説明

水硬性石灰を用いた高強度建材の製造方法

【課題】水硬性石灰を用いた高い強度を有する建築材料の製造方法を提供する。
【解決手段】(a)水硬性石灰と水を含む混合物を、型枠に充填し炭酸ガス養生に供する工程を含んでなる方法により、水硬性石灰中の水酸化カルシウム結晶及び2CaO・SiO水和物が二酸化炭素と結合し炭酸カルシウム結晶へと変化する際の体積膨張を、型枠で拘束することにより該結晶間の結合を強固なものにし、高い強度発現を生じさせる。更に、上記工程(a)の後に、(b)前記水硬性石灰と水を含む混合物を脱型後に更に炭酸ガス養生に供する工程を含むことにより、水硬性石灰と水の混合物に十分な強度発現を生じさせる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水硬性石灰を用いた高い強度を有する建築材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物において荷重(重力、地震力、風荷重等)を支持する部材は構造部材と呼ばれ、現在は、ほとんどの建築物に鉄骨、鉄筋コンクリートまたは木材のいずれかの材料が用いられている。それ以外の材料は、主として強度が不十分であることを理由に、建築構造部材には用いられない。上記3種の材料のうち、鉄筋コンクリートは、鉄筋とコンクリートからなる複合材料である。鉄筋コンクリートは、強い圧縮強度を有するが引っ張り強度が小さいコンクリートを、引っ張り強度に優れた鉄筋によって補強することで、建築部材に要求される引張、圧縮強度を発揮させる構造である。鉄筋コンクリートがかくも頻繁に用いられる理由は、コンクリートが大量かつ安価に提供しえるからである。
【0003】
上記3種の材料の他に、天然水硬性石灰(NHL)という材料があり、NHLは硬化後は水に溶解しないため、鉄筋を含む複合建材に使用した場合、鉄筋を錆させにくいという優れた特徴を有するが、コンクリートに比較して圧縮強度が甚だしく劣っていたために、現在は、建築構造部材としては使用されていない。水硬性石灰を水に溶かして放置、乾燥させると固化することは古代ローマ時代(BC2世紀)から知られていた。ただし、固化した水硬性石灰は、コンクリートに比較して強度が不十分で脆いことも知られていた。珪土質の天然石灰岩を焼成後、水を付加して消化することにより得られる天然水硬性石灰に対し、消石灰とポラゾン物質や水硬性を発現する材料を混合した物は人工水硬性石灰(HL)と呼ばれる。
【0004】
非特許文献1には、天然水硬性石灰の圧縮強度はセメントの圧縮強度に比べ、打設後13週において、およそ1/23から1/10であることが開示されている。
非特許文献2は、打設後の養生条件(気中養生、CO養生又は水中養生)が、天然水硬性石灰の強度特性に及ぼす影響を調べている。CO養生は、天然水硬性石灰の硬化を促進するが、最終的に得られる圧縮強度には養生条件による影響は見られないと記載されている。
非特許文献3は、天然水硬性石灰に水と共に混合する骨材が、天然水硬性石灰の強度特性に及ぼす影響を調べている。
【0005】
天然水硬性石灰と類似する材料には消石灰がある。消石灰(水酸化カルシウム)を用いて高強度を有する成形体を製造する場合には、型枠に充填した水酸化カルシウムと骨材等の混合物を高圧プレスで押しつける方法がある。また特許文献1には、振動成形工程と炭酸ガス養生工程を含む舗装用ブロック等用固化成形体の製造方法が記載されている。しかしながら、本願明細書の実施例2に示すように消石灰と骨材(標準砂)の混合物は炭酸ガス養生では高い強度を発現しない。また、特許文献1には、振動成形工程では混練物内の空気を追い出す働きと、消石灰、骨材及び水を均質化し密に充填させ、消石灰を骨材の結合材として、水分子間力に結合させる工程であると記載されている。したがって、特許文献1の消石灰を用いた固化形成体の示す高強度は、添加物として加えられた塩化マグネシウム及び塩化ナトリウム又は使用された骨材の種類に起因すると考えられる。
【0006】
