説明

標的物質の検出または定量方法、該方法に用いられる電極基板、装置、およびキット

【課題】 本発明は、試料溶液中の標的分子を、簡易かつ高感度に検出または定量できる方法を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、試料溶液(A)中の標的物質(18)を検出または定量する方法であって、電極基板(10)上に、標的物質モデル(14)を含む金属酸化物薄膜(12)を形成する第1工程と、金属酸化物薄膜(12)から標的物質モデル(14)を除去することによって、金属酸化物薄膜(12)に前記標的物質(18)が嵌合可能な凹部(16)を形成する第2工程と、試料溶液(A)と、凹部(16)が形成された金属酸化物薄膜とを接触させる第3工程と、第3工程の前後にわたって、電極基板(10)表面近傍における電子授受を電気化学的に検出する第4工程と、を含む方法を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料溶液中の標的物質を電気化学的に検出または定量する方法、および当該方法に用いられる電極基板、検出装置ならびにキット等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、標的分子に特異的な親和性を有する分子をプローブ分子として固相表面に固定し、試料溶液とその固相表面とを接触させ、プローブ分子に結合する分子を検出・定量することによって、試料溶液中の標的分子の有無や濃度を調べる様々なバイオセンサが広く開発されている。互いに特異的親和性を有する生体分子の組み合わせとして、例えば、酵素−基質、抗原−抗体、核酸−核酸、受容体−リガンド等が挙げられる。上記バイオセンサにおいて、これらの分子間相互作用を検出する検知素子として、酸素電極、過酸化水素水電極、イオン電極、ISFET、光ファイバ、サーミスタ等が提案されており、さらに最近では、ナノグラムオーダー程度の質量変化が検知できる水晶振動子や表面プラズモン共鳴素子なども使用されている。
【0003】
このようなバイオセンサの作製に際しては、プローブ分子を固相表面に固定化する方法の選択が非常に重要である。上述の分子間相互作用は、各分子における特定の結合部位や官能基において生じる。従って、これらの結合部位や官能基が標的分子から認識され、相互作用することが可能な状態で固定されなければならない。そこで、結合能が維持されるように、固相表面の種類に応じて官能基やスペーサー等を選択し、その官能基やスペーサーを介して固相表面に結合させる方法が数多く提案されている。
【0004】
一方、生体物質を含む薄膜の製造方法の一つとして、タンパク質や核酸、糖、脂質、ウイルス等の水溶液または水分散液をハイドロゲル上に展開し、これを固体表面に転写する方法が提案されている(例えば、特許文献1)。この方法によれば、タンパク質等はハイドロゲル表面に配列化されるので、そのゲル表面に平滑な固体基板を接触させ、固体表面に転写することにより、それらの生体分子を含む超薄膜が当該固体表面に形成される。
【0005】
また、基材として、有機/金属アルコキシド基を有する化合物を用いたアモルファス状金属酸化物を用いた系も提案されている(例えば、特許文献2)。この技術の基盤となる表面ゾル−ゲル法(例えば、非特許文献1)は、表面に水酸基を有する固相基板と金属アルコキシド化合物とを化学的に吸着させて、これを加水分解することで金属酸化物の超薄膜を作製する方法である。特許文献2には、まず固体基材上にリソグラフィー法により鋳型を形成し、形成された鋳型上に金属酸化物薄膜を形成し、形成された鋳型を除去して金属酸化物ナノ構造体を形成する方法が開示されている。
【特許文献1】特開平11−90214号公報
【特許文献2】特開2004−351608号公報
【非特許文献1】未来材料第3巻第8号20頁〜27頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
生体分子を固相表面に固定化する場合、スペーサー等を介しても、生体分子の結合能が維持されるよう、その位置や方向を制御して固定化することは非常に困難である。また、固定化された生体分子は、液相中で構造が変化したり、分解されたりするおそれもあり、かかる場合にも結合能が失われることがある。このような場合、試料中に標的物質が存在したとしても、プローブ分子と結合することができず、検出を行うことができないという問題がある。
