説明

正極活物質の製造方法

【課題】結晶性が高いリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を好適に製造する方法を提供する。
【解決手段】リン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を製造する方法であって、リチウム源、マンガン源およびリン酸源を包含する出発原料を所定の溶媒中で混合し、リチウム成分、マンガン成分およびリン酸成分を含有する原料混合液を調製する工程(S10)と、該原料混合液をゲル化してゲル状組成物を得るゲル化工程(S20)と、得られたゲル状組成物をゲル状態のまま100時間以上にわたって保持するゲル状態保持工程(S30)と、上記ゲル状態保持工程の後、上記ゲル状組成物を焼成する焼成工程(S40)とを含む製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池の正極活物質を製造する方法に関する。詳しくは、リン酸マンガンリチウムからなる正極活物質の製造方法に関する。また、該製造方法によって製造された正極活物質の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
正極と負極との間をリチウムイオンが行き来することによって充電および放電するリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン電池)は、軽量で高出力が得られることから、車両搭載用電源あるいはパソコンや携帯端末の電源として今後益々の需要増大が見込まれている。この種の二次電池の一つの典型的な構成では、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出し得る材料(電極活物質)が導電性部材(電極集電体)に保持された構成の電極を備える。例えば、正極に用いられる電極活物質(正極活物質)の一つとして、リチウムを含むいわゆるオリビン型のリン酸化合物(例えばLiFePOやLiMnPO等)が挙げられる。リチウムを含むオリビン型リン酸化合物(以下、単にオリビン型リン酸化合物という。)は、理論容量が高く、低コストで、安全性に優れることから、有望な正極活物質として注目されている。
【0003】
かかるオリビン型リン酸化合物の合成は、一般に、固相反応法により行われる。すなわち、原料となる粉末状の化合物を所定の組成となるように秤量して混合した後、熱処理(焼成)を行って合成する。しかし、固相反応法による合成では、各原料を均一に混合した状態で反応させることが難しく、それゆえに、均質なリン酸化合物を得ることが難しいという課題がある。このような課題の解消を目的として、リン酸化合物の合成を液相中で行うことが提案されている。例えば、特許文献1では、正極材料の原料をリン酸、またはリン酸を含む溶液中で反応させ、その後、所定の温度に焼成することにより正極材料を合成している。特許文献1の技術では、液相中で各材料が均一に混合されるので、均質で電気化学特性に優れた正極材料を得ることができる。なお、オリビン型リン酸化合物の合成に関する他の従来技術としては、特許文献2〜4等が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003−157845号公報
【特許文献2】特開2003−257429号公報
【特許文献3】特開2005−190882号公報
【特許文献4】特開2008−130526号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、マンガンを含有するオリビン型リン酸化合物(以下、「リン酸マンガンリチウム」という。)は、他のオリビン型リン酸化合物(例えばLiFePO)に比べて、イオン導電性および電子導電性が低い。そのため、所望の電池特性を得るためには、結晶性の高いリン酸マンガンリチウムを得ることが重要になる。しかしながら、上記特許文献1〜4の何れにおいても、リン酸マンガンリチウムの高結晶化に限界があり、従来の合成方法では、所望の電池特性を得ることが難しかった。
