説明

構造物補修施工計画支援システム

【課題】土木構造物に対する補修工事計画を立案する際に、補修工事の必要性を客観的かつ定量的に評価した評価情報として提示し、さらに、構造物の経時劣化に対しても客観的、定量的な評価を可能とし、客観的で精度の高い評価をもって、構造物補修工事事業計画の立案を支援することができる構造物補修施工計画支援システムを提供する。
【解決手段】情報入力装置と、情報格納装置と、情報演算装置と、情報出力装置を有し、各構造物における劣化の要因に係る要因データと過去の補修施工・未施工の実績データを用いて得られた補修工事の要否を分離する判別境界線又は判別境界面(以下、判別境界線を含めて判別境界面という。)を基準として、ある構造物における補修工事の必要度を演算する構造物補修施工計画支援システムである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の構造物に対する補修工事の施工・未施工の実績情報などを解析して得られた補修の判別境界面を基準として、構造物に不具合や事故が発生することを防止するため補修工事の必要度を評価すると共に、構造物に生じる劣化や補修工事の効果を評価する構造物補修施工計画支援システムに関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、トンネル等の土木構造物は、維持管理のために日常的に点検が行われ、損傷が認められた場合にはその程度を判断し、必要な補修対策がとられるのが常である。しかし、損傷程度の判定は点検技術者の経験に基づいた主観による部分が多くを占めており、補修対策の方針を決定する基準が曖昧であったことは否めない。
このため、評価結果と実際の損傷状況に食い違いが生じることも多く、また評価者が変われば評価そのものが全く変わってしまう等、精度上の問題、客観性の課題が残されていた。
土木構造物の維持管理による有効利用が求められる昨今にあって、既存の社会資本の保守事業遂行は急務であるが、これをより効率的に実施するためには一層高精度且つ客観性を有した損傷状況の評価手法の確立が不可欠であると考えられる。
このような評価手法は、土木構造物の他にも、例えば土砂災害などの自然災害においても未然防止の観点から急峻な斜面に対して補強工事や排水溝などの対策工を施すなどする際に、その危険度を評価するために必要であり、本願発明者らは既に自然災害の未然防止の観点から様々な検討を実施している。
【0003】
例えば、防災事業計画の立案支援などのために実際の災害発生あるいは非発生に関するデータをコンピュータ処理することで精度の高い情報を得る研究に関しては、本発明者らが既に、がけ崩れの発生予測に用いられる発生降雨、非発生降雨の判別境界線であるがけ崩れの発生限界線や、避難基準線、警戒基準線を設定する方法について非特許文献1に示されるように発表している。
【0004】
非特許文献1では、複雑な自然現象を直線近似せず、高精度の発生限界線等を設定することを目的として、非線形判別に優れた放射状基底関数ネットワーク(RBFN)を用い、地域毎の非線形がけ崩れ発生限界雨量線を設定する方法を提案している。本非特許文献1に開示される技術では、RBFNを用いて、その学習機能を利用して最適な中間層と出力層の重みを決定することによって非線形がけ崩れ発生限界雨量線を設定している。
その結果、例えば非特許文献1では、横軸に実効雨量、縦軸に時間雨量をとった判別境界面が曲線の集合として描かれる。
この曲線は、いわば等高線を示したもので、これが非線形のがけ崩れ発生限界線を示している。判別境界面は、災害の発生、非発生の実効雨量と時間雨量をプロットしながら、その高さ方向として災害の発生の場合には教師値を−1とし、非発生の場合には教師値を+1とした放射状基底関数を考え、その重ね合わせによって演算されたものである。従って、これらの等高線は、原点に近い方が高いもので、原点の存在する左下の角から対角方向に向かってなだらかに低いものとなっている。
このような災害の発生限界線や避難基準線、警戒基準線(以下、これらを総称してCLという。)を定量的、客観的に描くことによって精度の高い防災事業の立案の判断が可能であり、また、コンピュータ処理によって膨大なデータを短時間に処理できることから、CLの陳腐化を防止して精度の高い情報を提供できるのである。
【0005】
また、特許文献1においては、「災害対策支援システム」として、災害発生時に実行すべき災害対策を自動的に選択して表示し、その進捗状況を併せて示す手段を備えたシステムが開示されている。
本特許文献1に開示される災害対策支援システムは、基本的にはif−then形式で、予め発生する事象とそれに対応する対策を関連付けて格納された対策リストを読みだして、対応するものである。災害時に精神的、時間的、人的に余裕のない状況で、的確な判断を可能とすべくなされたものである。また、標準的な作業時間と実働時に要した作業時間及び対策可能な残り時間を表示することで、対策進捗状況をリアルタイムに把握することが可能であると同時に、重要度の高い対策と低い対策を取捨選択するためにも用いることができる。
【0006】
さらに、特許文献2においては、非特許文献1に開示される技術を警戒避難システムに応用した発明が開示されている。本特許文献2に開示された発明では、災害に影響を及ぼす地形要因、地質・土質要因、環境要因及び地震要因を踏まえた上で、短期降雨指標として、例えば発生時刻から3時間以内の最大時間雨量(以下、一定時間内の代表的な雨量を「時間雨量」と略すことがある。)を、また、長期降雨指標として、例えばその時刻における半減期を72時間とした実効雨量を用いて、CLを演算するものである。
このようにして得られたCLを用いることで、信頼性の高い警戒避難支援システムを提供することが可能である。
【0007】
一方、構造物の維持管理に関する費用やその劣化の程度を評価するシステムについては例えば特許文献3,4に開示されるような発明がある。
特許文献3では「コンクリート構造物の維持管理装置」としてコンクリート構造物の劣化現象が影響を受ける自然環境やコンクリート材料、施工方法などの要因を考慮しながら施設等の維持管理に関する費用を正確に算定することが可能な発明が開示されている。本発明においては、将来の劣化状態を予測する第1の劣化状態予測手段と、補修後の劣化状態を予測する第2の劣化状態予測手段と施設等における潜在的な被害の大きさをリスクとして定量的に算出する潜在リスク演算手段を備えている。これらの構成要素によって、それぞれ劣化状態や潜在的なリスクを演算することが可能である。
また特許文献4では、「構造物の維持経営システム、維持経営方法、およびそのコンテンツファイル記憶装置」として、中小規模分散型の構造物について、安全性を確保しつつ民間資金の導入を可能として、税金ないし補助金のみによる構造物の管理システムに関する発明が開示されている。
本構造物の維持経営システムにおいては、構造物の余寿命および耐力などの特性を定量的に把握してそのデータが格納される構造物データファイルを備えて橋梁その他の構造物の状態を、たとえば余寿命および耐力あるいは疲労損傷の程度などおよびこれらに対する劣化・損傷予測として定量的に診断すること、それに対処する対策工法や経費を的確に選定できるシステムを構築することにより維持管理ないし維持経営のための費用を的確に査定することを可能とするものである。
【非特許文献1】倉本和正 他5名:RBFネットワークを用いた非線形がけ崩れ発生限界雨量線の設定に関する研究、土木学会論文集のNo.672/VI−50,pp.117−132,2001.3
【特許文献1】特開2002−230235号公報
【特許文献2】特開2003−184098号公報
【特許文献3】特開2001−200645号公報
【特許文献4】特開2001−306670号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1及び特許文献2に開示された発明では、災害の発生限界線や、避難基準線、警戒基準線を設定することに主眼を置いており、ある特定の地域あるいは一定の条件毎にまとめられた地域グループにおいて、短期降雨指標や長期降雨指標がどの程度に至れば災害の発生の危険性があるのかを客観的に評価することに留まっていた。極端に言えば、同一地点において、蓄積された短期及び長期の降雨指標のデータを入力して、その地点で蓄積された降雨データに基づいて、どの程度の降雨で災害が生じることになるかという判断を行っていたのである。
これでは、客観的、定量的な評価であっても、地域毎あるいはグループ毎に個別具体的な評価を行なうことはできるものの、特定の地域ではなく、地域全般に共通の一般的、普遍的な評価を行なうことが困難であるという課題があった。すなわち、データとしては、広範な地域のデータを一緒に用いて、それらに含まれる様々な要因を把握し、それらの要因の中から変数として選択して組合わせることによって得られる総合的な潜在危険度を評価することが困難であるという課題があった。
【0009】
また、特許文献1に開示された発明では、基本的に複雑ではあるけれども予め定められたあるいは既知の条件とその対策をリスト状のデータ構造を備えたものを用いて、対策の具体的な実施手順を示すものである。確かに対策リストは補正、更新が可能であるものの基本的には入力されたデータを基に判断がなされ、コンピュータは、事象と対策を結合させるという処理を行うに過ぎないものであるという課題があった。
また、本特許文献1に開示された発明では、事象が発生した後の防護策を示すものであって、事前の予防策について教示するものではないので、この発明を本願発明のような構造物補修工事の計画支援に用いたとしても、例えば構造物の経年劣化による潜在的な危険度と、加えて補修工を施した後の危険度から補修工の効果を定量的に把握することは困難であるという課題もある。
【0010】
