説明

染色プラスチックレンズの製造方法

【課題】屈折率1.7以上、特に屈折率1.7〜1.8のプラスチックレンズに対しても高濃度でムラ無く均一に染色することが可能な染色プラスチックレンズの製造方法を提供する。
【解決手段】下記工程(1)、工程(2)、工程(3)をこの順に有する染色プラスチックレンズの製造方法。
工程(1):60℃以下の基板上に昇華性染料含有インクを塗布する工程。
工程(2):基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の水を、該インク全体の50質量%以下に低減する工程。
工程(3):プラスチックレンズを、該レンズの被染色面と前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面とが対向するように設置した後、真空度1×104Pa以下において、前記工程(2)後の基板を加熱することにより基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させて前記プラスチックレンズを染色する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昇華染色法による染色プラスチックレンズの製造方法、さらに詳しくは、昇華性染料含有インク中の水を該インク全体に対して50質量%以下に低減してから昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させることによる、染色プラスチックレンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、眼鏡用のプラスチックレンズの染色には、浸漬染色法、加圧染色法、染料膜加熱法等が利用されてきた。しかし、これらの染色方法では、高屈折率(屈折率1.7以上)のプラスチックレンズに対して高濃度でムラ無く均一に染色することが困難であった。
そこで、高屈折率(屈折率1.7以上)のプラスチックレンズに対しても、高濃度でムラ無く均一に染色するため、昇華性染料を用いてプラスチックレンズを染色する昇華染色法を始めとする、様々な試みがなされている。該昇華染色法を用いてプラスチックレンズを染色する方法としては、例えば、プリンタにより白紙に染料を塗布した印刷基体を加熱して染料を昇華させ、プラスチックレンズを染色する方法(特許文献1参照)、予め100〜150℃に加熱した保持材に染料を塗布及び固定した後、該保持材をさらに高温で加熱処理して染料を昇華させてプラスチックレンズを染色する方法(特許文献2参照)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−59950号公報
【特許文献2】特開2005−156630号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された方法では、染料中の色素がプラスチックレンズ表面で結晶化してしまい、染色が不均一でムラになることがある。特に高屈折率のプラスチックレンズを用いた場合にこの現象が顕著となるという問題がある。
また、特許文献2に記載された方法では、染料を保持材に塗布している間に保持材自体の温度が変化し得るという問題がある。また、本発明者らの検討により、ディスペンサーを使用する塗布方法等、1打点当たりの染料が比較的多い塗布方法では、1打点当たりの含水量も多くなるため、塗布初期と塗布後期において1打点当たりの染料中の含水率が大きく異なるため、目視ではなく顕微鏡を用いてレンズの染色状態を詳細に調査すると、レンズを均一に染色できていないことがわかった。
このように、昇華染色法では、昇華性染料含有インク中の界面活性剤は色素と共には昇華しないため、プラスチックレンズ表面に付着した色素周辺には界面活性剤が存在せず、そのために色素の結晶化が起こり易く、これが不均一な染色の原因になっているものと考えられる。
【0005】
そこで、本発明は、屈折率1.7以上、特に屈折率1.7〜1.8のプラスチックレンズに対しても高濃度でムラ無く均一に染色することが可能な染色プラスチックレンズの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、下記[1]〜[4]に関する。
[1]下記工程(1)、工程(2)、工程(3)をこの順に有する染色プラスチックレンズの製造方法。
工程(1):60℃以下の基板上に昇華性染料含有インクを塗布する工程。
工程(2):基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の水を、該インク全体の50質量%以下に低減する工程。
工程(3):プラスチックレンズを、該レンズの被染色面と前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面とが対向するように設置した後、真空度1×104Pa以下において、前記工程(2)後の基板を加熱することにより基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させて前記プラスチックレンズを染色する工程。