非特許文献4には、セメント表面を炭酸化し、中性化を抑えてコンクリートの耐久性を高めるために、炭酸ガス養生を行うことが記載されている。セメントは、天然水硬性石灰と比較して水酸化カルシウムの含有量が少なく、一方で2CaO・SiO水和物(以下、CS)が多く、該水和物は針状結晶の形態で存在する(図1に示すSEM写真を参照)。NHLの硬化作用の初期段階では水和物CSは水酸化カルシウム結晶間の接着剤として働くと考えられるが、水和物同士の結合で硬化するセメントではそのような働きはない。さらに非特許文献4では、水和物CSは主としてγ-2CaO・SiOであるが、NHLではβ-2CaO・SiO(以下、β-CS)であることが知られている。
【0007】
上記の文献から明らかなように、従来は、水硬性石灰を用いてコンクリートに比肩できるほどの圧縮強度が得られるとは考えていなかった。更に、従来は、消石灰やコンクリートでは、高圧プレスや添加剤等によって強度を高めていたが、水硬性石灰では強度を高める方法は知られていなかった。
【非特許文献1】片倉佳典ら、天然水硬性石灰(NHL)の材料特性に関する研究、日本建築学会学術講演梗概集、171−172頁、2003年9月
【非特許文献2】小田章等ら、天然水硬性石灰(NHL)の強度と硬化に関する研究、日本建築学会学術講演梗概集、925−926頁、2006年9月
【非特許文献3】池田勝利ら、天然水硬性石灰(NHL)の強度特性に関する研究−骨材特性の影響に関する検討−、日本建築学会学術講演梗概集、685−686頁、2007年8月
【非特許文献4】芦澤良一ら、γ-2CaO・SiO2と炭酸化養生を併用したコンクリートの高耐久化技術、鹿島技術研究所年報、第52号、107-112頁、2004年9月30日
【特許文献1】特開2006−240236
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、水硬性石灰を用いた高い強度を有する建築材料を製造する方法および当該方法によって得られた建築材料と複合材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の高強度水硬性石灰建材の製造方法は、(a)水硬性石灰と水を含む混合物を、型枠に充填し炭酸ガス養生に供する工程を含んでなる方法である。この工程(a)は、水硬性石灰中の水酸化カルシウム結晶及び水和物CSが二酸化炭素と結合し炭酸カルシウム結晶へと変化する際の体積膨張を、型枠で拘束することにより該結晶間の結合を強固なものにし、高い強度発現を生じさせることができる。
本発明の好適な実施態様では、上記工程(a)の後に、(b)前記水硬性石灰と水を含む混合物を脱型後に更に炭酸ガス養生に供する工程を更に含むことができる。工程(b)により、水硬性石灰と水の混合物に十分な強度発現を生じさせることができる。
本発明の更に好適な実施態様では、上記炭酸ガス養生は炭酸ガス濃度1容積%以上で実施することができる。大気中の二酸化炭素濃度(およそ0.03%)よりも高い炭酸ガス濃度で養生することにより、早期に高い強度を発現させることができる。
【0010】
本発明の更に好適な実施態様では、上記水硬性石灰の表面が炭酸ガス雰囲気に直接接するよう解放面を有することを特徴とする型枠を使用することができる。型枠による拘束効果が水硬性石灰の強度発現に寄与すると考えられるが、同時に炭酸ガスへの接触面を増やすことで、水硬性石灰の混合物の硬化と強度発現を促進することができる。
本発明の更に好適な実施態様では、セメント係数が0.55〜0.75であることを特徴とする水硬性石灰を使用することができる。セメント係数0.55〜0.75を有する水硬性石灰は炭酸ガス養生による強度発現が強いためである。
【0011】
本発明の更に好適な実施態様では、水硬性石灰として天然水硬性石灰を使用することができる。
本発明の更に好適な実施態様では、水硬性石灰と水の混合物が更に骨材を含むことができる。
本発明の更に好適な実施態様では、上記混合物を構成する水は、炭酸ガスを溶解させたものを使用することができる。
本発明の更に好適な実施態様では、水硬性石灰と水を含む混合物に炭酸ガスを注入する工程を含むことができる。
本発明の別の好適な実施態様では上述の方法で製造した30N/mm以上の圧縮強度を有する水硬性石灰建材が提供される。
本発明の好適な実施態様で提供される上記水硬性石灰建材は、さらに、内部に格子状、網状あるいは軸状の強化材を含む水硬性石灰複合建材である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、高い強度を有する水硬性石灰建材を製造することが可能である。さらに、本発明の方法によれば、水硬性石灰建材の強度発現を早期に生じさせることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
