説明

毛管電気泳動を用いる、荷電シクロデキストリン類での薬学的化合物のキラル分離

【課題】毛管電気泳動によって広い範囲のキラル化合物を分割(分析)するために用いられる新規な一連の荷電シクロデキストリン類を提供すること。
【解決手段】a)アルファシクロデキストリン、b)少なくとも約12個の修飾されたヒドロキシル基を有するベータシクロデキストリン、及びc)ガンマシクロデキストリンからなる群から選ばれ、二級ヒドロキシルの少なくとも1つの修飾を含んでなることを特徴とする荷電シクロデキストリン。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、毛管電気泳動によって光学異性体を分離するためにシクロデキストリン類を使用することに関する。
【背景技術】
【0002】
薬学的製剤に使用される多くの化学的化合物は、それらの薬学的性質に強く影響を与えることができる光学活性の原因となる非対称中心を有する。2種の鏡像異性体の1種が異なった薬学的性質を有する合成薬剤の例がよく知られている。例えば、(−)−プロプラノロールは、(+)プロプラノロールよりも100倍の薬効がある。加えて、同じ薬剤の2種の鏡像異性体の1種が、より毒性が強い場合があり、例えばサリドマイドやケタミン等が挙げられる。従って、高いラセミ体の分割能力(分解能)と高い効率で鏡像異性体を分離する分析的方法が増々重要になってきている。立体化学的に純粋な薬と、現存するラセミ化合物の念入りな試験との必要性から、効率的で、迅速で、鋭敏でしかも精確なキラル分析法の開発が必要とされている。
クロマトグラフィー技術、特に高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)、が鏡像異性体の分析用に普通に使用されている。かなり最近、毛管電気泳動(CE)がキラルセレクターとともに使用するものとして採用されている。使用される最も普通の戦略は、鏡像異性体対の差別的なホスト−ゲスト複合体形成のためのシクロデキストリン類の使用である〔S.ファナリー,J.,Chromatogr.,735:77−121(1996);H.ニシ及びS.テラベ,J.,Chromatogr.,694:245−276(1995);A.ガットマン,「シクロデキストリン配列キラル分析による鏡像異性体の毛管電気泳動分離」、毛管電気泳動のハンドブック第2版、J.ランダース編、1997、CRC Press Inc.,Boca Raton,FL.の75〜100頁〕。固体支持体に結合した溶解剤を含む多種多様の入手可能なカラムから入念に選択しなければならないHPLC分離とは対照的に、キラルCE分析は、一般にシクロデキストリンのようなキラルセレクターを分離緩衝剤中に溶解せしめることによって簡素化される。
【0003】
シクロデキストリン類(CD)は、α−、β−又はγ−シクロデキストリンの名前に対応する6、7、又は8個のグルコースユニットからなる環状オリゴ糖類である。CDは、そのへりに二級ヒドロキシル基をもち、開口部がより大きな直径をした、先端を切り取ったトーモロコシの形をしている。内部のキャビティーは、ヒドロキシ官能を含まず、疎水性の特性を発揮する。この疎水性の性質は、CDが芳香族基又はアルキル基と高度に選択的な封入複合体を形成するのを可能にする。CDとそのゲスト分子との間の複合体形成定数の差が、構造的に類似した光学異性体の相対的電気泳動移動度に差を生ぜしめ、その結果、鏡像異性体を明確に分離できる。
酸性及び塩基性化合物のキラル分離において、このCD複合体はイオン性の被検体の電荷の影響の下に移動する。しかしながら中性の被検体に関しては、荷電がないシクロデキストリン類は、被検体、シクロデキストリン及び複合体が全く電気泳動移動度を有さないために、適用できない。荷電シクロデキストリン類の使用は、そのため中性の化合物のキラル分離の問題を解決するために考案された。
【0004】
メーヤーら〔J.Microcol,Sep.,6:43−48(1994)〕とタイトら〔Anal.Chem.,66:4013−41018(1994)〕が最初にCEキラル分離のためにスルホブチルエーテル β−シクロデキストリン(SBE−βCD)の使用を報告した。それに続く報告書には、キラルセレクターとしてSBECDを用いるアミン類と中性化合物の分析が記載されている〔デッテら、Electrophoresis、15:799−803(1994);チャンクベタッゼら、Electrophoresis、15:804−807(1994);ルーリーら、Anal.Chem.,66:4019−4026(1994)〕。ヴィンセントら(1997年4月15日にAnalytical Biochemistryへ提出された、「毛管電気泳動用の新規な単一異性体のキラル溶解剤のファミリー、第2部:ヘプタキス−6−スルファト−β−シクロデキストリン)は、バケット形のシクロデキストリン分子の狭い末端の6−位にサルフェートエステル類を単独に有するサルフェート化されたβ−CD(7SβCD)を合成するために、モリヤら〔J.Med.Chem.,36:1674−1677(1933)〕の選択的保護及び脱保護法を採用した。この合成スキームは、キャビティーの幾何学、及び天然のβ−シクロデキストリンの複合体形成性を保持するように設計された。スタルカップとその協力者〔A.スタルカップ等、Anal.Chem.,68:1360−1368(1996);W.ウー等、Chromatogr.,18:1289−1315(1995)〕は、未処理の溶融シリカ毛管中での中性化合物とアミン類のラセミ体分離のために、シクロデキストリンサルフェートエステル類の混合物を使用することが、調査した40の化合物にとって有効であったことを、最近報告した。
【0005】
