説明

母乳添加用粉末

【課題】
母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末の製造方法を提供し、早産低出生体重児、特に極低出生体重児に必要な栄養素の新たな補給方法を提供する。
【解決手段】
母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末の製造方法であって、乳化剤を含有しないこと、又は、脂質に対して0.01〜0.9%、好ましくは0.01〜0.5%の質量で乳化剤が配合されることを特徴とする製造方法であり、脂質が中鎖脂肪酸トリグリセリドであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末である。
【背景技術】
【0002】
母乳は栄養成分の生体利用性が高く、感染防御因子をはじめ種々の生理活性物質を含んでいるため、乳児にとって理想の栄養源とされている。しかし、早産低出生体重児、特に極低出生体重児では、経腸栄養確立後の安定した時期になると急速に発育し、母乳単独ではタンパク質、カルシウム、リンなどが不足することから、低蛋白血症、体重増加不良、未熟児代謝性骨疾患の合併といった問題が生じることが知られている。
【0003】
この対策として、母乳に栄養素を添加する強化母乳栄養についての研究が進み、タンパク質、カルシウム、リンを補強する方法として母乳添加用粉末が開発され、広く利用されている。この方法により、極低出生体重児の発育および骨密度が子宮内発育に近づけることが可能となり、現在ではNICU(新生児集中治療室)で広く使用されている。
【0004】
しかしながら、極低出生体重児では未熟児動脈管開存症や慢性肺疾患の発症率が高く、このような児では水分を制限する必要が多いことから、現行の母乳添加用粉末による強化母乳では、哺乳量が十分でないためにエネルギーが不十分であった。また、慢性肺疾患児では、肺の修復や身体発育により多くのエネルギーを必要とするため、現行の母乳添加用粉末ではエネルギーが低かった。
【0005】
エネルギーを確保する手段としては、母乳添加用粉末を増量するケースも見られるが、増量によって強化母乳の浸透圧が増加するために、哺乳後に下痢や腹部膨満症状の発生に注意する必要があった。
【0006】
そこで、少ない添加量でより多くのエネルギーを確保する手段の一つとして、現行の母乳添加用粉末と比較して、エネルギーが2倍以上に強化された中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)を配合した母乳添加用粉末が開発されている(例えば、特許文献1又は非特許文献1)。
【0007】
MCTは、炭素数6から10個からなる中鎖脂肪酸とグリセリンで構成されたトリグリセリドであり、消化吸収に際し胆汁酸を必要とせず、消化吸収が容易であることが知られている。また、舌リパーゼや胃リパーゼによって容易に分解されるため、NICUにおいて膵リパーゼ活性の低い極低出生体重児の栄養管理に広く利用されている(例えば、非特許文献2)。
【0008】
【特許文献1】特表2002−540806号公報
【非特許文献1】「日本周産期・新生児医学会雑誌」、第44巻、第2号、2008年、第296頁
【非特許文献2】「超低出生体重児−新しい管理指針」、改訂3版、2006年、第153−154頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記のように極低出生体重児のエネルギー確保のためには、母乳添加用粉末にMCT等の脂質を配合することは望ましいが、脂質を配合した母乳添加用粉末を母乳に添加すると、遊離したカプロン酸(C6)、カプリル酸(C8)、カプリン酸(C10)等による脂肪酸臭が生成し、この脂肪酸臭の発生が原因で児が哺乳しないという問題が生じていた。
すなわち、母乳に添加した際に脂肪酸臭の生成が抑えられた脂質配合母乳添加用粉末が希求されていた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題に鑑み、本発明者は鋭意検討を重ねた結果、脂肪酸臭の生成は、母乳添加用粉末中に含まれるMCT等の脂質が、母乳中に含まれるリパーゼによって切断されたために生じることを初めて見出し、母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末を完成するに至った。
