説明

機械的強度に優れる高プロトン伝導性高分子電解質膜及びその製造方法

【課題】プロトン伝導性と膜強度とを両立させ、機械的強度に優れる高プロトン伝導性高分子電解質膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーのグラフト重合によりグラフト鎖を導入し、さらに、スルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーのグラフト重合により該スルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を導入する。ビニルモノマーのグラフト重合により得られたグラフト鎖も足場高分子として利用できるため、前記機能性モノマーの芳香族炭化水素系高分子フィルムへのグラフト重合性が改善され、プロトン伝導性及び機械的強度、さらには寸法安定性に優れた高分子電解質膜の作製が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子型燃料電池、又は電気透析、拡散透析などに適した高分子電解質膜であって、機械的強度に優れる高プロトン伝導性高分子電解質膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高分子型燃料電池はエネルギー密度が高いことから、家庭用コージェネ電源や携帯機器用電源、電気自動車の電源、簡易補助電源等の広い分野での使用が期待されている。高分子型燃料電池においては、高分子電解質膜の両面にガス拡散電極が複合されており、高分子電解質膜とガス拡散電極とは実質的に一体構造になっている。このため、高分子電解質膜はプロトンを伝導するための電解質として作用し、また、加圧下においても燃料である水素やメタノールと酸化剤である酸素とを直接混合させないための隔膜としての役割も有する。
【0003】
高分子電解質膜に必要な性能は、より多くのプロトンが流れることである。このためにはプロトン伝導機能を与えるスルホン酸基をなるべく多く高分子電解質膜中に導入することが重要であることが知られている。
【0004】
また、隔膜として高分子電解質膜に必要な性能は、電解質膜の機械的強度が強いことや寸法安定性が優れていることなどが要求される。
【0005】
このような高分子電解質膜としては、デュポン社により開発されたパーフルオロスルホン酸膜「ナフィオン(デュポン社登録商標)」が一般に用いられてきた。しかしながらナフィオン膜においては、プロトン伝導機能を与えるスルホン酸基の量を増やすにしたがい、膜が液状化してしまい、導入できるスルホン酸基の量には限界がある。また導入量とともに膜強度の低下も起こり、電池ユニット組立時や電池動作中に膜の破れなどの問題が発生する。従って、このようなプロトン伝導性と膜強度とを両立させることは困難な課題である。またナフィオン膜は、非常に高価であり、このことは高分子型燃料電池の実用化において大きな障害となっている。
【0006】
そのため、前記ナフィオン膜に替わる低コストの高分子電解質膜を開発する努力が行われてきている。開発中の高分子電解質膜は、概ね全フッ素系、部分炭化フッ素系、炭化水素系高分子電解質膜に分類される。
【0007】
全フッ素系高分子電解質膜は耐久性が良い反面、非常に高価である。一方炭化水素系高分子電解質膜、部分炭化フッ素系高分子電解質膜は原料が非常に安価であり合成コストも低いので、高分子型燃料電池に安価な高分子電解質膜が供給できると期待されている。
【0008】
特に、芳香族炭化水素系高分子電解質膜は、スーパーエンジニアリングプラスチックである芳香族炭化水素系高分子フィルムをスルホン化することで製造される。または、スルホン酸基が結合した芳香族炭化水素系モノマーの重合反応により高分子電解質を合成し、次いで製膜することで高分子電解質膜を製造できる(例えば、特許文献1、2、3参照のこと)。芳香族構造を有するために高分子電解質膜に高い機械的強度が期待される。しかしながら、これらの芳香族炭化水素系高分子電解質膜は、ナフィオン膜と同じにように、プロトン伝導性機能を与えるスルホン酸基の量を増やすと、水溶性の増加に伴い、機械的強度の低下が生じる。これは、スルホン酸基がランダムに芳香族炭化水素系高分子鎖中に存在するため、機械的強度を維持する疎水性部分とプロトン伝導を担う電解質層の分離が明瞭でなかったためである。
【0009】
これを解決するために特許文献4のように、芳香族炭化水素系高分子フィルムにあらかじめ放射線による架橋構造を導入することを提案した。このことで、製膜工程不要で直接スルホン化による高分子電解質膜を得られる。さらに、架橋による高イオン交換容量で高分子電解質膜に高い機械的強度を保持できるという特徴がある。しかしながら、芳香族炭化水素高分子フィルム基材に有効な架橋構造を付与するため、1000kGy以上の高い放射線の照射量が必要であるため、低い照射量で高い架橋密度を付与することが課題となっている。
【0010】
また、特許文献5には、放射線グラフト法による芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、スルホン酸基へ変換できる機能基を有するビニルモノマーをグラフト重合することが提案されている。しかしながら、スルホン酸基を変換するためにスルホン化工程における基材である芳香族炭化水素系高分子もスルホン化され、膜の機械的強度が大きく低下してしまう。また、芳香族炭化水素系高分子フィルムのグラフト重合性が低いため、高いイオン交換容量を得るのは困難である。
【特許文献1】特開2004−288497号公報
【特許文献2】特開2004−346163号公報
【特許文献3】特開2006−12791号公報
【特許文献4】特願2007−029223号
【特許文献5】特願2006−227935号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、本発明は、高分子型燃料電池等に用いられる高分子電解質膜をプロトン伝導性と膜強度とを両立させ、機械的強度に優れる高プロトン伝導性高分子電解質膜及びその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、このような優れた特性を有する高分子電解質膜を搭載する高分子型燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の高分子電解質膜は、芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーをグラフト重合した後、得られたグラフト鎖及び/又は前記高分子フィルム基材の主鎖に、下記式で表されるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーをグラフト重合により導入したことを特徴とする。
【化1】

