説明

歩行補助装置

【課題】使用者の歩行状態に合わせて歩行補助力を適切に調整する歩行補助装置を提供する。
【解決手段】歩行補助装置10は、左右の装具12R、12Lとコントローラ30を備える。装具は、使用者の脚の動きを検出するセンサと、使用者の脚の関節にトルクを加えるアクチュエータ26を有している。コントローラは、歩行時の脚の動きを記述したデータであり歩幅と歩行周期と歩行面傾斜角の少なくとも一つが予め定められた基準歩行条件の下で作成された基準歩行パターンを記憶している。コントローラは、次の処理、即ち、(1)センサの出力から基準歩行条件に対応する実際の歩行条件を求める処理、(2)基準歩行パターンを基準歩行条件と実際の歩行条件の差異に基づいて補正する処理、(3)使用者の脚の動きが補正された基準歩行パターンに追従するようにアクチュエータを制御する処理を実行する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脚の関節にトルクを加えることによって使用者の歩行を補助する歩行補助装置に関する。
【背景技術】
【0002】
脚の関節にトルクを加えることによって使用者の歩行を補助する歩行補助装置が研究されている。例えば、特許文献1には、一方の脚が不自由な使用者に装着され、健常脚の動作に基づいて不自由な脚にトルクを加える歩行補助装置が開示されている。
【0003】
歩行補助装置は、不自由な脚の動きを補助するだけなく、健常者の身体能力を強化することも可能である。例えば、米国防総省高等研究計画局(DARPA)では、歩兵の身体能力の強化を目的とした「Exoskeleton」と呼ばれているパワードスーツが開発されている(非特許文献1)。Exoskeletonを装着することによって使用者は驚異的なスピードで走ることができる。このように、本明細書で用いる「歩行」という表現には、「走る」ことも含まれる。
【0004】
使用者の歩行を補助する場合、使用者の歩行状態(歩行周期や歩幅など)を判定することが重要である。例えば特許文献2には、歩行補助装置への適用を目的として、使用者の歩行状態を判定する装置が開示されている。特許文献2に開示されている歩行状態判定装置は、複数の異なる歩行パターンのデータを記憶している。この歩行状態判定装置は、使用者の実際の歩行動作を検出し、検出された歩行動作を複数の歩行パターンと比較することによって、使用者の歩行状態に合致する歩行パターンを特定する。歩行補助装置は、脚の動作が特定された歩行パターンに追従するように脚関節にトルクを加える。
【0005】
【特許文献1】特開2006−314670号公報
【特許文献2】特開2003−116893号公報
【非特許文献1】”PhaseI Report:DARPA Exoskeleton Program”、B.S.Rechardon、他、米国エネルギー省研究レポート、ORNL/TM−2003/216、2004年1月21日公開
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に開示されている技術は、使用者の歩行状態が予め定められたいくつかのパターンのいずれかに分類されてしまうので好ましくない。歩行周期、歩幅、歩行面の傾斜角などの歩行条件は様々な値を取り得るため、分類された歩行パターンに追従するように歩行を補助すると、歩行補助装置の動作が実際の歩行状態と合わない可能性がある。予め記憶しておく歩行パターンの数を増やすと、使用者の歩行パターンを特定するための計算コストが増大してしまう。
本発明は、上記の課題に鑑みて創作されたものであり、使用者の歩行状態に合わせて歩行補助力を適切に調整する歩行補助装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