これらの勇気づける結果にもかかわらず、CEによるキラル分離を行うための普遍的なシステムがない。これは、CE分離が特定のシクロデキストリンとの複合体形成の範囲に非常に依存しているためである。CDのキャビティーの大きさに加えて、溶質とCDのへり上の官能基との相互作用がキラル選択性(分離度)に影響を与えうる。従って、特定のキラル対の分離にとって最も適した特定の荷電又は中性のシクロデキストリンの選択はなお、試行錯誤による経験的なプロセスとなったままである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述の理由のために、毛管電気泳動によって広い範囲のキラル化合物を分割(分析)するために用いられる新規な一連の荷電シクロデキストリン類が必要とされている。理想的には、新規なシクロデキストリン類が簡単な手順によって合成され、そして鏡像異性体の再現可能な分離を可能にしうる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、例えば、以下を提供する:
(項目1) a)アルファシクロデキストリン、
b)少なくとも約12個の修飾されたヒドロキシル基を有するベータシクロデキストリン、及び
c)ガンマシクロデキストリン
からなる群から選ばれ、二級ヒドロキシルの少なくとも1つの修飾を含んでなることを特徴とする荷電シクロデキストリン。
(項目2) 下記一般式
【化1】


を有し、
a)nが6又は8であり、少なくとも約1個のR1基が修飾されたヒドロキシルであり、かつ約n個未満のR1基がヒドロキシルであるシクロデキストリン、及び
b)nが7であり、少なくとも約5個のR1基が修飾されたヒドロキシルであり、かつ約3個未満のR1基がヒドロキシルであるシクロデキストリン
からなる群から選ばれ、ここで上記修飾されたヒドロキシルがサルフェート、カルボキシレート、ホスフェート、又は4級アミン置換基を含むことを特徴とする荷電シクロデキストリン。
(項目3) 修飾されたヒドロキシル基がサルフェート化されている項目1又は2記載の荷電されたシクロデキストリン。
(項目4) アルファシクロデキストリンが少なくとも約7個のサルフェート置換基を有することを特徴とする高度にサルフェート化されたアルファシクロデキストリン。
(項目5) ベータシクロデキストリンが少なくとも約12個のサルフェート置換基を有することを特徴とする高度にサルフェート化されたベータシクロデキストリン。
(項目6) ガンマシクロデキストリンが少なくとも約9個のサルフェート置換基を有することを特徴とする高度にサルフェート化されたガンマシクロデキストリン。
(項目7) 項目1記載の荷電シクロデキストリンおよび電気泳動緩衝剤を含んでなることを特徴とする組成物。
(項目8) 上記シクロデキストリンの濃度が約1%〜20%である項目7記載の組成物。
(項目9) 電気泳動緩衝剤が酸性である項目7記載の組成物。
(項目10) 酸性緩衝剤のpH範囲が約1〜5である項目9記載の組成物。
(項目11) 電気泳動緩衝剤がリン酸塩、酢酸塩及びクエン酸塩からなる群から選ばれた電解質を含む項目7記載の組成物。
(項目12) 試料、項目1記載の荷電シクロデキストリン、及び電気泳動緩衝剤を含んでなり、上記試料が小さなキラル分子であることを特徴とする組成物。
(項目13) 試料が中性化合物又はアミンを含む項目12記載の組成物。
(項目14) 試料の濃度が約0.1〜10mMである項目12記載の組成物。
(項目15) シクロデキストリンが試料に対して相対的に過剰なモル数で存在する項目15記載の組成物。
(項目16) 試料が薬剤又は薬学的化合物を含む項目12記載の組成物。
(項目17) 内標準をさらに含んでなる項目12記載の組成物。
(項目18) 内標準が1,3,6,8−ピレネテトラスルホン酸又はその塩である項目13記載の組成物。
(項目19) a)(1)アルファシクロデキストリン、
(2)少なくとも約12個の修飾されたヒドロキシル基を有するベータシクロデキストリン、及び
(3)ガンマシクロデキストリン
からなる群から選ばれ、二級ヒドロキシルの少なくとも1つの修飾を含むシクロデキストリンを含んでなる緩衝剤で毛管を満たす工程;
b)キラル化合物の鏡像異性体を含んでなる試料を上記毛管に注入する工程;
c)鏡像異性体の電気泳動分離を行う工程;及び
d)キラル化合物の分離された鏡像異性体を検出する工程
を含んでなることを特徴とする小さな分子の鏡像異性体の分離方法。
(項目20) 電気泳動分離が電気浸透フローを抑制する条件下で行われる項目19記載の方法。
(項目21) 毛管が被覆された毛管である項目20記載の方法。
(項目22) 緩衝剤が酸性である項目20記載の方法。
(項目23) (a)少なくとも約7個のサルフェート置換基を有するアルファシクロデキストリン;
(b)少なくとも約12個のサルフェート置換基を有するベータシクロデキストリン;及び
(c)少なくとも約9個のサルフェート置換基を有するガンマシクロデキストリン
からなる群から選ばれた少なくとも2つの、高度にサルフェート化されたシクロデキストリンを含んでなるキラル化合物の分離用キット。
(項目24) 少なくとも一つの電気泳動緩衝剤をさらに含んでなる項目23記載のキット。
(項目25) 内標準をさらに含んでなる項目23記載のキット。
(項目26) 少なくとも一つの毛管をさらに含んでなる項目23記載のキット。
(項目27) 少なくとも1つのpH調節剤をさらに含んでなる項目24記載のキット。
本発明は、毛管電気泳動によって広範囲のキラル化合物を分離することへの要求を満足させる一連の荷電シクロデキストリン類に向けられている。好ましいキラルセレクターは、高度にスルフェート化されたα−、β−及びγ−シクロデキストリン類である。これらの荷電シクロデキストリン類は、商業的に入手可能なシクロデキストリン類よりも高度のサルフェート化と、もっと狭い異質性(heterogeneity)を有する。高度にサルフェート化されたシクロデキストリン類を用いるCE分析は、他のキラルセレクターに比べて多種多様のキラル薬剤の分析(分割)を改良できる。更に、高度にサルフェート化されたα−、β−、及びγ−シクロデキストリン類は、互いに補完し合う分離を生じさせ、広い範囲であっても中性及び塩基性薬剤の分析を可能にする。
本発明の荷電シクロデキストリン類は、二級ヒドロキシルの少なくとも1つの水素原子を荷電置換基で置換した、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、又はγ−シクロデキストリンでありうる。好ましい荷電シクロデキストリン類は、次のような一般式を有する:
