説明

歯科用計測装置

【課題】従来の歯に励起光線を照射して発生する蛍光光線を検出する装置では、う蝕、歯石、プラーク又は細菌感染を識別できるが、う蝕や初期う蝕の進行度を診断するのは困難であった。本発明ではう蝕や初期う蝕の進行度を自動的に判定する歯科用計測装置を提供する。
【解決手段】歯牙の表面から深さ方向への1次元のOCT信号の信号取得手段と、OCT信号における歯牙の表面に対応する信号強度ピーク位置の検出手段と、前記OCT信号の信号強度分布を、う蝕の進行度に応じて自動的に分類する手段と、う蝕の進行度に応じて分類された分類値を表示する手段から構成されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件はOCTを利用した歯科用計測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の歯科診療では予防の観点から、う蝕の進行度のみならず、完全なう蝕になる前の状態である初期う蝕の進行度、つまり歯の脱灰又は再石灰化の程度を診断し、診療方針の決定をすることが必要になってきた。
しかし特に初期う蝕の進行度の診断は、施術者の勘と経験に頼るしかなかった。
そのため、歯に励起光線を照射することにより発生する蛍光光線を検出して歯におけるう蝕、歯石、プラーク又は細菌感染を識別する方法および装置が一部で利用されるようになった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−24013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、歯に励起光線を照射することにより発生する蛍光光線を検出する装置では、う蝕、歯石、プラーク又は細菌感染を識別することができるだけで、う蝕や初期う蝕の進行度、つまり歯の脱灰又は再石灰化の程度を診断し、診療方針の決定をすることは困難である。
そこで本発明では、う蝕や初期う蝕の進行度を自動的に判定する歯科用計測装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記に鑑み本発明者は鋭意実験研究の結果下記の手段によりこの課題を解決した。
(1)歯牙の表面から深さ方向への1次元のOCT(Optical Coherence Tomography)信号を取得する信号取得手段と、前記OCT信号における、前記歯牙の表面に対応する信号強度ピーク位置の検出手段と、前記OCT信号の信号強度分布を、う蝕の進行度に応じて分類する手段と、前記う蝕の進行度に応じて分類された分類値を表示する手段から構成されてなることを特徴とする歯科用計測装置。
(2)前記信号強度分布をう蝕の進行度に応じて分類する手段が、前記信号強度分布を、1次以上の多項式での近似、主成分分析、独立成分分析、ニューラルネットワーク、又は自己組織化マップのいずれかを利用するものであることを特徴とする前項(1)に記載の歯科用計測装置。
【0006】
(3)前記う蝕の進行度を表示する手段に代わり、前記う蝕の進行度をブザーの音色、音の長さ、メロディー又は音声等により施術者に知らせることを特徴とする前項(1)又は(2)に記載の歯科用計測装置。
(4)前記信号取得手段が、コリメータレンズと光ファイバー、及びそれらを収納するケースとで構成された計測用のプローブを備えてなることを特徴とする前項(1)〜(3)のいずれか1項に記載の歯科用計測装置。
【0007】
(5)前記OCT信号の信号強度分布をう蝕の進行度に応じて分類する手段が、初期う蝕を脱灰又は再石灰化の程度に応じてさらに複数の段階に分類するものであることを特徴とする前項(1)〜(4)のいずれか1項記載の歯科用計測装置。
【発明の効果】
【0008】
1.本発明の請求項1の発明によれば、
歯牙の表面から深さ方向への1次元のOCT信号取得手段と、前記OCT信号における前記歯牙の表面に対応する信号強度ピークの検出手段と、
前記OCT信号の信号強度分布を、う蝕の進行度に応じて分類する手段と、前記う蝕の進行度に応じて分類された分類値を表示する手段から構成されてなるため、う蝕の進行度を自動的に判定することができる。
またOCTの信号強度分布は、組織内の屈折率の変化、つまり組織内の微細な構造をそのままあらわしており、歯の脱灰又は再石灰化の進行状況に敏感に反応して変化するので、蛍光等の化学的性質を利用する他の方法より的確な診断ができる。
【0009】
2.本発明の請求項2の発明によれば
信号強度分布をう蝕の進行度に応じて分類する手段が、前記信号強度分布を、1次以上の多項式での近似、主成分分析、独立成分分析、ニューラルネットワーク、又は自己組織化マップのいずれかを利用するものであるため、
