすることが困難と考えられていた。
【0012】
フッ素樹脂被覆工程における、フッ素樹脂を被覆する方法としては、従来公知の被覆方法を採用することができる。例えば、立体形状物の表面に、フッ素樹脂のフィルムを被せる方法、フッ素樹脂粉末を静電塗装する方法、フッ素樹脂粉末をスプレーする方法、フッ素樹脂ディスパージョンを塗布し分散媒を乾燥して除去する方法を挙げることができる。
【0013】
本発明は、フッ素樹脂を電離性放射線の照射により架橋する工程において、電離性放射線として電子線を用い、窒素雰囲気で照射が行われることを特徴とする。本発明者は、電離放射線として電子線を用い、照射を窒素雰囲気で行う場合は、電子線が窒素により散乱され、例えば炊飯釜の製造において、底面方向のみへの照射でも、側面も照射されることを見出した。
【0014】
窒素雰囲気とは、純窒素又は窒素を主体とする不活性ガスからなり、酸素濃度が低い雰囲気である。照射時に酸素が存在すると架橋が抑制され、フッ素樹脂の分解が進む場合があるので、低酸素濃度が求められる。好ましくは、酸素濃度は100ppm以下であり、より好ましくは5ppm以下である。
【0015】
請求項2に記載の発明は、前記照射工程において、立体形状物を、フッ素樹脂の結晶融点よりも0〜30℃高い温度に加熱して電子線を照射することを特徴とする請求項1に記載の架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法である。フッ素樹脂に電離性放射線を照射して十分な架橋を達成するためには、低酸素濃度の雰囲気で、フッ素樹脂をその結晶融点以上に加熱することが好ましい。そこで好ましくは、前記フッ素樹脂被覆工程の後、未架橋のフッ素樹脂が被覆された立体形状物は、所定の温度に、即ち、フッ素樹脂の結晶融点以上に加熱され、その後、電離性放射線、具体的には電子線の照射が行なわれる。特に結晶融点よりも0〜30℃高い範囲内に加熱することが好ましい。
【0016】
請求項3に記載の発明は、前記立体形状物が、炊飯釜又は鍋でありその内表面の底面及び側面にフッ素樹脂が被覆されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法である。前記のように、立体形状物とは、その表面が種々の方向の面を有する物を意味するが、中でも、その内表面の底面及び側面にフッ素樹脂が被覆されている炊飯釜又は鍋を製造する場合に、本発明が好適に適用される。
【0017】
前記の本発明の製造方法は、フッ素樹脂が表面に被覆された立体形状物を搬送する搬送手段、及び、前記立体形状物に窒素雰囲気で電子線を照射する照射手段を有する照射ゾーンを備え、前記搬送手段が、前記立体形状物を照射ゾーンに搬入する機能、及び、前記立体形状物を照射ゾーンから製品として搬出する機能を有することを特徴とする製造装置により実施することができる。
【0018】
照射ゾーンとは、フッ素樹脂被覆がされた立体形状物が搬入され、窒素雰囲気で電子線が照射されるゾーンであり、照射手段を有するが、さらに好ましくは、前記立体形状物を所定の温度に加熱する加熱手段を有する。ここで、加熱手段としては、照射ゾーン内の雰囲気を所定の温度に保てるものであれば特に限定されない。又、照射手段としては、フッ素樹脂架橋に用いられている公知の電子線照射手段と同様な手段を使用することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明の架橋フッ素樹脂被覆を有する立体形状物の製造方法によれば、フッ素樹脂被覆に電離放射線を照射して架橋させる工程において、電離放射線の一方向からの照射のみで、方向が異なる複数の面を有する、立体形状物の基材上に形成されたフッ素樹脂被覆の全面にわたり均一な照射をすることができ、全面にわたり均一に架橋されたフッ素樹脂被覆を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法の工程を概念的に示した図である。
【図2】実施例に使用した立体形状物の製造装置を示す概念平面図である。
【図3】実施例に使用した立体形状物(炊飯釜)を、概念的に示した図である。
【図4】実施例に使用した立体形状物(水平台)を、概念的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、本発明を実施するための形態を説明する。なお、本発明はこの形態や実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない限り、他の形態へ変更することができる。