【0008】
【化2】

【0009】
nが6又は8であるシクロデキストリンに関しては、少なくとも約1個のR1基は修飾されたヒドロキシルであり、かつ約n個未満のR1基はヒドロキシルである。nが7であるシクロデキストリンに関しては、少なくとも約5個のR1基が修飾されたヒドロキシルであり、かつ約3個未満のR1基はヒドロキシルである。修飾されたヒドロキシルの水素原子は、好ましくはサルフェート、カルボキシレート、ホスフェート、又は四級アミン置換基によって置換される。最も好ましい置換基はサルフェートである。
好ましい高度にサルフェート化されたアルファシクロデキストリン類は少なくとも約7個のサルフェート置換基を有しており、好ましい高度にサルフェート化されたベータシクロデキストリン類は少なくとも約12個のサルフェート置換基を有しており、そして好ましい高度にサルフェート化されたガンマシクロデキストリン類は少なくとも約9個のサルフェート置換基を有している。
【0010】
本発明の荷電シクロデキストリン類は、毛管電気泳動によって小さな分子の鏡像異性体を分離する方法において用いることができる。この方法は、下記の諸工程を含む:a)毛管を、荷電シクロデキストリンと電解質とを含む電気泳動緩衝剤で満たす工程;b)キラル化合物の鏡像異性体を含む試料を前記毛管に注入する工程;c)鏡像異性体の電気泳動分離を行う工程;及びd)キラル化合物の鏡像異性体を検出する工程。電気泳動分離は、電気浸透フローを抑制する条件下で行われるのが好ましい。例えば、被覆毛管を用いてもよいし、或いは電気泳動緩衝剤が酸性であってもよい。試料は一般に小さなキラル分子(MW<5,000)であり、これは好ましくは中性又は基性の化合物である。1,3,6,8−ピレネテトラスルホン酸の塩等の内標準が、時間に関して標準化することを可能にするために任意に試料に添加される。
本発明の試薬は、毛管電気泳動によってキラル化合物を分離するのに使用するためのキットとして便利よく一体とすることができる。このキットには以下のa)〜c)からなる群から選ばれる少なくとも2つの高度にサルフェート化されたシクロデキストリン類が含まれるであろう:a)少なくとも約7個のサルフェート置換基を有するアルファシクロデキストリン、b)少なくとも約12個のサルフェート置換基を有するベータシクロデキストリン、及びc)少なくとも約9個のサルフェート置換基を有するガンマシクロデキストリン。更に、このキットは任意に、電気泳動緩衝剤、pH調節剤、内標準、及び/又は毛管を含むことができる。
本発明のこれらの、及び他の特徴、様相、及び利点は、以下の記述、添付の特許請求の範囲、及び付随した図面によって、より良く理解されよう。
【発明の効果】
【0011】
本発明のシクロデキストリン類は、高度にサルフェート化されたα−、β−及びγ−シクロデキストリン類であって、キラルセレクターとして好適なものであり、例えば毛管電気泳動(CE)に用いることにより、化合物の鏡像異性体対の分離分割能力に優れるものである。本発明の荷電シクロデキストリン類は、従来のシクロデキストリン誘動体よりも高度のサルフェート化とより狭い不均一性を有し、鏡像異性体の分割に好適なものである。
また、高度にサルフェート化されたシクロデキストリン類を用いる本発明の毛管電気泳動(CE)分析法によれば、多種多様のキラル薬剤、特に中性の化合物及びアミン類の分解能、分割力に優れた分析が可能となる。
さらに、本発明の高度にサルフェート化されたα−、β−、及びγ−シクロデキストリン類は、毛管電気泳動によって解析されうる中性及び塩基性薬剤の数を更に拡大させるべく対象とする化合物の範囲を互いに補完するものであり、より広範囲の鏡像異性体の分離分割を可能とするものである。
また、本発明の組成物及びキットは、このような毛管電気泳動分析に好適に用いられるものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】7SβCD(A)、HSαCD(B)、及び7SβCDとHSαCDの混合物の電気泳動図を示す。
【図2】7SβCD(A)、HSβCD(B)、及び7SβCDとHSβCDの混合物の電気泳動図を示す。
【図3】7SβCD(A)、HSγCD(B)、及び7SβCDとHSγCDの混合物の電気泳動図を示す。
【図4】(A)ABI SBECDを含む荷電シクロデキストリン類、並びに(B)セレスター、及び(C)アルドリッチのサルフェート化されたシクロデキストリン類の電気泳動図を示す。
【図5】HSαCD(A)、HSβCD(B)、及びHSγCD(C)を用いて得られるアムフェタミンの電気泳動分離を示すグラフである。
【図6】HSαCD(A)、HSβCD(B)、及びHSγCD(C)を用いて得られるラセミ体のサリドマイドの電気泳動分離を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
ここに記載された方法や試薬には、中性及び塩基性の薬剤の鏡像異性体を分離するための簡素で一般化された手順を要する。広範囲のキラル分子“ゲスト”に対して“ホスト”として作用する一連の新規な荷電シクロデキストリン類が、鏡像異性体対の間で区別するために用いられる。鏡像異性体間での区別的な複合体形成が、電気泳動の移動度に変化を生じさせ、毛管電気泳動中に当該鏡像異性体対の分離を起こさせる。
CD類は、互いにα(1,4)−グリコシド結合を介して結合したグルコース単位から構成されるオリゴ糖の環である。6個から12個までのグルコース単位のCDが単離されているけれども、6個、7個、及び8個の単位を持ったもの、即ちそれぞれα−、β−、及びγ−CDと呼ばれるものが好ましい。このCD類の形は、被検体のホストとなることができる相対的に疎水性のキャビティーをもった、先端が切り取られたトーモロコシ形に似ている。天然のCD類は、グリコピラノース分子の2,3及び6位にヒドロキシル基ををもつ親水性の外面領域を有する。
【0014】