【0006】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、結晶性が高いリン酸マンガンリチウム(LiMnPO)からなる正極活物質を好適に製造する方法を提供することである。また、ここで開示される方法により製造されたリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を正極に備えるリチウム二次電池の提供を他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、一般にゾルゲル法として知られる手法を用いてリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を製造する方法について鋭意検討を行っていたところ、リン酸マンガンリチウムの出発原料を溶解した原料混合液をゲル化し、得られたゲル状組成物をゲル状態のまま長時間にわたって保持した後に焼成することによって、結晶化度の高い所望の化合物を製造し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明により提供される方法は、ゾルゲル法に基づいてリン酸マンガンリチウム(典型的にはLiMnPOで表されるオリビン型構造を有する。)からなる正極活物質を製造する方法である。この方法は、リチウム源、マンガン源およびリン酸源を包含する出発原料を所定の溶媒(典型的には水)中で混合し、リチウム成分、マンガン成分およびリン酸成分を含有する原料混合液(各成分からなる1種又は複数種の微粒子が溶媒中に分散したもの、即ち、ゾル、コロイド液、分散液、懸濁液と呼ばれるものを包含する。以下同じ。)を調製する工程と、上記原料混合液をゲル化してゲル状組成物を得るゲル化工程と、上記得られたゲル状組成物をゲル状態のまま100時間以上にわたって保持するゲル状態保持工程と、上記ゲル状態保持工程の後、上記ゲル状組成物を焼成する焼成工程とを含む。
【0009】
ここで用語「ゾルゲル法」は、溶液から出発して種々の固体材料を作製する方法として当該分野において当業者に把握されているゾルゲル法を意味し、特別な定義を要しない。即ち、所定の原料を溶媒に混合させた溶液から粒子分散状態のゾルを作成し、このゾルを流動性のないゲルに変えて熱処理を施すことにより所望の材料を合成する方法のことをいう。
【0010】
本発明の製造方法によれば、リチウム成分、マンガン成分およびリン酸成分を含有する原料混合液をゲル化して得られたゲル状組成物をゲル状態のまま長時間にわたって保持した後に焼成する。ゲル状組成物をゲル状態のまま長時間にわたって保持すると、ゲル状組成物中の各成分(典型的にはLi+、Mn2+、PO3−などの各種イオン)がゲル状組成物中で均一に拡散し、化学量論組成に近い比率で混ざり合う。そのため、その後の焼成工程において、化学量論組成もしくはそれに近いリン酸マンガンリチウムの結晶が安定して成長し、結晶化度の高い所望の化合物を得ることができる。従って、本発明によれば、結晶性が高く、電池特性(特にレート特性や充放電容量)に優れたリン酸マンガンリチウム(典型的にはLiMnPO)からなる正極活物質を好適に製造することができる。
【0011】
ここに開示される方法の好ましい一態様では、上記ゲル化工程において、上記原料混合液を室温を上回り且つ100℃以下の温度(好ましくは概ね50℃〜90℃、例えば60℃〜80℃)に加温する。加温温度が100℃を超えると、加温時の熱によってリン酸マンガンリチウムの結晶が一部析出するため、その後の焼成工程において、結晶化度の高い所望の化合物を得ることができない場合があり得る。
この態様においては、特に上記溶媒が水であることが好ましい。水の沸点は約100℃であるため、過剰な溶媒の蒸発を抑止しつつ原料混合液(典型的には原料混合ゾル)を上記温度域に加温することを容易に行うことができる。
【0012】
ここに開示される方法の好ましい他の一態様において、上記ゲル状態保持工程では、上記ゲル状組成物を当該ゲル状態のまま100時間〜200時間程度保持する。保持時間が100時間よりも短すぎるとゲル状組成物中の各種イオンの拡散移動が不十分なため、化学量論組成に近い値を達成することができず、その後の焼成工程において、結晶化度の高い所望の化合物を得ることができない場合があり得る。その一方で、保持時間が200時間よりも長すぎるとゲル状組成物が過剰に乾燥されるとともにリン酸マンガンリチウムの結晶の一部析出が生じる虞がある。このような一部析出が生じると、その後の焼成工程において、全体にわたって均一に結晶化度が高い所望の化合物を得ることが困難となり好ましくない。
また、上記ゲル状態での保持時間は、150時間〜160時間であることが好ましい。保持時間が150時間を超えると、ゲル状組成物中の各種イオンの拡散が飽和状態となり、化学量論組成と略同じ値を達成すると考えられる。そのため、保持時間を150時間〜160時間に設定すると、結晶化度の高い所望の化合物を効率よく(短い保持時間で)得ることができる。
【0013】
