説明

核酸の検出方法

【課題】従来の核酸検出方法を改良し、核酸増幅反応後の増幅産物の解析を特別な光源や検出装置を用いることなく、簡便、確実、低廉に行う方法を提供することを目的とする。
【解決手段】核酸増幅反応後、得られた増幅産物に過剰のインターカレーターを添加し、生じる色の変化によって標的核酸の有無を目視検出する可視的解析をすることを特徴とする、核酸の検出方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロチップ上で、等温条件下での核酸増幅反応と増幅産物の解析を連続して行うことを特徴とする核酸の検出方法、及びそのための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
微量のタンパクや核酸を解析する手法として、マイクロチップ電気泳動装置が実用化されている(例えば、日立マイクロチップ電気泳動解析システム コスモアイ、島津製作所製マイクロチップ電気泳動装置 MCE2010等)。マイクロチップ電気泳動では、数センチ四方のプレート基板上に微細溝をつくり、それをもう一枚の基板と貼り合わせてキャピラリを形成させた小型チップを用いて、キャピラリ電気泳動を行う。泳動後の核酸の検出は、通常蛍光インターカレーターを核酸に結合させ、これに蛍光励起光やレーザー光を照射して、生じる蛍光を測定することにより行われる。したがって、マイクロチップ電気泳動では、蛍光励起光源やレーザー光源等の特定光源と検出器が核酸断片の検出に不可欠である。
【0003】
このマイクロチップ電気泳動を応用し、チップ上で核酸試料のPCR増幅と電気泳動解析を連続して行う一体型装置も知られている(例えば、特許文献1及び非特許文献1参照)。しかし、熱サイクルにより核酸を増幅するPCRでは、チップ上隣接する電気泳動部位に影響を与えることなく、増幅反応部位のみを選択的に加熱・冷却することは難しい。そのためチップ上でのPCRは、加熱・冷却の繰り返しによる熱ストレスをチップに与え、その変形や接着部分のはがれ、ひいては液漏れを引き起こすという問題点がある。
【0004】
一方、本発明者らは、PCR法において不可欠とされる複雑な温度制御を必要としない新しい核酸増幅法であるLAMP法(Loop-mediated isothermal amplification)の開発に成功した(例えば、特許文献2及び非特許文献2参照)。LAMP法では、特有のプライマーと鎖置換型DNAポリメラーゼを用いることで、同一鎖上末端に互いに相補的な配列を有する増幅産物が生成する。そして、この相補的配列間のアニールによって形成されるループを起点とした伸長反応と、このループにアニールする前記プライマーによる伸長反応によって、等温での増幅反応が従来にない高い増幅効率で進行する。
【0005】
【特許文献1】特表2001-521622号公報
【特許文献2】国際公開 WO/28082号パンフレット
【非特許文献1】Woolly A.T. et.al., Analytical Chemistry 68(23) 4081-4086 (1996)
【非特許文献2】Notomi, T et al., Nucleic Acids Res. 28(12):e63 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来のマイクロチップ解析による核酸検出方法を改良し、核酸の増幅と解析(特に、電気泳動解析)をマイクロチップ上で行うための簡便、確実、低廉な方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意検討した結果、核酸増幅過程を等温条件下で行えば、チップ基板に影響を与えることなくチップ全体を加熱することができると考えた。また、通常より過剰のインターカレーターを用いることにより目視による核酸の検出が可能になることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、マイクロチップ上において等温条件下で核酸増幅反応を行い、得られた増幅産物を引き続き当該マイクロチップ上で解析することを特徴とする、核酸の検出方法に関する。
【0009】
ある態様において、増幅産物の解析は電気泳動解析を用いて行われる。
前記態様において、本発明の方法は、例えば以下の工程を含む。