本発明のCD類は、シクロデキストリン上の各グルコース単位の6位に荷電置換基を含む修飾されたヒドロキシルを有する。更に、2位及び/または3位(最もありそうには2位において)の二級ヒドロキシル少なくとも1個もまた荷電された基で置換されている。このことは、先端を切り取ったトーモロコシの狭いほうの開口部に荷電された基を持つことに加えて、荷電された基がシクロデキストリンバケットの広いほう開口部のへりにもまた存在することを意味する。この幅の広いほうのへりは、被合体形成を通じて“ゲスト”分子をくるむ部分であるから、バケットの収容末端は、天然のシクロデキストリンのそれに対して混乱(摂動)させられている。二級ヒドロキシルの変化によるバケットの混乱は、選択的な複合体形成プロセスにとって有益であることがわかった。そして、このことは予想外にもCDによるより良いキラル差別の結果を生じる。
HSCDの好ましい態様の構造式は以下の通りである:
【0015】
【化3】

【0016】
nが6又は8のシクロデキストリンに関しては、少なくとも約1個のR1基が修飾されたヒドロキシルであり、かつ約n個未満のR1基がヒドロキシルである。nが7であるシクロデキストリンに関しては、少なくとも約5個のR1基が修飾されたヒドロキシルであり、かつ約3個未満のR1基がヒドロキシルである。ヒドロキシル基を修飾する荷電置換基は、好ましくはマイナスに荷電され、例えば、カルボキシレート、ホスフェート、又はサルフェート基が挙げられる。或いは、この置換基としてはプラスに荷電されたものでもよく、例えば4級アミンで荷電されたものが挙げられる。最も好ましい置換基は、サルフェート基である。
【0017】
α−CD類に関しては、少なくとも約7個のヒドロキシル基が置換され、そして好ましくは約10〜12個が置換される。もっとも好ましいα−CDはサルフェート置換基で修飾された約11個のヒドロキシル基を有する。
β−CDに関しては、CDの少なくとも約12個のヒドロキシル基が荷電置換基で修飾されており、そして好ましくは約12〜15個が置換される。最も好ましいβ−CDはサルフェート置換基で修飾された約12個のヒドロキシル基を有する。
γ−CD類に関しては、少なくとも約9個のヒドロキシル基が置換されており、そして好ましくは約12〜16個が置換される。最も好ましいγ−CDはサルフェート置換基で修飾された約13個のヒドロキシル基を有する。
好ましいサルフェート化されたCD類の合成には、乾燥したα−、β−、又はγ−シクロデキストリンと、19モル当量の三酸化硫黄−トリメチルアミン複合体(錯体)とを官能基の何らの保護もなしに、DMF中で反応させることが含まれる。この反応は高度のサルフェート化に一致したシクロデキストリンを生成する。従って、この合成による生成物は、高度にサルフェート化されたα−、β−、又はγ−シクロデキストリン類(それぞれ、HSαCD、HSβCD、又はHSγCD)と呼ばれる。
【0018】
多種多様な被検体のいずれをも本発明に従って評価することができる。適した被検体としては、任意の“ゲスト”、例えば荷電CD“ホスト”と複合体(錯体)を形成しうる、光学異性体、鏡像異性体対、ラセミ薬剤混合物が挙げられる。実際、荷電CD類との異なった複合体形成平衡定数を有する任意のキラル対を、ここに述べられているように、分析することができる。試料は一般に、光学活性なキラル中心を有する小さな分子(MW<5,000)であろう。本発明の好ましい実施態様において、試料は、例えば本願の実施例に於いて挙げられたもの等の薬学的化合物である。最も好ましい試料は中性化合物、又はアミン類である。
時間に関して標準化ができるように、少なくとも1つの内部指標を試料に添加してもよい。この指標は、鏡像異性体の相対的移動時間を比較するためのタイム・ゼロ出発点を提供する分析物成分より先に移動することが好ましい。ピレネ−1,3,6,8−テトラスルホン酸(PTS)四ナトリウム塩が、大部分の分離にとって信頼できる指標として働きうる好ましい内標準である。酸性条件の下では、PTSはその電気泳動の移動度にだけ主として依存する短い移動時間をもったピークを生じる。その大きな分子サイズとその四つのマイナス電荷により、PTSはサルフェート化されたシクロデキストリン類と全く相互作用を有しない。
【0019】
本発明に従って、毛管電気泳動(CE)が、キラル化合物の分離の仲立ちをつとめるように用いられる。一般に、CEは、毛管、即ち内径が約2〜2,000ミクロン(μm)の管に、試料成分を導入すること、および前記毛管に電界をかけることを含む。電界の電位は、毛管を通して分析物成分を引き離し、かつそれらの電気泳動の移動度に従ってそれらを分離する。
本発明のCE法は、好ましくは電気浸透フロー(EOF)を抑制する条件下で行われる。“オープン”CEフォーマットを使用するときには、溶融シリカ毛管はポリマーとゲルを欠く電気伝導性緩衝剤で充填される。この溶融シリカ毛管は、約5.0よりも大きなpHで著しくマイナスに荷電されるようになり、このことが緩衝剤から陽イオンの層を引きつける。これらのイオンは、電位の影響下で、陰極に向かって流れるので、緩衝液と分析される試料は同じ方向で運ばれる。その結果として生じたEOFは、中性の種とイオン性の種の両方を、荷電の有無にかかわらず、陰極の方に押し動かす定速成分を与える。このように、電気浸透フローを抑制しない条件下では、試料成分の移動速度は主として基底のEOF(このものは試料成分の電気泳動の移動度を圧倒できる)によって決定される。
試料成分の電気泳動の移動度に主として基づいて分離させるに十分なようにEOFを抑制できる多くの方法がある。最も簡単なアプローチは、酸性のpHを有する電気泳動緩衝剤を用いることである。従って、本発明の好ましい緩衝剤は、約7未満のpHを有する。最も好ましい緩衝剤は約1〜約5のpH範囲を有し、この範囲はたいていの適用においては約2.5〜4のpHで最適化される。
【0020】
この好ましいpH範囲で適当な緩衝能を有する電解質が、電気泳動緩衝剤の成分として含有される。酸性pHにおいて使用されるに適した電解質としては、有機もしくは無機の、リン酸塩、酢酸塩、又はクエン酸塩が挙げられる。好ましい電気泳動緩衝剤の電解質はリン酸トリエチルアンモニウム塩である。緩衝剤中の電解質のモル濃度は一般に約5〜200mM、好ましくは10〜100mMであり、そして最も好ましくは約25〜50mMである。電解質のより高い濃度を有する緩衝剤のイオン強度は望ましくないジュール熱効果を生じさせる場合がある。