[2]前記工程(2)を、真空度1×10-3Pa〜常圧で、基板の温度が0〜250℃になるように加熱温度を設定して実施する、上記[1]に記載の染色プラスチックレンズの製造方法。
[3]前記工程(3)の昇華性染料の昇華を、真空度1×10-3〜1×104Paで、基板の温度が0〜280℃になるように加熱温度を設定して実施する、上記[1]又は[2]に記載の染色プラスチックレンズの製造方法。
[4]前記工程(3)が、以下の工程(3−1)及び工程(3−2)の2工程である、上記[1]〜[3]のいずれかに記載の染色プラスチックレンズの製造方法。
工程(3−1):プラスチックレンズの被染色面が前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面と対向するようにプラスチックレンズを設置した後、真空度1×104Pa以下において、前記工程(2)後の基板を加熱することにより基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させ、昇華した該染料を前記プラスチックレンズ内に浸透させずに該レンズの被染色面に付着させる工程。
工程(3−2):前記工程(3−1)で得られた昇華性染料が付着したプラスチックレンズを加熱処理することにより、該プラスチックレンズに付着した昇華性染料をレンズ内に浸透させる工程。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、屈折率1.7以上、特に屈折率1.7〜1.8のプラスチックレンズに対しても高濃度でムラ無く均一に染色することが可能な染色プラスチックレンズの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】実施例1で得られた染色プラスチックレンズの被染色面の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)である。
【図2】実施例2で得られた染色プラスチックレンズの被染色面の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)である。
【図3】実施例3で得られた染色プラスチックレンズの被染色面の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)である。
【図4】比較例1で得られた染色プラスチックレンズの被染色面の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)である。
【図5】比較例2で得られた染色プラスチックレンズの被染色面の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)である。
【図6】比較例3で得られた染色プラスチックレンズの被染色面の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)である。
【図7】比較例4で得られた染色プラスチックレンズの被染色面の光学顕微鏡写真(倍率:1000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
上記の通り、本発明は、下記工程(1)、工程(2)、工程(3)をこの順に有する染色プラスチックレンズの製造方法である。
工程(1):60℃以下の基板上に昇華性染料含有インクを塗布する工程。
工程(2):基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の水を、該インク全体の50質量%以下に低減する工程。
工程(3):プラスチックレンズを、該レンズの被染色面と前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面とが対向するように設置した後、真空度1×104Pa以下において、前記工程(2)後の基板を加熱することにより基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させて前記プラスチックレンズを染色する工程。
以下、上記工程(1)〜(3)について順に説明する。
【0010】
[工程(1)]
(基板)
工程(1)では、基板上にプラスチックレンズを染色するための昇華性染料含有インクを塗布する。該基板としては特に制限は無く、例えば無機材料からなる基板、有機材料からなる基板、金属材料からなる基板のいずれも使用できる。
上記無機材料としては、ガラス、石英、雲母等や、ガラス繊維、炭化ケイ素繊維等の無機高分子化合物からなる織布又は不織布等が挙げられる。上記有機材料としては、紙等が挙げられる。上記金属材料としては、アルミニウム、ステンレス鋼、銅、これらの合金等が挙げられる。基板は、2種以上の材料を複合化した複合材料で形成されていてもよく、また、複数の材料からなる多層構造体であってもよい。
