説明

歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤及びその利用

【課題】う蝕、歯髄炎治療のための生物学的覆髄剤および歯髄炎治療薬を提供すること。
【解決手段】う蝕あるいは歯髄炎において、う蝕除去後、MMP3を窩洞内象牙質に塗布、あるいは露髄面あるいは生活歯髄切断面上にMMP3をスキャホールドとともに応用する。これにより、歯髄幹細胞あるいは血管内皮前駆細胞の歯髄創傷面への遊走および増殖を促進させ、傷害を受けた細胞のアポトーシスを抑制し、血管新生、象牙質・歯髄再生を促進する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤及びその利用に関し、特に、歯髄及びその近傍組織の損傷や喪失へのマトリックスメタロプロテアーゼ3の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、う蝕歯等の治療方法においてう蝕が歯髄にまで到達している場合には、歯髄の全部を除去して空隙に根幹充填剤を充填して封鎖する処置(抜髄処置)が採られることが多かった。しかしながら、近年、抜髄によるデメリット(象牙質の脆弱化、自覚症状の喪失等による二次う蝕等)から、できるだけ歯髄を保存することが望ましいとされている。歯髄を保存するには、露出した歯髄表面(露髄面)を覆髄剤で覆う直接覆髄法と、歯髄の一部のみを除去し、根部歯髄を覆髄剤で覆う生活歯髄切断法とがある。
【0003】
歯髄の保存を考慮した場合、歯髄の外側に象牙質が形成されることが重要であり、象牙質促進作用の向上を目的とする覆髄剤が試みられている(特許文献1、2、3)。
【特許文献1】特開2002−363084号公報
【特許文献2】特開平6−256132号公報
【特許文献3】特開2005−263681号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、これら従来の覆髄剤の象牙質形成促進作用は必ずしも十分ではなかった。上記特許文献1に記載の覆髄剤は血液抽出物を有効成分として用いるものであるが、象牙質形成促進能と安全性の観点から問題がある。すなわち、いずれも、象牙質形成促進及び象牙質・歯髄複合体の再生には不十分であった。また、特許文献2に記載の覆髄剤はN−アセチルグルコサミンを有効成分とするものであるが細胞表層や細胞間物質であって象牙芽細胞分化誘導のために必須の形態形成因子・細胞増殖分化因子・細胞遊走因子が含まれず、間接的に局所で遊離した因子を吸着するにすぎないため、象牙質形成促進及び象牙質・歯髄複合体の再生には不十分であった。さらに、特許文献3に記載の覆髄剤はポリリン酸を有効成分とするものであるが、N−アセチルグルコサミンと同様、象牙質形成促進能を発揮させるには不十分であった。
【0005】
そこで、本発明は、歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤及びその利用を提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、歯髄幹細胞を多く含むとされるSP細胞(CD31-;CD146-SP細胞)から、血管新生能の高い細胞を採取するとともに、この歯髄SP細胞の遺伝子発現プロファイリングを行ったところ、細胞外基質や基底膜の分解に関与する細胞外基質分解酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ3(MMP3)が高発現しているという知見を得た。さらに、このタンパク質が歯髄創傷の治癒促進並びに歯髄や象牙質の形成・再生に有用であるという知見を得た。本発明者らは、これらの知見に基づき本発明を完成した。すなわち、本発明によれば、以下の手段が提供される。
【0007】
本発明によれば、マトリックスメタロプロテアーゼ3活性を有するタンパク質を有効成分として含有する、歯髄及び/又は象牙質促進のための薬剤が提供される。本発明の薬剤は、歯髄の損傷又は部分喪失時の薬剤として、また、特に、覆髄剤又は歯髄炎又は根尖性歯周炎などの歯髄関連疾患の予防又は治療剤として利用できる。
【0008】
本発明によれば、マトリックスメタロプロテアーゼ3活性を有するタンパク質を有効成分として含有する、歯科材料が提供される。本発明の歯科材料は、さらに、生体親和性を有する担体を含有することもできるし、歯髄細胞、歯髄細胞に分化可能な細胞、象牙芽細胞及び象牙芽細胞に分化可能な細胞から選択される1種又は2種以上を含有することもできる。さらに、血管内皮前駆細胞を含有することもできる。さらにまた、象牙質基質を含有することもできる。
【0009】
本発明の歯科材料において、前記担体は、深さ方向が一定の方向を指向して配列された複数個の凹状部を少なくとも片面側に備え、酸素透過性及び/又は物質透過性を有する材料からなる膜状の担体であってもよい。
【0010】
本発明によれば、歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤の有効成分のスクリーニング方法であって、歯髄細胞に被験化合物を供給して歯髄細胞からのMMP3遺伝子の発現量を測定する工程と、前記被験化合物を供給しないときのMMP3遺伝子の発現量に比較してMMP3遺伝子発現量が増加する被験化合物を、前記薬剤の有効成分として選択することを特徴とする、スクリーニング方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、マトリックスメタロプロテアーゼ3活性を有するタンパク質を含有する歯髄及び/又は象牙質の形成促進のための薬剤及び歯科材料及びスクリーニング方法に関している。
【0012】
本発明のこれらの実施形態においては、いずれも、マトリックスメタロプロテアーゼ3の歯髄及び/又は象牙質形成促進作用を利用している。マトリックスメタロプロテアーゼ3は、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)ファミリーに属しており、細胞外マトリックスの分解に関連していると考えられているが、それぞれのMMPの特徴は知られていない。
【0013】
今回、本発明者らは、歯髄細胞から採取した特定のSP細胞における発現プロファイリングに基づき、当該特定のSP細胞で発現が促進される多数のタンパク質のうち、MMP3が特異的に象牙質形成促進作用を有することを見出した。MMPについては各種の研究がなされており、MMP3は、種々の軟骨マトリックス成分に対して分解作用を示すことから軟骨破壊に関連するタンパク質としてリウマチへの関与やマーカーとして利用されている。また、歯周病による歯周組織破壊に関連し、MMP3遺伝子の発現抑制剤が歯周病の予防又は治療剤として利用する試み(特開2006−298913号公報)するという報告もなされている。しかしながら、歯髄及び/又は象牙質の形成・再生への関与については全く知られていない。