1)マイクロチップの試料用ウェル内に、標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを含む試料を導入する工程;
2)マイクロチップを加熱し、前記ウェル内において等温条件下で核酸増幅反応を行う工程;及び
3)上記増幅産物を引き続きマイクロチップ上で電気泳動し、標的核酸を分離・検出する工程。
【0010】
さらに、別な態様において、増幅産物の解析は、核酸増幅産物に過剰のインターカレーターを添加し、生じる色の変化によって標的核酸の有無を目視検出する可視的解析であってもよい。該インターカレーターの好適な例としては、例えば、SYBR Green Iを挙げることができる。
本発明の方法において、等温条件下での核酸増幅反応はLAMP法を用いて行われることが好ましい。
【0011】
本発明はまた、本発明の核酸検出方法を実施するための核酸増幅及び電気泳動解析一体型装置であって、以下の手段を備える装置を提供する。
1)マイクロチップに標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを導入する手段;
2)前記チップを一定温度に加熱して等温条件下での核酸増幅反応を行わせるための手段;
3)前記増幅反応によって得られた増幅産物を前記チップ上で電気泳動するための手段;及び
4)電気泳動によって分離された核酸を検出するための手段。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、チップ基板に影響を与えることなく核酸増幅反応と解析をオンチップで連続して行うことができる。本発明の方法においては、核酸増幅産物に過剰のインターカレーターを添加し、生じる色の変化を観察することによって、標的核酸の有無を目視により検出することができる。すなわち、本発明は、増幅効率の高いLAMP法と微量核酸の検出に適したマイクロチップ解析を併用することにより、簡便、確実、低廉な微量核酸の検出を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
1. 核酸の検出方法
本発明は、マイクロチップ上において等温条件下で核酸増幅反応を行い、得られた増幅産物を引き続き当該マイクロチップ上で解析することを特徴とする、核酸の検出方法を提供する。
本発明において、増幅産物の解析は電気泳動解析であることが好ましい。
【0014】
本発明の方法は、具体的には以下の工程を含む:
1)マイクロチップの試料用ウェル内に、標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを含む試料を導入する工程;
2)マイクロチップを加熱し、前記ウェル内において等温条件下で核酸増幅反応を行う工程;及び
3)上記増幅産物を引き続きマイクロチップ上で電気泳動し、標的核酸を分離・検出する工程。
【0015】
1.1 試料の導入
本発明の方法では、まずマイクロチップの試料用ウェル内に、標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを含む試料を導入する。
本発明の方法で用いられる「マイクロチップ」とは、核酸の解析に使用されるマイクロチップであって、好適には、数センチ四方の2枚の基板間にキャピラリを有し、このキャピラリ内にゲル又はポリマーを充填してキャピラリ電気泳動を行うための電気泳動用マイクロチップを意味する。チップを構成する基板としては、ガラス(石英)製、プラスチック製など特に限定されない。石英製チップは紫外線領域に吸収を持たないため、可視領域〜紫外線領域の広い領域を測定したい場合に適している。但し、本発明においては、後述するウェルに封(シール)を施す場合、PMMA等のプラスチック製チップを用いる方がガラス製チップよりも接着が容易である。また、プラスチック製チップは低廉という点でも優れている。以上のようなマイクロチップは、公知の方法に基づき作製してもよいが、市販のもの(例えば、日立又は日立化成工業社製や島津製作所社製等)を好適に用いることができる。
【0016】
