説明

柑橘類果皮の麹菌発酵組成物

【課題】 柑橘類の果皮に簡易な処理を施すだけで優れた生理活性作用を引き出し、柑橘類の果皮の新規の需要を創出し、有効利用する技術を提供することを目的とする。これによって、優れた生理活性作用を有する薬剤や機能性飲食品を容易に製造し、安価に提供することを目的とする。
【解決手段】 柑橘類の果皮を麹菌発酵させて得られる発酵組成物、;前記発酵組成物が前記麹菌発酵後に固液分離を行って得られた上清である発酵組成物、;前記発酵組成物を有効成分として含有してなる神経突起伸長作用、記憶改善作用、抗アルツハイマー作用を有する薬剤および機能性飲食品、;を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、柑橘類の果皮を麹菌発酵させて得られる発酵組成物に関する。また、本発明は、前記発酵組成物を有効成分として含有してなる、神経突起伸長作用、記憶改善作用、抗アルツハイマー作用を有する薬剤や機能性飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
柑橘類は、ミカン科ミカン亜科のミカン連に属する植物の総称であり、世界各地で多くの種類や品種が存在する。そして、その果実は、爽やかな香りと甘酸っぱい味を有し、重要な作物として、生食、料理、ジュース、菓子、香料、など幅広く利用されている。
しかし、その‘果皮’については、ユズやレモン等の一部の種類では料理の風味付けや菓子の原料、マーマレードなどの用途で、ごく一部が利用されるのみで、大部分のものは廃棄され、未利用の状態にある。
【0003】
一般的に、柑橘類の果皮には、香り成分であるテルペン類、ナリンギン、ヘスペリジンのようなフラボノイド、その他、ペクチン、リモノイド、カロチノイド、クマリン等の多くの機能性成分が含まれることが知られている(非特許文献1参照)。
しかし、これらの機能性成分の効果の程度、含有量、精製工程の煩雑さ、コストなどの観点から、ほとんどが実用的に有効利用されていないのが現状である。
そのため、柑橘類の果皮に対して簡易な処理を施すだけでその機能性成分を引き出し、有効な利用方法を開発すること(さらには新規の需要創出をはかること)が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】野方洋一、近中四農研報5. 19-84 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記課題を解決し、柑橘類の果皮に簡易な処理を施すだけで優れた生理活性作用を引き出し、柑橘類の果皮の新規の需要を創出し、有効利用する技術を提供することを目的とする。
これによって、本発明は、優れた生理活性作用を有する薬剤や機能性飲食品を容易に製造し、安価に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
現在、高齢化社会の到来により、認知症やアルツハイマー病などの神経疾患は深刻さを増している。このような神経性疾患の患者には神経突起の消失が認められることから、神経突起の誘導による治療が有用と考えられている。
これまでに、神経突起を伸展させる物質としては、神経成長因子(NGF)などの神経栄養因子が知られており、また、ペプチドやその他の合成低分子化合物が神経突起伸長促進能を有することも報告されている(例えば、特開2007-230946号公報、特開2006-42684号公報、など参照)。
しかし、これらの物質の製造には、多大なコストがかかり、社会に広く安価に供給するには困難なものであった。
【0007】
本発明者らは、このような状況の中、鋭意研究を重ねた結果、柑橘類の果皮を麹菌発酵させて得られる発酵組成物に、非常に優れた神経突起伸長作用、記憶改善作用、抗アルツハイマー作用があることを見出した。
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものである。
【0008】
即ち、請求項1に係る本発明は、柑橘類の果皮を麹菌発酵させて得られる発酵組成物に関する。
また、請求項2に係る本発明は、柑橘類の果皮の水抽出物もしくは含水アルコール抽出物、を麹菌発酵させて得られる発酵組成物に関する。