【0007】
そこで、本発明は、試料溶液中の標的分子を、簡易かつ高感度に検出または定量できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係る標的物質の検出または定量方法は、試料溶液中の標的物質を検出または定量する方法であって、電極基板上に、標的物質モデルを含む金属酸化物薄膜を形成する第1工程と、前記金属酸化物薄膜から前記標的物質モデルを除去することによって、前記金属酸化物薄膜に標的物質が嵌合可能な凹部を形成する第2工程と、酸化還元反応分子を添加した前記試料溶液と、前記凹部が形成された前記金属酸化物薄膜とを接触させる第3工程と、前記第3工程の前後にわたって、前記電極基板表面近傍における酸化還元反応分子の電子授受の変化を電気化学的に検出する第4工程と、を含むことを特徴とする。
【0009】
本発明で用いられる「標的物質モデル」とは、検出または定量しようとする標的物質と同一または略同一の形状を有する物質であり、好ましくは、標的物質と同一の物質である。従って、標的物質モデルを含む金属酸化物薄膜から、その標的物質モデルを除去すれば、標的物質と同一または略同一の形状をした凹部が形成される。そこで、この金属酸化物薄膜に試料溶液を接触させると、試料中に標的物質が存在すれば、当該標的物質は当該凹部に受容体とリガンドの関係のように特異的に嵌合する。これにより、電極基板表面近傍における酸化還元反応分子との電子授受の状態に変化が生じるため、この変化を電気化学的に検出することによって、標的物質の有無を簡易かつ高感度に確認することができる。電子授受の状態を定量的に測定することができれば、試料溶液中における標的物質の濃度の見積もりも可能である。
【0010】
なお、本発明において試料溶液とは、標的物質を検出・定量する対象となる液体を意味し、標的物質が溶解している状態で含まれるのか、分散している状態で含まれるのかを問わない。
【0011】
本発明に用いられる「酸化還元反応分子」は、可逆的に酸化還元反応するものであれば特に限定されず、様々な化合物を用いることができる。このような化合物としては、例えば、フェリシアン化カリウム(K3Fe(CN)6)やフェロセン構造を有する化合物群が挙げられる。これらの化合物に含まれる鉄は二価イオンとなっているが、電子を放出して(酸化されて)三価イオン状態へ変化する。この可逆的酸化還元反応によって、電位をかけることにより化合物の量に比例した電流を取り出すことができる。
【0012】
本発明に係る標的物質の検出または定量方法では、標的物質が、有機分子、生体分子、細胞、微生物及びウイルスからなる群から選択されることが好ましい。このような構成によれば、従来生物学的特異性に基づいて検出されたこれらの物質を、保存性の高い金属酸化物薄膜による鋳型で簡易かつ高感度に検出することができる。
【0013】
また、上記第2工程においては、金属酸化物薄膜を、標的物質が一層のみ含まれる膜厚に形成することが好ましい。金属酸化物薄膜が厚すぎると、標的物質モデルが金属酸化物薄膜中に深く埋まってしまい、当該標的物質モデルを除去しても凹部が薄膜表面に現れず、標的物質が当該凹部に嵌合することができないからである。
【0014】
また、上記第2工程においては、金属酸化物薄膜を、金属アルコキシド化合物を用いた表面ゾル−ゲル法によって形成することが好ましい。表面ゾル−ゲル法によれば、金属酸化物薄膜の膜厚をナノメートル単位で制御することが可能であり、標的物質が一層のみ含まれる膜厚も容易に形成することができる。
【0015】
また、上記第2工程において、標的物質モデルの除去を、酸素プラズマ処理、オゾン酸化処理、溶出処理、および焼成処理からなる群から選択される処理によって行うことが好ましい。このような構成によって、金属酸化物薄膜中から、標的物質モデルのみを除去し、標的物質モデルがあった場所に標的物質が特異的に嵌合できる凹部を形成することができる。
【0016】
また、上記第4工程における検出は、CV測定、定電位測定、定電流測定、およびインピーダンス測定からなる群から選択される測定方法によって行われることが好ましい。これらの方法によれば、電極表面近傍における酸化還元反応分子の電子授受を電気化学的に検出し、標的物質の検出・定量を行うことができる。
【0017】