【0013】
前記ビニルモノマー及び/又は前記機能性モノマーに、1種又は2種以上の多官能性モノマーを架橋材として組み合わせて、架橋構造を形成させることができる。
【0014】
前記芳香族炭化水素系高分子フィルム基材を、ポリエーテルエーテルケトン構造、ポリエーテルケトン構造、ポリイミド構造、ポリスルホン構造、またはポリベンゾイミダゾール構造を有するものとすることができる。
【0015】
前記ビニルモノマーのグラフト重合及び前記機能性モノマーのグラフト重合が、それぞれ、熱グラフト重合及び放射線グラフト重合のうちのいずれか一方であるものとすることができる。
【0016】
また、前記ビニルモノマーのグラフト重合のグラフト率が1〜20%であり、前記機能性モノマーのグラフト重合のグラフト率が6〜80%であり、かつ、イオン交換容量が0.5〜3.0meq/gであるものとすることができる。
【0017】
また、本発明の高分子電解質膜の製造方法は、芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーをグラフト重合する第1のグラフト重合工程と、下記式で表されるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーを、前記第1のグラフト重合工程により得られたグラフト鎖及び/又は前記高分子フィルム基材の主鎖に、グラフト重合する第2のグラフト重合工程とを具備することを特徴とする。
【化2】

【0018】
さらに、本発明の高分子型燃料電池は、上記のいずれかの高分子電解質膜が、ガス拡散電極の間に設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の高分子電解質膜によれば、芳香族炭化水素系高分子フィルム基材への、ビニルモノマーのグラフト重合により得られたグラフト鎖も、スルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーをグラフト重合するときのいわゆる足場高分子として利用できるため、前記機能性モノマーの芳香族炭化水素系高分子フィルム基材への低グラフト重合性が改善され、高いグラフト率でグラフト重合できる。そのため、より多いスルホン酸基を有するグラフト型芳香族炭化水素系高分子電解質膜とすることができ、プロトン伝導性、機械的強度に優れる高分子電解質膜とすることができる。さらに、機械的強度が高いために、寸法安定性に優れるものとなる。また、特に高分子型燃料電池用として好適に用いることができる。
【0020】
また、本発明の高分子電解質膜の製造方法によれば、芳香族炭化水素系高分子フィルムへの、前記ビニルモノマーをグラフト重合する第1のグラフト重合工程と、前記スルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーを、グラフト重合する第2のグラフト重合工程とを具備するので、前記機能性モノマーの芳香族炭化水素系高分子フィルム基材への低グラフト重合性が改善され、高いプロトン伝導性かつ高い機械的強度を有する高分子電解質膜、特に高分子型燃料電池用高分子電解質膜を低コストで製造できる。
【0021】
さらに、本発明の高分子型燃料電池によれば、上記の高分子電解質膜がガス拡散電極の間に設けられているので、プロトン伝導性及び機械的強度に優れるものとなる。さらに、本発明の高分子型燃料電池によれば、上記のプロトン伝導性及び機械的強度を両立させた高分子電解質膜がガス拡散電極の間に設けられているので、燃料電池が長寿命かつ高出力となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の高分子電解質膜は、芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーをグラフト重合した後、得られたグラフト鎖及び/又は前記高分子フィルム基材の主鎖(芳香族高分子鎖)に、下記式で表されるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーをグラフト重合により導入したものである。
【化3】

このような、本発明の高分子電解質膜は、エンジニアリングプラスチックである強靭な芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーをグラフト重合する第1のグラフト重合工程により、ビニルモノマーをいわゆる足場高分子(グラフト鎖)として導入し、次に、上記式で表されるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーを、前記第1のグラフト重合工程により得られたグラフト鎖及び/又は前記高分子フィルム基材の主鎖に、グラフト重合する第2のグラフト重合工程とにより、前記機能性モノマーを側鎖として前記の足場高分子および/または基材の高分子主鎖にグラフト重合することにより作製できる。また、さらに、必要に応じてプロトン化処理または加水分解処理を行うことにより高い機械的強度と高いプロトン伝導性とを両立させた高分子電解質膜を作製できる。
【0023】
機械的強度に優れるスーパーエンジニアリングプラスチックである芳香族炭化水素系高分子フィルム基材の特性を最大限に継承するために、従来の濃硫酸、クロロスルホン酸または発煙硫酸によるスルホン化工程による基材の機械的特性の低下を避けるために、スルホン酸基または加水分解などによるスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーをフィルム基材にグラフトすることが試みられた。しかしながら、これらの機能性モノマーが芳香族炭化水素系高分子フィルムへのグラフト重合性が低いため、高いグラフト率、すなわち、高いイオン交換容量を有する電解質膜の合成が困難であることが認識された。そこで、上述のように、エンジニアリングプラスチックである芳香族炭化水素系高分子フィルムを基材として、その基材の高分子主鎖に第1のグラフト重合工程としてビニルモノマーを多次元主鎖、例えば2次元主鎖としてグラフト重合して足場高分子(グラフト鎖)を形成し、さらに、第2のグラフト重合工程として、下記式で表されるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーを側鎖として上記の足場高分子及び/又は基材の高分子主鎖にグラフト重合する。
【化4】