前記マイクロチップには、通常試料導入用流路と分離用流路が十字に交差するように設けられており、試料導入用流路の端には試料用ウェル(リザーバー)がある。分離用流路の一方の端には泳動ゲル(ポリマー)又はバッファー用ウェル(リザーバー)があり、他方の端には検出部がある(図1参照)。核酸のマイクロチップ電気泳動では、まず泳動ゲルを分離用流路とゲル(ポリマー)又はバッファー用ウェルに満たし、試料用ウェルに試料を導入する。そして、各リザーバーに適当な電圧を印加すると、試料用ウェル内の試料が分離用流路に移動し、他方の端に向かって電気泳動される。
【0017】
試料用ウェル内への標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドの導入順序は特に限定されず、適当な順番で1つずつ導入しても、全て同時に導入してもよい。あらかじめ標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを含む増幅用反応液を調整し、これをウェル内に導入すれば操作が簡便でよい。ウェル内への試料の導入は、市販のマイクロチップであれば、製品添付のプロトコールに従い実施する。
【0018】
なお、本発明において「標的核酸」とは、検出すべき核酸分子を意味する。前記「核酸」は天然のものであっても、人工的に合成されたものであってもよく、DNA、cDNA、RNA、mRNA、及びPNA等の全てを含むものとする。また1本鎖核酸及び2本鎖核酸の双方を含むものとする。さらに、部分的に修飾された、あるいは全体が完全に人工的構造からなるヌクレオチド誘導体であっても、それが塩基対結合を形成しうるものであるかぎり、本発明の核酸に含まれる。また、遺伝子(生命に関わる特定の機能や情報を担う核酸)という用語も、核酸に含まれる。なお、本発明における核酸の構成塩基数は制限されない。
【0019】
本発明の方法で用いられる「プライマー」は、標的核酸の配列に従い、用いられる核酸増幅反応に適したプライマーを適宜調整する。プライマーの設計については、後述する核酸増幅方法において詳述する。また、「基質ヌクレオチド」は、市販のdNTPやその修飾物を用いればよい。
【0020】
本発明の方法で用いられる「鎖置換型ポリメラーゼ」としては、例えばBst DNAポリメラーゼ、Bca(exo-)DNAポリメラーゼ、E. coli DNA ポリメラーゼIのクレノウフラグメント、Vent DNAポリメラーゼ、Vent(Exo-)DNAポリメラーゼ(Vent DNAポリメラーゼからエクソヌクレアーゼ活性を除いたもの)、DeepVent DNAポリメラーゼ、DeepVent(Exo-)DNAポリメラーゼ(DeepVent DNAポリメラーゼからエクソヌクレアーゼ活性を除いたもの)、Φ29ファージDNAポリメラーゼ、MS-2ファージDNAポリメラーゼ、Z-Taq DNAポリメラーゼ(宝酒造製)、KOD DNAポリメラーゼ(東洋紡社製)等を用いればよい。
【0021】
必要であれば、試料導入後のウェルは、封を施し密封してもよい。封は、例えばウェルに市販の96穴PCR用粘着シートやセロハンテープなどのシールを貼ることにより実施できる。シールは透明であれば、加熱による気泡の発生を確認することができるので好ましい。特に、96穴PCR用粘着シートは、剥離が容易で、粘着力があり、加熱にも耐えうるという点で優れている。
【0022】
1.2 等温条件下での核酸増幅反応
次にマイクロチップを加熱し、ウェル内において等温条件下で核酸増幅反応を行う。なお、マイクロチップを加熱する方法は、チップを核酸増幅反応に必要な一定温度(65℃程度)に保てるものであれば、特に限定されない。例えば、チップをヒートブロックによって加熱する方法が挙げられる。この場合、ヒートブロックはチップの片面だけにあててもよいが、むらなく加熱するために、上下両面にあてて挟みこむように加熱する方がよい。
【0023】
本発明の方法では、等温条件下で核酸増幅反応を行うため、チップ基板に影響を与えることなくチップ全体を一定温度に加熱する。したがって、PCRのように加熱・冷却の繰り返しによる熱ストレスをチップに与え、チップの変形や接着部分のはがれ、あるいは液漏れ等を引き起こす心配がない。
【0024】
本発明の方法で用いられる、等温条件下での核酸増幅反応としては、例えば以下のSDA法やLAMP法を挙げることができる。特にLAMP法はその高い増幅効率から微量核酸の検出を行う場合に好適である。
【0025】
(1) SDA法