【0011】
前記課題を解決する本願第一の発明は、母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末であって、脂質に対して0.01〜0.9%の質量で乳化剤が配合されることを特徴とする母乳添加用粉末であり、脂質に対して0.01〜0.5%の質量で乳化剤が配合されること、脂質が中鎖脂肪酸トリグリセリドであること、乳化剤がレシチンであることをそれぞれ好ましい態様としている。
【0012】
前記課題を解決する本願第二の発明は、母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末であって、乳化剤を含有しないことを特徴とする母乳添加用粉末であり、脂質が中鎖脂肪酸トリグリセリドであることを好ましい態様としている。
【発明の効果】
【0013】
本発明の脂質を配合した母乳添加用粉末は、母乳に添加して調乳した際に、脂肪酸臭である遊離したカプロン酸、カプリル酸、カプリン酸等がほとんど検出されず、低出生体重児が哺乳しやすいエネルギー強化母乳を提供することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の好ましい実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができるものである。尚、本明細書において百分率は特に断りのない限り質量による表示である。
【0015】
本発明における母乳添加用粉末とは、母乳の健康上の利点を最大限生かしながら、エネルギー、タンパク質、脂質、糖質、カルシウム、リン、ナトリウム、およびその他の微量栄養素の供給源として母乳に併用して使用されるものであって、早産低出生体重児、特に極低出生体重児の経腸栄養確立後の発育のための栄養源及びエネルギー源として利用されるものである。
【0016】
したがって、本発明における母乳添加用粉末とは、タンパク質、脂質、糖質、ミネラル類、ビタミン類、及びその他の微量栄養素を含むものである。
【0017】
そして、通常の育児用調製粉乳のように水や温水に溶解して調製することとは異なり、本発明の母乳添加用粉末は、母乳等に直接添加して、低出生体重児の哺乳に好適なエネルギー強化母乳を提供するために用いるものであって、本発明の母乳添加用粉末と通常の育児用調製粉乳とは用途の点で明らかに異なるものである。
【0018】
本発明における母乳添加用粉末に含有するタンパク質とは、タンパク質およびタンパク質を酵素等で分解して得られるタンパク質加水分解物も含まれる。また、タンパク質としては、カゼインや乳清タンパク質などの乳タンパク質、大豆タンパク質やその他の食用タンパク質、あるいはこれらのタンパク質にアミノ酸を添加した混合物を用いることが可能である。タンパク質加水分解物としては、カゼインや乳清タンパク質などの乳タンパク質加水分解物、大豆タンパク質加水分解物やその他の食用タンパク質の加水分解物、又はこれらのタンパク質加水分解物にアミノ酸を添加した混合物が例示される。
【0019】
これらタンパク質およびタンパク質加水分解物は、単独又は併用して用いることができ、例えば、乳清タンパク質、又は乳清タンパク質加水分解物、又はその混合物からなる乳清タンパク質組成物と、カゼイン、又はカゼイン加水分解物、又はその混合物からなるカゼイン組成物の混合比率は、乳清タンパク質組成物:カゼイン組成物=80:20〜40:60が好ましく、70:30〜50:50が特に好ましい態様として使用することができる。
【0020】
本発明における母乳添加用粉末に含有する脂質とは、中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)が特に好ましく、食品に許容されるものであればいかなる脂質でも可能である。例えば、大豆油、トウモロコシ油、ナタネ油、ココヤシ油、サフラワー油、ヒマワリ油、オリーブ油などの植物性油脂、ラード、牛脂、乳脂肪、魚油などの動物性脂肪、多価不飽和脂肪酸など、又はこれら脂質の複数の組み合わせてとして使用することも可能である。
【0021】
なお、本発明における母乳添加用粉末に含有する脂質の配合量は、母乳添加用粉末に対して10〜50質量%であることが好ましく、20〜40質量%であることが特に好ましい。