歩行時の脚の動きは周期的であり、2本の脚は周期的な歩行パターンを交互に繰り返す。歩幅、歩行周期、或いは歩行面の傾斜角などの歩行条件が変化しても、歩行パターンはそのパターン形状が劇的に変化するのではなく、相似性を持つ。即ち、歩行条件の変化に伴って歩行パターンは相似性を保って変化する。本発明は、この相似性に着目し、予め作成された基準歩行パターンを歩行条件に応じて相似変換することによって実際の歩行に合致する歩行パターンを得る。歩行補助装置は、脚の動作が得られた歩行パターンに追従するように脚にトルクを加える。
【0008】
本発明に係る歩行補助装置は、使用者の脚の動きを検出するセンサと、使用者の脚に沿って取り付けられて使用者の脚の関節にトルクを加える装具と、装具を制御するコントローラを備える。
【0009】
コントローラは、予め定められた特定の歩行条件(基準歩行条件)の下で作成された基準歩行パターンを記憶している。基準歩行条件とセンサによって得られる実際の歩行条件との差異による歩行パターンの相似性は、実験やコンピュータシミュレーションによって予め得られる。得られた相似性から、基準歩行条件と実際の歩行条件の差異を変数とする変換式を予め定めておくことができる。歩行補助装置は、その予め定められた変換式によって、基準歩行パターンを補正する。具体的には、歩行補助装置は、基準歩行条件と実際の歩行条件の差異に応じて基準歩行パターンを補正する(相似変換する)。例えば基準歩行条件における歩行周期が4秒であり、実際の歩行周期が8秒であった場合、歩行補助装置は、基準歩行パターンの時間軸を2倍に伸張する。そのようにして、実際の歩行動作を良く表す歩行パターンを得ることができる。そしてこの歩行補助装置は、実際の脚の動きが補正された歩行パターンに追従するように脚の関節にトルクを加える。この歩行補助装置は、歩行条件の変化に応じて歩行を補助するためのトルクが適切に調整され、使用者の歩行を適切に補助することができる。
【0010】
歩行補助装置が記憶している基準歩行パターンは、歩行時の脚の動きを記述したデータであり、歩幅と歩行周期と歩行面傾斜角の少なくとも一つが予め定められた基準歩行条件の下で作成される。好ましくは、基準歩行条件には、歩幅と歩行周期と歩行面傾斜角の全てが定められているとよい。なお、「歩行面傾斜角」は、進行方向に沿った地面の傾斜角を意味する。
【0011】
脚の動きを記述したデータは、具体的には、ピッチ軸周りの股関節角度と膝関節角度の経時的変化のデータでよい。「ピッチ軸」とは、体側方向に伸びる軸を意味する。或いは足先位置と腰位置の時系列データであってもよい。ピッチ軸周りの股関節角度と膝関節角度は、腰から足先までの幾何学的関係が既知であれば、腰位置と足先位置に変換することができる。即ち、腰位置と足先位置の位置データは、股関節角度と膝関節角度の角度データと等価に扱える。なお、等価に扱うためには厳密にはピッチ軸周りの足首関節角度や他の関節のロール軸/ヨー軸周りの関節角度も必要であるが、本明細書では、ピッチ軸周りの股関節角度と膝関節角度以外の関節角については言及しない。他の関節角度を考慮するか否かは、位置データと関節角度データとの対応関係の精度の問題であって、本発明の技術的特徴にとって本質的ではない。
【0012】
なお、基準歩行パターンは、歩行時の脚の腰位置と足先位置の軌道データ、或いは歩行時の股関節角度と膝関節角度の軌道データと換言してよい。
【0013】
使用者の脚の動きは、歩行補助装置が備えるセンサで検出すればよい。センサは、腰位置と足先位置を検出する位置センサであってよいし、股関節角度と膝関節角度を検出する角度センサであってもよい。例えば、磁気発生器と磁気受信機の組からなるいわゆる磁気センサを位置センサとして採用してよい。また、エンコーダを角度センサとして採用してよい。
【0014】