すなわち、第1のグラフト重合工程で、基材の高分子主鎖にビニルモノマーをグラフト反応させる。そのグラフトされた足場高分子が第2グラフト重合工程のグラフト足場として利用できるため、スルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーの芳香族炭化水素系高分子フィルムへの低グラフト重合性を改良し、高いグラフト率でグラフト重合できる。そのため、より多いスルホン酸基を有するグラフト型芳香族炭化水素系高分子電解質膜が得られる。以下、詳しく説明する。
【0024】
(グラフト重合)
本発明でのグラフト重合の様式は特に限定されず、例えば、熱グラフト重合、または放射線グラフト重合などを挙げられる。
【0025】
(熱グラフト重合)
熱グラフト重合の場合には、高分子フィルム基材をモノマー溶液中に浸漬させ、空気中または窒素等の不活性雰囲気下、40〜100℃、特に50〜80℃で1〜48時間、特に5〜20時間重合反応を行うことが好ましい。芳香族炭化水素系高分子の芳香環が高いラジカル捕捉能があるため、熱により生成したラジカルが基材の芳香環に捕捉され、グラフト重合の出発点として基材の高分子鎖に枝のようなグラフト鎖を形成する。
【0026】
熱グラフト重合はプロセスが簡便、コストが低いという特徴があるために、好ましい。しかしながら、熱により生成するラジカル量が少ないため、そのグラフト率を20%以上にさせるのは困難である。本発明では、芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーをグラフト重合する第1のグラフト重合工程における要求グラフト率が低いこと、及び、グラフト反応性の高いモノマーが選択できることから、熱グラフト重合は、第1のグラフト工程により好ましい。
【0027】
(放射線グラフト重合)
放射線グラフト重合の場合、放射線を照射することで、高分子フィルム基材にラジカルが生成し、そのラジカルとビニルモノマーが接触することでグラフト鎖が形成される。ラジカル量は照射量によってコントロールできるため、高いグラフト率が得られるため好ましい。本発明では、前記第1のグラフト重合工程よりも高いグラフト率が要求される、前記スルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーをグラフト重合する第2のグラフト重合工程において、高いグラフト率を得られる放射線グラフト重合を使用することがより好ましい。
【0028】
高分子フィルム基材又は第1の重合工程によりグラフト鎖が形成された高分子フィルム基材へのモノマーのグラフト重合は、基材のみ又はグラフト鎖が形成された高分子フィルム基材を放射線照射後にモノマーを反応させる、いわゆる前照射法、あるいは基材及びモノマー、又はグラフト鎖が形成された高分子フィルム基材及びモノマーを同時に放射線照射してモノマーを反応させる、いわゆる同時照射法のいずれの方法でも可能であるが、ホモポリマーの生成量の少ない前照射法が好ましい。
【0029】
前記前照射法には二通りの方法、すなわち、高分子フィルム基材(グラフト鎖が形成されたものも含む。以下同様である。)を不活性ガス中で照射するポリマーラジカル法と、基材を酸素存在下で照射するパーオキサイド法とがあり、いずれも使用可能である。前照射法の一例としては、まず高分子フィルム基材をガラス製容器などに挿入した後、この容器を真空脱気し、不活性ガスと置換する。その後、基材を含む容器に−10 ℃〜80 ℃の温度、好ましくは室温付近で、放射線を照射した後、モノマー溶液を、この照射した基材を含む容器内に充填してグラフト重合を行う。
【0030】
前記放射線の照射量は、1kGy以下では、グラフト鎖が十分に形成されなくなる。そのため、1kGy以上、好ましくは5kGy以上、さらに好ましくは10kGy以上であることが望ましい。また、前記放射線の照射量が高い場合には、照射コストが高くなり、また、基材である高分子が破断して脆くなり、電池への使用に耐えられなくなる。このため、前記放射線の照射量は500kGy以下、好ましくは100kGy以下、さらに好ましくは60kGy以下であることが望ましい。
【0031】
照射に使用される放射線の種類は特に限定がなく、γ線、X線、電子線、イオンビーム、紫外線などが例示される。ラジカル生成の容易さからγ線、電子線が好ましい。
【0032】
前記高分子フィルム基材と、モノマー溶液とを接触させる際には、真空下、不活性ガス雰囲気や大気中などで行われる。しかしながら、グラフト鎖を充分に形成させるためには、酸素によるラジカルの失活を防ぐため、真空下または不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。本発明においては、グラフト重合を行う際の反応雰囲気中の酸素濃度を0.01%又は0.01%以下(体積%、以下同様である。)に調整することが好ましい。酸素濃度が0.01%を超えるとグラフト重合性が低下する場合がある。不活性ガスとしては、窒素、アルゴンなどが使用できる。
【0033】
(グラフト重合温度・時間)
適度なグラフト重合速度が得られるためには、グラフト重合温度40℃以上が好ましい。また、ホモポリマーの形成およびラジカルの失活を防ぐため、グラフト重合温度は100℃以下が好ましい。グラフト重合時間は、1〜40時間、特に4〜20時間が好ましい。
【0034】
(グラフト重合溶媒)
また、ホモポリマーの生成を抑制するために、モノマーを溶媒で希釈して使用することが好ましい。モノマーを希釈するための溶媒としては、特に限定されないが、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、トルエン、ヘキサン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、アセトン、メチルイソプロピルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、イソプロピルアミン、ジエタノールアミン、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド等の含窒素化合物等の溶媒を適宜選択して使用することができる。なお、溶媒を用いる場合、モノマー濃度は、特に限定されないが、通常、20〜80体積%(vol%)であれば好ましい。