【0022】
前記のように、フッ素樹脂の被覆を施す方法としては、立体形状物に、フッ素樹脂のフィルムを被せる方法、粉体塗装する方法、例えばフッ素樹脂粉末を静電塗装する方法やフッ素樹脂粉末をスプレーする方法、フッ素樹脂ディスパージョンを塗布して分散媒を乾燥して除去する方法、等を挙げることができる。中でもフッ素樹脂ディスパージョンを塗布する方法は、均一厚さのコーティングを容易に形成できる点で好ましい方法である。
【0023】
フッ素樹脂ディスパージョンとは、0.1μm〜数μm程度の粒径のフッ素樹脂粒子(粉末)を水等の分散媒に分散させたものであり、フッ素樹脂の薄膜コーティングで一般に用いられているディスパージョン、すなわちサブミクロンオーダの粒径のフッ素樹脂を、水を主体とする分散媒に分散させたものを用いることができる。なお、溶媒な可溶なフッ素樹脂の場合は、フッ素樹脂溶液を基材に塗布し乾燥させる方法によってもフッ素樹脂被覆を形成することができる。
【0024】
粉体塗装後やディスパージョン塗布後には、フッ素樹脂の融点以上に加熱(焼成)して、フッ素樹脂粒子間を融着させてフッ素の膜を形成する工程が必要である。フッ素樹脂ディスパージョンの分散媒等の乾燥はこの焼成の工程において行ってもよい。
【0025】
立体形状物が炊飯釜や鍋等の調理容器の場合、熱伝導性や生産性等の点から、フッ素樹脂被覆の厚みは30μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましいが、このような薄膜でもフッ素樹脂を十分架橋することにより耐摩耗性等の機械的強度を満足させることができる。
【0026】
電子線照射量は、照射量が多すぎるときは、フッ素樹脂被覆の弾力性が損なわれ、フッ素樹脂の高分子鎖の切断が生じる場合があり、照射量が少なすぎるときは、耐摩耗性やその他の機械的強度が不十分となる場合があるので、これらを比較考量しながら最適な範囲が選択される。総照射量の好ましい範囲は、フッ素樹脂の種類等により変動し具体的に限定されないが、フッ素樹脂がポリテトラフルオロエチレンの場合は通常、電子線照射の照射量を1kGy〜1000kGy、好ましくは100kGy〜500kGyとすることにより、確実に架橋することができ、又、過剰な照射によるフッ素樹脂の高分子鎖の切断を抑制することができる。
【0027】
なお、電子線がフッ素樹脂を透過する距離は、加速電圧が高くなるにしたがって長くなる。従って、フッ素樹脂層の厚みが厚くなればなるほど、フッ素樹脂層全体を架橋するために必要な加速電圧は大きくなり、大規模で高価な電子線照射装置が必要となる。
【0028】
次に、図を用いて本発明の製造方法及びその実施に用いる製造装置を説明する。
【0029】
図1は、本発明の架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法のフロー(工程)を概念的に示した図である。炊飯釜等の立体形状物は図中の矢印の方向に搬送され、矢印の示す順に各工程を経て架橋フッ素樹脂被覆を有する立体形状物が製造される。図中の搬送手段の機能1とは、立体形状物を照射ゾーンに搬入する機能であり、機能2とは、立体形状物を照射ゾーンから製品として搬出する機能である。
【0030】
具体的には、未架橋のフッ素樹脂被覆がされた立体形状物は、搬送手段により照射ゾーンに搬入され(機能1)電子線照射がされる。照射ゾーンには、電子線照射手段とともに、加熱手段が設けられており照射時に立体形状物は加熱される。サンプルは、窒素雰囲気に保たれており、電子線の照射口がある上方を覆うように張られたTi箔(100μm)を設けたヒータ付チャンバ内に置かれる。電子線照射がされた立体形状物は、搬送手段により照射ゾーンより製品として搬出される(機能2)。
【実施例】
【0031】
(実験内容)
図2で示すような電子線照射装置を使用し、照射ゾーン中に置かれた1.8L炊飯釜(図3)及び水平台(図4)に、下記の測定条件で、電子線を照射し、炊飯釜及び水平台の表面に設けられた照射線量測定フィルム(図中では「測定フィルム」と表す。)により、電子線照射量(照射面が受けた線量)を測定した。その結果を表1に示す。
【0032】
(測定条件)
純窒素中(酸素含量5ppm以下)で照射、常温
加速器:日新電機社製サガトロン