EOFを抑制するための他の方法は、被覆毛管を使用することである。毛管の表面は、緩衝剤系に界面活性剤、双性イオン塩、又は親水性綿状ポリマー等の添加剤を含有させることによってダイナミックに被覆することができる。しかしながら、好ましい毛管コーティングは、毛管表面に化学的に結合した、ポリアクリルアミド、ポリエチレングリコール、又はジオールエポキシコーティング等のポリマーであろう。最も好ましいポリマーコーティングは、簡単にPVAとして知られるポリ(ビニルアルコール)である。
【0021】
本発明を実施するのに用いられる毛管は一般に、約10μm〜約200μmのサイズ範囲の内径を有する。最も好ましくは、約25μmの内径を有する毛管が鏡像異性体のCE分離用に使用される。毛管の好ましい長さは、約10〜約100cmであり、最も好ましくは約27cmである。検出窓は、好ましくはカラムの出口から約6.5cmの毛管中に位置する。
特定の被検体“ゲスト”とともに用いるためのα−、β−、又はγ−シクロデキストリン“ホスト”の選択は、一般に経験に基づく事柄である。CD誘導体を選択するための大まかな指針は、α−CDでの分離は1つの芳香族環をもった化合物に関して好ましく、β−CDは置換芳香族環をもった化合物に関して好ましく、そしてγ−CDは複数の環をもった化合物に関して好ましい。しかしながら、図4と5に示したように、実際の結果ではこの一般的な経験則から実質的に逸脱することがある。
【0022】
同様に、電気泳動分離中の、毛管内における荷電α−、β−、又はγ−シクロデキストリンの濃度は、各キラル化合物に関して経験的な手法で最適化されうる。一般に、荷電シクロデキストリンの濃度は、試料成分に対して相対的に過剰のモル数であるべきである。最適化のための適したCD濃度範囲は、約1%〜約20%であり、好ましくは約2%〜約10%の狭められた範囲である。荷電CDの最も好ましい濃度は約5%である。
【0023】
CD類は好ましくは電気泳動緩衝剤に添加され、そして毛管中に導入される。分離緩衝液は水中20%HSCD1部中、電気泳動緩衝剤(例えば50mMリン酸トリエチルアンモニウム塩、pH2.5)の2X溶液2部、及び水1部を混合することによって調製することができる。毛管を20psiの圧力で、1分間、分離緩衝液を用いてすすぐ。試料の注入後、毛管の入口と出口が分離緩衝液中に浸漬され、そしてそれから電圧がかけられて電気泳動を開始する。好ましさの点では比較的劣る代替方法として、CD類を毛管壁に結合させる方法やCD類をゲル母体に含有させる方法がある。
試料は、水中メタノール0〜50%中に被検体を検出可能な濃度、一般的には約0.1〜10mM、そして好ましくは約1mMで溶解させることによって調製される。更にPTS等の内標準が、被検体の約半分の濃度、好ましくは約0.5mMで試料に添加されうる。試料はそれから、界面動電注入、水圧、真空、又はシリンジポンプによって導入されうる。好ましくは、試料は、0.5〜約15psiの範囲、最も好ましくは約0.5psiの圧力で、かつ約1〜99秒の期間中で、最も好ましくは約2〜5秒で、圧力注入によって毛管カラムに導入される。
【0024】
P/ACE2000シリーズ、P/ACE5000シリーズ、又はP/ACE MDQ毛管電気泳動システム(ベックスマン・インスツルメンツ・インコーポレーテッド、フラートン、CA)。加えて、ベックマン システム ゴールドTM(Beckman System GoldTM)ソフトウェアー、ベックマン P/ACETMソフトウエァー、又はIBM PS/2、IBM350 466DX2もしくはIBM350−P90PCによって制御されたベックマンP/ACETMステーションソフトウェアを本発明を実施する際に用いることができる。試料は、1kV〜約100kV、好ましくは5kV〜約20kV、そして最も好ましくは約7.5kV〜約12kVの範囲の電圧で電気泳動にかけられる。
検出は好ましくはUV吸収によって、好ましくは、試料成分と内標準を検出するが荷電CDは検出しない波長で行われる。検出のための好ましい波長は、約180nm〜約380nmの範囲であり、最も好ましい検出波長は約214nmである。
【0025】
CEが、電気浸透フローを抑制する条件下、例えば酸性pHで行われるとき、CEは検出窓口の最も近くに置かれた陽極とともに、反対の極性を用いて好ましく行われる。これらの条件下で、被検体は陽極の方に移動するマイナスに荷電されたシクロデキストリンとの複合体形成によって陽極に引っぱられる。しかしながら、より速く移動する大きな(メジャー)ピークの末尾が小さな(マイナー)ピークをおおい隠すならば、ピークの移動順序を逆にすることが望ましいことがある。一般に、好ましい分離条件は、小さな汚染物質が主成分に向かって移動する条件である。移動順序の逆転は、緩衝剤のpHを約7より大きく、好ましくは約pH8に緩衝剤のpHを上げることによって、しかも陰極が検出窓口に最も近くなるように極性を変えることによって達成することができる。そのような条件下では、EOFは、遊離の、被検体を結合した荷電シクロデキストリン類を含めて全化合物を陰極へ運び去るのに十分強い。
【0026】
CEによるキラル分析を最適化するための系統的な機構を促進するために、本発明の試薬を便利よく一体化してキットとすることができる。最適なシクロデキストリン“ホスト”を選択するのを助けるために、キットには以下のa)〜c)からなる群から選ばれた少なくとも二つの高度にサルフェート化されたシクロデキストリン類が含められるであろう:a)少なくとも約7個のサルフェート置換基を有するアルファシクロデキストリン;b)少なくとも約12個のサルフェート置換基を有するベータシクロデキストリン;及びc)少なくとも約9個のサルフェート置換基を有するガンマシクロデキストリン。