【0035】
上述のように、本発明の第1のグラフト重合工程及び/又は第2のグラグト工程は、基材をモノマー溶液中で加熱することによる熱グラフト重合、またはあらかじめ基材を放射線に照射させ、照射した基材をビニルモノマー溶液中に加熱による放射線グラフト重合(前照射放射線グラフト重合法)、または基材とビニルモノマー溶液を接触して放射線照射によるグラフト重合(同時照射グラフト重合法)などにより行われる。すなわち、第1及び第2のグラフト重合工程により、ビニルモノマー及び機能性モノマーはグラフト鎖として基材の高分子鎖に化学結合されるため、高分子電解質膜に高い安定性が寄与できる。
また、熱グラフト重合及び放射線グラフト重合いずれも芳香族炭化水素系高分子フィルム基材の内部までに均一にグラフトできるため、高分子電解質膜の全体に高プロトン伝導性が期待できる。さらに、熱グラフト重合及び放射線グラフト重合いずれも重合プロセスが簡便であり、すでに工業化された工程であり容易に適用できる。
【0036】
(高分子電解質膜の構造)
(高分子電解質膜の基材)
本発明で使用できる基材としては、いわゆるスーパーエンジニアリングプラスチックである芳香族炭化水素系高分子フィルムであれば特に限定しない。たとえば、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエチレンナフタレート、ポリカーボネイト、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリスルホン、又はポリイミド系の高分子フィルムであるポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール、ポリエーテルエーテルイミドなどの構造を有する芳香族炭化水素系高分子フィルム基材も使用することができる。これらのうち、ポリエーテルエーテルケトン構造、ポリエーテルケトン構造、ポリイミド構造、ポリスルホン構造、またはポリベンゾイミダゾール構造を有する芳香族炭化水素系高分子フィルム基材が好ましい。これらの場合、これらのスーパーエンジニアリングプラスチックである芳香族炭化水素系高分子フィルムの優れた機械的、熱的、化学的特性がそのまま継承された高分子電解質膜を製造できる。なかでも、ポリエーテルエーテルケトンフィルムがよりさらに好ましい。
【0037】
(基材の厚さ)
本発明の基材としての高分子フィルムの厚さは特に限定されないが、10〜200μmが好ましい。10μmより薄いと得られた電解質膜の強度が低下し、200μmより厚いと得られた電解質膜の膜抵抗が大きくなり燃料電池等の特性が不足する傾向にある。そのため、充分な強度と高いプロトン伝導性能が達成されるように、10〜200μmの間で目的にあわせて調整されればよい。
【0038】
(第1のグラフト重合工程・足場高分子の導入)
本発明の第1のグラフト重合工程で、ビニルモノマーを足場高分子として基材の高分子主鎖にグラフトする。グラフトされた足場高分子(グラフト鎖)は後述の第2のグラフト重合工程において、機能性モノマーのグラフト重合の足場として働く。
【0039】
本発明における足場高分子(グラフト鎖)は、例えば放射線を使用し、ビニルモノマーを前記の基材にグラフト重合させることにより得られる。ビニルモノマーは、単一種であってもよく、また複数種のビニルモノマーを混合して使用してもよい。使用できるビニルモノマーは高分子主鎖にグラフトできれば特に限定されない。使用できるビニルモノマーは、例えば、一般式CH=CXRで表れる。XはH、OH、F、Cl、または炭化水素であり、Rは炭化水素やその誘導体などである。Rとしては、例えば、芳香環を有する炭化水素や、カルボニル基やアミド基などを有する炭化水素などが挙げられる。ビニルモノマーとしては、具体的には、スチレンおよびその誘導体、アクリル酸とその誘導体、アクリルアミド類、ビニルケトン類、アクリロニトリル類、ビニルフッ素系モノマー、またはそれらの多官能性モノマー、例えば多官能性ビニルモノマーなどが挙げられる。
【0040】
また、多官能性(基)ビニルモノマーは、熱グラフト重合性が高いこと、高分子主鎖間に架橋構造を付与できること、及び未反応のビニル基が第2グラフト工程における機能性モノマーのグラフト重合を促進できることの利点を有する。使用できる多官能性(基)ビニルモノマーとして、ジビニルベンゼン、ビスビニルフェニルエタン、2,4,6−トリアリルオキシ−1,3,5−トリアジン、トリアリル−1,2,4−ベンゼントリカルボキシレート、トリアリル−1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリオン、ジビニルスルホン、エチレングリコールジビニルエーテル、ジエチレングリコールジビニルエーテル、トリエチレングリコールジビニルエーテル、シクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル、フェニルアセチレン、ジフェニルアセチレン、1,4−ジフェニル−1,3−ブタジエン、ジアリルエーテル、ブタジエン、イソブテンなどが挙げられる。
【0041】
本発明における電解質膜の機械的強度を低下させないため、第1のグラフト重合工程におけるビニルモノマーのグラフト率は20%以下、さらには15%以下に調整することが好ましい。また、第2のグラフト工程における機能性モノマーのグラフト重合の足場として十分に働くために、グラフト率は3%以上、好ましくは8%以上に調整することが望ましい。
【0042】
(第2のグラフト重合工程・機能性側鎖の導入)
本発明の第2のグラフト重合工程は、足場高分子がグラフトされた高分子フィルムにスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーを側鎖としてグラフト重合する。次に、必要に応じて酸によるプロトン化処理または加水分解を行うことにより高分子電解質膜を得られる。
【0043】
(機能性モノマー)
本発明において使用できる機能性モノマーは、化学式:
【化5】