基板の厚さに特に制限は無いが、工程(2)における昇華性染料含有インク中の水を効率良く揮発させる観点及び昇華性染料を十分に昇華する観点から、0.5mm〜5mmが好ましく、1mm〜3mmがより好ましい。
上記基板は、プラスチックレンズと対向する側の面(塗布面)が、プラスチックレンズの被染色面側の曲面と重ね合わせたときの誤差が少ない曲面を有する形状であってもよい。この場合、基板とプラスチックレンズの間隔がレンズの曲面全体でほぼ一定になり、昇華した染料がレンズ上に均一に拡散し、プラスチックレンズをムラ無く均一に染色し易くなる。また、基板の昇華性染料含有インクを塗布する面は、プラスチックレンズを均一に染色する観点から、平滑であることが好ましい。
なお、塗布する際の基板の温度は60℃以下であり、好ましくは0〜60℃であり、プラスチックレンズをムラ無く均一に染色する観点から、好ましくは10〜50℃、より好ましくは15〜30℃、さらに好ましくは常温(つまり、加熱していない温度)である。0℃以上であれば、後工程で昇華性染料含有インク中の水分を低減させる際に効率が良いため、好ましい。一方、60℃を上回ると昇華染料含有インク中の水分が蒸発していく可能性があり、後工程でインク中の水分を低減させる際、場所によって残水分量にばらつきが出てしまい、結果的にムラが生じる原因となる場合がある。
【0011】
(昇華性染料含有インク)
工程(1)で使用するインクに含有させる昇華性染料は、加熱により昇華する性質を有する染料であれば特に制限は無い。昇華性染料は工業的に容易に入手可能であり、市販品としては、例えばカヤセットブルー906(日本化薬株式会社製)、カヤセットブラウン939(日本化薬株式会社製)、カヤセットレッド130(日本化薬株式会社製)Kayalon Microester Red C-LS conc(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Red AQ-LE(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Red DX-LS(日本化薬株式会社製)、Dianix Blue AC-E(ダイスタージャパン株式会社製)、Dianix Red AC-E 01、(ダイスタージャパン株式会社製)、Dianix Yellow AC-E new(ダイスタージャパン株式会社製)、Kayalon Microester Yellow C-LS(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Yellow AQ-LE(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Blue C-LS conc(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Blue AQ-LE(日本化薬株式会社製)、Kayalon Microester Blue DX-LS conc(日本化薬株式会社製)等がある。
【0012】
昇華性染料は、水に分散させて昇華性染料含有インクとしてから基板に塗布する。昇華性染料含有インク中における水の含有量は、通常、該インク全体に対して50〜99.5質量%、より好ましくは55〜90質量%、さらに好ましくは60〜80質量%、特に好ましくは65〜75質量%となるようにする。昇華性染料含有インク中における水の含有量を上記範囲内にしておくと、昇華性染料がインク中に十分に分散され、プラスチックレンズを高濃度且つ均一に染色し易い上、後述する工程(2)を効率的に実施することができる。
【0013】
また、昇華性染料含有インクには、プラスチックレンズを高濃度で均一に染色する観点から、界面活性剤、保湿剤、有機溶媒、粘度調整剤、pH調整剤、バインダー等を含有させてもよい。
上記界面活性剤としては、アニオン系界面活性剤、ノニオン性界面活性剤等が挙げられる。界面活性剤を昇華性染料含有インクに含有させる場合、アニオン系界面活性剤及びノニオン系界面活性剤を併用することが好ましい。
【0014】
アニオン系界面活性剤は公知のものを使用できる。該アニオン系界面活性剤としては、例えば、アルキルスルホン酸ナトリウム、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、α−オレインスルホン酸ナトリウム、ドデシルフェニルオキサイドジスルホン酸ナトリウム、ラウリル硫酸ナトリウム等が挙げられる。これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
