説明

残留農薬の分析方法

【課題】精度を保ちつつ、簡易な工程で迅速に分析を行うことが可能な残留農薬の分析方法を提供する。
【解決手段】本実施形態に係る残留農薬の分析方法は、第1抽出液12Aであるヘキサン中に農作物30を浸して超音波洗浄し、主として疎水性の農薬を第1抽出液12A中に抽出する第1超音波洗浄工程(S10)と、第2抽出液12Bである水中に農作物30を浸して超音波洗浄し、主として水溶性の農薬を第2抽出液12B中に抽出する第2超音波洗浄工程(S11)と、第1及び第2抽出液12A,12Bに対して転溶・濃縮を行う抽出液の転溶・濃縮工程(S12)と、転溶・濃縮工程において得られた分析試料に含まれる農薬の測定を行う農薬測定工程(S13)とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農作物に付着している残留農薬を分析する方法に関し、特に、残留農薬の簡易な分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食への安心・安全に対する関心が高まっているが、ポジティブリスト制(基準が設定されていない農薬等が一定量以上含まれる食品の流通を原則禁止する制度)が施行されて以来、輸入品、国産品を問わず、農作物の残留農薬が基準値を超過しているケースが多発している。
【0003】
このため、基準値を下回る安全なレベルまで農作物に付着した残留農薬を確実に除去することが望まれており、農作物に付着した残留農薬を計測するための分析方法も提供されている。
【0004】
残留農薬の分析方法としては、例えば、下記非特許文献1に開示されているように、まず、一斉試験法で残留農薬を分析し、基準超過の疑いがある物質が見つかった場合に、その農薬毎に個別試験方法にて分析する、二段階分析が行われている。
【非特許文献1】平成17年1月24日、食安発第0124001号厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知、「食品に残留する農薬、飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物質の試験法」
【0005】
そして、従来の残留農薬分析法においては、例えば、試料である農作物自体を、試料調整(均一化)、抽出(ホモジナイズ、吸引ろ過、濃縮・定容)、精製(塩析、濃縮、GC/NH2カラムクロマトグラフィー)等の処理過程を経て、GC-MS(ガスクロマトグラフィ−質量分析計)や、LC-MS(液体クロマトグラフィー−質量分析計)によって農薬の測定が行われている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来の残留農薬の分析方法における試料調整、抽出、精製の処理過程は、通常2日程度の日数を要し、時間がかかる。また、従来の残留農薬の分析方法では、農作物そのものを抽出するため、試料にリコピン等の夾雑物が多く含まれて精度が犠牲になることも多く、特に、一斉試験法では、このような問題が顕著であった。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、精度を保ちつつ、簡易な工程で迅速に分析を行うことが可能な残留農薬の分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明に係る残留農薬の分析方法は、農作物の残留農薬を分析する残留農薬の分析方法において、抽出液中に農作物を浸して超音波洗浄し、農作物の表面に付着した農薬を前記抽出液中に抽出する超音波洗浄工程と、前記抽出液を転溶及び/又は濃縮して分析試料を生成する転溶及び/又は濃縮工程と、前記分析試料に含まれる農薬を測定する農薬測定工程と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る残留農薬の分析方法によれば、精度を保ちつつ、簡易な工程で迅速に残留農薬の分析を行うことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について詳細に説明する。本実施形態では、超音波洗浄により農作物の表面に付着した残留農薬を抽出液中に抽出し、その抽出液を分析することで、農作物の残留農薬を分析すること特徴としている。
【0011】
図1は、本実施形態に係る残留農薬の分析方法において使用される超音波洗浄装置の断面をイメージ的に示す概略図である。図1に示すように、超音波洗浄装置1は、上部に水槽3を形成する筐体2と、水槽3内の抽出液12を超音波振動させるための複数の超音波振動子からなる超音波振動部5と、超音波振動部5を制御する制御部6と、制御部6に接続された電源コード7とを備えている。