また、請求項3に係る本発明は、前記柑橘類が、ポンカン、タチバナ、シークワーシャ、タンジェリン、マンダリンから選ばれる1以上のものである、請求項1又は2に記載の発酵組成物に関する。
また、請求項4に係る本発明は、前記麹菌が、清酒用、焼酎用、泡盛用、味噌用もしくは醤油用の麹菌から選ばれる1以上のものである、請求項1〜3のいずれかに記載の発酵組成物に関する。
また、請求項5に係る本発明は、前記麹菌が、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)から選ばれる1以上のものである、請求項1〜4のいずれかに記載の発酵組成物に関する。
また、請求項6に係る本発明は、前記発酵組成物が、前記麹菌発酵後に固液分離を行って得られた上清である、請求項1〜5のいずれかに記載の発酵組成物に関する。
また、請求項7に係る本発明は、請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を有効成分として含有してなる、神経突起伸長剤に関する。
また、請求項8に係る本発明は、請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を有効成分として含有してなる、記憶改善剤に関する。
また、請求項9に係る本発明は、請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を有効成分として含有してなる、抗アルツハイマー剤に関する。
また、請求項10に係る本発明は、請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を含有してなる飲食品に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、柑橘類の果皮を麹菌発酵することによって、非常に優れた神経突起伸長作用、記憶改善作用、抗アルツハイマー作用を有する発酵組成物、を提供することを可能とする。これにより、本発明は、当該発酵組成物を有効成分として含有する薬剤や機能性飲食品を、安価に提供することを可能とする。
【0010】
また、本発明は、原料が柑橘類の果皮由来であり、製造工程において有害な化学薬品等を用いないため、投与において安全性に優れた薬剤や機能性食品を提供することを可能とする。
また、本発明は、廃棄されていた柑橘類の果皮廃棄物を有効に利用することを可能にする。
【0011】
以上により、本発明は、柑橘類の果皮について、新規の需要を創出し、有効利用する技術を提供することを可能とする。
また、本発明は、高齢化社会の到来により深刻さを増しているアルツハイマー病、認知症、に有効な治療・改善・予防手段を提供することを可能とする。
さらに、本発明は、健常人の老化に伴う物忘れや健忘に対しての予防、改善手段を提供することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】試験例1において、各種被検物の神経突起伸長作用を比較した写真像図である。
【図2】試験例3において、各種被検物をマウスに投与したときの自発的交替行動率(空間作業記憶を表す指標)を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、柑橘類の果皮を麹菌発酵させて得られる発酵組成物に関する。また、本発明は、前記発酵組成物を有効成分として含有してなる、神経突起伸長作用、記憶改善作用、抗アルツハイマー作用を有する薬剤や機能性飲食品に関する。
【0014】
〔柑橘類の果皮〕
本発明に用いることができる原料は、「柑橘類の果皮」である。
ここで‘柑橘類’とは、ミカン科ミカン亜科のミカン連に属する植物を指すものであるが、特にはミカン属(Citrus)であるミカン類(ポンカン、マンダリンオレンジ、タチバナ、温州ミカン、紀州ミカンなど)、オレンジ類(バレンシアオレンジ、ネーブルオレンジなど)、グレープフルーツ類(グレープフルーツなど)、香酸柑橘類(シークワーシャ、柚子、レモン、ライム、酢橘、カボス、ダイダイなど)、雑柑類(夏ミカン、ハッサク、日向夏、デコポン、カクテルフルーツ、スウィーティー、ジャバラなど)、タンゴール類(伊予柑、タンカンなど)、タンゼロ類(セミノールなど)、ブンタン類(ブンタン、晩白柚子など)、を利用することができる。