【0014】
本発明の薬剤及び歯科材料によれば、歯髄及び/又は象牙質の形成を促進しこれらを再生することができる。本発明のこうした効果は、本発明を拘束するものではないが、MMP3が血管内皮細胞又は血管内皮前駆細胞の創傷部局所への遊走、増殖、抗アポトーシスに促進的に作用し、血管新生を介して、歯髄の再生及び象牙質形成を促進し再生することができるものと推測される。
【0015】
以下、本発明の各種実施形態について説明する。
【0016】
(歯髄の損傷又は部分喪失時の歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤)
本発明の薬剤は、MMP3活性を有するタンパク質(以下、MMP3活性タンパク質という。)を有効成分として含有している。MMP3は、MMPファミリーに属するタンパク質の一種であり、ストロムライシン1とも呼称されている。MMP3は、各種の生物種から取得されており、例えば、ヒトのMMP3のアミノ酸配列及び塩基配列は、GenBankにてアクセッション番号NP_002413.1で取得することができる。
【0017】
MMP3活性タンパク質は、天然由来のMMP3であってもよいが、天然のMMP3のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入及び付加のいずれかあるいは2種以上を有するアミノ酸配列を有するものであって、MMP3活性を有するものであればよい。すなわち、天然由来のMMP3の改変体であってもよい。こうした改変体の取得は、当業者において公知であるほか、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 3nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,2001(以下、モレキュラークローニング第3版と略す)又は、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997)(以下、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジーと略す)を参照して設定することができる。改変体の取得にあたって、MMP3活性は、ゲルザイモグラフィー又はEnzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) により測定することができる。なお、改変体におけるMMP3活性の程度は特に限定しない。
【0018】
本発明の薬剤は、MMP3活性タンパク質を、薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物と混合し、患部に適用するのに適した形態の各種製剤に製剤化することができる。本発明の覆髄剤に適した製剤形態としては、例えば、注射剤、外用液剤(注入剤、塗布剤)、固形製剤(顆粒剤、細粒剤、散剤、軟膏剤、錠剤)、軟膏剤等が挙げられる。
【0019】
薬理学的及び製剤学的に許容しうる添加物としては、例えば、賦形剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤又は溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、防腐剤、保存剤、分散剤、乳化剤、ゲル化剤、増粘剤粘着剤、矯味剤等を用いることができる。ゲル化剤は、例えば、歯の浸出液を吸収してゲル化するものでもよい。また、粉剤と液剤からなる形態として、用時混合及び混練して用いてもよい。
【0020】
本発明の薬剤は、さらに、殺菌剤、抗生物質、抗炎症剤等の他の有効成分を含んでいてもよい。
【0021】
本発明の薬剤は、通常のう蝕処置を含む歯科的修復処置及び補綴処置のほか、外傷によって生じる歯髄の露出や除去後に、露髄面及びその近傍に適用される。例えば、髄腔開拡、抜髄後の窩洞部、象牙質、生活歯髄の切断面上に塗布又は充填される。また、歯髄再生治療時に、再生歯髄面あるいは根管内及びその近傍に適用される。
【0022】
本発明の薬剤は、単独で用いることもできるが、直接覆髄剤または間接覆髄剤と併用して、その適用前または適用後に適用しても、直接覆髄剤または間接覆髄剤に混合して適用してもよい。本明細書において「直接覆髄剤」とは、歯髄の一部が露出している場合に歯髄組織を保護する薬剤であり、例えば水酸化カルシウム製剤等が用いられている。「間接覆髄剤」とは、象牙質が薄くなっているが歯髄が露出していない場合に外来刺激の遮断、殺菌等の目的で用いられる薬剤であり、例えば酸化亜鉛ユージノール製剤、酸化亜鉛クレオソート製剤等が用いられている。
【0023】
本発明の薬剤の用量は、特に限定はされず、患者の症状(う蝕の進行程度、歯髄の損傷・喪失程度等)、年齢、剤形等により適宜調整されるが、例えば、有効成分であるMMP3活性タンパク質を、乾燥重量として1ng〜100μg、好ましくは10ng〜10μgを1回あたりに使用することができる。
【0024】
本発明の薬剤によれば、歯髄及び/又は象牙質の形成を促進して損傷又は喪失したこれらの組織を再生することができる。このため、露出された歯髄面又はその近傍に適用することで、歯髄を効果的に保存することができる。したがって、本発明の薬剤は単独で覆髄剤としてまたは他の覆髄剤と併用して用いることができる。
【0025】
また、本発明の薬剤によれば、歯髄炎など歯髄又はその近傍の炎症性疾患の治癒促進又は症状を改善することができる。したがって、本発明の薬剤を歯髄炎又は根尖性歯周炎などの歯髄及びその近傍の炎症性疾患を含む歯髄関連疾患の予防又は治療剤として用いることができる。
【0026】
(歯科材料)
本発明の歯科材料は、MMP3活性タンパク質のほか、生体親和性を有しMMP3活性タンパク質を保持する担体、を含むことができる。本発明の歯科材料は、歯髄が欠損等した部位及びその近傍に適用されることで歯髄及び/又は象牙質の形成を促進し、歯髄を効果的に保存及び/又は再生できる。
【0027】
(担体)
本発明の歯科材料において、担体は、MMP3活性タンパク質の患部への適用を容易にし、歯髄及び/又は象牙質を形成又は再生させるのに十分な期間、MMP3活性タンパク質を患部に保持するとともに、各種細胞を集積させ組織を再生する足場又は充填材料として機能させることができる。このような担体は、予めやMMP3活性タンパク質と複合化されていてもよいし、MMP3活性タンパク質とは別にキット化されていてもよい。
【0028】
生体親和性の担体材料は、当業者において周知であり特に限定されないで、公知の材料から適宜選択した1種又は2種類以上を用いることができる。MMP3活性タンパク質は、担体表面等になんらかの相互作用により保持されていることが好ましい。