【0012】
本実施形態では、水又は有機溶媒(ヘキサン等)の抽出液12を入れたビーカー20に分析対象である農作物30を入れて超音波洗浄装置1の水槽3内に載置し、ビーカー20内の抽出液12及び農作物30に対して超音波を照射することで農作物30の超音波洗浄を行う。
【0013】
図2は、本実施形態に係る残留農薬の簡易分析方法における処理手順を示すフローチャートである。同図に示すように、まず、S10において、ヘキサンを抽出溶媒として使用した第1の超音波洗浄が行われる。具体的には、第1抽出液12Aとしてのヘキサンが入ったビーカー20A内に農作物30を浸し、このビーカー20Aを超音波洗浄装置1の水槽3内に載置する。
【0014】
そして、超音波洗浄装置1のスイッチをONすると、制御部6の制御により超音波振動部5が超音波振動し、超音波が照射される。なお、本実施形態では、20〜100kHzにおける所定の周波数の超音波を用い、超音波強度は、0.2〜2W/cm2(好ましくは、0.5〜1W/cm2)の範囲内である。
【0015】
第1抽出液12Aとしてヘキサンを用いる第1超音波洗浄工程では、農作物30の表面に付着した難水溶性(疎水性)の農薬(ピリダリル等)が主として除去されて、第1抽出液12A中に抽出される。
【0016】
続いて、S11では、水を抽出溶媒として使用した第2の超音波洗浄が行われる。具体的には、ビーカー20Aから農作物30を取り出し、そのまま第2抽出液12Bとしての水が入ったビーカー20B内に農作物30を浸し、このビーカー20Bを超音波洗浄装置1の水槽3内に載置する。そして、S10と同様に、超音波洗浄装置1を作動させて、超音波を照射させる。
【0017】
第2抽出液12Bとして水を用いる第2超音波洗浄工程では、農作物30の表面に付着した易水溶性の農薬(アセタミプリド等)や中水溶性の農薬(クロロタロニル、アゾキシストロビン等)等、主として水溶性の農薬が除去されて、第2抽出液12B中に抽出される。
【0018】
続いて、S12では、抽出液12A,12Bの転溶・濃縮を行う。具体的には、分液ロート内に、S10の第1超音波洗浄工程で得られた第1抽出液12Aを入れ、転溶先の溶媒である転溶溶媒(アセトニトリル等)を添加して、振とうさせて混合し、主として疎水性の農薬を含む転溶溶媒を回収する。同様に、第2超音波洗浄工程で得られた第2抽出液12Bについても同様の操作を行い、主として水溶性の農薬を含む転溶溶媒を回収する。また、S12においては、必要に応じて各転溶溶媒の濃縮を行い、分析試料を生成する。
【0019】
ここで、上記抽出液12Aはヘキサン等の有機溶媒からなるので、測定機器がLC-MSの場合には、極性溶媒であるアセトニトリル等に転溶を行うが、測定機器がGC-MSの場合には、適宜転溶を省略して濃縮することで分析試料を生成することも可能である。また、抽出液12Bは水を溶媒とするため、測定機器がLC-MSの場合には、検出しようとする濃度や目的に応じて転溶及び濃縮を省略して分析試料とすることも可能である。また、転溶の方法として、抽出液12Bをあらかじめ固相吸着剤(ODSやXAD樹脂等)に吸着させた後に、転溶溶媒で抽出することも可能である。
【0020】
また、上述の各転溶溶媒が相互に溶解可能である場合には、それぞれの転溶溶媒を混合してから濃縮しても良い。続いて、S13では、S12において得られた分析試料に対して、GC-MSやLC-MS等の測定機器を用いて農薬の測定を行い、残留農薬の分析が行われる。
【0021】
ここで、農作物30に含まれる残留農薬の大半は、農作物30の表面に付着して残留しているため、本実施形態のように農作物30表面の残留農薬を選択的に抽出して測定を行うだけで、農作物30自体を試料化して残留農薬を分析した場合とほぼ同様の結果を得ることができる。
【0022】
また、本実施形態によれば、農作物30の表面に付着した残留農薬を超音波振動によって抽出液12中に選択的に抽出することで、測定の妨害となるリコピン等の夾雑物を除外した定量を行うことができ、夾雑物による精度低下に関しては、農作物30自体を試料化する場合と比べて、高精度な分析が可能となる。
【0023】
また、このように本実施形態では試料中に含まれる夾雑物が少ないため、S12で得られた試料を別途精製することなく測定を行うことが可能であると共に、生物検定法や低分解能のGC-MSを用いる場合等、場合によっては精製が必要となることとなっても、従来よりも大幅に簡易な精製で十分であり、分析工程全体の簡素化及び時間短縮が実現できる。例えば、従来の残留農薬の分析方法によれば、試料調整、抽出、精製及び測定によって3日程度掛かっていたのに対して、本実施形態によれば、試料調整、抽出及び精製を半日程度に短縮して、分析を1日で行うことができる。