ここに開示される方法の好ましい一態様では、上記焼成工程において、上記ゲル組成物を900℃を上回らない温度(好ましくは概ね300〜900℃、例えば600〜800℃)で焼成する。900℃よりも高すぎる温度で焼成すると、分相して所望のリン酸マンガンリチウムとは組成の異なる不純物が増えるため好ましくない。また、焼成温度が900℃よりも高すぎる温度であると、リン酸マンガンリチウムの粒子成長が過剰となる虞があり、活性の高い(特にレート特性に優れた)微粒子状の正極活物質を得るという観点から好ましくない。
【0014】
また、本発明によると、ここに開示されるいずれかの方法により製造された正極活物質を正極に備えるリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン二次電池)が提供される。かかるリチウム二次電池は、正極活物質として上述した結晶性の高いリン酸マンガンリチウムを用いて構築されていることから、より良好な電池特性を示す。例えば、レート特性(即ち大電流での放電特性)に優れる、充放電容量が大きい、の何れか一つを満たすものであり得る。
【0015】
このようなリチウム二次電池は、例えば自動車等の車両に搭載されるリチウム二次電池として好適である。したがって本発明によると、ここに開示されるリチウム二次電池(複数のリチウム二次電池が接続された組電池の形態であり得る。)を備える車両が提供される。特に、軽量で高出力が得られることから、該リチウム二次電池を動力源(典型的には、ハイブリッド車両または電気車両の動力源)として備える車両(例えば自動車)が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施形態に係るリン酸マンガンリチウムの製造プロセスを示す工程フロー図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るリチウム二次電池を模式的に示す図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る車両を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明による実施の形態を説明する。以下の図面においては、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付して説明している。なお、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。また、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えば、正極および負極を備えた電極体の構成および製法、セパレータや電解質の構成および製法、リチウム二次電池その他の電池の構築に係る一般的技術等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。
【0018】
特に限定することを意図したものではないが、以下では主として、基本組成がLiMnPOで表わされるオリビン型リン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を製造する場合を例として、本実施形態に係る正極活物質の製造方法について説明する。
【0019】
本実施形態に係るLiMnPOの製造方法は、図1に示すように、原料混合液調製工程(S10)と、ゲル化工程(S20)と、ゲル状態保持工程(S30)と、焼成工程(S40)とを有する。以下、各プロセスについて詳細に説明する。
【0020】
<原料混合液調製工程>
まず、原料混合液調製工程について説明する(S10)。原料混合液調製工程では、リチウム源、マンガン源およびリン酸源を包含する出発原料を所定の溶媒(典型的には水)中で混合し、リチウム成分、マンガン成分およびリン酸成分(典型的にはLi+、Mn2+、PO3−などの各種イオン)を含有する原料混合液を調製する。この実施形態では、リチウム源、マンガン源およびリン酸源を包含する出発原料を、所定の配合比となるように秤量し、これらを溶媒(ここでは水)中で混合して溶解する。出発原料を溶媒に溶解するときには、必要に応じて攪拌を行ってもよい。攪拌により、溶解を短時間で安定して行うことができる。
【0021】
ここで、上記原料混合液とは、リチウム源、マンガン源およびリン酸源を包含する出発原料を所定の溶媒中で混合し、リチウム成分、マンガン成分およびリン酸成分を上記溶媒に溶解または均一に分散させたものである。
【0022】
上記溶媒としては、水または水を主体とする混合溶媒が好ましく用いられる。かかる混合溶媒を構成する水以外の溶媒成分としては、水と均一に混合し得る有機溶媒(低級アルコール、低級ケトン等)の一種または二種以上を適宜選択して用いることができる。例えば、該水系溶媒の80質量%以上(より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上)が水である水系溶媒の使用が好ましい。特に好ましい例として、実質的に水からなる水系溶媒が挙げられる。