の構造を有する。
【0044】
前記機能性モノマーより好ましくは、下記の化学式
【化6】

の構造を有する。この場合には、グラフト側鎖としてスルホン酸アルキルエステル基を高温で加水分解するだけでスルホン酸基へ変換できるため、従来の濃硫酸、発煙硫酸、またはクロロスルホン酸によるスルホン化工程が不要になる。そのために、基材である芳香族炭化水素系高分子フィルムの芳香族環のスルホン化反応を避けられ、フィルム基材の優れた機械的・熱的・化学的特性を最大限で保持できる。また、エステル化されたモノマーの使用により、芳香族炭化水素系高分子フィルムへのグラフト重合性が高められ、高いグラフト率、すなわち、より多いスルホン酸基を有するグラフト側鎖が芳香族炭化水素系高分子フィルム基材へのグラフトができる。これらの機能性モノマーとして、具体的には、スチレンスルホン酸、スチレンスルホン酸ナトリウム、スチレンスルホン化エチルエステルなどが挙げられる。上述のように、これらのうちスチレンスルホン酸エステル、例えばスチレンスルホン酸メチルエステル、スチレンスルホン酸エチルエステルなどが好ましい。なお、これらの機能性モノマーは一種だけでなく複数種を混合して用いてもよい。
【0045】
(架橋剤)
本発明においては、さらに上述したモノマー、すなわち第1の重合工程に用いられるビニルモノマー及び/又は第2の重合工程に用いられる機能性モノマーに、特には、第2の重合工程に用いられる機能性モノマーに、架橋剤として多官能基を有するモノマー(多官能性モノマー)をそれぞれ重量比で10%以下(モノマー反応液中に)添加してグラフト鎖を架橋することも可能である。10%以上に添加すると、グラフト重合性が低下することや、得られた高分子電解質膜が脆くなる恐れがある。なお、多官能基を有するモノマー(多官能性モノマー)としては、多官能性ビニルモノマーが好ましい。また、多官能性モノマーの1種類又は2種類以上を架橋剤として組み合わせることが可能である。多官能性モノマー、特に多官能性ビニルモノマーを、機能性モノマー反応液中に添加することで、スルホン酸基を有するグラフト側鎖の間に橋架けをすることができる。その結果、電解質膜中のスルホン酸基の脱落を抑制でき、得られた高分子電解質膜に高い化学安定性が期待できる。
【0046】
上記多官能性モノマー(好ましくは多官能性ビニルモノマー)は、ジビニルベンゼン、1,2−ビス(p−ビニルフェニル)エタン、ジビニルスルホン、エチレングリコールジビニルエーテル、ジエチレングリコールジビニルエーテル、トリエチレングリコールジビニルエーテル、ジビニルベンゼン、シクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル、フェニルアセチレン、ジフェニルアセチレン、2,3−ジフェニルアセチレン、1,4−ジフェニル−1,3−ブタジエン、ジアリルエーテル、2,4,6−トリアリルオキシ−1,3,5−トリアジン、トリアリル−1,2,4−ベンゼントリカルボキシレート、トリアリル−1,3,5−トリアジン−2,4,6−トリオンなどが挙げられる。
【0047】
(高分子電解質膜の特性)
本発明による高分子電解質膜では、第2のグラフト重合工程における機能性モノマーのグラフト率によって、導入されるスルホン酸基の量、即ちイオン交換容量を制御することができる。適度なイオン交換容量や含水率を得るためには、第2のグラフト重合工程における機能性モノマーのグラフト率は20%以上、なかんずく30%以上となるように調整することが好ましい。また、高分子電解質膜に適度な引っ張り強度、伸び、ガス非透過性、電極との接合性、耐酸化性などを付与するためには、グラフト率は100%以下、好ましくは70%以下、さらに好ましくは50%以下に調整することが望ましい。
【0048】