さらに、非特許文献1及び特許文献1,2に開示される発明は、自然災害の防止に関するものであり、その対象はがけや斜面など自然の造形物であり、橋梁やトンネルなどの人工構造物における経時劣化という概念が反映され難いことから劣化に関する評価が不十分であり、がけや斜面の潜在危険度や対策工の評価も経時要素を加味するとそのまま人工構造物に適用することが困難であるという課題があった。
【0011】
また、特許文献3に開示される発明においては、確かに構造物の劣化状態に関する予測を行うという思想は開示されている。しかしながら、その劣化状態の予測は、予め存在している一般的な予測式に、その構造物が存在する地域の気象条件などの自然環境や構造物のコンクリート材料、施工方法を入力するものであり、評価対象となる構造物を点検した結果得られる生のデータを用いるものではなく、あくまで一般式に基づく定性的な予測の域を出ていないものである。すなわち、個別の構造物毎の評価が困難で、当該構造物に独自の事情を加味するような定量的評価を行うことが非常に困難であるという課題があった。
また、特許文献4に開示される発明においても構造物データベースを備えることで構造物の余寿命、耐力、疲労損傷の程度などを劣化・損傷予測として定量的に診断することが可能とされているが、その構造物データベースに入力されるべき評価の内容は専門家支援によるものであり、段落0022によれば構造物の状態を、目視検査などの定性的判断に加えて、客観的に診断もしくは性能評価することにより該構造物の余寿命および耐力などの特性を定量的に把握してこの構造物データファイルにデータベース化するとあるが、この定量的な把握の方法の具体的な内容は不明であり、結局従来の評価方法によるものという課題は残されたままである。すなわち、本発明は、これまで実施されてきた内容のことをコンピュータとそれに接続されるデータベースを用いて実施するものであり、その演算内容やデータコンテンツなどは旧来のものと考えられる。
【0012】
本発明は、かかる従来の事情に対処してなされたものであり、土木構造物に対する補修工事計画を立案する際に、点検された多数の項目のデータに基づいて補修工事の必要性を客観的かつ定量的に評価した評価情報として提示し、さらに、構造物の経時劣化に対しても客観的、定量的な評価を可能とし、また、補修工事を施した構造物については、補修工事が施される前後で補修工事の必要度がどの程度低減されたかを定量的に判断して、他の補修工事を施していない構造物の補修工事必要度と同一レベルで比較することで、現時点での補修工事の有無を問わず新たな補修工事の要否について統一された評価を実行することができる、客観的で精度の高い評価をもって、構造物補修工事事業計画の立案を支援することができる構造物補修施工計画支援システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため、請求項1記載の発明である構造物補修施工計画支援システムは、情報入力装置と、情報格納装置と、情報演算装置と、情報出力装置を有し、各構造物における劣化の要因に係る要因データと過去の補修施工・未施工の実績データを用いて得られた補修工事の要否を分離する判別境界線又は判別境界面(以下、判別境界線を含めて判別境界面という。)を基準として、ある構造物における補修工事の必要度を演算する構造物補修施工計画支援システムであって、
前記情報入力装置は、前記構造物における劣化の要因データと、前記判別境界面を構成する境界データとを、前記情報格納装置に入力可能な手段であって、
前記情報演算装置は、前記構造物における要因データと、前記境界データを前記情報入力装置又は前記情報格納装置から読み出して、この境界データが構成される2次元以上の空間(以下、多次元空間という。)上に前記読み出された要因データを座標として入力する解析条件設定部と、
前記判別境界面から前記構造物における要因データの座標までの距離を前記補修工事の必要度として演算する補修工事必要度演算部とを備え、
前記情報出力装置は、前記構造物における要因データと前記境界データと前記補修工事の必要度のうち少なくとも1の情報を出力可能な手段であるものである。
なお、本願発明においては、「補修工事の必要度」としているが、これは、「補修工事の不要度」という概念をも含むものであり、決して排除するものではない。以下のすべての請求項に記載された発明に対しても同様である。
【0014】
また、請求項2に記載される構造物補修施工計画支援システムは、請求項1に記載された発明において、前記構造物における要因データにはその要因データが取得された時点を表す時期データが含まれ、
前記情報演算装置は、前記情報入力装置又は前記情報格納装置から前記構造物における要因データを読み出して、前記判別境界面から前記構造物のある時点における要因データの座標までの第1の距離と、前記判別境界面から前記構造物における前記ある時点とは異なる時点における要因データの座標までの第2の距離とを演算し、
前記第1の距離と第2の距離の差分を前記ある時点と前記ある時点とは異なる時点間の劣化度として演算する劣化度評価部を備えるものである。
【0015】
請求項3に記載された構造物補修施工計画支援システムは、請求項1又は請求項2に記載された発明において、前記情報入力装置は、前記構造物における劣化の要因データと、前記判別境界面を構成する境界データと、前記構造物に対して施された補修工事の有無及び補修工事の時点とを、前記情報格納装置に入力可能な手段であって、
前記情報演算装置は、前記構造物における補修工事の有無データをキーとして、前記情報入力装置又は前記情報格納装置から前記構造物における要因データを読み出して、前記判別境界面から前記構造物の補修工事実施後の時点における要因データの座標までの第3の距離と、前記判別境界面から前記構造物における前記補修工事前の時点における要因データの座標までの第4の距離とを演算し、
前記第3の距離と第4の距離の差分を補修工効果として演算する補修工効果演算部を備えるものである。
【0016】
請求項4に記載される構造物補修施工計画支援システムは、請求項3に記載された発明において、前記補修工効果演算部は、前記補修工効果に係るデータと前記補修工事の工法種類に係るデータを前記構造物の要因データと共に前記情報格納装置に格納し、
前記情報演算装置は、前記情報格納装置に格納された前記補修工事の工法種類に係るデータを、前記要因データの種別をキーとして読み出す補修工法選定部を備えるものである。
【0017】
請求項5に記載された構造物補修施工計画支援システムは、請求項4に記載される発明において、前記補修工法選定部は、前記補修工効果に係るデータをキーとして前記補修工事の工法種類に係るデータに序列を付すものである。
【0018】
請求項6に記載された構造物補修施工計画支援システムは、請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載される発明において、前記判別境界面は、サポートベクターマシンを用いた解析によって設定されるものである。
【0019】
請求項7に記載された構造物補修施工計画支援システムは、請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載される発明において、前記判別境界面は、放射状基底関数ネットワークを用いた解析によって設定されるものである。
【0020】
請求項8に記載された構造物補修施工計画支援システムは、請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載される発明において、前記情報格納装置は予め前記構造物の位置データと前記構造物の周囲の地図データを格納し、
前記情報演算装置は、前記地図データ上に、前記構造物の位置データ及び前記構造物における補修工事の必要度、劣化度、補修工効果あるいは補修工事優先順位の少なくとも1つの情報を、視覚的に識別可能な形態で示される情報として前記出力装置に出力させる機能を有するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、土木構造物の補修工事事業計画の立案に際し、例えば損傷の拡大や事故を未然に防止する補修工事の施工の要否を判断するための必要度を客観的かつ定量的に評価する材料を提供することが可能である。
また、異なる構造物毎に共通の劣化要因に関する補修工事の必要度が定量的に演算されるため、その評価を基にすれば、補修工事施工の優先順位を客観的に決定することも可能である。
【0022】
さらに、特に請求項2に記載された発明によれば、同一の構造物において時間を隔てた異なる2つの時点における要因データを基に第1の距離、第2の距離及びその差分を演算することで経時劣化を定量的に評価することが可能である。
構造物の構造や材料別、さらに地方や季節などの環境別にデータを蓄積することによれば、それぞれの要素が与える経時劣化への影響を定量的、客観的に評価することも可能である。
さらに、この経時劣化の定量評価を補修工事の必要度の評価や後述する補修工事の効果の評価に併せることで、異なる時期における要因データによっても経時要素を排除して評価を行なうことが可能となる。
【0023】
また、特に請求項3に記載された発明によれば、補修工事の前後における要因データを基に第3の距離、第4の距離及びその差分を演算することで補修工事の効果を定量的に評価することができる。
さらに、特に請求項4に記載された発明によれば補修工事の工法種類に係るデータを要因データの種別をキーとして読み出すので、要因データ毎に補修工事の工法を効率的に選択することができる。また、請求項5では、さらに補修工効果に係るデータをキーとして補修工事の工法種類に係るデータに序列を付すので、いずれの補修工事工法がその要因データに対する補修工事として適切であるかの判断材料を提供することができる。
特に請求項8に記載された発明によれば、補修工事のマップとしてより視覚的に広く利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の実施の最良の形態及び実施例を説明する前に、本願特許請求の範囲及び明細書に記載される発明、実施の形態及び実施例の理解を容易にするため、本願明細書及び特許請求の範囲の中で使用される語の定義を示す。