信号強度分布を既に確立された統計的手法により短時間で正確に分類し、う蝕の進行度を判定することができる。
【0010】
3.本発明の請求項3の発明によれば
う蝕の進行度を表示する手段に代わり、前記う蝕の進行度をブザーの音色、音の長さ、メロディー又は音声等により施術者に知らせるため、施術者は患者から目を離して表示部を見ることなく、う蝕の進行度を把握することができ効率的な診療が可能である。
【0011】
4.本発明の請求項4の発明によれば
前記OCT信号取得手段が、コリメータレンズと光ファイバー、及びそれらを収納するケースとで構成された計測用のプローブを備えてなり、
光走査機構やその他のレンズ等がなく、歯科診療で特に重要な計測用のプローブの低コスト化と軽量化を同時に実現できる。また構造が簡単であるため、患者に接触する部分を容易に取り外して滅菌したり、使い捨てにしたりできるので衛生的である。
【0012】
5.本発明の請求項5の発明によれば
OCT信号の信号強度分布をう蝕の進行度に応じて分類する手段が、初期う蝕を脱灰又は再石灰化の程度に応じて、さらに複数の段階に分類するものであるため、初期う蝕の進行度を自動的に判定し診療方針の決定に役立てることができる。
またOCTの信号強度分布は、組織内の屈折率の変化、つまり組織内の微細な構造をそのままあらわしており、歯の脱灰又は再石灰化の進行状況に敏感に反応して変化するので、蛍光等の化学的性質を利用する他の方法より的確な診断ができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の歯科用計測装置の外観斜視図
【図2】本発明の歯科用計測装置のプローブの縦断面図
【図3】前歯の縦断面を表す模式図
【図4】う蝕の無いヒト抜去歯のエナメル質表面から計測したときの計測結果
【図5】抜去歯の人工的な脱灰開始10分後の計測結果
【図6】抜去歯の人工的な脱灰開始30分後の計測結果
【図7】抜去歯の人工的な脱灰開始60分後の計測結果
【発明を実施するための形態】
【0014】
発明を実施するための最良の形態を以下に説明する。
【実施例】
【0015】
図1は、本発明の歯科用計測装置の外観斜視図である。
図において、1は歯科用計測装置、2はプローブ、3は本体、3aは表示部、3bはメインスイッチを示す。
図2は、本発明の歯科用計測装置のプローブの縦断面図である。
図において、2aはコリメータレンズ、2bは光ファイバー、2cはケースを示す。
光ファイバー2bを接続したコリメータレンズ2aが、先端を細くしたケース2c内の先端近くに取り付けられる。
施術者は、プローブ2を手に持ち先端を計測部位に接触又は近接させて計測を行う。
光走査機構やその他のレンズ等がないため、軽量かつ低コストである。
【0016】
図3は、前歯縦断面を表す模式図である。
図において、11は前歯、11aはエナメル質、11bは象牙質、11cは歯髄、11dは歯肉、11eは歯槽骨を示す。
進行したう蝕はもちろん、初期う蝕でもその有無は施術者が目視により判断できるので、う蝕の進行度の判定を目的として、施術者は例えば前歯11の表面のう蝕又は初期う蝕のある位置にプローブ2を接触又は近接させて計測を行う。
この場合は、前記表面はエナメル質11aであるが、エナメル質11aが失われている場合や、歯肉11dが退縮している場合等は、エナメル質11a以外の組織にプローブ2を接触又は近接させて計測を行うこともあり得る(図示せず)。
また実際の臨床では、前記前歯11以外のすべての歯牙が対象となり得ることは言うまでも無い。
本発明者は、OCT信号の信号強度分布をう蝕の進行度に応じて分類するための基準となるデータベースを作成しており、そのために臨床及び実験室で多数のデータを採取した。
それらのデータの一例として、ヒト抜去歯(犬歯)を実験室において酸を使用して人工的に脱灰させ、時間経過とともに脱灰が進む状態を作って計測した結果を図4〜7に示す。 そして、OCT信号の信号強度分布が脱灰の程度に応じて変化することを以下に説明する。
【0017】
図4は、う蝕の無いヒト抜去歯(犬歯)のエナメル質表面から計測したときの計測結果である。
これは人工的な脱灰を開始する前の状態である。
図において、21は信号強度分布、21aはエナメル質表面のピークを示す。
信号強度分布21のグラフは、横軸は深さ(μm)、縦軸は信号強度(dB)である。
横軸の0の位置が計測開始点で、ここでは歯牙表面から離れた空間のある一点である。
グラフ中の深さは計測開始点からの光学距離を表しており、後述する信号強度分布22〜24においても同様である。