【0029】
担体材料は、例えば、I型コラーゲンおよびIII型コラーゲン、アテロコラーゲン等の各種コラーゲン、グリコサミノグリカン、ゼラチン、ヒアルロン酸、キチン、フィブロネクチン、アルギン酸、ヘパラン硫酸、リン酸三カルシウム、ヒドロキシアパタイト等の天然材料及びその誘導体のほか、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸グリコール酸共重合体、ポリエチレングリコール、ポリシリコン、ポリカプロラクトンなどの合成高分子材料が挙げられる。また、チタン、金及びセラミックスなどの無機材料が挙げられる。なお、ポリシリコンなど合成高分子材料の担体表面には、細胞接着性や増殖性を考慮してコラーゲン溶液又はフィブロネクチンなど、天然材料又はその誘導体からなる担体材料層を形成することもできる。また、細胞接着性を向上させるために、プラズマ処理、コラーゲンコートなどが施されていてもよい。
【0030】
これらの担体の三次元形態は特に限定しないが、フィラメント状、フィルム状、繊維集合体状、メッシュ状、スポンジ状、微小粒状等の各種形態を採ることができる。また、露髄面を被覆するとともに抜髄処置又は歯髄切断処置後等に生じた空隙の三次元形態(窩洞修復形態)に応じた形状を備えていてもよい。
【0031】
担体は、MMP3活性タンパク質を保持し又は細胞を付着等しやすいような表面を有していることが好ましく、より好ましくは、表面積や空隙を確保しやすい多孔質体あるいは網状骨格体である。さらに、構造上又は材料自体が酸素透過性又は物質透過性を有していることが好ましい。
【0032】
担体は、異なる三次元形態を有するものを組み合わせて用いることができる。例えば、露髄面の被覆とその上部の歯髄側の空隙の充填に適した多孔質状等の担体と、より表面側において象牙質再生のスキャホールドに適した担体とを組み合わせることもできる。このとき、MMP3活性タンパク質は、いずれの担体に保持させてもよいが、再生を促進するには、歯髄側の担体に保持させることがより効果的である。
【0033】
象牙質再生に適したスキャホールドとなる担体は、その表面において微小な凹状部を複数個備えることができる。このような凹状部は、象牙質の象牙細管の態様に類似した態様で形成されることができる。凹状部は、象牙細管の完全な模倣である必要はないが、象牙細管のサイズ(直径及び深さ)、配向性及び形成間隔(ピッチ)におおよそ準じた態様で形成されていることが好ましい。こうした凹状部を備えることで、象牙質の再生が促進されるからである。凹状部は、少なくとも担体の片側面に開口を有し、直径、深さ及びピッチにつき、1μm程度〜数十μm程度で形成されていることが好ましい。より好ましくは、凹状部は直径1μm以上10μm以下程度であり、3μm以上30μm程度以下の間隔で形成されている。このような凹状部は、歯髄を被覆するように複数個形成されていることが好ましい。歯髄断面積はおおよそ約1mm2であり、歯髄(露髄面)に対しておおよそ5千個から5万個/mm2程度の凹状部が形成されていることが好ましい。凹状部の深さは担体の厚みにもよるが例えば、数μm〜数十μm程度とすることが好ましい。また、凹状部は、開口部を有する面の反対側まで到達しない非貫通状であってもよいし、貫通孔であってもよい。好ましくは非貫通状である。
【0034】
象牙細管様の凹状部を備える担体は、抜髄処置や歯髄切断処理後の露髄面を直接被覆し、又はこれらの処置後の生じた空隙、特には象牙質における空隙の少なくとも一部の三次元形態に応じた形状を備えることもできる。また、このような三次元形態のうち一部を備えるものであってもよい。すなわち、処置後に生じた空隙の歯髄側(通常、奥側である。)には、MMP3活性タンパク質を担持させた第1の担体を配置し、同空隙の表面側には、象牙細管様の凹状部を備える第2の担体を配置するようにしてもよい。なお、第2の担体は、象牙細管様凹状部の開口部のある面(開口面)を歯髄側に面するようにして配置される。第1の担体と第2の担体とは、それぞれ個別に作製して、処置後部位に配置(移植)されてもよいし、所定の形態となるよう一体化された上で処置後部位に配置されてもよい。象牙細管様の凹状部を備える担体の利用の概略について図8に示す。
【0035】
象牙細管様凹状部を備える担体は、それ自体で露髄面を被覆するものであってもよい。歯髄切断箇所が浅い場合等には、この種の担体にMMP3活性タンパク質を保持させて配置させるだけでも有効である。
【0036】
なお、象牙細管様凹状部を備える担体は、酸素透過性又は物質透過性を有する材料からなることが好ましい。象牙芽細胞及び象牙質の形成をより促進できるからである。このような担体材料としては、典型的にはシリコン樹脂が挙げられる。シリコンを用いれば、レーザー等により後加工により凹状部を形成することなく、窩洞修復形態に準じた三次元形状を付与時、すなわち、成形時において、同時に凹状部も形成することができる。例えば、窩洞修復形態に準じたキャビティを有する鋳型に、象牙細管様凹状部を形成可能な成形部位(具体的には凸状部)を備えさせることで、成形と同時に凹状部を形成できる。また、シリコン樹脂製の担体材料は、所定期間、疾患部位等にて配置したのち、除去することも容易である。
【0037】
歯科材料が担体を含む場合、MMP3活性タンパク質を担体に付着させておくことができる。MMP3活性タンパク質を担体に保持させるには、両者が相互作用により吸着しやすい場合には単に混合、含浸等により両者を接触させるだけでもよい。
【0038】
(歯髄細胞等)
本発明の歯科材料は、担体とともに又は担体に替えて歯髄細胞、歯髄細胞に分化可能な細胞、象牙芽細胞及び象牙芽細胞に分化可能な細胞から選択される1種又は2種以上の細胞を含むことができる。このような細胞を含むことで、欠損部位に配置したとき、歯髄及び/又は象牙質の形成・再生を一層促進できる。特に、歯髄細胞及び歯髄細胞に分化可能な細胞は、歯髄及び象牙質の形成及び再生を促進し、象牙芽細胞及び象牙芽細胞に分化可能な細胞は、象牙質の形成及び再生を促進する。本発明の歯科材料は、担体をスキャホールドとしてこれらの細胞が増殖可能に付着又は担持されていることが好ましい。
【0039】
こうした細胞は、例えば、ヒトの抜去歯等から採取することができる。ヒト歯髄細胞は、例えばNakashima M. Archs oral Biol. 36(9), 655-663, 1991に記載の方法に従って採取することができる。また、ヒト歯髄細胞に分化可能な細胞は、例えば以下の方法で採取することができる。埋伏歯を無菌的に取り出し、Phosphate Buffered Saline(以下PBSと略す)溶液などの適当な保存液で保存する。歯牙の中の石灰化した部分を取り除き、組織を細切して、PBS溶液などを用いて組織を洗浄する。次いで、コラゲナーゼやディスパーゼを用いて組織を酵素処理することが好ましい。酵素処理後、ピペッティング操作と遠心操作により細胞を回収することができる。この種の細胞は、同種細胞であることが好ましくより好ましくは自家細胞である。こうした細胞は、培養細胞であってもよい。