まず、本願でいう「構造物」とは、鋼製橋梁、プレストレスコンクリート製(以下、PCと略す場合がある。)橋梁あるいはトンネル、ダム、堤防などの土木構造物をはじめとして、ビルや塔等の建築構造物をも包含するものである。
また、「補修工事」あるいは「補修工」とは、補修事業として、予防的にあるいは主には発生した損傷や事故・崩壊等の復旧のために施工される全ての工法を言う。
【0025】
また、本願でいう「劣化の要因」は、構造物の経時劣化素因となり得る要因をはじめ、さらに構造物の損傷状況を表して崩落などの事故等の原因ともなり得る要因をも含む概念である。
具体的には、構造物によって多少異なるが、異常音、漏水、滞水、沈下、固定ボルトのゆるみや欠損、排水樋のつまりや損傷、ひび割れ(幅、長さ、方向、分布、パターンなど)、遊離石灰量、さび、腐食、損傷、舗装の異常、路面の凹凸、剥離、鉄筋の露出、変色、洗掘、コンクリートのはらみ出しなどがある。
【0026】
本願発明に用いられる「判別境界線」としては、例えば2次元平面においては、先の非特許文献1や特許文献2において開示されているCLが代表的なものである。これらの文献に示されるとおり、RBFNなどを利用して、ある地点の降雨指標に対する発生と非発生の事象に教師値(それぞれ−1,+1)を用い、まず判別境界面を解析し、その後所望の水平平面と判別境界面の交線をCLとして抽出するものである。また、判別境界面の代表例としては、先のRBFNを用いて解析された判別境界面の他、本願の実施の形態において説明するとおり、サポートベクターマシンを用いて解析される分離超平面がある。もちろん、判別境界線及び判別境界面はこれらの解析に限定するものではなく、構造物の劣化の要因から少なくとも2つの要因を選択した平面あるいは多次元の空間中に概念され、補修工事の施工という観点から補修工事要側と補修工事不要側へ分離するための線あるいは面のすべてを包含するものである。但し、これらの判別境界線あるいは判別境界面の解析に本願の発明の本質があるのではなく、あくまでもこれらの線や面が存在していることをベースにそれを用いるものである。
【0027】
以下、本発明の実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムについて図1乃至18を参照しながら説明する。
図1は、本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムの構成図である。また、図2は本構造物補修施工計画支援システムを用いた演算処理方法を示すフローチャートである。
図1において、構造物補修施工計画支援システムは、入力部1と演算部2と出力部11と複数のデータベース13,16,18,21,23,27から構成される。
入力部1は、これらのデータベースに格納されるデータ12aを予め入力したり、あるいは演算部2の作動時に直接データ12aや解析条件12bを入力するために使用されるものである。具体的には、例えば、キーボード、マウス、ペンタブレット、あるいは、コンピュータ等の解析装置や計測機器等から通信回線を介してデータを受信する受信装置など複数種類の装置からなり目的に応じた使い分け可能な装置が考えられる。
【0028】
演算部2は、標準化解析部3、解析条件設定部4、補修工事必要度演算部5、補修工効果演算部7、補修工事優先順位演算部8、補修工法選定部9及び劣化度評価部10から構成されるものである。
演算部2は、データベースから読み出されたり、入力部1から入力される判別境界線や判別境界面に関するデータ12aや構造物に対する補修工事の実績に関するデータ12a、及び解析条件12bを用いて、補修工事の必要度や補修工効果の解析、補修工事優先順位や補修工法の選定、さらには構造物に生じる経時劣化度の解析を行なうセクションにより構成されている。これらのセクション同士は、互いに演算結果をデータとして入出力することが可能となっている。演算部2として具体的には、ワークステーションやパーソナルコンピュータ等のコンピュータが考えられる。
また、データベースとしては、構造物に対する過去の点検実績データ14及び現時点、すなわち点検直後で解析などが実施されていない状態における現況点検データ15が格納される点検データベース13、構造物に対する補修履歴データ17が格納される補修履歴データベース16、補修工事の必要度を解析するための判別境界線データ19と判別境界面データ20を格納する境界データベース18、種々の解析のための解析条件データ24、パラメータデータ25及び補修工事必要度関数データ26を格納する解析データベース23、構造物に施す補修工法データ22を格納する補修工法データベース21、さらには、演算部2を用いて解析された結果得られた補修工事必要度データ28、劣化度データ29、補修工効果データ30及び補修工事優先順位データ31を格納する評価情報データベース27がある。
ハードウェアとしてのデータベースは具体的には、磁気ディスクや光ディスク等のコンピュータ用の記憶装置にデータを格納したものが考えられ、出力部11としては、CRT、液晶、プラズマあるいは有機ELなどによるディスプレイ装置、あるいはプリンタ装置などの表示装置、さらには外部装置への伝送を行なうためのトランスミッタなどの発信装置などが考えられる。
【0029】
主として以上のような構成要素を備える本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムは、概ね以下のような処理手順によってその処理を行うことができる。
図2のステップS1にも示されるとおり、入力部1によるデータ入力処理では、先ず、データを入力する処理を行うが、その入力データとしては、例えば、境界データベース18に格納される判別境界線データ19、あるいは判別境界面データ20がある。また、他にも点検データベース13に格納される構造物の劣化の要因に係る定量的なデータ(以下、要因データという。)としての過去の点検実績データ14や、原則として解析時点の直前に得られたものである現況点検データ15がある。このような点検データは、実測データでもよいが、標準化処理を行い標準化データとしてもよい。なお、要因データの定量的とは、例えば要因として漏水を考えた場合に、その単位時間の漏水量を立方メートル毎時などとして測定した場合のその数値を意味したり、あるいは例えばボルトのゆるみを判断する場合に3段階のレベルで表現した場合には、そのレベル1,2,3なども定量的とするものである。すなわち、物理量として数値で表現できるものの他、非物理量であったり、定性的にしか表現できないような場合に、その状態を何らかのレベルで表現するような場合もそのレベルの数値をもって定量的とするものである。
これらの入力データの他、補修工法データベース21に格納される補修工法データ22や、解析データベース23に格納される解析条件データ24やパラメータデータ25などもある。
本実施の形態においては、ステップS1として最初にデータ入力処理を実施するようにしているが、解析の工程に合わせて適宜データを入力するようにしてもよい。
【0030】
本発明によって演算可能な点検実績データ14の実例として表1、2、3を挙げる。表1はトンネルの点検データで、A最大ひび割れ幅からG漏水までの7個の劣化の要因データから構成されている。表2はPC橋点検データで、損傷種別、損傷程度及び損傷箇所数の3個の劣化の要因データから構成されている。表3は鋼橋点検データで、ボルトのゆるみや異常音など9個の劣化の要因データから構成されている。これらの表には表3を除いて点検時期の記載がないが、点検時期は省略しているもので、それぞれの点検時期はデータとして点検実績データ14に含まれるものである。また、表3も点検時期として年のみを記載しているが実際には月あるいは月日まで含まれる場合もある。これらのことは現況点検データ15においても同様である。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
【表3】

【0034】
入力部1では、前述のとおり各データをそれぞれのデータベースに格納するが、これらのデータはデータベースに格納されることなく、直接演算部2に送信される場合もある。
【0035】
演算部2の標準化解析部3では、点検実績データ14、現況点検データ15や判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20が標準化されていない場合であって、補修工事必要度、補修工効果あるいは劣化度等を標準化した評価として得る場合に、これらのデータを標準化するものである。点検実績データ14や現況点検データ15には、要因データが含まれており、標準化されていない場合に、これらを標準化した方が望ましい場合には標準化解析部3を用いて標準化処理を行う。同様に、判別境界線データ19や判別境界面データ20についても要因データに係る部分については標準化処理を行う。
その際の基準となる値などの標準化解析に用いられる条件については、解析データベース23に解析条件データ24として格納されている。基準値を例えば標準となる構造物における要因データの最大値としつつ解析条件データ24として格納しておき、標準化解析部3は、解析データベース23から解析条件データ24を読み出して、これと点検データベース13から読み出した点検実績データ14や現況点検データ15、あるいは境界データベース18から読み出した判別境界線データ19又は判別境界面データ20を用いて標準化処理を実施する。基準値は要因データの最大値に限定するものではなく、所望の基準値を解析条件データ24として予め解析データベース23に格納しておくとよい。
なお、この標準化解析部3における処理については選択的でもあるため図2においては工程の一部としては図示していない。
【0036】
