説明

水性エマルション処理液およびそれを用いた化成処理鋼板

【課題】高温高湿環境下で耐食性に優れる化成処理鋼板を得る。
【解決手段】(A)有機樹脂、(B)バルブメタル化合物、(C)ポリエーテル変性シリコーン、および(D)水を含む、水性エマルション処理液であって、前記(A)有機樹脂のエマルション粒子径は、10〜100nmであり、前記(B)バルブメタル化合物の含有量は、前記(A)有機樹脂100質量部に対し、0.1〜5質量部であり、前記(C)ポリエーテル変性シリコーンの含有量は、前記(A)有機樹脂と(D)水の合計100質量部に対し、0.01〜3.0質量部である、水性エマルション処理液で、めっき鋼板を化成処理して、化成処理鋼板とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性エマルション処理液およびそれを用いた化成処理鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
外装材、内装材、表装材、車両用鋼板等には、耐食性の良好なめっき鋼板が使用されている。しかしながら、めっき鋼板は、湿潤雰囲気、排ガス雰囲気、海塩粒子飛翔雰囲気等に長期間曝されると、めっき鋼板の表面に白錆が発生する。白錆の発生は外観を著しく劣化させる。
【0003】
めっき鋼板の耐食性を向上させるため、例えば特許文献1には、有機樹脂、バルブメタル化合物、アンモニウム塩及び/又はアミン類を含む化成処理液で処理されためっき鋼板が開示されている。この化成処理鋼板は、化成処理皮膜中の全窒素に対するNCO基を構成する窒素の比率(窒素比)が0.8〜0.95の範囲にあることを特徴とし、耐食性、対アルカリ性に優れるとされる。
【特許文献1】特開2005−226155号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
発明者らは、特許文献1に記載されている化成処理鋼板について予備的に耐食性試験を行った。その結果、特許文献1に記載されている化成処理鋼板は、JIS Z237に準じた、雰囲気温度が50℃未満での塩水噴霧試験では良好な耐食性を維持できるが、夏季の倉庫内や輸出時の船倉保管を模擬した雰囲気温度が50℃以上、相対湿度が90%以上の高温高湿環境下では耐食性が劣ることが明らかとなった。高温高湿環境下で耐食性が低下した原因は、化成処理皮膜中の樹脂とバルブメタル化合物の界面から水分が浸透し易くなったためと推察された。
【0005】
すなわち、高温高湿環境下で耐食性に優れる化成処理鋼板が望まれていたものの、いまだ満足のゆく化成処理鋼板は存在しなかった。
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、めっき鋼板を化成処理した際に、高温高湿環境下での耐食性に優れる化成処理鋼板を与える(単に「高温高湿環境下での耐食性に優れる」ともいう)、水性エマルション処理液、およびこれにより化成処理された化成処理鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討した結果、ポリエーテル変性シリコーンを含み、かつ有機樹脂エマルションの粒径が特定の範囲にある水性エマルション処理液により上記課題が解決できることを見出した。すなわち前記課題は、以下の水性エマルション処理液およびそれを用いた化成処理鋼板により解決される。
【0007】
[1](A)有機樹脂、
(B)バルブメタル化合物、
(C)ポリエーテル変性シリコーン、および
(D)水を含む、水性エマルション処理液であって、
前記(A)有機樹脂のエマルション粒子径は、10〜100nmであり、
前記(B)バルブメタル化合物の含有量は、前記(A)有機樹脂100質量部に対し、0.1〜5質量部であり、
前記(C)ポリエーテル変性シリコーンの含有量は、前記(A)有機樹脂と(D)水の合計100質量部に対し、0.01〜3.0質量部である、水性エマルション処理液。
[2]前記(C)ポリエーテル変性シリコーンは、分子中のSi原子の数とポリエーテル基の数の比率が、モル比にして1:0.001〜1である、[1]に記載の処理液。
[3]前記(A)有機樹脂は、ウレタン樹脂またはアクリル樹脂である、[1]または[2]に記載の処理液。