【0040】
象牙芽細胞の取得方法は歯髄細胞、歯髄幹細胞又は歯髄前駆細胞にリコンビナントBone Morphogenetic Proteins (BMPs)(BMP2、BMP7及びBMP11から選択される1種又は2種以上)を添加もしくはそれらの遺伝子を導入して二次元又は三次元培養を10%仔ウシ血清、50μg/ml アスコルビン酸を含むDulbecco's Modified Eagle Medium (DMEM)にて行い、これらの細胞を分化させて取得する。象牙芽細胞に分化可能な細胞は歯髄細胞、歯髄幹細胞、歯髄前駆細胞である。歯髄細胞は歯髄組織をコラーゲナーゼ酵素消化法(Nakashima M. Archs oral Biol. 36(9), 655-663, 1991)にて分離することで取得できる。歯髄前駆細胞、歯髄幹細胞は、フローサイトメーターにて、Hoechst 33342を強く排出する画分 Side Population (SP) を分取、もしくはCD24又はCD34又はCD105又はCD133又はCD150抗体を用いて、CD24陽性又はCD34陽性又はCD105陽性又はCD133陽性又はCD150陽性細胞として分取できる。
【0041】
本発明の歯科材料は、また、血管内皮細胞又はその前駆細胞を含むことができる。MMP3活性タンパク質はこれらの細胞の損層部位への遊走及び増殖を促進して血管新生とともに歯髄及び/又は象牙質の形成を促進していると考えられるからである。この種の細胞は、同種細胞であることが好ましくより好ましくは自家細胞である。こうした細胞は培養細胞であってもよい。
【0042】
本発明の歯科材料は、また、上皮細胞又はその前駆細胞を含むことができる。上皮細胞又はその前駆細胞は、象牙芽細胞による象牙質形成・再生に伴いエナメル芽細胞に分化されてエナメル質を形成・再生するからである。このような上皮細胞又はその前駆細胞は、口腔粘膜上皮細胞又は羊膜上皮細胞から採取することができる。この種の細胞は、同種細胞であることが好ましくより好ましくは自家細胞である。また、この種の細胞は培養細胞であってもよい。
【0043】
本発明の歯科材料は、これらの細胞に替えてあるいはこれらの細胞とともに骨髄、胎盤及び臍帯血等から取得される間葉系幹細胞又は未分化間葉系細胞を含んでいてもよい。
【0044】
本発明の歯科材料は、また、CD31, CD146、CD105、VEGFR2抗体を用いて歯髄細胞をラベルし、フローサイトメトリーによりCD31陰性及び/又はCD146陰性及び/又はCD105陽性及び/又はVEGFR2陽性細胞を分取することにより取得でされる細胞であってもよい。かかる細胞は、本発明者ら分離し、MMP3を高度に分泌発現している歯髄SP細胞である。この種の細胞は、歯髄幹細胞に富むと推測される。
【0045】
歯科材料が細胞を含む場合、MMP3活性タンパク質の存在下又は非存在下で細胞を培養し増殖させた培養物を含んでいてもよい。また、歯科材料が細胞を含むとき、担体を伴っていてもよいし担体を伴っていなくてもよい。担体を伴う場合には、細胞(又は培養細胞)が担体に播種されただけの状態であってもよいし、担体に細胞を播種した後培養したものであってもよい。
【0046】
歯科材料が細胞と担体とを含む場合には、MMP3活性タンパク質は、担体に付与されているのが好ましい。MMP3活性タンパク質は、細胞播種前に予め担体に付与されていてもよいし、細胞播種時、培養時あるいは培養後に付与されてもよい。
【0047】
細胞を担体に播種して又は播種しないで培養するには、動物細胞の培養に用いる通常の血清入り培地や無血清培地を用いて、通常の動物細胞の培養条件(例えば、37℃程度、5%CO2下)等を採用できる。ここで、象牙細管様凹状部を備える担体を準備し、担体の凹状部の開口部を備える面に歯髄等から採取した歯髄細胞等を付着させた状態でこの担体を適当なサポートに保持させた上、適当な培地で培養してもよい。さらに、液体培地中に担体の凹状部の開口部を下方に向けて浸せきし、この液体培地の表面から液体培地を加圧することでて、担体の凹状部の深さ方向におおよそ沿って加圧動作(偏側加圧)を繰り返して圧縮刺激を与えつつ培養することで、担体に付着させ細胞を並列させ象牙芽細胞に分化させることができる。なお、加圧動作は、1分間に1回〜10回程度、各回数秒から十数秒程度、容器に充填した液体培地に対して行う。より好ましくは、1分間に1回〜9回程度加圧(相対的に弱い圧縮刺激)する。さらに好ましくは、3回以上8回以下程度加圧する。加圧の程度は、細胞の増殖を妨げない程度であることが好ましい。加圧動作後の培養により、象牙芽細胞から象牙質を形成することも可能である。
【0048】
また、象牙細管様凹状部を備える担体の凹状部の開口部側面の反対側面に上皮細胞を付着させておくと、先の加圧動作による象牙芽細胞への分化に伴い、上皮細胞をエナメル芽細胞に分化させることも可能である。
【0049】
象牙細管様凹状部を備える担体の凹状部開口面側に歯髄幹細胞を播種して培養する際、当該開口面にMMP3活性タンパク質を付着させた別の担体を当接させた状態で培養してもよい。こうすることで、当該別の担体が新たに生じる象牙芽細胞の足場となるとともにMMP3活性タンパク質がそれを促進することができる。
【0050】
本発明の歯科材料は、象牙質基質を含むことができる。象牙質基質を含むことで、損傷部位等において象牙質の形成を一層促進できる。象牙質基質としては、コラーゲン、ヒドロキシアパタイト及びリン酸三カルシウムが挙げられる。またタンパク質性の象牙質基質を含むことができる。タンパク質性の象牙質基質としては、dentin sialophosphoprotein(Dspp)、人工プロテオグリカン、dentin matrix protein (Dmp1) などが挙げられる。
【0051】
本発明の歯科材料は、象牙芽細胞への分化誘導を促進するとされる公知の形態形成因子を含むことができる。このような形態形成因子としては、例えば、1,25(ジヒドロキシ)ビタミンD3、デキサメタゾン、Bone morphogenetic proteins (BMPs), Insulin-like growth factors (IGFs), Fibroblast growth factors (FGFs)等が挙げられる。
【0052】
(スクリーニング方法)