ノニオン性界面活性剤は公知のものを使用できる。該ノニオン系界面活性剤としては、例えばポリオキシエチレンセチルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル等のエーテル系ノニオン性界面活性剤;ステアリン酸ソルビタン、ステアリン酸プロピレングリコール等のエステル系ノニオン性界面活性剤;モノステアリン酸ポリオキシエチレングリセリル、オレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン等のエーテル・エステル系ノニオン性界面活性剤;ポリビニルアルコール、メチルセルロース等の水溶性ポリマー系ノニオン性界面活性剤等が挙げられる。これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中でも、水溶性ポリマー系ノニオン性界面活性剤が好ましく、メチルセルロースがより好ましい。
界面活性剤を昇華性染料含有インクに含有させる場合、アニオン系界面活性剤の含有量は、インク中における濃度が好ましくは0.1〜10質量%、より好ましくは0.2〜5質量%、さらに好ましくは0.2〜1質量%となるようにする。また、ノニオン性界面活性剤の含有量は、インク中における濃度が好ましくは0.1〜10質量%、より好ましくは0.2〜5質量%、さらに好ましくは0.2〜1質量%となるようにする。界面活性剤の含有量がそれぞれ上記範囲内であると、プラスチックレンズをより高濃度で均一に染色することができる。
【0015】
上記保湿剤としては、例えば2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン等のピロリドン系保湿剤;ジメチルスルホキシド、イミダゾリジノン等のアミド系保湿剤;エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、D−ソルビトール、グリセリン等の多価アルコール系保湿剤;トリメチロールメタン等が挙げられる。これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中でも多価アルコール系保湿剤が好ましく、グリセリンがより好ましい。保湿剤を昇華性染料含有インクに含有させる場合、その含有量は、インク中における濃度が好ましくは5〜30質量%、より好ましくは10〜25質量%となるようにする。保湿剤の含有量が上記範囲内であると、プラスチックレンズを高濃度で均一に染色することができる。
【0016】
なお、昇華性染料含有インクを基板上に塗布する方法としては特に制限は無く、例えばスプレーコーティング法、バーコーティング法、ロールコーティング法、スピンコーティング法、インクドットコーティング法、インクジェット法等が挙げられる。
これらの塗布方法の中でも、インクドットコーティング法を用いた場合は、昇華性染料含有インクの塗布に比較的多くの時間(30秒〜3分)を要し、且つ昇華性染料含有インク1打点当たりの質量が比較的大きい(約10-8〜1g、場合によっては10-7〜10-3g)。これに対して、例えばインクジェット法の場合、10-12g程度である。該インクドットコーティング法を利用する場合において、特許文献2のように予め基板を100〜150℃に加熱しておく方法を適用すると、塗布初期と塗布後期において、インク1打点当たりの水の含有量の差が大きく異なり、染色をムラ無く均一に実施することができなくなる傾向にある。本発明では、インクドットコーティング法を利用しても、前記特許文献2のような問題は生じない。よって、インクドットコーティング法を利用する場合、本発明の効果がより顕著に現れる傾向にある。さらに、インクドットコーティング法では、他の塗布方法に比べて、例えばインクジェット用染料インクのように、目詰まりを防止するための染料微粒子化を行う必要がないため、染料の仕様条件に左右されることなく安価な昇華性染料を含めて使用することができる。
【0017】
[工程(2)]
工程(2)では、工程(1)で基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の水の含有量を、該インク全体の50質量%以下、プラスチックレンズを微細なレベルでムラ無く均一に染色する観点から、好ましくは40質量%以下、より好ましくは30質量%以下、さらに好ましくは20質量%以下に低減する。昇華性染料含有インク中の水の含有量が、該インク全体の50質量%を超えたまま後述の工程(3)を実施すると、得られた染色プラスチックは目視では一見ムラ無く均一に染色されているように見えることもあるが、顕微鏡(倍率:1000倍)によるとムラがあり不均一な染色になっていることが確認されるため、染色プラスチックレンズを工業的に大量生産する場合には、スペックアウトする製品が多発する恐れがある。
昇華性染料含有インク中の水の含有量を低減する方法に特に制限は無いが、加熱処理する方法が生産工程上好ましい。加熱処理は、生産工程上時間をかけず、かつ基板やプラスチックレンズに影響を与えない範囲で考えた場合、例えば常圧時であれば、基板の温度が、水の沸点(100℃)+20℃以上、好ましくは120〜250℃、より好ましくは120〜200℃、さらに好ましくは120〜180℃、特に好ましくは125〜170℃になるように加熱温度を設定することにより実施する。加熱処理は、減圧下に実施してもよいし、作業上簡便であることより常圧下に実施してもよい。具体的には、加熱処理時の減圧は、通常用いられる装置で実行可能な1×10-3Pa〜常圧で実施する。加熱処理を1×10-3Pa〜常圧で実施する場合、加熱温度は0〜250℃の範囲で適宜設定すればよい。