また、本発明の高分子電解質膜においては、前記ビニルモノマーをグラフト重合する第1のグラフト重合工程でのグラフト率が1〜20%であり、前記機能性モノマーを重合する第2グラフト重合工程でのグラフト率が6〜80%であり、さらに、イオン交換容量が0.8〜3.0 meq/g、特には0.8〜2.5 meq/gであることが好ましい。これは、第1のグラフト重合工程で導入されたビニルモノマーのグラフト鎖は、第2のグラフト重合工程での機能性モノマーのグラフト重合の足場として機能するものであり、そのグラフト率は1〜20%があれば充分である。より大きいグラフト率にすれば、高分子電解質膜の機械的強度または化学的・熱的特性に損なう恐れがある。また、第2のグラフト重合工程におけるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーのグラフト率を6〜80%にすれば、得られた高分子電解質膜のイオン交換容量が0.8〜2.5meq/gになり、高分子型燃料電池への実用に求める特性に実現できる。なお、上述のように高分子電解質膜に適度な引っ張り強度、伸び、ガス非透過性、電極との接合性、耐酸化性などを付与することを考慮すると、前記機能性モノマーを重合する第2のグラフト重合工程でのグラフト率が20〜70%とすることがより好ましい。また、前記ビニルモノマーを重合する第1のグラフト重合工程でのグラフト率は、5〜15%がより好ましい。
【0049】
すなわち、高分子電解質膜にプロトン伝導性を付与するためには、高分子電解質膜のイオン交換容量は0.8meq/g以上、さらには1.2meq/g以上に調整することが好ましい。また、高分子電解質膜の寸法変化が抑制し、高分子電解質膜の強度を充分に保つためには、イオン交換容量は3.0meq/g以下、さらには2.5meq/g以下、よりさらには2.0meq/g以下に調整することが好ましい。よって、高分子電解質膜のイオン交換容量が0.8〜2.5meq/gの範囲がよりさらに好ましい。
【0050】
本発明による高分子電解質膜は、25℃におけるプロトン伝導率が0.01Scm−1以上であることが好ましく、0.1Scm−1以上であることがより好ましい。プロトン伝導率が0.01Scm−1未満であると、膜抵抗が大きく十分な燃料電池等の性能を得られなくなる。
【0051】
ここで、高分子電解質膜のプロトン伝導性を上げるためには、高分子電解質膜を薄くすることも考えられる。しかし、高分子電解質膜を薄くすると破損しやすく、通常では20μm〜200μm厚の範囲の高分子電解質膜が使用される。燃料電池用として使用する場合、高分子電解質膜の膜厚は、10μm〜200μm、好ましくは20μm〜100μmの範囲に調整する。
【0052】
かくして得られた燃料電池用高分子電解質膜は、従来の膜には見られない引っ張り強度や柔軟性を有し、かつ高いプロトン伝導性を有し、また、ガス拡散電極と組み合わせた電池全体の抵抗も低く、製造コストも市販されているナフィオン(デュポン社製登録商標)に比べて極めて安価である。さらに、機械的強度も優れているため、寸法安定性も優れている。
【0053】
(燃料電池)
本発明の燃料電池は、燃料極と空気極の間に上記高分子電解質膜が設けられているものである。この場合、燃料極、空気極の構成、材質、燃料電池の構成は公知のものとすることができる。本発明の燃料電池では、固体高分子電解質膜以外の構成や構造はいずれのものともすることができる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例及び比較例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
基材として、芳香族炭化水素系高分子であるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)フィルム(Victrex社製、Victrex APTIVTM(商標)Film 2000 Series)を使用した。基材の膜厚は50μm、幅は100mm、長さ200mmである。
第1のグラフト重合工程として、反応液は、ジビニルベンゼン(DVB)(和光純薬工業株式会社製、80%異性体混合物):1,4−ジオキサン=25:75(容積%)の混合溶液を使用した。上記基材PEEKフィルムをこの反応液に浸漬し、常温で不活性ガスであるアルゴンを20分間流すことで、空気と置換した。次に50℃、20時間で熱グラフト重合を行った。グラフトされた基材を80℃、8時間で乾燥した。
【0056】
第1のグラフト重合工程のグラフト率(以下、「グラフト率1」とも称する。)は、第1のグラフト重合工程後の乾燥した重量Wgを測定し、反応前の基材の重量Woとの差を計測して次式により求めた。
【数1】