【0015】
これらのうち、効果の観点から、ポンカン、タチバナ、シークワーシャ、タンジェリン、マンダリンなどを用いることが望ましい。またさらには、廃棄果皮の有効利用という観点から、ポンカンが望ましい。
【0016】
当該果皮には、様々な香り成分や機能成分が含まれることが知られているが、柑橘類の種類や品種によって、これらの成分の種類や含有量は大きく異なる。
また、ここで‘果皮’とは、果実の内側にある放射状に並んだ小袋(果肉、果汁、種子を、じょうのう膜が包んだ構造)を包む厚い皮状の組織であり、花の子房壁が肥大したものを指す。
なお、原料として用いる場合には、小袋のじょうのう膜、へた、果肉、種子、葉など、他の組織や器官を含んだものでもよいが、これらは含まないものであることが望ましい。
【0017】
原料である当該果皮は、果実を剥いて分離したものを、生のまま用いることが望ましいが、乾燥、凍結などの方法により長期保存で保存したものを用いることもできる。
また、本発明では、前記原料である果皮を、剥いた状態のままで用いてもよいが、好ましくは、切断(いくつかの破片に大きめに刻むこと)、細断(細かい小片に細断すること)、破砕、磨砕、擂潰(擂り潰すこと)、粉末化(乾燥した粉末状にすること)などのいずれかの処理を行うことが望ましい。
具体的には、作業効率の観点から、1〜数cm程度に大きめに刻んだ状態にして用いることが好適である。
【0018】
また、本発明では、上記果皮から水抽出もしくは含水アルコール抽出を行った後、得られた抽出物を発酵原料として用いることもできる。
本発明では、これらのうち、抽出効率、取り扱いやすさ、安全性の観点から、‘水抽出’を行うことが望ましい。
本発明において、水抽出に用いる溶媒としては、水抽出が可能な溶液であれば如何なるものでも用いることができ、特にはpHが弱酸性〜弱アルカリ性(pH5〜9程度)であり塩濃度や有機物の濃度が低いもの(もしくは含まないもの)を用いることができる。特には、‘水’(水道水、脱イオン水、蒸留水など)を用いることが望ましい。
また、ここで、‘含水アルコール抽出’に用いる溶媒としては、メタノール、エタノール、ブタノール、イソプロパノールなどのモノアルコール類(特にはエタノール)の含水液を挙げることができる。アルコール濃度としては、低い濃度のものが望ましいが、30%以下(特には10%以下)のものが好ましい。
【0019】
抽出条件としては、前記果皮に対して、前記溶媒を、1〜50倍量(重量比)、好ましくは2〜15倍量加え、0℃〜溶媒の沸点の温度条件、好ましくは室温〜溶媒の沸点以下の温度で、5分〜1ヶ月、好ましくは20分〜1週間の、浸漬もしくは振盪することにより、抽出することが可能である。
また、特には、高温での水抽出(熱水抽出)を行うことが望ましい。具体的には、90℃以上(好ましくは沸騰状態)で、数分〜数時間程度(例えば5分〜5時間)抽出を行うことが望ましい。
【0020】
抽出後に得られた抽出液(エキス)は、そのまま後記の麹菌発酵に用いることができるが、濾過や遠心分離などを行って固形物(果皮の残渣等)を除去することが望ましい。
なお、除去した固形物に対して、再度溶媒を加えて、複数回の抽出を行うことで、抽出効率を上げることもできる。
【0021】
このようにして得られた抽出液(エキス)は、乾燥処理(凍結乾燥やエバポレーター等)を行って、乾燥物とすることができる。特に、溶媒として含水アルコールを用いた場合には、麹菌の発酵原料として用いるために、乾燥物とすることが望ましい。
【0022】
〔麹菌発酵〕
本発明は、上記のようにして調製した発酵原料(柑橘類果皮、柑橘類果皮抽出物)を基質として麹菌発酵を行い、発酵物を得る工程を含むものである。
なお、上記発酵原料は、麹菌発酵を行う前に、加熱処理を行って、原料中の雑菌を殺菌しておくことが好ましい。
【0023】
ここで麹菌としては、清酒用、焼酎用、泡盛用、味噌用、醤油用の麹菌を用いることができる。具体的には、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)などを用いることができる。また、これらを混合させて用いてもよい。