なお、本明細書において、「常圧」とは、通常のとおり1気圧(大気圧)のことであり、およそ1×105Paである。
【0018】
加熱処理時間は、高温で短時間に処理する方法や、低温でゆっくり時間をかけて行うという方法も考えられる。生産工程上好ましい上記の各処理条件では、加熱時間は、常圧時の場合150〜250℃では、「設定温度−20℃」〜設定温度の範囲において、通常、70秒以上、好ましくは90秒以上、より好ましくは100秒以上であり、600秒以下、好ましくは500秒以下、より好ましくは400秒以下である。また、加熱時間は、通常、120℃から150℃未満では、「設定温度−20℃」〜設定温度の範囲において、700秒以上、好ましくは800秒以上であり、1200秒以下、好ましくは1000秒以下である。減圧時にも同様のことがあてはまり、蒸気圧曲線を基に、減圧時の水の沸点+50〜150℃と、沸点+20〜50℃未満で上記と同じ範囲で加熱時間を調整すればよい。但し、工程(1)で基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の水の含有量を、該インク全体の50質量%以下にすることができれば、特に上記範囲に制限されるものではない。
上記加熱処理条件であれば、前記加熱処理温度である場合に、昇華性染料含有インク中の水の含有量を効率的に後述の所定量まで低減し易く、昇華性染料自体の昇華を抑える易い。なお、工程(2)においては、昇華性染料の昇華を好ましくは40質量%以下、より好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは10質量%以下、特に好ましくは5質量%以下(いずれも0質量%を含む。)に抑える。
【0019】
[工程(3)]
工程(3)では、まず、プラスチックレンズを、該レンズの被染色面と前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面とが対向するように設置する。かかるプラスチックレンズと基板の設置の仕方は、通常の昇華染色法に従えばよく、例えば特許文献1の図2、並びに特許文献2の図1及び図2等を参照することができる。基板とプラスチックレンズの中心部との距離は、高濃度でプラスチックレンズを染色する観点から、好ましくは15mm〜120mm、より好ましくは17mm〜80mm、さらに好ましくは17mm〜30mmである。
【0020】
(プラスチックレンズ)
工程(3)で使用するプラスチックレンズの素材としては特に制限は無く、例えばスルフィド結合を有するモノマーの単独重合体;スルフィド結合を有するモノマーと1種以上の他のモノマーとの共重合体;メチルメタクリレート単独重合体;メチルメタクリレートと1種類以上の他のモノマーとの共重合体;ジエチレングリコールビスアリルカーボネート単独重合体;ジエチレングリコールビスアリルカーボネートと1種類以上の他のモノマーとの共重合体;アクリロニトリル−スチレン共重合体;ハロゲン含有共重合体;ポリカーボネート;ポリスチレン;ポリ塩化ビニル;不飽和ポリエステル;ポリエチレンテレフタレート;ポリウレタン;ポリチオウレタン;エポキシ樹脂等が挙げられる。これらの中でも、1.7以上の屈折率を得ることができるという観点から、スルフィド結合を有するモノマーの単独重合体、又はスルフィド結合を有するモノマーと1種以上の他のモノマーとの共重合体が好ましい。
プラスチックレンズの形状に特に制限はなく、例えば、球面、回転対称非球面、多焦点レンズ、トーリック面等の非球面、凸面、凹面等の多様な曲面を有するプラスチックレンズを利用可能である。
【0021】
(プラズマ処理)
レンズ表面に付着する昇華性染料中の色素の結晶化をより効果的に抑制するために、被染色面にプラズマ処理を施したプラスチックレンズを使用することが好ましい。プラスチックレンズの被染色面にプラズマ処理を施しておくと、該レンズ表面に付着している有機物が取り去られ、レンズ表面と色素の親和性が良くなり、前記効果を得やすくなるものと考えられる。
プラズマ処理方法に特に制限は無く、公知のプラズマ処理装置を利用して実施すればよい。プラズマ処理の際のプラズマ出力は、染色ムラの抑制及び透過率の観点から、好ましくは40〜500W、より好ましくは50〜500W、より好ましくは50〜300W、より好ましくは100〜300W、さらに好ましくは200〜300Wであり、真空度は、染色ムラの抑制及び透過率の観点から、1×104Pa以下、好ましくは略真空圧下(1×10-3〜1×104Pa)、より好ましくは1×10-3〜1×103Pa、さらに好ましくは1×10-2〜2×102Paである。プラズマ出力及び真空度がこの範囲であれば、十分に表面処理が行なわれるため、昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華した際にレンズ表面で色素が結晶化するという昇華染色法に特有の現象をより効果的に抑制できる。