【0023】
上記出発原料としては、少なくともリチウム源、マンガン源およびリン酸源を包含する一種または二種以上の化合物を適宜選択して用いることができる。
【0024】
リチウム源を包含する化合物としては、上記溶媒(ここでは水)に均一に溶解または分散し得るものであれば特に限定されず、各種のリチウム化合物を用いることができる。例えば、酢酸リチウム、蓚酸リチウムなどのリチウム有機酸化合物や、炭酸リチウム、水酸化リチウム、リン酸リチウムなどのリチウム無機酸化合物を用いるとよい。特に好ましい例として、水系溶媒に溶けやすい酢酸リチウム・2水和物〔Li(CHCOO)・2HO〕が挙げられる。
【0025】
マンガン源を包含する化合物としては、上記溶媒(ここでは水)に均一に溶解または分散し得るものであれば特に限定されず、各種のマンガン化合物を用いることができる。例えば、酢酸マンガン、蓚酸マンガンなどのマンガン有機酸化合物を用いることができる。特に好ましい例として、水系溶媒に溶けやすい酢酸マンガン・4水和物〔Mn(CHCOO)・4HO〕が挙げられる。
【0026】
リン酸源を包含する化合物としては、上記溶媒(ここでは水)に均一に溶解または分散し得るものであれば特に限定されず、各種のリン酸化合物を用いることができる。例えば、リン酸2水素アンモニウム〔NHPO〕やリン酸水素2アンモニウムなどのリン酸水素アンモニウムを用いることができる。あるいは、リン酸またはリン酸を含む溶液をリン酸源として使用してもよい。
【0027】
なお、後述するゲル化工程において原料混合液のゲル化を促進するために、原料混合液にゲル化剤を添加してもよい。ゲル化剤としては、上記溶媒(ここでは水)に均一に溶解または分散し得るものを用いることができ、例えばグリコール酸〔C〕を好ましく用いることができる。ゲル化剤の添加量は特に限定されず、後述するゲル化工程においてゲル状組成物が所望のゲル状を呈するように適宜調整するとよい。
【0028】
<ゲル化工程>
次に、ゲル化工程について説明する(S20)。ゲル化工程では、原料混合液をゲル化してゲル状組成物を得る。ゲル化の方法は特に限定されないが、例えば、原料混合液を所定温度に加温(所定温度で保持)して、原料混合液から溶媒の一部を揮発させる方法を用いることができる。原料混合液を加温して溶媒を揮発させると、析出物が生じて粒子分散状態のゾル状混合物が得られ、このゾル状混合物をさらに加温すると、ゾル状混合物から流動性のないゲル状組成物に変化する。このゲル状組成物は、原料混合液から析出したゾル状混合物が溶媒(ここでは水)を保持したまま流動性を失った高粘度溶液である。
【0029】
加温温度は、使用した溶媒の種類によっても異なるが、例えば溶媒として水を使用した場合、原料混合液を、室温を上回り且つ100℃以下の温度(典型的には50℃〜90℃、好ましくは60℃〜80℃、さらに好ましくは70℃〜80℃)に加温するとよい。この加温によって、溶媒の揮発が容易に進み、溶媒の除去を短時間で安定して行うことができる。
【0030】
また、加温温度は、使用した溶媒の種類にかかわらず、100℃以下であることが好ましい。加温温度が100℃を超えると、加温時の熱によってリン酸マンガンリチウムの結晶が一部析出するため、その後の焼成工程において、全体にわたって均一に結晶化度の高い所望の化合物を得ることができない場合があるからである。
【0031】
<ゲル状態保持工程>
次に、ゲル状態保持工程について説明する(S30)。ゲル状態保持工程では、上記得られたゲル状組成物をゲル状態のまま100時間以上にわたって保持する。ゲル状組成物をゲル状態のまま長時間にわたって保持すると、ゲル状組成物中の各成分(典型的にはLi+、Mn2+、PO3−などの各種イオン)がゲル状組成物中で均一に拡散し、化学量論組成に近い比率で混ざり合う。そのため、その後の焼成工程において、化学量論組成もしくはそれに近いリン酸マンガンリチウムの結晶が安定して成長し、結晶化度の高い所望の化合物を得ることができる。
【0032】
ゲル状態での保持時間は、100時間以上であればよい。保持時間が100時間よりも短すぎると、ゲル状組成物中の各種イオンの拡散移動が不十分になり、化学量論組成に近い値を達成することができず、その後の焼成工程において、結晶化度の高い所望の化合物を得ることができない場合があるからである。
【0033】