本発明のスクリーニング方法は、歯髄細胞に被験化合物を供給して歯髄細胞からのMMP3遺伝子の発現量を測定する工程と、前記被験化合物を供給しないときのMMP3遺伝子の発現量に比較してMMP3遺伝子発現量が増加する被験化合物を、歯髄の損傷又は部分喪失時の歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤の有効成分として選択することを特徴とすることができる。本発明のスクリーニング方法によれば、歯髄細胞においてMMP3遺伝子の発現を促進する被験化合物を選択することができる。このような被験化合物は、MMP3活性タンパク質とともに又はMMP3活性タンパク質に替えて上記薬剤の有効成分として用いることができる。
【0053】
MMP3遺伝子の発現量は、例えば、被験化合物と接触させた細胞から全RNAを採取し逆転写反応によって得られるcDNAに対して既知のMMP3タンパク質の塩基配列に基づいて作成したプライマーによって得られたPCR増幅産物を用いることができる。また、歯髄細胞の培養上清中につき、MMP3活性を測定することによっても得ることができる。MMP3の活性は、ゲルザイモグラフィー又はEnzyme-linked immunosorbent assay (ELISA) により測定することができる。
【0054】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0055】
(実施例1:歯髄創傷治癒過程におけるMMP3の発現)
1.ラット生活歯髄切断モデルの作製
ラットの上顎左右切歯の歯冠側2mmをダイヤモンドポイントを用いて切断し、#1/2ラウンドバーにて尖通させ生活歯髄切断した。その後生理食塩水にて切断面を洗浄し、ボンディング剤(Clearfil Mega Bond、クラレメディカル、倉敷)を塗布後、光重合型コンポジットレジン(Unifil low flow、GC、東京)にて仮封をした。処置直後、24時間、72時間、7日後に4%パラホルムアルデヒド固定液(ナカライテスク,京都)を用いて灌流固定をし、上顎切歯を摘出した。さらに4℃で一晩浸漬固定し、10%ギ酸中4℃で1週間脱灰した。縦断面のパラフィン切片7μmを作製し、H.E.染色を行って歯髄創傷治癒過程を光学顕微鏡にて観察した。結果を図1に示す。
【0056】
図1A、Bに示すように、ラット覆髄直後では創傷面表層は壊死、変性におちいり、創傷面下において好中球を主体とする炎症性細胞浸潤がみられ、歯髄全体が浮腫性を呈し、血管拡張、出血も観察された。また、図1C、Dに示すように、24時間後では炎症性細胞浸潤が軽減し、変性歯髄の直下に大型の紡錘形ないしは多角形の細胞の増殖がみられた。マクロファージが赤血球や異物を貪食している像もみられた。さらに、図1E、Fに示すように、72時間後では多角形の細胞の周囲にコラーゲン線維と骨様象牙質基質の形成がみられた。
【0057】
図1G、Hに示すように、7日後では、創傷面下に骨様象牙質形成がみられ、その直下に多数の短い突起を有する多角形あるいはやや円形の細胞が1〜2層並ぶ象牙芽細胞層がみられた。新生血管は象牙芽細胞層近くまで形成され、歯髄創傷の治癒がみられた。
【0058】
以上のことから、このモデルが歯髄創傷治癒過程におけるMMPsの発現を解析し、機能を推察するのに有効であることが示唆された。
【0059】
2.創傷面下歯髄におけるmRNA発現の経時的変化
歯髄処置直後、12時間、24時間、48時間、72時間後に屠殺し、上顎切歯より歯髄を摘出し、Trizol (Invitrogen, Carlsbad, CA、USA)を用いて通法に従ってtotal RNAを抽出した。First-strand cDNA合成は2μgのtotalRNAより、ReverTra Ace-α(東洋紡、大阪)を用いて行った。Real-time RT-PCRはLight Cycler-FastStart DNA master SYBR Green I (Roche Diagnostics、Mannheim、ドイツ)でラベルしたラットβ-actin, MMP1,MMP2,MMP3,MMP9,VEGF,CXCR4およびSDF1のプライマー(表1)を用いて、変性95℃で10分、PCR増幅反応95℃,10秒、62℃15秒、72℃8秒、40サイクルで、Light Cycler(Roche Diagnostics)にて行った。プライマーの設計はGenBankに登録されているラットの遺伝子配列を用いた。融解曲線解析およびPCR産物を電気泳動してアンプリコンサイズを確認し、またそれぞれのRT−PCR産物をpGEM-T Easy ベクター(Promega,Madison,WI, 米国)にサブクローニングし遺伝子配列をデータベースで確認することにより、PCRの特異性を分析した。それぞれの発現はβ-actinの値で標準化の後、ラット切歯歯髄正常組織における値に対する比で表した。結果を図2に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
図2Aに示すように、ラット歯髄創傷治癒過程において、MMP3はmRNA発現は処置後24時間まで上昇し8倍の発現がみられたが、その後はやや減少がみられるものの、72時間後でも正常歯髄の4倍の発現がみられた。MMP9は処置直後から2倍の上昇がみられ、その発現は弱いが歯髄創傷治癒過程でほぼ維持されていた。MMP1およびMMP2発現は正常歯髄とほぼ同じで、経時的変化はみられなかった。
【0062】
一方、図2Bに示すように、VEGFは処置直後から3.5倍の発現の上昇がみられ、24時間後では5倍の発現がみられるが、その後減少し72時間後には正常歯髄と同等の発現となった。SDF1は24時間後に上昇のピークをむかえるがその発現は4倍と比較的低かった。SDF1リガンドの受容体CXCR4は24時間後に正常歯髄の4倍の発現の上昇がみられた。
【0063】
3.歯髄創傷モデルにおけるMMP3、SDF1およびCXCR4の局在性
歯髄処置後24時間および72時間経過後、4%パラホルムアルデヒド固定液を用いて灌流固定をし、その後一晩浸漬固定を行った。通法に従ってOptimal Cutting Temperature compound (サクラ, 東京)に包埋し、凍結切片12μmを作製し、APS-coated slides (Matsunami Glass Ind.、大阪)にマウントした。CXCR4とMMP3、CXCR4とSDF1およびMMP3とBS−1 lectinの3種類の免疫組織蛍光二重染色を行った。
【0064】