更に、キットは、少なくとも一つの電気泳動緩衝剤を、好ましくは酸性のpHで任意に含んでもよい。しかしながら、もっと高いpHで用いるための別の緩衝剤を、NaOH又はリン酸等のpH調節剤に加えて含有してもよい。緩衝剤の組成及び/又はpHを変えることで、分析(分割)性能を改良したり及び/又は分析を受けているキラル対の移動順序を逆転させることができる。キットヘの更なる添加物としては、PTS等の内部標準、被覆もしくは未被覆毛管が挙げられる。
【0027】
本発明のこれまでに述べた態様には多くの利点、例えば合成の簡単なワン・ステップ法、多種多様な光学異性体の再現性のよい分離、並びに数多くの中性及び塩基性キラル化合物の改善された分割分析等がある。この方法は費用が安く、しかも作業を最適化するために多数の異なった固定相カラムを必要とするHPLCを使用するキラル分析法に比べて万能である。本発明の試薬、方法、及びキットは、薬剤、食物栄養物、環境汚染物質、殺虫剤、又はそれ以外のラセミ体混合物の立体化学的純度を監視するための品質管理システムに容易に適合させることができる。
【実施例】
【0028】
本発明の材料や方法は、以下の例を参照することでより良く理解されよう。
【0029】
例1
HSCD類の合成
この最初の一連の例は、結果として得られる生成物の一貫して高度のサルフェート化のみならず、サルフェート化された、α−、β−、又はγ−シクロデキストリン類を合成するために使用されうる簡単かつ単一工程法を説明している。
高度にサルフェート化したα−シクロデキストリンの合成は、機械的な攪拌器を装備し、乾燥した2リットル反応器に、オーブンで乾燥したα−シクロデキストリン100g(102.8mmol)と無水ジメチルホルムアミド(DMF)900mlを添加することで行った。この容器をオイルバス中で50℃で撹絆しながら加熱して大部分の固体を溶解した。300mlのDMF中での三酸化硫黄トリメチルアミン複合体(272g、1953mmol)の部分溶解混合物を、反応器にゆっくりと注ぎ、50℃で激しく攪拌した。ガム状の生成物が35分後に形成され、そし攪拌を中断した。室温に冷却した後、溶媒をデカンテーションによって除去し、ガム状の生成物を300mlの試薬アルコールで2回洗浄し、そして溶媒を再びデカンテーションによって除去した。
同様に、高度にサルフェート化されたβ−シクロデキストリンの合成を、機械的な攪拌器を装備し、乾燥された2リットル反応器に、オーブン乾燥したβ−シクロデキストリン100g(88.1mmol)と500mlの無水ジメチルホルムアミド(DMF)を添加することによって行った。この容器をオイル浴中で50℃で攪拌しながら加熱し、固体の大部分を溶解した。300mlのDMF中での三酸化硫黄トリメチルアミン複合体(240g、1724ml)の部分溶解混合物を、この反応器にゆっくりと注ぎ、50℃で1時間、激しく攪拌した。ガム状の生成物が形成され、そして攪拌が中断された。溶媒を熱いうちにデカンテーションによって除去し、このガム状の生成物を300mlの試薬アルコールで2回洗浄し、そして溶媒を再びデカンテーションによって除去した。
【0030】
高度にスルフェート化されたγ−シクロデキストリンを製造するための類似した合成スキームを、機械的な攪拌器を装備し、乾燥された2リットル反応器に、オーブン乾燥したγ−シクロデキストリン100g(77.1mmol)と900mlの無水ジメチルホルムアミド(DMF)を添加することによって行った。この容器をオイル浴中で50℃で攪拌しながら加熱し、固体の大部分を溶解した。300mlのDMF中での三酸化硫黄トリメチルアミン複合体(204g、1460mmol)の部分溶解混合物をこの反応器にゆっくりと注ぎ、50℃で激しく攪拌した。ガム状の生成物が35分後に形成され、そして攪拌が中断された。室温に冷却した後、溶媒をデカンテーションによって除去し、ガム状の生成物を300mlの試薬アルコールで2回洗浄してから、再び溶媒をデカンテーションによって除去した。
上述の合成スキームから、このガム状の生成物を375mlの4N水酸化ナトリウムに溶解し、そして攪拌した。この溶液を約10のpHに維持し、2リットルの丸底フラスコに移して、それから回転蒸発して減圧下で少量の水とともにトリメチルアミンを除去した。それから、このフラスコを一晩中、冷室に置いた。残りの溶液(約600ml)から析出した固体をろ過によって集めた。約800mlのアセトンをろ液の各々に添加し、そしてこの各々が軟らかなガムを形成した。この混合物を10分間、激しく攪拌し、それからアセトンをデカンテーションによって除去した。次いで、別に800mlのアセトンを添加し、10分間攪拌してからデカンテーションによって除去した。このガム状の生成物を各々、500mlの脱イオン水に溶解し、この溶液を激しく攪拌しながら2リットルのメタノール中にゆっくりと注いだ。この結果生成した灰色がかった白色固体をろ過によって集め、300mlのメタノールで3回洗浄し、一晩、高真空下110℃で乾燥した。
【0031】
水に再懸濁されたときには、全種のHSCDの溶液は、三酸化硫黄−トリメチルアミン複合体に由来する不純物により明るい茶褐色を呈している。この溶液は、脱色化する活性炭(アルドリッチCat.No.16,155−1)で処理することによって容易に脱色され、そしてそれから遠心分離と0.45μmの注射器型フィルターを通してのろ過によって浄化した。
4つの異なったロットのHSβCD、1ロットのHSαCD、及び1ロットのHSγCDが元素分析にかけられ、ヴインセント等によって採用されたモリヤ等の方法によって合成された多数の7SβCDと比較された。サルフェート化の程度を表1にまとめて示したように、各ロットに関して測定した。
【0032】
【表1】



【0033】
表1に示したように、本発明のHSCD類を製造するのに用いられる合成手順では、平均値でグルコース1分子当り、少なくとも約l.6個のサルフェート分子という高度のサルフェート化(>11)が一貫して達成された。
【0034】
例2
間接UV検出によるサルフェート化されたβ−CD類の特徴づけ
この例は、本発明のHSCD類がヴィンセント等のサルフェート化されたCDよりも、もっと高度にサルフェート化され、しかも商業的に入手できる数種のサルフェート化されたCD類よりも異成分がより少ないことを示している。