また、ゲル状態での保持時間は、150時間以上が好ましい。保持時間が150時間を超えると、ゲル状組成物中の各種イオンの拡散が飽和状態となり、化学量論組成と略同じ値を達成すると考えられる。そのため、保持時間を例えば150時間〜160時間に設定すると、結晶化度の高い所望の化合物を特に効率よく(短い保持時間で)得ることができる。
【0034】
さらに、ゲル状態での保持時間は、200時間以下が好ましい。保持時間が200時間を超えると、ゲル状組成物が過剰に乾燥されがちとなり、リン酸マンガンリチウムの結晶が一部析出する虞がある。このような結晶の部分的な析出が発生すると、その後の焼成工程において、全体にわたって均等に結晶化度が高い所望の化合物を得ることが困難となる。
【0035】
従って、ゲル状態での保持時間は、100時間以上であればよく、より好ましくは100時間〜200時間、さらに好ましくは150時間〜200時間、好適には概ね150時間〜160時間程度である。
【0036】
保持温度は、溶媒が揮発しにくい温度であることが好ましく、使用した溶媒の種類にもよるが、例えば溶媒として水を使用した場合、原料混合液を室温(例えば25℃程度)で保持するとよい。また、保持雰囲気は、ゲル状態を安定に保つことができる雰囲気であればよく、使用した溶媒や出発原料の種類にもよるが、例えば溶媒として水を使用した場合、原料混合液を大気雰囲気で保持するとよい。必要に応じて、窒素ガス等の不活性ガス雰囲気で保持することもできる。また、原料混合液を密閉容器内に入れて保持することが好ましい。
【0037】
<焼成工程>
次に、焼成工程について説明する(S40)。焼成工程では、上記ゲル状態保持工程の後、ゲル状組成物を焼成する。この焼成によって、ゲル状組成物はオリビン型構造を有するリン酸マンガンリチウム(この実施形態ではLiMnPO)になる。このとき、上述したゲル状態保持工程を経て、ゲル状組成物中の各種イオンが化学量論組成に近い比率で混ざり合っているため、リン酸マンガンリチウムの結晶粒子が化学量論組成もしくはそれに近い組成比で成長する。これにより、結晶化度の高い所望の化合物(LiMnPO)を得ることができる。
【0038】
焼成温度は、所望の化合物(ここではLiMnPO)を合成し得る温度であればよく特に制限されないが、900℃を上回らない温度で焼成することが好ましい。焼成温度が900℃を超えると、リン酸マンガンリチウムの結晶粒子が大きく成長しすぎるため、活性の高い(特にレート特性に優れた)微粒子状の正極活物質を得ることができない場合があるからである。また、リン酸マンガンリチウムは900℃を超えると分相して不純物が増大する場合がある。そのため、ゲル組成物を900℃を上回らない温度で焼成することが好ましい。
【0039】
焼成雰囲気は特に限定されず、例えば、大気雰囲気中で焼成してもよいし、必要に応じて窒素ガス等の不活性ガス雰囲気中で焼成してもよい。
【0040】
本実施形態に係る製造方法によれば、リチウム成分、マンガン成分およびリン酸成分を含有する原料混合液をゲル化して得られたゲル状組成物をゲル状態のまま長時間にわたって保持した後に焼成する。ゲル状組成物をゲル状態のまま長時間にわたって保持すると、ゲル状組成物中の各成分(典型的にはLi+、Mn2+、PO3−などの各種イオン)がゲル状組成物中で均一に拡散し、化学量論組成に近い比率で混ざり合う。そのため、その後の焼成工程において、化学量論組成もしくはそれに近いリン酸マンガンリチウムの結晶が安定して成長し、結晶化度の高い所望の化合物を得ることができる。従って、本発明によれば、結晶性が高く、電池特性(特にレート特性や充放電容量)に優れたリン酸マンガンリチウム(典型的にはLiMnPO)からなる正極活物質を好適に製造することができる。
【0041】
上述した例では、基本組成がLiMnPOで表わされるリン酸マンガンリチウムを合成する場合を例示したが、これに限らない。例えば、オリビン型の結晶構造を維持したまま、リチウム、マンガン、リン酸の組成比を変えたリン酸マンガンリチウムを合成することもできる。その場合、原料混合液調製工程(S10)において、リチウム源、マンガン源、リン酸源を包含する出発原料の配合比を、所望の組成化合物が得られるように適宜変更すればよい。
【0042】
以上のように、本実施形態の製造方法により得られたリン酸マンガンリチウムは、上記のように結晶性が高いことから、種々の形態のリチウム二次電池(典型的にはリチウムイオン二次電池)の構成要素または該リチウム二次電池に内蔵される正極の構成要素(正極活物質)として好ましく利用され得る。
【0043】