加速電圧:1.13MeV
電流値:10mA
トラバース速度:2.61m/分
電子線照射口から、照射ゾーン底面までの距離:60cm
トラバース回数を1〜3に変えて、実際の照射量を変えた。
照射線量測定フィルム:富士フィルム社製CTAフィルム
【0033】
(電子線照射装置)
図2は、実施例で使用した電子線照射装置を概念的に示す概念平面図である。この電子線照射装置は、電子線を照射する手段(加速器、以下単に「照射手段」と言う。)を有し、この照射手段は、図中の矢印で示す方向にトラバース(進行)し、進行方向とは垂直な方向に電子線を走査しながら、照射ゾーン(図中の点線が囲まれた部分)に置かれた炊飯釜、水平台へ、炊飯釜底面や水平台上面に向かう1方向(紙面の上方から下方に向かう方向)で電子線を照射する。
【0034】
図3は、電子線が照射された炊飯釜及びその表面に設けられた照射線量測定フィルム(図中では「測定フィルム」と表す。)の設置位置を概念的に示す図である。図3(a)は、炊飯釜の概念斜視図であり、釜の内部側面の上部、下部、及び上部と下部の中間(図中及び表1ではそれぞれ「釜上/水平」、「釜下/水平」、「釜中/水平」と表す。)に、照射線量測定フィルムが、側面の周囲に沿って水平(釜底面と平行な方向)に設けられていることを示している。
【0035】
図3(c)も、炊飯釜の概念斜視図であり、照射線量測定フィルムが、前記の他に、釜の内部側面に釜底面に対し垂直に設けられ、その照射線量測定フィルムは、釜底面に、その中心を通るように伸び、さらに向い側の内部側面に、釜底面に対し垂直になるように伸びて設けられていることを示している。図3(b)は、炊飯釜の概念平面図であり、前記照射線量測定フィルムが釜底面を通る方向は、照射手段の進行方向及び走査方向(図中及び表1ではそれぞれ「底面 進行方向」、「底面 走査方向」と表す。)であることを示している。
【0036】
図4は、電子線が照射された水平台及びその表面に設けられた照射線量測定フィルムの設置位置を概念的に示す概念側面図である。図4に示すように、照射線量測定フィルムは水平台の上面(照射手段と向きあう面)及び下面(照射手段方向とは反対側の面)に設けられている。(図中及び表1ではそれぞれ「水平/上」、「水平/下」と表す。)
【0037】
【表1】

【0038】
表1の結果は、炊飯釜の内面が受ける照射線量は、内面の側面の各部分(釜上/水平、釜中/水平、釜下/水平)、底面の各部分(底面(進行方向)、底面(走査方向))で、ほぼ同じであり、一方向のみの電子線照射でほぼ均一な照射がされていることを示している。又、台に遮られて照射されないはずの水平台の下側(水平/下)でも、ある程度の電子線照射を受けており、窒素雰囲気中の照射の際に、窒素により電子線が散乱されていることが示されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所望の形状に機械加工された基材の、方向が異なる複数の面をフッ素樹脂で被覆するフッ素樹脂被覆工程と、前記基材に対して一方向から電子線を窒素雰囲気中で照射して、前記複数の面を被覆するフッ素樹脂を架橋する照射工程とを有することを特徴とする架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法。
【請求項2】
前記照射工程において、立体形状物を、フッ素樹脂の結晶融点よりも0〜30℃高い温度に加熱して電子線を照射することを特徴とする請求項1に記載の架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法。
【請求項3】
前記立体形状物が、炊飯釜又は鍋でありその内表面の底面及び側面にフッ素樹脂が被覆されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の架橋フッ素樹脂被覆層を有する立体形状物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−224259(P2011−224259A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−98997(P2010−98997)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(599109906)住友電工ファインポリマー株式会社 (203)
【Fターム(参考)】