SDA法は、ある塩基配列の3'側に相補的なプライマーを合成起点として相補鎖合成を行うときに、5'側に2本鎖の領域が有るとその鎖を置換しながら相補鎖の合成を行う特殊なDNAポリメラーゼ(鎖置換型DNAポリメラーゼ)を利用する方法である。SDA法では、プライマーとしてアニールさせた配列に予め制限酵素認識配列を挿入しておくことによって、PCR法においては必須となっている温度変化工程の省略し、等温条件下(65℃前後)での核酸増幅を実現できる。すなわち、制限酵素によってもたらされるニックが相補鎖合成の起点となる3'-OH基を与え、そこから鎖置換合成を行うことによって先に合成された相補鎖が1本鎖として遊離して次の相補鎖合成の鋳型として再利用される。
【0026】
(2)LAMP法
1)LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法の概要
「LAMP法」とは本発明者らが開発した核酸の増幅方法で、インナープライマーペア或いはこれにアウタープライマーペア、さらにループプライマーペアを加えた、2種、4種或いは6種の特異的プライマーと、鎖置換型ポリメラーゼ及び基質であるヌクレオチドを用いて、等温条件下(65℃前後)でDNA又はRNAを迅速かつ安価に増幅する方法である。LAMP法の概要については、文献:Notomi, T et al.:Nucleic Acids Res. 28(12):e63(2000)、特許:国際公開WO 00/28082号、あるいは栄研化学(株)ホームページ(http://www.loopamp.eiken.co.jp/)を参照されたい。
【0027】
LAMP法では、増幅生成物の同一鎖上末端に互いに相補的な配列が生成し、これらがアニールしてヘアピン状のループが形成され、そのループを起点としたポリメラーゼによる伸長反応が起きる。同時に、ループ内にアニールしたプライマーからは鎖置換型伸長反応が起こり、先の伸長生成物を1本鎖に解離させていく。解離した1本鎖もまた、末端に相補的配列を有するため、この反応は繰り返し起きる。こうして、LAMP法では増幅生成物の同一鎖上の複数の位置で、伸長反応と増幅反応が同時進行するため、DNAの増幅が超指数関数的にしかも等温条件下で達成され、本発明のタンデム構造を有するプローブ核酸を効率的に合成できる。
【0028】
2)LAMP法用プライマー
LAMP法ではインナープライマー、アウタープライマー、ループプライマーと呼ばれる、特異的プライマーが用いられる。
インナープライマーとはLAMP法に必須のプライマーであって、鋳型DNAのそれぞれの鎖において、3'側に存在する任意配列X2c、これより5'側の任意配列X1cを選択したとき、該X2cに相補的配列X2と該X1cと同一の配列X1cを3'側から5'側にこの順で含む(X1c+X2の構造をもつ)プライマーをいう。機能的にいえば、インナープライマー上のX2は鋳型に特異的にアニールして相補鎖合成の起点を与える部分であり、X1cは増幅(伸長)生成物がループを形成するための相補的配列を与える。そして、このループが新たな相補鎖合成の起点となる。
【0029】
アウタープライマーとは、インナープライマーよりも外側(鋳型の3'側)の任意配列X3cに相補的配列を有し、これにアニールしうるプライマー2種(2本鎖に相補的な各々について1つずつ)をいう。
【0030】
なお、プライマーの鋳型核酸へのアニールを容易にするため、上記X1(X1c)、X2(X2c)、X3(X3c)の長さは5〜100塩基が好ましく、10〜50塩基がさらに好ましい。
【0031】
上記インナープライマー及びアウタープライマーは、2本鎖(F及びR)のそれぞれについて必要であり、インナープライマー(F1c+F2、R1c+R2)、アウタープライマー(F3、R3)の各々2種が設計される。
【0032】
各任意配列は、LAMP法により得られる増幅産物が分子間アニールではなく、分子内アニールを優先的に生じ、末端ヘアピン構造を形成するように選択することが好ましい。例えば、分子内アニールを優先的に生じさせるためには、任意配列の選択に当たって、F1c配列とF2c配列との間の距離及びR1配列とR1c配列との間の距離を考慮することが重要である。具体的には、両者各配列が、0〜500塩基、好ましくは0〜100塩基、最も好ましくは10〜70塩基の距離を介して存在するように選択することが好ましい。ここで、数値はそれぞれ、F1c配列及びF2c配列自身並びにR1配列及びR2配列自身を含まない塩基数を示している。