但し、本実施の形態においては、この標準化解析部3において境界データベース18に格納される判別境界線データ19や判別境界面データ20を解析可能としている。これらのデータは特に演算部2の内部で必ずしも解析される必要はなく、前述のとおりステップS1において境界データベース18に対して入力処理される場合もあるが、過去の点検実績データ14及び補修履歴データベース16に格納されている補修履歴データ17を基に、いわゆる初期学習を行うことで判別境界線データ19や判別境界面データ20を解析することも可能としているのである。図2においては、ステップS2の解析条件設定において、いずれかの点検実績データ14及び補修履歴データ17を選択した後に、ステップS3として解析を実施することができる。これら判別境界線データ19や判別境界面データ20のデータの取得は、非特許文献1などに開示されるRBFNを用いたり、サポートベクターマシンを用いた解析を行なうことで得られるが、これらの手法は既に知られた技術であるので詳細な説明は省略する。
【0037】
次に、演算部2の解析条件設定部4では、図2ではステップS2に示されるとおり、解析を行なう対象やパラメータなどを設定するものである。具体的には、点検データベース13から点検実績データ14や現況点検データ15のうちいずれの構造物のいずれの要因データの組合せを抽出し、それに対応するいずれの境界データ、すなわちいずれの判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20を抽出するかを設定するものである。
ここで解析条件設定部4は、入力部1を介して、どのような条件で解析を行なうかについて入力を促し、入力された条件をキーとして、点検データベース13と境界データベース18にアクセスして該当する点検実績データ14、現況点検データ15と判別境界線データ19又は判別境界面データ20を読み出す。入力を促すために表示される点検データベース13及び境界データベース18に格納されているデータ内容あるいはデータ構造を示すパラメータデータ25は、解析データベース23に格納されているため、解析条件設定部4はまず、この解析データベース23にアクセスして、パラメータデータ25を読み出して、そのパラメータデータ25を出力部11を利用して表示などさせるとよい。
この表示を受けて本構造物補修施工計画支援システムのユーザーは点検実績データ14や現況点検データ15あるいは判別境界線データ19、判別境界面データ20のデータの選択を行なうことができる。
【0038】
その選択を受けて、解析条件設定部4は点検実績データ14や現況点検データ15に含まれる要因データの組合せに対応して形成される判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20が構成される多次元空間上に、点検実績データ14や現況点検データ15に含まれる評価対象となる構造物における要因データを入力する。
なお、本解析条件設定部4の説明では判別境界線データ19や判別境界面データ20は境界データベース18から読み出されるように説明したが、前述のとおり点検実績データ14及び補修履歴データ17から解析して求める場合には、ステップS3において解析した後に、要因データを入力するようにするとよい。
【0039】
補修工事必要度演算部5では、図2にステップS4として示されるとおり、解析条件設定部4によって設定された判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20と、評価対象となる構造物における要因データをベースに、判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20が表す判別境界面から評価対象となる地域の要因データの座標(点Bj)までの距離を演算する。
演算された距離は、補修工事必要度データ28として補修工事必要度演算部5によって評価情報データベース27に格納されるかあるいは出力部11に直接出力される。
【0040】
ここで、図3を参照しながら、具体的に判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20と判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20に基づく判別境界面、さらに点検実績データ14や現況点検データ15を具体的に説明する。
図3は、サポートベクターマシンを用いて解析した判別境界面を2次元平面上に示した概念図である。図3では、横軸に、鋼橋の劣化要因の1つである異常音をとり、縦軸には同じく鋼橋の劣化要因の1つである漏水をとるものである。本図は概念図であるため、詳細に軸目盛を付していないが原点から遠ざかるほど、補修の必要性が高まるものである。図中太い実線で表現されるg1が、分離面(判別境界面)を表している。
この分離面g1を構成するのが、境界データベース18に格納されている判別境界面データ20である。
また、黒丸はある構造物で補修が必要とされるデータであることを示しており、白丸はある構造物で補修が不要とされるデータであることを示しており、それらの構造物の劣化要因の定量データに対応させてこの2次元平面上に点をプロットしている。図中では、分離面g1から要補修側へ離れるほど補修の必要度が高くなる。
これらの黒丸、白丸のデータが点検実績データ14あるいは現況点検データ15である。プロットされている位置は要因データの量値によるものである。
なお、本実施の形態においては、横軸に劣化要因の1つである異常音の大きさをとり、縦軸に漏水の量をとっているので、原点から遠ざかるほど補修要側になり、近づくほど補修不要側となるが、劣化要因によっては、その逆も存在することは言うまでもない。また、劣化要因のみならず、原点からの遠近によって補修要側あるいは補修不要側となることは広く構造物の劣化の要因データの特質に基づくものであり、本願発明の特徴に基づくものではない。さらに、要因データの特質とは無関係に、単に縦軸と横軸において、原点に近い側に補修要側を取るか補修不要側を取るかは適宜決定されてよく、特に本実施の形態において限定するものではない。これらについては、以下の実施の形態の説明においても同様である。
【0041】
補修工事必要度演算部5では、図3に示される分離面g1から、評価の対象となる構造物のデータ点までの距離(g1(x,y))を演算して、その距離を補修工事必要度とするものである。従って、図3に示されるとおり、判別境界面から原点寄りのデータ点では、その補修工事必要度は正となり補修不要側であり、原点から遠ざかる側のデータ点では逆に補修工事必要度は負となり補修要側となることがわかる。
また、距離で表現されているので、評価対象の構造物における補修工事必要度が定量的に表現され、他構造物との比較においても客観的に判断が可能である。
図3に示される各データは、構造物毎に劣化要因データが異なるため2次元平面で様々な位置にプロットされるが、それらのデータ収集を重ねることによって劣化要因などの補修、あるいは損傷や事故発生の要因と、実際の補修の状況、損傷や事故の発生・非発生の関係の評価の精度が向上し、より普遍的、一般的な評価を行なうことが可能となる。
【0042】
ある地域に存在する鋼橋を対象に、過去の点検実績データ14及び補修履歴データ17を基にサポートベクターマシンを用いて種々の劣化要因から作成した分離面を解析した後、現況点検データ15として、表3に示した2004年に点検を実施して得られたデータを用いて求めた補修工事必要度の算出例を表4に示す。表の管理番号P−1などは構造物の点検箇所を示し、最後のf(xi)の欄に、解析された前述の補修工事必要度を示す。この欄において、正値は補修工事の必要性が低く、負値は補修工事の必要性が高いことを示している。また、数字の絶対値が大きいほど必要性の要不要の程度も大きくなる。
【0043】
【表4】

【0044】
図4は、点検実績データ14としてあるトンネルで実施された点検時に得られたデータ(データ数:503個)を基に、ここで設定された補修工事必要度と専門の技術者判断による5段階評価の相関を示すものである。技術者判断に用いられる5段階の評価の一例は表5に示されるとおりである。
【0045】
【表5】

【0046】
トンネルの点検データは、スパン毎にひび割れの幅・長さやパターン、遊離石灰の有無等の損傷にかかわる7つの項目の点検結果が記されており、それらに応じて与えられる評点の合計で損傷程度が示されている(日本道路公団の提案する新切羽評価点法による。)。また、この評点合計とは別に、点検技術者の判断として対策の必要性について5段階の評価が与えられている(表5)。
ここでは、新切羽評価点法の点検シートの記載内容を入力要因とし、また技術者判断による5段階評価を教師値として(3A:緊急対策必要と2A:早急な対策必要を1、その他対策の必要性が低い評価については−1)、サポートベクターマシン(SVM)による分析をC=100、R=0.5という条件で行った。このCとは誤判別の度合いを決定するパラメータであり、大きな値をとるほど誤判別が少なくなる。また、Rとはガウス関数の半径を意味するものである。
その結果、f(x)による各点検データの評価と技術者判断による5段階評価の間には高い相関を得ることが出来た(図4)。この結果は、新切羽評価点法の評点合計と技術者判断評価との相関(図5)を大きく凌いでおり、本手法が対策の必要性を高い精度で分離できることを示している。
【0047】
次に、図6は点検実績データ14としてある鋼橋で実施された点検時に得られたデータ(データ数:157)を基に劣化要因とし、補修履歴データ17から読み出した技術者判断による補修方針を教師値として(補修するを−1、当面補修不要を1)実施したSVMによる解析の結果を示すものである。鋼橋の点検データは、各損傷箇所について、ボルトの緩み、異常音、漏水の有無等の損傷にかかわる7つの項目の点検結果が記されている。各損傷箇所については、それらの点検結果を鑑みて処置の方針が判断されているが、この判断基準と点検結果との関係は明示されておらず、個々の技術者の判断による部分が多い。