プラスチックレンズの被染色面のプラズマ処理は、昇華性染料がレンズ内部に浸透し難い屈折率1.7以上(好ましくは1.7〜1.8、より好ましくは1.70〜1.76)のプラスチックレンズを用いた場合に、より効果的である。
【0022】
(プラスチックレンズの染色)
上記の通り、プラスチックレンズを該レンズの被染色面が前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面と対向するように設置した後、真空度1×104Pa以下で該基板を加熱することにより、基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させ、プラスチックレンズへ付着及び浸透させる。
基板を加熱する方法に特に制限は無いが、昇華性染料含有インクが塗布されていない面側からヒーターにて加熱する方法を好ましく挙げられる。
昇華性染料の昇華は、真空度1×104Pa以下において、基板の温度が好ましくは0〜280℃、より好ましくは80〜280℃、さらに好ましくは120〜270℃、特に好ましくは140〜260℃になるように設定して実施する。基板の温度をこの範囲に調整することにより、昇華性染料含有インク中の昇華性染料を十分に昇華させることができ、且つ対向するプラスチックレンズの熱による変形及び変色を抑制できる。
前記真空度は、通常、好ましくは略真空圧(1×10-3〜1×104Pa)であり、レンズ表面にて昇華性染料中の色素が結晶化するのを抑制する観点から、より好ましくは1×10-3〜1×103Pa、より好ましくは1×10-2〜8×102Paであり、さらに好ましくは1×10-2〜6×102Paである。なお、真空度を1×10-3Pa未満にする場合、装置の高性能化が必要である。
基板の加熱時間に特に制限は無いが、プラスチックレンズを高濃度に染色する観点並びにプラスチックレンズの熱による変形及び変色を抑制する観点から、1分〜30分が好ましく、1分〜15分がより好ましく、2分〜10分がさらに好ましい。
【0023】
(工程(3−1)及び工程(3−2))
なお、工程(3)は、プラスチックレンズの染色をより均一に行なうために、昇華性染料をプラスチックレンズへ付着させる工程(3−1)と、プラスチックレンズ内部へ浸透させる工程(3−2)に分けることが好ましい。この様に2つの工程に分ける場合、基板としては、ガラス等の熱伝導性の低い非晶質材料からなる基板を用いることが好ましい。この様な非晶質材料からなる基板を用いた場合、必要以上に基板温度を上昇させることがないため、対向するプラスチックレンズへ余計な熱が伝導することを抑制でき、該レンズに付着した昇華性染料がレンズ内部へ浸透するのを抑制でき、上記2つの工程に分けることが可能となる。また、基板を加熱する操作を行なう際に基板全体に温度勾配が生じることがなく、プラスチックレンズを均一に染色し易くなる。更に、基板を加熱することによる熱変形や昇華性染料を始めとする各種混合物との化学変化を起こすといった心配もない。
上記の様に2つの工程に分ける場合、上記工程(3−1)においては、真空度1×104Pa以下において、基板の温度が好ましくは50〜220℃、より好ましくは80〜200℃、さらに好ましくは140〜200℃になるように加熱温度を設定する。
そして、次工程である工程(3−2)においては、プラスチックレンズの種類にもよるが、特に屈折率が1.70以上であるプラスチックレンズに対しては、該レンズの温度が、好ましくは70〜150℃、より好ましくは80〜150℃、より好ましくは100〜145℃、さらに好ましくは115〜140℃になるように加熱温度を設定する。
また、工程(3−1)における基板の加熱時間は、「目的温度−20℃」〜目的温度の範囲において、1分〜30分が好ましく、1分〜15分がより好ましく、2分〜10分がさらに好ましい。工程(3−2)におけるプラスチックレンズの加熱時間は、「設定温度−20℃」〜設定温度の範囲において、10分〜180分が好ましく、20分〜120分がより好ましく、30分〜70分がさらに好ましい。
なお、工程(3−2)における加熱操作は、昇華性染料をプラスチックレンズに均一に浸透させていくために、予め上記温度範囲に加熱してある炉(例えばオーブン等)に工程(3−1)で得られた昇華性染料が付着したプラスチックレンズを入れる方法を採ることが好ましい。
【0024】
(染色プラスチックレンズの特性)
以上の様にして染色された染色プラスチックレンズは、屈折率が1.7以上のプラスチックレンズであっても、透過率43%以下及び染色濃度57〜60%であり、昇華性染料を高濃度で含有している。さらに、本発明の製造方法により得られる染色プラスチックレンズは、例え屈折率が1.7以上のプラスチックレンズであっても、高濃度で染色されているとともに、ムラが無く均一に染色されている。