また、本発明に係る標的物質の検出・定量方法では、上記第4工程において、前記基板表面近傍における電子授受が減少した場合に、前記試料溶液中に標的物質が存在したものと判断することが好ましい。標的物質が金属酸化物薄膜の凹部に嵌ることによって、酸化還元反応分子の移動サイトがブロックされるため、標的物質が試料溶液中に存在すれば、基板表面近傍における電子授受が減少するからである。
【0018】
本発明は、また、試料溶液中の標的物質を検出または定量するための電極基板であってその表面に金属酸化物からなる薄膜が形成され、前記薄膜に、標的物質が嵌合可能な凹部が形成されている、電極基板をも提供する。このような構成により、試料溶液中に標的物質が存在すれば、金属酸化物薄膜の凹部に嵌合し、それによって電極基板表面近傍の電子授受の状態が変化する。そこで、この変化を検出することによって、試料溶液中の標的物質の有無を検出・定量することができる。
【0019】
また、上記凹部は、電極基板表面に標的物質モデルを含む金属酸化物薄膜を形成し、該金属酸化物薄膜から該標的物質モデルを除去することによって形成されたものであることが好ましい。このような構成により、標的物質が当該凹部に特異的に嵌合することになる。
【0020】
さらに、本発明は、試料溶液中の標的物質を検出または定量するための装置であって、上述した電極基板と、前記電極基板に対するカウンター電極と、参照電極と、を備える検出装置をも提供する。このような構成により、電極基板表面の電子授受の変化を、簡易かつ高感度に検出できる。
【0021】
この検出装置には、さらに、電極基板とカウンター電極と、参照電極とを個別に電気的に接続した検出回路が備えられていることが好ましい。このような構成により、電極基板表面の電子授受の変化を、当該検出装置によって簡易かつ高感度に検出できるようになる。
【0022】
また、本発明は、標的物質を検出または定量するためのキットであって、電極基板と、前記電極基板に薄膜を形成するための金属酸化物を含む材料と、酸化還元反応分子と、を含むキットをも提供する。かかるキットによれば、ユーザにおいて、任意の標的物質モデルを含む金属酸化物薄膜を形成し、当該標的物質モデルを除去して、所望の標的物質を検出するための電極基板を作製することができる。この電極基板を用いれば、上述した本発明に係る標的物質の検出・定量方法を好適に実施することが可能である。
【0023】
また、本発明は、標的物質を検出または定量するためのキットであって、上述した本発明に係る装置と、酸化還元反応分子と、を含むキットをも提供する。このような構成によれば、ユーザにおいて標的物質モデルや測定に必要な試薬を準備することなく、所定の標的物質を簡易かつ高感度に検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下に、図面を参照して、本発明の好ましい実施形態を説明する。以下の実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々に変更を加えて実施することができる。
(第1の実施形態)
図1は、本発明に係る標的物質の検出または定量方法の概略を示す工程図である。
<第1工程:金属酸化物薄膜の形成>
まず、図1(A)および(B)に示すように、電極基板10上に標的物質モデル14を含む金属酸化物薄膜12を形成する。この超薄膜の形成は、金属アルコキシド化合物を材料として用いる表面ゾル−ゲル法によることが好ましい。
【0025】
ここで、表面ゾル−ゲル法とは、電極基板10表面の水酸基等と、金属アルコキシド化合物とを化学的に吸着させ、これを加水分解することで共有結合的に基板表面に固定化された金属酸化物単分子膜およびその多層膜を形成する方法である。より具体的には、まず水酸基等の金属アルコキシドと反応可能な官能基を有する電極基板を、金属アルコキシド溶液に数分間浸漬させる。次いで、基板を所定の有機溶媒で洗浄して物理吸着した金属アルコキシドを除去し、イオン交換水に浸漬することで金属アルコキシドの加水分解と面内の重縮合反応が促される。また、最外層のアルコキシド基の加水分解によって生じる新たな水酸基は、再度、金属アルコキシド化合物の化学吸着に利用できる。このため、吸着と加水分解操作を繰り返すことで、一層あたりナノメートル単位の膜厚を有する金属酸化物の多層膜を作製することが可能である。
【0026】