天然水硬性石灰(NHL、Natural Hydraulic Lime)は、建築用石灰の欧州規格EN459‐1(2001年)によれば、「粉砕に関係なく消化によって粉末化した、いくらか粘土質または珪質の石灰石の焼成によって作られる石灰。すべてのNHLは水硬性を持つ。大気中の炭酸ガスは、硬化に寄与する。」と定義される。本明細書においては、天然水硬性石灰との用語を上記欧州規格と同じ意味に用いる。天然水硬性石灰の他に、ローマンセメントあるいは古代セメントと呼ばれているものがあり、これは消石灰(水酸化カルシウム)にポゾラン物質(珪酸SiO、アルミナAl、酸化鉄Feなどの鉱物)を後から添加した石灰である。粘土質または珪質石灰石(泥灰石、marlとも云う)の焼成によって得られる天然水硬性石灰とは区別されるものであり、本願明細書では、人工水硬性石灰と記載する。また、本願明細書で使用する場合、「水硬性石灰」は、天然水硬性石灰と人工水硬性石灰を含む。上記欧州規格においても、天然水硬性石灰と人工水硬性石灰とは区別されており、人工水硬性石灰は「水硬性石灰(HL、Hydraulic Lime):水酸化カルシウム、珪酸カルシウム、アルミン酸カルシウムを主成分とし、これらの混合によって作られる石灰。水硬性を持つ。大気中の炭酸ガスは、硬化に寄与する。」と定義されている。本明細書では、この点についても前記欧州規格に従うものとする。
【0014】
代表的な天然水硬性石灰には、以下の3種類があり、欧州規格EN459‐1には圧縮強度が規定されている。
NHLの種類 圧縮強度
NHL2 2〜7N/mm
NHL3.5 3.5〜10N/mm
NHL5 5〜15N/mm
【0015】
<天然水硬性石灰の硬化メカニズム>
石灰石(炭酸カルシウム)CaCOの焼成・消化によって得られる消石灰(水酸化カルシウム)Ca(OH)は、空気中の二酸化炭素COとの結合(以下、炭酸化)によって、もとの石灰石CaCOに還元する性質を有する。消石灰は気硬性の材料であり、骨材・水との混合による硬化後、生成される炭酸カルシウム結晶は結合しないため、強度は発現しない。
天然水硬性石灰は、二酸化ケイ素SiOなどを含有する石灰石を焼成・消化することによって得られ、水酸化カルシウムCa(OH)を主成分として、ケイ酸二カルシウムCSなどの水和物を含む石灰である。NHLに含有される水和物CSは、β-CSが主である。水との接触で、CSなどの水和物は水酸化カルシウムCa(OH)の結晶間を結合させ、さらに炭酸化により水酸化カルシウムCa(OH)は表層面から次第に炭酸カルシウムCaCO結晶へと変化する。炭酸カルシウムCaCO結晶はCSなどの水和物によって結合状態を保っており、該水和物は同じ炭酸化作用によって炭酸カルシウムCaCO結晶へと変化する。
表層が炭酸化すると、炭酸カルシウムCaCO結晶は空隙を含んだ粒状構造を形成し、奥の水酸化カルシウムCa(OH)に空気中の炭酸ガスが供給され、炭酸化が緩やかに進行する。すなわち天然水硬性石灰は、水硬性・気硬性を併せ持つ材料であり、骨材・水との混合により硬化後、強度を発現する。図2に、天然水硬性石灰の硬化メカニズムの概念図を示す。
【0016】
<天然水硬性石灰の主成分>
天然水硬性石灰の主成分は、水酸化カルシウムCa(OH)、炭酸カルシウムCaCO、ケイ酸二カルシウム(ビーライト;CS;主としてβ-CS)、二酸化ケイ素SiOである。
化学分析結果は表1に示すとおり、CaOが60%程度、水硬性の起因となる二酸化ケイ素SiOは10〜20%である。表1のセメント係数C.I.(Cementation Index)は水硬性の度合いを示す指標の一つであり、以下の式で計算される。
【数1】

【表1】