その結果、図6から明らかなとおりf(x)(劣化要因が1つの場合)による各点検データの評価と補修実績の間には高い相関を得ることができた。
さらに、図7には点検実績データ14としてあるPC橋で実施された点検時に得られたデータ(データ数:189)を基に劣化要因とし、技術者判断による処置方針を教師値として(「緊急対策必要」と「補修必要」を-1、「維持工事で対応」と「詳細調査の実施」を1)SVMによる解析を行った。その結果、f(x)による各点検データの評価と技術者判断による処置方針の間には高い相関を得ることができた。
【0048】
PC橋における点検データは、各損傷箇所について、損傷種別と損傷程度、損傷箇所数が記されている。各損傷箇所については、それらの点検結果を鑑みて処置の方針が判断されているが、この判断基準と点検結果との関係は明示されておらず、これも個々の技術者の判断に委ねられている。
本実施の形態においては、損傷箇所毎の点検結果の記載内容を入力の劣化要因としている。f(x)の負値が大きい部分で技術者も緊急対策や補修が必要という判断を行ない、逆に正値の大きい部分では技術者も維持工事で対応としたり詳細な調査を実施するなどの判断を下している。
【0049】
以上説明したとおり、本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムにおいては、補修工事必要度演算部5における補修工事の必要度の解析は有効であり、また、点検データベース13に格納される点検実績データ14及び補修履歴データベース16に格納される補修履歴データ17を基に、例えばSVMを用いて初期学習として実行される解析においても高い相関を得ることができた。すなわち、何らかの方法によって劣化要因を定量的に示す座標系で判別境界線や判別境界面を求め、それとの距離を点検実績データ14や現況点検データ15などから解析することで、客観的で普遍的な補修工事の必要度に関する解析が可能であることが理解される。
【0050】
また、本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムによる評価の汎用性を確認する目的で、学習データによって構築した判別境界面のテストデータに対する適用性を検証した。
図8(a),(b)はトンネルを対象とした学習・テストデータでの評価結果である。学習データは山口県東部(伊部田、岩国、宇田、大刈、惣郷)のデータ267個を用い、これにより構築した判別境界面f1により山口県西部(沢江、防府)のテストデータ236個を評価した。結果は図に示すとおりで、学習データ・テストデータともに補修の要否を良く分離しており、判別境界面の汎用性が認められた。図中示される3A,2A,A,Bなどの符号は表5に示される5段階評価に基づくものである。
ここで学習データとは、判別境界面f1を構築するために行う初期学習に用いたデータを意味し、テストデータとは学習データと同じデータ形式でありながら学習データとは重複しないデータで、判別境界面f1の汎用性を確認するテスト解析に使用するデータを意味する。いずれも点検データベース13に格納される点検実績データ14及び補修履歴データベース16に格納される補修履歴データ17を基に作成されるものである。以下、図9及び10においても同様である。
図9(a),(b)はPC橋を対象とした学習・テストデータでの評価結果である。学習データは西沖橋、朝地橋、白椎ノ木橋の120個のデータを用い、これにより構築した判別境界面f1により下矢橋、砂川橋の69個のデータをテストデータとして評価した。こちらも学習データ・テストデータともに補修の要否を良く分離しており、判別境界面の汎用性が認められた。
図10(a),(b)は鋼橋を対象とした学習・テストデータでの評価結果である。鋼橋の点検データは1985〜2004年の長期間に渡るものが入手できたため、このうち1985〜1999年までの点検データを学習データに、これにより構築した判別境界面f1により2004年の点検データをテストした。これに関しても学習データ・テストデータともに補修の要否が良く分離されており、判別境界面の汎用性が認められた。
以上のことから、本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムによる評価方法は汎用性を有しており、学習データによる分析結果を利用して他のデータをも評価可能であるといえる。
【0051】
図11は、図2においてはステップS4として表現される判別境界面上のデータとある構造物におけるデータ点(Bj)との距離を求めて補修工事必要度を演算するアルゴリズムの一例を示すフローチャートである。
図11において、ステップS4−1は、判別境界面上に概念される点Ai(xi,yi)のiを最初の点とすべく1とし、判別境界面と点Bjとの距離を表すkの初期値を無限大とするものである。
ステップS4−2では、点Aiと点Bjの距離を演算し、ステップS4−3では演算した距離kiとそれまでのkの値と比較し、ステップS4−4ではkiがkよりも小さいならばkとして演算した距離kiを用い、大きければそのままkをkとするものである。
ステップS4−5では、iが判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20の中で最後のデータであるか否かをチェックし、最後でなければiを1つインクリメントして、再度ステップS4−2からの演算を実施し、最後の値であれば、ステップS4−6として、判別境界面とデータ点Bjの距離f(xj,yj)として、kの値を得ることになる。
すなわち、判別境界面を構成するすべてのデータ点から評価の対象となる構造物のデータ点までの距離を演算し、最小値を更新することで距離として演算するアルゴリズムである。
【0052】
図11に示すアルゴリズムは、2次元の判別境界面g1を用いたが、3次元以上の平面においても同様に演算をすることが可能であり、2次元に限定するものではない。また、今回のアルゴリズムのみに限定するものでもなく、多次元空間や曲線からある点までの距離を演算し得るアルゴリズムであればどのようなアルゴリズムでもよいのは言うまでもない。これは、以下に説明する実施の形態においても同様である。なお、図11中のステップS4−2に示される距離を示すkiの関数は、予め入力部1から解析データベース23に補修工事必要度関数データ26として格納される関数であり、補修工事必要度演算部5において解析時に解析データベース23から読み出されるものである。
補修工事必要度演算部5において演算された距離は、評価情報データベース27に補修工事必要度データ28として格納される他にも、出力部11を介して直接出力される場合もある。また、出力部11には、ある構造物の点検実績データ14に含まれる劣化の要因データや、解析に使用された判別境界面に関する判別境界面データ19や判別境界線データ20を表示あるいは信号送信等で出力する。
以上、補修工事の必要度を演算する場合に必要なシステム構成について説明した。
【0053】
人工の建築構造物や土木構造物では、建設後に経年劣化が生じ、時間を経るごとにひび割れなどの不具合や崩落などの事故が生じる可能性が高くなっていく。
従って、これらの構造物においては経時劣化がどの程度の速度で進んでいくのかを定量的に把握することが望まれている。
本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムでは、このようなニーズにも適用すべく劣化度評価部を備えている。
【0054】
以下、図1,2に加えて図12を参照しながら劣化度評価部における劣化度の評価方法について説明する。
図1において劣化度評価部10は、補修工事必要度演算部5によって演算された構造物の補修工事必要度を用いる。例えば、時期Kにおいて実施された点検によって取得された点検実績データ14と、その後の時期Lにおいて実施された点検によって取得された点検実績データ14を用いる。
これらの点検実績データ14,14を用いて、適宜選択した劣化要因に関する判別境界面からの距離をそれぞれ演算して、これをそれぞれの時期における補修工事必要度とする。
この状態を模式図で表現したものが図12である。
元データが時期Kにおける要因1及び要因2に関するデータであり、新データが時期Lにおける要因1,2に関するデータである。元データから時間が経過しており、新データが補修工事を必要とする側へ移動していることがわかる。これが劣化の進行であり、劣化度評価部10は、図12に示されるそれぞれの補修工事必要度g1(x’、y’)、g1(x、y)の差分を時期Kから時期Lまでの期間における劣化度として演算するものである。
この劣化度は時間差をもって点検された構造物であれば、基本的にすべて演算して求めることが可能である。劣化度は構造物の構造や工法、材質や環境などにも影響を受けるものであるが、同一構造物内における複数の構成要素や部材について定期的な点検を実施したり、同一地域内の構造物に対する定期点検や構造物の種類毎に実施した定期点検などの結果からデータベースを構築することで、精度の高い評価を実施することが可能となる。
【0055】
また、先の差分を経過した時間で除して単位時間あたりに進行する劣化度を劣化率などとして劣化度評価部10で演算可能としておくとよい。
この劣化率を用いることで、点検直後でなくとも直近の点検時期からの時間経過にこの劣化率を掛けることで、直近の点検時期からの劣化度を演算することも可能である。
予め求められたこのような劣化度を利用することによって、補修工事必要度の解析を行なう時点における現況点検データ15がない場合において、過去の点検実績データ14を用いて、解析を実施する時点における補修工事必要度を求めることも可能である。
【0056】