標的物質モデル14を含む金属酸化物薄膜12を表面ゾル−ゲル法で作製する場合は、例えば、標的物質モデル14と、金属アルコキシド化合物とを交互に表面吸着させることにより、標的物質モデル14を層間に含む金属酸化物の多層膜を形成することができる。また、活性水酸基をもつ標的物質モデル14を金属アルコキシド化合物と予め反応させて、両者の複合体を形成しておき、これを表面ゾル−ゲル法により固体表面に逐次吸着させることによっても、有機分子や生体分子を含む金属酸化物薄膜を形成することができる。また、標的物質モデル14をまず静電的に電極基板10表面に吸着させ、その後、表面ゾル−ゲル法で、標的物質モデル14の間を埋めるように金属酸化物薄膜12を積層形成しても良い。金属酸化物薄膜12を積層形成する方法によれば、ナノメートル単位で膜厚を制御して形成することができるので、標的物質モデル14が一層のみ含まれる程度の膜厚に形成することが可能である。
【0027】
ここで、金属酸化物薄膜12が、標的物質モデル14が一層のみ含まれる膜厚である、とは、例えば、球形に近い標的物質モデル14の場合、金属酸化物薄膜12の膜厚がその直径と略等しいかそれ以下であることを意味し、標的物質モデル14が直線形の場合は、金属酸化物薄膜12の膜厚がその長さと略等しいかそれ以下であることを意味する。金属酸化物薄膜12の膜厚が厚すぎると、標的物質モデル14が表面に出ないため、これを除去しても、標的物質が嵌合できる凹部が形成されない。但し、金属アルコキシドよりも比重の小さい標的物質モデル14を用いる場合等、標的物質モデル14が表面に出るように金属酸化物薄膜12を形成できる場合は、必ずしも膜厚の制御は必要ではない。
【0028】
尚、基板表面の官能基は、水酸基のみならず、カルボキシル基等、金属アルコキシドに対して反応活性な官能基を有するものであればよい。また、金属酸化物薄膜は、金属アルコキシド化合物から合成できるものであれば特に限定されず、金属アルコキシド化合物の種類によって様々な金属酸化物超薄膜を作製することができる。
【0029】
さらに、表面ゾル−ゲル法によれば、溶液中での金属アルコキシド化合物の吸着に基づいて薄膜が形成されるため、基板の形状に依存せず、一様な厚さの膜を形成することが可能である。
【0030】
また、表面ゾル−ゲル法によれば、金属アルコキシドの組成の調整および反応条件によるポーラス構造などの導入によって、酸化還元反応分子の電極への移動度を変化させることで、作製される金属酸化物薄膜の絶縁性を簡便に制御することができるので、電気化学的検出に適した絶縁性に調節することが可能である。なお金属アルコトキシドの組成としては、純アルコキシドだけでなくアルキル置換したものや、さらにビニル基、フェニル基、イソシアネート基などを導入した化合物も、任意の比で混ぜ合わせて使用することが可能である。
【0031】
次に、標的物質モデルについて説明する。標的物質モデルは、上述のように、検出または定量しようとする標的物質と同一または略同一の形状を有する物質であり、好ましくは、標的物質と同一の物質である。標的物質は、例えば、有機分子、生体分子、細胞、微生物等から選択されるので、それに応じて適宜標的物質を選択する。ここで、生体分子とは、生体に由来する分子であれば特に限定されないが、例えばタンパク質、核酸、糖、脂質等を意味する。
<第2工程:標的物質モデルの除去>
続いて、図1(C)に示すように、金属酸化物薄膜12から標的物質モデル14を除去し、標的物質が嵌合可能な凹部16を形成する。標的物質モデル14の除去の方法としては、酸素プラズマ処理、オゾン酸化処理、溶出処理、および焼成処理等が挙げられるが、なかでも酸素プラズマ処理および溶出処理によることが好ましい。酸素プラズマ処理によれば、有機分子等のみがきれいに焼結除去され、金属酸化物薄膜12中に標的物質モデルの形状の凹部16を正確に形成することができる。またアンモニア水などのアルカリ性水溶液を用いた溶出処理を行った場合でも、標的物質モデルをきれいに取り除くことができる。
<第3工程:試料溶液と金属酸化物薄膜との接触>
次に、図1(D)に示すように、試料溶液A中に基板10を浸漬させ、試料溶液Aと金属酸化物薄膜12とを接触させる。こうすることにより、試料溶液中に標的物質18が存在すれば、標的物質18は凹部16に嵌合する。
【0032】
尚、本実施形態では、基板10全体を試料溶液に浸漬させたが、例えば、試料溶液を含む液滴を金属酸化物薄膜12上に配置してもよい。
<第4工程:電気化学的検出>