表1において、産地Aとはフランス東部であり、産地Bとはフランス南西部である。表1から、セメント係数C.I.が高い天然水硬性石灰ほど規定強度が高くなり、二酸化ケイ素SiOの割合も高くなっていることが分かる。天然水硬性石灰は歴史上、セメント発明の元となった石灰であり、セメントは水和成分を高めた材料である。セメントの化学成分はビーライトCSのほか、ケイ酸三カルシウム(エーライト;3CaO・SiO、以下CS)、カルシウムアルミネート(アルミネート;3CaO・Al、以下CA)、カルシウムアルミノフェライト(フェライト;4CaO・Al・Fe、以下CAF)および硫酸カルシウム(セッコウ;CaSO・2HO)が含まれる。エーライト、ビーライト、アルミネートおよびフェライトは「クリンカー」と呼ばれる。
化学成分において、天然水硬性石灰とセメントはよく似ているが、天然水硬性石灰は、クリンカーの割合が小さく、さらにほとんどがビーライトCSとして存在するのが化学的な特徴である。その割合はNHL2で約10〜25%、NHL3.5で約25〜40%、NHL5では約40〜50%である。NHL5の場合はエーライトCSも含まれる。一方で、セメントのクリンカーの割合は、通常90%以上であり、すなわち含有される水酸化カルシウムの割合は10%未満である。
消石灰は、天然水硬性石灰と比較して、SiO、Al、Fe、MgOといったいわゆる不純分が極めて少ない石灰であり、したがって水和反応は起こらない。
【0017】
本発明で使用する水硬性石灰の種類には、NHL2、NHL3.5、NHL5、HL2、HL3.5、HL5等があるが、これに限定されるものではなく、将来的に開発される水硬性石灰をも含む。天然水硬性石灰は産地によって、成分に多少のばらつきがあるが、水酸化カルシウムCa(OH)、炭酸カルシウムCaCO、ケイ酸二カルシウム(ビーライト;CS)、二酸化ケイ素SiOを主成分とするものであればよい。天然水硬性石灰はフランス産のものが有名であるが、チュニジア産、イタリア産等、他の産地のものであってもよい。水硬性石灰は、セメント係数0.55〜0.75を有するものが特に好ましい。セメント係数が0.5以下、あるいは0.9以上の場合は、炭酸ガス養生による強度発現の効果は、水中養生に比較してそれほど高くはない。水硬性石灰と水の配合比は、十分に混練された水硬性石灰と水の混合物が所望の流動性を有する比率であればよい。例えば、水硬性石灰と水の配合比は、JIS R 5201に記載のフロー試験方法によるフロー値が120±10mmになるように調節される。水硬性石灰と混合する水は、炭酸ガスを溶解させた水を使用してもよい。
【0018】
本発明で使用する骨材として、天然骨材、人工骨材、及び再生骨材を使用することができるが、これらに限定されるものではない。天然骨材の例としては、川砂、川砂利、山砂、山砂利等がある。人工骨材の例としては、高炉スラグ骨材、フライアッシュなどを高温焼成した人工軽量骨材がある。再生骨材の例としては、コンクリート廃材から取り出した骨材などがある。セメントの骨材として使用されるセメント強さ試験用標準砂(JIS R 5201)、5号ケイ砂(例えば、熊本けい砂及び東北けい砂)、及び7号ケイ砂(例えば、JFEミネラル社製)を使用してもよい。使用する骨材と水硬性石灰の種類に応じて、骨材と水硬性石灰の配合比を調節することによって強度発現を最大限にすることができる。5号ケイ砂を使用する場合、NHLと骨材の質量配合比は1:2であることが望ましく、7号ケイ砂を使用する場合は1:1であることが望ましい。水硬性石灰と水と骨材の配合比は、十分に混練された該混合物が所望の流動性を有する比率であればよく、例えば、フロー値(JIS R 5201)が120±10mmになるように調節される。
【0019】
水硬性石灰と水を含む混合物を、型枠に充填し炭酸ガス養生に供する工程において、水硬性石灰と水を含む混合物は、型枠をはずさない状態で炭酸ガス養生に供されることが望ましい。炭酸ガス養生の期間は、水硬性石灰と水の混合物が、脱型後に型くずれしない程度に硬化するための必要十分な期間である。その期間は、型枠の大きさ、周囲環境温度及び湿度などにより異なるが、一般的には、2〜10日間であることが望ましく、5〜8日間であることがより望ましい。
【0020】
炭酸ガス養生の炭酸ガス濃度は、大気中濃度よりも高いほど強度発現の効果が期待できるので、例えば、1容積%以上あることが望ましい。5容積%以上の炭酸ガス養生で高強度を早期に発現させることができ、10容積%や20容積%のようなより高濃度の炭酸ガス養生に供することで、より早期に高強度を発現させることができる
【0021】