例えば、本発明を適用して製造されたリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を正極に備えるリチウム二次電池の構成要素として好ましく使用され得る。リン酸マンガンリチウムを正極活物質として用いる場合、リン酸マンガンリチウムは、他のオリビン型リン酸化合物(例えばLiFePO)に比べて、イオン導電性および電子導電性が低い。そのため、導電性に優れた正極活物質を得るために、リン酸マンガンリチウムと、導電助剤とを混合する工程を有してもよい。混合方法は特に限定されないが、例えばメカニカルミリング法を用いた混合・粉砕処理を好ましく採用することができる。メカニカルミリング法を用いれば、リン酸マンガンリチウム粒子の表面を導電助剤で被覆(コーティング)することができる。
【0044】
導電助剤としては、典型的なリチウム二次電池に使用されるものと同じであればよく特に制限はない。例えば、カーボンブラック、グラファイト等の炭素系材料を挙げることができる。導電助剤の添加量は、リン酸マンガンリチウム100質量部に対して5質量部〜30質量部、例えば18質量部であればよい。導電助剤の量が少なすぎると、十分な導電性の向上を得られない場合があり、また、導電助剤の量が多すぎると、リン酸マンガンリチウムの相対量が減って正極活物質の性能が低下する場合があるからである。
【0045】
このようにして作製されたリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質と、必要に応じて使用される他の正極材料成分(例えば結着剤等)とを混合したものを正極集電体上に層状に保持させることにより、正極が作製される。
【0046】
正極を形成する工程は、正極活物質として本実施形態の方法により得られたリン酸マンガンリチウムを用いる点以外は、従来の一般的なリチウム二次電池用正極を作製する場合と同様にして行うことができる。例えば、上述した正極活物質と、必要に応じて使用される他の正極材料成分(例えば結着剤等)とを適当な分散媒体に分散させて混練したペースト状組成物を調製し、これを正極集電体上に塗布して乾燥することにより、正極を作製すればよい。
【0047】
以下、本発明の方法を適用して製造された正極活物質を用いて構築されるリチウム二次電池の一実施形態につき、図2に示す模式図を参照しつつ説明する。
【0048】
図2に示すように、本実施形態に係るリチウムイオン電池100は、金属製(樹脂製又はラミネートフィルム製も好適である。)のケース10を備える。このケース(外容器)10は、上端が開放された扁平な直方体状のケース本体12と、その開口部を塞ぐ蓋体14とを備える。ケース10の上面(すなわち蓋体14)には、捲回電極体80の正極20と電気的に接続する正極端子82および該電極体の負極30と電気的に接続する負極端子84が設けられている。また、ケース10の内部には、捲回電極体80が電解液と共に収容されている。
【0049】
本実施形態に係る捲回電極体80は、通常のリチウムイオン電池の捲回電極体と同様、正極シート20と負極シート30を計2枚のセパレータシート40と共に積層し、さらに当該正極シート20と負極シート30とをややずらしつつ捲回し、次いで得られた捲回体を側面方向から押しつぶして拉げさせることによって作製される扁平形状の捲回電極体80である。
【0050】
かかる捲回電極体80の捲回方向に対する横方向において、上記のとおりにややずらしつつ捲回された結果として、正極シート20および負極シート30の端の一部がそれぞれ捲回コア部分(即ち正極シート20の正極活物質層形成部分と負極シート30の負極活物質層形成部分とセパレータシート40とが密に捲回された部分)から外方にはみ出ている。かかる正極側はみ出し部分(即ち正極活物質層の非形成部分)22および負極側はみ出し部分(即ち負極活物質層の非形成部分)32には、正極リード端子86および負極リード端子88がそれぞれ付設されており、それぞれ、上述した正極端子82および負極端子84と電気的に接続される。
【0051】
正極シート20は、長尺状の正極集電体の上に正極活物質が付与されて形成され得る。正極集電体にはアルミニウム箔その他の正極に適する金属箔が好適に使用される。正極活物質は、ここに開示されるいずれかの方法を適用して製造されたリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を使用することができる。好適例として、基本組成がLiMnPOで表わされるオリビン型のリン酸マンガンリチウムが挙げられる。
【0052】
一方、負極シート30は長尺状の負極集電体の上にリチウムイオン電池用負極活物質層が付与されて形成され得る。負極集電体には銅箔(本実施形態)その他の負極に適する金属箔が好適に使用される。負極活物質は従来からリチウムイオン電池に用いられる物質の一種または二種以上を特に限定することなく使用することができる。好適例として、グラファイトカーボン、アモルファスカーボン等の炭素系材料、リチウム含有遷移金属酸化物や遷移金属窒化物等が挙げられる。