次に、図1(D)に示すように、装置20によって、電極基板10表面近傍における電子の授受を電気化学的に検出する。電気化学的検出は、例えば、サイクリックボルタンメトリー法(CV法)、定電位測定法、定電流測定法、インピーダンス測定法等によって行うことができる。本実施形態では、図1(D)に示すように、電極基板10と、それに対するカウンター電極22と、参照電極24とが、装置20において一の検出回路に接続されており、これによって電極基板10表面近傍の電流を検出することが可能である。
【0033】
ここで、測定原理の概略を説明する。図1(D)に示すように、電極基板10を浸漬させた試料溶液には電子の移動を補助する酸化還元反応分子(例えばフェロセン等)が溶解している。ここで、電極基板10およびカウンター電極22間に適当な電圧をかけることによって、酸化還元反応分子が電子を移動させる。金属酸化物薄膜12は、上述のようにその組成を調整し、ポーラス構造を導入することによって、電極表面に対して酸化還元反応分子が良好に電子の授受を行うことが出来る。しかし、凹部16に標的物質18が嵌合すると、この部分において電子の授受を標的物質18がブロックする形となり、電子の授受(電流量)の低下が検出される。
【0034】
従って、電子の授受が低下した場合は、標的物質18が凹部16に嵌合したこと、ひいては、標的物質18が試料溶液A中に存在したことを確認できる。電流量の低下を定量的に測定すれば、標的物質18の試料溶液中における濃度を定量的に求めることも可能である。一方、電流量に変化がなければ、凹部16には標的物質が嵌合しなかったことになり、試料溶液A中には、標的物質18が存在しなかったものと考えられる。
【0035】
なお、一度測定を終えた後、金属酸化物薄膜12から、標的物質18を酸素プラズマ法等によって除去すれば、金属酸化物薄膜12には、再度、標的物質が嵌合可能な凹部が形成されるので、再利用することが可能である。
【0036】
以上説明したように、本発明に係る検出・定量方法によれば、表面ゾル−ゲル法を利用して、金属酸化物薄膜12に標的物質18が嵌合可能な凹部16を形成することにより、試料溶液中の標的物質の有無を検出し、また定量することが可能である。
【0037】
上記方法では、生体分子間の特異的な結合を利用するものではないので、分子の結合部位や特定の官能基の結合能を維持するように固定する必要がない。また、最終的に、標的物質モデルとして用いられた生体分子は除去され、標的物質を捕捉する部分は金属酸化物のみから形成されているので、その結合特性に経時的変化がほとんど生じない。そのため保存性に優れるとともに、上述したように再度焼結処理して再利用することも可能である。
【0038】
また、電子伝達物質が標的物質によってブロックされるのを測定することによって、標的物質を検出・定量するので、標識物質に蛍光物質等を用いてラベルする必要もなく、コスト的にもメリットがある。
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態として、本発明に係る電極基板、およびその電極基板を備える標的物質を検出・定量するための装置について説明する。
【0039】
本発明に係る電極基板は、表面に金属酸化物からなる薄膜が形成され、この薄膜に標的物質が嵌合可能な凹部が形成されていることを特徴とする。かかる電極基板は図1(C)において、標的物質が嵌合可能な凹部16が形成されている金属酸化物薄膜12が形成された電極基板10として示されている。このような基板10は、生体物質を固定化したマイクレアレイ等に比較して保存安定性に優れ、独立して流通可能なものである。電極基板10の製造方法は、第1の実施形態で既に述べたため、ここでは説明を省略する。
【0040】
このように、電極基板10を独立した構成とし、カウンター電極や参照電極をそれぞれ試料溶液Aに浸漬させて電気化学定測定を行っても良いが、電極基板10と、カウンター電極22と参照電極24とを一体的に備えた検出・定量装置とすることができる。
【0041】
かかる装置の一例を図2に示す。
【0042】
図2は、本発明に係る電極基板10と、前記電極基板10に対するカウンター電極22と、参照電極24とを備える、本発明に係る検出装置100の概略平面図を示す。図2に示す検出装置100は、主要な電極構成のみを例示する。本発明に用いるカウンター電極22は、特に限定されないが、例えば白金から構成される。また、本発明に用いる参照電極24は、電極基板10とカウンター電極22の電位の基準となる電極であり、特に限定されないが、塩化銀から構成される。