本発明の歩行補助装置は、使用者の一方の脚の動きに基づいて基準歩行パターンを補正し、その一方の脚の動きが補正された歩行パターンに追従するように、一方の脚の関節にトルクを加える構成であってよい。或いは歩行補助装置は、使用者の一方の脚の動きに基づいて基準歩行パターンを補正し、他方の脚の動きが補正された歩行パターンに追従するように、他方の脚の関節にトルクを加える構成であってもよい。前者の歩行補助装置は、使用者の脚力を強化するいわゆるパワードスーツに相当し、後者の歩行補助装置は、一方の健常な脚の動きに基づいて他方の不自由な脚の動きを補助する。前者の歩行補助装置の場合、装具は両方の脚に装着され、後者の歩行補助装置の場合、装具は、一方の脚にのみ装着されればよい。後者の場合さらに、歩行補助装置は、使用者の一方の脚の1周期の動きに基づいて基準歩行条件に対応する実際の歩行条件を求め、他方の脚の動きが補正された基準歩行パターンに追従するように装具を制御すればよい。なお、両脚の動作から実際の歩行条件を求めてもよい。
【0015】
一方の脚の動きに基づいて他方の脚の動きを補助する装置の場合、本発明の歩行補助装置は、次の構成を有することが好ましい。基準歩行パターンは、歩行における一つの脚の股関節角度と膝関節角度の同期した時系列データであり、歩幅と歩行周期と歩行面傾斜角の少なくとも一つが予め定められた基準歩行条件の下で作成されている。センサは、使用者の夫々の脚のピッチ軸周りの股関節角度と膝関節角度を検出する。装具は、使用者の他方の脚の膝関節にトルクを加えるアクチュエータを有している。装具は、大腿部に固定される上部リンクと下腿部に固定される下部リンクが膝の外側に位置する回転関節によって連結され、その回転関節がアクチュエータで駆動する2リンク機構であってよい。コントローラは、以下の処理を実行する。
(1)センサが検出する一方の脚の股関節と膝関節から基準歩行条件に対応する実際の歩行条件を求める。
(2)基準歩行パターンを、基準歩行条件と実際の歩行条件の差異を変数とする予め定められている変換式によって補正する(相似変換する)。
(3)他方の脚の股関節角度に対応する膝関節角度を補正された基準歩行パターンから特定する。
(4)他方の脚の膝関節角度が特定された膝関節角度に追従するようにアクチュエータを制御する。
【0016】
上記の歩行補助装置は、他方の脚の股関節は自由に動かすことができるが膝関節を適切に動かすことができないユーザの歩行補助に適している。すなわち、この歩行補助装置は、健常な脚(一方の脚)の動きに基づいて基準歩行パターンをリアルタイムに補正する。補正された基準歩行パターンは、不自由な脚(他方の脚)の股関節と膝関節が追従すべき関節角度の時系列データを与える。コントローラは、ユーザが不自由な脚の大腿部を前方へ振り出すと(即ち、股関節を揺動すると)、股関節角度の変化に応答して不自由な膝関節を適切な角度に制御する。この歩行補助装置は、他方の脚の股関節の動きに応答して他方の脚の膝関節にトルクを与えるので、膝関節に加えられるトルクの変化が股関節の動きに同期する。特にこの歩行補助装置は、歩行中に歩行条件が徐々に変化する場合、即ち、一方の脚の動きにおける歩幅や周期が他方の脚における歩幅や周期と異なる場合であっても、歩行を円滑に補助することができる。そのような効果は、特に、歩行動作を停止するときに有効である。即ち、使用者が不自由な脚の股関節の動きを止めると膝関節角度の目標角度も一定値に維持される。従ってこの歩行補助装置は、使用者が歩行動作を止める場合に過剰なトルクを膝関節に加えることがない。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、使用者の歩行状態に応じて補助トルクが適切に調整される歩行補助装置を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
実施例の装置の技術的特徴を以下に挙げる。
(1)歩行補助装置は脚の接地タイミングと離床タイミングを検知する接地センサを有している。歩行補助装置は、脚の接地タイミング/離床タイミングも参照して実際の歩行条件(歩幅、歩行周期、及び、接地面の傾斜角度)を特定する。
【実施例】
【0019】
図面を参照して実施例の歩行補助装置を説明する。図1に、ユーザが装着した歩行補助装置10の模式図を示す。図1(A)は正面図を示し、図1(B)は側面図を示す。本実施例では、ユーザは、左脚の膝関節を自由に動かすことができないとする。歩行補助装置10は、ユーザの左膝関節に適切なトルクを加え、ユーザの歩行動作を補助する。