これらのうち好ましくは、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)を用いると、非常に優れた生理活性作用(神経突起伸長作用等)を有する発酵物を得ることができる。
【0024】
発酵原料へ前記麹菌を接種する方法としては、麹菌の胞子を発酵原料に直接振りかけて付着させることができる。また、予め前記麹菌を液体培養により予備発酵した培地を、発酵原料全体に行き渡るように接種してもよい。
前記麹菌を発酵原料に接種する場合の微生物発酵条件としては、好気的条件で行うことが望ましい。例えば、発酵原料が液体でない場合には、有底円筒状の底部が広く深さが浅い容器が好適である。このような容器の底部に、発酵原料を万遍なく広げ、空気との接触面積が大きくなるようにするとよい。また、発酵原料が液体である場合には、通気、攪拌などの処理をすることが望ましい。
【0025】
発酵温度としては、前記麹菌の生育に好適な条件として、好ましくは10〜40℃、より好ましくは20〜40℃、さらに好ましくは25〜32℃で行われる。
加えて、前記麹菌の生育に好適な条件として、暗所で発酵させるのが好ましい。
また、発酵原料が液体でない場合は、発酵原料中に十分な水分が含まれている状態(例えば水分含量25%以上)に調整することが好ましい。
微生物発酵の発酵期間の下限としては、好ましくは2日以上、さらに好ましくは3日以上、より好ましくは4日以上である。また、上限としては、21日以下、より好ましくは14日以下、さらに好ましくは12日以下である。
この発酵期間が短過ぎる(特に2日未満の)場合には、前記麹菌による微生物発酵がほとんど進行していないことから好ましくない。また、逆に長過ぎる(特に21日を超える)場合には、柑橘由来の好ましい芳香も消失するため好ましくない。
【0026】
本発明では、このような麹菌発酵を行うことによって、非常に優れた生理活性作用(神経突起伸長作用等)が付与された発酵物を得ることができる。
なお、得られた発酵物は、そのままの形態で本発明の‘発酵組成物’とすることができるが、濾過や遠心分離などを行って固形物(原料の残渣や菌体)を除去し、上清を回収することが望ましい。
また、得られた発酵物に対して、水抽出や含水アルコール抽出を行い、得られた上清を本発明の‘発酵組成物’とすることもできる。なお、抽出条件は、前記果皮からの抽出条件と同様に行うことができる。
【0027】
このようにして得られた発酵組成物(発酵物そのもの、固液分離した上清、発酵物からの水抽出物や含水アルコール抽出物)は、乾燥処理(凍結乾燥やエバポレーター等)を行って、乾燥物とすることができる。
なお、得られた発酵組成物は、加熱処理を行って麹菌を殺菌しておくことが好ましい。
【0028】
〔生理活性作用〕
上記工程を経て得られた本発明の発酵組成物は、非常に優れた‘神経突起伸長作用’を有するものである。また、臨床的には、優れた‘記憶改善作用’と‘抗アルツハイマー作用’を有するものであり、認知症やアルツハイマー病に対して有効な治療・改善・予防作用を奏するものである。
また、本発明の発酵組成物は、健常人の健忘や物忘れに対しても、有効な改善・予防作用を奏するものである。
また、これら以外にも、神経突起伸長作用によって改善が期待される神経疾患に対しては、本発明の発酵組成物は、有効な治療・改善・予防作用を奏することが期待される。
【0029】
本発明の発酵組成物は、経口投与することによって、前記した優れた生理活性作用を奏するものである。本発明の発酵組成物の有効量としては、体重60kgの成人1日あたり、0.5g以上、好ましくは1g以上投与することにより、前記薬理作用が得られる。また上限としては、10g以下を挙げることができる。
従って、この必要量を確保できる形態や摂取方法(回数、量)で、本発明の発酵組成物を摂取することによって、前記薬理作用が得られることが期待されるが、対象の年齢、体重、症状、摂取スケジュール、製剤形態などにより、適宜決定することが望ましい。
【0030】