【0033】
また、ループプライマーとは、LAMP法による増幅生成物の同一鎖上に生じる相補的配列が互いにアニールしてループを形成するとき、該ループ内の配列に相補的な塩基配列をその3'末端に含むプライマー2種(2本鎖に相補的な各々について1つずつ)をいう。前記アウタープライマーとループプライマーはLAMP法に必須のプライマーではないが、これらがあれば増幅(伸長)反応はより効率的に進行する。
【0034】
3)増幅用鋳型核酸
LAMP法で用いられる増幅用鋳型核酸はDNAであってもRNAであってもよく、組織又は細胞等の生物学的試料から公知方法により、あるいは化学合成法により調製することができる。この場合、増幅すべき領域(標的領域という)の両側には、適当な長さの配列(両側配列という)が存在するように鋳型ポリヌクレオチドを調製する。両側配列とは、当該標的領域の5’末端からポリヌクレオチド鎖の5’末端までの領域の配列、及び当該標的領域の3'末端からポリヌクレオチド鎖の3’末端までの領域の配列を意味する。両側配列の長さは、標的領域の5'側及び3'側のいずれの領域も、10〜1000塩基、好ましくは30〜500塩基である。
【0035】
4)反応条件
一連の反応は、酵素反応に好適なpHを与える緩衝剤、酵素の触媒活性の維持やアニールのために必要な塩類、酵素の保護剤、更には必要に応じて融解温度(Tm)の調整剤等の共存下で行うことが好ましい。緩衝剤としては、Tris-HCl等の中性から弱アルカリ性に緩衝作用を持つものが用いられる。pHは使用するDNAポリメラーゼに応じて調整すればよい。塩類としては、例えばKCl、NaCl、あるいは(NH4)2SO4等が、酵素の活性維持とDNAの融解温度(Tm)調整のために適宜添加される。酵素の保護剤としては、ウシ血清アルブミンや糖類が利用される。また、融解温度(Tm)調整剤としては、ベタイン、プロリン、ジメチルスルホキシド、あるいはホルムアミドを一般的に利用することができる。
【0036】
5)LAMP反応
LAMP法における反応は、鋳型核酸に対して、以下の成分(i)(ii)(iii)を加え、インナープライマーが鋳型核酸上の相補的配列に対して安定な塩基対結合を形成することができ、かつ鎖置換型ポリメラーゼが酵素活性を維持しうる温度でインキュベートすることにより進行する。インキュベート温度は50〜75℃、好ましくは55〜70℃であり、インキュベート時間は1分〜10時間、好ましくは5分〜4時間である。
(i) インナープライマー2種、或いはさらにアウタープライマー2種、或いはさらにループプライマー2種
(ii) 鎖置換型ポリメラーゼ
(iii)基質ヌクレオチド
【0037】
1.3 電気泳動解析
増幅反応後、引き続きマイクロチップ上で電気泳動を行い、標的核酸を分離・検出する。
標的核酸の電気泳動による分離と検出は、市販のマイクロチップ電気泳動解析装置(例えば、日立マイクロチップ電気泳動解析システム コスモアイ、島津製作所製マイクロチップ電気泳動装置 MCE2010等)を用いて容易に実施できる。すなわち、標的核酸の分離は、マイクロチップ内の分離用流路中に充填されたゲル内で印加電圧にしたがって行われる。
【0038】
核酸の検出は、装置に内蔵された光源から蛍光励起光やレーザー光が核酸に照射されたときの発光や、核酸による特定波長の吸収を指標として行われる。一般には、蛍光インターカレーターを核酸に結合させて電気泳動を行い、これに蛍光励起光やレーザー光を照射し、生じる蛍光を測定する方法が用いられる。検出は特定の時点で行ってもよいし、経時的(リアルタイム)に行ってもよい。市販の装置には、測定値を解析するための装置が付属されており、得られたデータを即時に解析処理することもできる。
【0039】
2. 過剰のインターカレーターによる増幅産物の可視的解析
本発明はまた、過剰のインターカレーターを前述の核酸増幅産物に添加することによって、標的核酸の有無を特別な光源や検出装置を用いることなく目視確認する核酸の検出方法を提供する。
【0040】