【0020】
歩行補助装置10は、右脚装具12Rと左脚装具12Lからなる。右脚装具12Rは、ユーザの大腿部から下腿部に沿って脚の外側に装着される。右脚装具12Rは、上部リンク14Rと下部リンク16Rを有しており、2つのリンクは、回転可能に連結されている。上部リンク14Rは、ベルトでユーザの大腿部に固定される。下部リンク16Rは、ベルトでユーザの下腿部に固定される。上部リンク14Rと下部リンク16Rの連結部は、ユーザの右膝の外側に位置する。連結部にはエンコーダ20Rが備えられており、ユーザの右膝関節の角度を検出する。
【0021】
上部リンク14Rには傾斜角センサ22Rが取り付けられている。傾斜角センサ22Rは、ユーザの右股関節のピッチ軸周りの角度を検出する。下部リンク16Rの下端には接地センサ24Rが取り付けられている。接地センサ24Rは、右脚の離床タイミングと接地タイミングを検知する。
【0022】
左脚装具12Lは、ユーザの大腿部から下腿部に沿って脚の外側に装着される。左脚装具12Lは、右脚装具12Rと同じ構造を有している。即ち、左脚装具12Lは、上部リンク14Lと下部リンク16Lを有しており、2つのリンクは左膝外側の位置で回転可能に連結されている。左脚装具12Lは、エンコーダ20Lと傾斜角センサ22Lと接地センサ24Lを備えている。エンコーダ20Lは、ユーザの左膝関節の角度を検出し、傾斜角センサ22Lは、ユーザの左股関節の角度を検出する。膝関節角度と股関節角度は、ピッチ軸(体側方向に伸びる軸)の回りの回転角を意味する。接地センサ24Lは、ユーザの左脚の離床タイミングと接地タイミングを検知する。
【0023】
左脚装具12Lはまた、モータ26とコントローラ30を備える。モータ26は、上部リンク14Lと下部リンク16Lの連結部に備えられており、ユーザの膝関節の外側に位置する。モータ26は、上部リンク14Lに対して下部リンク16Lを回転させることができる。即ちモータ26は、ユーザの左膝関節にトルクを加えることができる。コントローラ30は、各センサの出力に基づいて、モータ26を制御する。
【0024】
上記したとおり、歩行補助装置10は、ユーザの大腿部から下腿部に沿って装着される。歩行補助装置10は、ユーザの脚関節にトルクを加えるモータ26と、ユーザの両脚の動きを検出するセンサ20R、22R、24R、20L、22L、及び、24Lを備える。
【0025】
コントローラ30の機能を説明する。図2にコントローラ30内部のブロック図を示す。コントローラ30は、メモリ31、歩行条件特定モジュール32、パターン補正モジュール33、目標角設定モジュール34、加算器35、及び、モータドライバ36を備える。モジュール32、33、34、35、及び26は、ハードウエアとしてはコントローラ30のCPUであり、CPUが実行する命令は、プログラムとして実現されている。
【0026】
メモリ31には、基準歩行パターンが記憶されている。基準歩行パターンは、予め定められた条件(基準歩行条件)の下で作成された歩行時の脚の動きを記述するデータである。基準歩行条件には、歩幅、歩行周期、及び、進行方向に沿った地面の傾斜角が含まれる。歩行は、両脚が同じ動作パターンを交互に繰り返すことによって実現されるのであり、歩行周期とは、その動作パターンの周期を意味する。例えば、歩行周期は、一方の脚が離床してから再び離床するまでの時間で表される。歩行における一方の脚の動作パターンが歩行パターンに相当する。メモリ31に記憶される基準歩行パターンには、一方の脚の一周期分の動きが記述されていればよい。一対の脚は、180度の位相差をもって同一の歩行パターンに沿って動くからである。なお、一歩行周期の間に左右の脚が1歩ずつ合計2歩進むので、歩幅の2倍の長さを歩行周期で除算することによって歩行速度が求まる。地面の傾斜角は、進行方向に沿った地面の傾斜角を意味する。基準歩行条件における歩幅、歩行周期、及び傾斜角を夫々符号S、T、及びAで表す。上付き文字「r」は、基準歩行パターンにおける値であることを意味する。