炭酸ガス養生は、製造する建材の大きさや周辺環境によって、養生の実施方法を調節することができる。例えば、内寸40×40×160mmの型枠を使用する場合は、水硬性石灰と水を含む混合物を充填した型枠を炭酸ガス養生室の棚に配置した後、扉を閉めて内部を密閉状態にする。その後、養生室の空気を一旦脱気した後に、所望の濃度まで二酸化炭素を注入する。所望の二酸化炭素濃度を維持するため、自動で又は手動で適宜二酸化炭素を注入する。炭酸ガス養生釜を用いる場合には、加圧環境下で行うこともできる。建設現場で打設する場合には、型枠の周囲に仮設の炭酸ガス養生室を設置して、炭酸ガスを注入することができる。
水硬性石灰と水の混合物に直接炭酸ガスを注入してもよい。注入は適当なノズルを使用して行うことができ、型枠への充填前でも後でもよい。
【0022】
本発明の方法で製造された水硬性石灰建材の強度は、コンクリート等の強さを評価する際に一般的に使用される圧縮強度により評価することができる。圧縮強度は、圧縮試験にかけられる試験片の元の断面積で最大荷重を割った値である。また、コンクリートで一般的な基準である28日強度を本明細書でも基準として採用した。
本発明の方法で製造される水硬性石灰建材は30N/mm以上の圧縮強度を有することを特徴とする。本発明の方法では、骨材と配合比を調節することにより、37N/mm以上、さらには41N/mm以上の圧縮強度を有する水硬性石灰建材を製造することが可能である。土木・建築用のコンクリートおよびモルタルの材料として使用されるポルトランドセメントはJIS R 5210において、28日強度を42.5N/mm以上に規定されている。本発明の水硬性石灰建材は、ポルトランドセメントの規定強度の少なくとも約7割の強度を有するので、構造部材としても使用可能であると期待できる。例えば、構造躯体・セメント製二次部材(内外装パネル、車止め、コンクリートブロック、U字溝、床版、など)に使用することができる。
また、本発明の方法で製造される水硬性石灰建材は、内部に格子状、網状あるいは軸状の強化材を含むことができる。格子状、網状あるいは軸状の強化材は、鉄などの金属製、樹脂製、ガラス繊維製、カーボンファイバー、植物繊維の物を使用することができるが、これに限定されない。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
<実験方法>
試験に使用した天然水硬性石灰は、A産地(フランス東部)のNHL2、B産地(フランス南西部)のNHL2、NHL3.5、NHL5であり、これらの化学成分は表1に示す通りである。
強度試験は、建築用石灰の欧州規格EN459‐2(2001年)に規定される方法を採用し、40×40×160mmの試験体を作成して行った。欧州規格EN459‐2の試験方法は、日本工業規格「セメントの物理試験方法」(JIS R 5201)に準拠したものである。40×40×160mmの試験体は、内寸が40×40×160mmを有する型枠に、天然水硬性石灰と骨材と水の混合物(以下、NHL混合物という)を設置することにより作成した。型枠は図3に示すとおり、40×160mmの解放された一面を有する。
骨材は、セメント強さ試験用標準砂(日本工業規格JIS R 5201、社団法人セメント協会)を使用した。実施例3では、標準砂の他に、粒度分布の異なる7号ケイ砂(熊本ケイ砂)と5号ケイ砂(JFEミネラル)を使用した。
養生条件は、欧州規格EN459‐2および日本工業規格JIS R 5201に規定される水中養生(温度20±1℃)のほか、気中養生(温度20±1℃、相対湿度60±5%)、炭酸ガス養生(温度20±1℃、相対湿度60±5%、炭酸ガス濃度5容積%〜20容積%)の3条件を採用した。
試験体の型枠への設置期間は養生条件ごとに異なる。水中養生の場合は、NHL混合物を型枠に設置後、ガラス板で型枠の解放面を覆ってNHL混合物を密閉し、7日間の静置後に脱型して、脱型したNHL混合物を水中養生に供した。気中養生の場合は、NHL混合物を型枠に設置後、ガラス板で型枠に封をしないで7日間静置後脱型し、気中養生に供した。炭酸ガス養生の場合は異なる3条件を試験した(炭酸ガス養生A−C)。炭酸ガス養生Aの試験体は、NHL混合物を型枠に設置後、ガラス板で型枠に封をしないで炭酸ガス内で7日間静置後脱型し、脱型したNHL混合物をさらに炭酸ガス養生に供した。炭酸ガス養生B及びCの試験体は、NHL混合物を型枠に設置後、ガラス板で型枠の解放面を覆ってNHL混合物を密閉し、2日間又は7日間の水中に静置後に脱型して、脱型したNHL混合物を炭酸ガス養生に供した。