[4]めっき鋼板の表面に、[1]〜[3]のいずれかに記載の処理液を塗布し、乾燥してなる化成処理皮膜を有する、化成処理鋼板。
[5]前記化成処理皮膜は、厚み方向で前記(C)ポリエーテル変性シリコーンの濃度が異なり、前記化成処理皮膜の表層近傍に、前記(C)ポリエーテル変性シリコーンが濃縮されている、[4]に記載の化成処理鋼板。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、鋼板を化成処理した際に、高温高湿環境下での耐食性に優れる化成処理鋼板を与える水性エマルション処理液、およびこれにより化成処理された化成処理鋼板を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
1.本発明の水性エマルション処理液
本発明の水性エマルション処理液は、
(A)有機樹脂、
(B)バルブメタル化合物、
(C)ポリエーテル変性シリコーン、および
(D)水を含む、水性エマルション処理液であって、水性エマルション処理液であって、
前記(A)有機樹脂のエマルション粒子径は、10〜100nmであり、
前記(B)バルブメタル化合物の含有量は、前記(A)有機樹脂100質量部に対し、0.1〜5質量部であり、
前記(C)ポリエーテル変性シリコーンの含有量は、前記(A)有機樹脂と(D)水の合計100質量部に対し、0.01〜3.0質量部であることを特徴とする。
水性エマルション処理液とは、分散媒である水に、主として(A)有機樹脂が微粒子となって分散している処理液である。水性エマルション処理液中、(B)バルブメタル化合物、および(C)ポリエーテル変性シリコーンは、微粒子として分散していてもよいし、水に溶解していてもよい。以下、本発明の水性エマルション処理液は、単に「処理液」とも呼ばれる。
【0010】
(1) (A)有機樹脂
有機樹脂とは、有機高分子化合物である。有機樹脂は、めっき鋼板に塗布されて、化成処理皮膜を形成する。有機樹脂の例には、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、エチレン−アクリル酸共重合体、ポリスチレン樹脂、またはこれらの変性物が含まれる。本発明においては、前記有機樹脂の2種以上を併用してもよい。
【0011】
本発明の有機樹脂としてはウレタン樹脂またはアクリル樹脂が好ましい。入手が容易であって、かつエマルションを調製しやすいからである。ウレタン樹脂とは、分子内にウレタン結合を有する樹脂の総称であり、通常は、ポリオールとポリイソシアネートを反応させて得られる。
ポリイソシアネートの例には、以下のものが含まれる。
フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、またはナフタレンジイソシアネート等の脂肪族ジイソシアネート。
シクロヘキサンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ノルボルナンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、またはテトラメチルキシリレンジイソシアネート等の脂環族ジイソシアネート。
【0012】
ポリオール化合物の例には、ポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ポリカーボネートポリオール、ポリアセタールポリオール、ポリアクリレートポリオール、ポリエステルアミドポリオール、またはポリブタジエン系等のポリオレフィンポリオールが含まれる。
【0013】
アクリル樹脂とは、(メタ)アクリル酸やメチル(メタ)アクリレートアクリル基を有する化合物の重合体の総称である。(メタ)アクリルとは、アクリルまたはメタクリルを意味する。アクリル樹脂の例には、(メタ)アクリル酸や(メタ)アクリルアルキルエステルの重合体が含まれる。(メタ)アクリルアルキルエステルの例には、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ペンチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸−2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸デシル、(メタ)アクリル酸ドデシル、および(メタ)アクリル酸ステアリルが含まれる。