切片は2%Hで20分反応させ内因性ペルオキシダーゼ活性を阻害した後、10mg/ml blocking reagent (Invitrogen Corporation, Carlsbad, CA, USA)を用いて室温で1時間反応させ非特異性の反応を阻害し、Canget 1 buffer (東洋紡,大阪)に溶解した一次抗体ヤギ抗ラットCXCR4(Santa cruze、Santa Cruz, CA, USA) (1:50)を室温にて1時間反応させた。PBT(PBS, 0.05% Tween 20, pH 7.4)で3回洗浄した後、切片を2次抗体、Alexa488ラベルウサギ抗ヤギIgG (Invitrogen) (1:200)を1時間、室温で反応させた。PBTで3回洗浄後、切片をさらにCanget 1 bufferで溶解した一次抗体マウス抗ラットMMP3(第一化学、富山)(0.5μg/ml)を4°Cで一晩反応させた。PBTで3回洗浄後、HRPラベルヤギ抗マウスIgG(Invitrogen) 1時間、室温で反応させ、TSA system Rhodamine-conjugated tyramide (Invitrogen)で蛍光発色させた。核染色はHoechst 33342(Sigma、St. Louis、MO、USA)10ng/mlにて10分行い、Prolong Gold antifade reagent (Invitrogen)に封入した。結果を図3D〜F及び図3J〜Lに示す。
【0065】
一方、CXCR4免疫染色後の切片を、一次抗体としてウサギ抗ラットSDF−1(Biovison、Mountain View、CA、USA)、二次抗体としてHRPラベルヤギ抗ウサギIgG(Zymed Laboratories Inc., San Francisco, CA, USA)を用いてMMP3と同様の反応を行った。結果を図3G〜Iに示す。
【0066】
さらに、MMP3と血管との関係を検索するために、凍結切片をProteinase K (Invitrogen)、20μg/mlで6分室温で反応させ、3回洗浄後Fluorescein Griffonia (Bandeiraea) Simplicifolia lectin(BS−1、20μg/ml、Vector laboratories,Inc.)で15分反応させ、3回洗浄後、上記のとおりにMMP3の蛍光染色を行った。結果を図3A〜Cに示す。
【0067】
なお、すべて、陰性対照として一次抗体を省略して染色を行い、非特異的な反応がないことを確認した。標本は共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。
【0068】
図3A〜Cに示すように、ラット歯髄処置後24時間の創傷面下歯髄において、MMP3はBS1−lectinにより染色される血管内皮細胞に近接して血管周囲に発現がみられた。また、図3G〜Iに示すように、CXCR4はSDF1リガンドのレセプターであり幹細胞に発現がみられるといわれているが、CXCR4はSDF1に近接して発現の局在性がみられた。図3D〜F、J〜Lに示すように、24時間後および72時間後においてMMP3とCXCR4は血管周囲に重複して発現がみられた。よって、歯髄創傷時に遊走してきた歯髄幹細胞が血管周囲に定着し、MMP3を分泌し、パラクリン的に血管内皮細胞に作用し、血管新生を促進している可能性が示唆された。
【実施例2】
【0069】
(実施例2: in vitroにおける血管内皮細胞および歯髄細胞に対するMMP3の機能)
1.血管内皮細胞のMMP3に対する増殖効果
ヒト臍帯血由来血管内皮細胞(human umbilical vein endothelial cells、HUVECs)(クラボウ、大阪)を96ウェルに10,000個播種し、0.02%ウシ血清アルブミンを含むEBM2 (Cambrex Bio Science Walkersville, Inc., Walkersville, MD, USA)中に、最終濃度100ng/mlMMP3(Millipore, Billerica, MA, USA) あるいは0.13μmol のNNGH(Biomol International, L.P. Plymouth Meeting, PA)を添加して培養した。Tetra-color one(Seikagaku Kogyo, Co., 東京)を10μl添加し、2,12,24,36,48, 60時間後、吸光度450nmで測定した。細胞を播種していないウェルの値をコントロールとした。また、100ng/mlMMP3の48時間後の増殖に対する効果を最終濃度50ng/mlのVEGF−A(Peprotech, London, イギリス)の効果と比較した。
【0070】
図4Aに示すように、MMP3を添加すると経時的にHUVECの増殖が促進され、48時間後で比較するとMMP3添加群では4時間後の約12倍の増加がみられ、MMP3無添加群では約5倍の増加にとどまり、約2.4倍の統計学的に有意差がみられた。一方MMP3のインヒビターであるNNGHを同時に添加するといずれの経過時間においてもその効果が抑制され、無添加群とほとんど増殖の差はみられなかった。
【0071】
図4Aに示すように、またMMP3のHUVECに対する増殖促進効果は、VEGF−A(50ng/ml)を添加した場合とほぼ同様であった。
【0072】
2.血管内皮細胞のMMP3に対する遊走効果
5x10のHUVECをPET-membrane(BD Bioscience)に播種し、10ng/ml、100ng/mlのMMP3あるいは0.13μmolNNGHおよび50ng/mlVEGF−Aを含むEBM2の入った24ウェルにそのインサートを挿入した。24時間後、膜を貫通した細胞を0.2%trypsin−0.02%EDTAでPET-membrane下部から剥離し、その細胞数をカウントした。データは4サンプルの平均±SDで表した。結果を図4Bに示す。
【0073】
図4Bに示すように、MMP3のHUVECに対する遊走促進効果は、10ng/mlではコントロールと比較して有意差は認められず、100ng/mlではコントロールおよびVEGFのそれぞれ4倍、2倍の上昇がみられた。つまりMMP3は濃度依存性に遊走を促進することが示唆された。
【0074】
3.血管内皮細胞のMMP3に対するアポトーシス抑制効果
アポトーシス抑制効果を検索するため、HUVECをEGM2中、35mmdishで3日間培養し、ついでEBM−2中に100nM staurosporine (Sigma)を添加してアポトーシスを誘導し、同時にVEGF−A、MMP3あるいは60nmolNNGHを添加した。9時間後、HUVECを剥離し、細胞浮遊液にAnnexin V-FITC (Roche) およびPropidium Iodide (Sigma)を15分作用させ、flow cytometer JSAN (Bay Bioscience, 神戸) でネクローシスおよびアポトーシスの割合を測定した。データは3回行い、典型的な結果を図4Cに示す。
【0075】
図4Cに示すように、HUVECに100nMのStaurosporineを9時間添加してアポトーシスを誘導させると、約50%の細胞にアポトーシスがみられた。そこでStaurosporineとMMP3を同時に添加すると、アポトーシスがみられる細胞は20%以下に減少し、VEGF−Aを添加した場合より有意なアポトーシス抑制効果がみられた。