【0024】
また、本実施形態では、S10において、先にヘキサンを抽出溶媒とする農薬(難水溶性)の抽出を行ってから、S11において、水を抽出溶媒とする農薬(易水溶性及び中水溶性)の抽出を行っている。これは、水を抽出液として超音波洗浄を行うと、農作物の表面に水がまとわりつき、その後、ヘキサンを抽出液として超音波洗浄を行っても、表目にまとわりついた水がヘキサンと農作物との接触を邪魔し、ヘキサンへの難水溶性の農薬抽出の障害となってしまうからである。
【0025】
続いて、本発明者は、本実施形態による分析精度に関して、本実施形態における超音波洗浄工程における農薬回収率を測定する実験を行ったので、以下にその結果を示す。農薬回収率とは、農作物の表面に付着した残留農薬のうち、超音波洗浄によって抽出液中に抽出された農薬の比率を示す。
【0026】
このため、以下の実験では、モデル試験により、希釈した農薬に浸した農作物自体の洗浄前の残留農薬量と、洗浄後の抽出液(水又はヘキサン)中の農薬量とを実際に測定して回収率を求めている。また、農作物はイチゴとトマトを使用し、易水溶性農薬としてはアセタミプリド(イチゴ)、中水溶性農薬としてはクロロタロニル(トマト)及びアゾキシストロビン(イチゴ)、難水溶性農薬としてはピリダリル(イチゴ)を使用した。
【0027】
まず、下記表1は、上記第2超音波洗浄に対応する水を抽出溶媒とした場合であって、周波数が20kHz、25kHz、38kHz、45kHz、60kHz、75kHz、100kHz及び150kHz、超音波強度0.75W/cm2の超音波を、10分照射した場合の農薬回収率を示している。
【表1】

【0028】
このように、水を抽出溶媒として使用した場合、易水溶性及び中水溶性の農薬に関して高い回収率を示しており、超音波洗浄により農作物表面に付着した残留農薬の大部分を抽出液中に回収できていることを示している。但し、100kHzを超えると、農薬回収率が40%以下に低下しているため、超音波洗浄における超音波の周波数は、20〜100kHzの周波数を用いるのが望ましく、さらに望ましくは、20〜60kHzの周波数を用いれば良い。
【0029】
なお、周波数が100kHzを超えると農薬回収率が低下するのは、高周波側では、フリーラジカルであるヒドロキシルラジカル(OHラジカル)が発生し、この反応性の高いラジカルによって農薬が分解されているためであると考えられる。
【0030】
続いて、下記表2は、同じく水を抽出溶媒とした場合であって、2つの周波数を組み合わせ、超音波強度0.75W/cm2の超音波を、各5分、合計10分照射した場合の農薬回収率を示している。周波数の組合せとしては、易水溶性農薬、中水溶性農薬及び難水溶性農薬の全てに対して、25kHzと45kHzについて実験し、中水溶性農薬(クロロタロニル)に対しては、さらに、25kHzと60kHz、45kHzと60kHz、25kHzと100kHz、45kHzと100kHz、60kHzと100kHz、75kHzと100kHz、45kHzと150kHz及び75kHzと150kHzについても実験を行った。
【表2】

【0031】
このように、複数の周波数を組み合わせて用いると、農薬回収率の最高値は若干低下する場合もあるが、水を抽出溶媒とした場合の回収対象である、易水溶性及び中水溶性の農薬の回収率を全体的に底上げできている。これは、農薬毎に回収に適した周波数が異なるが、複数の周波数を組み合わせることで、回収率の低い農薬が残留するリスクを低減しているからと考えられる。
【0032】
但し、100kHz以上の周波数が組み合わされると、上述したようにラジカルの発生により農薬が分解されるためか、回収率が低下している。よって、組み合わせる周波数としては、100kHzを超える周波数を除いて、20〜100kHzの周波数を組み合わせることが望ましく、少なくとも1つは60kHz以下であることが望ましい。
【0033】
続いて、下記表3は、上記第1超音波洗浄に対応するヘキサンを抽出溶媒とした場合であって、周波数が25kHzと45kHzの超音波を組み合わせ、超音波強度0.75W/cm2の超音波を、各5分、合計10分照射した場合の農薬回収率を示している。
【表3】

【0034】
このように、有機溶媒であるヘキサンを抽出溶媒として使用した場合、難水溶性の農薬に関して高い回収率を示しており、超音波洗浄により農作物表面に付着した残留農薬の大部分を抽出液中に回収できていることを示している。
【0035】