【0043】
電極基板10表面には、標的物質が嵌合可能な凹部が形成された金属酸化物薄膜が形成されている。例えば、試料溶液を、前記カウンター電極22および前記参照電極24と、電極基板10とを覆うように滴下すると、本発明による電極基板10表面近傍にて電子の授受が生じる。図2には示されていないが、前記カウンター電極22および前記参照電極24と、本発明による電極基板10とを、個別に検出回路120と電気的に接続することにより、発生した電流を検出回路120にて測定できる。本発明で用いる検出回路120の具体例としては、特に限定されないが、薄膜トランジスタ等が挙げられる。なお、電流の測定は、電気化学的な測定で可能であり、たとえば、サイクリックボルタンメトリー法、ディファレンシャルパルスボルタンメトリー法、定電位測定法、定電流測定法、インピーダンス測定法等により行うこともできる。
【0044】
図3は、複数の本発明に係る検出装置100と、各検出装置100と個別に電気的に接続された検出回路120とを備える装置150の概略平面図を示す。また、検出回路120と検出装置100との電気的接続は、検出装置100のうち、本発明に係る電極基板10、カウンター電極22および参照電極24のそれぞれから個別に、検出回路120と接続されている。検出回路120として薄膜トランジスタを用いた場合、本発明による電極基板10を、薄膜トランジスタのドレイン部に接続し、電極基板10にて測定された電流値を受け、さらに増幅させることもできる。
【0045】
図3に示すように、かかる装置は、個別の検出装置100毎に、同一または異なる試料溶液と接触させるか、あるいは、異なる標的物質が嵌合可能な凹部を有する金属酸化物薄膜を形成しておくことにより、同時に同一試料または複数の試料における標的物質の検出・定量が可能となる。さらに、同一の試料でも、標的物質モデルの導入量を変えて凹部16の数を調整した個別の検出装置100と接触させることで、測定可能な濃度範囲を広げた測定も可能である。なお、各検出装置100と検出回路120を接続する回路は、特に限定されないが、銀配線等で接続されている。
【0046】
図4は、図3に示した装置150を、パーソナルコンピュータ(以下、単に「PC」という。)160に接続して、PCにて駆動可能にしたシステム200の概略斜視図を示す。なお、装置150は、たとえば、プラスチック等の安価な材料で覆われた構成となっており、ディスポーザブルとして使用される。本発明で用いるプラスチック基板の具体例としては、特に限定されないが、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂等が挙げられる。ディスポーザブルとすることによって微量の標的物質の検出に用いても、コンタミネーションを防ぐことが可能となる。特に、PCとの接続により、検出回路120として薄膜トランジスタを介して、薄膜トランジスタにて得られた情報をUSB等のインタフェースでPCに送信することができ、もってPC駆動による検出が可能となる。また、装置150に、薄膜トランジスタと接続したRFタグを配して、薄膜トランジスタにて得られた情報を無線通信により、PCへ送信することができる。試料の検出をする際、マイクロスポッティング法やインクジェット法等により、試料溶液の液滴を、本発明による電極基板10と接触させて検出することも可能である。かかるシステム200により、in vitroにて、リアルタイムに検出可能なセンサーシステム200が提供される。
(第3の実施形態)
次に、本発明の第3の実施形態として、本発明に係る標的物質の検出・定量のためのキットについて説明する。
【0047】
本発明に係るキットは、少なくとも、電極基板と、前記電極基板に薄膜を形成するための金属アルコキシド化合物を含む材料と、酸化還元反応分子と、を含む。このようなキットによれば、ユーザにおいて、任意の標的物質を選択し、金属アルコキシド化合物により当該標的物質モデルを含む金属酸化物薄膜を電極基板表面に形成することができる。そして、かかる電極基板を用いて、本発明に係る標的物質の検出・定量方法を、好適に行うことができる。なお、電極基板は、図1に示したように、さらにカウンター電極22および参照電極24を備えた装置100としてキットに備えられていることも好ましく、また、かかる装置を複数備えたシステム200としてキットに備えられていることも好ましい。
【0048】