例えば、図2にステップS5として劣化度の解析が示されているが、これは先に説明した補修工事必要度演算部5において実行されるステップS4の補修工事必要度の解析で、点検直後に得られた現況点検データ15を用いるのではなく、過去に実施した際の点検実績データ14を用いてその構造物の補修工事必要度を解析する必要が生じた場合に、解析を行なう現時点から点検実績データ14の取得時期までの期間に対して、予め求めておいた既知の劣化率を乗じてその期間における劣化度の解析を行なって、補修工事必要度を補正することをも意味している。
もちろん、このような補修工事必要度の補正のみならず、2つの時期における点検実績データ14をベースにその差分を取るという先の説明における解析や劣化率を求めるような解析もこのステップS5において実行することが可能である。
劣化度評価部10によって演算された劣化度は劣化度データ29として評価情報データベース27に格納する。また、劣化率を演算した場合にも劣化度データ29に含めて評価情報データベース27に格納しておくとよい。あるいは、これら演算された劣化度や劣化率は直接出力部11から出力されるようにしてもよい。
【0057】
次に、図2におけるステップS5の後に設けられているステップS6−1,6−2について説明を加える。このステップS6−1,6−2は解析を実施して得られた劣化度から、劣化の進行状況を評価して次回の点検を早めるべきか、あるいは逆に延長が可能かを判断するものである。従って、このステップS6−1,6−2を実行する際には、ある程度の劣化度の解析を実施して劣化度データ29として評価情報データベース27に蓄積しておき、それを劣化度評価部10で読み出して実行される必要がある。
このステップS6−1,6−2について図13乃至図15を参照しながら説明する。
図13は、劣化の進行状況を示す概念図であり、図中の白丸は時間を隔てて取得した複数の点検実績データ14あるいは現況点検データ15に対して劣化要因を縦軸と横軸の2次元にとってプロットしたものであり、実線は判別境界面を示している。(a)は初期段階でかなりの劣化の進行があるものの、途中実施された補修工の効果もあって再び健全な状態まで戻っている。このような箇所では過去の劣化の実績から考えて、次回の点検のタイミングを伸ばすことが可能と考えられる。
一方、(b)は現況では安全領域にあるものの点検開始以降劣化が進行しており、現状もその途上であることが示されている。現況で判別境界面との距離、すなわち補修工事必要度が高いことから次の定期点検を待たずに臨時の点検を実施することが望ましいものと判断できる。
但し、この判別境界面との距離の定量的な評価については構造物毎にも異なると考えられるので、予めその補修工事必要度の値と判断の関係は定めた基準値をベースに定期点検のタイミングを伸ばしたり、あるいは臨時の点検を実施することを定めておくことが望ましい。
このようなことから本ステップS6−1,6−2では、構造物の点検対象箇所の過去の点検実績データ14(Xn(n=1〜i))を点検年度毎にS3で求めた判別境界面Iあるいは予め境界データベース18に格納された判別境界線データ19あるいは判別境界面データ20によって得られる判別境界面g1で評価を行うことで安全度:f(Xn)の変化を検証する。
実施例としてある鋼橋の1985年から2004年までの点検データをサポートベクターマシンにより分析して求めた劣化状況評価結果の一部を表6に示す。
【0058】
【表6】

【0059】
劣化度評価部10は、図2に示されるステップS6−1として、その解析された劣化度のデータあるいは評価情報データベース27に格納されている劣化度データ29を読み出して定期点検よりも早めの点検実施が必要か否かを判定する。ここではサポートベクターマシンの判別境界面g1からの距離f(Xn)値の経年変化を分析し、その劣化の進行傾向から次の定期点検の実施予定時期よりも早くf(Xn)値が0未満(判別境界面の危険側データ)になる可能性のあるものを抽出する。図14に鋼橋点検データからの一例を示す。この例に示す点検箇所(P-398)では、1995年までは顕著な劣化の進行はみられないものの、1995年から1999年の間で大きく劣化が進んでいる。本例の鋼橋についての点検は概ね5年に1度の間隔で実施されているものの、P-398については次回の定期点検よりも早く劣化が進行する可能性があることから、通常の間隔よりも早目の再点検が望ましいものと判定できる。どの程度早目に実施するかについては予め劣化の進行との関係から構造物毎あるいは点検対象物毎に定めておくことが望ましい。
【0060】
次に、ステップS6−2として、その解析された劣化度のデータあるいは評価情報データベース27に格納されている劣化度データ29を読み出して定期点検の間隔が延長可能か否かを判定する。
ここでもf(Xn)値の経年変化を分析し、その劣化の進行傾向から次の定期点検の実施予定時期においてもf(Xn)値が0以上の値(判別境界面の安全側データ)である可能性の高い箇所を抽出する。このような箇所については定期点検の間隔を延長するものとし、点検事業に掛かるコストの縮減をはかることができる。図15に鋼橋点検データから得られた一例を示す。この例に示す点検箇所(P-400)では、1995年までに徐々に劣化が進行しているものの、1998年に実施された補修工事の効果により1999年、2004年の点検時には1985年時点よりも安全な状態にあることが認められる。このような箇所については、これまでの定期点検間隔5年をさらに延長することが可能と考えられる。延長幅については個々のデータの劣化の進行状況に応じて予め定めておくことが望ましい。
これまで説明したような点検サイクルの短縮や延長についてはその判定結果については劣化度評価部10から出力部11に出力されるようにしておく。
以上、劣化度評価部10において実行される劣化度及び劣化率の解析について説明した。
【0061】
次に、図1に示される補修工効果演算部7において実行される補修工効果の解析について図1,2に加えて図16を参照しながら説明する。
この補修工効果演算部7における補修工効果の解析は図2ではステップS7として示されている。この補修工の効果の解析は、既に補修工が施工済の構造物である場合について、その補修工の効果を客観的かつ定量的に評価するためのものである。
補修工の効果を解析するには、先の実施の形態における点検実績データ14に異なる2時点のものが含まれている場合の他、補修工を実施した直後に現況点検データ15を取得して、過去の点検実績データ14との間でその効果を解析する場合がある。
いずれにしても、まず補修工事実施前の点検実績データ14を用いて、図16に示されるように各データについて分離面(判別境界面)g1からの距離g1(xp、yp)を求める。次いで補修工事実施後の点検実績データ14あるいは現況点検データ15を収集し、前述の分離面g1からの距離g1(xf、yf)を求める。このg1(xf、yf)とg1(xp、yp)の差を算出することで、各データの補修前から補修後にかけての安全性の変化、すなわち補修工効果を解析することができる。
このような補修工効果を解析する際の点検実績データ14や現況点検データ15の選択は予め図2のステップS2の解析条件設定時に入力部1を介して行なってもよいし点検データベース13から補修工効果演算部7が読み出すようにしてもよい。補修工効果演算部7から読み出す際には点検実績データ14や現況点検データ15に含まれる対象構造物に関するデータ及び時期データをキーとして検索しながら読み出すとよい。
【0062】
ところが、このような解析を行なう際に留意しなければならないのは前述の劣化度である。補修工事実施前の点検実績データ14は、その点検時に取得されたデータであり、補修工事実施後の点検実績データ14あるいは現況点検データ15の採取時とは異なる時点に得られたものである。従って、その間に経時劣化しており、その経時劣化したものに対して補修工事が実施され改善されているのである。従って、補修工事実施前の点検実績データ14は、補修工事が実施された時期まで経時劣化が進んでいるものとして補正を実施することが必要である。
この補正は、図2に示されるとおり劣化度評価部10においてステップS5の劣化度解析を行ない、得られた劣化度あるいは劣化率を劣化度データ29として評価情報データベース27に格納しておき、それを補修工効果演算部7で読み出して補修工事実施前の点検実績データ14に加えるようにすることで実行される。もちろん劣化率を用いる場合には、補修工事実施前の点検データ14取得時から補修工事が実施された時期までの期間を劣化率に乗じて劣化度が演算される。
また、補修工事実施後の点検実績データ14が補修工事実施から相当の期間を経て取得されたものである場合には、この点検実績データ14に対しても劣化度を加える補正を実施することが望ましい。この補正の方法は先の補修工事実施前の点検実績データ14の補正と同様である。但し、現況点検データ15のうち、補修工事実施直後に取得されたものであれば、劣化度を含める補正を実施しなくてもよいことは言うまでもない。
【0063】
次に、実際の点検実績データを用いて補修工効果を解析した結果を表7及び図17を参照しながら説明する。表7は、2つの時点における点検実績データを一覧表にして示すものである。最初の時点は1999年の点検時であり表中に「補修前点検結果」とあるのが補修工事前の点検実績データである。また、2つめの時点は2004年の点検時であり表中に「補修後点検結果」とあるのが補修工事後の点検実績データである。但し、表中を参照すれば理解されるが補修工事が実施されたのは2002年であり補修後の点検時とは2年の開きがある。
本実施の形態ではこの2年の経時に対しては劣化度による補正は実施していない。
【0064】
【表7】

【0065】
補修工効果の解析は、前述のとおり判別境界面からの距離、すなわち補修工事必要度を補修工事前と補修工事後でそれぞれ求め、その差を演算することによって行われる。表7にそれぞれf1(Xp)、f1(Xf)としてそれぞれ解析されている。そして、その差が表7ではf1(Xf)−f1(Xp)として示されており、それが補修工効果となっている。