【0014】
本発明の(A)有機樹脂は、処理液中にエマルションとして分散しており、その粒子径は10〜100nmであり、より好ましくは20〜60nmである。本発明において記号「〜」はその両端の数値を含む。エマルション粒子径は、後述するように、化成処理皮膜としたときに(C)ポリエーテル変性シリコーンの皮膜内での移動に影響する。
【0015】
本発明の処理液は、鋼板の表面に塗布された後、乾燥されて化成処理皮膜を形成するが、その際に、ポリエーテル変性シリコーンが皮膜表面へ移動する。この結果、化成処理皮膜の表面近傍にポリエーテル変性シリコーンの濃化層が形成される。ポリエーテル変性シリコーンは疎水性が高いため、この濃化層により、化成処理皮膜に水が侵入しにくくなる。その結果、本発明の処理液で処理された化成処理鋼板は高温高湿下での耐水性に優れる。
【0016】
この際、処理液中の有機樹脂のエマルション粒子径が10nm未満であると、処理液中の有機樹脂の粒子の数が増え、かつ粒子の総表面積も大きくなる。よって、ポリエーテル変性シリコーンが皮膜の表層へ移動する際に、移動の道のりが長くなったり、有機樹脂表面へ吸着されたりするなどにより、移動が妨げられる。この結果、高温高湿下での耐水性に優れる化成処理鋼板が得られにくい。
逆に、処理液中の有機樹脂のエマルション粒子径が100nmを超えると、形成される化成処理皮膜の緻密性が低下するので、化成処理鋼板の耐食性や加工性が低下する。
【0017】
エマルションの粒子径は公知の方法で測定してよいが、液体中の粒子がブラウン運動により拡散する速度を計測して平均粒子径を測定する「動的光散乱法」により測定することが好ましい。
【0018】
本発明の処理液における有機樹脂の含有量は、水100質量部に対して、10〜40質量部が好ましく、20〜30質量部がより好ましい。有機樹脂の含有量が10質量部未満であると、乾燥過程における水の蒸発が著しく多くなり、皮膜の成膜性や緻密性が十分でなくなり、化成処理鋼板の耐食性が低下することがある。また、有機樹脂の含有量が40質量部を超えると、化成処理液の保存安定性が低下することがある。
【0019】
(2) (B)バルブメタル化合物
バルブメタルとは、その酸化物が高い絶縁抵抗を示す金属をいい、バルブメタル元素を含む化合物をバルブメタル化合物という。バルブメタルの例には、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、およびWが含まれる。バルブメタル化合物の例には、これらの金属の塩や有機金属化合物が含まれ、その具体例には以下の化合物が含まれる。
【0020】
nTiF6(Kはアルカリ金属またはアルカリ土類金属であり、nは1または2である)、K2[TiO(COO)2]、(NH4)2TiF6〔フッ化チタン酸アンモニウム〕、TiCl4、TiOSO4、Ti(SO4)2、Ti(OH)4等のTi化合物。
【0021】
(NH4)2ZrF6、Zr(SO4)2、(NHZrO(CO〔炭酸ジルコニウムアンモニウム〕等のZr化合物。
【0022】
(NHMo24〔モリブデン酸アンモニウム〕、K(MoO)等のMo化合物。
【0023】
その他、NaWO(NHTiF、TiOSOVF、KNbF等の化合物。
【0024】
この中でも入手の容易さ等から、バルブメタル化合物としては、フッ化チタン酸アンモニウム、炭酸ジルコニウムアンモニウム、またはモリブデン酸アンモニウムが好ましい。バルブメタル化合物として、上述の化合物を2種以上併用してもよい。
【0025】
バルブメタル化合物の含有量は、(A)有機樹脂100質量部に対し、0.1〜5質量部である。前記バルブメタル化合物の含有量が0.1質量部未満であると、鋼板の耐食性が不十分である。前記含有量が5質量部を超えると、皮膜におけるバルブメタル化合物と樹脂との界面の面積が増大するので、皮膜に水が侵入しやすくなり、化成処理鋼板の高温高湿下における耐食性が低下する。
【0026】