【0057】
第2のグラフト重合工程として、第1のグラフト工程でDVBがグラフトされたPEEKフィルムにコバルト60のγ線をアルゴンガス中、常温で照射した(放射線照射工程)。γ線照射量は15kGyである。このγ線照射されたDVBグラフトフィルムを基材として、第2のグラフト重合工程を実施した。反応液は、スチレンスルホン酸エチルエステル(ETSS)東ソー株式会社製、CAS No.:16736−98−4):ジオキサン=25:75(容積%)の混合溶液を使用した。反応液は予め常温で不活性ガスであるアルゴンを20分間流すことで空気と置換した。照射したDVBグラフトPEEKフィルムをこの反応液に浸漬し、アルゴン雰囲気中、80℃、16時間でグラフト重合をさせた。グラフトフィルムを反応液から取り出し、トルエン溶媒で洗浄し、80℃で8時間乾燥した。第2のグラフト重合工程のグラフト率(以下、「グラフト率2」とも称する。)は第2のグラフト重合工程後の乾燥した重量Wggを測定し、反応前のフィルムの重量Wgとの差を計測して次式により求めた。
【数2】

【0058】
次に、イオン交換水中に95℃で24時間浸漬した(加水分解工程)。
上記方法で基材PEEKフィルムより作製した芳香族炭化水素高分子電解質膜の特性として、イオン交換容量(meq/g)、含水率(%)、プロトン伝導性(S/cm)、乾燥膜引張強度(MPa)および含水膜引張強度(MPa)を評価した。各測定値は以下の測定によって求めた。
【0059】
(1)イオン交換容量(meq/g)
高分子電解質膜のイオン交換容量(IEC)は次式で表される。
【数3】

nの測定は、高分子電解質膜を1M硫酸溶液中に50℃で4時間浸漬し、完全にプロトン型(H型)とした後、脱イオン水でpH=6〜7まで洗い、遊離酸を完全に除去後、飽和NaCl水溶液中に24時間浸漬することでイオン交換を行い、プロトンHを遊離し、その後、該電解質膜とその水溶液を0.02M NaOHで中和滴定することで、高分子電解質膜のスルホン酸基量を、プロトンH量n=0.02V(V:滴定した0.02M NaOHの体積(ml))として求めた。
【0060】
(2)含水率(%)
80℃で、水中で24時間保存のH型の高分子電解質膜を取り出し、すなわち表面の水を軽く拭き取った後、含水重量Wwを測定した。この膜を60℃、16時間で、真空乾燥後、重量測定することで高分子電解質膜の乾燥重量Wdを求め、Ww、Wdから次式により含水率を算出した。
【数4】

【0061】
(3)プロトン伝導性(S/cm)
室温で、水中で保存のH型の高分子電解質膜を取り出し、すなわち両白金電極に挟み、インピーダンスによる膜抵抗を測定した。高分子電解質膜のプロトン伝導性は次式を用いて算出した。
【数5】