【0027】
基準歩行パターンの記述形式を説明する。図3に、半周期の歩行動作を示す。実線が右脚を示し、破線が左脚を示す。図3(a)は、左脚の離床タイミングにおける脚の配置を示しており、図3(b)は離床した左脚が右脚と交差するタイミングにおける脚の配置を示しており、図3(c)は左脚が着床するタイミングにおける脚の配置を示しており、図3(d)は右脚が離床するタイミングにおける脚の配置を示している。図3は、(a)から(d)に向かって時間が経過する。図3は、左脚の周期前半の動作を示すと共に、右脚の周期後半の動作を示している。左脚の周期前半の動作に右脚の周期後半の動作をつなげると1周期の歩行パターンが得られる。なお、図3の座標系において、進行方向にX軸をとり、鉛直上方にZ軸をとる。
【0028】
説明で用いる記号を以下のとおり定義する。
(x(t)、z(t)):膝位置
(x(t)、z(t)):足先位置
θ(t):股関節角度
θ(t):膝関節角度
上記の記号において「t」は時間を示す。なお、時間tは、周期の開始をゼロとし、一周期Tまで経過したら再びゼロに戻るものとする。上付き文字「r」は基準歩行パターンであることを示す。後述するように、現実の歩行における変数を示す場合は上付き文字として「s」を付加する。例えば、現実の歩行における膝位置は、記号「P(x(t)、z(t))」で表される。下付き文字の「n]は膝を意味し、「f」は足先を意味し、「h」股関節を意味する。また、上記の記号において、右脚の値を示すときは下付き文字として「R」を付加し、左脚の値を示すときは、下付き文字として「L」を付加する。例えば、左膝の位置は、「P(x(t)、z(t))」で表される。膝位置、足先位置は、夫々、x座標、z座標の標記を省略して、P(t)、P(t)、或いはさらに単純にP、Pと表す場合がある。図3における符号102、104、106は,それぞれ、腰位置、膝位置、及び足先位置を表す。膝位置、足先位置の座標は、腰位置102を原点とし、ユーザ100に固定された座標系で表される。
【0029】
基準歩行パターンは、膝位置Pと足先位置Pの時系列データで記述される。即ち、基準歩行パターンは、一方の脚の膝位置と足先位置の組(例えば右脚の場合はPとP)の組の一周期分の時系列データとして記述されている。別言すれば、基準歩行パターンは、一方の脚の膝位置と足先位置の軌道データである。なお、膝位置Pと足先位置Pの組から股関節角度θ(t)と膝関節角度θ(t)が一意に決まる。従って、基準歩行パターンは、股関節角度θ(t)と膝関節角度θ(t)の経時的データに等価である。なお、前述したように、基準歩行パターンは、基準歩行条件(歩幅S、歩行周期T、及び傾斜角A)の下でシミュレーションによって予め得られている。
【0030】
次に、歩行条件特定モジュール32の処理を説明する。歩行条件特定モジュール32には、歩行時のユーザの右股関節角度θ(t)、右膝関節角度θ(t)、及び接地状態(離床タイミングと着地タイミング)が入力される。ここで、上付き文字「s」は、センシング値に基づく値であり、実際の歩行における値であることを示す。歩行条件特定モジュール32は、センサの値から、ユーザの現実の歩行における歩行条件(歩幅S、歩行周期T、及び地面傾斜角A)を特定する。歩行条件特定モジュール32はまず、右股関節角度θ(t)と右膝関節角度θ(t)から、実際の右膝位置Pと足先位置Pを算出する。歩行条件特定モジュール32は、右脚接地センサ24Rの出力をモニタしながら、右脚が離床してから次に再び離床するまでの時間を計測する。この時間が現実の周期Tを意味する。同時に、歩行条件特定モジュール32は、右脚が離床したときの足先位置Pと着床したときの足先位置Pとの差から、実際の歩行における歩幅Sと傾斜角Aを求める。具体的には、右脚が離床したときと着床したときの足先位置のx座標の差が歩幅Sに相当する。右脚が離床したときと着床したときの足先位置のz座標の差と歩幅Sから傾斜角Aが得られる。上記のとおり、歩行条件モジュール32は、右装着部12Rが備えるセンサ20R、22R、24Rの出力から、実際の歩行条件(歩幅S、歩行周期T、及び傾斜角A)を得る。