【0076】
4.歯髄細胞を用いたMMP3に対する象牙芽細胞分化誘導能
ラット上下顎切歯より、トリプシンおよびコラーゲナーゼ酵素消化法により歯髄細胞を分離し、100単位/mlpenicillin G、100μg/ml streptomycin(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)、50μg/mlのL−アスコルビン酸リン酸マグネシウム塩(和光純薬)および10%(v/v)ウシ胎児血清(SAFC Biosciences, Lenexa, Kansas, USA)を含むDMEM(Sigma,St.Louis,MO,USA)で培養した。この2代目の継代細胞にコンフルエント後100ng/mlのMMP3あるいは0.13μmolN NGHおよび50ng/mlヒトリコンビナントBMP2を添加した。14日あるいは21日後にRNAを抽出し、象牙芽細胞の分化マーカー、Dentin Sialophosphoprotein (Dspp)およびenamelysinの発現をReal-time RT-PCRで分析した(表1)。それらの発現はβ−actinの値で標準化の後、ラット切歯2代目歯髄細胞のコンフルエント時における値に対する比で表した。MMP3を添加した場合、コントロールの無添加群に比べて、14日および21日後とも特に象牙芽細胞への分化促進効果は認められなかった。
【0077】
したがって、以上の結果より、MMP3はラット歯髄創傷治癒過程において、血管内皮・血管内皮前駆細胞の創傷部局所への遊走、増殖、抗アポトーシスに促進的に働き、血管新生および象牙質・歯髄再生に有効である可能性が示唆された。
【実施例3】
【0078】
(実施例3: ラットおよびイヌ生活歯髄切断モデルを用いたin vivoにおけるMMP3の象牙質・歯髄再生促進)
1.ラット生活歯髄切断モデルへのMMP3の添加
ラットの上顎切歯を生活歯髄切断後、生理食塩水にて切断面を洗浄し、50ngのMMP3あるいは30nmolのNNGHあるいは両方をスポンジェルに添加して切断面上歯髄に応用した。ボンディング剤を塗布後、光重合型コンポジットレジン(Unifil low flow、GC、東京)にて仮封をした。72時間後に4%パラホルムアルデヒド固定液を用いて灌流固定をし、上顎切歯を摘出した。さらに4℃で一晩浸漬固定し、10%ギ酸中4℃で1週間脱灰した。縦断面のパラフィン切片7μmを作製し、H.E.染色後、光学顕微鏡にて修復象牙質形成を観察した。結果を図5に示す。
【0079】
図5に示すように、MMP3を添加した群では、無添加群に比べて、歯髄切断面下に大量の修復象牙質あるいは細管象牙質形成がみられた。NNGH添加群、あるいはMMP3およびNNGH添加群では、コントロールと比べて有意な差は認められなかった。
【0080】
2.イヌ生活歯髄切断モデルへのMMP3の添加
イヌの上下顎臼歯を生活歯髄切断後、5%次亜塩素酸ナトリウム溶液および3%過酸化水素水にて切断面を交互洗浄し、生理食塩水にて切断面を洗浄した後、100ngのMMP3をスポンジェルに添加して切断面上歯髄に応用した。さらにリン酸セメントを充填し、ボンディング剤を塗布後、化学重合型コンポジットレジンにて仮封をした。14日後に抜歯し、4%パラホルムアルデヒド固定液で4℃で一晩浸漬固定し、10%ギ酸中4℃で1週間脱灰した。縦断面のパラフィン切片5μmを作製し、H.E.染色後、光学顕微鏡にて修復象牙質形成を観察した。結果を図6に示す。
【0081】
図6に示すように、MMP3を添加した群では、無添加群に比べて、歯髄切断面付近に大量の細胞増殖がみられ、その上部には大量の修復象牙質形成がみられた。
【実施例4】
【0082】
(実施例4:イヌ歯髄炎モデルを用いた象牙質・歯髄再生)
イヌの上下顎臼歯を生活歯髄切断後、歯髄面上に綿球を置き、開封状態で24時間放置した。次いで5%次亜塩素酸ナトリウム溶液および3%過酸化水素水にて切断面を交互洗浄し、さらに生理食塩水にて洗浄した後、100ngのMMP3をスポンジェルに添加して切断面上歯髄に応用した。さらにリン酸セメントを充填し、ボンディング剤を塗布後、化学重合型コンポジットレジンにて仮封をした。14日後に抜歯し、4℃で一晩浸漬固定し、10%ギ酸中4℃で1週間脱灰した。パラフィン切片5μmをH.E.染色後、光学顕微鏡にて修復象牙質形成を観察した。結果を図7に示す。
【0083】
図7に示すように、MMP3を添加した群では、無添加群に比べて、歯髄の炎症所見が非常に軽度であり、歯髄切断面付近に細胞増殖がみられ、血管新生が促進された。若干の修復象牙質形成がみられる場合もあった。
【実施例5】
【0084】
(実施例5:穴加工シリコン膜による象牙芽細胞の分化)
生体親和性が高く、酸素透過性のシリコン膜の表面をプラズマ処理、幅7μm、深さ7μm、ピッチ20μmの微細な穴加工されたもの(図8参照)に、I型コラーゲンコートを行った。このシリコン膜上に歯髄由来CD31-; CD146- SP細胞を高密度で付着させ12時間、10%仔ウシ血清、50μg/ml アスコルビン酸を含むDulbecco's Modified Eagle Medium (DMEM)で培養した。その細胞形態を図9Aに示す。その後、コンティナー内に培地を満たし、一方はテフロン(登録商標)にて閉鎖系にして膜表面に外部から偏側性垂直加圧を弱い(低い頻度の)加圧動作(6回加圧/分)による弱い圧縮刺激及び強い(高い頻度の)加圧動作(10回以上加圧/分)による強い圧縮刺激をそれぞれ6時間加えた。
【0085】
なお、歯髄由来CD31-; CD146- SP細胞は、歯髄組織を摘出し、コラーゲナーゼ酵素消化法(Nakashima M. Archs oral Biol. 36(9), 655-663, 1991)を用いて歯髄細胞を分離後、フローサイトメーターにて、Hoechst 33342を強く排出する画分 (Side Population (SP) )からさらにCD31およびCD146抗体を用いることでCD31-;CD146-細胞を分取した。分取後、I型コラーゲンコートディッシュに播種し、10%仔ウシ血清およびEBM2培地にinsulin-like growth factor-l (IGF-1)とEpidermal Growth Factor (EGF)を添加したものを用いて培養した。
【0086】
図9Bに示すようにさらに2日間培養すると、膜上の細胞は密に接触しEnamelysinおよびDentin sialophosphoprotein (Dspp)などのmRNA発現がみられ、象牙芽細胞へ分化誘導が確認された。特に、弱い圧縮刺激を加えた細胞につき効果的に分化誘導された。