【表2】


強度発現は、万能試験機(100トン万能試験機、島津製作所)による一方向単調加力法で行い一軸圧縮強度(N/mm)を測定し、荷重制御は、欧州規格EN459−2に規定される条件である圧縮試験:400N/sで行った。圧縮強度は、試験体3体の平均値を求めた。
【0024】
(実施例2)
<養生条件がNHLの強度発現に与える影響>
消石灰、A産地のNHL2、B産地のNHL2、NHL3.5及びNHL5について、養生条件(水中養生、気中養生及び炭酸ガス養生A)による28日強度の発現を比較した。
消石灰及びNHLの試験体を、実施例1の通りに作成し、強度試験に供した。配合比は、表3の通りである。
【表3】

炭酸ガス養生Aは、炭酸ガス濃度5容積%で行った。使用した骨材は標準砂である。各養生により作成した試験体の一軸圧縮強度(N/mm)を測定した。
図4に実験結果を示す。炭酸ガス養生Aを行った消石灰及びNHL試験体は、水中養生及び気中養生を行ったものより高い強度を有することがわかる。炭酸ガス養生Aを行ったB産地のNHL2およびNHL3.5(白色)の強度が、水中養生のものと比較して、約3倍の上昇を見せた。炭酸ガス養生Aを行ったA産地のNHL2は、水中養生の6.89倍の強度を有している。
A産地のNHL2およびNHL3.5(白色)の気中養生と炭酸ガス養生を比較から、空気中に存在する微量の炭酸ガス(濃度0.03%以下)では強度が十分に発現されないことがわかる。すなわち、炭酸ガス濃度を上昇させることで9〜14倍の強度上昇を行うことができる。
消石灰は炭酸ガス養生では高い強度を発現しない。消石灰、すなわち水酸化カルシウム結晶から炭酸カルシウム結晶へ炭酸化により強度を高めるには、結晶間を結合するための高い圧力が必要となる。しかし、天然水硬性石灰は、図2で示したとおり、水和物CSにより炭酸カルシウム結晶間が一時的に結合されることで、高い圧力をかけなくても型枠内に充填し炭酸ガス養生することで強度が上昇する。
【0025】
<二酸化ケイ素の含有率と強度の関係>
表1に示すとおり、天然水硬性石灰は、欧州規格EN459‐1の規定強度の上限値が高いものほど、二酸化ケイ素SiOの含有量が多く、セメント係数C.I.が高いように見える。図4に示す結果から、C.I.がおよそ0.55〜0.75の範囲にある場合に炭酸化による高い強度上昇があった。欧州規格EN459‐1の規定強度は、NHL2では上限値7N/mm、NHL3.5では上限値10N/mmであり、炭酸ガス養生によって2.5倍以上の強度発現が可能である。また、図4に、骨材を同じ標準砂とした消石灰による結果を示すが、強度発現は極めて小さいことから、強度へのケイ酸二カルシウムCSなどの水和物の役割が理解できる。
【0026】
(実施例3)
<NHLに混合する骨材と炭酸ガス養生による強度発現の関連性>
好適な骨材と配合比を検討するために、7号ケイ砂、5号ケイ砂を使用して、天然水硬性石灰:骨材:水の質量配合比が1:1:0.55、1:2:0.55、及び1:3:0.55の場合の炭酸ガス養生による強度発現を比較した。図5の骨材のふるい透過率に示す通り、7号ケイ砂の方は、他に比べて細かい粒子をより多く含む。標準砂には、7号ケイ砂、5号ケイ砂よりも荒い粒子が含まれている。実験は、A産地のNHL2およびNHL3.5(白色)を使用して、炭酸ガス養生Aの条件で行い、28日強度を測定した。水NHL比はフロー値が120±10mmとなるよう調整した。
図6に実験結果を示すとおり、天然水硬性石灰と骨材との配合比率によって強度は変動する。配合比率を適宜調整することで何れの骨材においても標準砂による結果とほぼ同等の強度を得ることができた。すなわち、骨材の種類が異なる場合、配合比を調整することで高い強度発現が可能となる。
【0027】
(実施例4)
<炭酸ガス養生の条件検討>
型枠の設置条件が異なる3条件の炭酸ガス養生(実施例1の炭酸ガス養生A−C)で作成した試験体について、28日強度の発現を比較した。