【0031】
次に、パターン補正モジュール33の処理を説明する。パターン補正モジュール33は、基準歩行パターンを現実の歩行パターンに整合させる変換式を備えている。この変換式は、得られた歩行条件(歩幅S、歩行周期T、及び傾斜角A)と基準歩行条件(歩幅S、歩行周期T、及び傾斜角A)の差異を変数とする。以下、その差異を条件差と称する。変換式は、基準歩行パターンを条件差に応じて相似変換するものである。変換式は、予めシミュレーションや実験で求められており、次の(数1)で与えられる。
【0032】
【数1】

【0033】
ここで、P(t)、P(t)は、補正された基準歩行パターンの膝位置と足先位置を表す。f1(・)〜f4(・)は、座標(膝位置のx座標やz座標)ごとに予め定められている関数を示している。
【0034】
(数1)の右辺の(T/T)は、周期Tの基準歩行パターンを、現実の周期Tに伸張することを意味する。別言すれば、(T/T)は、基準歩行パターンの時間軸を(T/T)倍することを意味する。関数f1(・)〜f4(・)も、基準歩行パターンを、条件差に応じて相似変換する関数である。例えば、補正後の足先位置P(x(t)、z(t))は、次の関数で表される。なお、下記の変換式は、相似変換の本質を説明するために簡略化された式であり、現実には様々な係数が含まれる。
【0035】
【数2】

【0036】
ここで、Φ=A−Aである。また、これまでの説明では、座標x、zはユーザ固定の座標系で表されていたが、(数2)における座標x、zは、絶対座標系で表される。ユーザ固定の座標系と絶対座標系の間の座標変換については説明を省略する。
【0037】
即ち、(数1)における変換式f3(・)とf(・)は、以下の通りである。
【数3】

【0038】
ここで、Φ=A−Aである。
f4(・)の変換式は、基準歩行パターンを絶対座標系においてy軸(図3においてx軸とZ軸に交差する軸)の周りに角度Φだけ回転させる。別言すれば、f4(・)の変換式は、傾斜角Aの接地面に平行な基準歩行パターンを、傾斜角Aの接地面に平行となるように回転変換することを意味している。
【0039】
また、f3(・)の変換式は、回転変換後の基準歩行パターンにおける足先位置のx座標を、(S/S)の比でx方向へ伸張することを意味している。即ち、f3(・)の変換式は、歩幅Sの基準歩行パターンを、現実の歩幅Sへ伸張する。f1(・)、f2(・)についても同様の変換式が予め定められている。総じて言えば、f1(・)〜f4(・)は、基準歩行パターンを基準歩行条件と現実の歩行条件の差異に応じて相似変換(回転変換含む)する関数である。
【0040】
(数3)の変換式によって、基準歩行パターン(P、P)が、現実の歩行をよく表す歩行パターン(P、P)に補正される。以後、(P、P)を、「補正された歩行パターン」と称する。基準歩行パターンは、右脚の動きを検出するセンサ20R、22R、及び24Rの出力に基づいて補正される。また、基準歩行パターンは、右脚の1周期の動きに基づいて補正される。
【0041】
次に、目標角設定モジュール34の処理について説明する。前述したように、補正された歩行パターンは、右脚の1周期の動きに基づいて基準歩行パターンを補正したものである。目標角設定モジュール34では、補正された歩行パターンを、右脚の動作から180度位相が遅れる左脚の目標歩行パターンとして扱う。目標角設定モジュール34では、膝位置P(t)と足先位置P(t)で表された補正された歩行パターンを股関節角度と膝関節角度に変換する。変換された角度が左股関節と左膝関節の目標角度となる。左股関節の目標角度と左膝関節の目標を夫々、記号θ(t)とθ(t)で記述する。パターン補正モジュール33では、1周期に亘って目標角度θ(t)、θ(t)が得られる。
【0042】