バルブメタル化合物は、化成処理により化学変化を起こし、鋼板の表面に形成される化成処理皮膜中において、バルブメタル酸化物またはバルブメタル水酸化物(以下「バルブメタル酸化物等」という)を生成する。バルブメタル酸化物等は、電子の移動を妨げるため、化成処理鋼板の下地鋼と、化成処理鋼板が置かれている雰囲気中の水分に含まれている溶存酸素との酸化反応が抑制される。その結果、鋼板の耐食性が向上する。
【0027】
しかしながら、化成処理皮膜には、化成処理や加工において皮膜欠陥部が形成され、その部分を基点にして腐食が生じることがある。そのため本発明においては、化成処理皮膜にバルブメタル化合物の水溶性フッ化物(「バルブメタルフッ化物」ともいう)を含有させることが好ましい。バルブメタルフッ化物は化成処理皮膜に自己修復作用機能を付与する。具体的には、バルブメタルフッ化物は、雰囲気中の水分に溶解し、皮膜欠陥部から露出している下地鋼の表面に難溶性の酸化物または水酸化物となって再析出し、皮膜欠陥部を被覆する。
【0028】
化成処理皮膜にバルブメタルフッ化物を含ませるには、化成処理液にバルブメタルフッ化物を含ませればよい。すなわち、バルブメタル化合物として、KnTiF6や(NH4)2ZrF6等の、バルブメタル元素とフッ素元素を含む化合物を用いることが好ましい。
また、フッ素化合物と前記バルブメタル化合物を含む化成処理液を調製し、化成処理中にフッ素とバルブメタルを反応させて、バルブメタルフッ化物を皮膜中に生成させてもよい。この場合のフッ素化合物の例には、NHFやMF6が含まれる(Mは金属元素)。NHFやMFの含有量は、有機樹脂100質量部に対し0.1〜3.0質量部であることが好ましい。
【0029】
(3) (C)ポリエーテル変性シリコーン
ポリエーテル変性シリコーンとは、ポリシロキサン結合からなる主鎖を有するシリコーンであって、その末端または側鎖にポリエーテル基を有するシリコーンをいう。ポリシロキサン結合からなる主鎖を有するシリコーンの例には、ポリジメチルシロキサン、ポリジメチルシロキサンにおける一部のメチル基が、他のアルキル基またはアリーレン基であるシリコーンが含まれる。
【0030】
ポリエーテル基は、シリコーンの親水性を高め、本発明の処理液においてシリコーンの分散性を安定させる役割を担う。
この他に、シリコーンの変性に用いられる基としては、アミノ基、カルボキシル基、またはメルカプト基が知られている。これらの基は、シリコーンの親水性を高める役割を果たすものの、本発明のバルブメタル化合物と反応しやすい。そのため、前記(A)成分と(B)成分とアミノ基等で変性されたシリコーンを含む処理液は、化成処理皮膜とされた際にシリコーンが皮膜中を移動しにくい。これに対し、本発明の処理液は、ポリエーテル基で変性されたシリコーンを採用するため、バルブメタル化合物と反応しにくく、シリコーンが皮膜の表層部へ移動しやすい。
【0031】
ポリエーテル基の例には、アルコキシル基およびポリオキシアルキレン基が含まれる。 アルコキシル基の具体例には、−OC、−OC、−OCが含まれる。この例において、アルキル基はその異性体も含む。
ポリオキシアルキレン基の具体例には、−OCH−(OCH、−OC−(OCが含まれる。この例において、nは1以上の整数を示す。
【0032】
(C)ポリエーテル変性シリコーンの好ましい具体例には以下の化合物が含まれる。
【化1】

【0033】
【化2】

【0034】
【化3】

【0035】
【化4】

【0036】
上記式において、n、mは、正の整数であり、ポリエーテル変性シリコーンの分子量や、ポリエーテル基の数により適宜決定される数である。
【0037】
ポリエーテル変性シリコーンの含有量は、前記(A)有機樹脂と(D)水の合計100質量部に対し、0.01〜3.0質量部である。
【0038】
ポリエーテル変性シリコーンにおけるSi原子の数とポリエーテル基の数の比率は、モル比で0.001〜1.0が好ましい。このモル比が0.001未満であると、処理液での分散性が低下することがある。またこのモル比が1.0を超えると化成処理皮膜が過度に親水化し、耐水性が低下することがある。このモル比は「変性量」と呼ばれることがある。
【0039】
(D)水
本発明で用いられる水は、通常エマルションに用いられる水であれば特に限定されない。
【0040】