以上、上記表1乃至表3の実験結果について説明したが、これらの結果から、本実施形態に係るS10及びS11の超音波洗浄では、周波数が20〜100kHz(望ましくは、20〜60kHz)の超音波を用いることが望ましいことが分かる。また、同じくS10及びS11において、2つの周波数を組み合わせる場合には、20〜100kHzの周波数であって、少なくとも60kHz以下の周波数を1つ含む組み合わせであることが望ましい。
【0036】
なお、上記実験では、2つの周波数を組み合わせて超音波洗浄を行う場合について説明したが、3つ以上の周波数を組み合わせて使用しても良いのは言うまでもない。また、上記実験では、時間差で2つの周波数による超音波洗浄を行ったが、超音波振動部を異なる周波数で振動する2つの領域に分け、それぞれの領域を異なる周波数で振動させ、同時に2つの周波数による超音波洗浄を行うように構成しても良い。
【0037】
以上、本実施形態について詳細に説明したが、本実施形態によれば、農作物表面に付着している残留農薬を超音波洗浄で抽出液中に抽出して、この抽出液の農薬測定をすることで残留農薬の分析を行っており、従来のように農作物そのものを抽出して分析を行う場合と比較して、格段に工程を簡略化して短期間で行うことが可能である。特に、鮮度の落ちやすい青果物であっても出荷前の即日検査が実現可能であり、安全性を担保することができる。
【0038】
また、超音波洗浄であれば、表面形状が複雑な農作物であっても、農作物を傷つけることなく、確実に表面の残留農薬を回収することが可能である。また、農作物そのものを抽出しないため、分析試料中に多くの夾雑物が混じるのを防止でき、試料の精製工程を省略したり簡略化したりすることができると共に、不純物が混じることによる測定精度の低下を防ぐことができる。
【0039】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明の実施の形態は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々の変形が可能である。例えば、本実施形態では、難水溶性の農薬の抽出液としてヘキサンを使用したが、メタノール、アセトニトリル、アセトン等、適宜他の有機溶媒を使用することもできる。
【0040】
また、抽出液12内での過酸化水素濃度を測定することでラジカルの発生、例えばラジカルが10ppb以上発生しているかどうか、を確認するようにしても良い。このようにすれば、ラジカルによる農薬分解を確認することができ、分析結果の信憑性を確認することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】図1は、本実施形態に係る残留農薬の分析方法において使用される超音波洗浄装置の断面をイメージ的に示す概略図である。
【図2】図2は、本実施形態に係る残留農薬の簡易分析方法における処理手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0042】
1 超音波洗浄装置
2 筐体
3 水槽
5 超音波振動部
6 制御部
7 電源コード
12 抽出液
20 ビーカー
30 農作物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
農作物の残留農薬を分析する残留農薬の分析方法において、
抽出液中に農作物を浸して超音波洗浄し、農作物の表面に付着した農薬を前記抽出液中に抽出する超音波洗浄工程と、
前記抽出液を転溶及び/又は濃縮して分析試料を生成する転溶及び/又は濃縮工程と、
前記分析試料に含まれる農薬を測定する農薬測定工程と、
を備えることを特徴とする残留農薬の分析方法。
【請求項2】
前記超音波洗浄工程は、
第1抽出液である有機溶媒中に前記農作物を浸して超音波洗浄し、主として疎水性の農薬を前記第1抽出液中に抽出する第1超音波洗浄工程と、
第2抽出液である水中に前記農作物を浸して超音波洗浄し、主として水溶性の農薬を前記第2抽出液中に抽出する第2超音波洗浄工程と、
を備えることを特徴とする請求項1記載の残留農薬の分析方法。
【請求項3】
前記第2超音波洗浄工程は、前記第1超音波洗浄工程の後に行われる工程であることを特徴とする請求項2記載の残留農薬の分析方法。
【請求項4】
前記超音波洗浄工程は、周波数が20〜100kHzの超音波を複数組み合わせて行われる工程であることを特徴とする請求項1乃至3何れか1項に記載の残留農薬の分析方法。

【図1】
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【図2】
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