エナメル質表面のピーク21aにおける横軸の数値は、エナメル質表面の位置(計測開始点からの光学距離)を表している。
ただし、光学距離は、該当する組織の屈折率に実際の距離を掛けたものである。
【0018】
図5は、前記抜去歯の人工的な脱灰開始10分後の計測結果である。
その他の計測条件は図4とまったく同じである。
図において、22は信号強度分布、22aはエナメル質表面のピークである。人工的な脱灰を行っているので経過時間とともに脱灰は進む。
したがって図5は図4よりやや脱灰が進んだ状態であり、エナメル質表面のピーク22aの幅が、エナメル質表面のピーク21aの幅より広くなっていることが分かる。
【0019】
図6は、前記抜去歯の人工的な脱灰開始30分後の計測結果である。
その他の計測条件は図4とまったく同じである。
図において、23は信号強度分布、23aはエナメル質表面のピークである。図5より脱灰が進んだ状態である。
【0020】
図7は、前記抜去歯の人工的な脱灰開始60分後の計測結果である。
その他の計測条件は図4とまったく同じである。
図において、24は信号強度分布、24aはエナメル質表面のピークである。図6より脱灰が進んだ状態である。
【0021】
以上の様に脱灰の程度によって信号強度分布が目に見えて変化する。
臨床におけるう蝕又は初期う蝕においても同様で、信号強度分布を見れば進行度に応じて分類することができ、コンピュータを利用して統計的手法で演算させれば短時間で正確に分類し、う蝕又は初期う蝕の進行度を判定することができる。
【0022】
臨床において本発明の歯科用計測装置を使用する際、本体3に内蔵するコンピュータで行われる演算について説明する。
ここでは一例として、歯牙表面のエナメル質のう蝕又は初期う蝕のある位置において深さ方向へ1次元のOCT信号を取得し、
前記OCT信号におけるエナメル質表面の信号強度ピーク位置を検出し、
前記OCT信号の信号強度分布からう蝕又は初期う蝕の進行度を自動的に判定し表示する方法について以下に説明する。以下の説明では便宜上図6を利用する。
【0023】
1.臨床にて施術者が本発明の歯科用計測装置を用いて、図6のように歯牙のエナメル質表面から深さ方向への1次元のOCT信号を取得する。
2.前記1次元のOCT信号において、必要に応じて高速フーリエ変換によるフィルタ処理を行い、前記OCT信号からノイズとなる高周波成分を取り除く。この処理を行えば、以下の処理がより簡単になる。
またこれらの処理が、以下の処理も含め本発明の歯科用計測装置に内蔵されるコンピュータにより自動的に行われるものである。
3.必要に応じて高周波成分を取り除かれた前記OCT信号の傾きの変化から、エナメル質表面に対応するピーク位置を検出する。つまりエナメル質表面のピーク22aにおける深さを求めるということであり、エナメル質表面のピーク22aでは2300μmとなる。
4.前記ピーク位置から後方の歯牙に対応している部分の前記OCT信号の信号強度分布は、う蝕又は初期う蝕の進行度に応じて後述する分類方法により自動的に分類される。
5.分類の結果は、例えば英数字、記号、バーグラフ等を用いて表示される。
【0024】
以下に、一例として主成分分析による前記分類方法について説明する。そのために、まず分類のために必要な固有ベクトルの求め方について説明する。
(1)う蝕又は初期う蝕の進行度が異なるサンプルを多数準備し、前記サンプル表面から深さ方向へ1次元のOCT信号のデータを十分に多く取る。
ここでデータ数はm個とする。
(2)必要に応じて高速フーリエ変換によるフィルタ処理を行い、各データからノイズとなる高周波成分を取り除く。
(3)各データの波形全体から歯牙表面に対応するピーク位置付近から後方の歯牙に対応している部分のデータを取り出す。
取り出したデータの範囲(長さ)はサンプル毎に等しくなるようにしておく。
(4)前記範囲における計測ポイント数をn個とし、取り出された各データをn次のベクトルと考える。データ数はm個であり、前記ベクトルをm×n行列に置き換える。
【0025】
(5)各行列の固有ベクトルを求める。固有ベクトルは第一、第二・・・の順に予め決めたところまで求めるが、最後の確認の段階で十分な分類精度が得られない場合は(5)からやり直し、より下位のものまで求める。
(6)多数準備した前記サンプルや、他のサンプルにて、再度、表面から深さ方向へ1次元のOCT信号を取得する。
(7)必要に応じて高速フーリエ変換によるフィルタ処理を行い、データからノイズとなる高周波成分を取り除く。
(8)データの取り出す範囲は(3)と同じにする。
(9)各データをn次のベクトルと考え、前記各行列の固有ベクトルとの内積を求める。