本発明の発酵組成物は、薬剤の形態にして用いるものである。すなわち、上記工程で得られる発酵組成物、を、各種原料に混合することで、‘薬剤’の形態として製造することができる。
なお、本発明における有効成分である当該抽出物は、柑橘類の果皮由来であるため、経口投与の上で安全性に優れたものである。
薬剤の形態としては、例えば、粉末状、細粒状、顆粒状、などとすることができ、カプセルに充填する形態の他、水に分散した溶液の形態、賦形剤等と混和して得られる錠剤の形態とすることもできる。
薬剤に含有させる前記発酵組成物の含有量としては、上記必要な摂取量を担保できるように含有するものであればよい。
【0031】
また、本発明の発酵組成物は、前記治療・改善・予防作用を目的として、機能性を有する‘飲食品’の形態として製造することができる。なお、当該機能性飲食品は、特定保健用食品、栄養機能性食品、又は健康食品として位置づけることができる。
機能性食品としては、種々の食品原料と混合して、例えば、ビスケット、スナック菓子、ガム、チュアブル錠、清涼飲料水、ドリンク、スープ、ゼリー、キャンディ等、に添加して使用してもよい。
機能性飲食品に含有させる前記発酵組成物の含有量としては、上記必要な摂取量を担保できるように含有するものであればよいが、具体的には、0.1質量%以上、好ましくは0.5質量%以上、となるように含有させることができる。また、上限としては、50質量%以下を挙げることができる。
【0032】
また、本発明の発酵組成物は、哺乳類全般に対しても、有効であると認められる。そのため、慣用の手段を用いて、ペットや家畜に用いる薬剤に適した形態にして使用してもよい。また、飼料やペットフードの形態にして使用してもよい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0034】
〔実施例1〕 ポンカン果皮の焼酎用麹菌(アスペルギルス・カワチ)発酵
発酵原料としてポンカン果皮を用いた。ポンカン果皮500gを刻んで細片化し、オートクレーブ滅菌した底部の広い容器(有底円筒状の容器)に通気性の良くなるように万遍なく広げ、少量の水を加え30分間加熱殺菌した。
このようにして得られたポンカン果皮に、全体に行き渡るように焼酎用麹菌であるアスペルギルス・カワチ((株)ビオック製)を接種した。そして、30℃の恒温室内で暗黒条件にて微生物発酵処理(麹菌発酵)を好気的に7日行うことで、麹菌発酵物を得た。
この発酵物に水3Lを加え沸騰浴中で30分加熱することで熱水抽出と殺菌を行い、布巾を用いて濾した後、遠心分離(7500rpm、30分)により上清を得た。そして、このものを凍結乾燥した‘ポンカン果皮の麹菌発酵組成物’50gを得た。
【0035】
〔実施例2〕 ポンカン果皮の泡盛用麹菌(アスペルギルス・アワモリ)発酵
麹菌として泡盛用麹菌であるアスペルギルス・アワモリ((株)ビオック製)を用いて5日間の麹菌発酵を行ったことを除いて、実施例1と同様にして、凍結乾燥した‘ポンカン果皮の麹菌発酵組成物’を調製した。
【0036】
〔実施例3〕 ポンカン果皮の清酒・味噌用麹菌(アスペルギルス・オリゼ)発酵
麹菌として清酒・味噌用麹菌であるアスペルギルス・オリゼ((株)ビオック製)を用いて10日間の麹菌発酵を行ったことを除いて、実施例1と同様にして、凍結乾燥した‘ポンカン果皮の麹菌発酵組成物’を調製した。
【0037】
〔実施例4〕 ポンカン果皮の醤油用麹菌(アスペルギルス・ソーヤ)発酵
麹菌として醤油用麹菌であるアスペルギルス・ソーヤ((株)ビオック製)を用いて9日間の麹菌発酵を行ったことを除いて、実施例1と同様にして、凍結乾燥した‘ポンカン果皮の麹菌発酵組成物’を調製した。
【0038】
〔実施例5〕 ポンカン果皮抽出物の麹菌発酵
発酵原料としてポンカン果皮抽出物を用いた。まず、ポンカン果皮500gを刻んで細片化し、水1.5Lを加え沸騰浴中で30分間加熱することで熱水抽出(及び殺菌)を行い、布巾で濾したのち、遠心分離(7500rpm、30分)により上清(エキス:抽出物)を得た。
このものにアスペルギルス・カワチ((株)ビオック製)を接種した。そして、30℃で好気的に10日間保温することで、麹菌発酵液(発酵物)を得た。