【0062】
(4)機械的強度
高分子電解質膜の機械的強度として、引張強度(MPa)を、室温(約25℃)で、JISK7127に準じて、ダンベル型の試験片を乾燥状態または含水状態で測定した。それらの結果を表1に示す。
【0063】
(実施例2)
実施例1の第2のグラフト重合工程において、グラフト反応液に架橋剤としてジビニルベンゼン(和光純薬工業株式会社製、80%異性体混合物)を添加した。すなわち、第2のグラフト重合工程において、グラフト反応液の配合は、スチレンスルホン酸エチルエステル:ジビニルベンゼン:ジオキサン=24:1:75(容積%)とした。得られた高分子電解質膜の特性を実施例1と同様に測定して評価した。その結果を表1に示す。
【0064】
(実施例3)
実施例1の第1のグラフト重合工程において、ビニルモノマーとしてDVBの代わりにスチレンを使用した。すなわち、第1のグラフト重合工程においてグラフト反応液の配合は、スチレン:ジオキサン=25:75(容積%)とした。得られた高分子電解質膜の特性を実施例1と同様に測定して評価した。その結果を表1に示す。
【0065】
(比較例1)
第1のグラフト重合工程を省略し、直接第2のグラフト重合工程を実施すること以外は、実施例1とまったく同じ方法で高分子電解質膜を調製した。得られた固体高分子電解質膜の特性を実施例1と同様に測定して評価した。その結果を表1に示す。
【0066】
(比較例2)
実施例1において、第1のグラフト工程及び第2のグラフト工程を省略し、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)を従来の方法で直接スルホン化することで電解質膜を作製した。具体的には、1gのポリエーテルエーテルケトンPEEKを50gの96%濃硫酸中に溶解し、室温で240時間スルホン化反応を行った。その後、200gの氷水中に注入することで、スルホン化PEEKの沈殿物を得た。分離したスルホン化PEEK100mgを2gのDMSO溶液中に80℃で溶解し、ガラス板上にキャストすることでスルホン化PEEK電解質膜を作製した。得られた固体高分子電解質膜の特性を実施例1と同様に測定して評価した。その結果を表1に示す。
【0067】
(比較例3)
ナフィオン112(デュポン社製)の特性について実施例1と同様に測定して評価した。その結果を表1に示す。
【0068】
(評価結果)
実施例および比較例の評価結果を表1に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
比較例1は、第1のグラフト工程を省略し、従来の放射線グラフト重合法である実施例1の第2のグラフト重合工程のみで高分子電解質膜を製造したものである。芳香族炭化水素系高分子PEEKフィルムへの機能性モノマーのグラフト重合性が低いため、実施例より遥かに低い機能性モノマーのグラフト率しか得られなかった。また、比較例1における放射線の照射量、グラフト重合温度、グラフト時間などグラフト条件を調整したが、上記芳香族機能性炭化水素高分子フィルムへの最大グラフト率は20%以下であった。得られた高分子電解質膜は、低いグラフト率のためそのプロトン伝導性が絶縁状態に近く、燃料電池用電解質膜への応用は見込めない。
【0071】
比較例2は、従来の直接スルホン化工程及び製膜工程で作製した高分子電解質膜を製造したものである。スルホン酸基が直接フィルム基材の芳香環に結合されたため、基材高分子の特性に大きな影響を及ぼす。その結果、実施例と同程度のイオン交換容量とプロトン伝導率であるにもかかわらず、得られた電解質膜の飽和含水率は100%以上となる。従って、乾燥・吸水による寸法安定性が著しく低下するため、燃料電池作動下では容易に破損してしまう。
【0072】
比較例3は従来のナフィオン電解質膜の特性を示した。表1の評価結果からわかるように、実施例1〜3のプロトン伝導率、飽和含水率がナフィオン電解質膜と同レベルまたはそれより高いレベルの特性を示した。特に、実施例1〜3の芳香族炭化水素系高分子電解質膜の機械的強度(乾燥膜引っ張り強度、飽和含水膜引っ張り強度)はナフィオン電解質膜の倍以上であった。
【0073】
また、実施例1〜3においては、電解質膜のスルホン酸基は機能性モノマーのスルホン酸エチルエステル基から加水分解により変換されているが、機能性モノマーのスルホン酸ナトリウムなどのプロトン化処理によっても変換できる。更に、直接スルホン酸基を持つ機能性モノマーを使用してグラフト鎖にスルホン酸基を導入してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明においては、グラフト重合技術を基礎にして、スーパーエンジニアリングプラスチックである芳香族炭化水素系高分子フィルムを基材として2段階のグラフト重合により機械的強度が強い、高いプロトン伝導性を有する高分子電解質膜とその製造方法の発明ができ、燃料電池の普及に貢献できる。また、本発明の機械的強度に優れた高プロトン伝導性電解質膜は、燃料電池の他に、水電解、食塩電解、酸素濃縮器、湿度センサ、ガスセンサ等に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーをグラフト重合した後、得られたグラフト鎖及び/又は前記高分子フィルム基材の主鎖に、下記式で表されるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーをグラフト重合により導入したことを特徴とする高分子電解質膜。
【化1】

【請求項2】
前記ビニルモノマー及び/又は前記機能性モノマーに、1種又は2種以上の多官能性モノマーを架橋材として組み合わせて、架橋構造を形成させたことを特徴とする請求項1記載の高分子電解質膜。
【請求項3】
前記芳香族炭化水素系高分子フィルム基材が、ポリエーテルエーテルケトン構造、ポリエーテルケトン構造、ポリイミド構造、ポリスルホン構造、またはポリベンゾイミダゾール構造を有することを特徴とする請求項1又は2記載の高分子電解質膜。
【請求項4】
前記ビニルモノマーのグラフト重合及び前記機能性モノマーのグラフト重合が、それぞれ、熱グラフト重合及び放射線グラフト重合のうちのいずれか一方であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項記載の高分子電解質膜。
【請求項5】
前記ビニルモノマーのグラフト重合のグラフト率が1〜20%であり、前記機能性モノマーのグラフト重合のグラフト率が6〜80%であり、かつ、イオン交換容量が0.5〜3.0meq/gであることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項記載の高分子電解質膜。
【請求項6】
芳香族炭化水素系高分子フィルム基材に、ビニルモノマーをグラフト重合する第1のグラフト重合工程と、
下記式で表されるスルホン酸基またはスルホン酸基へ変換できる官能基を有する機能性モノマーを、前記第1のグラフト重合工程により得られたグラフト鎖及び/又は前記高分子フィルム基材の主鎖に、グラフト重合する第2のグラフト重合工程と
を具備することを特徴とする高分子電解質膜の製造方法。
【化2】

【請求項7】
請求項1ないし6に記載の高分子電解質膜が、ガス拡散電極の間に設けられていることを特徴とする高分子型燃料電池。

【公開番号】特開2009−67844(P2009−67844A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−235458(P2007−235458)
【出願日】平成19年9月11日(2007.9.11)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】