ここで、「インターカレーター」とは、2本鎖DNAに結合しうる化合物であって、狭義には核酸塩基対のなす平面と平面の間に挿入する化合物をさすが、一般的には2本鎖DNA分子の溝(主溝、副溝)に結合しうる化合物(グルーブバインダー)も含めてインターカレーターと称されることが多い。狭義のインターカレーターとしてはエチジウムブロマイド、アクリジンオレンジ、TO-PRO-1、YO-PRO-1、メチレンブルー、アクチノマイシンD、OliGreen等があり、グルーブバインダーとしてはSYBR Green I、SYBR Green II、Hoechst33258、Pico Green、DAPI等がある。本発明においても「インターカレーター」は、グルーブバインダーを含む広義のインターカレーターを意味する。
【0041】
通常蛍光インターカレーターはバックグラウンド蛍光を持ち、反応液中に多量に入れるとそのバックグラウンド蛍光も上昇するため、目視で色調の変化を確認することはできない。しかし、本発明者らは、2本鎖DNAに結合すると微妙な色調の変化を示すインターカレーターがあることを見出した(例えば、SYBR Green I:赤茶→青緑)。このようなインターカレーターの場合、バックグラウンドの色調との区別が可能で、しかも過剰に入れるとその色調変化が強くなり、目視による確認が可能となる。すなわち、UVランプ等の特別な光源から光を照射することなく、インターカレーターのDNAへの結合を検出することが可能となる。
【0042】
なお、本発明において「過剰」とは、通常の検出で使用される量の少なくとも10倍以上、好ましくは100倍以上を意味する。例えば、SYBR Green Iであれば、通常使用量の100倍の濃度で添加すれば、UVランプ等を用いることなく色調の変化(赤茶→青緑)により核酸を可視的に検出することができる。但し、過剰のインターカレーターは増幅反応を阻害する場合があるので、過剰のインターカレーターの添加は必ず増幅反応後に行わなくてはならない。
【0043】
3. 核酸増幅及び電気泳動解析一体型装置
本発明はまた、核酸増幅及び電気泳動解析一体型装置を提供する。当該装置は、マイクロチップに標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを導入する手段と、前記チップを一定温度に加熱して等温条件下での核酸増幅反応を行わせるための手段と、前記増幅反応によって得られた増幅産物を前記チップ上で電気泳動するための手段と、電気泳動によって分離された核酸を検出するための手段とを備える。
【0044】
ここで、マイクロチップに標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを導入する手段は、当該装置に保持されたマイクロチップの試料用ウェル内に標的核酸、プライマー、鎖置換型ポリメラーゼ、及び基質ヌクレオチドを、同時に、あるいは順番に、一定量自動的に導入する手段である。
【0045】
また、前記チップを一定温度に加熱して等温条件下での核酸増幅反応を行わせるための手段としては、例えば、装置内に備えられたヒートブロックによってチップを上又は下から、好ましくは上下両面から挟んで、増幅反応に適した一定温度に加熱する手段が挙げられる。この手段には、試料を導入したウェルを密封する手段を含みうる。増幅反応は、例えば、市販のマイクロチップ電気泳動用装置のサンプル導入口で行い、そのまま後述する電気泳動分離・検出に適用することができる。
【0046】
前記増幅反応によって得られた増幅産物を前記チップ上で電気泳動するための手段や、電気泳動によって分離された核酸を検出するための手段については、市販のマイクロチップ電気泳動装置に用いられている手段と同様の手段を用いることができる。
本発明の装置には、さらに得られた測定データをコンピューター処理する手段を備えていてもよい。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を用いて本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1) マイクロチップを用いた核酸増幅と電気泳動解析
1. 実験材料
PMMA製 3レーン マイクロチップ(コスモアイ・iチップ:HITACHI製)
LAMP反応溶液(PSA及びλ系のキット添付品:栄研化学社製)
PCR96穴用シール(Thermowell;costar, Netherlands)、
ゲル(コスモアイ・iチップ キット添付品)、
蛍光色素 EtBr(コスモアイ・iチップ キット添付品)、
判定用蛍光色素 SYBR Green I(SG:Molecular Probes Inc.)