【実施例】
【0025】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、各例で得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定及び染色濃度の算出は以下の通りに行なった。
【0026】
(i)外観:染色ムラ
目視にて、染色の不均一や昇華性染料中の色素の結晶化に起因する染色ムラがあるか否かを蛍光灯下で確認し、以下の基準に従って評価した。
−評価基準−
○:目視にて染色ムラを確認できない(光学顕微鏡で確認しても均一に染色されている)。
△:目視にて若干の染色ムラを確認できる(光学顕微鏡によると、結晶化して凝集した色素を確認できる)。
×:目視にて染色ムラを確認できる。
(ii)透過率
分光光度計「U3410」(日立製作所株式会社製)を用いて、波長585nmにおける可視光線透過率を測定した。透過率が小さいほど、高濃度で染色されていることを示す。
(iii)染色濃度
染色濃度はレンズカラーの濃さを表す数値であり、下記式(I)により求めた。
染色濃度(%)=100(%)−585nmでの可視光線透過率(%) (I)
なお、上記式(I)中の可視光線透過率は、前記(ii)に記載の透過率の測定方法に従って測定したものである。
【0027】
また、各例で使用するプラスチックレンズは以下の通りである。
(プラスチックレンズ)
「EYRY(アイリー)」(商品名、HOYA株式会社製);屈折率1.70、中心厚1.4mm、レンズ度数0.00、直径80mmの、ポリスルフィド結合を有するプラスチックレンズ
【0028】
<調製例1>
(昇華性染料含有インクの調製)
昇華性染料として「Dianix Blue AC-E」(ダイスタージャパン株式会社製)を水に分散させ、さらにアニオン系界面活性剤、ノニオン性界面活性剤及び保湿剤を混合して昇華性染料含有インクとした。各成分の組成比は以下の通りである。
昇華性染料/水/アニオン系界面活性剤/ノニオン系界面活性剤/保湿剤=5/74.55/0.25/0.2/20(質量比)
【0029】
<実施例1>
工程(1):
常温(22℃)のガラス基板上に、調製例1で得られた昇華性染料含有インクをディスペンサーによって3mm間隔で碁盤目状に塗布圧0.15MPaで合計0.4g塗布した。1打点当たりの質量は0.5μgであった。
工程(2):
昇華性染料含有インクが塗布されたガラス基板の裏側から、常圧下、ガラス基板の温度を160℃にして5分加熱することにより、塗布されたインク中の水の含有量を、インク全体の10質量%にまで低減した。
工程(3−1):
工程(2)の後、得られたガラス基板をプラスチックレンズの中心部から20mm離れるように対向して昇華染色機内に設置した。次いで、真空度を2×102Paとし、ガラス基板の温度が180℃になるように加熱して昇華性染料を10分かけて昇華させてプラスチックレンズに付着させた。
工程(3−2):
さらに、工程(3−1)で得られたプラスチックレンズを、140℃に加熱したオーブン内に置いて1時間加熱(プラスチックの温度:140℃)することにより、昇華性染料をプラスチックレンズ内に浸透させた。
得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定結果、及び染色濃度算出結果を表1に示す。また、被染色面の光学顕微鏡写真を図1に示す。
【0030】
<実施例2>
実施例1において、被染色面を以下の条件にてプラズマ処理したプラスチックレンズを使用したこと以外は、実施例1と同様にして実験を行なった。得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定結果、及び染色濃度算出結果を表1に示す。また、被染色面の光学顕微鏡写真を図2に示す。
(プラズマ処理条件)
プラズマ処理装置:PC101A(ヤマト科学株式会社製)
真空度:1×102Pa
プラズマ出力:130W
処理時間:120秒
【0031】
<実施例3>
実施例1の工程(2)において、「160℃で5分加熱」を「130℃で15分加熱」に変更し、インク中の水の含有量を、インク全体の50質量%にまで低減したこと以外は、実施例1と同様にして実験を行なった。得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定結果、及び染色濃度算出結果を表1に示す。また、被染色面の光学顕微鏡写真を図3に示す。
【0032】
<比較例1>
実施例1において、工程(2)を経なかったこと以外は、実施例1と同様にして実験を行なった。得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定結果、及び染色濃度算出結果を表1に示す。また、被染色面の光学顕微鏡写真を図4に示す。
【0033】
<比較例2>