他方、目標角設定モジュール34には、傾斜角センサ22Lから左股関節角度θ(t)がリアルタイムに入力される。目標角設定モジュール34は、目標関節角の1周期分の時系列データから、計測された左股関節角度θ(t)にほぼ等しい左股関節目標角θ(t)と対になっている左膝関節目標角度θ(t)を特定する。特定された左膝関節目標角度を記号θmT(t)で表す。目標角設定モジュール34は、特定された左膝関節目標角度θmT(t)を差分器35へ出力する。差分器35は、エンコーダ20Lによって検出された実際の左膝関節角度θ(t)と左膝関節目標角度θmT(t)の差分をモータドライバ36へ入力する。
【0043】
モータドライバ36は、ユーザの左膝関節角度θ(t)が左膝関節目標角度θmT(t)に追従するように、モータ26を制御する。左膝関節目標角の設定からモータの制御までは、数ミリ秒程度の制御サイクルごとに実施される。モータ26への指令値Vは、次の式で与えられる。
【0044】
【数4】

ここで、「c」は比例ゲインである。
【0045】
歩行補助装置10の動作は次の通り概説することができる。歩行補助装置10は、予め定められた歩行条件(基準歩行条件)の下で作成された1周期分の基準歩行パターンを記憶している。歩行パターンは、各タイミングにおける膝位置と足先位置のペアの時系列データ(軌道データ)で表される。或いは、歩行パターンは、各タイミングにおける股関節角度と膝関節角度のペアの時系列データ(軌道データ)で表される。歩行条件には、歩幅と歩行周期と接地面傾斜角が含まれる。歩行補助装置10は、ユーザの一方の脚の動作から現実の歩行における歩行条件を特定する。歩行補助装置10は、現実の歩行条件と基準歩行条件の差異に基づいて、基準歩行パターンを補正する。補正において基準歩行パターンは、現実の歩行条件と基準歩行条件の差異に基づいて相似変換される(回転変換含む)。変換式は、予め定められており、現実の歩行条件と基準歩行条件の差異(或いは比率)を変数としている。歩行補助装置10は、他方の脚の股関節角度を検知し、補正された歩行パターンにおいて、その股関節角度に対応する膝関節角度を目標関節角度に設定する。歩行補助装置10は、ユーザの膝関節角度が目標関節角度に追従するように、ユーザの左膝にリアルタイムにトルクを印加する。
【0046】
歩行補助装置10の特徴を列挙する。
(1)歩行補助装置10は、基準歩行パターンを現実の歩行条件に応じて相似変形する。これによって歩行補助装置10は、ひとつの基準歩行パターンから、現実の歩行をよく表す歩行パターンを得る。歩行補助装置10は、多数の歩行パターンを準備することなく、現実の歩行を良く表す歩行パターンを得ることができる。
(2)歩行補助装置10は、一方の脚の動作に基づいて補正された歩行パターンを得る。歩行補助装置10は、一方の脚の動作から半周期遅れる他方の脚が、補正された歩行パターンに追従するように他方の脚の関節にトルクを加える。歩行補助装置10は、1周期ごとに歩行パターンを補正するので、歩行状態の変化に応答して補助トルクを適切に調整する。
(3)歩行補助装置10は、補助すべき脚の股関節角度を検知し、検知された股関節角度に対応する膝関節角度を補正された歩行パターンから抽出する。歩行補助装置10は、現実の膝関節が、抽出された膝関節角度に追従するように膝関節にトルクを加える。ユーザが立ち止りたい場合、ユーザは股関節のスイングを止めればよい。股関節の動きが止まると、歩行補助装置10は膝関節角度の目標値を一定値に維持する。ユーザが立ち止まりたいときに、膝関節に加えるトルクがオーバーシュートすることがない。
【0047】
実施例の歩行補助装置の好適な変形例を説明する。実施例の歩行補助装置10は、ユーザの膝関節にトルクを加えるアクチュエータを備えている。膝関節だけでなく、股関節や足首関節にトルクを加えるアクチュエータを備えてもよい。
また、実施例の歩行補助装置は、基準歩行パターンを規定する基準歩行条件として歩幅、歩行周期、及び接地面の傾斜角の3つの変数を含む。基準歩行パターンを規定する基準歩行条件は、上記3つの変数のうち、少なくとも一つが含まれていればよい。例えば、水平面のみを歩行するユーザの場合、接地面の傾斜角は変化しないので基準歩行条件に含む必要はない。