2.本発明の水性エマルション処理液の製造方法
本発明の処理液は、発明の効果を損なわない範囲で任意に製造されるが、以下、好ましい製造方法を説明する。
本発明の処理液は、
(a)水分散性有機樹脂エマルションを準備する工程と、
(b)前記水分散性有機樹脂エマルションに、バルブメタル化合物およびポリエーテル変性シリコーンを混合する工程、を含み製造されることが好ましい。
【0041】
(1) (a)の工程
本工程では、水分散性有機樹脂エマルションを準備する。水分散性有機樹脂エマルションは、市販品を購入してもよいが、次に述べる方法で準備することが好ましい。
1)有機樹脂を溶媒に溶解した樹脂溶液と、界面活性剤と、水を高せん断攪拌してエマルションを得る界面活性剤法。
2)水中にモノマーが分散したエマルションを調製して、モノマーを重合させる乳化重合法。
3)親水基を分子内に導入した有機樹脂を準備して、水中に分散させる自己乳化法。
【0042】
1)の界面活性剤法は、カチオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、非イオン系界面活性剤を用いることができる。カチオン系界面活性剤とは、界面活性剤中の親水基が陽イオンに電離する界面活性剤である。同様に、アニオン系界面活性剤は、界面活性剤中の親水基が陰イオンに電離する界面活性剤である。非イオン系界面活性剤とは界面活性剤中の親水基が電離しない界面活性剤である。
【0043】
カチオン系界面活性剤は公知のものを用いてよいが、その例にはモノアルキルアミン塩、ジアルキルアミン塩、トリアルキルアミン塩、および塩化アルキルベンジルジメチルアンモニウム等のアミン塩が含まれる。
【0044】
アニオン系界面活性剤は公知のものを用いてよいが、その例には脂肪族モノカルボン酸塩等のカルボン酸塩、アルキルベンゼンスルホネート等のスルホン酸塩、アルキルエーテルサルフェート等の硫酸エステル、およびリン酸(モノまたはジ)アルキル塩等のリン酸エステルが含まれる。
【0045】
非イオン系界面活性剤は公知のものを用いてよいが、その例にはグリセリン脂肪酸エステル等の脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル等のエーテル、脂肪酸ポリエチレングリコール等のエステルエーテル、および脂肪酸アルカノールアミド等のアルカノールアミドが含まれる。
【0046】
界面活性剤法において高せん断攪拌する手段は、公知の手段を採用してよい。公知の手段の例には、ディスパーザーが含まれる。
【0047】
界面活性剤法においては、せん断速度を大きくするほど、または攪拌時間を長くするほどエマルションの粒子径が小さくなるので、せん断速度等を最適化することで、本発明のエマルションの粒子径を前述の値とすることができる。また、詳しくは後述するが、有機樹脂がカルボキシル基等の親水基を有すると、粒子径が小さくなる。よって有機樹脂のカルボキシル基等の含有量(酸価)を最適化することによってもエマルションの粒子径を前記範囲にできる。
【0048】
2)の乳化重合法は有機樹脂をアクリル樹脂とする際に好適な方法である。乳化重合は、界面活性剤を用いてモノマーが水中に分散したエマルションを調製し、次にこのエマルションを重合する。エマルションの調製時には、前述の界面活性剤を用いることが好ましい。乳化重合においても、せん断速度を大きくするほど、または攪拌時間を長くするほどモノマーが水中に分散したエマルションの粒子径が小さくなる。すなわち、モノマーのエマルションを調製する際のせん断速度等を最適化することで、本発明のエマルションの粒子径を前述の値とすることができる。
【0049】
3)の自己乳化法は、有機樹脂をウレタン樹脂とする際に好適な方法である。ウレタン樹脂に導入される親水基の例には、水酸基、スルホン酸(塩)基、カルボキシル(塩)基、エーテル基が含まれる。ウレタン樹脂にこれらの親水基を導入するには、これらの親水基を有するポリオールまたはポリイソシアネートを原料とすればよい。例えば、ポリオールとしてエチレングリコールを用いると、分子内にエーテル基を有するウレタン樹脂が得られる。
【0050】