その発酵液(発酵物)を、ろ紙を用いてろ過し、遠心分離(7500rpm、30分)により得られた上清を沸騰浴中で15分加熱殺菌した。そして、このものを凍結乾燥した‘ポンカン果皮の麹菌発酵組成物’45gを得た。
【0039】
〔比較例1〕 未発酵のポンカン果皮抽出物
ポンカン果皮500gを刻んで細片化し、水1.5Lを加え沸騰浴中で30分間加熱することで熱水抽出(及び殺菌)を行い、布巾で濾したのち、遠心分離(7500rpm、30分)により上清を得た。そして、このものを凍結乾燥した‘未発酵のポンカン果皮抽出物’を得た。
【0040】
〔試験例1〕 神経突起伸長作用の検討
上記実施例1〜4で得られた「ポンカン果皮麹菌発酵組成物」および比較例1で得られた「未発酵のポンカン果皮抽出物」の神経突起伸長作用を調べた。神経細胞としては、マウス神経芽細胞腫Neuro2aを用いた。
まず、Neuro2a細胞を、5%CO、37℃インキュベータ中において、10%牛胎児血清(FBS)含有DMEM培地で培養した。3日毎に継代培養を行った。そして、24穴細胞培養プレートに2×104/穴になるよう5%FBS含有DMEM培地を用いて細胞を撒いた。
そして、継代して3時間後に、表1に示す各種被検物(生理食塩水に溶解したもの)を、培地中に400μg/mlとなるように添加した。そして、被検物添加2日後に、顕微鏡下で神経突起伸長作用を観察し、各被検物による神経突起伸長作用を比較した。写真像図を図1に示す。また、対照の伸長度合いを「±」としたときの伸長率の向上度合いを「+」「−」で評価した。結果を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
その結果、ポンカン果皮を麹菌発酵した後に得た抽出物(実施例1〜4で得られた発酵組成物)には、極めて優れた神経突起伸長作用があることが明らかになった。
また、当該神経突起伸長作用は、アスペルギルス属の麹菌であるカワチ、アワモリ、オリゼ、ソーヤを用いた場合に付与できることが示された。
【0043】
〔試験例2〕 神経突起伸長作用の検討
実施例5で得られた、ポンカン果皮抽出物(エキス)から調製した「ポンカン果皮麹菌発酵組成物」の神経突起伸長作用を検討した。なお、神経突起伸長作用の効果の検討は、試験例1と同様にして行った。
その結果、ポンカン果皮抽出物(エキス)を麹菌発酵した場合においても、得られた抽出物(実施例5で得られた発酵組成物)には、極めて優れた神経突起伸長作用があることが示された。
【0044】
〔試験例3〕 記憶改善作用の検討
記憶改善のための評価系として、スコポラミン誘発空間記憶障害(スコポラミンを投与して人為的に空間記憶障害を誘発させる処理)に対するY字型迷路装置を用いた空間記憶試験を行った。
なお、本試験は、動物が直前に進入したアームを避けて新しいアームに進入する行動特性(交替行動)を利用した試験法で、空間作業記憶(spatial working memory)能力を調べるために繁用されている試験である。
本試験で用いるマウスY字型迷路装置としては、アクリル製黒色台形アーム(床幅:3cm、側壁高さ:12cm、解放天井幅:10cm、長さ:40cm)を用いた。3つあるアームをそれぞれA,B,Cとし、まずAの先端にマウス置き、8分間にわたってY字迷路内を自由に探索させて、マウスが移動したアームを順番通りに記録した。
各アームへの移動回数(総アーム選択数「total arm entries」)と、連続して異なる3本のアームを選択した数(交替行動数)を数え、交替行動数÷(総アーム選択数−2)×100=交替行動率(alternation behavior (%))とし、これを自発的交替行動の指標とした。
【0045】
本試験には、6週令ddY雄性マウスを用いた。まず、試験開始時にY字迷路試験を実施し、交替行動率が同等となるよう2群(被検物投与群と対照群)に分けた(n=6)。
そして被検物投与群には、実施例1で得られたポンカン果皮麹菌発酵組成物(生理食塩水に溶解したもの)を、2g/体重kg/1日の割合で反復経口投与した。なお、対照群には、生理食塩水を投与した。
そして、一週間の反復投与の後、それぞれのマウスにスコポラミンを0.6mg/kgの用量(生理食塩水に溶解)で皮下投与し、投与30分後に再度Y字型迷路試験を実施した。結果を図2に示す。(なお、図2において「**」と「##」が示す有意差は、危険率1%以下を示すものである。)