【0048】
2.試験方法
(1)LAMP反応
チップの分離用流路にゲルを圧をかけて満たす。なお、ゲルは予め10000回転、1min程度遠心し、気泡を除去しておく。標的(鋳型)核酸としてPSA(prostate-specific antigen cDNA fragment;配列番号1)を、また以下に示す4種のLAMP用プライマーを含むLAMP反応溶液(表1)を調整した。サンプルウェルにLAMP反応溶液10μLを満たし、それ以外のウェルには前述のゲルを10μLずつ満たした。
PSA LAMP用プライマー:
FIP; 5'-TGTTCCTGATGCAGTGGGCAGCTTTAGTCTGCGGCGGTGTTCTG-3'(配列番号2)
RIP; 5'-TGCTGGGTCGGCACAGCCTGAAGCTGACCTGAAATACCTGGCCTG-3'(配列番号3)
F3; 5'-TGCTTGTGGCCTCTCGTG-3'(配列番号4)
R3; 5'-GGGTGTGTGAAGCTGTG-3'(配列番号5)
(FIP、RIPはそれぞれForward Inner Primer、Reverese Inner Primerを、F3、R3はそれぞれForward Outer Primer、Reverse Outer Primerを示す。)
【0049】
【表1】

【0050】
LAMP反応溶液を導入後、PCR96穴用シールを用いてウェルにシールを施した。シールをする際は、気泡が入らないように押さえながら行った。次にチップをアルミ製のヒートブロック上で65℃、10〜60min程度加熱した。間接的に上からも熱をかけることとシールが気泡で浮き上がるのを防ぐ目的で、チップの上にもヒートブロックを置いて同様に加熱した(図1参照)。加熱終了後シールを剥がし、適宜ウェルにゲルを追加し、レーン中の気泡を除去した。
【0051】
(2)生成物の確認について
LAMP反応後のチップはHITACHI製のコスモアイを用いて電気泳動を行い、生成物の存在を確認した。泳動パラメータは、導入電圧300V 60sec、分離泳動電圧750V(戻し泳動電圧*130V)80sec、とした。測定は、まずLAMP反応開始後から10分おきに行い、次により短い間隔で測定を行った。さらに、LAMP増幅時間は一定(各々反応時間30分)として、異なる反応液において数回測定し、測定結果の再現性を確認した。
*戻し泳動とは、分離泳動の際にサンプルウェルとゲルウェルに電圧をかけて、サンプルをクロス部位に張った状態にするもので、その結果ピークが繰り返し現れる泳動図が得られる。
【0052】
(3)生成物の可視的判定
生成物に対して10000×、1000×、100×の濃度のSYBR Green Iをそれぞれ10倍希釈となるように加え、最終濃度をそれぞれ1000×、100×、10×となるようにした。なお、SYBR Green Iは通常リアルタイムPCRでは、1×で加えている。
コントロールとして、反応溶液からテンプレート、ポリメラーゼを除いたものを同様にサンプルウェルに導入し、加熱して検出を行った。
【0053】
3.結果
(1)加熱時間について
LAMP反応開始後10分毎に測定した結果(図2)及び、より短い間隔で測定した結果(図3)から、PSAの系においては10分程度で既に生成物が得られることがわかった。
(2)再現性について
繰り返し測定した結果、毎回ほぼ同程度のピークが検出された(図4)。これにより、LAMP反応ではほぼ決まった長さの生成物が同程度増幅されることが確認された。
(3)生成物の可視的判定
図5は、チップ上のLAMP生成物に約1μLの1000×の濃度のSYBR Green Iを添加したもの(最終濃度:100×)である。図6は、チップ上でLAMPを行ったのち、得られた4.5μLの生成物に対し、0.5μLのSYBR Green Iを添加したものである。見易さのために外径が1.5mmのガラス管中で撮影している。
【0054】
コントロールがSYBR Green Iのみの場合と変わらないでいるのに対し、LAMP生成物に添加したものは緑色の蛍光を発していることがわかる。蛍光は混合後ただちに発せられる。背面が白い場合、コントロールと色調の変化が大きいため識別しやすいのは最終濃度1000×のものである。背面が暗い場合、蛍光が一番識別しやすいのは最終濃度100×のものである。
【0055】
(実施例2)マルチプレックス測定
実施例1の方法に従い、同時に複数のサンプルをLAMP法にて増幅、泳動して解析することが可能かどうかを確認した。
1.試験方法
標的(鋳型)核酸としてPSA(prostate-specific antigen cDNA fragment;配列番号1)、λ-DNA(宝酒造;配列番号6)を用い、その両方をチップ上でLAMP増幅したものを実施例1と同様の方法で電気泳動解析した。プライマーは、PSAについては実施例1で使用したプライマーを、λ-DNAについては以下に示すプライマーを用い、実施例1と同様の組成で反応液を調整した。それぞれの反応液は、別々のサンプルウェルに導入し、65℃で30分LAMP反応を行い、日立のコスモアイを用いて電気泳動を行った。