【0053】
また、正負極シート20、30間に使用される好適なセパレータシート40としては多孔質ポリオレフィン系樹脂で構成されたものが挙げられる。例えば、合成樹脂製(例えばポリエチレン等のポリオレフィン製)多孔質セパレータシートが好適に使用し得る。なお、電解質として固体電解質若しくはゲル状電解質を使用する場合には、セパレータが不要な場合(即ちこの場合には電解質自体がセパレータとして機能し得る。)があり得る。
【0054】
そして、ケース本体12の上端開口部から該本体12内に捲回電極体80を収容するとともに適当な電解質を含む電解液をケース本体12内に配置(注液)する。電解質は例えばLiPF等のリチウム塩である。例えば、適当量(例えば濃度1M)のLiPF等のリチウム塩をジエチルカーボネートとエチレンカーボネートとの混合溶媒(例えば質量比1:1)のような非水電解液に溶解して電解液として使用することができる。
【0055】
その後、上記開口部を蓋体14との溶接等により封止し、本実施形態に係るリチウムの二次電池100の組み立てが完成する。ケース12の封止プロセスや電解質の配置(注液)プロセスは、従来のリチウム二次電池の製造で行われている手法と同様でよく、本発明を特徴付けるものではない。このようにして本実施形態に係るリチウム二次電池100の構築が完成する。
【0056】
このようにして構築されたリチウム二次電池は、上述したように、結晶性が良く、不純物が少ないリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を用いて構築されているため、優れた電池性能を示す(例えばレート特性に優れる、電池容量が大きい、の少なくとも一つを満たす)ものであり得る。
【0057】
本発明の方法により得られたリン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を用いてリチウム二次電池を構築することにより、電池性能に優れたリチウム二次電池を構築できることを確認するため、実施例1〜3として以下の実験を行った。以下、実施例1〜3により本発明を具体的に説明する。
【0058】
<LiMnPOの合成>
酢酸リチウム・2水和物〔Li(CHCOO)・2HO〕と、酢酸マンガン・4水和物〔Mn(CHCOO)・4HO〕と、リン酸2水素アンモニウム〔NHPO〕とを、モル比で1:1:1となるように秤量し、これを溶媒としての純水に溶かし、原料混合液を調製した。次いで、得られた原料混合液に、ゲル化剤としてのグリコール酸〔C〕を酢酸リチウム・2水和物:グリコール酸=1:5のモル比となるように添加し、80℃に加温した。この加温によって溶媒を揮発して粒子分散状態のゾル状混合物を得、さらに加温を続けて流動性を失ったゲル状組成物を得た。次に、ゲル状組成物をゲル状態のまま容器中で100時間にわたって保持し、その後、ゲル状組成物を、大気中、600℃で焼成を行うことにより、LiMnPOを合成した。
【0059】
<正極の作製>
上記合成したLiMnPOを粉砕して粉末にした後、得られたLiMnPOの粉末80質量部を、導電助剤としてのカーボンブラック(CB)15質量部および結着材としてのポリビニリデンフロライド(PVdF)5質量部とともに適当な溶媒(N−メチルピロリドン)に分散させてペースト状組成物を調製し、このペースト状組成物を正極集電体(厚さ15μmのアルミニウム箔)に塗布して溶媒を揮発させ、正極集電体の片面に正極活物質が層状に設けられた正極を作製した。作製した正極は、φ16mmのペレット状に切り出した。
【0060】
<リチウム二次電池の作製>
上記作製したペレット状の正極と、金属リチウムからなる負極(φ19mm)とを、厚さ30μmのポリプロピレン製多孔質セパレータを介して対向するように配置し、これを電解液とともにコイン型ケース(CR2032型セル)に収容した。電解液としては、エチレンカーボネイト(EC)とジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)との3:3:4(質量比)混合溶媒に支持塩として約1mol/LのLiPFを溶解させたものを用いた。このようにして作製した試験用電池を実施例1とした。
【0061】
また、実施例2および実施例3として、ゲル状態保持ステップにおける保持時間を変えて合成したLiMnPOを用いて試験用電池を作製した。具体的には、実施例2、3の順に保持時間を150時間、200時間に増やしてLiMnPOの合成を行った。保持時間を変えたこと以外は実施例1と同様の条件にて作製した。