上記キットには、その他、金属酸化物薄膜の形成に用いられる試薬や、検出・定量工程で用いられる試薬等を加えてもよく、また必要に応じて取扱説明書等を備えていてもよい。
【0049】
以下に示す本発明の実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、これらは例示的なものであり、本発明は以下の具体例に制限されるものではない。当業者は、以下に示す実施例に様々な変更を加えて本発明を実施することができ、かかる変更は本願特許請求の範囲に包含される。
【実施例1】
【0050】
<金属酸化物薄膜の形成>
まず、測定に使用する電極として、シリコン基板上に金を蒸着したものをオゾン洗浄し、メルカプトプロパン酸の1mMエタノール溶液に12時間浸漬して、表面に水酸基を導入した。続いて、当該基板をエタノールで洗浄後、窒素ガスを吹き付けて充分に乾燥させた。この基板の表面はマイナスに帯電しているので、プラスに帯電している標的物質を用いる場合は、この基板をそのまま使用して標的物質を吸着させることができる。しかしながら、本実施例では、マイナスに帯電しているオリゴペプチドを標的物質および標的物質モデルとして用いたため、電極基板をポリジアリルジメチルアンモニウムクロライドの1mg/mLの水溶液に浸漬し、表面をプラスにした。なおここでは、Ala−Ala−Ala−Ala、Val−Val−Val−Val、Ala−Ala−Val−Alaの3種類のオリゴペプチドを用いた。ここで。Alaはアラニン、Valはバリンを表す。
【0051】
次に、電極基板を、標的物質モデルとしてオリゴペプチドの0.1mg/mLのリン酸バッファー溶液(pH7.2)に約10分浸漬させ、静電的に表面吸着させ、さらに、この基板をイオン交換水で洗浄し、窒素ガスを吹き付けて充分に乾燥させた。
【0052】
次に、表面ゾル-ゲル工程として、この基板をイソプロイポキシチタン(Ti(O-iPr)4)の100mMエタノール溶液に1分間浸漬し、イオン交換水で洗浄した後、窒素ガスを吹き付けて充分に乾燥させた。この表面ゾル-ゲル工程を3回繰り返して、チタニアの多層膜を形成した。
【0053】
続いて、得られた標的物質モデルとして上述のオリゴペプチド含む金属酸化物薄膜を酸素プラズマ発生装置の試料室に入れ、酸素分圧176mTorr、高周波出力10Wの条件下、室温で20分間酸素プラズマを照射し、さらに、酸素分圧176mTorr、高周波出力20Wの条件下、室温で40分間プラズマ照射して、膜中の標的物質モデルを除去した。なお、酸素プラズマ処理により、標的物質モデルとしてのオリゴペプチドが除去されている様子は、反射型赤外吸収測定によって評価した。
【0054】
続いて、電気化学測定用の溶液10mL(溶液組成;フェリシアン化カリウム:5mM、NaCl:20mM、リン酸バッファー(pH 7.2):10mM)に作成した基板を浸漬し、さらにオリゴペプチド溶液(0.1〜10μg/mL)を1mL添加して、その添加前後で電気化学測定を行った。図5に、そのCV測定の結果を示す。標的物質(Ala‐Ala‐Ala‐Ala)が凹部に嵌合する前の結果を実線で、標的物質モデルと同一のアミノ配列を有するオリゴペプチドが凹部に嵌合した場合の結果を点線で、標的物質モデルと一部のアミノ配列が異なるオリゴペプチド(Ala‐Ala‐Val‐Ala)が凹部に嵌合した場合の結果を一点鎖線で示す。
【0055】
標的物質モデルと同一のアミノ配列を有するオリゴペプチドが完全に嵌合することによって、電極基板表面近傍における電子の授受が阻害され、検出される酸化還元反応物質由来の電流値は大きく減少した。また、標的物質モデルと一部のアミノ配列のみ異なるオリゴペプチドが凹部に嵌合した場合、電流値の大きな減少は見られなかったが、若干の減少が確認され、不完全ではあるが嵌合したものと考えられた。
【0056】
この結果から、本発明に係る標的物質の検出・定量方法によれば、アミノ配列のわずかな違いも認識し、検出することができることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係る標的物質の検出・定量方法の概略を示す工程図である。
【図2】本発明に係る標的物質の検出・定量のための装置を示す概略平面図である。
【図3】本発明に係る標的物質の検出・定量のための装置の示す概略平面図である。
【図4】本発明に係る標的物質の検出・定量のためのシステムの概略斜視図である。