このようにして基本的な補修工効果は解析される。
【0066】
但し、前述のとおり補修前点検結果の時点(1999年)から補修工事まで3年経過しているので、補修時には補修前点検結果から3年分の経時劣化が考慮されるべきであり、また、補修工事時から補修後点検結果の時点までは2年経過しているので、補修後点検時には補修工事時から2年分の経時劣化が考慮されるべきである。すなわち、補修工効果の正確な解析には、補修前点検時から3年経過した時点における補修前点検による点検実績データとその直後に実施された補修工事とさらにその直後に実施される補修後点検による点検実績データを用いてそれぞれのデータに基づいて判別境界面からの距離を求めてその差分を求めなければならないはずである。
この経時劣化の考慮については、補修工事前後に複数の時点における点検実績データがあれば、補修工事前後における劣化度と劣化度の単位時間変化すなわち劣化率を求めることが可能であるので、補修工事前後の点検実績データに劣化率と経過時間の積を加えることで補正を実施することが可能である。
補修工効果演算部7において必要に応じて補正されつつ解析された補修工効果は、補修工効果演算部7によって補修工効果データ30として評価情報データベース27に格納される。あるいは直接出力部11に出力されてもよい。
【0067】
ここで、補修工事前後における劣化度及び劣化率の相違について説明を追加する。図17に補修後の経年劣化による要因データの推移を概念図として示す。(a)は補修工効果が小さい場合で、(b)は補修工効果が大きい場合を示している。
図17(a)では補修直後のデータが3年後、5年後と判別境界面に漸近しているが、(b)では(a)の3年後の位置に到達するまでに5年、同じく5年後の位置に到達するまでに10年の歳月を要しており、これは明らかに(b)における補修工効果の方が大きいことになる。
この図から明らかなように同じ構造物の同じ部材であっても、その補修工によってはその後の経年劣化に対しては差が生じることもある。従って、補修工事の種類や程度などに関するデータを蓄積してデータベース化しておくことで、実施された補修工に対する劣化率を求めることができる可能性がある。もちろん、対象となる構造物のファクターもあるので、構造物の種類毎にも劣化率は整理されるべきとも考えられる。
このように同じ構造物であっても補修工事の前後で劣化率が異なる可能性があると考えるならば、補修工事の前後で劣化率の解析が重要となり、これは取りも直さず補修工の効果自体にもフィードバックされるものである。
すなわち、補修工事後の点検実績データによって得られる判別境界面と要因データの点との距離は、補修工事直後の点検実績データでなければ必ず経年劣化の影響を考慮すべきと考えられるため、その経年劣化の劣化率自体に補修工事の種類や程度が影響するのである。
この劣化率に影響を与える補修工事に関するデータを蓄積することで、ある種類に関する構造物にはこの補修工事が適しているなどという選定を実施することが可能となるが、これが図2のステップS10に示される工程である。このステップS10については後ほど説明するとして、次にステップS8について説明する。
【0068】
ステップS8では、ステップS4で解析された補修工事必要度に基づいて、補修工事の必要性を判定するものである。このステップS8の工程も補修工事必要度演算部5において実行されるものである。
ステップS4では必要に応じて劣化度評価部10によって劣化度を解析しながら点検時期と解析時期の経時を考慮して補修工事必要度の解析が実行され、補修工事必要度演算部5によってその補修工事必要度データ28が評価情報データベース27に格納されている。そこで、ステップS8では補修工事必要度演算部5は、評価情報データベース27から補修工事必要度データ28を読み出して、さらに、予め定められて解析条件データ24の一部として格納されている補修工事の必要性を判断するための基準値を解析データベース23から読み出し、これと先の補修工事必要度データ28を比較して補修工事の必要性を判定する。
このステップS8における判定において、補修工事の必要性が現状否定された場合には、その判定を受けて本システムのユーザーはその後の対応方針を検討する。
【0069】
一方、ステップS8の判定で補修工事の必要性が肯定された場合には、さらにステップS9へと進む。ステップS9では、補修工事優先順位演算部8が補修工事必要度の数値によってデータの並べ替えを実施する。もちろん、補修工事必要度の数値の他にも必要経費や構造物の重要度などの要因を考慮してデータの並べ替えを実行してもよい。
ステップS9で得られた補修工事優先順位は、補修工事優先順位データ31として補修工事優先順位演算部8によって評価情報データベース27に格納される。
【0070】
さらに、補修工事の優先順位が決定されたのち、補修工事の対象となる構造物に対して実際に施工される補修工事は、ステップS10において選定される。
前述のとおり、補修工事によってその後の経年劣化が異なる場合、もちろん経年劣化が小さいものが補修工事として適切であることは言うまでもない。
従って、前述のように補修工効果に関するデータを取得することで、補修工法と構造物の対応をある程度の精度で決定することは可能と考えられる。
この対応をデータとしてまとめたものが補修工法データ22である。これは予め蓄積されたデータを補修工法データベース21に格納しておくものである。
補修工法データ22は、構造物の種類、構造物の部位、劣化の要因、補修工効果、劣化率、必要経費などから適宜選択して、補修工法と対応させたデータセットであり、いずれをキーとしても検索可能にデータ構成されるものである。補修工法選定部9は、要因データをキーとして劣化を生じさせた原因別に補修工法を列挙したり、補修工事の対象構造物あるいは対象部位をキーとして劣化率の高い順に補修工法を列挙するなど出力部11に一覧表として表示する。また、補修工効果をキーとして補修工効果の高い補修工法を列挙し出力部11に一覧表として表示してもよい。さらに、表示の仕方としてその補修工事の候補の中から最も適切な1の工法を出力部11に表示するようにしてもよいし、ベスト3くらいまで表示するようにしてもよい。
【0071】
さらに、補修工法選定部9は、出力部11に対して前記構造物の種類、構造物の部位、劣化率、補修工法、必要経費のいずれをキーとする検索を行なうかを表示させて、ユーザーが入力部1からいずれを選択するかを入力するようにして適宜検索を実施可能とするようにしておくとよい。すなわち、補修の対象となる構造物やその部位が実際に存在しなくとも、随時ユーザーが、補修工法選定部9を利用して補修工法データベース21に格納されている補修工法データ22を検索可能としておくものである。このように検索を随時可能とすることで、補修工法データ22に含まれている構造物や部位と劣化率、補修工法、必要経費の関係を随時把握することが可能となる。
以上説明したようにして補修工法の選択が完了すると、図2に示されるようにこれを参照しながら実際の補修工事を実施することができる。また、その後は定期点検の実施となる。ただ、この補修工事の実施と定期点検の実施は本願の発明の内容には含まれないものである。
【0072】
続けて、構造物補修計画マップを作成して表示することが可能な構造物補修施工計画支援システムの実施の形態について図18を参照しながら説明する。
これまで、補修工事必要度、補修工効果及び劣化度を演算・評価する構造物補修施工計画支援システムについて説明したが、本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムは、演算された補修工事必要度、補修工効果及び劣化度を評価すべき構造物を含む地図上に情報として表示し得る構造物補修施工計画支援システムである。
図18に示されるように、得られた補修工事必要度、補修工効果及び劣化度を構造物番号、補修の要否などの判定とともに表示するものである。この判定は、補修工事必要度が正値で大きければ大きいほど補修工事の必要性は薄く、負値で大きければ大きいほど補修工事の必要性が高いというものである。但し、どの数値を持って必ず補修工事が必要とするのかは、構造物の種類や建設後の経年数などの要因も考慮すべきなので、構造物毎にそのしきい値を決定するとよい。
図中、橋やトンネルの形で地点に存在する構造物に関する情報を表の形態で表示している。
このような表示は、例えば図1に示される解析データベース23に予め入力部1を介して地図データを格納しておき、この地図データにある構造物の演算・評価情報をリンクさせて出力部11を介して表示させることによって実現される。
具体的には、劣化の要因データと点検実績データ14あるいは現況点検データ15は構造物毎に、入力部1から解析時に入力されたり、予め入力部1を介して点検データベース13に格納されるが、その際に構造物が存在する地域を識別可能な位置データも含めて格納される。
一方、地図データ中にも同様にその構造物の位置データを含めておく。そして、例えば補修工事必要度演算部5が出力部11を介して所望の構造物の情報を出力する場合には、まず、補修工事必要度演算部5が、自己の演算した補修工事必要度データ28あるいは評価情報データベース27に格納された補修工事必要度データ28を読み出して、その補修工事必要度データ28に含まれる当該構造物に関する位置データをキーとして、解析データベース23から地図データを照合しながら、補修工事必要度データ28に含まれる位置データと一致する構造物と必要に応じてその周辺の地域も含めて読み出して、補修工事必要度データ28をその位置データが示す地域に符号あるいは記号、番号などと符合させて出力部11を介して表示させるものである。又、補修工効果演算部7あるいは劣化度評価部10においても補修工効果データ30、劣化度データ29を視覚的に表示するものとして同様の機能を備えるものである。従って、上述したとおり、演算された補修工事必要度、補修工効果、劣化度についてもそのまま当該構造物の位置データを符合させて格納しておくことが望ましい。なお本実施の形態においては、補修工事必要度、補修工効果及び劣化度を構造物番号、補修の要否などの判定とともに表示するものを示したが、表示の内容はこれ以外にも例えば補修工事優先順位データや望ましい補修工事の種類データなど適宜用途に応じて変更してもよい。