試験体には、天然水硬性石灰はNHL3.5(白色)を、骨材は標準砂を使用した。NHL3.5:標準砂:水の質量配合比は1:3:0.55とした。炭酸ガス養生B及びCでは、炭酸ガス養生の前に、NHL混合物を型枠に設置後、型枠を密閉し、2日間又は7日間の水中に静置するが、これは水和反応を進行させるために行った。炭酸ガス養生Aは、NHL混合物を型枠に設置後、型枠の解放面を塞がない状態で、設置直後に炭酸養生に供したものである。炭酸ガス養生A−Cにより作成した試験体の一軸圧縮強度(N/mm)を測定した。
【表4】

実験結果は表4に示すとおり、炭酸ガス養生の前に水中養生したもの(炭酸ガス養生B及びC)に比べ、NHL混合物を型枠に設置直後に炭酸ガス養生(炭酸ガス養生A)に供したものは、高い強度を発現する。炭酸ガス養生B及びCでは、水和反応後、脱型したNHL混合物を炭酸養生に供したが、炭酸ガス養生AではNHL混合物を型枠設置した状態で炭酸ガス養生に7日間供し、脱型したNHL混合物を更に炭酸養生に供した。炭酸ガス環境下での型枠養生が高強度発現に寄与することがわかった。これは、天然水硬性石灰中の水酸化カルシウム結晶が二酸化炭素と結合し、炭酸カルシウム結晶へと変化する過程で、体積膨張に伴う型枠による拘束が結晶の結合を強固なものとしていると考えられる。
また、炭酸ガス養生B及びCの試験体は、図4の水中養生の試験体よりも2倍以上高い強度を発現していることから、水和反応による硬化には型枠内に設置したときのような拘束効果があり、炭酸化による高強度発現に寄与していることの証拠ともなる。
【0028】
<炭酸ガス濃度の検討>
炭酸ガス養生の炭酸ガス濃度がNHLの強度発現に及ぼす影響について試験した。5容積%、10容積%および20容積%炭酸ガス濃度の炭酸ガス養生Aで作成したNHL試験体の28日強度を比較した。天然水硬性石灰は、A産地のNHL2およびNHL3.5(白色)を、骨材は標準砂を使用した。NHL:標準砂:水の質量配合比は1:3:0.55とした。
試験結果を図7に示す。炭酸ガス濃度を上昇させることで、やや早期に高い強度を発現できるが、炭酸ガス濃度を5容積%とした場合と比較しても強度上昇は小さい。
天然水硬性石灰の硬化メカニズムを考えると、水酸化カルシウムを炭酸カルシウムへ変化させるための必要な二酸化炭素量を供給させることで強度発現が行われている。短期間で高い強度発現を得るには、炭酸ガス濃度を5容積%以上とすることが必要となる。
【0029】
図8のSEM写真は、炭酸ガス養生を行った天然水硬性石灰の結晶構造を示す。炭酸カルシウム結晶が結合している様子が確認できる。一方で、セメントは、図1のSEM写真に示すとおり、針状結晶構造を有し、炭酸カルシウム結晶間の結合がほとんどないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
天然水硬性石灰の炭酸化による高強度発現技術を利用することで、天然水硬性石灰は様々な形態の材料製作へと応用が可能である。窯業系製品、木製製品、セメント系二次部材、鉄鋼系二次部材など様々な部材へと代替応用ができる。
さらに、炭酸ガスを吸収させることで、天然水硬性石灰の製造時に原石から排出される脱炭起源の二酸化炭素を回収する効果が得られる。脱炭起源の二酸化炭素は天然水硬性石灰製造時の60〜70%を占めており、図9に示すような二酸化炭素の循環が行われる。
焼成時に全ての炭酸カルシウムが酸化カルシウムに変換されているとすると、天然水硬性石灰の二酸化炭素CO回収率は、含有するCaOの化学分析による割合(表−1)を60%として、次式の通り算出できる。

CO2分子量44.0095C / CaO分子量56.0074C×NHLにおけるCaOの含有率0.60 = 0.47

すなわち、この炭酸化による技術を利用することで、天然水硬性石灰1(t)あたり、約470(kg)の二酸化炭素が回収できることになる。
セメントを原料とする構造物は、炭酸化が容易に進まないこと、また、炭酸化によって中性化の問題により鉄筋が腐食する点から、二酸化炭素を回収することが困難である。
社団法人セメント協会による平成17年度のセメント販売量(H17)から、販売先項目のうち「セメント製品」(セメント系二次部材)による二酸化炭素CO排出量は、次のように計算できる。

セメント販売量7,526,094(t)×セメント1(t)あたりの脱炭起源CO2放散率0.44 = 3,311,481(t CO2)