【0022】
本発明における母乳添加用粉末に含有する糖質とは、一般的に調製粉乳等に添加されるような糖質を含有することができ、具体的には、デキストリン、ラクトース、シュークロース、グルコース、マルトース、ラクチュロース、ラフィノース等が例示される。
【0023】
本発明における母乳添加用粉末に含有するミネラル類としては、一般的な調製粉乳に添加されるような無機質成分を例示することが可能であり、具体的には、カルシウム、リン、マグネシウム、亜鉛、マンガン、銅、ナトリウム、カリウム、塩化物、鉄、およびセレン等が挙げられる。
【0024】
本発明における母乳添加用粉末に含有するビタミン類としては、一般的な調製粉乳に添加されるようなビタミン類を例示することが可能であり、具体的には、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ビオチン、葉酸、パントテン酸、ナイアシン、m−イノシトール等が含まれる。
【0025】
また、本発明の母乳添加用粉末に添加することが可能なその他の栄養素としては、クロム、モリブデン、ヨウ素、タウリン、カルニチン、及びコリン等を例示することができる。
【0026】
なお、母乳のビタミンおよび無機質の濃度の変動性、および早期産児における必要性の増加から、発育する低出生体重児が適切な量のビタミン類および無機質を摂取するように無機物の強化が必要であり、所望の量のビタミン又は無機質を送達するために栄養製品に加えるべきビタミン又は無機質源の量を容易に計算して、適宜、本発明の母乳添加用粉末に添加することができる。
【0027】
本発明における母乳添加用粉末には、母乳添加時に脂肪酸臭の発生を抑制できる範囲で乳化剤を添加することが可能である。なお、母乳添加時に脂肪酸臭の発生を抑制できる範囲とは、脂肪酸臭の発生レベルが、後記する官能評価試験において算出される平均評価点によって評価することができる。すなわち、許容できる基準値として、1点未満が好ましく、0.5点未満である時に特に好ましい範囲として、母乳添加時に脂肪酸臭の発生を抑制できる範囲を定めることができる。このような範囲においては、脂肪酸臭である遊離したカプリル酸等はほとんど検出されず、低出生体重児の哺乳に好適なエネルギー強化母乳を提供することができる。
【0028】
前記のような、母乳添加時に脂肪酸臭の発生が抑制されたとの評価を有する、脂質を配合した母乳添加用粉末において、添加される乳化剤の配合量は、脂質に対して0.01〜0.9%の質量で乳化剤が配合されることが好ましく、脂質に対して0.01〜0.5%の質量で乳化剤が配合されることがより好ましく、母乳添加用粉末に乳化剤を一切配合しないことが特に好ましい。
【0029】
すなわち、本発明の脂質を配合した母乳添加用粉末は、脂肪酸臭の原因となる脂質の量を減らすことなく、一緒に配合される乳化剤の量を調整することによって、母乳添加時に脂肪酸臭の発生を抑制できるというものである。
【0030】
なお、本発明における脂肪酸臭とは、具体的には、カプロン酸(C6)、カプリル酸(C8)、カプリン酸(C10)等が例示される。
【0031】
本発明において母乳添加用粉末に含有する乳化剤は、食品に許容されるものであればいかなる乳化剤であってもよく、例えば、レシチン、酵素分解レシチン、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、有機酸モノグリセリド、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、オクテニルコハク酸デンプンナトリウム等を挙げることができ、なかでも大豆レシチンを使用することが特に好ましい。
【0032】
本発明における脂質を配合した母乳添加用粉末の製造方法は、例えば、前記のタンパク質、糖質、ミネラル類、ビタミン類、及びその他の微量栄養素について所要量を水に溶解し、その後、乳化剤、脂質を添加し、又は脂質のみを添加して撹拌混合し、およそ50〜75℃に加温した後、ホモゲナイザーにより5〜20MPaの圧力で均質化する。なお、均質化には、二段ホモゲナイザーを使用して2段階で圧力を加えて均質化することも可能である。二段ホモゲナイザーを使用する場合は、例えば、1段:5〜20MPa、2段:0.1〜5MPaで圧力を設定することが可能である。