また、補修履歴データベース16に格納される補修履歴データ17にも位置データを含ませておき、この構造物補修計画マップ上に表示するようにすることで、補修工の施工済状況も併せて把握することができる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
自治体をはじめとして高速道路、トンネル、ダム、高層ビルなどを管理する管理団体、検査団体あるいは設計会社、建設会社、コンサルティング会社など建築構造物、土木構造物に関係するあらゆる団体、企業において、構造物の建設から補修計画の立案、補修工事の施工後の管理まで幅広い用途がある。また、教育機関などにおいて構造物における事故や災害の未然防止や避難訓練用の教材としても活用が見込まれる。さらに、建設・土木事業を営む企業においては、補修工事事業のニーズ掘り起こしや事業提案のためのツール、あるいは公的機関との連携を図るための共有ツールとして活用が可能であり、企業の補修工事技術に関する研究開発や設計事業などの用途にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本実施の形態に係る構造物補修施工計画支援システムの構成図である。
【図2】本構造物補修施工計画支援システムを用いた演算処理方法を示すフローチャートである。
【図3】サポートベクターマシンを用いて解析した判別境界面を2次元平面上に示した概念図である。
【図4】点検実績データを基に補修工事必要度と専門の技術者判断による5段階評価の相関を示したグラフである。
【図5】新切羽評価点法による評点合計と技術者判断による5段階評価の相関を示したグラフである。
【図6】点検実績データを基に技術者判断による補修方針を教師値として実施したSVMによる解析の結果(相関)を示したグラフである。
【図7】点検実績データを基に技術者判断による処置方針を教師値として実施したSVMによる解析の結果(相関)を示したグラフである。
【図8】(a)はトンネルを対象とした学習データにおける評価結果を示すグラフであり、(b)はトンネルを対象としたテストデータにおける評価結果を示すグラフである。
【図9】(a)はPC橋を対象とした学習データにおける評価結果を示すグラフであり、(b)はPC橋を対象としたテストデータにおける評価結果を示すグラフである。
【図10】(a)は鋼橋を対象とした学習データにおける評価結果を示すグラフであり、(b)は鋼橋を対象としたテストデータにおける評価結果を示すグラフである。
【図11】判別境界面上のデータとある構造物におけるデータ点(Bj)との距離を求めて補修工事必要度を演算するアルゴリズムの一例を示すフローチャートである。
【図12】劣化度の解析について説明するための模式図である。
【図13】(a)、(b)共に劣化の進行状況を示す概念図である。
【図14】鋼橋点検データを基に得られた経年劣化の進行をトレースしたグラフである。
【図15】鋼橋点検データを基に得られた経年劣化の進行をトレースしたグラフである。
【図16】補修工効果の解析について説明するための模式図である。
【図17】(a)、(b)共に補修後の経年劣化による要因データの推移を示す概念図である。
【図18】構造物補修計画マップの一例を示す概念図である。
【符号の説明】
【0075】
1…入力部 2…演算部 3…標準化解析部 4…解析条件設定部 5…補修工事必要度演算部 7…補修工効果演算部 8…補修工事優先順位演算部 9…補修工法選定部 10…劣化度評価部 11…出力部 12a…データ 12b…解析条件 13…点検データベース 14…点検実績データ 15…現況点検データ 16…補修履歴データベース 17…補修履歴データ 18…境界データベース 19…判別境界線データ 20…判別境界面データ 21…補修工法データベース 22…補修工法データ 23…解析データベース 24…解析条件データ 25…パラメータデータ 26…補修工事必要度関数データ 27…評価情報データベース 28…補修工事必要度データ 29…劣化度データ 30…補修工効果データ 31…補修工事優先順位データ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報入力装置と、情報格納装置と、情報演算装置と、情報出力装置を有し、各構造物における劣化の要因に係る要因データと過去の補修施工・未施工の実績データを用いて得られた補修工事の要否を分離する判別境界線又は判別境界面(以下、判別境界線を含めて判別境界面という。)を基準として、ある構造物における補修工事の必要度を演算する構造物補修施工計画支援システムであって、
前記情報入力装置は、前記構造物における劣化の要因データと、前記判別境界面を構成する境界データとを、前記情報格納装置に入力可能な手段であって、
前記情報演算装置は、前記構造物における要因データと、前記境界データを前記情報入力装置又は前記情報格納装置から読み出して、この境界データが構成される2次元以上の空間(以下、多次元空間という。)上に前記読み出された要因データを座標として入力する解析条件設定部と、
前記判別境界面から前記構造物における要因データの座標までの距離を前記補修工事の必要度として演算する補修工事必要度演算部とを備え、
前記情報出力装置は、前記構造物における要因データと前記境界データと前記補修工事の必要度のうち少なくとも1の情報を出力可能な手段であることを特徴とする構造物補修施工計画支援システム。
【請求項2】
前記構造物における要因データにはその要因データが取得された時点を表す時期データが含まれ、
前記情報演算装置は、前記情報入力装置又は前記情報格納装置から前記構造物における要因データを読み出して、前記判別境界面から前記構造物のある時点における要因データの座標までの第1の距離と、前記判別境界面から前記構造物における前記ある時点とは異なる時点における要因データの座標までの第2の距離とを演算し、
前記第1の距離と第2の距離の差分を前記ある時点と前記ある時点とは異なる時点間の劣化度として演算する劣化度評価部を備えることを特徴とする請求項1記載の構造物補修施工計画支援システム。
【請求項3】
前記情報入力装置は、前記構造物における劣化の要因データと、前記判別境界面を構成する境界データと、前記構造物に対して施された補修工事の有無及び補修工事の時点とを、前記情報格納装置に入力可能な手段であって、
前記情報演算装置は、前記構造物における補修工事の有無データをキーとして、前記情報入力装置又は前記情報格納装置から前記構造物における要因データを読み出して、前記判別境界面から前記構造物の補修工事実施後の時点における要因データの座標までの第3の距離と、前記判別境界面から前記構造物における前記補修工事前の時点における要因データの座標までの第4の距離とを演算し、
前記第3の距離と第4の距離の差分を補修工効果として演算する補修工効果演算部を備えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の構造物補修施工計画支援システム。
【請求項4】
前記補修工効果演算部は、前記補修工効果に係るデータと前記補修工事の工法種類に係るデータを前記構造物の要因データと共に前記情報格納装置に格納し、
前記情報演算装置は、前記情報格納装置に格納された前記補修工事の工法種類に係るデータを、前記要因データの種別をキーとして読み出す補修工法選定部を備えることを特徴とする請求項3に記載の構造物補修施工計画支援システム。
【請求項5】
前記補修工法選定部は、前記補修工効果に係るデータをキーとして前記補修工事の工法種類に係るデータに序列を付すことを特徴とする請求項4に記載の構造物補修施工計画支援システム。
【請求項6】
前記判別境界面は、サポートベクターマシンを用いた解析によって設定されるものであることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の構造物補修施工計画支援システム。
【請求項7】
前記判別境界面は、放射状基底関数ネットワークを用いた解析によって設定されるものであることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の構造物補修施工計画支援システム。
【請求項8】
前記情報格納装置は予め前記構造物の位置データと前記構造物の周囲の地図データを格納し、
前記情報演算装置は、前記地図データ上に、前記構造物の位置データ及び前記構造物における補修工事の必要度、劣化度、補修工効果あるいは補修工事優先順位の少なくとも1つの情報を、視覚的に識別可能な形態で示される情報として前記出力装置に出力させる機能を有することを特徴とする請求項1乃至請求項7のいずれか1項に記載の構造物補修施工計画支援システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2007−140608(P2007−140608A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−329363(P2005−329363)
【出願日】平成17年11月14日(2005.11.14)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【出願人】(304028346)国立大学法人 香川大学 (285)
【出願人】(591141784)学校法人大阪産業大学 (49)
【出願人】(591260672)中電技術コンサルタント株式会社 (58)
【出願人】(598154947)株式会社エイトコンサルタント (16)
【出願人】(594162308)西日本技術開発株式会社 (16)
【Fターム(参考)】