ここに、セメント1(t)あたりの脱炭起源二酸化炭素COの放散率0.44は、セメント産業における地球温暖化対策の取り組み(経済産業省 産業構造審議会・総合資源エネルギー調査会2005年度自主行動計画フォローアップ合同小委員会配付資料:資料8−14、p.173、2006年1月)を基に2004年度のセメント生産量71,682000(t)および原料となる石灰石起源のCO排出量31,70400(t)から算定している。

石灰石起源のCO2排出量31,70400(t) / セメント生産量71,682000(t) = 0.44

すなわち、「セメント製品」の代替として天然水硬性石灰を活用することで、年約330万(t)の二酸化炭素COを削減することができる。
一方、セメント販売量の約70%の4291万(t)は現場打ちの「生コンクリート」である。これにより放出される二酸化炭素を算定すると年間1,888万(t)であり、「セメント製品」による二酸化炭素放出量と比較にならないほど量が多い。
炭酸ガスを天然水硬性石灰の混合液体に注入させて高強度化する方法を用いることで、建設現場に製造業やエネルギー産業などの工場排気から回収した炭酸ガスを導入し、型枠を用いた現場打ちのような使用法が可能となる。この方法により、二酸化炭素の大幅な排出抑制につながるものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】SEMによるセメントの水和形態(2000〜3000倍)(建築材料用教材、社団法人日本建築学会、1995より引用)
【図2】天然水硬性石灰の硬化メカニズムの概念図
【図3】型枠にNHLと骨材と水の混合物を充填した状態
【図4】NHLの種類、養生条件と圧縮強度の関係
【図5】骨材の粒度分布(ふるい透過率)
【図6】骨材の種類と圧縮強度の関係
【図7】炭酸養生時の炭酸ガス濃度と圧縮強度の関係
【図8】炭酸ガス養生した天然水硬性石灰の結晶構造をしめすSEM写真
【図9】炭酸ガスを循環させた天然水硬性石灰部材の製造過程

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)水硬性石灰と水を含む混合物を、型枠に充填し炭酸ガス養生に供する工程
を含んでなる、高強度水硬性石灰建材の製造方法。
【請求項2】
前記工程(a)の後に、
(b)前記水硬性石灰と水を含む混合物を脱型後に更に炭酸ガス養生に供する工程
を更に含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記炭酸ガス養生の炭酸ガス濃度が1容積%以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記型枠が、前記水硬性石灰の表面が炭酸ガス雰囲気に直接接するよう解放面を有することを特徴とする請求項1ないし3の何れか一に記載の方法。
【請求項5】
水硬性石灰のセメント係数が0.55〜0.75であることを特徴とする請求項1ないし4の何れか一に記載の方法。
【請求項6】
水硬性石灰が天然水硬性石灰である請求項1ないし5の何れか一に記載の方法。
【請求項7】
水硬性石灰と水の混合物が更に骨材を含む、請求項1ないし6の何れか一に記載の方法。
【請求項8】
前記混合物を構成する水は、炭酸ガスを溶解させたものである請求項1ないし7の何れか一に記載の方法。
【請求項9】
水硬性石灰と水を含む混合物に炭酸ガスを注入する工程を含む、請求項1ないし8の何れか一に記載の方法。
【請求項10】
請求項1から9の何れか一に記載の方法で製造した30N/mm以上の圧縮強度を有する水硬性石灰建材。
【請求項11】
内部に格子状、網状あるいは軸状の強化材を含む請求項10に記載の水硬性石灰複合建材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−126420(P2010−126420A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−305177(P2008−305177)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(508353260)クスノキ石灰株式会社 (1)
【Fターム(参考)】