【0046】
その結果、対照群(生理食塩水のみ投与)では、スコポラミンの投与によって、試験開始前に比べて有意に交替行動率が低下した。
それに対して、被検物投与群(ポンカン果皮麹菌発酵組成物投与)においては、試験開始前と比べて交替行動率の有意な低下は見られなかった。また、対照群に比べて有意に高い交替行動率を示した。
このことより、ポンカン果皮麹菌発酵組成物には、スコポラミン誘発空間記憶障害改善作用があり、記憶改善作用や抗アルツハイマー作用を有することが強く示唆された。
【0047】
〔製造例1〕 打錠品(錠剤)の製造
実施例1で得られたポンカン果皮麹菌発酵組成物を用いて、表2の配合に従って、打錠品(錠剤)を製造した。
なお、当該打錠品(錠剤)は、1日あたり5〜10粒の摂取が目安である。
【0048】
【表2】

【0049】
〔製造例2〕 飲料の製造
実施例5で得られたポンカン果皮麹菌発酵組成物を用いて、表3の配合に従って、飲料を製造した。
なお、当該飲料は、1日あたり100mlの摂取が目安である。
【0050】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によれば、柑橘類の果皮について、新規の需要を創出し、有効利用する技術を提供することを可能とする。
また、本発明は、高齢化社会の到来により深刻さを増しているアルツハイマー病、認知症、に有効な治療・改善・予防手段を提供することを可能とする。
さらに、本発明は、健常人の老化に伴う物忘れや健忘に対しての予防、改善手段を提供することを可能とする。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
柑橘類の果皮を麹菌発酵させて得られる発酵組成物。
【請求項2】
柑橘類の果皮の水抽出物もしくは含水アルコール抽出物、を麹菌発酵させて得られる発酵組成物。
【請求項3】
前記柑橘類が、ポンカン、タチバナ、シークワーシャ、タンジェリン、マンダリンから選ばれる1以上のものである、請求項1又は2に記載の発酵組成物。
【請求項4】
前記麹菌が、清酒用、焼酎用、泡盛用、味噌用もしくは醤油用の麹菌から選ばれる1以上のものである、請求項1〜3のいずれかに記載の発酵組成物。
【請求項5】
前記麹菌が、アスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)、アスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・サイトイ(Aspergillus saitoi)、アスペルギルス・ウサミ(Aspergillus usamii)から選ばれる1以上のものである、請求項1〜4のいずれかに記載の発酵組成物。
【請求項6】
前記発酵組成物が、前記麹菌発酵後に固液分離を行って得られた上清である、請求項1〜5のいずれかに記載の発酵組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を有効成分として含有してなる、神経突起伸長剤。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を有効成分として含有してなる、記憶改善剤。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を有効成分として含有してなる、抗アルツハイマー剤。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれかに記載の発酵組成物を含有してなる飲食品。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−12048(P2011−12048A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−284768(P2009−284768)
【出願日】平成21年12月16日(2009.12.16)
【出願人】(591046892)富士産業株式会社 (12)
【Fターム(参考)】