【配列表フリーテキスト】
【0087】
配列番号1〜20:プライマー
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】ラット生活歯髄切断モデルを示す図であり、(A−G)低倍率及び(B−H)高倍率により観察図である。(A,B)は処置直後を示し、(C,D)は処置後24時間後を示し、(E,F)72時間後を示し、(G,H)7日後を示す。
【図2】創傷面下歯髄におけるmRNA発現の経時的変化を示す図であり、歯髄処置直後、12時間、24時間、48時間、72時間後の未処置歯髄との比較を示す。(A)MMP1,MMP2、MMP3,MMP9,(B)SDF1,VEGF,CXCR4
【図3】蛍光免疫染色による歯髄創傷モデルにおけるMMP3、SDF1およびCXCR4の局在性を示す図であり、(A−C)MMP3とBS1−lectinの2重染色、24時間後、(D−F)MMP3とCXCR4の2重染色、24時間後、(G−I)CXCR4とSDF1の2重染色、24時間後及び(J−L)MMP3とCXCR4の2重染色、72時間後をそれぞれ示す図である。
【図4】血管内皮細胞のMMP3に対するインヴィトロにおける効果を示す図であり、(A)増殖効果、4サンプルの平均値±SDで示す、実験は3回繰り返し、(B)遊走効果、4サンプルの平均値±SDで示す(**P<0.01、*P<0.05)、実験は3回繰り返し,(C)抗アポトーシス効果,実験は3回繰り返し、典型例を示す図である。
【図5】ラット生活歯髄切断面へのMMP3の応用を示す図であり、(A、C)は低倍率、(B、D)は高倍率、72時間後の状態の観察結果を示す。(A、B)はMMP3応用例であり、(C、D)はPBSコントロールである。なお、OD:骨様象牙質。OB:象牙芽細胞を示す。
【図6】イヌ生活歯髄切断面へのMMP3の応用を示す図であり、(A、D)は低倍率、(B、C、E)は高倍率、14日後の状態の観察結果を示す。(A−C)はMMP3応用例であり、(D、E)はPBSコントロールである。
【図7】イヌ歯髄炎へのMMP3の応用を示す図であり、(A、C)は低倍率、(B、D)は高倍率、14日後の状態の観察結果を示す。(A、B)はMMP3応用例であり、(C、D)はPBSコントロールである。
【図8】凹状部加工シリコン樹脂製担体(膜)と細管象牙質、エナメル質形成を模式的に示す図である。 (A)深い虫歯により歯髄が露出した場合、虫歯形成後あるいは生活歯髄切断後、(B)歯の型をとり模型を作製する。この際、型を物理的にとらずコンピューターにて計測しscaffoldを作製することも可能である。(C)窩洞形態にあわせて、生体親和性が高く酸素透過性(できれば物質透過性が望ましい)のシリコン膜scaffoldを作製する。(D) シリコン膜はプラズマ処理し、ピッチ, 幅, 深さ数μmから数10μmの微細な凹状部の加工を行い、さらにI型コラーゲン、dentin sialophosphoprotein、人工プロテオグリカンなどの象牙質基質蛋白質およびBMPなどのmorphogenのコートを行う。(E) シリコン膜の凹状部加工表面に歯髄由来幹細胞・前駆細胞などの間葉系幹細胞を付着させる。反対側には口腔粘膜上皮などの上皮細胞を付着させることも可能である。(F)三次元培養後、偏側性垂直加圧をかけて、(G)さらに培養し細胞を並列させ象牙芽細胞およびエナメル芽細胞に分化させることも可能である。この際、MMP3を吸着させたscaffold を穴加工シリコン膜上におく場合もある。さらに歯髄由来幹細胞・前駆細胞を注入する場合もある。(H)Gを生体内窩洞内に穴加工面を下にして移植して、レジンなどで完全封鎖する。この際、歯髄露出面あるいは生活歯髄切断面にMMP3を吸着させたスキャホールドをおき、その上に細胞を付着させていない凹状部加工シリコン膜を直接おく場合もある。(I)歯髄、細管象牙質、エナメル質(シリコン膜に上皮を付着させた場合)が形成される。
【図9】凹状部加工シリコン膜上の歯髄由来幹細胞の象牙芽細胞への分化を示す図である。(A)はプラズマ処理、微細な穴加工されたシリコン膜をI型コラーゲンコート後、ブタ歯髄由来幹細胞を高密度で付着させ12時間培養後の位相差顕微鏡像であり、(B)はブタβ-actin, 象牙芽細胞のマーカー、Dspp, EnamelysinのmRNA発現を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリックスメタロプロテアーゼ3活性を有するタンパク質を有効成分として含有する、歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤。
【請求項2】
マトリックスメタロプロテアーゼ3活性を有するタンパク質を有効成分として含有する、歯科材料。
【請求項3】
さらに、生体親和性を有する担体を含有する、請求項2に記載の歯科材料。
【請求項4】
前記担体は、深さ方向が一定の方向を指向して配列された複数個の凹状部を少なくとも片面側に備え、酸素透過性及び/又は物質透過性を有する材料からなる膜状の担体である、請求項3に記載の歯科材料。
【請求項5】
さらに、歯髄細胞、歯髄細胞に分化可能な細胞、象牙芽細胞及び象牙芽細胞に分化可能な細胞から選択されるいずれかを含有する、請求項2〜4のいずれかに記載の歯科材料。
【請求項6】
さらに、血管内皮細胞又は血管内皮前駆細胞を含有する、請求項2〜5のいずれかに記載の歯科材料。
【請求項7】
さらに、上皮細胞を含有する、請求項2〜6のいずれかに記載の歯科材料。
【請求項8】
さらに、象牙質基質を含有する、請求項2〜6のいずれかに記載の歯科材料。
【請求項9】
歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤の有効成分のスクリーニング方法であって、
歯髄細胞に被験化合物を供給して歯髄細胞からのMMP3遺伝子の発現量を測定する工程と、前記被験化合物を供給しないときのMMP3遺伝子の発現量に比較してMMP3遺伝子発現量が増加する被験化合物を、前記薬剤の有効成分として選択することを特徴とする、スクリーニング方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−249344(P2009−249344A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−99814(P2008−99814)
【出願日】平成20年4月7日(2008.4.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本歯科保存学雑誌 第50巻、平成19年10月5日発行
【出願人】(500175325)学校法人愛知学院 (6)
【出願人】(501304319)国立長寿医療センター総長 (9)
【Fターム(参考)】