【0033】
その後、高温短時間加熱殺菌(HTST)、又は超高温加熱処理法(UHT)等により加熱殺菌を行い、常法により濃縮後に噴霧乾燥を行って、本発明における脂質を配合した母乳添加用粉末を製造することができる。
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
乳清タンパク質加水分解物(森永乳業社製)15.5kg、カゼイン加水分解物(森永乳業社製)6.5kg、デキストリン(昭和産業社製)27.8kg、ミネラル混合物(富田製薬社製)9.0kgを水300kgに溶解し、これに、大豆レシチン(味の素社製)78g、MCTオイル(日清オイリオ社製)15.6kgを添加した。攪拌して混合した後、70℃に加温し、更に、ホモゲナイザーにより14.7MPaの圧力で均質化した。次いで、120℃で2秒間殺菌した後、濃縮し、噴霧乾燥して、約70kgの脂質配合母乳添加用粉末を製造した。
【0035】
製造した脂質に対して0.5%の質量でレシチンが含有した脂質配合母乳添加用粉末は、母乳に添加した際に遊離カプリル酸の生成が殆ど検出されず、低出生体重児が哺乳しやすいエネルギー強化母乳を提供することができた。
【実施例2】
【0036】
乳清タンパク質加水分解物(森永乳業社製)10.3kg、カゼイン加水分解物(森永乳業社製)4.3kg、デキストリン(昭和産業社製)18.5kg、ミネラル混合物(富田製薬社製)6.0kgを水200kgに溶解し、これにMCTオイル(日清オイリオ社製)10.4kgを添加した。攪拌して混合した後、70℃に加温し、更に、ホモゲナイザーにより14.7MPaの圧力で均質化した。次いで、120℃で2秒間殺菌した後、濃縮し、噴霧乾燥して、約47kgの脂質配合母乳添加用粉末を製造した。
【0037】
製造した脂質配合母乳添加用粉末は、母乳に添加した際に遊離カプリル酸の生成が殆ど検出されず、低出生体重児が哺乳しやすいエネルギー強化母乳を提供することができた。
【0038】
次に試験例を示して本発明を詳細に説明する。
[試験例1]
本試験は、脂質と乳化剤を母乳に添加した際に生成する遊離脂肪酸量と乳化安定性について、乳化剤の配合量による影響を検討するために行った。
【0039】
(1)試料の調製
以下に示す5種類の試料を調製した。
(試料1)
乳清タンパク質加水分解物(森永乳業社製)0.10g、及びカゼイン加水分解物(森永乳業社製)0.04gを精製水19gに溶解し、これに大豆レシチン(味の素社製)0.04g、MCT(日清オイリオ社製)1.00gを攪拌して混合した後、65℃に加温し、超音波ホモジナイザーにより均質化することで、脂質に対して4%の質量で乳化剤が配合された調乳液20gを得た。なお、試料1を他の試料の対照として検討した。
(試料2)
乳化剤として大豆レシチンを0.02g添加したこと以外は、全て試料1と同様の方法により調製した、脂質に対して2%の質量で乳化剤が配合された調乳液20gを得た。
(試料3)
乳化剤として大豆レシチンを0.01g添加したこと以外は、全て試料1と同様の方法により調製した、脂質に対して1%の質量で乳化剤が配合された調乳液20gを得た。
(試料4)
乳化剤として大豆レシチンを0.005g添加したこと以外は、全て試料1と同様の方法により調製した、脂質に対して0.5%の質量で乳化剤が配合された調乳液20gを得た。
(試料5)
乳化剤として大豆レシチンを0.0001g添加したこと以外は、全て試料1と同様の方法により調製した、脂質に対して0.01%の質量で乳化剤が配合された調乳液20gを得た。
(試料6)
乳清タンパク質加水分解物(森永乳業社製)0.10g、及びカゼイン加水分解物(森永乳業社製)0.04gを精製水19gに溶解し、これにMCT(日清オイリオ社製)1.00gを添加した。攪拌して混合した後、65℃に加温し、超音波ホモジナイザーにより均質化することで、乳化剤の代わりにタンパク質加水分解物を使用して乳化した調乳液20gを得た。
【0040】
(2)試験方法
母乳に添加した際に生成する脂肪酸臭(遊離カプリル酸)含量は、次のように試験を行って評価した。