シクロデキストリン1つ当り平均値で4のサルフェート化度をもったスルホブチルエーテルβ−シクロデキストリン類(SBE−βCD)がパーキンエルマー/ABI(フォスター市、CA)から購入された。更に、サルフェート化されたβ−CD類(サルフェート化度(平均値)=4)の混合物をセレスター(ハモンド、インディアナ)から供給を受け、またβ−CD1つ当り7〜10のサルフェート化度(平均値)を有するサルフェート化されたシクロデキストリンをアルドリッチ(ミルウォーキー、ウィスコンシン)から入手した。これらの商業的に入手できる荷電CD類を、ヴィンセント等の6−シクロデキストリンのC−6サルフェートエステル(7SβCD、b−CD当り7のサルフェート基)や、例1に従って合成されたα−、β−、及びγ−HSCD類と比較した。
【0035】
間接UV検出によるCE分析が、ベックマン・インスツルメンツ・インコーポレーテッドから入手した50μm×27cmのPVAで共有結合的に被覆された毛管を用い、254nmで検出するUV検出器(P/N 2232111)を装備した、ベックマン・インスツルメンツ・インコーポレーテッド(フラートン、CA)によるP/ACE 5000 CEシステムにおいて遂行された。分離緩衝剤は、TrisでpH8.0に調節された40mMのp−トルエンスルホン酸(TSA)から構成された。この方法では、非吸収性のスルフェート化されたシクロデキストリン類が、陽極に電気泳動的に移動するイオン性の発色団、TSAにとって替り、より近いUV吸収帯をつくる。その結果、アニオン性の被検体が、それらが検出器を通過するときにネガティブな吸収の信号を生ずる。そのピークは直接UV吸収検出で得られたものよりも広く、これは恐らく、サルフェート化されたシクロデキストリン被検体とTSAをバックグラウンドとする発色団との間の移動度の不完全な適合によるのであろう。
【0036】
HSαCD、HSβCD、及びHSγCDについての得られた電気泳動図を、それぞれ図1、2、及び3に示す。このα−、β−及びγ−HSCD類の全てが7SβCDよりも短い移動時間をもったピークを生じるが、このことはサルフェート化の度合いが各HSCDの7よりも高いことを示唆している。HSCDと7SβCDの混合物が2つの明確に区別されるピークを生じるという事実は、べックマンHSCD類は、完全にランダムにサルフェート化されたスピーシーズのグロスな混合物ではないことを暗示している。更には、仮にこの混合物が8、9、又は10個のサルフェート基をもつHSCD分子を含むとしたら、予期される電気泳動図はHSCDと7SβCDの各ピークの間に明確な分離を示すことはないであろう。したがって、これらの結果は、HSCD類のサルフェート化の平均の度合が10より大きいことを確証している。
HSCD類のピークが7SβCDのピークよりもずっと広くはないという事実は、HSCD類の分子の不均一性(heterogeneity)が広くないことを示唆している。比較として、SBE−βCD、セレスターのサルフェートシクロデキストリン、及びアルドリツチのサルフェート化されたβ−CDの電気泳動図(図4)は、幾つかのはっきりと区別されるピークからなり、もっとずっと複雑である。比較によって、このHSCDは、商業的に入手できる他のサルフェート化されたシクロデキストリン類に比べて、サルフェート化の度合がより高く、かつ不均一性がより狭いシクロデキストリン類の混合物である。
【0037】
例3
高度にサルフェート化されたβ−シクロデキストリン(HSβCD)を用いるキラル分離
CEのためのキラルセレクターの選択において最も重要な因子は、最も多種多様な被検体を分割分析する能力である。従って、我々は、HSβCDを用いた中性及び塩基性薬剤のエナンチオマー分離が、ABIからのSBECD(β−CD当り平均4個のスルホブチルエーテル基)、セレスターからのサルフェート化されたβ−CD類(β−CD当り可変数のサルフェート基)、及びヴィンセント等のβ−シクロデキストリンのC−6サルフェートエステル(7SβCD、β−CD当り7個のサルフェート基)を用いたキラル分離に好適にも匹敵することを立証するための比較研究を行った。
【0038】
ホスフェート緩衝剤は、リン酸を、トリエチルアミン又はNaOH溶液等の対応する塩基で滴定することで調製した。サルフェート化されたβ−CDを、25mMのリン酸トリエチルアンモニウム中でpH2.5で溶解した。サルフェート含量の不正確な性格により、サルフェート化されたβ−CD類の濃度は、体積当りの重量の基準で表現した。アミノベースのラセミ体は水に溶解されたけれども、中性のラセミ体の試料は水中50%のメタノールに溶解された。毛管に注入された全試料は、1mMのラセミ体混合物と、内標準として0.5mMの1,3,6,8−ピレネテトラスルホン酸ナトリウム塩(PTS)を含有した。PTSは、その4つのマイナス電荷のために、混合物中の任意の化合物に向かって移動した。
中性化合物やアミン類の多数のラセミ体が、実質上同じ分離条件の下で毛管電気泳動にかけられた。分離は、25μm×27cmの未処理の溶融シリカ毛管を用いる、214nmでのUV検出器を装備した、ベックマン・インスツルメンツ・インコーポレーテッド(フラートン、CA)によるP/ACE 5000 CEシステム上で遂行された。サルフェート化されたシクロデキストリン類の濃度が変えられた(表2Aと2B参照)。電気泳動が、逆極性の条件下、10又は12kV適用電圧で行われた。その結果を表2Aと2Bにまとめて示す。カッコ内に示されたパーセントの値は、最適の分離を生じさせた分離緩衝剤中のサルフェート化されたシクロデキストリンの濃度を示している。
【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【0041】