【0056】
なお、比較のため、PSAのプライマーのみ、λ-DNAのプライマーのみを反応液に加えて同様にLAMP増幅し、電気泳動を行った。
λ-DNA LAMP用プライマー:
FIP; 5'-TCCCCTCAGAACATAACATAGTAATGCGGTAAGTCGCATAAAAACCATTC-3'(配列番号7)
RIP; 5'-TGAAAATTCCCCTAATTCGATGAGGTCGGCGCATAGCTGATAACAAT-3'(配列番号8)
F3; 5'-GCTTATCTTTCCCTTTATTTTTGC-3'(配列番号9)
R3; 5'-GCTGATCGGCAAGGTGTTCT-3'(配列番号10)
(FIP、RIPはそれぞれForward Inner Primer、Reverese Inner Primerを、F3、R3はそれぞれForward Outer Primer、Reverse Outer Primerを示す。)
【0057】
2.結果
図7及び8に示すように、2種のプライマーを用いてLAMP増幅したグラフは、各々単独のプライマーでLAMP増幅したときのグラフを重ね合わせたものに近い。このことから、複数のサンプルについても同時解析が可能であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は、マイクロチップの構造と、ヒートブロックによるマイクロチップ加熱の概略を示す図である。
【図2】図2は、LAMP反応開始後10分おきに、LAMP産物の電気泳動解析した結果を示すグラフである。
【図3】図3は、LAMP反応開始後0、6、9、10分後における、LAMP産物の電気泳動解析結果を示すグラフである。
【図4】図4は、LAMP産物(増幅30分後)の電気泳動解析結果の再現性をみたグラフである。
【図5】図5は1000×の濃度(最終濃度:100×)のSYBR Green Iを添加したときのLAMP産物の写真である(左側がコントロール、右側がLAMP産物)。
【図6】図6は、チップ上でのLAMP産物に1000×の濃度(最終濃度:100×)のSYBR Green Iを添加したときの写真(見易さのために外径が1.5mmのガラス管中で撮影)である。
【図7】図7は、チップ上でのLAMP産物の電気泳動解析について、マルチプレックス測定(PSAとλ-DNA)結果と単一サンプル(PSA又はλ-DNAのいずれか)の測定結果とを比較したものである。図中上から、PSAのみ増幅、PSAとλ-DNA両方を増幅、λ-DNAのみ増幅した結果を示す。
【図8】図8は、チップ上でのLAMP産物の電気泳動解析について、PSAのみ増幅、PSAとλ-DNA両方を増幅、λ-DNAのみ増幅した結果をそれぞれ重ねあわせたグラフである。
【配列表フリーテキスト】
【0059】
配列番号2−人工配列の説明:プライマー
配列番号3−人工配列の説明:プライマー
配列番号4−人工配列の説明:プライマー
配列番号5−人工配列の説明:プライマー
配列番号7−人工配列の説明:プライマー
配列番号8−人工配列の説明:プライマー
配列番号9−人工配列の説明:プライマー
配列番号10−人工配列の説明:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸増幅反応後、得られた増幅産物に過剰のインターカレーターを添加し、生じる色の変化によって標的核酸の有無を目視検出する可視的解析をすることを特徴とする、核酸の検出方法。
【請求項2】
インターカレーターがSYBR (登録商標)Green Iである、請求項1に記載の核酸の検出方法。
【請求項3】
インターカレーターを、通常の10〜1000倍の濃度となるように添加する、請求項1または2に記載の核酸の検出方法。
【請求項4】
核酸増幅反応をマイクロチップ上において等温条件下で行うことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の核酸の検出方法。
【請求項5】
核酸増幅反応後、得られた増幅産物を引き続きマイクロチップ上で解析することを特徴とする、請求項4記載の核酸の検出方法。
【請求項6】
等温条件下での核酸増幅反応がLAMP法を用いて行われることを特徴とする、請求項4または5に記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2009−5713(P2009−5713A)
【公開日】平成21年1月15日(2009.1.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−249521(P2008−249521)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【分割の表示】特願2002−320330(P2002−320330)の分割
【原出願日】平成14年11月1日(2002.11.1)
【出願人】(000120456)栄研化学株式会社 (67)
【Fターム(参考)】