【0048】
実施例の歩行補助装置10は、一方の脚の動きに基づいて基準歩行パターンを補正し、補正された歩行パターンに追従するように他方の脚の関節にトルクを加える。歩行補助装置10は、一方の脚は健全であるが、他方の脚が不自由なユーザの歩行を補助する装置である。特に、歩行補助装置10は、他方の脚の膝関節を自由に動かすことのできないユーザの歩行を補助するのに適している。そのような歩行補助装置は、健全な脚の動きと同じになるように不自由な脚の動きを補助するので、自然な歩行を実現できる。
【0049】
本発明は、一方の脚の動きに基づいて基準歩行パターンを補正し、補正された歩行パターンに追従するようにその一方の脚の関節にトルクを加えるように構成することも好適である。そのような歩行補助装置は、ユーザの能力を強化するいわゆるパワードスーツと呼ばれる。その場合、上記実施例において、ユーザの左脚の動きを検知するセンサに基づいて基準歩行パターンを補正し、その補正された歩行パターンに基づいて左膝にトルクを印加するように構成を変更すればよい。なお、歩行補助装置は、両脚の動きに基づいて基準歩行パターンを補正してもよい。
【0050】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】実施例の歩行補助装置の概略図を示す。
【図2】コントローラのブロック図を示す。
【図3】歩行パターンを説明する図である。
【符号の説明】
【0052】
10:歩行補助装置
12R、12L:装具
14R、14L:上部リンク
16R、16L:下部リンク
20R、20L:エンコーダ
22R、22L:傾斜角センサ
24R、24L:接地センサ
26:モータ
30:アクチュエータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用者の歩行を補助する装置であって、
歩行時の脚の動きを記述したデータであり、歩幅と歩行周期と歩行面傾斜角の少なくとも一つが予め定められた基準歩行条件の下で作成された基準歩行パターンと、
使用者の脚の動きを検出するセンサと、
使用者の脚に沿って取り付けられ、使用者の脚の関節にトルクを加える装具と、
センサが検出した脚の動きに基づいて装具を制御するコントローラと、を備えており、コントローラが、
センサの出力から基準歩行条件に対応する実際の歩行条件を求め、
基準歩行パターンを基準歩行条件と実際の歩行条件の差異に基づいて補正し、
使用者の脚の動きが補正された基準歩行パターンに追従するように装具を制御することを特徴とする歩行補助装置。
【請求項2】
コントローラは、使用者の一方の脚の動きに基づいて基準歩行条件に対応する実際の歩行条件を求め、他方の脚の動きが補正された基準歩行パターンに追従するように装具を制御することを特徴とする請求項1に記載の歩行補助装置。
【請求項3】
センサは、夫々の脚の股関節角度と膝関節角度を検出し、
装具は、他方の脚の大腿部に固定される上部リンクと下腿部に固定される下部リンクが膝の外側に位置する回転関節によって連結され、その回転関節がアクチュエータで駆動する2リンク機構を有しており、
コントローラは、
一方の脚の股関節と膝関節から基準歩行条件に対応する実際の歩行条件を求め、
基準歩行パターンを基準歩行条件と実際の歩行条件の差異に基づいて補正し、
他方の脚の股関節角度に対応する膝関節角度を補正された基準歩行パターンから特定し、
他方の脚の膝関節角度が特定された膝関節角度に追従するようにアクチュエータを制御することを特徴とする請求項2に記載の歩行補助装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−63813(P2010−63813A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−235463(P2008−235463)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】