実施例1の工程(2)において、加熱温度160℃を130℃に変更し、インク中の水の含有量を、インク全体の70質量%にまで低減したこと以外は、実施例1と同様にして実験を行なった。得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定結果、及び染色濃度算出結果を表1に示す。また、被染色面の光学顕微鏡写真を図5に示す。
【0034】
<比較例3>
実施例1の工程(2)において、「160℃で5分加熱」を「130℃で10分加熱」に変更し、インク中の水の含有量を、インク全体の60質量%にまで低減したこと以外は、実施例1と同様にして実験を行なった。得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定結果、及び染色濃度算出結果を表1に示す。また、被染色面の光学顕微鏡写真を図6に示す。
【0035】
<比較例4>
実施例1の工程(2)において、加熱時間5分を1分に変更し、インク中の水の含有量を、インク全体の65質量%にまで低減したこと以外は、実施例1と同様にして実験を行なった。得られた染色プラスチックレンズの外観評価、透過率測定結果、及び染色濃度算出結果を表1に示す。また、被染色面の光学顕微鏡写真を図7に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1及び図1〜3より、本発明に従って製造した屈折率1.70の染色プラスチックレンズは、工程(2)において昇華性染料含有インク中の水の含有量を50質量%以下にすることで、高濃度、且つムラ無く均一に染色されたプラスチックレンズが得られた(実施例1〜3参照)。
一方、表1及び図4〜7より、工程(2)を経ないか、又は工程(2)の後に昇華性染料含有インク中の水の含有量が50質量%を超えたままであると、プラスチックレンズ表面において昇華性染料中の色素の結晶化が起こり、光学顕微鏡で確認すると、得られたプラスチックレンズはムラがあり不均一に染色されていた(比較例1〜4参照)。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の染色プラスチックレンズは、眼鏡、サングラス、ゴーグル等に広く用いられ、特に、屈折率1.7以上の高屈折率の眼鏡用のプラスチックレンズとして有用である。
【符号の説明】
【0039】
1 色素が結晶化して一部に固まったもの

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)、工程(2)、工程(3)をこの順に有する染色プラスチックレンズの製造方法。
工程(1):60℃以下の基板上に昇華性染料含有インクを塗布する工程。
工程(2):基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の水を、該インク全体の50質量%以下に低減する工程。
工程(3):プラスチックレンズを、該レンズの被染色面と前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面とが対向するように設置した後、真空度1×104Pa以下において、前記工程(2)後の基板を加熱することにより基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させて前記プラスチックレンズを染色する工程。
【請求項2】
前記工程(2)を、真空度1×10-3Pa〜常圧で、基板の温度が0〜250℃になるように加熱温度を設定して実施する、請求項1に記載の染色プラスチックレンズの製造方法。
【請求項3】
前記工程(3)の昇華性染料の昇華を、真空度1×10-3〜1×104Paで、基板の温度が0〜280℃になるように加熱温度を設定して実施する、請求項1又は2に記載の染色プラスチックレンズの製造方法。
【請求項4】
前記工程(3)が、以下の工程(3−1)及び工程(3−2)の2工程である、請求項1〜3のいずれかに記載の染色プラスチックレンズの製造方法。
工程(3−1):プラスチックレンズの被染色面が前記基板の昇華性染料含有インクが塗布された面と対向するようにプラスチックレンズを設置した後、真空度1×104Pa以下において、前記工程(2)後の基板を加熱することにより基板上に塗布された昇華性染料含有インク中の昇華性染料を昇華させ、昇華した該染料を前記プラスチックレンズ内に浸透させずに該レンズの被染色面に付着させる工程。
工程(3−2):前記工程(3−1)で得られた昇華性染料が付着したプラスチックレンズを加熱処理することにより、該プラスチックレンズに付着した昇華性染料をレンズ内に浸透させる工程。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−48340(P2011−48340A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141970(P2010−141970)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】