水酸基が導入されたウレタン樹脂はアニオン性、スルホン酸(塩)基やカルボキシル(塩)基等が導入されたウレタン樹脂はカチオン性、エーテル基が導入されたウレタン樹脂は非イオン性である。本発明においては、ウレタン樹脂にスルホン酸(塩)基やカルボキシル(塩)基を導入することが好ましい。得られるエマルションの粒子径が小さくなるからである。
【0051】
本発明においては、上記いずれの方法で得たエマルションを使用してもよいが、3)の親水基を分子内に導入した有機樹脂を準備して、水中に分散させる自己乳化法で得たエマルションが好ましい。
【0052】
(2) (b)の工程
本工程では、前工程で準備した水分散性有機樹脂エマルションに、バルブメタル化合物およびポリエーテル変性シリコーンを混合する。両者を混合する手段は特に限定されないが、攪拌機や三本ロールを用いて両者を混合することが好ましい。混合する温度も特に限定されないが、室温で混合することが好ましい。
【0053】
3.化成処理鋼板
本発明の処理液を鋼板に塗布し、乾燥させることにより、当該処理液により化成処理された化成処理鋼板が得られる。
鋼板とは板状の鋼である。鋼板の例には、普通鋼板、めっき鋼板、ステンレス鋼板が含まれる。めっき鋼板の例には、溶融めっき、電気めっき、蒸着めっきなどが施された鋼板が含まれる。溶融めっき鋼板の例には、溶融Zn浴、溶融Zn−Al合金浴、溶融Zn−Al−Mg合金浴、溶融Zn−Mg合金浴、溶融Al浴、溶融Al−Si合金浴などを用い、連続めっきまたは浸漬めっきにより得られるものが含まれる。あるいは鋼板として、溶融めっき後に合金化処理した合金化溶融めっき鋼板を用いてもよい。
【0054】
電気めっき鋼板の例には、通常の電気Znめっき液、電気Zn合金めっき液、電気Cuめっき液、電気Snめっき液などを用いた連続めっき、または浸漬めっき(個別電気めっき法)により得られるものが含まれる。
【0055】
また本発明に用いられる鋼板は、耐食性や密着性を向上させる前処理として、アルカリ溶剤などを用いた脱脂処理やリン酸塩処理などの化成処理が施されていてもよい。
【0056】
化成処理皮膜とは、鋼板の上に処理液を塗布し乾燥させて得た膜をいう。本発明では乾燥前の膜を「塗布膜」、乾燥させた膜を「化成処理皮膜」と呼ぶ。
【0057】
化成処理皮膜の厚みは、0.1〜5μmであることが好ましい。化成処理皮膜の厚みがこの範囲であると、上記の性能とコストのバランスに優れる。化成処理皮膜の厚みの効果は、5μm程度で飽和するため、5μmを超えてもこれ以上の厚み増加に伴う性能向上が期待できない。
【0058】
本発明の化成処理皮膜は、厚み方向でポリエーテル変性シリコーンの濃度が異なり、前記化成処理皮膜の表層近傍に、ポリエーテル変性シリコーンが濃縮されていることが好ましい。図1は、本発明の化成処理鋼板の一例を示す図である。図1中、1は化成処理皮膜であり、2はポリエーテル変性シリコーンが濃縮されているc層、3は化成処理皮膜におけるc層以外の層、4はめっき鋼板、5はc層とc層以外の層の界面である。
【0059】
界面5は、本発明の化成処理皮膜の表層から0.2〜2%の厚みの領域に存在することが好ましい。
【0060】
c層は、化成処理皮膜を表面分析することにより同定できる。本発明においては、化成処理皮膜表面をX線光電子分光分析装置(XPS)により分析し、得られるピークの経時変化から、各層の主成分を求めることができる。例えば、ポリエーテル変性シリコーンに特異なケイ素原子に起因するピークを解析すればよい。
【0061】
4.化成処理方法
化成処理は公知の方法で行ってよいが、以下に好ましい化成処理方法を説明する。
本発明の化成処理液を用いた化成処理は、
(c)めっき鋼板を準備する工程と、
(d)前記めっき鋼板に、本発明の化成処理液を塗布し、加熱する工程と、を含み実施されることが好ましい。
【0062】
(1) (c)の工程
本工程ではめっき鋼板を準備する。準備する手段は特に限定されないが、既に述べたとおりの方法で準備することが好ましい。または、市販品を購入してめっき鋼板を準備してもよい。
【0063】
(2) (d)の工程
本工程では、前工程で準備しためっき鋼板に、本発明の化成処理液を塗布し、乾燥する。塗布する工程を塗布工程、乾燥する工程を乾燥工程ともいう。