【0062】
さらに、比較例として、ゲル状態保持ステップにおける保持時間を0時間にして合成したLiMnPOを用いて試験用電池を作製した。具体的には、原料混合液を加温してゲル状組成物を得た後、ゲル状態保持ステップを省略し、ゲル状組成物を直ちに焼成してLiMnPOの合成を行った。ゲル状態保持ステップを省略したこと以外は実施例1と同様の条件にて作製した。
【0063】
<充放電試験>
以上のように作製した実施例1〜3および比較例の試験用電池に対して充放電試験を実施し、それらのレート特性を評価した。上記充放電試験は次のようにして行った。測定温度25℃で、定電流−定電圧方式により上限電圧4.8Vまで充電を行い、その後、下限電圧2.0Vまで、1/20Cと5Cの各電流密度で定電流放電を行った。ゲル状態保持時間と放電容量との関係を表1に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
表1から明らかなように、100時間以上のゲル状態保持ステップを経て合成されたLiMnPOを用いた電池(実施例1〜3)は、ゲル状態保持ステップを省略して合成されたLiMnPOを用いた電池(比較例)に比べて、比容量・レート特性が著しく向上しており、長時間にわたって大放電容量を有することが分かった。これは、100時間以上のゲル状態保持ステップを経て合成されたLiMnPOの方が、ゲル状態保持ステップを省略して合成されたLiMnPOよりも結晶性が良くなったからと考えられる。このことから、100時間以上のゲル状態保持ステップを経て結晶化させることにより、結晶性が良く、不純物が少ないLiMnPOが得られることが確認された。
【0066】
以上、本発明を好適な実施形態により説明してきたが、こうした記述は限定事項ではなく、勿論、種々の改変が可能である。
【0067】
なお、本発明の方法により得られた正極活物質を用いたリチウム二次電池は、上述したように電池特性に優れているため、特に自動車等の車両に搭載されるモーター(電動機)用電源として好適に使用し得る。したがって本発明は、図3に模式的に示すように、かかるリチウム二次電池(典型的には複数直列接続してなる組電池)100を電源として備える車両(典型的には自動車、特にハイブリッド自動車、電気自動車、燃料電池自動車のような電動機を備える自動車)1を提供する。
【符号の説明】
【0068】
1 車両
10 ケース
12 ケース本体
14 蓋体
20 正極
30 負極
40 セパレータ
80 捲回電極体
82 正極端子
84 負極端子
86 正極リード端子
88 負極リード端子
100 リチウムイオン電池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸マンガンリチウムからなる正極活物質を製造する方法であって、
リチウム源、マンガン源およびリン酸源を包含する出発原料を所定の溶媒中で混合し、リチウム成分、マンガン成分およびリン酸成分を含有する原料混合液を調製する工程と、
前記原料混合液をゲル化してゲル状組成物を得るゲル化工程と、
前記得られたゲル状組成物をゲル状態のまま100時間以上にわたって保持するゲル状態保持工程と、
前記ゲル状態保持工程の後、前記ゲル状組成物を焼成する焼成工程と
を含む、正極活物質の製造方法。
【請求項2】
前記ゲル化工程において、前記原料混合液を室温を上回り且つ100℃以下の温度に加温する、請求項1に記載の正極活物質製造方法。
【請求項3】
前記ゲル状態保持工程において、前記ゲル状組成物をゲル状態のまま100時間〜200時間保持する、請求項1または2に記載の正極活物質製造方法。
【請求項4】
前記ゲル状態での保持時間は、150時間〜160時間である、請求項3に記載の正極活物質製造方法。
【請求項5】
前記焼成工程において、前記ゲル組成物を900℃を上回らない温度で焼成する、請求項1から4の何れか一つに記載の正極活物質製造方法。
【請求項6】
請求項1から5の何れか一つに記載の方法により得られた正極活物質を正極に備えるリチウム二次電池。
【請求項7】
請求項6に記載の電池を備える車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−192236(P2010−192236A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−34927(P2009−34927)
【出願日】平成21年2月18日(2009.2.18)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】