(10)内積は各データと前記各行列の固有ベクトルとの距離を現しているので、これが最も小さいものが、各データの属するう蝕又は初期う蝕の進行度のグループとなる。
ここで、分類の精度が高ければ各固有ベクトルが確定するが、分類の精度が不十分な場合は、(3)や(5)に戻ってやり直す。
ここで、(1)から(10)までの作業は本発明者により行われるものであり、前記各固有ベクトルは予め本発明の歯科用計測装置に入力しておくものである。
【0026】
前項4.における分類方法について以下に説明する。これは確定した前記各固有ベクトルを使い主成分分析を利用した方法である。
a.前記OCT信号の信号強度分布の波形全体から歯牙表面に対応するピーク22aの付近から後方の歯牙に対応している部分のデータを取り出す。データの取り出す範囲は(3)と同じである。
b.前記データをn次のベクトルと考え、前記各固有ベクトルとの内積を求める。
c.内積は前記データと前記各固有ベクトルとの距離を現しているので、これが最も小さいものが、各データの属するう蝕又は初期う蝕の進行度のグループとなり、分類が完了する。
【0027】
本発明の歯科用計測装置を歯牙切削のためのエアタービンハンドピース、マイクロモータハンドピース、又は歯科用レーザー装置のプローブ等に装備し、計測しながら歯牙を切削することにより、う蝕又は初期う蝕の切削が完了した時点で自動的に前記エアタービンハンドピース、マイクロモータハンドピース、又は歯科用レーザー装置を停止させるようにし、健常組織の切削を最小限に留めることもできる。
本実施例では、1次元のOCT信号を取得するとしているが、2次元又は3次元のOCT信号を取得し、そこから必要な箇所の1次元のOCT信号を取り出しても良い。また、計測対象を歯牙とし、う蝕又は初期う蝕の分類を行うとしているが、歯科の他の症例や、皮膚科、眼科等の医療分野、工業分野、あるいは化粧品分野等においても、組成、構成、構造、密度、温度、圧力等により変化するOCT信号を利用すれば計測対象を必要に応じた方法で分類することができるので、あらゆる分野において応用できることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0028】
1:歯科用計測装置
2:プローブ
2a:コリメータレンズ
2b:光ファイバー
2c:ケース
3:本体
3a:表示部
3b:メインスイッチ
11:前歯
11a:エナメル質
11b:象牙質
11c:歯髄
11d:歯肉
11e:歯槽骨
21:信号強度分布
21a:エナメル質表面のピーク
22:信号強度分布
22a:エナメル質表面のピーク
23:信号強度分布
23a:エナメル質表面のピーク
24:信号強度分布
24a:エナメル質表面のピーク


【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯牙の表面から深さ方向への1次元のOCT(Optical Coherence Tomography)信号を取得する信号取得手段と、
前記OCT信号における、前記歯牙の表面に対応する信号強度ピーク位置の検出手段と、
前記OCT信号の信号強度分布を、う蝕の進行度に応じて分類する手段と、
前記う蝕の進行度に応じて分類された分類値を表示する手段から構成されてなることを 特徴とする歯科用計測装置。
【請求項2】
前記信号強度分布をう蝕の進行度に応じて分類する手段が、
前記信号強度分布を、
1次以上の多項式での近似、
主成分分析、
独立成分分析、
ニューラルネットワーク、
又は自己組織化マップ
のいずれかを利用するものであることを特徴とする請求項1に記載の歯科用計測装置。
【請求項3】
前記う蝕の進行度を表示する手段に代わり、
前記う蝕の進行度をブザーの音色、音の長さ、メロディー又は音声等により施術者に知らせることを特徴とする請求項1又は2に記載の歯科用計測装置。
【請求項4】
前記信号取得手段が、コリメータレンズと光ファイバー、及びそれらを収納するケースとで構成された計測用のプローブを備えてなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の歯科用計測装置。
【請求項5】
前記OCT信号の信号強度分布をう蝕の進行度に応じて分類する手段が、
初期う蝕を脱灰又は再石灰化の程度に応じて、さらに複数の段階に分類するものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の歯科用計測装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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