化成処理液は既に述べた方法で調製される。調製された処理液は、ロールコート法、スピンコート法、スプレー法などでめっき鋼板のめっき層の上に塗布される。塗布後、水洗することなく塗布膜を乾燥して、めっき層の上に化成処理皮膜を形成する。
【0064】
塗布膜の乾燥温度は特に限定されないが、バルブメタル化合物の反応を促進させるため、好ましくは100℃以上、より好ましくは120〜200℃である。過度に高温で乾燥すると有機樹脂が分解して化成処理皮膜の性能が低下するため、乾燥温度の上限は200℃が好ましい。
【実施例】
【0065】
[実施例1]
不揮発分30質量%、エマルションの平均粒径10nmの水性ウレタン樹脂エマルションを準備した。有機樹脂100質量部に対し、バルブメタル化合物として炭酸ジルコニウムアンモニウムを0.7質量部(ZrO換算で0.33質量部)、ポリエーテル変性シリコーン(東レ・ダウコーニング(株)製、品名FZ-77)は有機樹脂と水の合計100質量部に対し、0.2質量部を加えて、定法により混合し、処理液を得た。
【0066】
この処理液をガルバリウム鋼板(アルミ55%含有亜鉛めっき鋼板)に直接塗布し、板温150℃で乾燥し、膜厚1.0μmの化成処理被膜が形成された化成処理鋼板を得た。得られた化成処理鋼板は、下記の方法により評価された。評価結果を表1、2にまとめた。表中のバルブメタル化合物は有機樹脂100質量部、シリコーンは有機樹脂と水の合計100質量部に対する質量部を示す。
【0067】
(1)耐食性
1)塩水噴霧試験
化成処理鋼板から試験片(150mm×70mm)を切り出し、端面シールを施した。この試験片を用いて塩水噴霧試験(JIS Z2371に準拠)240hを実施し、平坦部の白錆発生面積率を評価した。
白錆発生面積率が5%未満である場合は◎、5%以上10%未満である場合は○、10%以上20%未満である場合は△、20%以上である場合は×と評価した。
【0068】
2)高温高湿試験
化成処理鋼板から試験片(150mm×70mm)を切り出し、端面シールを施した。この試験片を雰囲気温度50℃、RH98%の高温高湿槽内に480h放置し、平坦部の白錆発生面積を評価した。
白錆発生面積率が5%未満である場合は◎、5%以上10%未満である場合は○、10%以上20%未満である場合は△、20%以上である場合は×と評価した。
【0069】
(2)耐カジリ性
化成処理鋼板から試験片(30mm×250mm)を切り出し、端面シールを施した。この試験片を用いてドロービード試験(金型;ビード高さ4mm、加圧力;3000N、引き抜き速度8.3×10−2m/秒)を行い、金型摺動部の化成処理皮膜の残存率を測定した。
皮膜残存率が80%以上である場合は◎、60%以上80%未満である場合は○、40%以上60%未満である場合は△、40%未満である場合は×と評価した。
【0070】
[実施例2〜14]
有機樹脂エマルション、バルブメタル化合物およびポリエーテル変性シリコーンの種類、添加量を表1に示すとおりに変更し、実施例1と同様にして化成処理鋼板を得た。得られた化成処理鋼板について、実施例1と同様の評価を行った。
【0071】
[比較例1〜10]
有機樹脂エマルション、バルブメタル化合物およびシリコーンの種類、添加量を、表1に示すとおりとし、実施例1と同様にして化成処理鋼板を得た。得られた化成処理鋼板について、実施例1と同様の評価を行った。
【0072】
表1、2に示されるとおり、実施例1〜14の化成処理鋼板は、いずれも良好な塩水噴霧試験耐食性、高温高湿試験耐食性を有し、十分に実用に資することが明らかになった。
【0073】
バルブメタル化合物の添加量が0.1質量部未満である比較例3と、添加量が5.0質量部を超える比較例4の化成処理鋼板は、塩水噴霧試験および高温高湿試験での耐食性、耐カジリ性が低下する傾向が見られた。これは、比較例3の化成処理鋼板は、化成処理皮膜中のバルブメタル化合物量が少ないこと、比較例4の化成処理鋼板は、化成処理皮膜中のバルブメタル化合物と樹脂との界面の総面積が増大することが影響していると推察された。
【0074】