【図5】本発明に係る方法により標的物質としてオリゴペプチドを検出した測定結果である。
【符号の説明】
【0058】
10…電極基板、12…金属酸化物薄膜、14…標的物質モデル、16…凹部、18…標的物質、20、150…装置、22…カウンター電極、24…参照電極、100…検出装置、120…検出回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料溶液中の標的物質を検出または定量する方法であって、
電極基板上に、標的物質モデルを含む金属酸化物薄膜を形成する第1工程と、
前記金属酸化物薄膜から前記標的物質モデルを除去することによって、前記金属酸化物薄膜に前記標的物質が嵌合可能な凹部を形成する第2工程と、
酸化還元反応分子を添加した前記試料溶液と、前記凹部が形成された前記金属酸化物薄膜とを接触させる第3工程と、
前記第3工程の前後にわたって、前記電極基板表面近傍における酸化還元反応分子との電子授受の変化を電気化学的に検出する第4工程と、を含む方法。
【請求項2】
前記標的物質が、有機分子、生体分子、細胞、微生物及びウイルスからなる群から選択されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第2工程において、前記金属酸化物薄膜を、前記標的物質モデルが一層のみ含まれる膜厚に形成することを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記第2工程において、前記金属酸化物薄膜を、金属アルコキシド化合物を用いた表面ゾル−ゲル法によって形成することを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記第2工程において、標的物質モデルの除去を、酸素プラズマ処理、オゾン酸化処理、溶出処理、および焼成処理からなる群から選択される処理によって行うことを特徴とする、請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記第4工程における検出が、CV測定、定電位測定、定電流測定、およびインピーダンス測定からなる群から選択される測定方法によって行われることを特徴とする、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記第4工程において、試料溶液中に溶解した酸化還元反応分子との前記基板表面近傍における電子授受が減少した場合に、前記試料溶液中に標的物質が存在したものと判断することを特徴とする、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
試料溶液中の標的物質を検出または定量するための電極基板であって
その表面に金属酸化物からなる薄膜が形成され、
前記薄膜に、標的物質が嵌合可能な凹部が形成されている、電極基板。
【請求項9】
前記凹部が、前記電極基板表面に標的物質モデルを含む金属酸化物薄膜を形成し、該金属酸化物薄膜から該標的物質モデルを除去することによって形成されることを特徴とする、請求項8に記載の電極基板。
【請求項10】
試料溶液中の標的物質を検出または定量するための装置であって、
請求項8または9に記載の電極基板と、
前記電極基板に対するカウンター電極と、
参照電極と、を備える装置。
【請求項11】
前記電極基板と、前記カウンター電極と、前記参照電極とを個別に電気的に接続した検出回路をさらに備える、請求項10に記載の装置。
【請求項12】
試料溶液中の標的物質を検出または定量するためのキットであって、
電極基板と、
前記電極基板に薄膜を形成するための金属アルコキシド化合物を含む材料と、
基板近傍で電子授受する酸化還元反応分子と、を含むキット。
【請求項13】
標的物質を検出または定量するためのキットであって、
請求項10に記載の装置と、
基板近傍で電子授受する酸化還元反応分子と、を含むキット。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−322864(P2006−322864A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−147512(P2005−147512)
【出願日】平成17年5月20日(2005.5.20)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】