すなわち、−20℃で保存した母乳を流水にて解凍した後、母乳1mlに対して、脂質が0.01gとなるように各試料を添加した。添加した母乳をバイアル瓶に1g分注し、内部標準として2%イソプロパノールを10μl添加し、密栓した。5℃で5時間静置させた後、分析前に15分間室温に戻した。SPME法(固相マイクロ抽出法、SPMEファイバー:65μm PDMS−DVB 23gauge、SUPELCO社製)で、室温10分間ヘッドスペース中の香気成分を抽出した後、ガスクロマトグラフィー(6890N、アジレントテクノロジー社製)を用いて測定した。カプリル酸のピーク面積は、内部標準のピーク面積で除して標準化した。
なお、ガスクロマトグラフィーの測定条件は次のとおりである。
【0041】
・カラム:HP‐5(30m×0.32mm、0.25μm、アジレントテクノロジー社製)
・注入条件:splitless、280℃
・キャリアガス、流量:ヘリウム(2.0ml/min)
・オーブン昇温条件:10℃/min、(70から290℃まで)
・検出器:FID(280℃)
【0042】
また、乳化安定性については、次のように試験を行って評価した。
すなわち、各試料10mlを50ml容量の遠沈管に分注し、2000rpmで5分間遠心分離し、上層に浮上するクリーム層の容積(ml)を測定し、これを乳化安定性の評価指標とした。
【0043】
(3)試験結果
本試験の結果を表1に示す。その結果、表1から明らかなとおり、乳化安定性の測定を実施した試料1、3、4、6のいずれについても乳化安定性は十分に保持されていた。特に、乳化剤を含まない試料6であっても、乳化剤の代わりにタンパク質加水分解物(又はタンパク質)を添加することによって、本発明の脂質を配合した母乳添加用粉末は母乳添加時に乳化安定性が良好であるということも見出された。
【0044】
また、脂質配合母乳添加用粉末に配合した大豆レシチンの量が、脂質に対して0.5質量%以下にすることによって、母乳に添加した際の脂肪酸臭(遊離カプリル酸の生成量)を効果的に低減でき、大豆レシチンの量を脂質に対して0.01質量%にすることによって、遊離カプリル酸の量をほぼ未検出の状態にできることが確認された。
【0045】
また、大豆レシチンの代わりに、タンパク質加水分解物を使用して乳化することにより、調乳液の乳化は安定であるとともに、かつ母乳に添加した際の脂肪酸臭を効果的に低減できることも明らかとなった。
【0046】
なお、本試験の試料1、試料2は、前記特許文献1(特表2002−540806号公報)に記載された粉末人乳強化剤の実施範囲を想定した試料であるが、本試験の結果から、特許文献1における粉末人乳強化剤は、母乳に添加すると脂肪酸臭が発生することが明らかとなった。
【0047】
すなわち、本発明は、特許文献1に記載された粉末人乳強化剤に比して、脂肪酸臭が低減された低出生体重児が哺乳しやすいエネルギー強化母乳を提供することが可能な脂質配合母乳添加用粉末であることが明らかとなった。
【0048】
【表1】

【0049】
[試験例2]
本試験は、脂質を配合した母乳添加用粉末中における乳化剤の配合量による、母乳添加時に生成する遊離脂肪酸量と官能評価について検討するために行った。
(1)試料の調製
(試料7)
実施例1で製造した脂質配合母乳添加用粉末(脂質に対して0.5%の質量で乳化剤を含有)を試料7とした。
(試料8)
実施例1において、大豆レシチンを140g添加したこと以外は、実施例1と同様の方法により製造した脂質配合母乳添加用粉末(脂質に対して0.9%の質量で乳化剤を含有)を試料8とした。
(試料9)
実施例1において、大豆レシチンを156g添加したこと以外は、実施例1と同様の方法により製造した脂質配合母乳添加用粉末(脂質に対して1%の質量で乳化剤を含有)を試料9とした。
(試料10)
実施例1において、大豆レシチンを624g添加したこと以外は、実施例1と同様の方法により製造した脂質配合母乳添加用粉末(脂質に対して4%の質量で乳化剤を含有)を試料10とした。
(試料11)
実施例2で製造した脂質配合母乳添加用粉末(乳化剤を含まない)を試料11とした。
【0050】
(2)試験方法
母乳に添加した際に生成する脂肪酸臭(遊離カプリル酸)含量は、試験例1と同様の方法により測定を行って評価した。
また、各試料について、母乳に添加した際に生成する脂肪酸臭(遊離カプリル酸)を次の評価方法に従って臭気を官能評価試験を行った。