ポリエーテル変性シリコーン分子中のSiとポリエーテル基の比率が、モル比にして0.01未満の実施例5の化成処理鋼板は、高温高湿試験での耐食性がやや低下した。これは、ポリエーテル変性シリコーンの親水性が十分でなく処理液に安定して分散されていなかったことから、皮膜の耐水性が不十分となったためと推察された。また、前記比率を1.0超とする実施例8の化成処理鋼板は、高温高湿試験での耐食性が低下する傾向が見られたが、これは皮膜の親水性が過剰となったためと推察された。
【0075】
ポリエーテル変性シリコーンの添加量が0.01質量部未満である比較例6の化成処理鋼板は、高温高湿試験での耐食性が低下する傾向が見られた。これは、皮膜の耐水性が十分でないためと推察された。前記添加量が3.0質量部を超える比較例7の化成処理鋼板は、耐食性と耐カジリ性が低下する傾向が見られた。これは、ポリエーテル変性シリコーンの皮膜中での存在量が過剰となり、樹脂エマルション同士の結合を妨害し、乾燥塗膜の緻密性が低下したためと推察された。
【0076】
有機樹脂エマルションの平均粒子径が10nm未満の比較例1の化成処理鋼板は、ポリエーテル変性シリコーンの塗膜表層に濃化量が不足するため、高温高湿試験での耐食性が低下した。また、平均粒子径が100nmを超える比較例2の化成処理鋼板は、化成処理被膜の緻密性が低下するため、耐食性や加工時の耐カジリ性が低下した。
【0077】
ポリエーテル変性シリコーンを含まない比較例5の化成処理鋼板は、皮膜の耐水性が不十分なため、高温高湿試験での耐食性が劣っていた。
【0078】
変性していないシリコーンを用いた比較例8の化成処理鋼板は、樹脂エマルションとの相溶性が劣り、塗膜にシリコーンが偏在するため、高温高湿試験での耐食性が劣っていた。
アミノ基やメルカプト基で変性したシリコーンを用いた比較例9、10の化成処理鋼板は、塗膜表層へのシリコーンの濃化が不足するので高温高湿試験での耐食性が劣っていた。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明の処理液は、高温高湿環境下での耐食性に優れる化成処理鋼板を与える。よって本発明は、耐食性を必要とする鋼板の化成処理に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】本発明の化成処理鋼板の一例を示す断面図
【符号の説明】
【0083】
1 化成処理皮膜
2 ポリエーテル変性シリコーンが濃縮されているc層
3 c層以外の層
4 めっき鋼板
5 c層とc層以外の層の界面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)有機樹脂、
(B)バルブメタル化合物、
(C)ポリエーテル変性シリコーン、および
(D)水を含む、水性エマルション処理液であって、
前記(A)有機樹脂のエマルション粒子径は、10〜100nmであり、
前記(B)バルブメタル化合物の含有量は、前記(A)有機樹脂100質量部に対し、0.1〜5質量部であり、
前記(C)ポリエーテル変性シリコーンの含有量は、前記(A)有機樹脂と(D)水の合計100質量部に対し、0.01〜3.0質量部である、水性エマルション処理液。
【請求項2】
前記(C)ポリエーテル変性シリコーンは、分子中のSi原子の数とポリエーテル基の数の比率が、モル比にして1:0.001〜1である、請求項1に記載の処理液。
【請求項3】
前記(A)有機樹脂は、ウレタン樹脂またはアクリル樹脂である、請求項1に記載の処理液。
【請求項4】
めっき鋼板の表面に、請求項1に記載の処理液を塗布し、乾燥してなる化成処理皮膜を有する、化成処理鋼板。
【請求項5】
前記化成処理皮膜は、厚み方向で前記(C)ポリエーテル変性シリコーンの濃度が異なり、前記化成処理皮膜の表層近傍に、前記(C)ポリエーテル変性シリコーンが濃縮されている、請求項4に記載の化成処理鋼板。

【図1】
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【公開番号】特開2010−65241(P2010−65241A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−229910(P2008−229910)
【出願日】平成20年9月8日(2008.9.8)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】