試験された中性化合物の内の7つ及びアミン類の全ては、公知の薬剤である。分析されたアミン類の2つ、フルオキセチン及びヴェラパミルは市販されている薬剤(それぞれProzac(登録商標)及びVerelan(登録商標))のカプセルから入手した。表2Aと2Bの結果は、ピーク中心間の差△×と4σ、ピークの2つの標準偏差の平均値の指標として定義される、複数のピークの分割(分割能)Rを示している。これらの結果は、簡単な1工程合成において調製されたHSβCDは、18個の中性ラセミ体及び11個のアミン鏡像異性体対に関して良好な分解能(>1)を与えたことを示している。ラセミ体の幾つか(グルテチミド、ロラゼパム、プラズィクワンテル、ヒドロベンゾイン、α−シクロプロピルベンジルアルコール及び1,1′−ビ−2−ナフトール)は、HSβCDを用いて著しく大きな分解能の値(>7)を生じた。これと比べて、7SβCDは、もっとずっと少数のキラル対(8個の中性化合物、及び8個のアミン類)に関して適当な分離を生じた。
【0042】
HSβCDを用いるときの中性ラセミ体の電気泳動図からの1つの観察結果は、移動時間は一般に7SβCD分離に関して対応する時間よりもっと遅かったということであった。このことは、7SβCDと中性化合物の大部分との間の複合体形成平衡定数は、HSβCDの対応する値よりも高いことを示唆している。
この高い親和力は、7SβCDが試験した中性化合物の大部分に関して粗悪な分離を生じさせる、即ち複合体形成が両鏡像異性体に関して強すぎるために、その結果キラル識別ができないことの主な理由と符合しているものと思われる。
キラルアミン類に関しては、逆の傾向が観察された。HSβCDによって生じた移動時間は、7SβCDを用いて得られたものよりも殆ど全てに関して短かった。この結果の理由の1つは、HSβCDのサルフェート化の度合いが高いほど、もっとマイナスに荷電されるために陽極の方への電気泳動の移動度を高くするということである。マイナスの増大した電荷が、サルフェート化されたシクロデキストリンとプロトン化されたアミン類との間に、より高い静電引力をも生じさせるということが言えそうである。より高い複合体形成定数がより低い分解能を生じさせてしまったと思われる中性被検体のケースと違って、アミン類に関するベックマンのHSβCDの明らかに高い親和力が、7SβCDよりも数多くの好結果のキラルアミン分離を生じさせた。
これらの結果は、種々の荷電CD類の中に分解能(分割力)に大きな差があることを示している。7よりも大きな平均スルフェート化の程度を有するこれらのCD類は、より広い範囲の分子種(表2Aと2B参照)について実質的により良いキラル分割を示した。これに関して、ここに述べられた簡単な、一工程での、高収率な合成を用いて調製されたHSβCDは、試験した種々のサルフェート化シクロデキストリン類のいずれとも好適にも匹敵するものであった。
【0043】
例4
CE分離の再現性に関する、異なった合成ロットの効果
キラルセレクターに関する他の重要な評価基準は、異なった合成ロット間での性能の再現性である。三つの異なった型のヒドロキシル(各グルコース単位における2−、3、及び6−位)の直接スルフェート化が、7SβCD化合物の5段工程合成よりももっとランダムな置換を生じさせると予想されたから、HSCDの異なったロット内での変動は考慮されなければならない可能な手段であった。この点から考えて、5つの合成から得られた5つの異なったロットのHSCD(GS4747−65、GS4747−70、GS4747−82、GS4747−85及びGS4747−90)を、5−(4−メチルフェニル)−5−フェニルヒダントイン、α−メチル−α−フェニルサクシンイミド、及びサリドマイドラセミ体の分離について試験した。表3の結果は、移動時間と分解能(分割力)の再現性が合成ロットのうちの4つに関して非常に良好であることを示している。ロット85だけが速い移動と低い分解能を生じさせて、他のものとは多少違っていた。これらの結果は、保護されていないβ−HSCDの直接スルフェート化の簡単な手順を用いて繰返し合成することがCEのキラルセレクターとして再現可能性に優れた性能と一致する生成物を産することを示している。
【0044】
【表4】

【0045】
例5
高度にサルフェート化されたα−、β−、及びγ−シクロデキストリン類を用いるキラル分離
この例は、分離することができるキラル化合物の範囲が、CE−ベースキラル分離に高度にサルフェート化されたα−及びγ−シクロデキストリン類(それぞれHSαCD及びHSγCD)を含めることによって拡大されることを示している。表4の結果は、3つの異なったHSCD類によって引き起こされる分離は、多種多様な中性及び塩基性の薬剤を網羅するように互いに補完し合っていることを示している。HSγCDは、薬学的に重要なフェネチルアミン類の鏡像異性体を分離するのに特に効果的であることが判明した。アンフェタミンとサリドマイドのキラルCE分析の例が、それぞれ図5と6に示されている。アンフェタミンについての最適な分解能(分割)(R=21.68)がHSγCDを用いて得られたのに対して、HSβCDはサリドマイドの最良の分解能(分割)(R=3.37)を生じさせた。
【0046】
【表5】

【0047】
本発明を、その幾つかの好ましい態様を参照して著しく詳しく述べたけれども、他の態様も可能である。例えば、シクロデキストリン類は、ホスフェート等の他のマイナスに荷電された置換基、或いは4級アミンのようなプラスに荷電された置換基で修飾することもできる。更には、CE分離は、荷電CD複合体の分解能(分割力)を改良するために、異なった緩衝剤、又はpH条件を用いて実施してもよい。そのため、添付の特許請求の範囲の精神及び範囲は、ここに記載されている好ましい態様の記載に制限すべきものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
本明細書中に記載される発明。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−132907(P2010−132907A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−296197(P2009−296197)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【分割の表示】特願平10−209656の分割
【原出願日】平成10年7月24日(1998.7.24)
【出願人】(510005889)ベックマン・コールター・インコーポレーテッド (174)
【Fターム(参考)】