すなわち、−20℃で保存した母乳を流水にて解凍した後、母乳1mlに対して、脂質が0.01gとなるように各試料を添加し、5℃で5時間静置した後、15分間室温に戻し、各試料について官能評価試験を実施した。
【0051】
試験は、20歳から40歳までの男女10人からなるパネルにより行い、母乳そのものを基準A、母乳1mlに対して、カプリル酸(シグマ社製)0.001gを添加したもの基準B、カプリル酸0.01gを添加したもの基準Cとして定義し、試料の香気(臭気)が基準Aに近似するものを0点、基準Bに近似するものを1点、基準Cに近似するものを2点として評価点をつけて、それぞれ試料の平均点を算出した。さらに、各試料の評価点の平均が0〜0.5点未満を「極めて良好」、0.5点以上1点未満を「良好」、1点以上1.5点未満を「やや良好」、1.5点以上2点以下を「やや不良」として評価して官能評価試験を実施した。
【0052】
(3)試験結果
本試験の結果を表2に示す。その結果、表2から明らかなとおり、脂質に対して0.9%の質量以下で乳化剤を配合した場合(試料7、8、11)、母乳添加時の遊離カプリル酸の生成量は、脂質に対して4.0%の質量以下で乳化剤を配合した場合(試料10)に比して1/20以下に減少することが明らかとなった。なお、脂質に対して1.0%の質量以下で乳化剤を配合した場合(試料9)は、遊離カプリル酸の生成量は試料10に比して3/4程度にとどまった。
【0053】
また、官能評価試験においても、脂質に対して0.9%の質量以下で乳化剤を配合した試料7(極めて良好)、試料8(良好)、試料11(極めて良好)は、いずれも「良好」以上の評価が得られ、試料を母乳に添加しても脂肪酸臭は殆ど感じられないことが判明した。なお、脂質に対して1.0%の質量以下で乳化剤を配合した場合(試料9)は、官能評価試験において、試料10と同様に「やや不良」の結果となった。
【0054】
すなわち、乳化剤の配合量を脂質に対して0.9%の質量以下にすることによって、許容できる基準値以下に臭気を低減でき、脂質に対して0.5%の質量以下にすることによって、より効果的に低減できることが確認された。また、本発明により乳化剤を含まない脂質配合母乳添加用粉末を製造した場合には、遊離したカプリル酸等の脂肪酸臭の発生はほぼ完全に抑えることができることが明らかとなった。
【0055】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によれば、脂質を配合した母乳添加用粉末を母乳に添加して調乳しても、脂肪酸臭である遊離したカプロン酸、カプリル酸、カプリン酸等がほとんど検出されず、低出生体重児が哺乳しやすいエネルギー強化母乳を提供することができる。すなわち、脂質の配合量を減らさずに乳化剤の配合量を調節することのみで、母乳添加時に生じる脂肪酸臭の発生を抑制することができるので、簡便に低出生体重児用のエネルギー強化母乳を提供することができる。
そして、本発明の脂質を配合した母乳添加用粉末を用いることによって、早産低出生体重児、特に極低出生体重児に、必要な栄養素の新たな補給方法を提供することも可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末であって、脂質に対して0.01〜0.9%の質量で乳化剤が配合されることを特徴とする母乳添加用粉末。
【請求項2】
脂質に対して0.01〜0.5%の質量で乳化剤が配合されることを特徴とする請求項1に記載の母乳添加用粉末。
【請求項3】
脂質が中鎖脂肪酸トリグリセリドである請求項1又は2に記載の母乳添加用粉末。
【請求項4】
乳化剤がレシチンである請求項1〜3のいずれか一項に記載の母乳添加用粉末。
【請求項5】
母乳添加時の脂肪酸臭が低減された脂質を配合した母乳添加用粉末であって、乳化剤を含有しないことを特徴とする母乳添加用粉末。
【請求項6】
脂質が中鎖脂肪酸トリグリセリドである請求項5に記載の母乳添加用粉末。

【公開番号】特開2010−126495(P2010−126495A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−303683(P2008−303683)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】